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16日目

 今日は朝から晴れ晴れとした天気だった。

 まさに絶好の外出日和だ。

 せっかくなので、今日は少し遠出することにしてみよう。


「今日は牧場に行こうね」


 リードを付けながらそう伝えると、エルは「牧場?」というように首を傾げた。

 始めて行くところだから、きっとよく想像出来ないのだろう。


「牧場っていうのはね、エルと同じ種がたくさんいる場所だよ」


 私の説明に、エルはちょっといやそうな素振りをした。

 ペットショップのようなところを想像しているのだろうか。

 売れ残っていたエルにとって、あの店はあまりいい思い出がないのかもしれない。


 でも、今回行く牧場はペット同伴で家畜たちとふれあえる楽しい場所だ。

 行ってみれば、エルもきっと気にいるだろう。






 牧場に到着すると、エルはきょろきょろと辺りを見回した。

 私にしがみつく身体は少し強張っている。

 たくさんの家族連れやあちこちから響く家畜たちの鳴き声に緊張しているようだ。


 こういう時はおいしいもので気を逸らそう。

 さいわい、周囲にはたくさんの屋台が出ている。

 エルの気を引くには困らなかった。


「牧場を見る前に、何か食べようか」


 屋台を示して声を掛けると、エルは嬉しそうに鳴いた。

 その後慌てて「仕方ないから付き合ってやる」という素振りで鳴き直すところがまたかわいらしい。

 これまで過ごしてきて分かったけれど、エルはけっこう意地っ張りだ。


 さて、何を食べようか。


 少し見回すだけでも、この牧場で愛情一杯に育てられた家畜から作った腸詰めの串焼きや、牧場で採れた新鮮なミルクを凍らせて作った氷菓など様々な種類の屋台があって迷ってしまう。

 朝食は軽く食べてきたし、昼食の時間にはまだ早い。

 出来れば軽めに済ませたいところだ。


「なにがいい? エル」


 一通り屋台を見て回ったところ、エルは腸詰めの串焼きに一番興味を惹かれたようだった。

 甘い氷菓のほうが好きかなと思ったのだけど、今は肉が食べたい気分だったらしい。

 デフォルメされた家畜のキャラクターが「おいしく食べてね」と言っている絵が描かれた看板を掲げる、少し変わった屋台で串焼きを購入する。


 ……ミルクを使った料理ならともかく、肉料理の屋台でその看板はちょっとシュールだと思う。


 そんな印象とは裏腹に、料理はおいしかった。

 牧場でのびのびと育った幼体の肉を使っているらしい。

 エルも気に入ったようなので、後でここの腸詰めを買っていこう。


 食事を終えた後は、牧場を見学した。

 雌の乳搾り見学や幼体とのふれあい体験など、どれも面白そうなものばかりだ。

 私もエルも牧場に来るのは初めてだから一通り巡ってみることしよう。


 何から見ようかとパンフレットを眺めていると、ちょうどレースの開催時刻が近いことに気が付いた。

 雄の家畜の中でも足の速い個体が出場するレースらしい。

 場所もここからすぐだし、まずはこれを見てみることにしよう。


「どの子が一着になるか、予想してくださいね。

 当たったらすてきな景品がもらえますよ」


 レースの開催場所に向かうと、既に観客が集まっていた。

 微笑みを浮かべた係の者に説明を受けて紙を渡される。

 ここに一着を予想して書き込むらしい。さて、どの個体がいいだろう。


 黒い目の雄は引き締まった肢体をしていて、いかにも足が速そうだ。

 緑の目の雄は他の個体よりも若い。

 茶色の目の雄は落ち着きなくそわそわと辺りを見回している。


 黄色の目の雄は他の個体よりも落ち着いた印象だった。

 たぶん、ベテランなのだろう。

 胸には「ロータル」という名前が書かれた名札が付けられていた。


「エルはどの雄がいい?」


 尋ねると、エルは黄色の目の雄をじっと見つめていた。

 よほど気になっているらしい。それなら、あの雄にしよう。


 紙に「ロータル」と書き終えた時、独特の破裂音がしてレースが始まった。

 子どもたちの声援があちこちで飛び交っているのが微笑ましい。


「誰が一着になるかな。楽しみだね。エル」


 話しかけると、エルが不安げに鳴いた。

 その目はレースに釘付けだ。エルは案外、レース好きなのかもしれない。


 エルが選んだロータルは安定した走りを見せていた。

 最初から無理に一位に躍り出るわけではなく、二位として一位にぴったりと張り付いている。

 一位の茶色の目の雄が苦しそうにしているのに対して、こちらはまだ余力を残している様子だ。

 この分だと、おそらく直前で逆転するだろう。


 予想通り、ゴール直前でロータルが失速した茶色の目の雄を追い抜いた。

 追い抜かれたほうは慌てて巻き返そうとするが、体力がなくなったせいか先ほどまでの早さは出ない。

 結局、一着はエルの予想通りロータルだった。


「すごいね、エル。よくわかったね」


 見事に一着を当てたエルの頭を撫でると、褒められて照れくさいのかエルは私の胸に顔を埋めてうにゃうにゃと鳴いた。

 かわいい。


「おめでとうございます!

 一等を見事当てた方には景品を差し上げますね」


 そう言われて貰ったのは絞りたてのミルクだった。

 エルはまだお腹がいっぱいのようだから、これは帰ってからあげよう。


 それからいくつかのイベントを体験しているうち、いつのまにか閉園の時間になっていた。

 楽しい時間が経つのは早いものだ。


 帰る前に家畜の大行進というイベントを見ることにした。

 牧場にいるほぼ全ての家畜が一斉に宿舎へ帰る、牧場の一大イベントらしい。

 他の客の邪魔にならないよう、少し離れた位置に立って眺める。


「あんなにたくさん家畜がいたんだね」


 集められた家畜たちが大勢の客が見る中で宿舎へと追い立てられていく。

 個々は小さいが、あれほどたくさん集まるとなかなかの迫力だ。


 エルもそれに圧倒されたのか、行進の間中ずっと見入っていた。

 もしかしたら、ペットショップで親しかった個体でもいたのかもしれない。


 家畜は最初から家畜として引き取られた者と、売れ残ったペットが払い下げられた者の二種類がいる。

 エルも私が飼わなければ、おそらくここで暮らしていただろう。

 もちろん、家畜だからと言ってひどい扱いを受けるわけではない。

 でも、飼い主のいるペットのほうが寿命は長かった。


 あの時、店に行ってよかった。

 もし一日遅れていたら、きっとエルに出会えなかっただろうから。


 そんなことを考えていると、行進終了の笛が響いた。

 全員宿舎へ戻ったということだろう。


「すごかったね、エル」


 私の言葉にエルはちょっと放心した様子で小さく鳴いた。

 あんまり迫力があったから、まだぼーっとしているのかもしれない。

 帰る前に少し休んでいこう。


 ベンチに腰掛けて、エルの頭を撫でる。

 私は楽しかったけれど、エルは楽しめただろうか。


「今日は楽しかった?」


 そう尋ねると、エルは何も鳴かずに私の胸に頭をすりつけた。

 甘えているのだろうか。

 それとも、私のように「もしかしたら」と未来を想像しているのだろうか。


「私は、エルを飼えてよかったと思っているよ」


 そう言うと、エルは私を見上げて小さく鳴いた。

 エルも同じ気持ちなのかもしれない。

 もし私の予想が当たっていたならとても嬉しい。


 外れていたなら、そう思ってくれるようこれからもかわいがっていこう。

 私はエルの唯一の飼い主なのだから。

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