12日目
先日エルフたちに望まれた装置が完成した。
あとは細かな調整を済ませて向こうに渡すだけだ。
調整と言っても危険は全くないので、実験がてらエルと遊ぶことにした。
私だけでは退屈だけど、エルと一緒なら楽しめるはずだ。
「エル、一緒に遊ぼう」
窓辺でぼんやりと外を眺めているエルの頭を撫でて誘いかけると、曇り空の色を映してうっすらと灰色がかった青い瞳がきらりと輝いた。
朝からずっと雨が降っていたから庭にも出られず、退屈だったのだろう。
大きな身体を抱き上げて実験に使用する十三番温室へ運ぶ。
温室の中に入ると、きょろきょろと辺りを見回したエルが大きな声を上げた。
どうやら気に入ってくれたらしい。
それもそうか。ここはエルの故郷を再現した温室なのだから。
そっくりそのままとはいかないけれど、大まかな地形や湿度、気温などは魔法で再現してある。
エルフたちがこの装置を使用する環境に合わせないと実験が出来ないからだ。
調整くらい自分たちでして欲しいのだけど、技術力がないのだから仕方ない。
おかげでエルとこうして遊べるのだから、悪いことばかりではないはずだ。
「見ていてごらん」
目をきらきらさせて辺りを見回すエルの頭を撫でて、装置を澄んだ湖に投げ込む。
発動速度を最速に設定してあるから、効果はすぐに発揮された。
湖から発生した霧が次第に湖の上に溜まっていく。
雲となった霧からやがて、大粒の雨が降り注いだ。
事前に魔法で障壁を張った私たちのいる場所以外、全域が雨に侵されていく。
エルは始めこそ驚いていたものの、すぐにつまらなさそうな顔になった。
きっと、外と同じような光景を見せられてうんざりしているのだろう。
けれど、装置本来の機能を教えてあげればきっとまた驚いてくれるはずだ。
この装置で降らせた雨は単なる雨ではない。
障壁の外で雨を甘受していた花を呼び寄せると、花がするりと這い寄って来た。
雨水の溜まった花びらを一枚貰って、エルに差し出す。
「舐めてごらん」
そう勧めると、エルは警戒した様子で水の匂いを確かめた。
匂いはしないはずだ。そういうふうに調整したから。
私と花びらを交互に見つめたエルが、やがてぺろりと水を舐める。
途端、弾かれたようにエルが私を見上げた。
淡い緑色に染まって見える瞳には驚きの色が宿っている。
予想通りのエルの反応に、つい笑みが零れてしまった。
「甘い?」
私の問いかけに、エルが何度も頷いた。
「どうして?」というように雨と私を見比べるエルを撫でて、種明かしをする。
「さっきの装置はね、キャンディの雨を降らせることが出来るんだよ」
正確に言えば空気中の魔力を糖に変換し、液状にした雨を降らせる装置なのだけど細かい仕組みを説明してもエルには分からないだろう。
私の説明にエルは「ふーん」というように鳴いた後、花びらをもう一度舐めた。
同僚にされたら苛立つ動作も、エルがするとかわいらしく思えるのだから不思議だ。
なにはともあれ、これで装置は完成だ。
明日、エルフたちにこれを渡しに行こう。
湖に放り込んだ装置を魔法で回収し、発動速度を元に戻す。
その際、指先に付着した雨水を舐めてみたけれどかなり甘くて驚いた。
エルはこのままでも飲めるようだけど、私には少々厳しい甘さだ。
別に飲む必要はないのだけど、せっかくならエルと同じものを楽しみたい。
「……エル。ジュースを飲もうか」
考えた末、ジュースにして飲むことにした。
魔法で私の味覚を弄ってもよかったのだけど、このほうがきっと楽しいから。
興味津々といった様子で私の手元を覗き込んできたエルを撫でて、近くの樹を呼ぶ。
少しすると、長い枝がゆっくりと私のほうに差し伸べられた。
枝の先にたわわに実った黄色い果実を一つ摘み取り、その葉を撫でる。
シトロンという、酸味が非常に強い果実だ。
エルの故郷ではフェガリの実と呼ばれているらしい。
先ほどの花から花びらをもう一枚貰って中の雨水にシトロンの果汁を混ぜ入れると、爽やかな香りが辺りに広がった。
一舐めすれば、酸味と甘みが程よい味わいが口の中に広がる。
おいしい。これならきっとエルも気に入るだろう。
「舐めてごらん」
少しだけ与えてみると、エルもシトロンのジュースを気に入ったようだった。
おいしそうに飲んでいるエルを膝に乗せて、シトロンとは別の果樹を呼ぶ。
ちょうど昼時だし、今日はここで朝食を摂ることにしよう。
「おいしいね、エル」
私の言葉に同意するようにエルが鳴いた。
久々に故郷の味を堪能したおかげか機嫌はすこぶるいい。
今度、エルの故郷にも連れて行ってあげよう。




