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11日目

 今日のエルは朝から元気だった。

 朝食をぺろりと平らげた後、忙しなく窓を見たり花をつついたりしている。

 つんと澄ました顔をしているのに行動はそわそわとしているのが微笑ましい。

 外出の興奮のためか、装飾がたくさん付いた服もおとなしく着てくれた。


 街までは歩いていくことにした。

 家から街へはそう離れていないし、時間はたっぷりある。

 景色を楽しみながらのんびり歩くのもいいだろうから。


「今日はたくさん楽しもうね」


 リードを付けながら話しかけると、エルが「うん」というように大きく鳴いた。






 街はあいかわらず賑わっていた。

 あちこちに花が飾られ、多種多様な姿をした者たちの声が聞こえてくる。

 時折、焼き菓子の甘い香りが風に乗ってふわりと漂って来た。


 慣れない喧騒に驚いたのか、街に入るとエルはすぐ私に身を寄せた。

 同僚が統治する街に比べれば静かだけど、エルにとっては刺激的だったのだろう。


 ただ、興味はあるようで辺りを見回す目は明るい緑色に輝いていた。

 街を嫌がるようなら帰ろうと思っていたけれど、この様子なら大丈夫そうだ。

 なるべく静かな場所を選んで、ゆっくりと街を巡ることにした。


 しばらくすると、エルはすっかり喧騒に慣れたようだった。

 気になった場所を見つけては私から離れて見に行こうとするから大変だ。

 リードをしてきて本当によかった。そうでなかったらはぐれていたかもしれない。


「あら、領主様!」


 街を歩いていると時折、声を掛けられることがあった。

 食堂で働くハツカネズミや、糸紡ぎならこの街一番の腕を持つアラクネだ。

 耳聡い彼女たちの話はあまり街に降りない私にとっていい情報源になる。

 辺りに咲く花に聞いてもいいのだけど、この街の花は動けないから。


 彼女たちによると最近、広場においしいクレープの屋台が出来たらしい。

 ペット用のクレープも売っているそうなので、行ってみることにした。

 甘いもの好きなエルならきっと喜ぶはずだ。


 広場に行くと、途端に甘い香りが漂ってきた。

 見れば、白い花が飾られたこぢんまりとした屋台に大勢の客が集まっている。

 きっとあそこだろう。


「いい匂いだね、エル」


 私の言葉に同意するようにエルが小さく鳴いた。

 その目は屋台に釘付けだ。時間も頃合いなので少し早めの昼食を摂ることにした。

 エルが特に気に入ったクレープを購入して、噴水前のベンチに腰掛ける。


「はい、エル」


 赤い生地のクレープを差し出すと、エルは少し戸惑った様子だった。

 私の手から直接食事をすることに躊躇しているのかもしれない。

 いつも食事は皿に盛って出していたから。


 それでも、クレープの魅力には叶わなかったのだろう。

 しばらくするとおそるおそるといった様子で端っこに噛みついた。

 途端、青い瞳がきらきらと輝く。


「おいしい? エル」


 尋ねると、エルは顔を上げないまま小さく鳴いた。

 答えるのも惜しいほどクレープが気に入ったらしい。


「邪魔してごめんね。ゆっくり食べていいよ」


 そう言うと、エルは夢中でクレープを食べ進めた。

 時折ざらりとした舌が指先を掠めるのがくすぐったい。


 やがてクレープがなくなると、エルがようやく顔を上げた。

 満足気なエルの口元を綺麗に拭いて服を整えた後、買い物に戻る。 


 お腹が満たされたからか、エルは街に来たばかりの頃より元気いっぱいだった。

 通りに並ぶ店をあちこち覗いては足を止めたり、「これなあに?」というように私のほうを向いて小首を傾げたりしている。


 おかげで、この辺りの店についてすっかり詳しくなってしまった。

 台所用品の専門店なんて、エルがいなければ覗くことさえなかったはずだ。


 愛想のいい店主によると、今の流行りは自動皮むき器らしい。

 目の前で実演してくれたそれに私もエルも感心して、一つ買ってしまった。

 ……何を剥こうか、今から悩みどころだ。


 そうして一緒に店を眺めているうち、エルの好みがだんだん分かってきた。

 どうやらエルは光り物、というより金属が好きらしい。

 装飾品や武器、金物……金属を扱っている店なら種類を問わず足を止めて覗き込んでいる。


 目をキラキラさせているエルは愛らしいけれど、さすがに武器屋には入れない。

 もし興奮したエルが暴れたら危ないし、迷惑が掛かってしまう。


「武器は駄目だよ。危ないからね」


 店から離れようとしないエルを抱き上げると、エルは拗ねた様子だった。

 ごめんね、と宥めながら足早にその場を離れる。

 今度、代わりに博物館へ連れて行ってあげよう。

 あそこの常設展には昔の武器を展示したコーナーもあったはずだ。


 しばらく歩いていると、エルが不意に声を上げた。

 見れば、ショーウィンドウに銀の皿とカトラリーが並べられている。

 食器を専門に扱った店のようだ。


「綺麗なカトラリーだね。これが気に入ったの?」


 尋ねると、エルが大きく鳴いた。

 エル用の皿は既にあるけれど、気に入ったのならこちらにしよう。


 店主に尋ねると皿とカトラリーはセットだと言われたので、まとめて購入した。

 ナイフやフォークはエルに必要ないし、危ないので私が使うとしよう。


「お揃いの食器だね」


 食器類を包んで貰う間、そわそわした様子のエルに語り掛ける。

 すると、エルもどこか嬉しそうに鳴いた。

 今日の夕食か、明日の朝食の時にさっそく使ってみよう。


 それからしばらく街を歩いて、帰った頃にはエルはすっかり寝付いていた。

 初めての外出ではしゃぎ疲れてしまったのだろう。

 起こさないよう、そっと毛布の上に降ろす。


 おやすみ、エル。よい夢を。

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マシュマロ
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