10日目
今夜は星が降るらしい。
滅多にあることではないので、エルと一緒に観察することにした。
といっても、外は寒いし危険なので窓越しからの観察だ。
この前のようにエルが風邪を引いては困るから。
普段あまり使わない天体観測用の塔に登って天窓から空を見上げると、紺色の夜空に色とりどりの星と青色の月が輝いているのが見えた。
私と一緒に空を仰いだエルが不思議そうに首を傾げる。
エルの故郷では月が銀色に見えるそうだから、見慣れないのかもしれない。
しばらく観察を続けていると、空の星が一つ二つと震え始めた。
徐々に揺れが広がり、同時に鈴を鳴らすような軽やかな音が聞こえ出す。
窓越しでもはっきり聞こえるのだから、外にいたら耳が痛くなっていたはずだ。
困惑した様子で鳴くエルを宥めていると、やがて最初に震えた星が消えた。
空から星が取れて、地上に落ちたせいだ。
天窓に当たった星がこつんと小さく音を立てる。
続けて二つ三つと星が落ち、そのうち一斉に星が降り始めた。
こつこつしゃらしゃらという、星が降る時特有の音が室内を満たしている。
先ほどは満天の星で埋め尽くされていた夜空はすっかり一色に染まっていた。
次の星が生まれるまでの一月ほどは暗い夜が続くだろう。
そろそろだろうか。
「エル。今から月をあげるね」
青く輝く月を指してそう言うと、エルはきょとんとした様子で私を見つめた。
同僚に言ったら間違いなく苦笑いされる台詞なので、エルの反応が新鮮だ。
エルの前に手をかざして、月が見えないようにする。
空が暗くなった。
「もういいよ」
頃合いを見計らってエルの視界を遮っていた手を外す。
空を見上げたエルが目をぱちぱちとさせて私を見つめる。
月が消えて真っ暗になった夜空に驚いたらしい。
今日は百年に一度の月が落ちる日だから月が消えるのは当たり前だ。
でも、始めて見るエルにとっては手品のように見えたのだろう。
エルの故郷の月は落ちないようだから。
思っていた通りの反応に、つい笑みが零れる。
それをどう捕らえたのか、エルが疑うように私の手を調べ始めた。
先ほどの宣言通り、私が月を消したのだと思ったらしい。
「そこにはなにもないよ、エル」
月が落ちるのは単なる自然現象で、先ほどの言葉は半分冗談だ。
エルにあげる「月」は用意してあるので、嘘ではないけれど。
手だけでなく服の上からぺたぺたと私の身体を触るエルを抱き直して、その首に先日手に入れた首輪を巻き付ける。
「これが月だよ」
鏡を見せながら告げると、それを見つめたエルがきょとんと首を傾げた。
「本当に月を取ってきたの?」というように石に触れているのが愛らしい。
エルフとの契約を終えた後、ドワーフたちの住処に足を延ばした甲斐があった。
彼らほど手先が器用な種族はいないから。
ドワーフに作らせた黒革の首輪はエルによく似合った。
淡い色彩のエルにはやはり、黒が一番映える。
首輪の中央にあしらった石――月の欠片も暗い夜空の下でうっすらと光を放っていて綺麗だ。
お気に入りのコレクションとして飾り棚に置いていた時より今のほうが美しく見えるのは、飼い主の贔屓目だろうか。
何にせよ、エルが首輪を気に入ってくれてよかった。
首輪とリードがないと外出は難しいから。
「さっそく明日、お出かけしてみようか」
取りだしたリードを見て、エルの目が大きく見開かれた。
青い瞳が降り注ぐ星の淡い光を取り込んで柔らかな緑色に変化する。
その色の美しさに見惚れていると、エルが大声で鳴いて飛びついてきた。
どうやら初めての遠出に興奮しているらしい。
今にも街へ駆けていきそうなエルの背を軽く叩いて落ち着かせる。
残念だけど、今日は連れて行けない。
なにせ、もう夜だ。今行っても空いている店はほとんどないだろう。
あってもいかがわしい店ばかりだから、どちらにしてもエルは連れて行けない。
「今日は星を見て、明日街に行こうね」
はしゃぐエルを宥めて、また星を見上げる。
エルは明日が楽しみなのか、そわそわと首輪の石を弄っていた。
私も今から明日が楽しみだ。




