1日目
退屈な日々を紛らわすため、ペットを飼うことにした。
同僚に相談したところ行きつけのペットショップを紹介されたので、さっそく行ってみよう。
品揃えが豊富だと言っていたから、きっと私にぴったりのペットが見つかるはずだ。
「どのようなペットをお求めですか?」
店長のラミアにペットを飼いたい旨を伝えると、そう尋ねられた。
彼女の青く光る鱗を眺めながらどんなペットがいいのか考える。
私自身が大雑把な性格だから細かな要望はあまりなかった。
家には私と花の他に誰もいないし、私はとびきり頑丈だ。
少々鳴き声がうるさかったり、気性が荒かったりしても構わない。
ただ、花が好きか、せめて嫌いでない個体がよかった。
趣味と実益を兼ねて私はたくさんの花を育てている。
花が嫌いな個体では馴染みにくいだろう。
「それでしたら、この子たちはいかがでしょう」
希望を伝えると、彼女はそう言って何体かのペットを見せてくれた。
ふわふわとした栗色の毛が愛らしい、やんちゃそうな者。
緑の瞳が綺麗な、おとなしくて賢そうな者。
シャイなのか、他の個体の影に隠れて私を伺っている者もいる。
一口にペットと言ってもいろいろな性格の個体がいるようだ。
どの個体も眺めている分にはかわいいものの、飼うとなると決め手に欠ける。
迷っていると店長が微笑みながら店の奥を示してくれた。
「他にもたくさんの子がいますから、どうぞ見てみて下さい。
この子たちは特別花が好きな子ですけど、他の子たちも嫌いではありませんから」
それなら問題なさそうだ。
店長の勧めに従って他の個体たちも見て回ることにした。
しばらく店内を歩いていると、他より少し大きめの個体が目に留まった。
全体的に淡い色彩の中で、灰色がかった青色の瞳が際立っている。
光の加減によるものだろうか。見る角度によって青にも緑にも色が変わって見える不思議な瞳がとても美しく思えた。
思わず足を止めて見入る私の傍に店長がするりと這い寄ってくる。
「その子は最近仕入れたばかりの個体です。
他の子よりも少し育ちすぎていますが、珍しくて綺麗な見た目でしょう。
皆さん、最初は興味を持たれるんですよ」
それはそうだろう。
色彩の珍しさを抜きにしても、この子はとても美しい。
既にこの子を見た者がいるのにまだ購入されていないのが不思議なくらいだ。
私の疑問が伝わったのか、店長が苦笑を浮かべて言葉を続けた。
「その子は気性が荒くて鳴き声も大きいので、最終的には他の子が選ばれてしまうんです。
幼体ならまだ躾で改善出来ますが、その子は成体なので……」
なるほど。納得がいった。
同僚によればペットは圧倒的に幼体が人気らしい。
成体は懐きにくいし、躾もしづらい。初めて飼うなら幼体が無難だと言っていた。
その助言に従うのなら、この子を飼うのは諦めたほうがいいだろう。
だけど私はもう、この子以外と暮らすことは考えられなかった。
どうせ時間は持て余している。
焦ることなく、ゆっくりと時間を掛けて触れ合えばいい。
私が消える前にはきっと少しくらい懐いてくれるだろう。
「よろしくね」
飼育ケースの前に屈みこんで話しかけると、勢いよく顔を逸らされてしまった。
なるほど。これは確かに手を焼きそうだ。
でも、そんなところもかわいらしい。やはりこの子にしよう。
「まあ、ありがとうございます。
それではこちらで、購入前のご確認などをお話いたしますね」
この子を飼うことを告げると店長がそう言って微笑んだ。
別室に通された後、ペットを飼う際の注意点などを聞いて書類にサインをする。
これで取引成立だ。
ただ、取引が成立してもすぐに連れて帰ることは出来なかった。
最終検査を含めた諸々の準備があるらしい。
その際に去勢をするか聞かれたけれど、それは保留にしておいた。
病気に掛かる恐れを減らせる利点はあるものの手術は身体に負担が掛かるし、なにより繁殖が出来なくなってしまう。
将来、この子の子どもを見たくなる時が来ないとも限らないから。
今日の夜には連れて来てくれるとのことだったので、それまでにこの子の部屋を準備しておこう。
どんな生活が始まるのか楽しみだ。
家に帰った後、さっそくあの子の部屋を用意することにした。
物置として使っていた部屋の一つを魔法で片付けてクッションをあちこちに置く。
それから、部屋の片隅に香りのない観葉植物を一つ設置した。
今は最低限のものだけ用意して、残りはあの子の好みを把握してから揃えよう。
準備を終えた頃、ようやくあの子が届けられた。
連れてきた店長が言うには健康状態に問題はなかったらしい。
彼女を見送った後、さっそく飼育ケースを開けて部屋に案内する。
「今日からここで暮らすんだよ」
そう言うと、不思議な色の瞳が私をちらりと見上げた。
鳴き声が大きく気性が荒いと聞いていたわりにおとなしい反応だ。
知らない場所に連れて来られて緊張しているのだろうか。
刺激を与えないよう静かに眺めていると、あの子は私から素早く離れて部屋の片隅へ行き、クッションの上で丸くなってしまった。
用意しておいたペットフードや水に手を付ける様子はない。
ペットショップで購入したものだから食べられないわけではないはずだ。
好みに合わなかったのか空腹でないのか、あるいは緊張しているのだろうか。
しばらく考えても答えが出なかったので、今はそっとしておくことにした。
どんな理由で口を付けないにしろ、いやなことを無理強いする必要はない。
もし今は食べないだけならお腹が空けば勝手に食べるはずだ。
好みに合わないようなら明日、別のペットフードを買ってきて試せばいい。
慣れない環境に連れて来られて疲れているはずだから、今はそっとしておこう。
私をじっと見つめるあの子を刺激しないようにゆっくりと近づく。
「おやすみ、よい夢を」
そう言って真新しい毛布を掛けると、あの子は小さく鳴いて身体を丸めた。
青く輝く目だけが毛布から覗いているのが面白い。
明日には少しでも撫でられるといいのだけど。