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特別なんかじゃない(3)

「――メインパイロットはレンブラント、貴様が担当するのか……?」


「はい」


 模擬戦闘試験では、同じCクラス生たちが一対一で仮想戦闘空間にて決闘を行い、その戦闘の内容を教官に評価してもらう試験の事であり、始まりの一ヶ月を締めくくる内容でもあるのです。

 それに合格できなければ、また一ヶ月基礎訓練のやり直し……。ただでさえ一ヶ月他の生徒より遅れてしまう上に、またきちんと合格出来るのかもわからない状況に陥ります。才能のない生徒はこの時点で落――。中にはフェイスの生徒を諦めてしまう人も居るそうです。

 つまり、この試験は学園側が生徒をふるいにかける行為に他なりません。しかしそれだけに生徒側には様々な自由が与えられているのです。その中の一つ、メインパイロット、サブパイロットの指定は無く、万全の状態での戦闘結果を試験結果として採用する、というものがあります。つまり、メインだろうがサブだろうが、試験は一度受ければそれで終了であり、メイン、サブの差に関係なく合否が降されるのです。


「つまり、わざわざ成績ドベの貴様がメインをやらずとも、優秀なニアの後ろでサポートだけしていればとりあえず合格する事は難しくないだろう。それでも貴様がメインパイロットをやりたいのか? レンブラント」


「ニアは承知の事です。わたしにやらせてください」


 もう決めた事でした。わたしは必要な書類に記入し、その場で先生に渡します。これでわたしたちのチームのメインパイロットはわたしとして試験に登録される事となるのです。

 先生は眉を潜め、それから溜息を漏らしてその書類を受け取りました。それから飽きれた様に肩を竦め、


「何を意固地になっているのかは知らんが、貴様の点数に色をつけるようなことはしないぞ?」


「はいっ!!」


「……フン、そうか。もう決めた事なんだな。私が何を言っても聞く耳持たずというわけだ」


「はいっ!!」


「――じゃあないだろうが! こんの馬鹿たれっ!!」


「むきゅっ!?」


 先生は立ち上がり、思い切り頭に拳骨を叩き込んできました。思わず意識が吹っ飛ぶんじゃないかと思ってしまうほどの威力に、そこが職員室であることも忘れて悲鳴を上げてしまいます。


「私の話はちゃんと聞け馬鹿たれが」


「はいぃぃ……」


「全く、勝手にしろ馬鹿たれが……。だが覚えておけ。貴様が足を引っ張ればテッペルスも同じく次の段階へ進む事は許されなくなる。メインパイロットが全ての命運を握っているとまでは言わんが、操縦において多くの部分を担当するのがメインパイロットなのもまた一つの事実だ。貴様にニアを巻き込む覚悟はあるんだろうな?」


「ありません! もきゅっ!?」


 何でこの先生はいちいち頭を叩くんでしょうか? ただでさえ馬鹿なのに余計に馬鹿になっちゃって、もうどうしようもないおばかさんになっちゃったらどうするつもりなんでしょうか……。


「でも、ニアを連れて行く覚悟なら決まってます……。ニアと一緒に、自分の力で次に進みたいんです……」


 涙目になりながら両手で頭をさすっていると、ジル先生は盛大に溜息を漏らしながら椅子にどっかりと腰を下ろしました。そうしてしっしと掌を揮い、わたしを追い払うような仕草をします。話は通ったのだと感じ、わたしは頭をさげて職員室を後にしました。

 職員室から出るとニアとヴィレッタ先輩が待っていてくれました。二人とも――特にヴィレッタ先輩がものすごくハラハラした様子で冷や汗びっしょりです。外まで先生の声が聞こえていたんでしょう……。


「マキナ、大丈夫だったか……? ジル先生の声が聞こえたけど……」


「あ、はい……。ちょっと馬鹿になったかもしれないだけです」


「なんだそんな事か……。なら、元々だから大丈夫だな」


 何故かヴィレッタ先輩は胸に手を当てほっと一息。でも少しだけ釈然としない気持ちなのは言うまでもありません。


「これでもう、ボクらは後戻り出来ないんだね……」


 背水の陣という言葉があります。この、あえて自分を追い込み普段以上の実力を発揮する作戦が上手く行くのかどうかはまだ判りません。でも、わたしは何かあれば直ぐに逃げ出したくなり、止めたくなり、泣きたくなり、とにかくそんなとんでもない根性なしなのです。吹けば飛ぶようなプライドで出来ているわたしの根性を何とか奮い立たせるには、背水の陣も止む無しと言えるでしょう。


「信じてるよマキナ。マキナは本当は、やれば出来る子なんだって!」


「ニア……!」


「ちょっと待った。二人とも、感動的な友情なのは構わないけど、現実問題としてマキナの実力不足――というより、FA操縦の才能の無さは尋常じゃないんだよ? このままじゃ確実に試験不合格どころか、対戦相手に一方的にボコボコにされて笑いものになるのがオチだ」


 ヴィレッタ先輩はたまに淡々と酷い事を言います……。多分この人は悪意があってそういっているのではなく、現実だからそう言っているのでしょう。そこに感情を差し挟む余地がないからこそ、淡々と放してくるのです。

 しかし先輩の言う事はまさに事実。そう、もう試験まで三日をきったわけですが――つまりそれで試験参加に必要な書類を提出しなければならなかったわけで――今日まで丸一週間、先輩の指導の下訓練をつんできたのですが、その効果は芳しくなく……。


「マキナ、射撃訓練で君が目標に命中させられたのは何発だったかな?」


「えっと……。物凄く一杯撃ったので……覚えてないというか……」


「そう、数千、数万、マシンガンとかも含めればぶっ放してるね。でも知っているか? 君の射撃命中率は、なんと脅威の0%だ」


 わたしとニアが同時に固まります。そうしてわたしたち三人の間を何処からとも無く寂しい風が吹きぬけていきました。

 三人揃ってあわてて移動を開始します。辿り着いたのは蒼穹旅団のギルドルームにあるシミュレータです。蒼穹旅団、小さいギルドの癖に旧式とは言えシミュレータを常備しているという不思議なギルドなのです。

 そのシミュレータ施設の由来はまた後にするとして、兎に角わたしたちは訓練を開始しました。やり方はいつもと同じ。訓練用の副座式カナードに二人で乗り込みます。シミュレーション出きる背景はシミュレーションルームのものと比べて多少お粗末で、3D空間の中に縁取りだけで表現された都市が形成されているのが特徴です。

 

『とりあえず基礎からもう一度やり直すよ。プロセス1から12までを続けて行う。いいね?』


「は、はいっ!! あいはぶこんとろーる……っ」


「マキナ、落ち着いてやろうね」


 背後からニアの声、そして通信機越しにヴィレッタ先輩の声が聞こえます。そもそもまず二人に見られているというのが緊張してしまうのですが、最近はちょっとだけ慣れてきました。不覚深呼吸をしてERSを起動しました。

 訓練開始です。まずは移動訓練――。カナードはホバリングタイプと呼ばれる、普通に移動するだけならば一番簡単なレッグパーツなので問題なく出来るはずなのですが――。


『マキナ、もっと集中して真っ直ぐ進むんだ。いつも通り、進路が右にずれている』


「は、はいぃいいっ!!」


「マキナ、落ち着いて! どうしてこんなにバランスがブレるんだろう……?」


 そんなのはわたしにだってわかりません。普通はただ真っ直ぐ進むだけのはずのホバリングタイプの脚部はバーニアを左右に何度も振りながらふらふらと前進します。というよりは蛇行……というのが正しい表現でしょうか。

 ぐらぐらと不安定に進むカナード。しかし揺れれば揺れるほど焦りが強まり余計に揺れてしまいます。ERSを使い、自分の両足で左右のバーニアとサブバーニア、スタビライザーの操作を行うのですが……。なんだか右手と右足が同時に出ちゃうかんじ……です。


「マキナ、バランス保って!! 転倒するってばあっ!!」


「あわわわわわわ……っ!?」


 そのまま右に傾いたカナードを元に戻す為に左に大きく傾けます。すると左に曲がってしまい、ビル郡の中に思い切り突っ込んでしまいました。しかも停止出来ず、そのまま都市を破壊しまくりながら突き進みます。基礎移動訓練――×。


『……つまり、移動出来ないわけだ。だが、移動が出来ずとも敵を倒す手段ならいくらでもある。まずは転送処理直後、開始地点からスナイパーライフルで狙撃する方法』


 ホバリングレッグの場合、腹ばいになったりすることは出来ないので両腕だけでライフルを構えます。一生懸命照準を合わせ、引き金を引きました。ライフルから放たれた弾丸は物凄い勢いで遥か彼方へと吹っ飛んで行きます。


『……両手にマシンガンとか……どうだ? 数撃てば当たるかも知れないし』


「うおおおおお〜〜っ!!」


 引き金を引きまくると物凄い勢いで煙幕が広がっていきます。何も見えません。前が見えません。一生懸命引き金を引きます。しかし暫くすると背後からニアが肩を叩き、


「あっ、判った!!!! マキナ、目を閉じてるから当たらないんだよ!! そりゃ見えないって!!」


「――あれ?」


『……。目、閉じてたの?』


「だ、だって銃ってなんか怖いし……」


「め、目を開けて撃ってみれば……?」


 しかし、目を開けて銃を撃つなんて怖くて駄目でした。一生懸命薄目を開けて銃を撃ってみますが、あさっての方向に飛んでいってしまいます。目標は新品同然の無傷で健在、都市は壊滅状態です……。射撃戦訓練――×。

 一度シミュレータを停止させ、休憩を取ります。わたしは泣きながら先輩が入れてくれた紅茶を飲みました。美味しいです。とても美味しいのです。でもその先輩の優しさが痛い……。

 どうしてこのクッキーは涙の味がするんでしょうか……。背後では先輩とニアが物凄く深刻な表情を浮かべています。何しろもう、試験の申請はしてしまったわけで……。


「そもそも、移動が出来ないというのが余りにも致命的過ぎると思う」


「ボクもそう思うなあ……」


「だ、だってだって! ERSで操縦するのって、なんだかロボットの足が自分の足になったみたいになるでしょ? わたし、あんな風に浮いたり、滑るように移動出来ないもん……っ」


「それは感覚的な問題であって、自分の両足を動かすように操縦が可能なはずなんだがね……」


「にゃー……。そしてマキナ、銃を撃つ時に目を瞑るから当たらないんだよ」


「だってだって、銃とか怖いし……」


 二人が同時にわたしを睨んできます。ううーっ!! へ、へこたれるぅぅうううっ!! 怖いよう……。でも涙が出るのは怖いからじゃありません。自分が情けないからです……。

 どうしてこんなにもわたしは駄目なんでしょうか。どうしてこんなにもへこたれ娘なんでしょうか。もう何もかもから逃げ出したい……。自分が駄目すぎて死にたくなってきます。気分はもうずっと憂鬱でした。

 でも、ニアの為にも自分の為にもここで諦めるわけにはいかないのです。でもどうにも結果が絶望的過ぎて立ち上がる切欠がありません。八方塞がりもいい所です……。


「……先輩、確か試験に使用するカナードに関しては、武装、パーツ共に学校が正式に許可している品であれば自由にカスタマイズしていいんですよね?」


「ああ、そのはずだよ」


「だったら、カナードのレッグパーツをホバリングからツインスタンド――つまり二本足にしてみたらどうかな?」


「――――それはあまりお勧め出来ないよ。そもそも、君たちはどうして授業でホバリングタイプを使うのか知っているかい?」


 ホバリングタイプのレッグパーツというのは、加速力、減速力に優れた機動力重視のパーツであるというのが一般的です。扱いに慣れてくれば、段階的なバーニアを駆使し、非常にスピーディーかつトリッキーな操縦が実現出来るのだとか……。


「が、それはあくまで慣れてくればという話だ。多脚、浮遊、ニ脚にはそれぞれ長所と短所がある。だがそれは熟練した操縦技術を持てばであり、動かした経験さえないような素人が使用出来るのは、精々浮遊タイプくらいだろう」


 その理由は簡単でした。浮遊タイプは体の力を抜いても浮き続け、転倒することは滅多にないのだそうです。ライダーの腕が未熟でもバランスが取りやすく、比較的行動が楽なのです。

 それに比べてニ脚、多脚は立って歩くという事さえ困難な代物であり、そもそもERSに慣れていない新入生たちにはまず浮遊というのが一般的なんだとか。勿論、浮遊タイプの癖がついてしまうとその後影響が出てしまう可能性も考慮し、学園で浮遊を推奨しているのは最初の一ヶ月――つまり基礎訓練中のみなんだとか。


「今回の試験では、脚部の換装も許可されている。だが、ほぼ全員の生徒がホバリングで来るはずだ。大事な試験、今後どのレッグタイプにするのかは兎も角、試験合格が確定するまでは慣れたレッグパーツでやるのが無難だろうからな」


「……にゃー。ですよねえ。急に脚部を付け替えたら、普通は混乱しますもんね」


 ヴィレッタ先輩の説明を受け、ニアが溜息を漏らしました。一体どうすればいいのでしょうか。全くの八方美人……じゃなくて、八方塞です。なんですか美人って。落ち着けマキナ。


「射撃武器をお勧めするのも、遠距離戦闘は近距離戦闘に比べて技術が低くともまだ勝ち目があるからだ。これも勿論、ほぼ全ての生徒が重火器をメインウェポンとして選んでくるだろうな。扱いづらい銃武装、白兵装備なんかは誰も使いたがらないはずだ」


「どうしようニア……? わたし、勝てる気がしないよ……。うぅぅぅぅ……」


「――――あれ? マキナ、それ……」


「ふえ……?」


 気づけばわたしは紅茶をかき混ぜていた小さなスプーンを片手でくるくると回していました。ニアは目を真ん丸くして、気づいたヴィレッタ先輩も目を細めます。


「スプーン回しがどうかしたの……?」


「え……? なんかそれ、スゴくない……? どうやってまわしてるの、それ……」


「どうやってって……」


 気づいたらまわしていたのだからやり方は説明出来ません。昔から勉強も出来ないし友達も居なかったので、一人でぼーっとしている時気づいたらまわしていたのです。ヴィレッタ先輩が突然綺麗に折りたたまれたパラソルを引っ張り出してきて、それをわたしに突き出しました。


「これ、回せる?」


「ちょ、先輩それはいくらなんでも無理にゃ……にゃにゃああああっ!?」


「これくらいは簡単だよ?」


 片手で大きなパラソルを回します。全長60センチくらいでしょうか? 昔はもっと大きい物も回したりしていたような気がします。それにしてもニアは何をそんなにビックリしているのか。


「足でも回るよ?」


「ひええええええっ!? 何その曲芸!?」


「……っ! ニア、マキナの目を塞ぐんだ!」


「え? えっ?」


 突然先輩がドタバタとどこかに走り去っていき、ニアがわたしの後ろに立ってハンカチで目を塞ぎました。なんだかわけがわからないままにものすごい事になっている気がします……。

 しばらくそうしていると、扉が盛大に開く音がしてヴィレッタ先輩の荒い息が聞こえてきました。先輩は――何か、大きな物を持っていました。音? の反響みたいなものでそれが何となくわかったのです。


「えと、それも回すんですか?」


「え? あ、ああ……」


「そんな重たいの回せるかなあ……。大きさは、さっきの傘よりちょっと大きいくらいみたいですけど」


 あれ? なんで二人して同時に黙り込むんでしょうか……。有無を言わさず突き出されたので、それを手に握り締めます。ずっりしと思い感触が掌に伝わってきました。何だか良く判らないけど、わたしはそれをいつものように軽く手首と指と腕、右腕の全部を使って操ります。

 まさかそれが今後の自分の運命を決定するような出来事になろうとは、その時は想像もしていなかったのですが――。

 マキナ・レンブラント、試験直前の日記より――――。




特別なんかじゃない(3)




 模擬戦闘試験当日――。シミュレーションルームの中、整列する生徒達の中にマキナとニアの姿もあった。上級生であるヴィレッタは当然その場に居らず、監督を失ったマキナは不安気に胸に手を押し当てていた。


「それでは、これより模擬戦闘試験を開始する!! 勝敗がついた時点で試験終了とし、時間制限は無し! 戦闘による勝利、敗北ではなく、戦闘中の判断力、操縦センス、チームワークなどを総合的に判断し点数とする。つまり、なんでもいいから勝てばいいというわけではないぞ? 相手に負けようが、自分の全てを出し切れ! 最後まで諦めるんじゃないぞ!! いいなっ!?」


「「「 はいっ!! 」」」


「それでは名前を呼ばれたチームからシミュレータに搭乗!! 残りの生徒は名前を呼ばれるまでの間待機とする!! 以上、試験開始ッ!!」


 ジルのきびきびとした仕切りにより試験が開始された。マキナとニアは行き成り名前を呼ばれる事はなく、とりあえずは他の生徒の試験が終了し順番が回ってくるまでの間を待つ事となった。

 ふと、ニアがマキナに視線を向ける。マキナは青ざめた表情で口をぱくぱくさせ、まるで溺れた子供のような様子である。緊張のあまり呼吸が上手く出来ず、全身が小刻みに震えていた。


「マキナ、大丈夫……?」


「吐きそう……」


「吐いちゃ駄目だよ!? ほら、大丈夫だって。リラックス、リラーックス」


「はあ、はあ、はあ……っ」


 マキナの両手を優しく握り締め、自分の額をマキナの額に軽く当てて目を瞑るニア。ニアの吐息を目と鼻の先に感じ、マキナも目を閉じてそこに呼吸を重ねた。凡そ一分間二人はそうして目を閉じ、マキナが少し落ち着いたのを確かめるとニアは優しく微笑んだ。


「よしよし、元気出せ! 大丈夫だからさ!」


「でも……上手く出来なかったらどうしよう? ニアの足引っ張っちゃったらどうしよう? 不合格だったらどうしよう、戦闘中パニクっちゃったらどうしよう? 頭の中真っ白になっちゃったらどうしよう? どうしよう、どうしよう、どうしよう――」


「マキナ」


 ニアの声は小さく囁くようだった。しかし、その一言にはなんとも言えない一喝するような語気が含まれていた。マキナが顔を上げると、ニアは腕を組んで首を横に振った。


「どうしようっていうのは、そうやってマイナス方向に考えるから駄目なんだよ? もっといい方向に考えようよ」


「いい、方向……?」


「そう、いい方向。上手く行っちゃったらどうしよう? 合格だったらどうしよう? 余裕だったらどうしよう……ってね。そしたらほら、そのあと笑ってる自分の顔が思い浮かべられるでしょ?」


 目を瞑り、考える。そう、確かにニアの言う通りだった。駄目だったらどうしよう――。言い訳して、泣いて、落ち込んで……。そんな自分を考えるだけで気が滅入ってしまう。でも、上手く行ったらどうしよう? そう考えてみる。喜んでいる自分が、ニアと抱き合っている自分が、少しだけ楽しくなった世界が見えてくる。

 ゆっくりと目を開く。気持ちはだいぶ落ち着いてきていた。泣き出しそうな顔で柔らかく笑い、マキナはニアに頭を下げた。


「ごめんね……ありがとう、ニア」


「あはー。全然オッケーだよ、マキナ。それに、ボクは信じてるんだ。キミを信じてる。だからキミを見てるよ、ずっと」


「うん……」


 落ち着いた様子でマキナが深呼吸をしていると、二人に近づいてくる影があった。今回はジルもシミュレータ内にダイブしているため、外の様子は見えていないのである。それをいい事に前日マキナとニアにからんで来た三人がまたやってきたのだ。


「よお、みそっかすとアナザー野郎。この間は変な紅服に邪魔されちまったが、今回はそうは行かないぜ?」


 薄ら笑いを浮かべる男子に対し、マキナは冷静だった。むしろきょとんと、目を丸くしてさえいる。その平然とした様子にニアも男子生徒たちも戸惑っているようだった。しかし実際のところ、一番戸惑っているのはマキナ本人であった。


「俺たちと当たらない事を祈るんだな。言って置くけど、俺らマジ手加減とかしねーから」


「うん、そうしたほうがいいと思う……。ううん、そうじゃなきゃ、困るよ」


 マキナがあっけらかんとそう言い返すのを見てニアは思い切り飛び退いてしまった。勿論ビックリしてである。ずっと入学からマキナと過ごしてきたニアにとってそのやけに冷静なマキナの様子は不気味でさえあった。


「でなきゃ、わたしが勝っても誰も信じてくれないよね。わたしが勝っても、ニアを守ったことにならないよね。それにね、前から言おうと思ってたんだけどさ――」


 マキナがすっと、音も無く前に出る。男子生徒の直ぐ目と鼻の先まで顔を寄せ、マキナは鋭く浮かべた冷たい笑みで言い放った。


「ニアはアナザー野郎なんかじゃないよ。だってニアは女の子なんだから」


「てめ……ッ!?」


 しかし、ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。男子生徒たちはマキナとニアを睨みつけ、すぐに持ち場に戻って言った。マキナはそれを見送り小さく息を着く。怖くなかったわけではない。ただ――。


「ニアはアナザー野郎なんかじゃないよ。確かにニアはアナザー……。でも、それでいい。だからアナザーっていうのは悪口なんかじゃない。わたしはそう思うな」


「…………マキナ」


 振り返り、ニアに微笑みかける。怖くても、つらくても……想えば力になる。そしてそれは言葉にもなるだろう。この極端に追い詰められたプレッシャー下の状況は、マキナに新しい感覚を自覚させようとしていた。そう、それは極限まで追い詰められ、吐きそうになるくらい緊張し、それでもその肌を刺すような痛々しい空気に馴れるという事。“一生懸命な自分を知る”という事。

 何故かいつもより何倍も大人びて見えるマキナの姿にニアは言葉を失っていた。そんな二人に呼び声がかかる。二人は二番手だった。試験の相手は――偶然にも例の男子生徒たちである。

 二組の生徒達は同時に対となるシミュレータの中に乗り込んで行く。マキナは深く息をし、ERSへと接続。サブシートでニアは今回試験に使用する機体の詳細を教官へと転送していた。


『……!? 本気でこのチューンで出るつもりか?』


「はい。これがマキナが一番実力を発揮できる機体のカタチなんです」


『…………。俄かには信じられんが、確かに受理した。変更は効かんぞ!』


「了解! マキナ、バックアップは全力でするから! マキナは細かい事は何も考えないで、思いっきりやればいいからっ!!」


「――うん。ニア、信じてるよ……」


 両手両足がERSに接続され、感覚が機体に染み渡っていく。深く息をすると機体が呼吸をするように上下した。清清しい白い世界を感じる。目を瞑っていても見える。何もかもが――見えてくる。

 全ての思考をシャットアウトする。何も考えない。何も考えない。ただただ何も考えない。必要なことはニアがしてくれる。ニアを信じている。だから――戦える。


「カナード一番機、マキナ・レンブラント――転送完了。I have control――“私は見返りを求めない”」


 その単語を聞いてジルは耳を疑った。まさかその言葉をもう一度聞く事になろうとは、思っても見なかったのである。それはおまじない――。マキナはその言葉を無意識に口にし、前を見据えた。漆黒の瞳が世界を見据えている。


『両機転送完了! それではこれより模擬戦闘訓練を開始する!! カウント5の後、作戦開始! “5”――!』


 マキナは人間だ。二本の足で歩き、二本の腕で生きてきた。足りなくとも一つの頭、一つの心で生きてきた。


『“4”――!』


 戦う理由ならある。なりたくはない未来は知らない。でも、なりたい未来は知っている。


『“3”――!』


 この学園に来た意味は判らないし、FAなんて上手に操れたっていいことなんかない。でも――。


『“2”――!』


 ニアという友達が居る。守りたい人が出来た。大切な物が増えた。世界が広がっていく音が聞こえた。その刹那、マキナの壁は崩れ去ったのだ。


『“1”――――!!』


 ヴィレッタとの訓練を思い出す。戦闘は一瞬で終わらせる。何も考えない。マキナ・レンブラントに翼はない。そんな事は判りきっている。だが――。


『“GO”――ッ!!』




「……ザ・スラッシュエッジ、か……」


 蒼穹旅団のギルドルームの中、紅茶を飲みながらぼんやりと窓の向こうを眺めるヴィレッタの姿があった。ふと振り返る部屋の中、扉の前に立てかけられている布を巻かれた長物が一つ。

 そっと歩み寄り、ずっしりと重たいそれを手にとって見る。そうして布を払い、銀色に鈍く美しく輝くそれを両手で掲げてみた。それは紛れもなく武器だった。それは――“銀色の剣”――。




『なん……だああああああああッ!?』


 男子生徒の悲鳴がシミュレーションルームの中に響き渡っていた。壁一面に埋め込まれたモニターに映し出されている仮想世界の中、逃げ回るホバリングタイプのカナードの姿があった。それとは対となるカメラがもう一つのカナード――。ビルからビルへと華麗に飛び移っている機体の姿を映し出した。

 強化コンクリートの屋上にしっかりと足跡をつけ、蒼いマントに全身をスッポリと包み込んだ影が太陽の下、大地に影を作りながら舞う。空中へと跳躍しながらシルエットはマントを脱ぎ捨てた。その影から現れたカナードは――ホバリングタイプではなかった。そう、二本足――。“ツインスタンド”のカナードである。

 異様なのはそれだけではない。そのカナードは一切の銃を手にしていなかったのである。大地を走って逃げる男子生徒二人を乗せたカナードを空中から飛び越し、回転しながら大地へと両足と片手を着いて見事に着地するマキナのカナード。その古ぼけた機体が瞳を輝かせる。コックピットの中、なんとマキナは目を瞑っていた。そしてカナードは、自らが両腕にマウントしていた二対の剣を引き抜き構える。“64式熱断刀”――。今回オマケ程度に教官側が許可していた、安っぽく、威力の低い白兵装備だった。

 マキナはしっかりと、その剣を握り締める感触を確かめる。ロボットに乗っていると考えるから右手と右足が前に出る。ホバリングなんて出来ないと考えるから転倒する。当たり前の事を当たり前にこなすという事――。その両足で。その両腕で。“あたりまえ”を世界に具現化する――。


「――行くよ、ニア」


 両手の指先で二対の剣をクルクルと器用に回し、軽く宙に放り投げ、逆手に構えるようにキャッチ。瞳を輝かせ、低い姿勢から猛然と走り出した。


『う、うわあああああっ!? なんなんだよ、お前のカナアアアアドォオオオオオオオオッ!?』


 そんな装備で出てくる事を誰が予想しただろう? もっとも扱いが難しいといわれるツインスタンドに、扱いの難しい白兵装備のみという極端な構成――。混乱し、アサルトライフルを乱射する男子生徒。しかし銃弾が捕らえたのはマキナのカナードの影だけであった。

 気づけば真上、カナードが落下してくるのが見えた。次の瞬間には頭部をマキナの振り下ろした踵が一撃で粉砕し、紅く熱された剣の軌跡が煌いた。あっさりと両腕が切断され、頭も潰され動けない男子生徒が混乱しながら悲鳴を上げる。


『み、みそっかすの! ドベのレンブラントの癖にぃいいいっ!!』


 胸部に内蔵したマシンガンを発射しながら後退する男子生徒。その射撃攻撃を剣で弾きながら防ぎ、マキナはビルの合間に姿を消して行く。マキナの居場所がつかめなくなり、男子生徒は慌てて周囲を見渡した。腕も、頭も失った。もうマキナの姿を追う事は彼には不可能だった。

 ふっと、背後に悪寒を感じる。しかし次の瞬間には背後からがっちりとマキナに押さえ込まれていた剣がコックピット部を貫通し、音も無く勝敗が決する。男子生徒は悲鳴を上げる事も出来ず、マキナはそのまま音も無く刀剣をくるりと回して鞘に収め、後方、ビルの上へと跳躍した。美しく街の中にたたずむその機体に一斉にクラスメイトたちから歓声が湧き上がる。その凄まじい声の嵐の中、しかしマキナは何も聞いていなかった。

 額に汗を浮かべ、ゆっくりと振り返る。そこには彼女の翼があった。彼女を羽ばたかせてくれるのはFAでも、この剣でもない。自分の背後に友がいる。その事実こそ、彼女の力をどこまでも引き上げて行く、どこまでも高めて行く、果てしない可能性へと飛び立てる翼――。


「――なんとか、なっちゃったね?」


 けろりとした様子で朗らかに笑うマキナ。ニアは涙を流しながらその笑顔に笑顔で応えた。そしてそれが、この物語の全ての始まりとなる瞬間だった。


『勝者、マキナ&ニアチーム!!』


 ジルの声が上がり、マキナは空に手を伸ばした。ニアが言っていた事が今ならば判る。空はとても近く、今なら手を伸ばすだけで全てを掴む事さえ出来そうだった――。


〜ねっけつ! アルティール劇場〜


*行き成り覚醒*


ニア「そんなわけで、無事三部×三で三話終了して物語は次の段階へと進んで行くわけですが……」


マキナ「なんか、作者のつけてるイヤホンがバチンっていって耳の辺りから突然血が出てるんだけど……」


ニア「今!? タイミングよすぎでしょ!!」


マキナ「買い換えないと駄目だねこれ……」


ニア「そ、それはともかく、今回はテンポよく進んで30部くらいを折り返し地点にしたいと考えてるんだよね」


マキナ「うん。だから頑張らないとね」


ニア「そして、先輩も何か言って下さいにゃ」


ヴィレッタ「うん……。判ってはいるんだが、何を言えばいいのかさっぱりわからないんだ」


マキナ「てか、男の人って今の所アンセム先生しかいないよね、この小説……」


ニア「名前のないモブはいたけどね」


ヴィレッタ「次からは新キャラ&新展開になる予定らしいよ」


マキナ「あ、そうなんですか?」


ニア「そんなわけで、次回に続く!」

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