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特別なんかじゃない(2)

「紅茶で、いいかな……? あ、そうだ。手作りアイスクリームがあるんだけど、食べる? 口に合えばいいんだけど……」


「ど、どうも……」


 謎のギルドにやって来たわたしたちを待っていたのは、銀髪のこわーい感じのお姉さんでした。紅い服を着ている事から、ランクはA……。つまり実戦に出撃するレベルの傭兵である事が窺えます。

 銀色の髪に、切れ長の綺麗な目。とっても美人さんで、とっても近寄り難いイメージの人でした。正直さっき見た時はびびってましたが、中に入ると急によそよそしくなり、親切にお茶を出してくれました。ニアと一緒に何が起きたのか判らずキョトンとしていると、お姉さんはもじもじしながら、


「私、人と喋るの久しぶりすぎて上手く喋れないかもしれないな……。変なこと言ったら、ごめん」


「え!? いや、そんなことは、全然!!」


「アイスおいしいにゃす」


「ほ、本当? えへへ、嬉しいな……。料理作っても、誰かに食べてもらう事ってあんまりないから……」


 可愛らしくそう笑うお姉さんはとっても身長が高くて、もういかにも凄腕のライダーという雰囲気なのです。その奇妙なギャップにわたしとニアはただ黙々とアイスを口に運ぶ事しか出来ませんでした。

 お姉さんの名前は、ヴィレッタ・ヘンドリクスと言うそうで、わたしたちよりも三つ上の十八歳だそうです。既に何度も実戦を経験している経歴の持ち主で、このギルドのマスターなんだとか。

 それにしても外見は小汚い感じの物騒なギルドルームでしたが、中に入れば雰囲気は百八十度逆になり、可愛らしいカーテンや壁紙、いくつものフラワーアレンジメントが並んでいます。物凄く少女チックです。


「事情は大体判ったよ。アンセム先生のお願いなら、断る訳には行かないし……。君たち、あんまり怖くなさそうだから、歓迎するよ? あ、私でよければだけど……」


「本当ですか!? ニア、いいって! 入れてくれるって!!」


「ありがとうございますっ!! ヴィレッタ先輩!」


「せ、先輩……!? なんだか恥ずかしいな……。“ヴィレッタこの野郎”とか、そういうのでもいいよ」


 それは全力で良くないと思うのですが何故そんなはにかんだ笑顔を浮かべるのでしょうか。このお姉さん、ちょっと変です……。

 でも、話してみたら意外とヴィレッタ先輩はいい人っぽくてビックリです。見た目は本当、クールなお姉さんなのですが……。さっきから巨大なぬいぐるみを抱きかかえて放そうとしません。ふと、わたしの鞄から顔を出して寝ていたアポロに気づき、お姉さんが突然立ち上がりました。


「そ、それ……なに?」


「えっ!? う、宇宙うさぎの、アポロですけど……」


「ぬいぐるみ?」


「一応生きてますけどう……。よいしょっ」


 アポロの耳を掴んで引っ張り出します。それを少し揺さぶると、目が覚めたのかアポロが涎を垂らしながら目を開きました。お姉さんは物凄い勢いでアポロを見詰め、肩で息をしながら両手をわきわきさせていました。

 その形相を前にアポロは一瞬で目を覚まし、わたしの手の中から逃げて部屋の隅っこに走っていきます。アポロがあんなに一生懸命走る日がこようとは……。なんだか久しぶりに野生に戻った感じでした。


「むむもむむ……!? もっきゅう!?」


「はあはあ……。かわいいね……すごくかわいいねえええ……! はあはあ……!」


「お、お姉さん落ち着いて……」


「可愛いよううう! いいなあ、もちもちしてるなあ……。触りたいなあ……っ」


 どうしましょう。本当に変な人です。アポロは追い詰められた小動物そのものであり、部屋の隅っこで丸くなってガタガタ震えていました。お姉さんは涎を拭き、少しだけ冷静さを取り戻します。


「是非、ギルドに入って欲しいな。そしたらあのうさぎ、連れてきてくれるよね?」


「は、はい……」


「むっきゅうううううううううううっ!!!!」


 アポロが全力で首を横に振っていました。最早涙目です。アポロ的には、お姉さんとはもう二度と会いたくないようでした。でもごめんねアポロ。大人の事情で君は今日からお姉さんの相手をしなきゃいけないんだ――。


「あの、改めてよろしく御願します! わたし、マキナ・レンブラント十五歳です! 好きな事は寝る事、特技は何も考えない事です!」


「ボクはニア・テッペルス。第二世代アナザーの十五歳です。割となんでも得意なので、出来る事があれば何でも言って下さい!」


「マキナに、ニア……うん、覚えたよ。ようこそ、“蒼穹旅団”へ」


「そうきゅう……」


「りょだん?」


 ニアと顔を見合わせます。そういえばこのギルドについてまだ何も聞いていないのでした。目を丸くするわたしたちの前に立ち、ヴィレッタさんはかっこよく腕を組んで目を瞑り、キリっとした表情で言いました。


「――蒼穹旅団とは、カラーオブブルーと呼ばれた伝説のカラーズ、“マリア・ザ・スラッシュエッジ”のファンクラブの事だ……!」


「「 ファンクラブ……って、ええっ!? 」」


 なんだかカッコよく言ってるけど、それってただのファンクラブですよね? ギルドとしてそれはどうなんでしょうか?

 しかしヴィレッタさん曰く、ギルドとはただ依頼を受けてこなすだけの集団ではなく、所謂趣味的な組織でもあるそうなのです。つまり、この蒼穹旅団というギルドは、カラーオブブルーという人のファンクラブなんだとか……。って、なんですとーっ!!


「だがしかし、実際にはブルーは既に引退している。元々蒼のカラーズは歴代の中でもたった一人だけと言われており、その詳細も謎に包まれている。だが当時のカラーズ最強と呼ばれたその人は、通称スラッシュエッジと呼ばれた剣術の使い手だった」


 伝説のカラーズ、カラーオブブルー……。“ザ・スラッシュエッジ”と呼ばれたその人は当時のカラーズ六人の中では最強を誇り、卓越した剣術の使い手だったそうです。

 そのバトルスタイルはなんと遠距離武器を一切使用しない、刀剣のみの高速白兵戦闘というもので、そんなスタイルなのに恐ろしく強かったその人はアルティールの歴史に名を刻み、永遠に最強と謳われる存在になったのです。

 しかしそのカラーオブブルーのライダーについては基本的に公開されている情報が少なく、謎に包まれているんだとか。今でもその人のファンは世界中にいて、アルティールも彼女に匹敵する存在はいないとして蒼を空席にしているんだそうです。


「な、なんだかロマンチックなお話ですね」


「ボクも聞いた事があるよ。紅、蒼、黄、翠、白、黒……。六人のカラーズの中で、今でも空席になっているのは蒼だけだって。確か、“オペレーションメテオストライク”にも参加したんですよね?」


「君は詳しいね、ニア。そう、オペレーションメテオストライク以降、蒼のカラーズは最強の名を欲しい侭にして来た。二十年前、行方不明になってしまうまでは」


「あれ? でも、オペレーションメテオストライクって確か五十年も前ですよね? うーん、もし生きてたら今はもうご老体なんですねえ」


「詳しい話は判っていない。それに彼女が乗っていた専用FA、“ザ・スラッシュエッジ”の由縁ともなった機体、“ジークフリート”は今でも発見されていない。謎とロマンが満ち溢れているんだ」


 そう語り、ヴィレッタさんは力強く頷きました。この人、かっこいいのか可憐なのかよくわかんないです。とりあえず悪い人ではないのは確かなのですが。


「それで先輩、残りのギルドメンバーとかはどこにいるんですか?」


 周囲を見渡すニア。そういえば言われるまで気づかなかったけど、このギルドルームの中にはマスターであるヴィレッタさん一人だけ……。二人同時にヴィレッタさんを見ると、お姉さんは申し訳無さそうに頬を人差し指で掻きながら、


「…………いや、居ないんだよ」


「「 え? 」」


「メンバーは私と君たち二人だけ……。つまり、三人だけなんだ」


「「 ええっ!? 」」


 まさかの驚愕の事実発覚です!! そして更にそこにニアが畳み掛けます。


「で、でもギルドって確か最低五人はいないと成立しないんですよね!?」


「うん……。だからその、来月までに新しいメンバーをあと二人入れないと、つぶれるっていうか……」


 ニアが青ざめた笑顔を浮かべ、ヴィレッタさんが泣き出しそうな顔で人差し指同士を突き合わせていました。お母さん、なんだかマキナはものすごいギルドに入ってしまったようです――。

 マキナ・レンブラント、ギルド入隊の日記より――――。




特別なんかじゃない(2)




「何……? あのへこたれ娘をヘンドリクスのギルドに入れたのか?」


 授業の合間、廊下の自動販売機でコーヒーを飲むジルとアンセム。二人の話題となっていたのは例のへこたれ娘ことマキナ・レンブラントの事であった。

 あのマキナがギルドに入ったというから一体どんなところかと気になっていたジルはつい先ほどそこでばったり出会ったアンセムに訊いて見たのである。アンセムがマキナの身元引受人となった事は既にジルは承知していたし、マキナは出来が悪いだけに他の生徒よりも気にかかっていた。


「ヴィレッタ・ヘンドリクスか……。確かに実力的には申し分ないどころではないがな……」


「遠距離狙撃戦で彼女より上手くやるライダーはアルティールにはいないだろうな」


「“ファントム”の異名を誇ったスナイパー……。しかしその実、ヤツは今落ちぶれているぞ。ニルギースとの一件以来な」


 コーヒーを飲みながらジルは眉を潜めた。ファントムと呼ばれる程の実力を持っていたヴィレッタ・ヘンドリクス――。普通ならば依頼殺到、アルティールの看板を背負うに足るだけの実力者である。それがなぜ今年つぶれてしまうようなギルドに所属しているのか。そこには様々な因縁がある。

 理由はもろもろだが、大きな切欠となったのはアテナ・ニルギースとの一件である。嘗て彼女達はアリーナで戦い、そしてアテナはヴィレッタを下したのだ。圧倒的なアテナの大勝だった。しかし――。


「ニルギースはヘンドリクスに勝利した事を未だに納得していない……そうだろう?」


 ヴィレッタは現在生徒会にも席をおいている実力者であり、立場としてはアテナをサポートする位置に居る。後方からのサポートが主な役割であるヴィレッタと至近距離で敵を殲滅するアテナ、二人の相性がいいのは最早疑うまでもない事だ。

 しかしアテナとヴィレッタの間には決して埋まる事のない溝が存在する。いや、それはアテナが一方的に作り出したものであり、ヴィレッタはアテナを支えようと必死になっているのだが……。

 コーヒーの注がれていた紙コップを握り潰し、空になったそれをダストシュートに放り投げる。ジルは腕を組み、眉を潜めた。ヴィレッタの元にマキナを預けるという判断、それが吉と出るのか凶と出るのか……。


「それで、あのボール娘は今はどうしている?」


「ああ。校門前で勧誘している」


「勧誘か…………。んっ!? 何、勧誘しているとはどういう事だ!?」


「ああ。何故ならばあのギルドは来月にはつぶれるからだ」


「おいっ!! なんでそんな所に入れるんだ!? 意味がないだろうがっ!!」


「お前は昔から声が大きいな」


「お前が馬鹿げた事ばかりするからだろが――ッ!!」


 アンセムを指差し叫ぶジル。しかし、アンセムはそんなの知ったことではないという様子でコーヒーをゆっくりと飲み干し、それから顔を上げた。


「まあ、何とかなるだろう。ヘンドリクスはちゃんとしていれば優秀なライダーだ。マキナの上達とヘンドリクスの復活、その両方が上手く作用すればいいが」


「そう上手く行くか……?」


「心配ならば見てくればいいだろう? では、私は行くぞ」


「おい、アンセム!! 全く……あの男は昔からいけすかんのだ……ッ」


 心配ならば見てくればいい。確かに、アンセムの言う通りである。腕を組み、暫く悩んだ後にジルは顔を上げた。別に、あの生徒の事が心配なわけではない。生徒には全員同じだけの愛情を持って接していると自負している。だが手のかかる子ほど可愛いというし、何より現実的に一番問題なのはマキナなのである。

 様々な言い訳を自分に言い聞かせながらジルは歩き出した。アンセムの言う通り、全てが上手く作用するとは思えない。最悪の場合、自分が何とかしなければならないかもしれない……。そう考えながらジルは移動を開始した。


 一方その頃――。


「ギルド、蒼穹旅団で〜す! ヨロシクおねがいしまーっす!」


「よ、よろしくおねがいしま〜す……」


 放課後、何故か校門前でビラ配りをするマキナとニアの姿があった。本来ならばこんな事をやっている場合ではないが、仕方がないのである。兎に角今はあと二人、メンバーを入れなければ明日はないのだ。

 来月までの期限なのでなんとかなるだろうと高を括っていた二人であったが、こうして三日が経過しても誰一人見学にさえやってきてくれない事に徐々に焦りを感じ始めていた。


「ふう……。中々チラシも受け取ってもらえないね〜」


「ニアは良くそんなにいっぱい配れるね……。わたし、声かけるのが怖くて全然配れないよ」


 ニアの足元に積んであるダンボール箱の中身、チラシは既になくなりかけている一方マキナのものは未だに山積みである。ニアは苦笑を浮かべ、マキナの頭を撫でた。


「もっと明るく元気良く頑張ろうよ! マキナは可愛いんだから、もっと自分に自信を持って! それから――ヴィレッタ先輩! なんでそんな草むらに隠れてるんですか!?」


「何故って、それは知らない人と話すのが怖いからに決まっているじゃないか!」


「カッコよく言わないでくださいっ!! もー! なんでそんな内気な性格なんですかにゃっ!!」


「や、やめてくれえええっ!! 私は人前に出るのなんて滅多にないっていうか太陽の光を浴びる事自体滅多にないんだ! 死んでしまったらどうするんだニアッ!!」


「しーにーまーせーんーっ!! ほら、こっちに来てください!!」


 草むらから強引に引っ張り出してきたヴィレッタを道端に立たせる。身長が170を超えているヴィレッタはマキナ、ニアの二人と並ぶとかなり大きく見えた。威圧的な視線で新入生たちを睨みながら腕を組んでいる。


「……先輩、それじゃ新入生逃げちゃいますよ?」


「こ、こわいよう〜……」


「……いや、緊張するとこういう顔になっちゃうんだ。ゴメン……」


 冷や汗を流しながら頷くヴィレッタ。凛々しいその表情にマキナとニアは苦笑を浮かべた。何はともあれ、兎に角頑張るしかない。二人はそのままビラ配りを継続した。

 ヴィレッタもそれを手伝い、チラシを配り始める。そうしていると新入生が三人歩いてくるのが見えた。ニアが背中を押し、マキナが拍手してヴィレッタを応援する。


「先輩!! 纏めて三人ゲットですにゃ!!」


「む、無理だそんなの……。私は……」


「お姉さん御願します!! 頑張ってください!!」


「う、うう……」


 仕方が無く道端に立ち塞がるヴィレッタ。そうして顔を挙げ、プロのモデル顔負けのポーズで三人の女子の前に立つ。そうして鋭い視線で三人を射抜き、手を伸ばした。


「お前たち……」


「ひ、ひいっ!? ご、ごめんなさい!!」


「おま……ちょっ!? 待ってくれ!! こら、待ちやがれええええええッ!!!!」


「いやああああああああああああああッ!?」


 泣きながら逃げ去っていく女子生徒たちとそれを物凄い勢いで追い掛けて行くヴィレッタを見送る二人の間に乾いた風が吹きぬけて行く。そのまま校門の向こうに見えなくなった影にマキナはほろりと涙を流した。


「先輩、緊張するとああなっちゃうんだね……」


「お、お姉さん……っ」


「あれは流石にビビるよ……。ボクらも先輩の本性を知らなかったらビビって逃げてるよね」


「うん……。先輩かっこいいけど、怖いもんね」


 黙って立っていればクールな女性、ヴィレッタ・ヘンドリクス。しかし、人前に出ると緊張してしまい何故か男勝りな口調になってしまうメルヘンガールである。二人は同時に溜息を漏らし、このギルドは自分たちが何とかせねばならないのだと深く自負した。

 心機一転、マキナは顔を上げてチラシを握り締めた。自分より駄目な人間が居ると、何となく自分もやれるんじゃないかとそんな気分になってくるマキナである。意を決して道端に飛び出し、チラシを手渡しまくる。


「御願します! おねがいしまーす!!」


「おぉ、マキナやれば出来るじゃん」


「えへへ……! おねがいします! おねがいしまーす!」


 そうしてチラシを渡した先に立っていたのは三人の男子生徒であった。ふと、マキナとニアが顔を上げる。三人の生徒には見覚えがあった。彼等は共に訓練を行っていた新入生だったのである。


「あれ? みそっかすのレンブラントじゃねえか。何やってんだお前、こんな所で」


「え、えっと……あのう……っ」


「蒼穹旅団……? 何そのギルド? マジ一回も聞いた事ねーんだけど。お前ら知ってる?」


「いや、しらねー」


「あ、あのねっ! 小さいけど、優しい先輩がやってるギルドなのっ! 部屋の中とかすごく綺麗だし、先輩がお菓子作ってくれるし……っ」


「何それ? 遊んでるギルドって事? 随分余裕じゃねえか、みそっかすのレンブラントの癖によ」


 生徒の一人がマキナに顔を寄せる。マキナはそれだけで脅えてしまい、肩をびくりと震わせた。面白そうに笑う三人を見かね、ニアがマキナを庇うように前に出る。しかしそれを見た三人は、


「なんだ、またテッペルスにお守りして貰ってんのかよ」


「え……っ?」


「お前成績ドベの癖に、たまたま成績のいいテッペルスとルームメイトになったからお情けで何とかやってるだけじゃねえかよ。一番ヤバい癖にこんなわけわかんねーギルドの勧誘とかやっててさ、マジ最悪じゃね?」


「キミたち、マキナの事を悪く言うとボク、怒るよ」


 ニアが鋭い眼差しでマキナを庇い、手を翳しながら前に出る。それを見た三人はまたそれが気に入らなかったのか、眉を潜めて舌打ちした。


「てめーも成績いいからって調子乗ってんじゃねえよ、アナザー野郎の癖に!」


 “アナザー野郎の癖に”――。その一言でニアの身体が震えた。後ろから見ているマキナにはわかった。ニアは震えていた。一生懸命虚勢を張り、マキナを守りながら……。


「なんでも俺たちより上手く出来て当然じゃねえかよ。何が成績優秀なんだか……」


「…………ボクは」


「つか、レンブラントも変わってるぜ。お前、アナザーに馬鹿にされてるとか思わねーわけ? アナザーってのは皆ノーマルを見下してんだよ。テッペルスはお前のお守りしながらお前を馬鹿にしてんのさ」


「――違うッ!!」


 ニアの絶叫にマキナも驚いてしまう。生徒達は受け取ったチラシを地面に落とし、わざと踏みつけて見せた。それはマキナが三日前、一人で手作りしたチラシだった。

 それを見た瞬間、ニアの目の色が変わった。しかしニアの動きを封殺するように三人がかりで男子生徒たちはニアを取り囲む。そんな中、マキナは一言も声を発する事も出来なかった。

 三人の生徒は泣き出しそうなニアを見てまた何かを言おうとしたのだが、それが実行に移される事はなかった。次の瞬間、男子の一人が思い切り吹っ飛んで行ったからである。

 全員の視線が向けられる最中、そこに立っていたのは冷たい視線を浮かべたヴィレッタであった。残った二人のうち片方の胸倉を掴み上げ、ヴィレッタが舌打ちする。


「……調子に乗るんじゃねえよ、一年」


「ひいっ!?」


 片腕で男子を軽々と放り投げ、残った一人を見下ろしながらヴィレッタは小さく息を着いた。そして片手で前髪を掻き上げながら一言。


「――とっとと失せろ。それとも死にたいか?」


「は、はいいい!! すいませんでしたあああ!!」


 悲鳴を上げながら逃げ去っていく三人を見送り、ヴィレッタは小さく肩を落とした。それから振り返り、涙目でマキナとニアに歩み寄る。


「こ、こわかった〜……。うう、大丈夫だった……?」


「先輩……。すいません、ありがとうございました」


「怪我とかしてないよね? はあ、追い払えてよかったよ……。まだ心臓がバクバク言ってるし……。ほ、本当に大丈夫だった? 今日はこれくらいにして、ギルドルームに戻ろうか」


 チラシの詰まった箱を担ぎ、三人はギルドルームに退散した。あの騒ぎの後で勧誘をするだけの勇気も気力も持ち合わせていなかったのである。部屋に入ると漸く一息つく事が出来、ヴィレッタは二人に暖かい紅茶を淹れてくれた。


「助けに入るのが遅くなってごめん……。最初から見てたんだけど、中々踏ん切りがつかなかったんだ。情けないね、先輩なのに……」


「いえ、助かりましたから。それよりマキナ、大丈夫……? さっきからずっと黙ってるけど……」


 マキナは踏み潰されてくしゃくしゃになったチラシを片手にじっとそれを見詰めていた。その視線は寂しく、そして悲しそうでもある。ヴィレッタとニアは同時にかける言葉を失ってしまった。

 しばらくそうしていたマキナだったが、突然チラシを片手で強く握り潰してしまった。そうして顔を挙げ、ニアを見詰めた。


「ニア」


「う、うん」


「わたし……何も言い返せなかった。自分の事言われるのはいいよ。でも、ニアの事を……友達の悪口を言われたのに、何も言い返せなかった」


「マキナ……」


 マキナは立ち上がり、チラシを破り捨てた。そうして両手の拳でテーブルを叩き、瞳を揺らしていた。涙は流していなかったし、表情にも変化はなかった。しかし震える拳にニアは初めてマキナの強い感情を見ていた。それは――紛れも無くマキナが初めて怒った瞬間だった。そしてその怒りは外に向けられているのではなく――。


「――わたしは、わたしが大嫌いだよ、ニア。友達の悪口を言われて言い返せないなんて……ッ!! 最低だ、わたしは……!」


「マ、マキナ……。いいんだよ、別に。慣れてるし、平気だからさ……」


「良くないよ」


「マキナ……」


「良くないよッ!!!!」


 顔を上げたマキナは拳を握り締めながら立ち尽くす。その項垂れたマキナに恐る恐る近づき、ヴィレッタは少女の肩を叩いた。


「……こういうのもあれだけど、君が弱いのは事実なんだよね?」


「先輩!?」


「待って、ニア。マキナ、君は弱い自分が嫌いでしょうがないんだ。その気持ちは私にも良く判るよ。だから――どうすればいいのかもわかる」


 優しくそう語り、ヴィレッタはチラシを一枚手に取った。それはマキナが先輩の為に、ニアの為にと一生懸命に作った物。頑張ってチラシを作るその姿から、ヴィレッタはマキナの優しい気持ちをよく理解している。だからこそ、やらなければならない事もあるのだ。


「私が手伝うよ、マキナ……。私でよかったら、だけど。君を今月末までに強くする。それで君は自分でその力を証明すればいい。ニアに守ってもらうだけがいやなら、ね」


「わたし……強くなれますか?」


「なれるよ。そんなにも強く、ニアの事を想っているなら」


 硬く握り締めた拳はテーブルを殴ったせいで血が滲んでいた。その手を自分の手でそっと覆い、ヴィレッタは微笑む。マキナは泣き出しそうな顔でニアを見詰め、それから目を瞑った。


「わたし、頑張るよ。だからもう少しだけ待ってて。今のわたしじゃ言い返せないから……。だから……」


「……マキナ……。うん、ありがとう。頑張ろうね、一緒に」


 マキナは涙を押し殺した。そう、力が無ければ言葉は意味を無くしてしまう。想いは力、力は言葉――。その日マキナは初めて自覚したのだ。自分をニアが守ってくれるように。自分もまた、ニアを守りたいと強く願っている事実に――。

 そんな三人の様子を窓の外からのぞきこみ、溜息をつくジルの姿があった。ジルはギルドルームに背を向け立ち去っていく。彼女が割り込む必要も余地も、今の所はなさそうだった。


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