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ひかり(1)


 かつて、この星に舞い降りた時――。かつて一度は起きた奇跡の戦い。それは宇宙の彼方に再現される。

 終わり無く幾度も繰り返される刃の激突――。魂を削り出して作ったその剣はそれぞれの信念の色に輝き、主の意思を体現する。傷つける為に存在する力ではなく、それは己を示す為の力……。そう、力はただ力。それ以上でも以下でもない。

 マキナ・レンブラントと呼ばれた少女の人生の中で最も過酷な決闘が続いていた。対峙する相手は生きる伝説、彼の流星の貴公子である。ジークフリートとレーヴァテインは何度も刃を交え、何度もお互いの殺意を削りあう。

 まるで終わりの見えない、しかし一瞬でも油断をすれば終わってしまうような刹那の連続……。断続的に繰り返される死と生の狭間、すり合わせるようにして互いの心を理解する事……。尽きぬ緊張の中、二人は何故か心が安らいでいくのを感じていた。

 余計な事を考える必要はない。目の前の敵を倒す、ただそれだけである。だがなんとその戦いの美しく充実した事だろうか――? 互いの汗が迸り激痛が全身を貫いていく。だがそれでも心は安らかであり、お互いの間にある固く結ばれた絆を感じることが出来る。

 光の海の中、二人は愛機ではなく自らが剣を手にし、戦っているかのような錯覚に陥っていた。刃と刃は光の中で激突し、視線と視線が衝突する。交わる刃を中心に繰り広げられるロンド――。マキナは蒼い瞳を輝かせ、回転しながら刃を揮う。


「――不思議だね、ラグナ君。さっきまであんなに悲しかったのに……!」


「戦いとは、本来俺たちにとってそういうことだ。エトランゼである俺たちにとっては……な」


 二機は両手に二対の剣を構築する。激突する聖剣と魔剣――。虹色の光が爆ぜ、翼の瞬きと共に二機は移動を開始する。猛スピードで闇の中を突っ切り地球へ向かいながら切り結んでいく。


「エトランゼは統一された意識だ。エトランゼに争いは存在しないし必要のないものだ。だが人間という器を手に入れた俺たちは、エトランゼでありながら容認し得ない存在と対峙する事のなった。皮肉なもんだな」


「エトランゼが人間を襲うのは……」


「そうだ。奴らは人間の事が不思議でしょうがないのさ。だから殺すんだ。不思議だから戦うんだ。判らないから理解しようとする……当然の事だろう?」


 交差した二対の刃。二機はもみ合いながら加速していく。光の速度にまで達した二機は何度も何度もシルエットを重ね合わせ、光の残響を残してすっ飛んでいく。未来を予測する力を持つ二人――。予測を予測し、その上を予測する――。脳の奥が焼ききれるような、魂が蒸発するような想像を絶する思考の中、二機は落ちていく。遥かなる地球へと……。


「ずっと続けていたいね……」


「………………」


「ずっとずっと、こうして居たいよ……。ぼくたちは、お互いの強すぎる力を恐れていた。でも判ったんだ。ぼくたちは……お互いを受け止める事が出来る唯一の受け皿なんだって。ぼくらの力は、ぼくら相手なら遠慮は必要ない」


「――――どうやらそうらしいな。お互い、手加減して探り合うのはこのくらいにしておくか」


 世のライダーが聞いたら卒倒しそうな台詞が軽々しくやり取りされる。鬼神の如き強さの二人――だが、それでもまだ本気ではないというのだ。二つのシルエットは光と同時に左右に吹っ飛び、距離を離して剣を下ろす。


「そうだね……。終わらせたくないけど……終わらせないわけにはいかないから」


「お互い遠慮は無しだ。手加減も要らない」


「うん……。判ってるよ。行くよ、ラグナ君」


「来い――ジュデッカ――!」


 二機の周囲に虹色の光が渦巻いていく――。目を閉じた二人の脳裏、様々な光景が過ぎっていく。

 眠っていたマキナを不安げに見下ろすラグナの姿――。常に過酷な戦場の中に身をおいてきたマキナ、それを少年はいつでも見守っていた。ただ、優しく。真っ直ぐに――。

 ラグナの眠っていた研究室。マキナの眠っていた研究室。二人のそれぞれの人生――。何故こうも判ってしまうのだろう。限界まで研ぎ澄まされた心の領域の所為だろうか? 今では手に取るように感じる事が出来る。お互いの過去――想い。

 マキナはいつしか、ラグナの存在を当たり前に感じていた。当たり前に思いつつ気になっていた。それはジュデッカとレーヴァテイン、異なる運命の子だったからなのかもしれない。だが理由はそれだけではないだろう。

 手を取り、慰めて笑ってくれた少年――。本当に心が折れそうな時、ラグナはふらりと姿を見せてマキナを支えてきた。まるでマキナという光の存在する影のように……。そう、彼は影であり、闇だった。故にマキナとは正面から向かい合う事は許されなかった。二人は常に二律背反する――。

 ああ、もしもこの宿命が無かったならば……二人の関係はまた違った物になっていたのかもしれない。マキナの心の中、微かに芽生える迷いの芽――。しかしそれを遮るようにラグナの心の揺らぎを感じる。

 お互いに背中合わせになっているイメージ……。手を重ねあう。暖かい力を感じる……。今、彼にしてあげられる事は決して多くはない。だからそれを成さねばならないのだ。涙は流さない。心の安らぎを――そして魂の救済を――。今この剣に乗せて――!


「「 オーバードライブッ!! 」」


 二機の力が限界まで開放される。何も存在しない死の闇の世界でさえ燃やしつくし、新たな光を産み落とそうとするかのように……。二機は互いに掌の中に巨大な剣を構築する。少年と少女……戦い方は異なるだろう。だが、少年は少女のやり方にあわせる事を決めた。剣による一対一の決闘……。最期の戦いとするにはこの上ないシチュエーションだ。

 二人は微笑み合い――次の瞬間二機の丁度中央地点で二つの刃はお互いの装甲に減り込んでいた。苦悶の表情を浮かべる二人――だが、刃は互いの掌に掴まれ、互いを両断するには至らない。

 互いの剣を放すと同時に両手に剣を作り、二機は二刀流で斬り合う。直後剣を互いに投擲し、接近して蹴りを放つ。全ては互いに予測出来ている事……相殺の連続になってしまう。

 大剣を作り、旋回と同時に激しく刃を打ち鳴らす。エーテルの光が迸り、何度も二機は同じモーションで攻撃を繰り出す。その統一された鏡写しのような動きはまるで事前に打ち合わせて何度も練習を繰り返してきたかのようでさえある。一般人が見たならば理解も出来ず、追いつく事も出来ないような激戦――。何度も刃を持ち替え、二機は互いに刃をぶつけ合う。永遠にも等しい斬り合いの中、二人は微笑を浮かべていた。悲しく、しかし幸福な時間……。お互いの間に最早一切の嘘は存在しない。あるのは真実の力のみ――。


「強いね……。強いよ、ラグナ君……っ!」


「そういうお前も……強いな」


「ラグナ君……」


「しかし……キリがないな」


「うん、終わらないね、ぜんぜん」


「まあ……別にいいか」


「うん。別にいいよね。終わるまでやってれば。飽きるまでやろうよ――ずっとずっと」


 鍔迫り合いする刃。その光越しに二人は笑いあう。しかしラグナは微笑を閉じ、首を横に振る。何が起きたのか判らずに拍子抜けするマキナ。それと対峙し、ラグナは刃を下ろした。


「俺を斬れ、マキナ」


「え……?」


「俺を殺すんだ、マキナ……。俺にはもう時間がない。どうやらセブンスクラウンは自分が何を育てちまったのか、それを理解していないらしい」


「どういう……事?」


 困惑するマキナ。理解しろという方が無理である。しかしラグナは楽しい時間はもう終わりだとでも言うかのように遥か彼方、地球を見つめた。


「…………マキナ、俺はもう直ぐ俺自身にもどうしようもない化け物に変貌する事になる……。そうなれば俺はお前を殺してしまう。それだけは避けなければならない」


「……ひどいよラグナ君!! 自分の事は殺させるくせに、ぼくの事は殺せないっていうの!? そんなの自分勝手すぎる!!」


「マキナ、お前にはまだこの戦いが終わってもやる事が……!? ち……っ! 始まったか……ッ!!」


「ラ、ラグナくん……?」


「急げ、マキナ……! タンホイザーを……止めろ……! セブンスクラウンは……もう……ッ!!」


 頭を抱えるラグナ。それに対応するかのようにレーヴァテインも同じく頭を抱えて苦悩する。月を背にたゆたうタンホイザー……。その全身には異様なまでのエーテルが収束し、光の結界を周囲に展開しながら動き出している。

 タンホイザーから流れる不協和音は周囲の機体の理性を奪っていく。敵も味方も関係なく、タンホイザーの歌が全てを暴走させていく……。統率されていたはずのセブンスクラウン軍が滅茶苦茶に動き始め、あっちこっちで同士討ちを始める。それだけではない。玉砕覚悟で一気に地球の防衛ラインへとなだれ込んでいくのである。

 まるで理性を失った獣のような大群を前に成す術無く次々に防衛ラインは破られていく。落下するコロニーの勢いは止まらず、地球へと見る見る内に加速していく。戦線は完全に崩壊し、混沌だけが世界を包んでいた。


「何が……起きているの……!?」


「言っただろ……? セブンスクラウンは……エトランゼは複数の意思の混合体だ。その主導権は勿論奴らにあるが……セブンスクラウンはタンホイザーを通じて宇宙の軍隊を全て指揮していた。だが……人間の悪意は連中の許容量をとっくに超えていたんだ……」


 月の地下、セブンスクラウンの存在していた地下の砂漠は音も無く死んでいた。タンホイザーを通じて逆流した莫大な人の意思がその全てを押し流し、最早セブンスクラウンは意思体としての役割を果たせなくなったのである。意思の大河の中に飲み込まれ、セブンスクラウンは最早タンホイザーに取り込まれたといっても過言ではない。そして、セブンスクラウンの一部を受け継いでいるラグナもまた……。


「いいから早く俺を……僕を倒すんだ、マキナ……! レーヴァテインの支配力は、今は僕が維持しているけど……直ぐにタンホイザーに奪い返される……。そうなれば、タンホイザーはレーヴァテインを取り込んでしまう……!」


「そんな……。じゃあ、ラグナ君……こうなるのがわかってて……?」


「…………最期に君と一度だけ、本気でやりあってみたかったんだ……。でも、もう満足だ……。君は僕を必要としないほどに強く、たくましくなった……。さあ、僕を殺すんだ。レーヴァテインがタンホイザーに取り込まれれば、君とてそれを倒すことは不可能になる……」


 戸惑うマキナ。そう、ラグナは結局最初から最後までマキナの事だけを思っていたのだ。優しい少年である……だが、それはマキナには到底納得できる類の真実ではない――。

 遠く離れた地球、十二機のトリスタンを悠々と撃墜したアテナの頭上、大量のヘイムダルに包囲され、追跡されているオルトリンデの姿があった。一気に駆け寄り、それを駆逐しつつオルトリンデとブリュンヒルデは背中合わせに銃を構える。周囲にずらりと並んだヘイムダルは最早変形が始まっており、まるでその様相はエトランゼのようでさえある。中の人間はどうなっているのか……予想するのには容易かった。


「ヴィレッタ!!」


「アテナか……! 駄目だ、タンホイザーにまで近づく事が出来ない……! この周辺のエーテルが丸ごとあそこに収束している……! こんな現象、ありえるのか……!?」


「要はタンホイザーを止めればそれでいいんでしょ? なんだか判らないけど、それで済む事よ」


 ブリュンヒルデは翼を広げ、猛スピードで戦線を突破していく。明らかな無茶であったが、ブリュンヒルデに敵は近づくことが出来なかった。背後、ライフルを装備したオルトリンデがブリュンヒルデを援護しているからである。

 背中を任せるのにヴィレッタ以上の人間もいないだろう。アテナとヴィレッタは美しく精密なコンビネーションで戦線を突破していく。そしてタンホイザー、戦の中心は目の前に――。その時であった。


「何!?」


 アテナの周囲、取り囲むFAの姿があった。それはつい先ほど撃墜したばかりのトリスタンたちの姿である。トリスタンたちは口元を開き、奇妙な笑い声を上げながらオルトリンデとブリュンヒルデの周囲を旋回している。ダメージは修復していないが、傷口からは様々な色の結晶が露出し、機体を固めているようだった。

 見れば周囲の倒れていたFAも全てが再起動を始める。傷を結晶で塞ぎ、次々に身体を起していく。その様子はまるでリビングデッド――。死者に取り囲まれ、二機は完全に包囲されてしまっていた。


「ちょっと……どうなってるのよ」


「これは……!? 私にも何がなんだか……!」


 二機の頭上、タンホイザーは光を広げながら漂っている。その光に群がるようにして死者の軍勢が次々にタンホイザーに向かっていく。まるで悪い夢でも見ているかのようだった。無数のFAが一点に融合し……光は次々に膨れ上がっていく。


「なん……だ……? これ、は……」


 ヴィレッタがそう呟くのも無理はない。そこに姿を現したのはコロニーさえも凌ぐほど、巨大な化け物の姿である。無数の腕、無数の首……無数の翼。かつてタンホイザーだった者は闇の中に吼えた。獣の声同然の雄叫びはそれぞれの機体の通信機へと強制的に受信され、コックピットの中で嫌というほど反響する。

 その時だった。アテナとヴィレッタは同時に全く同じ物を感じていた。脳裏に――思考に――魂に染み込むような呪いの言葉。どろどろと渦巻く、この宇宙の闇……。セブンスクラウンと呼ばれた物が虐げてきた人類の怨念……。あるいは人類同士がお互いを呪いあった意思の成れの果て……。それらが突然、強制的に聞こえてきたのである。

 その聞こえ方は人によって様々だったろう。だが、結果は全て同じだった。戦線は完全に崩壊する――。ライダーたちは悲鳴をあげ、次々に呪いに耐え切れず死んでいった。何をされたわけでもない。ただ呪われただけで死んだのである。


――――“死ね。消えてしまえ。死んでしまえ。無残な姿で呪われてしまえ”。


 魂に聞こえてくる声。死ね。死ね。死ね――。タンホイザーの力は増幅され、最早他人の精神さえも蝕んでしまう。死の呪いに耐え切れなかった者は体内から爆ぜ、結晶となる。そして動かなくなったFAはタンホイザーの指揮下に入るのだ。

 無限に増幅する力……。呪いによって食いつぶされたFAたちがまるで星屑のように収束し、タンホイザーの周囲を待っている。まるで塵――それは人の存在そのものを示しているかのようだった。


――――“死ね。死ね死ね死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね”――。


 聞こえてくる声は鳴り止まない。アテナもヴィレッタもその例外ではない。吐き気を催し、気が狂いそうになる。いや、これは狂ってしまったほうが楽なのだろう。

 宇宙は――地球は――。こんなにも悪意に溢れている。全ての命を呪う意思で満ちている。これがジュデッカがこの星から追いやってしまいたかった物の正体――。ジュデッカが絶対に癒せないと諦め、滅ぼそうとした歪――。


「これが……レーヴァテイン……。いや……。これが……本当に人の魂だとでも言うのか……?」


 黒く渦巻く禍々しいシルエット――。タンホイザーはもはや見る影も無く、異形の化身へと姿を変えてしまっている。殆どの兵は死に絶え、そしてかろうじて踏みとどまった兵士も誰もが完全に絶望していた。甘く見ていた。これが本当の脅威……。本当のエトランゼ。これが、この星が、人が、ずっと溜めに溜めてきた悪魔……。

 全ての命を以ってしてもあがなうことの出来ないような巨大な罪の形……。セブンスクラウンはそれを全て集めてしまった。なるほど、確かにこれをジュデッカにぶつければいくら神だろうが仏だろうがひとたまりも無く消失することだろう。文字通り、この世界の全ての悪意そのものである。そしてこれこそ、蒼穹旅団が倒すべき魔物……。


「無理……だ……。こんなの……勝てるわけが……ない」


 あのヴィレッタでさえそう呟いてしまうほど、その悪魔は巨大だった。タンホイザーの背後、既にコロニーが迫って来ている。手を休める余裕などどこにもない。動かなければならない。動けと命じている。だが、それに反して身体は動くことを拒否している。

 深い深い絶望の色が戦場を支配していた。生き残った僅かな戦士たちは誰もが意気消沈していた。最早ここまで――そう考えていた時である――。


「もう諦めるのか、アテナ?」


「……その声……まさか……!?」


 遥か彼方、白いマントを纏ったジークフリートの姿があった。アリオトにてマキナが乗り捨てたままのジークフリート、それを背中に乗せて神風がやってきたのである。神風はブリュンヒルデの手前で停止すると、ジークフリートはマントをはぎ捨てて剣を手に取る。


「兄さん……!?」


「らしくないな、アテナ……。諦めるなんて、実にお前らしくない」


「…………兄さん……」


「何も言わなくても判っているんだろう? お前にはやるべき事が残っている。ここで死ぬわけには行かない……そのはずだ」


 アンセムの言葉に頷き、アテナは目を瞑る。絶え間なく聞こえてくる呪いの言葉――それを強固な意志で弾き飛ばす。目の前の事に集中するだけだ。世界の意思がなんだろうが、そんなことはどうだっていいと決めたはずだ。ならばそれを実行するのみ。世界の掟など、クソ食らえである。


「兄さん、そのジークフリートは……?」


「ああ、マキナが乗り捨てて行った物だ」


「え……? って、事は……?」


 アンセムは無言で彼方を指差した。そこからは小さな小さな光が見える。それはグングン加速し、一瞬で視認出来る距離まで近づいてきた。虹色の翼を広げたジークフリート……。その背後にはレーヴァテインの姿もある。


「マキナッ!?」


 近づいてくるマキナを認識し、タンホイザーは一瞬でそれを巨大な脅威だと感じ取った。片腕を伸ばすとその指先がぼろぼろと崩れ始め、それが数え切れない無数のFAへと姿を変える。亡者の軍団は一斉にマキナへと歩み寄るが、その前に飛び出したラグナが剣を揮い、敵陣を切開いていく。

 ジークフリートはその影から飛び出し、巨大な剣を片手にタンホイザーへと切りかかる。しかし次の瞬間展開された巨大な結界に阻まれ、吹き飛ばされてしまった。飛んでいくジークフリートを支え、レーヴァテインはタンホイザーを見上げる。


「やはり、無理だマキナ……! 僕も、もう持たない……ッ! 奴に支配される前に、早く……!!」


「うるさいよ、もうっ!!!! ラグナ君のばかっ!!!!」


 素っ頓狂な、間抜けなマキナの声が宇宙の中に広まった。誰もが顔を上げた。女神にも似たその機体の中、少女は真面目な表情でそんな事を叫んだのである。


「ラグナ君だけじゃないよ……皆全員聞いて!! ぼくはマキナ・ザ・スラッシュエッジ――!! これからアレを“どうにか”します!!」


「どうにか、って……」


「何で皆そんな簡単に諦めちゃうの!? 皆にはわからないの!? ちゃんと耳を澄ませて聞いてよッ!! 今、聞こえてくるのは呪いの言葉だけじゃない……! ぼくたちを支える、皆の祈りがあるっ!!」


 そう、地球で……。月で……。コロニーの中で……。祈っているのだ。祈っている。誰もがそう、同じ祈りを胸に抱いている。

 手を合わせ、空を見上げ、星の海の、消えてしまいそうな微かな希望の、その眩いまでの暖かな輝きを、ただ祈り、祈り続けている。

 死者たちは何を願っているのだろうか? 呪いの意思だけが本当にこの世界を支配するものなのだろうか? 違う――。それは断じて否なのだ。

 そうだ、耳を澄ませよう。信じる者を思い浮かべよう。すると自ずと聞こえてくる。死者たちの想い……。何も死んだのは悪意ある人間だけではない。そこには大切な人たちの思い出が詰まっているではないか。

 ジークフリートを中心に世界中に想いが伝わっていく。人々は自分の隣に、背中に、失ってしまった仲間や大切な人たちの姿を確かに見た。今ここには全ての力が収束している。そこにあるのは悪意だけではない。そう、世界は決して悪意だけではないのだ。

 膨大な悪意に埋め尽くされて聞こえないような微かな希望の声――。だが、祈りは確かに存在する。ヴィレッタの背後、その操縦桿に手を重ねるカリスの幻影があった。アテナの隣に立ち、優しく微笑むマリアの姿があった。誰にだって大切な人が居る。大切な思い出がある――。


「護りたいだろっ!! 皆だってッ!!!! 救いたいんでしょっ!? 諦めたくないでしょ!? だったら諦めないで!! 戦って! 力を貸してっ!!!!」


 剣を振り下ろし、光の女神は叫ぶ。その声に誰もが再び顔を上げた。そうだ、一人ではない。判っている。一人ではない――!


「皆の命を貸して!! ぼく一人ではどうしようもないけど……でもっ!! 絶対勝って見せるから!! 負けたりしないからっ!! ぼくを信じて!!」


「マキナ……」


「……やっぱり、あの子の言うとおりだな」


 ヴィレッタが顔を上げる。その瞳には強い意志が取り戻されている。戦士たちが気力を取り戻した。絶望だけが集うわけではない。光とてその中にはまぎれているだろう。 

 その力を呼び覚まし、少女は剣を掲げる。いつの世でも英雄というものは存在する。全てを逆転させてしまうような、奇跡を何度だって起して見せよう。英雄として、この世界に君臨するのだ。それが己の役目ならば――。


「マキナ……。でも、僕には……僕を繋ぎとめてくれる物なんて、なにも……」


「ばか!! ぼくが――わたしがいるよ!! わたしを見てよ、ラグナ君! わたしが嘘をついているように見える!?」


 ジークフリートはレーヴァテインの手を握り締める。言葉にするよりも伝わる事……。禍々しいレーヴァテインの爪、それをジークフリートは優しく握り締めてくれる。


「君を想ってくれる人が居ないなら、わたしが君を想うよ。だから、君もわたしを想って欲しい……。そうしたらきっと、この力にだって立ち向かえるから」


「…………マキナ」


「大丈夫! 支配される前に倒しちゃえばいいだけの事だよ。出来るでしょ……? わたしと貴方なら――!!」


 ジークフリートが黙って頷く。それに応え、ラグナは目を閉じた。そしてゆっくりと頷いてみせる。二つの虹が剣を手にし、最前線にて魔物を見据える。二人はまるでピタリと息を合わせたように剣を重ねた。それは美しい絆の姿だった――。




ひかり(1)




「――――行くぞ、アテナ。マキナを護るんだ」


「ええ、兄さん――! あの子を護るわ! これから一生――護り続けるっ!!」


 頭上には遥か怪物。だが、全てが絶望に染まっているわけではない。何故ならば希望は確かにある。希望もまた、確かに目の前に――。


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