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いのり(2)

「――――コロニーが……動いてる……?」


 かつて空に君臨した七つのコロニーは今や五つとなり、それらは今光の帯を作りながら空を舞っている。ただ一つだけ取り残されたアリオトへと向かうジークフリートの中、マキナは変わり往く世界を眺めていた。


「急がなきゃ……。もっと早く……! 頑張って、アポロ――!!」


『むっきゅうううっ!!』


 加速し、流星のように飛んでいくジークフリート。地球へと歩みを進める尋常ではない数のセブンスクラウンの軍隊を見上げる地球のカナルの上には光を掻き分けながら猛進する樂羅の姿がある。地球上に存在する動ける全てのシティが戦場へと向かっていた。

 カナルの上にずらりと徒党を組むヴォータンの隊列は元フェイスの軍勢。宇宙に次々と打ち上げられ、展開していく九十九は元七星の軍勢。それだけではない。あらゆるFAが集結した、寄せ集めの反乱軍――。その先頭を突っ切り、神風に牽引されて戦線へと向かっていく蒼穹旅団の姿があった。

 宇宙空間に陣取り、地球への侵攻を阻止する事――。頭上遥か彼方にはコロニーという名の巨大な爆薬が待っている。その中には数え切れない数の人間、そして莫大な量のフォゾンドライブが積載されているのだ。


「コロニーは撃墜出来ないわね……。文字通り、人質を乗せた爆薬ってわけか……」


「団長、なんとかならねえのか?」


「無理だな……。恐らくあちら側の人間には自意識などあるまい。全員がタンホイザーの力で制御され、管理されている。奴らに迷いも恐怖もない。あるのは命令に従うという一点のみだ」


「そりゃあまたなんとも分の悪い~」


 神風の牽引ワイヤーが切り離され、最前線に旅団は取り残されていく。神風はそのまま戦線を駆け抜け、遥か彼方へ……。彼には彼の役割があるように。旅団にも旅団の役割が存在する。

 ブリュンヒルデが両手に携えた二丁のビームライフルを掲げ、同時に全員が武器を構える。頭上には空を埋め尽くすかのような軍隊が迫っている……。蒼き地球を背に、寄せ集めの軍団は一斉に武器を構えた。


「――いよいよか」


「団長、こういう時はなんか言って場を引き締めないと~」


「そ、そういうのは苦手なんだ……。それに……何も言わなくなってもう皆わかってるんだろう?」


 ヴィレッタの声に誰もが頷いていた。相手は完全に統率され制御された、いわば機械仕掛けの大軍団である。対するこちらは指揮系統もおぼつかないようなツギハギだらけの傭兵やらテロリストやらの集合体である。だが、それでいい。それだからこそ――。

 この世界の混沌と秩序、それは二律背反する存在だ。人の存在がカオスの権化だというのならば、それを御そうとするセブンスクラウンはコスモスの象徴なのか――。この世界を救うのは果たして秩序か無秩序か……。

 判っているのだ。誰もが仲間と共に闘っている。機械仕掛けの正確さに何を以って抵抗する? 完全統率された一個の軍隊に何を以って抵抗する? 一機一機のFAの性能とて劣っている。ならば答えは一つしかない。たった一つ――。機械仕掛けの軍隊に勝利出来る物が彼らにあるとするならば……。


「――――私たちは蒼穹旅団……。私たちは人間であるという“矜持プライド”で闘おう」


 機械では到底不可能な、個人個人の絆の力……。そう、どうせ最初から統率された戦闘など仕込まれてはいないのだ。それぞれがそれぞれのやり方で今日まで生き延びてきた。その経験を生かすのならば。誰かに命令されて動いているわけではないのならば。傭兵として。戦士として。出来る事をそれぞれが成す――。

 打ち込みのメロディでは奏でられない生音の強さを見せてやろうではないか。戦況は圧倒的不利――だが、有利な戦況などそれこそ稀だ。死ぬのが当然の戦場なら命を賭けるには丁度良い。ならばいざ――。


「行くぞ――! 誰かの為などという大義ならば必要ない! 存分に己の為に刃を揮え!! 我らは傭兵騎士ッ!! 人の矜持を奴らに見せ付けてやれッ!!!!」


「全軍――――ッ!! 突撃戦闘用意!!」


 ブリュンヒルデの中、アテナは静かに呼吸を整えていた。今は傍にマキナはいない。だが、きっとマキナはマキナの戦いをしているだろう。彼女は絶対に逃げたりしない。何があっても根性でそれを乗り切ってしまうだろう。

 彼女が逃げないと信じられるから自分も頑張れる。彼女と再びめぐり合えた時、胸を張って姉で居られるように――。少しでも彼女の脅威を振り払うのだ。その為に新しい力を手に入れた。

 炎の翼を広げ、ブリュンヒルデが顔を上げる。そして静かに、しかし高らかに声を重ねるのだ。一の声を。十の声を。百の声を。千の声を――。いざ、万の声を重ね、意思を示す戦の時――。


「「「 I have control――! 」」」


「往くぞ!! 往け、ここが我らの戦場だッ!!!! 我らの死に場所!! 我らに……続けえええええええっ!!!!」


 一斉に数千数万のFAが動き出す。ヴィレッタのオルトリンデが放った光の矢を合図に激しい銃撃戦が始まった。光の雨の中を掻い潜り、ブリュンヒルデは闇の中を炎を纏って突き進んでいく。

 頭上、敵の前線――。真っ先に突っ込んでくる統率されていない機体の陰があった。アテナはそれに接近しつつ、両手に構えたビームライフルを連射する。放つ度に周囲に展開したセブンスクラウン軍のヘイムダルが貫かれ、ブリュンヒルデ回転しながら加速し、真上に陣取ったその機体に蹴りかかった。

 鋭く繰り出された蹴りを刃で受け、黒の座斑鳩は瞳を輝かせた。二機は同時に互いの獲物をぶつけ合い、額と額を激突させる――。


「アテナお姉様ッ!!」


「……ノエル……ッ!!!!」


「生きていたんですね……!! なんでそっちにいるんですか!?」


「けじめをつけるため……いいえ、ただの私の我侭よ」


 斑鳩が繰り出す神速の連撃を両手のライフルで薙ぎ払い、そのライフルの銃身で斑鳩を殴り飛ばす。縦に回転し、ブースターから溢れる炎の翼を浴びせ、怯んだ斑鳩の脇腹を蹴り飛ばす。反撃に両手の刀を投擲する斑鳩は制動しつつ、脚部のフレユニットを展開。黒い光を纏った剣を射出し、斑鳩の周囲をずらりと取り囲み高速回転させる。


「敵は敵……ッ!! お姉様もそうやってあたしを裏切るなら……今殺してあげますからねぇぇええええッ!!」


「命を無駄にしない方がいいわよ。貴方じゃ――相手にもならない」


「おぉおおおおおおおおおお――――ッ!!!!」


 紅と黒が激突する遥か彼方、一基だけ停止しているコロニー、アリオトへと辿り着いていた。故郷でもあるコロニーは無人となっており、今は既に打ち捨てられているかのようだった。港を破壊し、中へと進入するマキナ。最果てに置き去りにされたアリオトはまるで人類に忘れ去られてしまったかのようでさえある。

 ジークフリートはマキナの操縦の手を離れ、ゆっくりと歩き出す。目指す場所はマキナたちが暮らしていた家の傍にある巨大な施設だった。マキナはそこを何かの会社か何かなのだろうと思っていた。実際にそれは正解である。そこはジェネシスの分社……。目的地はその地下にあった。

 地下へと続くリフトはジークフリートが近づき手を翳すと息を吹き返した。マキナはアポロに導かれるがままに地下へと向かっていく。暫くの間そうしてリフトの上で振動に揺られていた。やがてその地下に、マリアの遺産が姿を現した。


「ここ……見た事がある……」


 白い、砂の砂漠――。セブンスクラウンが存在していた月の地下とよく似ている。その中に更に奥へと続く扉があった。ジークフリートは巨大な扉に歩み寄り、手を翳す。紋章が浮かび上がり、重く閉ざされた扉がゆっくりと開いていく。

 いくつもの隔壁に閉ざされていたその向こう、そこには巨大なハンガーがあった。地下の奥の更に奥……そこにはハンガーと、そしてそれに付随する研究室があった。マキナはジークフリートから格納庫に降り立ち、周囲を見渡した。


「ここのエーテルは……セブンスクラウンとはちょっと違う感じがする」


「むっきゅ!」


「あ……! アポロ、待って!」


 コックピットから飛び降り、マキナの頭の上に一度着地し、そのまま走り去っていくアポロ。その後を追いかけ研究室へと飛び込んでいく。

 研究室は既に長年使われていないのか、資料や機材が散漫している状態だった。そんな薄暗い研究室の中、アポロが走っていったその先でマキナは見知った顔を見つける事になる。


「……アンセム先生……」


 足元で立ち止まったアポロを見下ろし、アンセムはそれから顔を上げマキナを見た。足元から二人の顔を照らし出すのは蒼い非常灯のみ……。闇の中アンセムは片方の眼鏡を白く輝かせながらマキナと向かい合っていた。


「お前が来るのを待っていた。マキナ……いや、マリア・ザ・スラッシュエッジ」


「え?」


「……俺も、ずっと騙されていたよ。気づかなかった。だが……真実に辿り着いた。マキナ……お前に母親なんていない。いや、居るわけもなかった。そして俺は気づいた。この研究室に全ての真実があった……」


 アンセムはマキナに背を向け、奥へと進んでいく。理解の出来ない状況に戸惑いながらもマキナはその後に続いた。そしてその先でマキナは予想を遥かに上回る物を発見した。

 それは、巨大な卵のような形状をしていた。部屋の中心部に鎮座するそれには無数のコードが延び、その部屋だけはまだ全ての機能を保っているように見えた。アンセムはそれに歩み寄り、見上げながら小さく呟く。


「マキナ、お前にはこれが何に見える?」


「たまご……ですか?」


「ある意味においてはそれで正解だ。だが、不正解でもある。マキナ……これはな、“タイムマシン”だ」


「たいむ……ましん?」


「ある意味においては、と考えてくれ。マキナ、ここにお前に宛てたメッセージが残されている。内容は……このタイムマシンの扱い方についてだ」


「えっと……どういう……事なんですか……? よく、わかんないんですけど……」


「…………マキナ。お前にこのタイムマシンの使い方が書いてあるんだよ。マキナ……いや、マリア・ザ・スラッシュエッジ。これが全ての真実だ……。マキナ、お前は未来からやってきたお前自身によって育てられた……仕組まれたスラッシュエッジなんだ」


 蒼い瞳が揺れ、アンセムの悲しげな瞳にそれが映りこむ。アポロがマキナの足元で耳をぱたぱたと上下させ、そしてマキナは静かに目を閉じ――再びそれを開いた。

 少女に突きつけられる真実……だが、そんな事はどうでもよかった。アンセムの脇を通り抜け、卵へと近づいていく。その巨大な装置に手を触れ――マキナはそっと目を細めた。どうすればいいのかは何故か判っていた。光が収束し――そしてそこに眠っていた存在を揺り起こす。

 コロニー全体が一気に揺さぶられ、卵の殻を破りそれはそっと姿を現した。本来あるべき姿――。ジークフリートと呼ばれたFAは、その機体からジークフリートらしい部分を切り抜いただけの模造品に過ぎない。故に本物のジークフリートは全く別にある。

 全てのFAの始祖にしてカラーズ機六機へと分かたれた力の根源……。月に落ちた隕石に眠っていたのがジークフリートならば。同様にもう一つの対を成す存在が確かに在るのだ。星へと落ちた“ジュデッカ”――その器でもある、もう一つの異邦神。


「久しぶりだね……。ジークフリート」


 蒼い機神がゆっくりと瞳に光を宿す。マキナはそれを見上げ、それから振り返った。背後ではアンセムが何ともいえない表情を浮かべている。うさぎが足元でぴょこんと跳ね、マキナはそれを抱き上げてにっこりと微笑んだ。

 やるべきことはわかっている。決まっている。だから今はそれを成すだけだ。細かい事は後回し……。これがマリアの残した物だというのならば。これこそが自分に与えられた使命。

 少女は異邦神の器を見上げ、決意を顔に表した。戦闘は既に始まっている。時間はあまり残されては居ない。そっと一歩踏み出し――その時マキナは、人であることからも一歩を踏み出した。少女は神の座に座り、新たな力が目覚める。


「いくよ……! ジークフリートッ!!」


 瞳が輝き、蒼き翼が格納庫を照らし出す。卵から飛び出した神は天井を突き破り、アリオトからも突き抜けて宇宙へと羽ばたいていく。心に流れ込んでくる莫大なエーテルの情報……。この世界全体が悲しみに暮れ、怒りに我を忘れている。全てを受け入れるのだ。それが自分の役割……。

 マキナの髪が蒼く蒼く輝き始め、首輪が眩く光を放つ。少女の手足はジークフリートに接続され、スーツの上から結晶の装甲を纏っていた。マキナは光輝く前髪の合間、真っ直ぐに前を見据える。今――再び決戦の時――!




いのり(2)




「あっちはあっちで派手にやってるな……」


「ブラックはレッドに任せて、俺たちは行くぜ~……っと!」


 二機のカラーズ機が激突する様子を遠巻きに眺め、オルドとサイがその脇を抜ける。次の瞬間頭上から雷撃が降り注いだ。前に出たオルドのヘイムダルカスタムが両肩からシールドユニットを射出し、光の結界でサイを庇う。フォゾンビームランチャーで反撃を繰り出すが、雷の主――ヴァルベリヒにそれは通用しない。

 黄金に輝く機体は光の輪を広げながら猛スピードで接近してくる。サイとオルドはそれを同時に左右に移動して回避し、反撃の攻撃を繰り出す。ヴァルベリヒはリーメスより放出される雷の結界でそれらを弾き飛ばし、Uターンしつつ接近してくる。


「早いな」


「ああ、格段に早くなってるねぇ」


「やれるか?」


「てか、やるしかないっしょ」


「……そうだな。任せるぞ」


「あいよ……!」


 ヘイムダルが背を向け、戦場へと向かっていく。黄金の二機は正面から向かい合い、兄弟は視線を交錯させる。放たれる雷に対し、サイが取った行動は“拳を突き出す事”――。光を纏ったその手は鋭く雷を射抜き、霧散させてしまう。

 飛来したヴァルベリヒへ回転蹴りを繰り出す。それはヴァルベリヒの顔面へと鋭く減り込んでいた。二機の動きが一瞬停止する。サイは呼吸を整え――一気に攻めに転じる!


「――――最初っから本気で行かせてもらうぜ、クソ兄貴ッ!!」


 ヴァルツヴァイの瞳が輝き、両腕に搭載された二対のフォゾンドライブが光を放つ。黄金に輝く両手を次々に繰り出し、連打を以ってヴァルベリヒを制圧する。その拳は結界を貫き、相手に直接的にダメージを与える……。アンチ・バリアの極み。そしてそれはかつて一度、カーネストを追い詰めた力でもある。


「インファイト……格闘だとッ!? てめえ……まさか……あいつかっ!?」


 カーネストの脳裏に過ぎる一人のライダーの影……。かつて一つのアナザーの街を護っていた傭兵。不穏分子として抹殺した一人の女……。たった一度だけ、カーネストが本気で戦った相手である。

 一年前、カーネストはその妹と再会を果たす。そしてその妹の傍にはスラッシュエッジがいた。受け継がれた力にはあの時期待していた。だが、力の担い手は居なくなったはず。レーヴァテインによって無残に滅ぼされたのだ。だが――。

 繰り出される蹴りがヴァルベリヒを吹き飛ばす。雷を雨のように降り注がせ、両腕のアギトアームを射出する。接近するアームを掌で受け流し、サイは吹き飛んでいくカーネストを追いかける。二機は地球へと下りて行き、最も宇宙に近いカナルの上に降り立った。燃え盛る光の川の中、二機は格闘を続ける。ヴァルベリヒは何度も巨大なアームで攻撃を挑むが、サイはそれを見切り、ヴァルツヴァイの反撃が的確に打ち込まれていく。

 一度は倒した相手だ。だが、目の前に居るのは一体なんなのか……。勿論答えは判っている。弟のサイである。サイは生きていて、今こうして敵として立ちふさがっている。別段驚くようなことではない。サイは自分をきっとよく思っては居なかっただろうから。

 歪な兄弟だった。いや、血も繋がらず、ただ与えられた地位の予備として存在した弟に対し兄らしいことなど何一つしてこなかったのだ。当然の事だと言える。二人はお互いのスペアだった。セブンスクラウンにとってはそれ以上でも以下でもなかったのだ。

 だが、何故今あの女と弟の姿がダブるのか――。繰り出される拳がヴァルベリヒに減り込む度、脳裏をチラつく。サイクロニス……彼が選んだ答え。それは、彼女から受け継いだ物――。

 フォゾンの結界はフォゾンを弾く。だが、物理攻撃を軽減する性能は低い。頑丈なヴァルベリヒを効果的に倒す為には格闘――。リーチが長く重いヴァルベリヒを上回る為にサイが出した答え。それが近接格闘。かつての仲間が好んでいた戦法である。

 

「サイ、てめえ……ッ!!」


「久しぶりだな、兄貴……!! 目は覚めたかよッ!!」


「覚めるかよバカがっ!!」


「まさか、俺が兄貴の邪魔をするとは思っても見なかっただろ……? 俺が壁になるなんてあんたは思いもしなかった! 違うかッ!?」


 繰り出される拳がヴァルベリヒの顎に突き刺さる。コックピットの中、吹っ飛ばされそうな激しい衝撃に揺さぶられ、カーネストは睨みを効かせる。


「ジェネシスだとかセブンスクラウンだとか、そんな物の言うとおりになって生きているあんたにはわかんねえだろうよっ!! なんで俺があんたと戦うのかっ!!」


「戦いの理由はいつだって憎しみだ!! シンプルなもんだろうが、弟よッ!! 仇討ちってわけか、おもしれぇっ!! ハッハァアアアッ!!」


 オーバードライブが発動し、ヴァルベリヒの周囲のカナルが一気に黄金に染まっていく。その光の中、サイもまたコックピットの中で精神を集中していた。

 サイのこの一年間の戦い……それは“戦わない”戦いだった。ジェネシスを内部から動かし協力者を募り、セブンスクラウンに感づかれないように、あくまでも目立たぬように……。それは耐える戦いだったと言い換えても良いだろう。彼こそこの一年、最も努力を強いられた人物なのだ。

 重傷を負ったヴィレッタは、あの後都合の悪い存在としてSGに追われる事となった。世界の真実に感づいてしまった人間にセブンスクラウンは容赦をしない。ヴィレッタを匿い、行動を共にし、その結果サイも真実に辿り着いたのだ。

 ニアの死は決して容易に受け入れられるものではなかったし、当時はヴィレッタもオルドも旅団の壊滅に打ちのめされていた。自分たちの無力さは明白となり、未来は一寸先さえ闇であった。そんな旅団を立ち直らせたのは、サイだったのである。

 サイはニアの死を嘆いたりする前に、彼女の死をどうにか生かそうと考えた。もしもニアが生きていたのならば、彼女が願う事はなんだろうか? 考えれば直ぐにでもわかることだ。彼女の気持ちは常にマキナに向けられていたのだから。

 ニアならばきっと、マキナの為に戦っただろう。彼女の居場所を護ろうとしただろう。この世界を……護ろうとしただろう。ニアは種族の狭間、立場の狭間で揺れ動き、それでも友を護る為に戦った。彼女のその勇敢さを思えば、どうして立ち止まってぐずぐずなどしていられようか。

 はっきりと断言出来る。サイは憎しみの為に戦っているのではないと。復讐など考えた事もない。この世界にもしも本当の悪があるとすれば、それはこの世界に悲しみの連鎖を生み出しているセブンスクラウン――。

 もう死んでしまったニアの事はどうにもならない。彼女が自分に向けてくれていた思いも、自分が彼女に向けていた思いもどこにも誰にも届かないのだ。もう届かない……。だから今は、その全てを振り切って――。


「セブンスクラウンさえいなければ、あんたは生まれる事も無かった……。あんたみたいな、戦うだけの兵士が戦場を彷徨う事もなかった――」


 マキナもカーネストも……。カラーズは全員同じ事。戦うためだけに産み落とされた。化け物。異形。だからこそ歪……。それがどうしても戦いを止められないというのならば、それは誰かが止めねばならない。

 マキナはきっとこの脅威に立ち向かっただろう。ニアとて同じ事だ。誰もがこの世界の中で正義の為に戦うだろう。己が信じる正義、信念、理想……。ああ、なんと面倒な事か、だが――!

 ヴァルツヴァイの胸部が開放され、紋章が浮かび上がる。雷を迸らせながらオーバードライブを発動したヴァルツヴァイの後頭部、獅子の鬣のように金色の光が棚引いていく。正面より向かい合う二機の黄金――。そこに偽りなど存在しない。


「あんたにはわからないだろな、この気持ちは。憎しみでも怒りでもない……。俺は、義によってここに立っている。カーネスト・ヴァルヴァイゼ……あんたの本能とは違う」


「試してみるか……? 本能と人の意思、そのどちらが強いのか」


「行くぞ――ライトニングッ!!」


「かかって来いやぁああああっ!! ハッハァアアアッ!!!!」


 次の瞬間、ヴァルベリヒは吹き飛んでいた。一体何が起きたのか……眼球だけを動かし周囲を探る、電撃が迸り、次の瞬間浮いたヴァルベリヒに蹴りがヒットしていた。ヴァルツヴァイの全身は雷の光に覆われ、先ほどまでとは比べ物にならない程のスピードを実現している。

 ヴァルベリヒの周囲を高速で周回しながら四方八方から攻撃を繰り出すヴァルツヴァイ――。その一撃一撃が雷の早さにも等しい。目にも留まらぬ、文字通りの電光石火――! スピードについていけず、ただ打ちのめされながらカーネストは歯を食いしばる。


「テメエ、その機体……一体どうやって……!?」


「あんたは一人かもしれないが、こっちは一人じゃないんでね……!! あんたには見えてきたんじゃないか……ッ!?」


「何……!?」


 猛スピードで移動を繰り返すヴァルツヴァイ。それはまるで、二機も三機も存在しているかのように残像を残し、ほぼ同時のタイミングで左右から攻撃が飛んでくる。その様子はさながら二人のサイに……いや、そうではない。

 サイだけではないのだ。サイ以外の何者かも、その戦いに参加しているかのように見える。目の錯覚だろうか? ヴァルツヴァイは二機存在し――二人のライダーが挑んできているかのようだ。光に包まれた拳がヴァルベリヒを吹き飛ばし、空中に浮いたその機体をカナルの上から猛スピードのラッシュ攻撃で浮かせ続ける。


「ちい……クソッタレ!! 追いつけねえ……ッ!!!!」


「カァアアアアネストォオオオオオオオオッ!!!!」


 回転蹴りが重厚なヴァルベリヒをまるでボールのように蹴り飛ばす。カナルより吹き飛ばされて落ちていくヴァルベリヒ。それを追いかけ、サイは雄叫びを上げながら拳を繰り出す。

 二機は光を纏って落ちていく。遥かなる大地が眠る地球へと……。その頭上ではアテナとノエルが激しく火花を散らしていた。アテナが連射するビームの矢を刀で切り払い、ノエルは前進を続ける。


「このおおおおおっ!!」


 繰り出す刃――しかしそれはブリュンヒルデの銃身で阻止されてしまう。攻撃を仕掛けたところでアテナには全てがお見通しなのである。一方的に防御され、隙を衝く反撃……。既に斑鳩は満身創痍だった。一方ブリュンヒルデは全くの無傷……。信じられないほどの実力差にノエルの肩は震えていた。


「何で……なんで倒せないの……!?」


「時間の無駄よ、ノエル」


「お姉様……。どうして……どうしてそれだけの力がありながら……」


「それが私の決めた事よ。退きなさいノエル……。邪魔をするなら貴方を討つわ」


 ぞくりと背筋に悪寒が駆け抜けていく。ノエルは初めて覚えるその感情に何とも言えない気分に陥っていた。少女は今まで知らなかったのである。これが絶対的なレベルの違いから来る、戦闘への恐怖だという事を……。

 訳もわからず突っ込んでく。信じていたものがこれ以上なくなってしまうのは耐えられなかった。殆ど泣き喚くような声が宇宙に響き渡り、アテナは黙って斑鳩へとライフルを突き、零距離からライフルを連射する。吹っ飛びながら残骸を撒き散らし、動かなくなる斑鳩。そのコックピットの中でノエルは薄く笑みを作りながらぼろぼろと涙を流し、肩を震わせていた……。


~ショートシナリオを書いてみよう企画第四弾~


『マキナがニアの兄弟達のおねいさんみたいになってる話を読んでみたいです。というわけで、三部に逆戻りして今更やってみる話』



 ニアが眠るこの丘からは、沢山のものが見えます。アルティールで生きている沢山の人……沢山の建物……。沢山の大切なものがあるこの世界の中、わたしはニアと共にそれらを見下ろします。

 きっと何歳になっても、わたしはニアの事を忘れる事は無いでしょう。永遠に忘れられない、大切な友達です。風の吹く中、アポロは木陰で丸くなって眠っていました。振り返ると、そこにはニアのお墓を取り囲むニアの家族の姿がありました。

 ニアの家族たちはあれからもたくましく毎日を生き抜いています。わたしの手を借りようともせず、自分たちの足で歩いていくその姿を見ていると、ニアの強さは皆にもしっかり受け継がれているのだなあ、と感じます。

 お墓を磨いている子も居れば、飽きてしまったのか走り回っている子も居ます。そんな中、ワイシャツの袖を捲くり額の汗を拭いながら皆を見回している少年の姿がありました。彼の名前はロイ君……。彼らの中では最年長のお兄ちゃんです。

 ロイ君は皆に好かれていました。元々はニアがしていた事を一手に引き受けた彼は毎日てんてこまいだそうです。わたしも何か手伝ってあげたいけど、彼はそれを赦してはくれません。お金も受け取ってくれないし、困ったものです。


「ロイ君、少し休憩したらどうかな」


「あ、はい! すいません、いつもいつも」


「ううん、来たいから来てるんだよ」


「でも、マキナさんが来てくれると皆喜ぶんですよ。な、みんな?」


「うん! マキナ、すきーっ!!」


「マキナ! マキナ!」


「はわー……。皆ふかふかしてて可愛いよう……」


 ちっちゃいアナザーの子供は殺人的な可愛さがあると思うのですよ……。耳がふかふかしていて、皆可愛すぎます。くっついてくる四人の子供の頭を撫でながらぷるぷるしていると、ロイ君がお弁当箱を取り出しました。

 果たして墓地で皆でご飯を食べるのが正しいことなのかどうか、わたしには判りません。でもみんな何一つ疑う事もなくピクニック気分でシートを広げ、笑ってご飯を食べるのです。するとどうでしょうか。悲しい気持ちにしかならないようなこんな寂しい墓地の隅っこでも、まるで公園の片隅であるかのように明るい雰囲気に変わってしまうのです。

 子供たちが走り回り、楽しげな笑い声が響き渡る午後……。ロイ君の作るお料理はとっても美味しくて、わたしはここに来る度にいつもちょっとした感動を覚えます。

 彼らとこうして墓参りに来るのは初めてではありません。暇があれば、こうして時間を合わせてここに集まるのです。小さなアナザーの子たちに囲まれているとなんとも言えない幸せを実感します。

 子供たちがアポロの耳を引っ張ったりして遊んでいる傍ら、わたしは皆にご飯を食べさせていました。ロイ君が作り物の青空を見上げ、微笑んでいます。ふと、口の周りをケチャップまみれにした女の子がわたしの顔に手を伸ばしました。


「マキナ、また怪我してる~」


「あはは……。確かにいつもどこか怪我してるね」


「マキナかわいそう……。痛くないの?」


「うん、平気だよ~。ありがとね~」


 ほっぺたをすりすりすると、女の子は柔らかく微笑んでくれます。か、かわゆい……。なんだか猫に取り囲まれているかのような気分です。


「こら、あんまりマキナさんを困らせるなよ~」


「いいよいいよ、皆かわい~もん♪ 癒されるよう……はうぅぅ」


「そ、そうですか? なんかいつもすいません」


「だからいいってば。それにロイ君のお料理もとっても美味しいし」


「そ、そうですか?」


「あ~! ロイにーちゃん赤くなった!」


「な、なってない! こら、お前らっ!!」


 きゃあきゃあと騒ぎながら逃げていく子供たちを追いかけるロイ君。なんだかとっても平和な午後でした。でも、ふと寂しくなる瞬間があります。本当ならば、ここに……わたしのいる場所に居るべきなのはわたしではなくニアなのです。それを思うと、切ない気持ちになるのです。

 きっと、この子たちにとってニアを失った事はとても大きな痛みを伴う思い出なのでしょう。それがわたしにとって同じであるように……。子供たちの頭を撫でるこの手が彼女のものであればいいのにと、そう思わずにはいられないのです。


「みんな……寂しくない?」


「なんで?」


「…………ううん、なんでもない」


「? へんなのー」


「全く……すいませんマキナさん、騒がしくて」


「ロイ君も大変だね」


「全くですよ! どいつもこいつもやんちゃってレベルじゃないんだから……」


 どっかりとシートの上に座り込み、困ったように耳を上下させるロイ君。そんなロイ君をほほ笑みながら見つめていると、彼は少し照れくさそうに苦笑を浮かべました。


「マキナさんが来てくれると、皆嬉しいけど……いいんですか? その、アルティールは今大変なんですよね?」


「うん、まあね。でも、大丈夫だよ。アルティールは、ぼくが護るから」


「……マキナさんはやっぱりすごいっすよ。カラーオブブルーは伊達じゃないっていうか」


「そんなことはないよ。大事な物も護れない。護ろうと思うけど、いつだって護れなかった。だから後悔しないように頑張りたいだけだよ」


「俺も、マキナさんみたいになれるように頑張ります! 今はゴタゴタでフェイスには入れないけど、入学したらご指導よろしくっす!」


「硬いなあ~。ぼくが皆の面倒を見るのは当然なんだから」


「マキナー! いっしょにあそぼーっ!!」


「わぷっ」


 突然、側面から女の子が飛びついてきて思わず倒れてしまいました。その女の子の頭をがしりと掴み、かじりつきます。


「はむはむっ!」


「きゃーーーーっ!!!!」


「たーべーちゃーうーぞー」


「きゃー!! きゃーっ!!」


 逃げていく女の子を追いかけて立ち上がるとロイ君は笑っていました。ニアがいた場所……ニアの居場所。ニアが護ろうとした物……。ここに本来居るべきなのはニアであってわたしではない。それは重々承知なのです。

 だからせめて、あいてしまった穴を埋められるように……少しでもわたしが傍に居てあげたいと思うのです。彼女たちの笑顔が途絶えてしまう事のないように……。それが今のわたしに取れる、責任というものなのではないでしょうか。

 陽だまりの中を駆けていく子供たちを追いかけ、素足で走り出します。優しいにおいのする子供たちを抱きしめていると、自分が抱きしめられているような気持ちになります。ニアもきっと、こんな気持ちで皆と接していたのでしょう。


「こっちこっち! マキナおねーちゃんっ!!」


「…………。うんっ!」


 ここで皆と一緒に居る事は赦されないことなのかもしれません。でも今は……せめてもう少しだけは。

 ボールのように投げられまくっているアポロを途中で受け取り、空に放り投げます。笑い声の中、わたしは少しだけ心を癒されるのです。戦いの連続、苦悩の日々から…………。


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