表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/83

ぬくもり(3)

「わぷっ!?」


「きゃはははっ! マキナ、へたくそーっ♪」


 水面に揺れる魚の影……。それを追いかけマキナは全身水浸しになり、前髪から雫を滴らせながら目をぱちくりさせていた。手にしているのは魚を捕る為の銛である。広がる浅瀬をじゃぶじゃぶと歩き、魚目掛けて銛を突き出すのだが……。失敗して勢い良く水の中にダイブしてしまった。

 そんなマキナの隣ではしゃいでいるのはアナザーの少女、ニアである。何度やっても飽きる事無く転倒するマキナをやはり飽きる事無く眺め、少女は楽しそうに笑っていた。マキナとしては銛という獲物に若干の不満が残る。これが剣だったら一発で魚が取れそうな物なのだが……その差はどこにあるのだろうか。

 青空の下、暖かい気候は水浸しでも心地よいほどであった。遠くの桟橋では何人かのアナザーが釣りを行っているのが見える。マキナが目覚め、ここで生活を始めてから一週間が経とうとしていた。

 働かざる者食うべからず――というのがこの集落の掟である。それほど難しい事ではない。その日食べるために必要な物を得て、生活するのに必要なだけ行動し、後は何をするにも自由なのだ。ニアは既に器用に魚を捕り終え、今はマキナのご飯を眺めている。


「くっそー、なんで捕れないのかなぁ……」


「マキナ、へたくそ」


「うぐぅ……へこたれるぅ……」


「ニアのお魚わけてあげる。早くご飯にしよ?」


「うむむ……もうちょっとだけ頑張ってみるよ……。流石に一週間、ニアのご飯を分けて貰い続けてきたんだしいい加減自分で捕れるようにならないと……とあっ!!」


 再び水飛沫があがり、同時にニアの笑い声もあがった。マキナは結局魚を捕る事を諦め、泣きながら砂浜へと上がっていった。生活するに当たりカラーオブブルーの制服は洗濯して干してあり、今では現地の人々の服を借りている状態だった。

 砂浜に上がり、二人は食事の準備を進める。といっても難しい事はマキナには出来ないので、せいぜい火を起すくらいである。一から火を起すのは大変なので、常に燃え続けている砂浜の焚き火から火を貰い、自分たちの焚き火に移す。


「あちっ! あちっ!」


「おーいお嬢ちゃん! 火傷すんなよー!」


「き、気をつけますっ! あちっ!?」


 焚き火からは人々の笑い声が聞こえてくる。マキナの面倒を見るのはニアに一任されており、この集落でマキナは一番弱い立場でもある。元々一番幼い子供だったニアとしては自分より下が出来たと張り切り、マキナにべったりな日々を送っていた。

 魚の内蔵を取り、綺麗に血を洗った物を櫛に指し、ニアが戻ってくる。二人は焚き火の周りに座り込み、魚が焼ける様を眺めていた。運動したせいでおなかがぺこぺこなマキナはよだれをじゅるりと啜り、目をキラキラさせながら魚が焼きあがるのを待つ。


「美味しそう~。早く焼けないかなぁ……」


「まだだめ!」


「はーい……」


「マキナはいっぱい食べるから、いっぱい魚捕ってあげたよ」


「うん、ありがとうございます。ニア様のお陰で今日もぼくはご飯が食べられます~」


「えへへ~。えらい?」


「えらいえらい」


 にっこりと微笑み、ニアはマキナの膝の上にちょこんと収まる。二人はそうしてくっついて魚が焼けるのを待った。ニアの髪からは太陽のような匂いがする。マキナはその髪を撫でながら静かに目を細めていた。

 この小さな小さな集落で暮らしている内に、だんだんと自分の気持ちもはっきりとしてきた。早く宇宙に戻らねばならないとわかっているのだが、ジークフリートが動かないのではどうしようもない。

 現在ジークフリートは村長でもあるニアを育てている老人を中心に技術者たちが修理を行っており、アポロはジークフリートの内部で調整を行っている。マキナには出来る事は何もないので作業の邪魔だと追い出され、結局こうしてのんびりしている事しか出来ない。

 作業が急ピッチで進んでいるとは言え、時間は勿論かかる。空を見上げても宇宙は見えない。だが……遠くに天まで昇巨大な柱が見えた。それがアルティールの支柱だという事を知ったのはつい最近の事だ。宇宙に思いを馳せながらニアを抱きしめる。少女からは暖かな温もりが伝わってきた。


「マキナ、宇宙の話して」


「また~? 毎日してるじゃない」


「聞きたいの!」


「うーん……しょうがない、なんの話が聞きたい?」


「あの天の柱の話がいい!」


「ニア、その話好きだね~」


「うんっ! いつか天の柱を登って、宇宙に行ってみたい! でもナイショだよ? 大人が聞くと、怒るんだ……」


 その理由はマキナには痛いほど良く判る。ここは平和だ。ニアのような子供でも、のんびりと生きていく事が出来る。ここと比べれば文字通り空にあるのは地獄そのものだろう。そこには安らぎなど存在しない。

 もし……宇宙のニアも。この子のように生きられたのならば……。そんな事を考えずにはいられなかった。この星は美しく全てにおいて満たされている。文明のレベルは一気に下がってしまったが、それはそれでいいのかもしれない。ここでは誰もが協力し合い、平和が自然を作られている。今よりもっと、もっとと欲を出さなければ、人の争いは起こらないのだ。

 ニアと同年代の子供は他にもいたが、ニアは他の子供たちとは馴染めない性格の少女だった。それを大人たちはとても心配していて、育ての親でもある村長は特に気にかけていたのである。だが、マキナだけにはニアは心を開いていた。今ではニアの面倒をマキナが見ているのか、マキナの面倒をニアが見ているのか、なんとも言い難い状態になっていた。


「天の柱の上には、天国があるの?」


「……天国とは、ちょっと違うかな。でも、大事な場所なんだ」


「マキナのおうちなの?」


「…………。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、ぼくにとって大切なものが山ほどあるんだ。だから、戻らなきゃならない。どうしてもね」


「…………マキナ、戻っちゃうの? また帰ってくる……?」


 不安げに振り返りマキナの顔を見上げるニア。マキナは少しだけ考え込んだ後、空を見上げた。蒼く澄み渡る空……。手を伸ばせばどこまでも掴めそうな純粋な空。目を細め、マキナは静かに語る。


「わかんないなあ……。戻った後、ぼくはどうなるのかわからない。だからここに帰ってこられるかどうかもわからないんだ」


「……うぅ」


「ごめんね……。でも、嘘はつきたくないから。ぼくにはやらなきゃいけない事がある。だから、それがちゃんと終わったら……また、会えるよ」


「ほんとうに……?」


「うん! ぼくはニアの事が大好きだからね。きっと生きていればまた会いにくるよ。その時までには、魚も捕れるようになっておくかな」


「……うん」


 パチンと音を立て、薪が割れる。二人はその音で慌てて焦げそうになっていた魚を回収した。炎の中に危うく手を突っ込みそうになりマキナがまた火傷をしたのは言うまでもない。

 二人は焼きたての魚にかじりつき、目をきらきらさせた。宇宙にも、魚はある。しかし養殖の魚とここの魚とでは味が全く違うのだ。ただ焼いただけの魚がとても美味しく感じる……。それは、ここに暖かさが溢れているからなのかもしれない。


「はう~♪ ここのお魚を皆にも食べさせてあげたいよ」


「う? ジークフリートに乗せてく?」


「…………流石にそれは嫌かな……。コックピットの中にお魚いっぱいっていうのは……」


 満腹になり、二人はごろりと砂浜に寝転んだ。心地よい風が吹きぬけ、木々が囁いている。白い雲はゆっくりと流れ……時の流れさえも止まってしまいそうだった。マキナの手を握り締める小さな手……それを握り返し、マキナは目を閉じた。


「マキナの髪は……なんで海の色をしてるの?」


「んー。なんでだろねー。元々は、黒かったんだけど」


「!? か、かわったの!? なんで……? 天使だから?」


「うーん……天使だからかもねー」


「だから、羽がはえてるの?」


 ニアはあの日、ジークフリートが落ちてくる様を見ていた。落下してくるジークフリートは蒼い光の羽に包まれ、輝きながらゆっくりと海へと落ちたのだ。まるでジークフリートがマキナを護ろうとしているかのように……。

 マキナはその時からニアにとって特別な存在になった。空から落ちてきた少女……。それはまるで天使のようではないか。絶対に誰も行く事が出来ないといわれていた空から舞い降りた存在……。巨大なロボットをつれて。

 だからそれに興味を抱くのも憧れるのも当然の事であった。マキナは空を見上げ、蒼い瞳に蒼を映し出す。風が吹き、ゆっくりと身体を起した。寝転がっているニアの頭を撫で、マキナは笑う。


「ぼくにとっては、君の方がよっぽど天使だよ」


「……?」


「空も地球も関係ないんだ。ぼくらはみんな生きている……。生きている以上、全ては平等だ。死だけが等価であり……ぼくらは人以上でもそれ以下でもない」


「?」


「…………君がいるこの星を護るよ。ちゃんと、護り続ける……。それがぼくに与えられた役目なんだ」


「よくわかんない」


「…………。ニア~ッ!! このぉ~~!」


「きゃーっ! やあーっ!!」


 ニアにしがみ付き、ごろりごろりと転がるマキナ。二人のはしゃぎ声は暫く響き渡り、砂まみれになったマキナは波打ち際で身体を洗っていた。長く伸びた前髪を上げ、空を仰ぐ。戦いへの決意は固まった。後はどうやって宇宙に戻るか――。そんな事を考えていた時だった。


「おぉ~い、マキナァッ!! 大変だ!!」


「村長さん……? どうしたんですか?」


「た、た、大変なんじゃ!! マキナ!!」


 砂浜を走ってくる村長。マキナの目の前で立ち止まり、ぜえはあと呼吸を整える。その背中をさするマキナであったが村長はマキナの手を取り、再び走り出す。


「こっちだ!」


「え? え? 何がどうしたんですか!?」


「いいから!!」


「え、ちょ……ニア、ちょっと待ってて!! 着いてきちゃだめだよーっ!!」


 背後できょとんとするニアを置き去りに二人は走り出した。砂浜をそうして走り続ける事凡そ十分……。すっかりくたびれて死にそうになっているマキナの前に人だかりが見えてきた。ジークフリートを修理していた作業員たちだと判り、足を止める。そして見えたのは巨大なFA――。それはジークフリートではない。いや、厳密にはFAですらない。

 マキナはそれに見覚えがあった。故に歩みを速める。人込みを掻き分け――辿り着いたその巨人の足元。そこには何故かマキナの見知った顔があった。故に戸惑いを隠せない。白い砂浜の上……二人は正面から対峙する。


「探したよ、マキナ。無事でなにより」


「――――。ラグナ……君……?」


 黒いSGの制服を着用したラグナは上着を脱ぎながらマキナに微笑みかけた。その背後――。巨大な人型の獣が立っている。その名はレーヴァテイン――。マキナの宿命の相手であり、運命を変えた存在でもある。その目の前に立ち、ラグナは普段どおりの笑顔を作っていた。

 何故、ラグナがここにいるのか。何より何故レーヴァテインと一緒なのか……。疑問に身体が固まるマキナに少年は歩み寄り、直ぐ傍で視線をぶつける。マキナはレーヴァテインを見上げ、ただ黙り込んでいた。


「ラグナ君……なの……? 本当に……?」


「うん。丁度いいと思ってね」


「丁度いい……?」


「セブンスクラウンの支配が及ばない場所は、今の所地球だけだからね。僕が自由に動けるのも、今となってはここだけなんだ。だからレーヴァテインにお願いしてつれてきてもらった」


「何……言ってるの……?」


「今の君なら僕がなんなのか、もうわかるんじゃないかな――。ジュデッカの端末であり、化身である君が在るように。レーヴァテインにも化身となる存在……つまり、僕が存在する」


「そんな……じゃあ……」


「そう、僕がレーヴァテインのライダーだ、マキナ。君がジュデッカの化身を操るように……僕にもレーヴァテインを操る力がある」


 風が吹きぬけ、二人の髪を梳いていく。いつもどおりの当たり前の笑顔を浮かべ、ラグナは空を仰ぎ見た。そっと手を翳し……太陽の光をまぶしそうに受けながら。


「ここは澄み渡っているね。ジュデッカは本当にこの星を愛しているんだ……。ここまで来るのは一苦労だったけど……会えてよかったよ、マキナ」


 どんな顔をすればいいのか判らないマキナ。ただ、時だけが流れていく。どんな顔をすればいいというのだろう。判るはずがない。目の前の少年を信じていた。勿論……その存在の異常さはわかっていたつもりだった。だが――。

 余りにも残酷な結末だった。これが、辿り着いた世界の真実の更に向こう側……。目の前の少年こそ全ての元凶、ジュデッカと対成す魔物の主なのだ。自分がジュデッカの意思の代行者であるように、彼もまたレーヴァテインの意思の代行者なのである。その事実からは避けられない。ゆっくりと、止まっていた時間が時を刻み始める。カチリと歯車がかみ合うような、そんな音を確かにマキナは聞いたのだった。




ぬくもり(3)




「ずっと……ぼくの事、騙してたの……?」


 夕暮れに染まる紅の海を背景にレーヴァテインは肩膝を着き、跪いている。人々は作業に戻り、マキナとラグナは二人きりになった。ラグナは上着を脱いで肩からかけ、流木の上に腰を下ろして海を眺めている。マキナはそんなラグナを隣で見つめていた。

 ラグナの表情には迷いや悲しみのようなものは存在しない。だが……ラグナのしてきた事を考えれば今の彼を赦せるだろうか。ラグナはいつでもマキナを支える為に存在していた。だが……マキナからニアを奪い、蒼穹旅団を壊滅に追いやったのもまた彼なのである。二律背反する二つの行い……ならばどちらかが嘘になる。その嘘を信じたくなくて、信じられなくて……心は揺れ動いていた。

 少年はゆっくりと目を閉じ、気持ちよさそうに風を受けていた。マキナとしてはその余裕の態度が焦りに変わっていく。何故こんなにもラグナの事を考えているのだろう? 今のマキナにとってレーヴァテインなど些細な存在に過ぎない。たかが仇だ。それがどうしたという程度の存在である。勿論赦せない事はない。そのはずなのに……。


「騙していたつもりはなかった。でも……君がそう感じるのなら、そうなんだろうね」


「どっちなの? はっきりしてよ」


「…………。君は、自分がどこで生まれ……そして何者なのか、知っているかい?」


「…………」


「僕は……月で生まれたんだ。本当なら、宇宙のエーテルは全てレーヴァテインが管理するべきものだったんだけど……でも、レーヴァテインは宇宙でマリア・ザ・スラッシュエッジと戦い破れ、力を弱めてしまったんだ。そうして眠りについている間に、セブンスクラウンという別の意思集合体にのっとられ、レーヴァテインという個体の主導権が入れ替わってしまった」


 ジュデッカがこの星のエーテルを管理するように。レーヴァテインもまた、本来はエーテルを司る存在なのだ。しかし、マリアに斬られ月に落ちてしまったレーヴァテインはただエーテルを放出するだけであり……結果、人類の悪意に晒される事となってしまった。レーヴァテインもジュデッカも一つの大きな意識が無数の意識を統べている存在である。レーヴァテインと呼ばれた存在の主導権はセブンスクラウンに渡り、月の王はその力を失った。今のレーヴァテインはいわばその残骸なのである。


「セブンスクラウンは死んでしまった月の王の力を何とか再利用しようと考えていた。それで作られたのが僕だ。そして、調整を加えられた今のレーヴァテインなのさ」


「………」


「君は、ジュデッカが作った人の形をした傀儡だ。限りなく人間に近いその九十九パーセントから外れた一パーセントが君を人ではないものにしている。僕も君と同じように生み出された。レーヴァテインを動かす為にね」


「ぼくと……同じ……」


「ただ一つ違うことがあるとすれば、僕の肉体はもう僕のものじゃないって事だ。君はジュデッカの意思に逆らって動けるかもしれないけど、僕はそうじゃない。僕はセブンスクラウンの命令に逆らえないように出来ているんだ。宇宙にいる限りは……エーテルが存在する限りはそれから逃れられない。だから本当のことを話せるのは、彼らの支配力が及ばない場所だけなんだ。そういう意味では宇宙での僕は全部が嘘だったと言えるのかもしれないね」


 嘘が余りにも多すぎて、自分でもどれが本当なのかはもうわからなくなっていた。だから、全てにおいてリアリティなどあるはずもない。全ては幻……。あるようでないのと同じ事なのだ。自らの掌を見つめ、少年は目を細める。端正な顔は風に輝き、マキナの目には泣いているようにも見えた。


「死んでしまう前に、君ともう一度だけ話がしたかった……。君はセブンスクラウンの支配する世界を拒絶して空に飛び立った。僕には君が羨ましくて堪らない……。僕にも君のように自由な翼があったらよかったのに」


「……ラグナ君」


「蒼穹旅団と戦った一年前とは違う。レーヴァテインは完全な調整を受け、本来の力を取り戻した。今ならジークフリートと互角……と言ったところかな。僕と君が戦う事になれば、どちらかは必ず死ぬ……そういう戦いになるだろうね」


 どんな声をかければいいのか判らなかった。マキナは黙り込み、ラグナの隣に座り込む。ちょこんと腰を置いたその少女へと視線を向け、ラグナは優しく笑って見せた。


「僕は……人間を見てきた。この世界に生きる人たちを……見てきた。そして君に出会った。僕は君たちが好きだ。君たちは間違えながらも前に進んでいく……。人はそういう生き物なんだ。その弱さこそ、儚さこそ無限の可能性を持っている……。僕は人を護りたい。でも、それをセブンスクラウンは赦さないだろう。僕は宇宙に戻れば彼らの力として君たちを殺さなければならなくなる。それが堪らなく嫌なんだ」


「じゃあ……そうしなきゃいいよ! なんでラグナ君がそんな事になっちゃうの!? ぼくだって支配を拒絶出来たんだから、ラグナ君にだって!」


「出来ないんだ。僕が拒絶をすれば、僕の中の戦闘用人格が目覚める仕組みなんだよ。そうなれば僕はもう逆らえない……。彼は君を殺す事を躊躇しないだろう」


「そんな……。そんなのって……。そんなのないよ……っ」


 拳を震わせるマキナ。そこに自分の手を重ね、ラグナは首を横に振った。


「そうする事が僕の使命でも在る。僕は君と闘う……それでやっと生まれた意味を知る事が出来るんだ」


「何で!? 闘う必要なんかないのにっ!!」


「僕はもう、赦されない事を沢山してきた。君を殺そうとした事もある……。このまま生きていれば、きっとこの世界に迷惑をかける。だからせめて君の手で殺されたいんだ」


「そんなの……迷惑だよ……っ」


「…………だろうね。だから、謝ろうと思って。君に……沢山迷惑を――」


 次の瞬間、マキナの放った平手がラグナの頬を激しく打ち付けていた。言葉を遮られ目を丸くするラグナの腕の中、マキナは泣きながら縋り付いていた。どんな顔をすればいいのか判らないラグナはただ呆然とマキナを見下ろす。か弱い、華奢な肩が震えていた。どうすればいいのかは判っていた。だが、その肩を抱いてあげるだけの権利を自分は持たない……。

 ラグナは何もしなかった。それがまた彼の罪を色濃くしていく。今までずっとマキナを見てきた。マキナの傍にいた。彼女の努力も苦悩も全てを知ってきた。だからこそ思う。彼女は本当に強くなった。今ならばきっと、恐らくは自分さえも打ち破ってしまうだろう。

 それは僅かな希望だった。愛した人の刃で貫かれ、その一生を終えたい……。その願いを彼女に託し、背負わせる事はまた罪なのだろう。だがそれ以外に彼にとっての救済は存在しない。マキナもそれがわかっていた。だからもう、聞きたくなかった。そんな悲しいだけの、言葉など……。


「ラグナ君も……ずっと苦しいのを我慢してきたんだね……」


「…………苦しい? 僕が?」


「そうだよ。苦しいんだよ。悲しいんだよ……。ラグナ君は今悲しんでるの。だから、ぼくを抱きしめないんだよ」


「…………判らない。でも、そうなのかもしれない。君に会えて良かったと感じている。僕は……ジュデッカ、君を求めていたんだと思う」


 二つの隕石は、元々旅路を共にした仲間である。家族……兄弟……。或いは恋人のように。長い長い、気が遠のくような年月を旅してきたのだ。二つは限りなく一つだった。だから魂が求めていたのだ。二人はお互いに心を開いていた。そこには確かに絆があった。

 マキナの髪からは潮の匂いがした。夕暮れの中、ラグナはこの貴重な一瞬に心から感謝した。漸く真実の自分を見つけ出せた気がする。マキナの鼓動がそれを教えてくれる。自分は今、ようやく本当の自分になる……。そっと肩に手を伸ばす、抱きしめる腕の中、マキナは顔を上げた。慈しむような、暖かい涙……。悪くないと思える。この子の手にかかるのならば。悪くないだろう。ああ、そうだ。きっと、最高のエンディングになる――。これ以上、無い程の――。


「……行かなくちゃ。そろそろ……彼が目覚めてもおかしくはない。そうなれば僕はこの場で君を殺してしまう。君とは殺しあう運命にあるとしても……僕は君と正々堂々刃を交えたい」


「ラグナ君……」


「ありがとう、ザ・スラッシュエッジ……。マキナ・レンブラント。君に会えて良かった。君と一緒に居られた時間はかけがえのない物になった。僕は今、初めて一人の人間になれたんだ」


「違うよ……。ラグナ君は……いつだってラグナ君だよ。どこにいたってそれは変わらない。ラグナ君は……ラグナ君でいいんだよ」


 その言葉にラグナは返事をしなかった。黙ってそっと、マキナの身体を離す。振り返るとレーヴァテインが立ち上がり、空を仰ぎ見た。虹色の翼を広げ、巨人は光を放つ。


「アルティールに向かうんだ、マキナ。そこに地上まで続く封印されたエレベータがある。地上側からロックがかかっているから使えないだけで、それを解除すれば宇宙まで君を運んでくれるだろう」


「…………ラグナ君……」


「……ありがとう、マキナ。出来れば僕を……赦さないで欲しい」


「赦すよ……。そんなの、赦すに決まってるよ」


 微笑を残し、少年は背を向ける。レーヴァテインに乗り込んだ少年が大空へと舞い上がっていく。風の中、マキナは涙を拭って空を見上げた。決着をつける時が迫っているのを感じる。全ての運命に決着を――。然らば、それに然とするかの如く。ああ、因果応報なる結末を。

 指先にぬくもりを残し、少年は去っていった。決戦の時が迫る。マキナは振り返り、歩き出した。泣いてばかりの、落ち込んでばかりの自分からはもう卒業したのだ。今は戦士として――強く前を見ろ。その先に、己の歩く道が広がっているのだから――。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おなじみのアンケート設置しました。
蒼海のアンケート
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ