ぬくもり(2)
「…………医務室の天井……じゃ、ない?」
頭を振り、己の五感を認識する。腕は動く。指は五本ついているだろう。首はもげては居ないし、身体は起こす事が出来る。ゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡した。
そこは、古ぼけた部屋だった。部屋の各所は既に錆び付いており、年季を感じさせる。強引にくりぬかれたような形をした窓辺にはカーテンが白く揺れていた。奇妙な部屋だった。機械的なようで、その内容は手作り感に溢れている。ボロ布を繋いだようなカーテン……。錆びたベッド。しかし、そこからは優しい匂いがした。
「何だろう、この匂い……」
立ち上がり、周囲を見渡す。少し考えた後、少女は――マキナ・レンブラントは歩き出した。出口と思しき扉を開け放とうとパネルにタッチする。しかし電源が来ていないのか、自動ドアは開く事がなかった。仕方なく重い鉄の扉を強引にこじ開けていく。
真っ先に降り注いだのは光だった。目がくらむような、眩い景色……。そして濃すぎる蒼が瞳へと流れ込んでくる。優しい風が頬を撫で、髪を空いて行く。心地よさの中光に手を翳し、目が慣れるのを待った。そしてマキナは息を呑む。
果てしなく広がる蒼い海――。光り輝く風。生い茂る緑……無限の大地。そこには楽園と呼ばれる世界があった。ここが天国だと言われればきっとマキナはそれを信じるだろう。蒼い光の結界に覆われた、美しい大地……。地球と呼ばれた星が少女の目の前には広がっていた。
テラスに出て風の中立ち尽くす。余りにも美しい光景だった。濃い緑と潮風、土の匂いが少々きつかった。だが、それも愛しく思える。コロニー暮らしではきっと味わえない、全く汚れていない純な大気を思い切り吸い込む。肺の中には瑞々しさが満ちているかのようだった。
「う~~ん……っ! だいしぜーんっ!!」
両腕を広げ、マキナは空に叫んだ。木製のテラスは踏み込むと優しい反動を与えてくれる。鋼鉄に包まれていない街……。振り返ると、マキナが眠っていたのは円形のポットのような部屋だった。見た目は鋼の卵のようである。それが海の上、僅かに浮いて揺れているのが判った。
テラスからは桟橋が続いており、あちこちに鉄の卵が浮いている。空を見上げるとカモメの鳴き声が聞こえ、影が横切っていく。海の中には魚が泳いでいる……。周囲を見渡し、マキナはゆっくりと歩き出した。
まるで夢の中に居るかのようだ。ジークフリートでの闘いが全て嘘のようにこの場所には存在しない……。軋む桟橋を渡り、砂浜へと辿り着いた。砂の感触は面白く、マキナにとっては新鮮なものである。何度もその場で足踏みして、波打ち際を楽しげに歩いた。
「これ……海、だよね?」
靴を脱ぎ、素足を入れてみる。冷たくて心地良い……。靴を両手に持ったまま、マキナは暫く波打ち際で佇んでいた。
世界は広く、美しい……。エーテルによって汚染され、世界は駄目になってしまったのではなかったのか……。見れば判る。この世界に汚れた物なんてありはしない。ゼロカナルもここからは見る事も出来ないし、まるで別の世界にでも飛ばされてきてしまったかのようだ。
蒼く蒼く、澄み渡る空……。そして海……。見ていると自然と涙が溢れてきた。こんなにも美しいのだ。こんなにも清清しいのだ。地球から人は離れ、そして楽園は失われたと想っていた。だがどうだ。こんなにもこの星は美しい……。流れる涙をそのままに、マキナはただ空を仰ぎ見る。心を揺さぶられる感動……それがここにはどこを向いても溢れていた。
そうして暫く泣いていたマキナであったが、やがて背後に人の気配を感じて振り返った。そこには一人の少女が立っていた。白いワンピースを着た、素足の少女である。その頭には――アナザーの証拠である動物のような耳がぴょこりと揺れていた。涙を拭うマキナに歩み寄り、少女は目をぱちくりさせる。
「……起きた?」
「……うん?」
「起きた。おじいちゃーんっ!! 空から落ちてきた人、おきたーっ!!」
少女は桟橋へと走って行く。しばらくきょとんとしていたマキナであったが、先ほどの少女が一人の老人を連れてくるとそれに自らも歩み寄った。白い砂浜の上、老人は黒く焼けた肌でマキナを見下ろす。随分と体格のいい老人であった。
「目が覚めたのかい。元気そうで何よりだ」
「あのう……? ぼく……どうしてここに?」
「そりゃあ、あんたのほうが詳しいんだろう? あんた、FAに乗って落ちてきたんだ。ゼロカナルを突破してな」
「え……」
「あんた、ジークフリートのライダーなんだろう? 話はマリアから聞いてる。ジークフリートは、今は引き上げて森の中に隠してある。こっちだ」
「こっち!」
少女がマキナの手を取り歩き出す。しかし、マキナはもう何もかもわけがわからなかった。人はエーテルのせいでこの世界に住めなくなったのではなかったのか? そこに当たり前のように人間が居て、生活を営んでいる。この様子では昨日今日この星に下りてきたというわけでもない。それに彼らはFAだのジークフリートだの、そんな言葉も知っている。しかもマリアから聞いているといった。混乱で頭の中がぐちゃぐちゃになるマキナだったが、今は兎に角少女に続く事にした。
木々が生い茂る森の中に入ると、直ぐにジークフリートの姿を確認できた。巨大なネットとシートを被せられ、ジークフリートは横たわっている。その上には葉や土がかぶさり、カモフラージュされているようだった。光が降り注ぐその広場の真ん中にマキナは歩み寄り、鋼鉄の相棒にそっと手を触れる。
「よかった……。でも、すごくぼろぼろ……」
「フォゾンドライブがいかれちまってるからな。仰向けに寝ているから判らんようだが、背面は吹っ飛んでる。修理は手間だぞ」
「修理……出来るんですか!?」
「出来るとも。だが、その前にあんたの話を聞かなきゃあならない。あんたは……“マキナ”か?」
「…………」
「その顔を見る限り正解という事か……。ニア!」
その名前を聞いて一瞬背筋がびくりと震える。しかし名前を呼ばれて走って来たのは先ほどの幼いアナザーの少女だった。ニアと呼ばれた少女は老人の足元に歩み寄り、小首をかしげる。
「マキナを部屋に連れて行ってやれ。わしは準備をしてくる。積もる話もあるからな」
「あ、あのう……」
「マキナ、こっち!」
「え? へう、あ、ちょっと……」
再び少女に手を引かれ、マキナは歩いていく。森を抜け、再び太陽の下へ……。桟橋を渡り元々いた卵へと戻り、マキナは少女に導かれるがままに椅子の上に座らされた。
「あの……ニアちゃん?」
「?」
「ここは……地球なんだよね」
「うん、地球だよ」
「外に出ても大丈夫なの? エーテル汚染は……?」
「?」
「あ、えっと……あれ……? うん、えーと……ごめんね、なんでもない」
どうやら本当に聞き覚えがないらしい。マキナは暫く考え込み、首を横に振った。ニアは元気よく笑みを浮かべ、部屋の隅に走っていく。しばらくすると先ほどの老人が大きな荷物を背負って再び姿を現した。
「ニア、お茶を出してくれ。マキナ・レンブラント……ジークフリートのライダーにしてジュデッカの化身。それがあんたで間違いないな?」
「はい……。でも、どうしてそれを……?」
「それを話すと長いな。まあ、事の始まりからゆっくりと話すとしよう。なぁに、ここには時間に追われる理由は何もない。宇宙と違って、色々と不便だがな」
そうして老人は事のあらましを語り始めた。それは、マキナにとっても驚きの連続だったのである。そしてそれが、マリアの遺志をマキナに伝える一つの手段となった――。
ぬくもり(2)
かつて、人々はエーテルの光に追いやられ、宇宙へと逃げ出す事となった。その理由のうち最も大きなものは、エーテルが人間に害を齎す物だった事があげられる。
エーテルに触れていると人間の肉体には様々な異常をきたす。中毒症状は悪化しやがて命にも関わる事になるのだ。その症状は様々だが、一貫してエーテル中毒という括り方をされる。だが、エーテルとはなんなのか? それを考えればおのずと答えも見えてくる。
光の粒一つ一つが、この星に生きる命の意志なのだ。人間だけではない。動物や植物……。生物と定義されない物の意思さえそこには反映されるだろう。エーテルとはジュデッカが放ったこの星の総意に過ぎない。地球から人類を追い出したのは――。人類に悪意を抱いていたのは、この星の全てなのである。
中でも人間は同じ人間さえも拒絶し否定する。悪意を以って接する。この星の大部分よりも、人間の意志こそエーテルを汚染物質にしている原因なのだ。この星の命は人間さえも包み込むほどの包容力を持っている。だがそれを人間自身が邪魔しているのだ。
人間の魂とも呼べるものをジュデッカは目に見える、触れられる形へと変化させ放った。それが真っ先に襲ったのが――人間だったのである。エーテルには意思が宿っている。人は人の意思によりこの星を追われたのだ。
しかし、地球のそのエーテル環境でも生きていけるようにと考えた人類がいた。そう、アナザーを生み出した研究者たちである。彼らはアナザーを地球に送り込む実験を行っていた。その尽くは実験に失敗し、次々に息絶えた……そう言われていた。
「だが、実験は成功していたのだ」
そのアナザー計画により、人類は地球でも生きていける事が判明した。しかしその為には多くの犠牲が必要だった。人間がこの星に乗り込もうとすると、エーテルが濃度をまして拒絶するのである。如何にエーテルを処理出来る能力を持つアナザーといえども、それに耐える事は出来ない。だが、それに耐える事が出来る人間がたった一人だけ存在したのだ。
「それが、マリア・ザ・スラッシュエッジ……」
マリアはこの星に愛されている――。それは、この星がジュデッカを愛しているという事でもある。マリアがいるだけで、エーテルは彼女の身体を蝕もうとはしなかった。そしてマリアは星に語りかけ、アナザーを赦すように言い聞かせた。途端にエーテルは弱まり……アナザーならば何とか生きていけるだけの環境が成立したのである。
このままでは実験が繰り返され、アナザーたちは殺されてしまうだろう。マリアは実験を失敗した事にして死んだはずのアナザーたちを地球へと逃がした。そして自分は再び宇宙へと上がったのである。
「それじゃあ、おじいさんたちは……」
「ああ。もうここで五十年近く暮らしている。これも全てはマリアのお陰だ」
「…………そっか。お母さんは……この星に赦された人だったんだ」
「あんたも同じじゃよ。あんたもマリアと同じくこの星に愛されている。だから何ともないんだろう? ノーマルが歩ける世界ではないからな」
「……やっぱり、アナザーじゃないと駄目なんですか?」
「駄目だろうな……。ジュデッカが人を赦さない限りは不可能だ。だが……その方がいいのかもしれんな。あんたもこの海を見ただろう? わしらが来た時はこんなきれいな海はどこにもなかった……」
アナザーたちを待っていたのは過酷な汚染環境化での生活……。だが、エーテルの汚染よりも人間による星の汚染の方が深刻であった。ジュデッカの光は植物の成長を促進し、濁った海を癒した。ジュデッカの放つ輝きがこの星を満たしていくと同時にこの星は本来あるべき姿へと浄化されていったのである。
「ジュデッカはこの星を五十年でこんなにも綺麗にしちまった。ずっと見てきたからな……良く判る。あれはこの星をただ護りたいだけだ。人間が戻ってくればどうなる……? またこの星は滅茶苦茶になっちまう」
「…………」
「わしらは、この星を汚さないように生活している。最低限の生活を満たす為だけにな。それでも魚はうようよいるから困る事はないし、水も新鮮な湧き水があるからな。十分満足しとるよ」
「この家は……実験で地球に来た時の……?」
「そうだ。元々は輸送艇だとかコンテナだったものを改造してな」
マキナは納得する。元々彼らはFAだのアナザーだの、当時最先端の技術の中に身をおいていたのだ。それなりの知識はあるのだろう。だが、気になる事はまだある。
「あの……どうしてぼくの事を?」
「ああ。もう五十年近く前の事だからな……流石にないだろうと思っていたが、あんたが落ちてきた時確信したよ。マリアは未来の事を読んでいたんだ」
老人は荷物の中から古ぼけたメッセージフィルムを取り出した。かなり旧式でマキナは見た事もないような機械である。しかし保存状態は良好で、まだきちんと役割を果たすことが出来る。電力がほぼ存在しないこの世界で、ものめずらしい機械の存在だった。
そっとそれをマキナに手渡し、老人は目を瞑る。何を考えているのだろうか……? マキナには彼の気持ちは理解出来なかった。老人は手を放し、ニアの手を取ってマキナを見下ろした。
「少し一人でゆっくりと考えてみるといい。あんたが助かったのはわしらが助けたからじゃが……マリアはあんたがいつ、どこに落ちてくるのか……それをわしらに言い残しておった。だから、あんたを直ぐに助けられた」
「え……?」
「そのメッセージに何が入っているのかはわからん。だが、あんたにと言われている。これでようやくマリアに恩返しが出来たと少しだけ肩の荷が下りる……。隣の家に居るから、一人でゆっくり見るといい」
マキナを残し、二人は去っていく。マキナは再生装置と一体化しているフィルムを机の上に置き、息を呑んだ。気づけば窓からは夕暮れの光が差し込んでいる。何度ももう一度会いたいと願った母親……。マリア・ザ・スラッシュエッジがそこにいるのだ。
昔は……ただ、愛していた。でも少しずつ真実を知っていく中で、彼女に対する思いも複雑になっていった。母は、どんな気持ちでこの世界を生きたのだろうか。何故アナザーを救ったのだろうか……。自分がジュデッカの化身だというのならば、その自分をどこから連れてきたのだろうか。疑念は尽きない。問いただしたい事は山ほどある。思い切り、思い切り……声をかけたかった。
「……ずるいよ」
泣き出したい気持ちを抑え、机に突っ伏した。何も教えてくれなかった母。何も伝えてくれなかった母……。自分は母にとってなんだったのだろう。母と自分の日々はただの演技だったのだろうか。考えると悲しくなるから考えなかった事をどうしても考えてしまう。そうして暫く時を過ごした。メッセージを見るためには、それだけの心の準備が必要だった。
やがて日も暮れてしまうのではないかという頃、マキナは再生のスイッチを押した。ノイズ交じりの立体映像が浮かび上がる。そこには自分が見た母の姿があった。しかし、どこか印象が違う。自分の知っている母は、あくまでも母親だった。しかしそこに立っているのは、フェイスの制服を着用したマリアの姿である。彼女が傭兵であった事……その事実がマキナには意外だった。
知らなかったわけではない。だが、人づてに聞いた事と自分の目で見るのとでは全く違う印象を抱く。そしてようやく彼女の存在を現実と認識するのだ。幻などではない……。マリア・ザ・スラッシュエッジと呼ばれたジークフリートの担い手がそこには確かに立っていた。
『…………マキナ。元気にやっていますか? このメッセージを貴方が聞いている時……多分、貴方はもう大きくなっているのね』
「……お母さん……」
『このメッセージを聞いているという事は、貴方は地球へと降り立ったという事……。それはわたしが一番避けたかった事でもあり……貴方の宿命でもある。沢山辛い事を経験したと思います。沢山、悲しい戦いを乗り越えたと思います。よく頑張ったわね……マキナ。貴方を褒めてあげたいけど、抱きしめてあげたいけど……それは出来ないから、我慢します』
「…………おかあさん……っ」
涙を堪えきれず、マキナはぽたぽたと涙を机に零していった。マリアは……優しい声をしていた。マリアは……優しい目で自分に語りかけてくれる。映像は乱れていてはっきりしないが、それはわかる。伝わるのだ。思いは……時を越えて。今確かに、娘へと届いたのだ。
『さて……何から話せばいいのか迷いますが、まず何故貴方の事を今のわたしが知っているのか、という事から』
「え……? あ……」
マキナは十七歳である。五十年近く前のマリアがそのマキナを知っているというのはどういう事なのか。それだけではない。まるで未来にマキナが体験する事を全て知っているかのような口ぶりである。食いつくように映像を見つめるマキナ。それを予想していたかのようにマリアは微笑んだ。
『落ち着いて聞いて。わたしはある事情で、未来に起こることを全て知っているの。全て……というのは語弊があるわね。でも、大体は判ってる。マキナがもしわたしの予想通りの場所、時刻に地球に降下してこれを聞いているのならば、わたしの予測不能の事態が起きていないという事……つまり、わたしの知る未来の形になっているという事になるわ』
「……ほぇ? なんか、よくわかんないけど……」
『そんな顔しないの。ちゃんと判るように説明してあげたいけど、時間がないのよ。続けるわね』
「う、うん」
『多分、貴方のいる時代ではわたしはもう死んでいると思うの。でも、貴方の為に残したものがアリオトのネクスト研究室に残っているはずなの。場所はアポロが知っているわ。そこに、今のわたしが貴方の為に残せる全てを残しておいたから……どうか、役立てて』
「アリオトの……ネクスト研究室!? え、アリオトにそんな施設があったの……?」
『アリオトは元々セブンスクラウンの研究拠点でもあるのよ。ムーンシティでは出来ない、アナザーやネクストの研究を行っていたの。わたしと貴方がアリオトに住んでいたのもその為だったのよ。わかった?』
「うん、わかった……。知らなかった~」
『これから貴方は本当に過酷な選択を迫られると思う……。ジュデッカとセブンスクラウン、そのどちらを選ぶのかで。でもわたしの知っている貴方は……きっとその両方を救う道を選ぶのね。だから、その貴方の選んだ道を迷わず進みなさい。貴方の為に“道”と“力”を用意しておいたから……。迷わず願いを貫きなさい。貴方にはその権利がある』
「迷わないよ。ずっと真っ直ぐ進んでくよ……。色々あったけど……元気だよ。だから、迷わないで闘う。闘うよ……」
『……貴方はいい子だから。きっとこれから沢山の命を背負って死ぬまで闘うんでしょうね。でも、忘れないで。貴方には沢山の仲間がいる。貴方を思う人が居る……。背中を預けられる人たちが居る。それを信じなさい。そして共に闘うの。貴方の願いを叶える為に……』
「うん……わかってるよ……」
『……残念だけど、どうすればジュデッカを倒せるのか……そこまではわたしも判らないの。わたしが見た限りでは……ううん、これは意味のない事ね。あ、そろそろ時間がないから……マキナ、最期に一つだけ』
虚ろな母の幻影はそっと手を伸ばす。マキナはその幻影に手を伸ばした。母はマキナの手を握り締め、優しく微笑む。
『全ての罪はわたしにあるわ。貴方は何も悪くない……。本当にごめんなさい。でも判ってほしいの。貴方を世界の誰よりも愛してる……。愛してるわ、マキナ』
「おかあさん……っ! おかあさんっ!!」
映像が突然途切れ、幻影が消えてしまう。それに手を伸ばすマキナ……しかし伸ばした手は虚空を掴むだけである。泣きながらマキナはメッセージフィルムを強く抱きしめた。冷たい冷たい鉄の塊……。時を越えて、しかし想いは確かに届いた。愛はそこにあったのだ。
母は自分を愛していた……そう今なら信じられる。それだけでこんなにも嬉しいのなら。もし、今この世界に母親が居て……彼女を抱きしめられたなら。どんなに幸せだろう? どんなに満たされるのだろう? そのぬくもりに何処までも甘え、溺れてしまいたい……そう心から願う。だが、それはもう叶わない。
「お母さん……お母さん、お母さん……」
まるで、亡き母と会話しているかのようだった。彼女はきっと、自分がどんな顔をするのかなんて手に取るように判ったのだろう。とても嬉しかった。もう一度めぐり合えた気がした。何故……幻なのだろうか。
何度も何度も装置を再生した。泣きながら母からのメッセージを聞いた。こんなにも、恋しいと想っていたなんて……。自分を愛し、育ててくれたたった一人の恩人。先代のジークフリートの勇者。自分が受け継いだ物……その重さを改めて痛感する。
彼女はきっとこの世界を護ろうとしただろう。英雄に相応しい人生を送ったのだろう。そう信じたい。信じられる……。その夜、マキナは一晩中泣き通した。しかし涙は乾かず、そしてとても暖かい。この世界に一人ぼっちではないのだと教えてくれる。きっとこの世界には仲間がいるから。だから一緒に戦える。想いは受け継いでいける。
蒼の剣を手にする宿命を呪った事もあった。だが今はこれでよかったのだと思える。大切なものを護る為に……。ああ、犠牲にしても構わないだろう。この命一つで、彼女に迫れるのならば――。
夜空に瞬く無限の星を仰ぎ、マキナは涙を流した。声無き声でもきっと誰かに届くのだろう。どうか、その儚い願いが消えぬように……誰かに届くように。そう祈るのだ。今この瞬間だけは。たった一人だとしても。愛してくれた、彼女の為に――。