The Slash edge(3)
「これ、貴方に――」
夕暮れを背景に手渡された大切な物――。マキナが一度は手放し、忘れようとした物。車椅子に乗ったマキナを見下ろし、アテナは優しく微笑んでいた。
「アテナお姉様、これなんですかぁ?」
ノエルが暢気な声を上げる。アテナは肩を竦め、そしてマキナはそれを手にして静かに目を細めた。それは――少女のライフワークだったもの。長い間時を共にしてきた、日記帳――。
ハードカバーのような外見をしているが、構造はルーズリーフに近い。中身を切り替えて何年でも使っていける日記帳である。それをぎゅっと胸に抱き、マキナは顔を上げた。“どうして”――? そんな気持ちがアテナにはお見通しだった。
「……マキナ、誕生日おめでとう」
「え……? あ……」
「十七歳の誕生日なのよ、この子。だから……」
「えぇー!? 知らなかった! なんだ、そうと判ってればあたしだってすごいの用意したのにっ!!」
「え? あ、いや、まだなんだけど……。うん……そうだよね。いつ渡せるか……わかんないもんね」
日記帳はマキナが持っていたものと全く同じ物だった。アテナはたまたまそれを店先で発見し、慌てて購入したのだ。同じ物を手にしたという偶然……いや、或いは奇跡、それともそれは必然だったのか。
かつてアナザーの少女はマキナに誕生日を与えた。祝うべき日、祝うべき物を約束した。交わした約束を覚えている。繋いだ手のぬくもりも忘れない。ぎゅっと全てを抱きしめて、マキナはきつく目を閉じた。
「お姉ちゃん……」
「貴方がそれを再び書けるようになる日を信じてるわ。貴方がその苦しみから解き放たれる日は来ないのかもしれない。でも――思い出して。この世界には、悲しいことばかりじゃないってこと」
「うん……。ありがとう……。お姉ちゃん、ありがとう――」
泣きながら何度も頷くマキナ。夕日の赤に染め上げられ、アテナは照れくさそうに微笑んでいた。運命を記す書……そして、そこから全てが始まったのかもしれない。
振り返ってしまえば過去など一瞬の事に過ぎない。そこには事実と歴史だけが残るだろう。それでもそこに想いを残すのならば――。そう、それはきっと生きた証になる。
「まだ……これを書ける自分じゃないけど……。でも、いつかきっと……」
「ええ。頑張ってね、マキナ。貴方がどんなに辛い時でも、私は傍に居る。貴方を見ているから」
車椅子に乗ったマキナに合わせ、アテナは屈んでその肩を抱く。二人は額と額を合わせ、にっこりと微笑んだ。涙を拭い、幸せそうに頷くマキナ。それを見下ろし、アテナの白い手は愛する人の髪を撫でる為にあった――。
ノエルが唇をとんがらせ、文句を言う。二人は同時に笑いながらノエルに頭を下げた。すっかりおいてけぼりもいい所だった。それでもノエルは笑って赦してくれる。友達だから。大切な人だから……。だから、赦しあえる。
マキナにとってアテナは間違いなく大切な人だった。愛する人だった。たとえ二人の存在が鏡合わせでも、たとえ二人の心が永遠に交わらなくとも、そこには目には見えない固い絆があった。生まれた瞬間より定められし運命の螺旋――。それは、二人の光が対を成し、永遠に交わらない事を意味している。それでも構わなかった。信じる物があれば。信じ続ける事が出来れば――。
二人は確かに笑いあっていた。笑顔があった。信じていた。認め合っていた……。互いを愛し、それを信じるからこそ――心からの笑顔を作る事が出来る。ならば、これも全ては運命の導きだったのかもしれない。二人の間にあった絆が本物であるならば……。いや、本物であるからこそ。お互いを思う気持ちが強く、猛り、真実であるからこそ。本当に願う、心の奥底からの願いを歪める事は出来ない。
それは、本能の叫びなのだ。魂が語る言葉がある。それは大いなる意思に等しい。人は時に争う。時に理解し合えないことを嘆き、互いに刃を交える。その全てが無意味だとは思わない。何故ならばそれは痛みを分かち合う事だからだ。争う事とは理解しあう事と同義――。時を重ね。刃を重ね。ならば心も重ねよう――。
かつて蒼い星があった。そこには二対の流星が落ちていく。その過去の歴史をなぞるように、二機のFAはもみ合いながら落ちていく――。大気の炎に焼かれ、カナルの炎に焼かれ、それでも二機は止まらない。堕ちていく――どこまでも。
「アテナ・ニルギースッ!!」
「マキナ・ザ・スラッシュエッジ――ッ!!」
ジークフリートが刃を両手に構え、ブリュンヒルデがハンドガンを両手に構える。二機は正面から同時に殴り合い、二対の刃と銃が火花を散らして激突した。人工筋肉が軋む。二人の腕が軋む。必死に力を込め、押し合うのだ。二機の持つ力は互角。互いの刃も互角――。ブリュンヒルデに座する暴虐の紅は瞳を輝かせ、ジークフリートを押し返していく。
こと腕力にかけて彼女に勝る存在は居ない。そして彼女こそ全てのカラーズの中で最もカラーズと呼ばれるに相応しい。力はただ力に過ぎない。その力に意味を求めぬ事――。正義も悪も抱え込もう。迷いに匹敵する要素は皆無、一欠片さえ残されていない。アテナの心に戸惑いはなかった。先ほどまでの感情に任せたカラーズたちとは異なる。
燃え盛る烈火の如く魂を昂ぶらせながら、それでもアテナは冷静だった。感情の行動は二律背反し、彼女の存在を限界まで高めていく。対峙する蒼は遥か怪物――。だが、それに挑むこの暴虐の紅もまた、遥かなる高みに到達している。二人の間にある差はごく僅か――。たとえブリュンヒルデが機体性能で劣っていようとも。マキナの純粋無垢な愛に劣っていようとも。その全てを焼き尽くし世界を壊す程の無限の愛がアテナにはあるのだ。
感情を吸い込み、ブリュンヒルデの出力は既にメーターを振り切っている。レーヴァテインだろうがジークフリートだろうが最早見上げる存在ではない。人の身を以って神の刃と対等に渡り合う――。これを奇跡の力と呼ばずしてなんと呼ぶ――。
「どうしたの……? そんな物!? 貴方の力!! そんなものなの!?」
「ジークフリートの剣が……!? 拳銃に防がれる……!?」
「貴方の剣の固さは心の硬さ! 意思の硬さ! ならばそれが私を上回らない限り――この銃は砕けない!!」
ブリュンヒルデの力がジークフリートを上回る――! 二対の剣を左右に弾き飛ばし、銃口をジークフリートの胸に押し当て引き金を引く。紅い炎が炸裂し、爆発はジークフリートの装甲を削り黒煙を巻き上げる。空に吼える紅き翼――。アテナ・ニルギース。カラーオブレッド……。最強の敵。最強の力。間違いない。認識する。マキナは改めた。彼女を改めた――!
「ジークフリード……! ニーベルングシステム完全開放!! お願いアポロ――ぼくに力を!!」
「マキナァアアアアアアアアアア――ッ!!!!」
ジークフリートの胸の装甲が開き、蒼の紋章が浮かび上がる。ジークフリートの全身から蒼い光が漏れ出し、その装甲を結晶が覆っていく。瞳を輝かせ、莫大なエーテルを撒き散らしながらジークフリートはその力を限界まで引き起こした。触れるカナルが、星の光が、全てが蒼に染まっていく――。
ブリュンヒルデは炎の弾丸を連射する。それを剣で防ぎながらジークフリートは猛スピードで接近していく。二機の視線が至近距離で交錯し、インファイトが始まった。ノーガードで二機は互いの武装を叩き付け合う。刃がブリュンヒルデを削り、銃弾がジークフリートを穿つ。二機の戦いは壮絶だった。全くの互角――。マキナは冷や汗を流し、歯を食いしばっていた。アテナも同じである。二人は一度距離を離し、ブリュンヒルデは全身の装甲を開放し、胸の前にエーテルを収束して行く。
「来たれ聖剣――! 龍を断つ刃よ……! はぁああっ!!」
光がジークフリートの手の中で収束し、結晶の剣を生み出す。聖剣バルムンク――。ジークフリートに宿るもう一つの力。巨大な大剣を両手で構え、結晶の刃は蒼い炎を纏って輝きを増していく。ブリュンヒルデは収束させた紅の炎をそこに目掛けて放出する。
大気が振動し、カナルが紅に染まって行く――。コロニーに大穴を開けるほどの火力のエーテル収束弾――その何倍もの威力が込められている。巨大な炎の弾をジークフリートは踊るように回転し、バルムンクの一撃で切り払う。しかしその代償は大きかった。バルムンクは砕け散り、聖なる剣は失われる。
マキナは再び手を翳し、バルムンクを手の中に召喚する。蒼い翼を羽ばたかせ、騎士は落ちながらなお、ブリュンヒルデへと襲い掛かる。ブリュンヒルデは銃をクロスさせ斬撃を防ぐが、バルムンクの刃の前では物理的な武装など意味を成さない。繰り出される神殺の一撃――! ブリュンヒルデはあろう事かそれを素手で受け止めていた。燃え盛る炎の掌は、切り刻まれながらそれでもバルムンクの進行を阻止していた。
繰り出される蹴り――。それがジークフリートの脇腹に直撃する。剣を手放してしまったマキナは歯を食いしばり、最早それに頼る事を辞めた。
二人の視線が交わる。言葉も、声も、今は必要ない。お互いに想いを乗せる――。この、二つの拳に――!
「マキナ!!」
「アテナ!!」
「「 おぉおおおおッ!! 」」
二機が同時に繰り出した拳が互いの顔面に直撃する。互いの装甲が砕ける。それでも止めない。止められるはずがない。互いに何度も拳をぶつけ合う。神に等しい力を持つ二人の、正真正銘の殴り合い――。酷く原始的で、戦術など存在しない子供の喧嘩のような戦い。だが、それで構わない。小細工など不要――! あるのはただ力と決意のみ。ならばいざ、この拳で勝負――!!
流星が落ちていく。何度も世界に衝撃を響かせながら。音などなくとも。言葉などなくとも。二機は落ちていく。背景にはアルティールが見える。滅びかけた楽園を背に、二人は殴りあう。何度も、何度も。蹴りが同時に互いの蹴りを相殺し、互いの拳が拳を相殺する。激しく打ち合う身体と身体……。オーバードライブ状態の二機に最早茶々を入れる事は誰にも出来なかった。堕ちていく、何処までも――。この、無限にも等しい刹那の時の中で――。
「――――ふっ」
「ははっ!」
「ふふふ……っ!」
「は――ッ!! お姉ちゃん……!!」
「マキナ……! マキナアアアアアアアアアアッ!!!!」
ジークフリートの拳がブリュンヒルデの腹に減り込む。アテナは同時にブリュンヒルデの顔面に拳を減り込ませる。二人は笑っていた。何故だろう、気づけば笑顔になっていたのだ。壮絶な殺し合い、戦いの中で……それでも感じるのだ。お互いの気持ち。譲れない思い……。絶対に曲げられない物がある。だから拳にそれを乗せる。
届け――! 届け、この思い――! 世界も神も関係ない。人として。むごたらしくとも人として。ああ、この拳を交える刹那のなんと美しきことだろうか。それは人の魂に赦された最期の権利。人の意思に託された最初の本能。闘う事――。闘う事――! ただ、闘う事――!
憎しみではない。それは愛によく似ている。互いを認めているのだ。信じている。だから負けても構わないさ。ああ、でも――。“勝ちたい”。“やっぱり負けたくない”。“認めてほしいから”。だから――ああ、“闘う”――!!
二色の装甲が星の海の中に焼けて消えても。大気圏へと迫り、二機が燃え上がっても。拳は留まる事を知らない。ぶっ倒すしかないじゃないか。言葉は無意味。ならばぶっ倒すしかないではないか。
もう何もかもがどうでもいい。心の中が果てしなくクリアだった。純粋な願いだけがそこにはある。愛しているから倒すのだ。愛しているから倒す。それは矛盾などしていない。愛を示す手段など――正解など、たった一つではないのだから。
二人の瞳が見開かれ、雄叫びが上がると同時に二機は更に光を増していく。音を超えろ。光を超えろ。何もかもを超えてゆけ。ああ、人の世界の中で。神の世界の中で。それでも人である事を願うのならば――。証明する時は――たった今!
全てのカナルを乗り越えてゼロカナルへと墜落する。星に衝撃が走った。巨大な爆発が巻き起こり、それでも二機は止まらない。止まることなど出来るはずもない。二機はゼロカナルの上を突っ走りながら格闘を続ける。互いに既にぼろぼろだった。だが、まだ腕があがる。足があがる。大丈夫だ、闘えるじゃないか。まだまだ、やれるじゃないか――。
それは星の上を駆け抜けるダンス。誰にも邪魔も、真似も出来ない二人だけの時間。心の奥底、魂で語り合っていた。譲れる物などない。妥協など出来るはずもない。マキナは自分を犠牲にして世界を救うことを選んだ。アテナは世界を犠牲にして少女を救う事を選んだ。願いの意味も、重さも全ては同じ事。その願いは不純物など一切ないのだ。ブリュンヒルデもジークフリートもわかっている。だったら勝たせてやりたい。勝たせてやりたいに決まっている。
大切なパートナーだ。大切な相棒だ。だったら連れて行ってやりたい。そう思うだろう――。そう思うのが当然なのだ。二機は限界を超えていく。装甲が剥離し、本来の化け物としての姿が露になっていく。見た目はもう関係ない。千の手段を講じ、主を勝たせる事……それだけが二つの機体の存在意義……!
「もっと! もっとよ! もっと燃え上がれ、ブリュンヒルデ!!」
「ジークフリート……!! アポロ!! もっとだよ!! ぼくの命なんて全部使ってもいい! 全部燃えてしまっても構わない!!」
「だから――!」
「「 もっと力を――!! 力を寄こせ――ッ!! 」」
拳と拳が激突する。二機はまるで笑うように互いに目を細め、蹴りを繰り出す。主の意思を顕現する。最早二人は限りなく一つだった。
「愛してるわマキナ! 愛してるっ!! 貴方さえ居てくれればこんな世界どーでもいいわ!! 愛してる! 好き好き、愛してる――ッ!!」
「お姉ちゃん……!! お姉ちゃんっ!! 貴方をずっと超えたかった!! 貴方はずっとぼくの憧れだった!! 貴方と対等になりたかった……! 護られているだけなんていやだった!」
「いいえ、貴方はずっと私が護り続けるわ!! 貴方が傍に居てくれれば……貴方が私に笑いかけてくれればそれだけで構わない!! お母さんの代わりじゃない、貴方が好きなのマキナ!! 貴方が居てくれなきゃ、私は――っ!!」
ブリュンヒルデがジークフリートに掴みかかる。両腕を掴んだブリュンヒルデの顎にジークフリートの膝が鋭く減り込んだ。意識が吹っ飛びそうな威力の一撃――それでもブリュンヒルデは前進し、ジークフリートの顔面に自らの額を減り込ませる。
「貴方の純粋な心が好き……! その優しくてか弱い魂を見ていると、粉々に砕きたくなるくらい胸が締め付けられるのよ……!! 貴方のその力が好き……迷いのない目……。その綺麗な髪が好き……。貴方の全てが好き……!!」
「アテナさん……!」
「だからこれは貴方のためじゃなくて私の為! 貴方の四肢をもぎとって……連れて行ってあげるわ!! 新しい人類の未来へ!!」
ブリュンヒルデの手がジークフリートの両肩に凄まじい力をかける。みしみしと装甲がねじれ、人工筋肉が千切れていく。一撃で両腕を肩から引きちぎられ、その痛みにマキナは絶叫した。苦悶の声を上げるマキナを恍惚とした表情で見下ろし、ブリュンヒルデは手を休めず猛攻を繰り出す。ジークフリートの全身を両手の拳で滅多打ちにする。一方的に殴り続けられ、ジークフリートは見るも無残な姿に果てていく。
「どうして貴方の力が私に及ばないのか判る!? それはね、マキナ――!! 貴方は戦いに向いていないから!」
ジークフリートの眼球に手を突っ込み、片目を引きちぎる。血飛沫が上がり、マキナはコックピットの中で目を押さえて呼吸を止めていた。信じられない激痛である。ERSと限界までシンクロしている今の二人にとって機体の傷は自分の痛みとイコールなのだ。それを判っていてあえてアテナはそれを行うのだ。判らせる為に――。
「貴方は優しすぎる……。貴方はいつも誰かの事を想ってる……。だから容易いのよ。貴方は私の急所を攻撃しない……ううん、出来ない。甘いから。甘いから! でも私は出来る……! 傷つける事は厭わない! 貴方を痛みで支配してあげるわ……! 服従しなさい――!! 剣の王よッ!!!!」
「…………ぼ……く…………は……ぁあああああああっ!!!!」
ブリュンヒルデを蹴り飛ばし、ジークフリートはカナルの上に転倒する。それで漸く二機の動きが停止した。握り締めたジークフリートの眼球をぐしゃりと握りつぶし、ブリュンヒルデは口から煙を巻き上げながら低く唸る。
倒れた蒼はゆっくりと身体を起こしていく。アテナは強い。迷いがないから。己の成す事を忠実に成す……それは強さだ。マキナにはそれが出来ない。甘さだ。指摘されるくらい、甘いのだ。だがそれでもマキナは知っている。
「お姉ちゃんは……わたしを強くしてくれるね……」
アテナは答えない。マキナは顔を挙げ、片目から血を流しながらにっこりと力なく微笑んでみせる。
「いつもお姉ちゃんはわたしに厳しいや……。初めて会った時から……。でも、お姉ちゃんが厳しいのは……っ! う……!! ふ、ぬ……っ!!」
立ち上がる。両腕がなくとも。立ち上がる。片目がなくとも。立ち上がる。立ち上がる。勝ち目は如何程? 立ち上がる。立ち上がる。勝利は無意味でも――。
「おねえちゃんはあっ!! いっつもわたしを強くしてくれるっ!! 厳しくしてくれる……!! こうしてトドメを刺さないで……話を聞いてっ!! 判ってるくせに!! 判ってるくせにぃいいいいいいいいいいっ!!!!」
カナルが輝き、星から光の柱が立ち上る。それがジークフリートを飲み込み、次の瞬間闇夜がはじけた。蒼の輝きを纏い、ジークフリートは新しい姿に生まれ変わる……。光の翼を背負い、傷は全て癒えた。神々しい輝きを放ち、神殺の刃は天に手を伸ばす。
「ぼくがこうやって逆転するってわかってて!! なんでっ!! トドメを刺さない!? それはおねえちゃんの甘さなんだよ!! お姉ちゃんは……おねえちゃんはああああああああっ!!!!」
涙が止まらなかった。どうしてこの人はこうなのだろうか。嫌われるような事を自分から進んでするくせに。そのくせ全部に愛があって。だから強くなれる。こうして何度でも強くなれる。嫌いになんか、なれないじゃないか。嫌いになんて、なれるはずがない。
愛を痛いほど感じてしまったから。こんなにも彼女を愛しているから。嫌いになんかなれない。甘いのはわかっている。でも、甘いのはお互い様だ――。
ジークフリートの背後に三つの光の大剣が浮かび上がる。“バルムンク”、“ノートゥング”、“グラム”――。三つの大剣はジークフリートの周囲を回転し。そして天にて姿を重ねる。織り成す三つの剣は重なり合い、一つの超巨大な光の剣へと姿を変えていく。
「好きだよう……! 大好きだよう……っ!! だからお姉ちゃん……これがわたしだよ! これがわたしなんだよっ!! もう、お姉ちゃんに護って貰わなくても大丈夫なわたしなんだよ!! この力があああああああああああああッ!!!! このわたしが……っ!!!! 貴方をっ!! 貴方を――――ッ!!」
脳裏を、様々な想い出が過ぎっていく。アテナの笑顔がいくつもいくつもフラッシュバックする。たいせつなひと。おいかけてきたせなか。あいしたひと――。全部全部ひっくるめて。今、その剣に思いを乗せる――。
「貴方を――ッ!! 斬る――ッ!! うわぁああああああああああああああッ!!!!」
アテナは何故かそれを前にして無反応だった。ブリュンヒルデはとっくに限界を超えている。アテナはそっと、自分の頬に手を伸ばした。
「涙……?」
アテナは泣いていた。だがそれではっきりした。受け入れているのだ。姉として。ライバルとして。彼女の力を受け入れているのだ。想いを知ったから。いや、知っていたから。こんなにも清清しい。彼女の掲げた刃のなんと美しく無垢な事か。あれが星の闇を切開く剣――。
ああ、奇跡を信じてみようか。もしも彼女一人がこの世界を救ってみせるというのならば――試してみせる。その力が本物なのか。巣立ちの時は今なのか――!
「来なさい、マキナ……! お願い、これで最期だから……。私に力を貸してブリュンヒルデ……。愛してるわ……。無理ばっかりさせて、ごめんね――」
目を閉じ――。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
瞳を開き――。
「ねえさああああああああああああああああああああんッ!!!!」
敵を見よ――。
星をも砕く聖なる剣が振り下ろされる――。
それは紅の色さえも一撃で消し去って――。
母なる星を覆う光の結界を粉砕する――。
刻まれた結界の合間から、星は本当の輝きを宇宙に放つだろう――。
そして二機の姿は光に消えていく――。何もかも、判らなくなっていく。ただ、蒼き光の波動の中、マキナは己の握り締めた刃の感触だけを信じた――。
心の中にある全ての想いが力を加速させていく。そうだ、それこそがマキナの剣。ザ・スラッシュエッジと呼ばれた少女の思いの全て。故にそれは何もかもを容易く両断するだろう――。
蒼の光が世界に夜明けを齎していく――。幾千の悲しみに決戦を。今、この運命に閉ざされた世界に狼煙を上げる――。
地球に蒼き光の柱が立ち上った。人々は、それを宇宙から眺めていた。始まりを告げる光の渦――。その最中、少女は何を見たのだろうか――。
The Slash edge(3)
「……これが……地球……」
蒼い星に落ちていく。ジークフリートは既に力を使い果たし動かなかった。大気の炎が少女を包み込んでいく。意識が途絶える直前、マキナは世界の真実を見た。
地球――。蒼き星、地球――。マキナの眼下に広がっていたのは、大いなる海であった。それはどこまでもどこまでも広がり、蒼海は世界の真実を照らし出す。
「…………帰ってきたんだね、わたし……。ね……アポ……ロ……?」
海へと流星が落ちる。莫大な量の海水を巻き上げ――ジークフリートは爆発した。炎が蒼海を照らし上げる。光の粒子が広がっていく。
その日、ザ・スラッシュエッジと呼ばれる少女は星の結界の中に落ち、そして姿を消した。人々はそれを見ていた。蒼い光の消え往く様を……。そして全ての歴史が動き出す。物語の終焉へ向けて――。