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The Slash edge(2)

 人類はまだ、世界の覇者として君臨するには早すぎたのかもしれない……。ホテルエンビレオのスイートルームからムーンシティの夜景を見下ろしながらアテナは一人指先に硝子の冷たさを感じていた。こうして見下ろす世界の全てが偽りの歴史の上にある……。それに気づいてしまった今、それを美しいと感じることは出来なくなっていた。

 オペレーションカラーズ……。それは、地球をジュデッカから取り戻す作戦。だがそれを画策したのはジュデッカと同じ、宇宙から飛来した謎の隕石なのである。エーテル同士の戦いに人類は巻き込まれたといっても過言ではない。自分たちネクストカラーズも、カラーズ機も……。全ては人類が与えられた物。自分たちで手に入れた物などなにもない……。

 掌をじっと見つめる。そこに流れる血潮は偽りか否か――。最早真実という言葉の在り処さえ、誰にも判りはしない。この世界で生きていく力を失い、支配を受け入れて生きてきた。人々は現状を嘆き絶望の声を上げながら、それでも仮初の平和と管理された体制に甘んじてきたのである。そう、全ては人の総意……。人が選んだ悪夢の結末。ならば同じ人として、それに従事するのは運命なのだろうか。

 思い悩むアテナが空を見上げる。ムーンシティとは、セブンスクラウンが生み出したカモフラージュのための巨大施設――。彼らは人類の中で有益な人間をこの街に集め、管理してきた。ジェネシスをはじめとするFA開発企業も、ただセブンスクラウンの与える技術に頼っていただけなのだ。

 漏らす溜息が硝子に映りこんだもう一人の自分を霞ませていく。真紅の瞳は反射して輝いているのに、アテナの瞳に光は宿らなかった。それでも――それでも、構わないと決めたのはつい先ほどの事だ。もう世界がどうとかなんて関係ない。この世界が誰のモノでも構わない。

 ただ、マキナを護りたかった。マキナが生きられる世界を作ってあげたかった。それが誰かの手を借りる行いでも構わない。世界が自分のものでなくたっていい。ただ、彼女さえ存在してくれればそれで構わないのだ。セブンスクラウンが用意してくれるというのならば僥倖、その王道を突き進むのみ――。


「マリア・ザ・スラッシュエッジ……。どうか、貴方の力を私に貸してください……。彼女を護る、力で在る様に……」


 アテナが胸に決意を抱くその足元、地下深くでは広大な空間の中、マキナが手足を縛られ椅子の上に拘束されていた。砂に傾く椅子の上、少女は視界さえ奪われ最早その状態のまま丸一日近くが経過しようとしている。吹き抜ける風の中、マキナはただ押し黙って口を閉じ続けていた。


『まだ、意思は変わらないのかね?』


 聞こえた声。しかしマキナは答えない。面倒くさそうに首を擡げ、静かに口元に笑みを浮かべる。突然空間の中にエーテルの光が迸り、マキナの後頭部のあたりでスパークする。電撃のような衝撃が少女の身体を痛めつけ、マキナは前のめりに身体を落として歯を食いしばった。


『判らぬな……。何故我々の言う事に素直に従わないのだ? アテナ・ニルギースは大人しく首を縦に振ったというのに』


『貴方を痛めつけるのは決して我々の本意ではないのです。ザ・スラッシュエッジ』


『じゃが、お主が“うん”と言わねば、ここから返してやるわけにはいかんな』


『素直に認めてしまえばどうですか? 貴方はジュデッカを倒す為だけにこの世界に存在する……。いえ、本来はジュデッカ側の存在なのですから、まあ抵抗するのは当然かもしれませんが』


『貴様はジュデッカ側の“鳥”に過ぎぬ。ジュデッカという統一意識の中から派生した、“人類を見極めたい”と願う心……。貴様は人類の醜さを目の当たりにしてきたはずだ。そしてジュデッカとは考えの袂を分かたれた。貴様は自らの意思で人類を救う事を決意したはずだ。このままでは人はどうにもならぬと』


 何度も繰り返されたセブンスクラウンの問答……。しかしマキナはひどくどうでもよさそうに溜息を漏らした。マキナの心の中にあったのは怒りでも恐怖でもない。ただただ静かな感情――哀れみと言えばそれが近いかもしれない。少なくとも少女はセブンスクラウンを見上げてなどいなかった。彼らが執拗にマキナに言い聞かせる言葉は彼らの中の絶対的な正義に過ぎない。故にそれが通らぬから子供のように駄々をこねてこうして拷問など繰り返すのだ。

 たかだか五十年と少々の歴史しか生きていない、人類の意思を知る事さえ最初はままならなかったたかだか意思統合体程度の存在が――。わかるはずも無いだろう。わからないから恐ろしいと感じるのだ。わからないから苛立つ……。彼らは機械と同じだ。人の心を持たない。人を客観的に理解したつもりで居るに過ぎない。だから笑って言えるのだ。


「お前たちなんかに――誰が従ってやるもんか」


 再び閃光が迸る。椅子ごと吹っ飛んだマキナの口元から血があふれ出した。しかしマキナは低く笑いながらずれた目隠しの影から蒼い瞳で影を見上げる。


「お前たちは、ただ人間が知りたかっただけだ……。人間みたいになりたかっただけだ。なのにわからないんでしょ? ぼくの気持ちが。エーテルは全て一つで相手の考えてる事なん丸判りだし、お前たちは常時ERSを発動しているようなもの……ううん、自分たちがシステムそのものなんだから、人間の考えてる事は手に取るように判ったはず。だから“勘違い”したんだ。あたかも“自分たちも人間と同じである”かのように……」


『私たちが、人間ではないと言うのですか?』


「大人数で……力でさ。どうにもならないからって、気に食わないものを痛めつけるトコは人間に良く似てるよ。でもお前たちは子供だ。幼いからそうやってわだかまるんだ……」


『…………実に不愉快な小娘ですね』


『貴様は所詮最早帰る場所もない。ジュデッカと決別した今、貴様に帰るべき場所などどこにもないのだ』


『ジュデッカと決別したのならば、我々と手を取り合うのが当然の理でしょう? 人間は一人では生きていけないのだから』


「人間は確かに、一人じゃ生きていけないよ……。でも、“そんなだから”お前たちは駄目なんだよ」


『何……?』


 マキナは思う。決して一人などではない。この世界に生きている限り、一人であるはずがない――。愛した日々があった。愛した人々がいた。護りたかった大切なものたち……。だから想い出がいつでもそばにある。この世界が終わってしまっても、自分が消えてしまっても、きっと誰かの心に残り続ける。

 涙は決して消え去らず、終わりなく連鎖していくだろう。だがその悲しみの記憶が愛を浮き彫りにし、絆の大切さを人に学ばせるのだ。失ったり躓いたりしても、立ち上がり。ぼろぼろになっても、歩き出し。どんなに疲れて倒れそうになっても、誰かが肩を貸してくれる――。

 最初から全て正解を選べる人間などいない。いたとしてもそれはただの劣化品に過ぎない。人間は立ち止まり、挫け、そうして強くなっていく。強さを知っていく。成長していく……。全知全能などでなくてもいい。だからこそ、人は人で居られるのだ。


「挫折する悔しさも……。大切なものを護れなかった悲しみも……。どうにもならない現実に歯を食いしばって泣いた事も……。全部知らないでしょ? それは“ひとがひとであるために”絶対に必要な物なんだ。人は醜い。人は弱い。だけど言わせてもらうよ。そんなんで人間を語るな――! 人間を――“舐める”なっ!!」


『…………』


 沈黙が流れた。マキナは静かに溜息を漏らし、それから瞳を見開く。その輝きの奥から蒼い光が満ち溢れ、突然炸裂した。フラッシュした光はマキナの拘束を解き放ち、少女は砂の大地の上に立ち上がった。

 蒼い髪を風に靡かせ、掲げた指先に蒼い炎を宿す。腕を振るうと同時に部屋に充満していたエーテルの波長を切り裂き、蒼い道を作り出す。出口まで続くその光の道の中、陽炎を背に少女は歩き出した。


『…………貴様は……貴様は、一体何なのだ……?』


『我々が作り出したエーテル結界を生身で……。いや、生身ではないのか……』


『貴方も我々と同じエトランゼ……。でも、どうして? 貴方にエーテルを操る力など、なかったはず』


「どうして無いって思うの?」


『え……?』


「ほら、見てみなよ。“実際こんなに容易い”んだよ。実際に自分の手でやってみなきゃ誰にだってわかんないよ。ほんとのところどうなのか……真実は何なのか。ジークフリートがぼくに教えてくれるんだ。自分がどうするべきなのか。ぼくにどんな力があるのか……」


『ファフニールの恩恵だとでもいうのか……。だがその身に余る力……肉体を焼き尽くすぞ、蒼炎よ……』


「――――構わないよ。夢に焦がれて死んでいくのならば本望だから。この翼を燃やして夜を飛んでいくんだ。例え儚い命だとしても……ぼくはそれで構わない」


『死を恐れぬのか……?』


 その言葉にマキナは苦笑を浮かべた。それが余りにも愛らしく、気持ちいいほどすかっとした笑顔だったのでセブンスクラウンは全員黙り込んでしまった。否、彼らの統一意識も五十年の歴史も、たった今一人の女の子によって否定されたのだ。そんな下らない机上の空論など、目の前の少女の笑顔にも劣る……。まるでそう、彼女は言い聞かせているかのように。


「死ぬのは、怖いよ――。でもね? 何にも出来ないまま、納得出来ないまま生きて……。それで死んじゃうのは、もっと怖いんだ――」


 誰も何も言う事が出来なかった。ただ、その背中を見送る事しか出来ない。光の結界も、統合意識の巨大なプレッシャーも、何もかもが彼女の前では意味を持たなかった。まるでこの世界の中に身を置かず、たゆたう幻影が如く――。


『何者なのだ……。何者なのだ、貴様は…………』


『ただのジュデッカの代行者ではない……。世界を監視する存在ですらない……。では、貴様はなんなのだ……?』


『貴方は何故、そうも容易く我々の手から飛び立てるの……?』


 少女は顔だけで振り返る。そして長い前髪に隠された表情の下、口元だけで笑みを浮かべる。人差し指を突き出し、それを横に引いてみせた。


「そのルールの境界線は自分で引くんだよ。この世界の中に絶対不変の物が一つだけある。それは――自分の意思さ」


 それほど揺らぎやすいものもない。それほど不確かな物もない。だが、この世界で人間がたった一つだけ。たった一つだけ、自由に出来るものがある。それこそが自分の意思――。もしもそれに確固たる境界線を作り、己の中で善悪を判断し、己の中で真理を見つけ出せたのならば――。それは間違いなく、この世界の中でたった一つ確かなものになる。

 誰かにとってとか、世界にとってとか、そんな事は関係ないのだ。ただ自分にとってどうか――。人の行動原理はシンプルで構わない。所詮矮小な存在なのだから。なればこそ、その身に何かを宿すのだ。人間一人にだけ宿るその聖なる意思の力――それを時に奇跡と称する――。


「……さよなら、セブンスクラウン。ぼくはぼくの好きにさせてもらいます。今日まで人類をありがとう」


『…………貴様、は……』


 理解に苦しむ。全知全能に等しき光の神が、初めて覚えた感情――。


『貴様は…………。なん、だ…………?』


 それは未知。理解不能に対する恐怖。絶対なる拒絶、そして混乱――。少女は静かに扉を潜り抜け、部屋を後にした。彼女は何故丸一日自分たちに付き合ったのだろうか? その気になればここから出て行くのはこんなにも容易いのに。

 わからない。わからない。わからない……。わからないから怖くなる。わからないから不安になる。その気持ちは人間と全く変わらない。無理解と理解不能に対する拒絶――。人が感じる諸悪の根源。セブンスクラウンと名乗った神が味わった初の屈辱。マキナは扉の向こう、闇の通路を歩き出した。最早誰にも止める事はままならない――。

 マキナの歩みは軽快だった、口の中から血を吐き出し、眉を潜める。この世界には巨大なエーテルの意思が流れ続けている。身体が、存在が、エトランゼに近づけば近づくほど……。レーヴァテインの悪意とジュデッカの呼び声が強くなっていく。そうなればマキナの身体も意思も、やがてエーテルの一つとなり原型を保てなくなるだろう。時間はあまり長く残されては居ない。少女は顔を挙げ、血を拭う。大丈夫だ、まだ両足は動くじゃないか。大丈夫だ、まだ光が見えるじゃないか。大丈夫だ、まだ――。戦える力と熱い想いがあるではないか――。

 ジークフリートの下まで辿り着くのは非常に容易い事だった。アポロがマキナを呼んでいたのだ。その呼び声に従い、歩いただけに過ぎない。迷宮のような地下施設も彼女の前では一本道に等しい。格納庫の中、ライトアップされた蒼い巨人が十字架に磔にされている。瞳から光を失ったジークフリートを見上げ、マキナは一歩歩き出した――その時であった。


「――――本当に、行くのかい?」


 マキナの肩越し、格納庫でその少年は待っていた。薄暗い闇の中、フェンスに背を預け。ラグナ・レクイエムの問いかけ――。マキナ・レンブラントは振り返らなかった。ただ視線を落とし、目を瞑る。


「うん……。どうしたらいいのかは判らないけど……。でも、“違う”と思う事に素直には従えないから……」


「人の可能性を信じているんだね、君は……」


「人間が大好きなんだ。いい所も悪い所もひっくるめて……愛してるから」


「それが、君がジュデッカの端末として生き、選んだ未来か……」


 最早言葉を交わす必要はなかった。それでもあえてそうして思いを告げあったのは、恐らくは意思表示と決別の意味を持っていたのだろう。マキナは目を開き、ゆっくりと振り返る。ラグナは俯いたまま、笑顔を浮かべていた。


「今日までずっと、ありがとう……」


「……残念だよ。でも、嬉しくもある。君ならばその答えを選んでくれると信じていたから。どうか、次に会った時は僕に情けをかけないでほしい。僕は君を、きっと殺すから――」


「…………うん。君も情けをかけないでね。ぼくはきっと、君を殺すから」


 見詰め合っていたのはほんの五秒程度であった。ラグナが頷き、マキナは片手を掲げる。蒼い光が少女の身体を包み込み、天を射抜いて世界に示す。


「行くよ、ジークフリート! 我は蒼穹の剣――!! 我が呼びかけに応えよッ!!!!」


 ジークフリートの瞳に光が宿り、十字架に拘束していた鋼の装置を破壊して動き出す。口を開き、獣のような声を上げながら光を放ち、大地へと降り立った。巨人は傷ついた装甲を結晶で修復し、主へと跪き手を伸ばす。

 それはとても美しい光景であった。荒々しい巨人を従える女神――。ジークフリートはマキナを傷つけてしまわぬよう、そっと己の胸へと少女を抱き上げる。開かれたコックピットに飛び乗り、マキナは最後に一度だけ振り返った。そしてラグナと視線を交わし――やはり愛らしく微笑んでみせる。巨人は動き出した。鳥籠は最早意味を成さない。蒼き翼は羽ばたき、空へと舞い上がっていく――。

 大地へ続く無数の装甲も切り裂かれ、巨人を止める術はない。ムーンシティへと突如姿を現した巨人。ジークフリートは空へと舞い上がり、月の天井をすり抜けた――。厳密には透過したのではなく、それはエーテルで作られたフォゾン結晶。融解と同時に通過、同時に結晶化を行い、月の大気流出を防いだのである。


「月の人たちは、関係ないもんね……」


 シティから出た所で蒼い光の翼をはためかせ、シティを振り返る。そこからは無数のヘイムダルが追跡に出撃して来ていた。放たれる光の銃弾が一気に降り注ぎ、マキナは口元に笑みを浮かべる。迷いなど必要ない。今はただ――飛び立つのみ。

 ジークフリートが猛スピードで飛翔し、ビームの雨を掻い潜っていく。蒼い残像を残しながら舞う巨人の中、マキナの心は強く解き放たれていた。身体を侵食する蒼の力は今も変わらない。しかしそれを受け入れた時、痛みは何倍にもなって力に変わる。果てしなく無限の自由の中、マキナは漸く剣を手にする。闇の中を飛翔し、突き進む。一気にヘイムダルの隊列へと堕ち、全てを切り裂いていく。

 銃だけを、腕だけを――攻撃能力だけを削ぎ落とすことなど既に造作もない。剣の乱舞――闇の中を踊る蒼の軌跡。兵士たちは見惚れることしか出来なかった。余りにも格が違いすぎる――。近づくことよりも、攻撃するよりも、その愛に満ちた美しい翼に思考が停止してしまう。


「ごめんね……。つかまってあげるわけにはいかないから」


 反転し、飛び去っていくジークフリート。一方その頃、ホテルエンビレオではマキナ脱走の知らせを受け、着替えを済ませたアテナが通路を走っていた。

 格納庫にあるブリュンヒルデまで辿り着いた時、そこでラグナと対峙する。アテナはラグナに駆け寄り、その胸倉を掴み上げた。


「行かせたのね……ッ!? あの子が死ぬと判ってて!!!!」


「…………言い訳はしないよ」


 目を見開き、アテナはその拳にありったけの力を込めてラグナを殴り飛ばした。十メートル近く吹っ飛び、ラグナは仰向けに倒れて動かなかった。それを見下し、アテナは舌打ちする。


「だからあの子の見張りは私じゃなきゃ駄目だって言ったのに……!! セブンスクラウン、無能すぎる……!!」


「…………たった今、マキナの追跡命令が下されたよ。セブンスクラウンは……彼女を排除するつもりだ」


 倒れたまま、ラグナが呟く。アテナは眉を潜め、額に手を当てる。燃え盛る紅き瞳は激しい憎しみと怒りに飲み込まれていた。ラグナはその様子に苦笑を漏らす。アテナとマキナ――二人はこうまでも対照的だ。


「ノエルと、ナナルゥ……それとカーネストが、彼女を追ってる……。彼女の行き先は、一つしかないからね……」


「……アルティール」


 マキナの帰るべき場所。マキナにとっての第二の故郷。マキナが必要とした想い出の街――。歯軋りする。そんなものが残っているから――マキナが鳥籠を抜け出してしまうのだ。

 ブリュンヒルデを見上げ、アテナは目を細める。全てを壊す事でしか解決出来ないのが自分だ。カラーズの中でもただ壊し、燃やす事だけに特化した因子を抱いているのは自負している。マキナとは正反対にある力……。だが、今は壊す事でしか彼女と並べない。

 アルティールを全て焼き尽くす――。アルティールだけではない。彼女に帰る場所など与えない。彼女が納まるべきなのは自分の両腕だけなのだ。彼女を護る為にはまず翼をもがねばならなかったのに。それを怠った自分の甘さが今こうして現実を生み出している。

 ブリュンヒルデに乗り込み、紅の力を解き放つ。もう迷わない。マキナを救うために――マキナの自由を殺す。そうするしかないと信じた。そうする以外に手段はないと信じた。だから、信じる以上はやらねばならない。ジークフリートを――木っ端微塵に破壊してでも。

 他のカラーズに殺される前に助け出さねばならない。そうしなければ意味がない。ブリュンヒルデが出撃する――。それをラグナは遠巻きに見送っていた。世界が動き出す……。過酷な運命の中、マキナは自ら身を投げ出したのだ。自己犠牲のその先に、彼女は何を求めるのか……。


「見物させてもらうよ……。ザ・スラッシュエッジ――」




「どうして――!? どうしてだ、マキナ!? わかんないぞうっ!! どうしてセブンスクラウンに逆らうんだ!?」


 地球へと向かう空の道の中、ジークフリートに降り注ぐ光の雨があった。白き巨躯がうねりながらジークフリートを追いかける。白の座タンホイザー、そのコックピットでナナルゥは葛藤に追われていた。

 ナナルゥをはじめとするネクストカラーズは、全員セブンスクラウンによって生み出された。そしてそれぞれが役割を持たされているのだ。ナナルゥにはそれ以外に出来る事など何もなかったし、何一つ赦されてはいなかった。仮に一年前、マキナと別れる事がなかったならば――また、違う未来があったのかもしれない。

 タンホイザーはオペレーションカラーズの要……。故に月での改修、強化、そしてナナルゥへの再教育は度を越えたレベルの物があった。最早ナナルゥにとってセブンスクラウンの命令以外には信じるべきものはなにもない。だというのに、闇を羽ばたくその蒼い鳥を見て思ってしまったのだ。“これは、友達だ”と――。

 全身から放つ小型の球体――。“ヴェーヌス”と呼ばれる、ERSにより操作する遠隔操作小型自立ビーム砲台――。それを三十機放ち、タンホイザーは瞳を輝かせる。


「穿て……ヴェーヌス!!」


 球体が高速で回転しながらジークフリートへと迫る。ありとあらゆる方向から繰り出されるビームの嵐の中、ジークフリートは踊るように回避を続ける。ERSでは確かに捕らえているはずなのに――。まるで行動を予測されているかのように、攻撃は一向に命中する気配を見せない。


「なんでなんだっ!? セブンスクラウンの言うとおりにして、世界を救えばいいじゃないかっ!!!! 皆仲良く手を取り合って生きられる世界が来るんだぞう!? 差別もない!! 自由があって!! どうしてわかんないんだよ、マキナ――ッ!!!!」


 ジークフリートは光の雨の中、剣を二刀構える。トリスタンは両肩と腰の波長増幅装置を起動し、白い光を周囲に放っていく。ジークフリートのコックピット、マキナの目の前にナナルゥの姿があった。桃色の髪が揺れ、少女は泣き出しそうな顔でマキナを見つめている。

 マキナは笑顔を作り――そして目を閉じたまま、光の猛攻を避けて行く。剣を振るい、時にそれを切り払いながら――。尋常を通り越した動きを繰り返すジークフリート……。ナナルゥはそれが疑問でならなかった。マキナは変わった。あの頃出会ったままのマキナではない。最早目の前にいるのは別人――。


「ナナルゥ……ごめんね」


「う……?」


「セブンスクラウンの言うとおりには出来ないんだ。誰かのいう事を聞いて、大人しくそれに従うのは楽かもしれない。でも、ぼくは自分で考えたい。自分で答えを出したいんだ」


「マキナ……」


「お願い、手を引いて……! 君と戦いたくないよ!」


「うー……! うぅうううっ!! ナナルゥだって……! ナナルゥだって戦いたくないよう、マキナ……。うぅっ!! うあああああああああああっ!!!!」


 白い波動が炸裂する。タンホイザーが放った衝撃波に吹き飛ばされるジークフリートの眼下、地球が迫っていた。回転しながら舞うジークフリートの背後から巨大な腕が伸びる。それを剣で弾き飛ばし、マキナは視界の端に黄金のシルエットを捕らえた。黄の座、ヴァルベリヒ――。カーネスト・ヴァルヴァイゼである。


「よお、嬢ちゃん!! 久しぶりだなあっ!!!!」


「カーネストさん……!?」


「オペレーションカラーズの準備だの、対ファントムだのでこっち忙しかったからな……! ベガを倒したそうじゃねえか!! やるねえ、オイッ!!」


 再びアギトアームが放たれ、左右から襲い掛かる。リーメスから電撃が連発され、上空から降り注ぐナナルゥのヴェーヌスと上下から同時に仕掛けられる。それを必死で回避しながら反転し、ヴァルベリヒへと堕ちていく。

 アギトアームを両手の剣で左右に開き、無防備になったヴァルベリヒの顔面を蹴り飛ばす。しかし同時にヴァルベリヒが胸から放ったビーム砲がジークフリートを焼き焦がす――。吹き飛ばされたジークフリートをタンホイザーの長い尾が打ちつけ、衝撃の中マキナは歯を食いしばった。


「マキナは友達だから……! 友達だから行ってほしくないっ!! 戻ってきてよマキナぁあああっ!!」


「ナナルゥ――ッ!」


「マキナと一緒にやれるっていうから……ナナルゥ、頑張ったんだよ……? マキナを支えられるっていうから……なのにぃっ!! なのになんでえええええええっ!!!!」


「悪ぃな……! こちとら命令でね!! 俺たちにゃ、戦うこと以外に生きる価値なんてねえんだ! それを否定したテメエは最早カラーズじゃねえ……!! ハナから全力で行くぜ!!!!」


 タンホイザーとヴァルベリヒ、二機の胸の装甲が開き、エンブレムが浮かび上がる。同時にエーテルの光が解き放たれ、二機は唸りを上げた。オーバードライブ――。それを見てマキナは目を閉じる。鼓動をジークフリートに委ね――力の一部を解き放つ。

 ニーベルングシステムが作動し、ジークフリートの瞳が輝いた。ヴァルベリヒが雄叫びを上げながら音速を超える速さでアームを射出し、それは無限に伸びてジークフリートを追いかけ続ける。タンホイザーが吼えながら上空から巨大なビームを放出し、ジークフリートはその光に一度は呑まれた。しかし次の瞬間光を切り裂き、接近していたアギトアームを両断する。

 二人のカラーズが目を見開いた。マキナは静かに呼吸をし、刃を構えなおす。偶然だと思いたかった。しかし、それは紛れもない現実である――。


「ハ……ッ! これが、カラーオブブルー……! ザ・スラッシュエッジかよぉッ!!!!」


「行くよ、アポロ……。ジーク……フリィイイイイトッ!!」


「おぉおおおおおおおっ!!!! マキナ・ザ・スラッシュエッジィイイイイイイイイイッ!!!!」


 リーメスから放たれた雷の嵐がマキナに迫る。ジークフリートは蒼い翼を輝かせ、回転しながら残像を作り、雷を刃で払いながら堕ちていく。


「効いてねえ……ッ!? うそだろ、おいっ!!」


「――――ごめんなさい」


 すれ違うと同時に刃が煌いた。閃光は一瞬でヴァルベリヒの両肩を削ぎ落とし、首を刎ねた。機能停止し闇に漂うヴァルベリヒを追い越し、タンホイザーが迫る。


「マキナあああああっ!! うわああああああああっ!!!!」


「ナナルゥ……ッ!! お願い、判って……!!」


「やだあっ!! 行くな、マキナ――ッ!!」


 心苦しそうにマキナは目を瞑る。そして片手を突き出し――そこから蒼の波動が空間を揺るがしていく。一瞬で三十機のヴェーヌスが大破し、次々に爆発してみせる。その光にナナルゥが一瞬目を奪われた直後、背後に回ったジークフリートはタンホイザーの全身に刃を突き刺していた。

 全ての装備を一瞬で破壊され、タンホイザーが機能停止する。そのコックピットの中、肩で呼吸をしながらナナルゥは顔を両手で覆って泣いていた。カーネストも同じように、コックピットの中で悔しげに歯軋りしていた。


「カラーズ二人がかりで……手も足もでねえなんて……そんな事があるかよ……!」


「マキナ……マキナ……っ! うぅ……っ! うわぁあああん……っ!!」


「畜生っ!! 傷一つ負わせられねえ……!! 俺の……俺たちネクストの生まれた意味は……あのお嬢ちゃんに劣るっていうのかよォ……!!」


 二機を追い越し、更にジークフリートは地球へ迫ってく。その背後、猛スピードで接近する機体があった。黒の斑鳩――。既にオーバードライブを発動し、背後からジークフリートへと切りかかる。完全に死角からの攻撃――しかしジークフリートは反転し、片手でそれを受け止めていた。

 火花が散り、二機のカラーズ機は鍔迫り合いをしながら何度も体位を変えていく。両手で斬りかかる斑鳩を片手でいなすジークフリート……。ノエルは歯軋りし、眉を潜めた。


「お戻りくださいお姉様っ!! このままでは貴方はこの世界の全てを敵に回しちゃうんですよ!?」


「ノエルちゃん……!」


「お姉様が死ぬのなんていやです!! 一緒に戻りましょう!? あたし、一緒に謝ってあげますから! だからあっ!!」


 ジークフリートに押し返され、斑鳩が回転しながら吹き飛んでいく。蒼い光を纏った巨人が加速し、正面から切り込んでくる。その鋭い一撃を受けた瞬間、斑鳩の刃は圧し折られてしまっていた。フレアユニットから代えの刀を抜き、それを構える。


「強い……!? でも、この斑鳩は黒の座をベースに再開発された最新のカラーズ機! その性能はジークフリートを完全に圧倒している――!?」


 次の瞬間、斑鳩の腕が吹っ飛んでいた。何が起きたのか全く判らない。目で追うことさえ出来なかった。光の速さでジークフリートは襲い掛かってくる。オーバードライブ状態の。最新鋭のカラーズ機を相手に。マキナはまるで劣らない。むしろそれは、圧倒的過ぎるほどに――。


「お姉様……! お姉様あああああああっ!!!!」


「ごめん、ノエルちゃん――。ごめん――っ!」


 二機は何度も刃を交える。しかしジークフリートが圧倒的に優勢であった。刃が次々に折られ、ノエルは泣きながら後退する。恐ろしかった。自分は一体何と戦っているのか? オーバードライブ状態のカラーズ機と三連戦――この世界を滅ぼしかねない力を前に、この蒼はなんなのだ――?

 別格すぎる。それは判っていたことだ。だが、ここまでだとは思って居なかった。認識が甘かった。これはもう、誰かが止められるようなレベルではない――。必死で着いていこうとする斑鳩の身体を刃が切り刻み、繰り出された回し蹴りが頭部を潰した。


「お姉様……!! あああああああああっ!!!! 動け斑鳩っ!! 動けええええええええええっ!!!!」


「ノエルちゃん……」


「やっと会えたのに……! やっと好きになれたのに……なんで……!! 何でだ、スラッシュエッジ……ッ!!!!」


 ノエルの脳裏をマキナの優しい笑顔が過ぎっていく。辛い、ネクストとしての人生の中……。闇の中を歩き続けてきた。それを照らしてくれたマキナの笑顔――それが今はこんなにも遠い。

 蒼のジークフリートは容赦なく背を向けて去っていく。地球は目前だった。ノエルは泣きながら何度もコックピットの中、コンソールに拳を叩きつけていた。心の底から涙を流した。こんなにも――悲しいのに。こんなにも――傍にいてほしいのに。伝わらないなんて――。


「お姉様……! どうして……? どうして死にに行くの……!? どうしてなのっ!! お姉様ああああああっ!!!!」


 ノエルの叫びは届かない。ジークフリートは相変わらず無傷のまま地球を目指していた。その時である。後方、遥か彼方より紅い光が飛来する――。ビームの一撃を回避し、マキナは剣を構えた。

 背中に巨大なブースターを装備したブリュンヒルデは超スピードでマキナへと迫る。マキナもまた、それに応じるために刃を構えた。蒼と紅、二つはかつて対峙した。そしてその時はつけられなかった決着がある。どちらが本当に強いのか――どちらが本当に、正しいのか――!!




The Slash edge(2)




「マキナアアアアアアアアアアアッ!!」


「お姉ちゃん――! アテナ・ニルギース!!」


 ブースターを解除し、オーバードライブを発動させ真紅の炎を纏いながらブリュンヒルデが突っ込んでくる。ジークフリートはそれを受け、二機はもみ合いながら地球へと堕ちていく……。


「戻りなさい、マキナッ!! 死にたいの!?」


「アテナさん……! ぼくは戻りません! ぼくの生きる道はぼくが決めますッ!!」


「この分からず屋……! 私に勝てるとでも思っているの……!?」


「それは、やってみなければ判らない……!! 貴方を超えて行くッ!! 紅の座……アテナ・ニルギース!! 貴方がぼくの道を阻むというのならばっ!! その炎を超えていくッ!!!!」


「――――やれるものならやってみなさい。全ての存在を焼き尽くす暴虐の力……! 憎悪の炎で貴方を焼き尽くす!! その四肢、殺して持ち帰るッ!!」


「「 はああああああああっ!! 」」


 二機が同時に動き出す。星の光に堕ちながら。存在を証明する為に。真実を証明する為に。正義を、証明する為に――。

 二色の炎が燃え上がり、二機は同時に獲物を構えた。カラーズとしてどちらが上なのか……決着をつける時は、今此処に――!


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