Fefnir(3)
かつて世界を救い、世界にルールを作り出し、ラインを引いた女神の剣――ジークフリート。その形は誰にも知られる事は無く、それは対峙する全てを完全殲滅する存在である事を意味している。
蒼海なる世界の上に降り立った龍殺しの騎士は聖なる大剣を構え、雄雄しく翼を広げていた。コックピットの中には光が溢れ、上下左右の感覚さえなくなっていく。全てが均一な存在になっていく。人も、命も、星も――。この宇宙の中に在るありとあらゆる道理が瞳に流れ込む。この瞬間、二人は神にも等しかった。
言葉を交わさずとも直ぐ傍にもう一人の存在を感じた。手を伸ばす必要も無い。その存在は重なり合い、指先から毛髪の一つ一つまで全てが同一である。鼓動の音も、吐き出す吐息さえ全てが一つになる。
かつて全てのFAは一つであった。ジークフリートと名づけられた怪物から産み落とされ、それをコピーしただけの機械仕掛けの模造品が出回るこの世界の中で今、このたった一つだけの真実の機体はそれらとは完全に一線を画している。
偽りの虚飾を打ち払い、真なる願いのみを叶える蒼炎の刃――。ジークフリート、モードファフニール……。マキナもアテナも重なる心に言葉を失っていた。そして直感的に理解する。今自分たちに何が出来て。今自分たちに何が出来ないのか――。
聖剣を掲げる騎士の存在は誰から見ても圧倒的であった。背に立つ者から神々しく、対峙する者にとってはおぞましい怪物――。群がるファントムの群れに飛び込み、その剣を振るう。蒼の炎がカナルを焼き尽くし、ファントムは一瞬で蒸発していく。
降り注ぐ銃弾も砲弾も騎士に傷一つつける事はない。マキナはそれを知っていた。それは、かつてレーヴァテインと出会った時に見た光の結界――。あらゆる攻撃を無力化する光の装甲。それを打ち砕けるのは同じく光の刃のみ。
片手を翳せばカナルがうねり、烈火となって嵐を巻き起こす。片手を払えば氷の結晶が無数の剣となって敵を噛み砕いていく。熱の渦の中、ジークフリートはあらゆる意味において敵無しだった。ファントムはあっという間に戦闘を放棄し、次々に撤退していく。
深追いはしなかった。今はそれよりもやらねばならないことが残っているから……。掲げたバルムンクが映し出すのは壊れかけたベガの姿。その要塞目掛け、騎士は刃を振り下ろす。
波動が空を貫き衝撃が昼を、夜を、全てを引き裂いていく――。両断されたベガは吹き飛び、遥か下方へと落下して行く。滅びた敵の残骸の中、ジークフリートは炎を背に佇んでいた。誰もが息を呑み、それを見守る。
やがてジークフリートは光に包まれ、蒼の座と紅の座へと分離する。二機のFAは同時に立ち上がり、何が起きたのか判らないとでも言うようにお互いに見つめあった。
「…………今、のは……?」
「これ、ぼくたちがやったの……?」
燃え盛る炎の海……。圧倒的な数のファントムがたった数回の攻撃で壊滅してしまった。これがジークフリートの力……。一度は世界を救い、守った力。母より受け継がれし、聖なる力――。
「ジークフリートの本当の力……。まさか、オペレーションカラーズっていうのは……」
アテナは薄々気づいていた。カラーズにしか遂行できない、カラーズさえ居ればいい作戦……。そんなものはこの世界にはないと想っていた。しかし、ジークフリートが重要視される理由も、マキナでならなかった理由も何となく納得がいく。
マキナこそ、この力を発動する為に必要な最後の鍵だったのだ。ニーベルングシステムに適合し、ファフニールを使いこなす真のジークフリートの騎士……。そして彼女一人さえいれば世界はあらゆる意味を失う。たった一人の少女の手でこの世は終わる事も、救われる事も自在なのだ。
己の掌をじっと見詰め、震えるマキナ。余りにも膨大な力は少女にとって恐怖でしかなかった。かつて母は、これを使いこなしていたというのか。かつてアンセムは、この力に憧れたというのか。なんとおぞましく、なんという不条理――。一人の人間が持つべき力の限度を超えてしまっている。それは最早、大げさでもなんでもない。“神の力”――。
「う……っ! うぶ……っ」
「……マキナ? マキナ、大丈夫!?」
吐血しながら少女は震える自分の手を見つめた。そこには無数の光のラインが通っている。まるで血管の様に脈動し、指先の隅々まで広がっているのだ。その蒼い光を孕んだラインが何度か点滅し、次の瞬間――“裂けた”。
文字通り、掌がズタズタに引き裂かれたのである。まるで鋭利な刃物で切り刻まれたかのように……。溢れ出る血の海の中、マキナはまるで原型を留めない右腕に絶叫し、ジークフリートは頭を抱えてその場に膝を着いた。
「マキナ! マキナッ!! しっかりして! マキナ――――!!!!」
まるで気が触れたかのように悲鳴を上げ続けるマキナは暴れ、近づくブリュンヒルデに刃を突き刺す。それでも止まる事無く身もだえ、のけぞりながら空に吼える。何とかそれをブリュンヒルデで組み伏せ、アテナは強くマキナを抱きしめていた。
「…………これで漸く、オペレーションカラーズが始まるってわけだ……。長いようで短かったな、相棒……?」
トリスタンのコックピットの中、人格交換したアニムスが口元に寂しげな笑みを浮かべていた。眼下ではマキナが気を失い、ブリュンヒルデによってアルティールへと連れ戻されている姿が見える。両足をコンソールの上に投げ出し、アニムスは静かに溜息を漏らした。
「出番だぜ、“レーヴァテイン”――。この世の終わりを見る時が来たんだ」
『ついにジークフリートが本来の力に目覚めたか』
『まだですよ。まだ足りない。ジークフリートを一つにする為に……。ジークフリートが最強である為に』
『全てのカラーズと――』
『全ての人類と――』
『全てのエトランゼと――』
『あらゆる物を打ち壊し、新たな秩序を生み出す女神……。その本当の姿を取り戻す為に……』
『――どうやら、覚醒しちまったらしいぜ。どうするよ?』
アルティールを見上げる下方のカナルの上、二機のFAが佇んでいた。片方は焦げ茶色のカラーリングに迷彩を施した重武装のFA。そしてもう一機は鮮やかなオレンジ色のカラーリングを施した、ツインスタンドのFA――。
二機はどの企業の製品にも属さない外見をしていたし、性能も同様であった。この世界に一機しか存在しない専用機である。二機は静かに空を見上げ、それから同時に背を向けた。
『どうするもこうするも……あとはへこたれ次第だろ~?』
『まぁ、な。ヤツがオペレーションカラーズを遂行するかどうか……そいつが問題だ』
『本人にやる気があるかどうかは関係ないんじゃない? どちらにしたってジークフリートが完全になれば、この世界は終わる』
『…………やりにくいもんだな。昔の仲間と闘うってのは――』
コックピットの中、ヘルメットを外し仲間の呼びかけに目を細める少年の姿があった。金色の髪を振るい、顔を上げる。その顔つきはカラーオブイエローと呼ばれた男に良く似ている。二つの機体の肩にデカールされているのは蒼い旗と剣をモチーフとしたエンブレム――。
彼らが掲げるエンブレムを持つギルドはこの世界にたった一つだけ。かつてこの世界を救った英雄のギルド。世界のバランスを保つ為のギルド。そして――ジークフリートを倒す為に存在するギルド――。
“蒼穹旅団”――それこそが彼らの名である。遥か頭上で戦ったかつての友の事を思い、サイとオルドは溜息を漏らさずには要られなかった。それが運命というのならば……また、どれだけ皮肉なのだろうか。
呪わしき伝説との対峙、そしてその継承者の覚醒――。世界は今、崩壊の目の前に横たわっていた――。
Fefnir(3)
「………………。もう、やだ……。また、医務室だ……」
心底うんざりした様子でマキナは呟き、溜息を漏らしながら眼を閉じた。後何度この白い天井を見上げて目を覚ませば良いのだろうか……。ふと、そこまでぼんやりと考えて飛び起きる。右手をじっと見つめ、ごくりと生唾を飲み込んだ。
何度も何度も手を確認する。しかしそこにあるのは白くてやわらかい自分の手だけである。全身をぐっしょりと濡らしている冷たい汗も、まるで全て幻想なのではないかと思えてしまう。あの時、確かにこの右手は切り刻まれて人の形を保たなかった。
骨が露出し、血管がドクドクと蠢き、筋肉が収縮していた……。傷はどんどん広がり、腕へ、肩へ、やがては身体へと侵食していく……。おぞましいその感覚ははっきりと思い出せるし、脳裏に焼きついたまま消える気配も無い。慌てて服を脱ぎ、腕を確認する。そこにあるのはやはり自分の腕だった。
「幻……? 幻覚だっていうの……?」
余りにもリアルな痛みだった。いや、実際にこの両目で確かに見たのだ。切り裂かれていく腕……自分の物ではなくなっていく。幻覚は消え去る事も無く、マキナは吐き気を抑える為に己の口を両手で押さえて震えていた。
何が起きたのだろうか。ジークフリートがブリュンヒルデと合体――否、あれはジークフリートが“ブリュンヒルデを取り込んだ”と表現するのが近い。兎に角姿を変え、絶大な力で脅威を打ち滅ぼした……その直後である。幻覚と共に全身に激しい悪寒と痛みが走ったのは。
未だに気分が優れなかった。ベッドの上、マキナは呼吸を乱して震える事しか出来ない。誰かに助けて欲しかった。傍に居て欲しかった……。そうして初めて自覚したのだ。本当はずっと寂しくて、誰かに一緒に居て欲しかった。強くなんてなれない……。ただ、誤魔化していただけだ。
「寒い……」
震えながら立ち上がり、上着に袖を通す。街は無事だろうか――? 自分は役目を果たす事が出来たの……? 少女は窓辺に立ち、薄暗い夜の闇に包まれたシティを見下ろした。そこには崩れ、壊れ、倒れて変わり果てたシティの姿があった。
何も、守ることなど出来なかったのだ。勝ち目が薄い事など判りきっていた……。それでも守りたかった。救いたかった。しかし結果はいつも残酷にただ現実だけを突きつける。
約束した友を守るという誓いも、この街を守るという誓いも、果たすことは叶わなかった。エミリアは言っていた。それはただのエゴだと。真なる願いは常に何かを押しのけ、自分が叶える為に他人を犠牲にするのだと。人一人に善も悪も無い。それでも自分の為に生きてきた。
後悔したくないから走り続けてきた。でもいつも何も守れない。何も救えない……。だから毎回悲しくて悔しくて、涙が止められなかった。悔しさに歯軋りしながら硝子に手を触れる。すると、そこに映りこんだもう一人の自分が微笑んだ。
「え……?」
マキナの姿をした、マキナに限りなく近い何か……。影はそっと手を伸ばし、マキナの首を絞める。硝子の中のマキナは両手でマキナの首を絞め、安らかな笑顔を浮かべる。そんな事は在り得ないと頭では理解している。しかし実際に呼吸は停止し、息苦しさだけが身体を支配している。
「あぐ……っ!?」
硝子の影は微笑んでいる。まるでこうなる事をずっと待ち望んでいたかのように。いよいよ呼吸が出来ず、意識が薄れてきた。視界が霞み、何も判らなくなりそうになる。その時であった。
「お姉様っ!!」
背後から伸びる腕がマキナを抱き寄せ、硝子から引き剥がす。それでも呼吸は正常に戻らなかった。そんなマキナを見つめ、飛び込んできたノエルがマキナの顔を思い切り平手打ちした。
乾いた音が響き渡り、マキナの呼吸が戻る。息苦しそうに噎せ返りながら首に手を伸ばし、マキナは涙を浮かべ肩で息をしながら硝子へと再び視線を向けた。そこには先ほどまでのマキナではなく――何故かニアの姿が映りこんでいた。
「お姉様、大丈夫ですか! しっかりしてください!!」
「ノエルちゃん……。ありがとう、助かったよ……」
「……幻覚を見たんですね?」
「え……?」
「正直に答えて下さい。お姉様は幻覚を見たんですね……?」
いつになく真剣な表情のノエルに気圧され、マキナはおずおずと頷いた。その反応にノエルは悲しげに眼を細め、それから拳を震えるほど握り締めて頷いた。
「そうですか……。まず、一つだけ言っておきます。それは幻覚ではありません」
「え……?」
「それは、ジークフリートの力……。いえ、エトランゼの力というべきでしょうか。お姉様、もう時間がないんです……。あたしの言う事をよく聞いてください」
「ノエルちゃん……?」
マキナの手を強く握り締め、ノエルは一呼吸置いてから眼を瞑った。告げるには余りにも辛い事実だった。だからこそ、心を込めて。誤魔化さずに告げたかった――。
「お姉様は……エーテルと呼ばれるものが何なのか……ご存知ですか――?」
シティは壊滅し、アルティールはその機能の40%を失った。最早それはコロニーとしては機能しない。アルティールは終わりを迎えたのだ。
崩れたシティの中、人々は精一杯戦った。しかし故郷を守れなかった……。守れるはずがなかったのだ。五倍近い戦力で攻め込んでくるファントムたちを全て阻止する事など出来るはずもない。いくら味方にカラーズがいたからと言って、何かが大きく変わるわけでもない。
アルティールのフェイスは事実上壊滅した。生き残った僅かな人々は希望を捨てきれず、また街を直すだろう。これからどうなっていくのかはもう誰にも判らなかった。崩れていく日常、世界の法則……。もう、明日を信じる理由は何処にもない。
廃墟と化した町の中、瓦礫の上に腰掛けるアテナの姿があった。その背後にはラグナが立ち、二人は共に夜の闇に沈む街を眺めていた。どこからか子供の泣く声が聞こえる。やるせない気持ちに包まれ、アテナは唇を噛み締めた。
「いいのかい? マキナの傍に居てあげなくて」
「…………うるさいわね」
「心配なんだろう?」
「当たり前でしょ……。でも……どうすればいいの……? あの力……あんな力がジークフリートにあったなんて」
「とても強い力だ」
「それだけじゃない! 私は見たのよ!! マキナの身体の中に、どんどん訳のわからないものが流れ込んで行くのを……っ!! 沢山の意思みたいなものがマキナの心を壊してしまうのが見えた……! なんなのよ、ジークフリートって!! 貴方何か知ってるんでしょ!?」
立ち上がりラグナの襟首を掴み上げるアテナ。その眼は恐怖と不安に塗りつぶされていた。ラグナはアテナの手に自らの手を重ね、首を横に振る。
「決まっていた事なんだ。だからもう、誰にも止められない」
「だから、何が起きているのよっ!!」
「マキナは人の心を知りすぎたんだ……。この世界の森羅万象を知るという事は、この世界の歴史を知るという事は、彼女自身を塗りつぶす事に他ならない……。願いを、力を成就する為には何かを犠牲にしなければならない。マキナは自分を犠牲にしたんだ」
ラグナの言葉は信じられなかった。だがしかし、あのコックピットの光の中で見た物は全て事実なのだ。直感的に判った。このままでは間違いなくマキナが死んでしまう……。当たり前の事だ。無理があったのだ。シークフリートは余りにも強すぎる。だからこそ、それを制御するのは命懸けなのだ。
マキナはジークフリートの力を限界まで引き出す事が出来るだけの才能を持っている。だがそれが逆に彼女の命を際限なく貪り食らう要因となっているのだ。マキナがジークフリートの力を解き放てば解き放つほど、その身体は無数の刃で引き裂かれるかの如くズタズタにされ、その命は音を立てて削り落とされていく……。
絶望の中、アテナは手を離し、その場に膝を着いた。気づけば両目からは涙が溢れ、零れ落ちていた。ラグナはそんなアテナを見下ろし、自らも片膝を着いてアテナの肩に手を添える。
「君も気づいただろう……? オペレーションカラーズとは、まさにあれだ。ジークフリートの真の力があれば、ゼロカナルの結界を切り裂く事も、地球へと降り立つ事も簡単だ。だからセブンスクラウンはマキナに試練を与え続けてきた。彼女が追い詰められ、自己否定を繰り返し、それでも戦いの中で力を目覚めさせていく……そんな様を眺めながらね」
「ふざけないでよ……。マキナは道具じゃないし、玩具でもない……っ! なんであの子ばっかり……。そんなの可愛そう……っ!」
「それでもマキナは誰かに強制されるのではなく己の意思でここまでやってきた。だからこれは彼女の選んだ運命だと言える……。僕たちに出来る事はそう多くないんだ」
「そんな……。そんなのって……そんなのってないよ……」
泣き崩れ、割れたアスファルトに涙の雫を零し続けるアテナ。その正面でラグナは何かをずっと考え込んでいた。眉を潜め、瞳を閉じながら……。やがて何かを決意したかのように顔を上げ、アテナの肩を叩く。
「エーテルとは、命そのものだ」
「え……?」
「エーテルは、この星の命の輝き……。魂の光……。人は死ねばエーテルに還り、そして命はまたエーテルにより育まれる。魂の還る場所……いや、魂そのものと言うのかな」
それは、元々この星にあったものだ。ただ少しだけ形を変え、人の目に見える、触れられる物へと変貌を遂げただけの話である。ジュデッカがこの星にした事はそう大それた事ではないのだ。ただ、この星の悲鳴を人に聞かせただけのこと。
人は己が虐げてきた星の声と人そのものが持つ悪意の意思により命を蝕まれた。いわばそれは呪い――。長い長い年月を経て重なってきた人を呪うという意思の力である。
エーテルは人の心そのものなのだ。それを理解し、一体化するという事は無数の意思を飲み干すという事に他ならない。ジークフリートのERSが世界を飲み込み、森羅万象をマキナが知った時、彼女の肉体は彼女の支配権から逃れ、この星の全てと一体化する。その刹那、マキナは人を超えた力を手にし、同時にその肉体を無限の意思により引き裂かれるのだ。
ジークフリートはカナルの中心。光の中心。世界の中心である――。その力を解き放てば解き放つ程、この世界は蒼に染まりその蒼はマキナ自身を蝕んでいく。それはこれからより加速し――呪いを受けたマキナはもう、長くは生きられないだろう。
ラグナの語りの中、アテナは瞳を見開いて涙を流し続けていた。失意の中、ひたすらに力不足とこの世界を呪った。何故、こんな世界なのだろうか。こんな世界でなかったら、きっとマキナは普通の女の子でいられたのに。普通の女の子と、自分はもしかしたら普通の姉として接する事が出来たかもしれないのに……。
「どうすればいいの……? どうしたらあの子を救えるの……? お願い、教えてっ!! その為だったら何だってするわ! 私の命だったらいくらでも差し出すからっ!! だからあの子を助けてよっ!! あの子を救ってよ!!」
「…………それは出来ない。僕にも彼女は救えないんだ。セブンスクラウンにも無理だ。彼女はセブンスクラウンにどうにかできるような存在じゃない……。彼女が望み続ける限り、彼女は己の命を際限なく消費する」
「……ふざけないでっ!!!! そんな馬鹿げた話ってある!? 何が世界を救うよ! 何がカラーズよっ!! なんでたった一人の女の子にこの世界の全てを押し付けるの!? いい加減にしてよっ!!!! 妹の一人くらい守れなくて一体何がカラーズなのよ!! 私は……っ! ちくしょうっ!!!!」
拳を大地へと減り込ませる。それでも怒りは収まらなかった。何故マキナなのか。何故マキナでなければならなかったのか――。怒りの中、アテナは苦しみで気が狂いそうだった。もういっそのこと狂ってしまえれば楽になれる……そう思うほどに。
それでも世界は残酷だ。アテナの脳はマキナを救う事を諦めては居なかった。どうにかして、なんでもいい。どんなに卑劣な方法だろうが構わない。マキナを助ける事が出来るのならば、何もかもを犠牲にしよう。こんな腐った世界に未練などない――。
「オペレーションカラーズを遂行して……ジュデッカを倒せば……この世界は救われるの……?」
「…………判らない。でも、このままではどうしようもない」
「だったら……私はオペレーションカラーズを遂行するわ……!」
立ち上がり、アテナは涙を拭ってラグナを見つめた。濁ったその瞳は最早何も映してはいないのかもしれない。薄々わかっていた事だ。マキナがああなってしまえば、アテナとて同じなのだと。
二人は仕組まれた宿命の姉妹なのだ。マリア・ザ・スラッシュエッジが仕込んだこの世界を逆転させる最後の切り札……。人類に残された希望の生贄。だから彼女たちは必要だった。同じ悲しみを知り、背中合わせの存在でなければならなかった。
アテナはマキナを求め、傷ついた彼女を守るために本能的に戦うだろう。彼女こそマキナを救うために存在する、都合のいい最後の騎士――。そしてそれは人類を救うことに他ならない。
「もうあの子が傷つく所を見るなんて耐えられない……。私はもう……あの子無しじゃ生きていけないから……」
「…………行くのかい?」
アテナは答えなかった。ただ、黙々と歩いていく。その後姿を見送りラグナはポケットに両手を突っ込んだまま眼を閉じる。風を受け、その髪が靡いた。廃墟の夜に光が差し込んでいく。誰も望まずとも復旧したシステムは朝を齎す。この滅びかけた世界の中に、光を呼び込んで……。
病室に辿り着いたアテナの前、マキナはベッドの上に横たわっていた。眠っているその華奢な身体を抱きかかえ、アテナは振り返る。そこにはつい先ほどまで居なかったノエルの姿があった。
「――行くんですね。セブンスクラウンの所に」
「……止めるつもりなら容赦はしないわ。貴方を殺して、私は行く」
「止めるなんて誰も言ってませんよ。行くなら一緒に行きます。道案内が必要でしょ? お姉様、セブンスクラウンがどこにいるのかもわからないんだから」
意外なノエルの提案にアテナは目を丸くする。しかし、うかつに信用する事は出来ない。ノエルをじっと観察する。しかしその訝しげな視線も気にもせずノエルは背を向ける。それが彼女なりの信用の表現であり、メッセージでもあった。
「皆疲れて眠っている今がチャンスです。格納庫に急ぎましょう」
「……ノエル」
「忘れたんですか? あたしたちはカラーズ……仲間じゃないですか。そしてオペレーションカラーズを遂行する存在。最初から、目的は一貫しているんだから」
「信じていいのね……?」
ノエルは答えない。変わりにアテナの前を走り出した。それに続き、アテナは眠っているマキナの顔を見下ろした。苦しみ、悶え、汗をかきながら眠っているマキナ……。もうこの顔が苦痛に歪む姿は見たくない。絶えられない。だから――逃げよう。こんな重苦しい世界を背負っているからマキナは押しつぶされてしまうのだ。もう彼女を手放さない。どんなに嫌われようが構わない。彼女を全てから遠ざけてしまおう……。
素早く走り抜ける闇夜の廊下。アテナは涙の粒を零し、輝かせながら前を見据えた。後戻りは出来ない。マキナを救う手段がないのならば。この世界を終わらせてでも――彼女の生きられる世界を作るまでだから――。
~ねっけつ! アルティール劇場Z~
*しょんぼり*
マキナ「へぅ……」
ノエル「ほえ? どうかしたんですか、お姉様?」
マキナ「作者ページにログイン出来なかったり、緊急メンテ中ですって出たりして、なかなか更新できなかったよう」
ノエル「…………それは、大人の事情で色々大変なんですよ」
マキナ「あのね、あのねっ」
ノエル「はい?」
マキナ「なんかもうね、三部終わりだって……」
ノエル「そうですねえ~。次で三部終わり! そして完結編の四部が始まるんですよ!!」
マキナ「なんか作者のテンションが最近あがらないから、四部がどうなるのか不安なんだよう」
ノエル「別に何とかなるんじゃないですか? テキトーに」
マキナ「て、てきとーに!?」
ノエル「それにしてもお姉様、なんかホント入院しっぱなしですね」
マキナ「うん……。いっつもぶっ倒れるの。なんでかなぁ」
ノエル「主人公だから……」
マキナ「はぅぅ……っ」
ノエル「いや~、しかしアルティールも色々ありましたねえ!」
マキナ「うん……。なんだか終わりが近づいてると思うと、ちょっぴり寂しいね……」
ノエル「大丈夫ですよ! 人生いつ打ち切りになるかわかりませんから! まともに完結できるだけマシじゃないですか!! ジャスロジとかしろがねの城をみなさいよ!」
マキナ「わあーっ! わあああーっ!!」
ノエル「(お姉様、かわゆい……)」
マキナ「ただでさえ! ただでさえ作者はテンション下がってるんだから! 黒歴史を思い出させちゃだめなのっ!」
ノエル「大丈夫ですよ! この小説もいずれは黒歴史に成り下がりますから!」
マキナ「…………ぐすんっ」
ノエル「……も、もう辛抱たまらん……! お姉様~! ほっぺたすりすりさせてくださーい!!」
マキナ「にゃあああっ!?」
ノエル「すりすり、すりすり……っ」
マキナ「ひーん! おねえちゃーん!!」
ノエル「フッフッフ、呼んでも無駄ですよ……。アテナお姉様は今頃次話のせりふを覚えるので必死ですからねい……!」
マキナ「次、お姉ちゃんセリフ多いの……?」
ノエル「そうそう。だから誰も邪魔には入らないのだー! ふぬはははーっ!!」
マキナ「いーやーっ!!」
ノエル「お、お姉様のふともも……。お姉様のおっぱい……。はあはあ……!」
マキナ「え、これもしかして本当に誰も助けに来ないで終わるオチ!?」
ノエル「ですよ♪」
マキナ「え、ちょ、え――それはま(以下略)」