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Fefnir(2)


 “力”だけがこの世界の全てだった――。

 ネクストとして生まれたこの世界の中で、力がなければ生き残る事が出来なかった。そしてその力こそ己の存在の証であった。

 例え失敗作だと言われても、誰からも見捨てられても、それでも力だけが信じる事の出来る物だった。戦いの中でしか自分を肯定出来ないから――。世界の平和なんて、そんなもの認められるはずもない。

 人は何度でも繰り返すだろう。都合のいい幻想と理想論を振りかざし、光の影には必ず闇があるということを忘れてしまう。全員が幸せになれる未来などありえないのだ。結局は一部の人間だけが幸福を享受し、あたかも全体の平和を祈っているかのように振舞うのみ。

 偽善――。その二文字でないというのならばなんだというのか。人は今までもずっとそれを繰り返してきた。長くに続いた腐敗した習慣はそう容易くは消えないだろう。消えるはずもない。変えられないのは判っていた。だから、せめて未来など信じずに。今この刹那に命の火を全て燃やし尽くしたい――。

 刃が打ち合う度、光が舞い散る度、脳裏を過ぎる思いの数々――。そう、出来る事ならばずっとこんな夢のような時間を続けていたかった。この世界の救世主になる事が出来ないのなら。その資格が自分にはないというのならば、嗚呼、この揺ぎ無き悪役ほど華のある役割もこの世界にあるまい――。


「――いい。いいわ。素晴らしくってよ、マキナ!!」


 揮う鎌を刃で弾き、ジークフリートは降り注ぐ刃の嵐も全て見切って舞い続けている。息は当然上がっているだろう。マキナの苦しむ表情が脳裏に過ぎる。背筋がぞくりとする恍惚とした時間――。世界を救う英雄を、こうまで苦しめられるなんて――。

 歪んでいる事など最初から判り切っていた。その歪みを生んだのは人類そのものなのだ。自分勝手で利己的な感情が偽善と同時に生み出した影……。闇の中でしか生きられないうち捨てられた存在が偽善の代弁者と合間見える。この刹那にこそエミリアの生きた意味は存在するのだ。

 何度も何度も何度も何度も思い描いて望んだ瞬間――。あのジークフリートとスラッシュエッジを苦しめている今この瞬間こそが全て。恨みを吐き出す事も、誰かの所為にする事も出来なかった哀れな道化が望んだ泡沫の夢……。母なる存在の面影を持つ少女、マキナ・レンブラント。彼女を打ち滅ぼす事が出来るかどうかで自分が何の為に生まれたのかが決まるのだ。

 刃の乱舞が続く。鎌とロングソードが何度もぶつかり合い、二機は何度も交差しながらカナルの上を駆け抜けた。戦場の中に突っ込んでもお構いなしに踊り続ける。神経をすり減らし、全身が汗ばみ、指先がしびれてくる。喉の奥が熱く、脳の内側から亀裂が走りそうな緊迫した戦場。しかしそれこそ思い描いた理想の世界。この戦場こそ、思い描いた理想郷。打ち鳴らす刃のメロディは魂へのレクイエム。この星で死んで行った数え切れない報われぬ命に応じよう。今ここで、世界の希望と相対する事で――!!


「エミリア・L・ヴァーミリオン――ッ!!」


「貴方は最高ね……! 最高だわっ!! 間違いなく最強のカラーズオブカラーズ!!!! だからこそっ!! わたくしは生きた証を貴方に求めるッ!!」


「死にたいのなら勝手に死ねッ!! 世界を巻き込むな!!」


「そういうわけには行かないのよ……! 貴方たちだけが幸福を受け取る権利を持つ世界なんてあってはならないの!! オペレーションカラーズなんて絶対に認めないわ!! この世界は混沌とした“はきだめ”であるべきなのよ!! 無間に続く闘争! それこそ人の望んだ業の世界ッ!!」


「全部救ってみせる! 全部守ってみせる!! 貴方なんかに世界は壊させない! ただのわがままで――この世界は渡せない!!」


「そう、我侭! ただの我侭!! でも貴方は本当に高尚な理由で戦っているのかしら!? 善意! 悪意! 全て人は平等なのよッ!! 人は人以上の何者でもなくそれ以下でもない! ならばその行いに優劣も善悪も必要ない!! あるのは想いッ!!」


 鎌の一撃がジークフリートを吹き飛ばす。後退する蒼の座へと鎌を振り上げ、エミリアは笑いながら猛攻を繰り出す。


「貴方の本当の願いは何!? 貴方が世界を救いたいというその言葉はただの偽善、建前なのよ!! 真なる心の願いに従順な人間が、貴方のような紛い物に負けるはずがなくってよ!!」


「くう……ッ!?」


 鎌の乱舞を受け、ジークフリートの剣がまた一つ折れる。銀色の刃が空を舞い、その側面に二つのシルエットを映した。蒼の騎士と白銀の死神が同時に映りこみ、すれ違う。


「さあ、遠慮は要らないわ! 手加減は無用よ……! 全力を出しなさい! 貴方のエゴ、そのすべてを乗せなければわたくしには届かない!! どちらの願いがより純粋か……刃の天秤に乗せる時!!」


「――ああああああああっ!!」


 蒼いエーテルの光がジークフリートを中心に放出される。カナルが一気に蒼に染まり、世界全てがマキナの身体の中に流れ込んでいく。瞳の奥から熱い鼓動が世界へと伝わり、この世の理に少女は歯を食いしばる。

 ニーベルングシステムは全力で発動すればマキナに過負荷をかける――。いくらアポロが演算処理を手伝っているとは言え、たかが人間が森羅万象を理解するなど持っての他――。身体が軋み、マキナの身体の中にある時計がグルグルと加速し始める。命を削り――蒼を体現する。

 波動が広がり、周囲のファントムもヴォータンも吹き飛ばされていった。それは少女の最後の良心でもある。大きすぎる力に巻き込んでしまわぬように――ただ、倒すべき者だけを倒せるように。


「――いいわ! もっとよ! もっと力を出しなさいッ!!」


「ジークフリートよ……! ぼくに力をっ!! もっと――もっと――ッ!!!! 全部……ッ!! 蒼になれええええええええええっ!!!!」


 守る為に。維持する為に。世界を救う為に――。力は常にただ力である。それはエミリアの持つ力もマキナの持つ力も関係ない。力はただ、何かを成す為だけにある。そこに罪はなく、その力を裁くことは誰にも出来ない。

 ジークフリートの全身から蒼い光が放たれ、蒼く輝く瞳と同時に結晶化したエーテルがジークフリートの装甲を覆っていく。カナルに手を伸ばすとそこからは渦巻く螺旋状の光が収束し、少女の掌の中に形を作る。蒼く輝く結晶の剣――。巨大なる刃。一振りの希望を握り締め、ジークフリートは蒼き翼を広げる。


「エミリア・L・ヴァーミリオン……!」


「……その状態になっても意識を保てるなんて! 貴方はやっぱりジークフリートのマスターなのね!!」


「貴方の言うとおり、ぼくは偽善で戦っている……。力はただ力――そう、だからこそぼくは偽善者で構わない……! 我はただ人の闇夜を切り払う蒼の剣! 一振りの刃!! 映し出すのは人の世の願い……!! この街に、この世界に、生きる人々の想いを乗せるッ!!」


「正義の代弁者にでもなったつもり!?」


「我が名は“ザ・スラッシュエッジ”――! もう、手加減はしません……。この命を削り、全身全霊で貴方を断つッ!!!! おぉおおおおおおおおおおおっ!!」


 残像を残しながらジークフリートが加速する。その初動さえ見えぬまま、イシュタルの鎌は両断されていた。遅れてその肩からエーテルの血液が噴出す。何が起きたのかエミリアには判らなかった。ただ、ジークフリートは後ろで剣を構えている。

 音速――否、その速さは光をも超えている。呼吸さえ追いつかぬ程の刹那の連続――。まるで分身したかのように無数の方向から刃の嵐が降り注ぐ。何も見えない。何も判らない。コックピットに走る衝撃の中、エミリアはそれでも笑っていた。

 そう、マキナの純粋さは最早悪意にも等しい――。自分とマキナは限りなく同じものなのだと理解する。いや、人のすべてがそうなのだろう。願いは突き詰めれば所詮誰かを犠牲にするという一点に尽きる。誰かの願いを叶えるためには誰かの願いを潰さねばならない。ごく自然な、当然の理である。

 蒼き光の嵐がイシュタルを切り刻む。両腕が肩からふっとび、首が宙を舞った。ERSで繋がれたエミリアの瞳から光が失われ、首を両手で抑えたままエミリアは身悶えた。振り返る事も出来ないまま、イシュタルを背後からジークフリートの刃が貫く――。胸を貫く痛みの中、エミリアは口から血を流しながら安らかな微笑を浮かべていた。

 何故かとても近くにマキナの存在を感じる。すぐ後ろに立っているかのような、そんな感覚であった。マキナも同じく、光の中で感覚を溶け合わせていた。鈍く剣に残る感触を確かに心に刻み付ける。この偽善を貫いていくのならば、これから何度でも味わうのだろう。他の願いを潰すという、この悪意の味を――。


「貴方は何を望み……何を信じるの……?」


「…………判りません。でも、今はこうする以外に何も判らないから。世界を守るのも仲間を守るのも全ては自分の為です。後悔しない為に生きています」


「追われているのね……。いつだって、時間と過去に……」


「だから、明日を信じて走り続けるしかないんです……。だから、笑いたければ笑ってください」


「…………。馬鹿ね……。笑わないわ……。貴方の、勝ちよ……。ザ・スラッシュ……エッジ――」


 ジークフリートが瞳を輝かせ、剣を引き抜く。同時にイシュタルの身体はカナルの上に倒れ、ゆっくりと光の中に溶けていった。それを見送り、マキナはニーベルングシステムを緩和させる。


「う……ぶ……っ」


 両手で口を押さえ、激しく咽るマキナ。その両手にはべっとりと血液が付着していた。掌からぼたぼたと零れ落ちる血を見つめ、虚ろな瞳で呼吸を整える。ジークフリートから蒼い光が消え、周囲は元の姿を取り戻した。結晶の剣が砕けて光の粒となって空に消えていく……。マキナはそれから何度か血を吐き出し、震えながら胸を押さえた。


「もう、少しだけ……。ちょっとでいいから……。頑張ってよ……ぼく……」


 全身が悲鳴を上げていた。それでも構わない。この生き方を貫き通すと決めたのだから。エミリアを殺し、その願いを砕いた――。砕いたものは全て背負っていくと決めたから。どんな些細な願いさえ、己の罪として記録していく。だからこそ、ここで立ち止まるわけにはいかない――。

 ゆっくりと呼吸を取り戻し、周囲を見渡すマキナ。戦況は決して楽観できない状態にある。そもそも防衛戦力が圧倒的に不足しているのだから。早く仲間を助けに向かわねばならない……。ゆっくりと動き出した、その時であった。


「え――?」


 背後、振り返ったジークフリートの背中には無数の刃が突き刺さっていた。振り返る視線のその先、マキナは信じられない物を見た。つい先ほど、今、目の前で。確かに倒したはずのイシュタルが――“もう一機”。


「あ、れ……? なん、で……?」


 理解が出来ず、思考が鈍る。突っ込んでくるイシュタルが繰り出す大鎌の一撃――。その一閃がジークフリートの背を鋭く切りつけるのを、マキナはまるで他人事のように感じていた――。




Fefnir(2)




『シティにまた新たにファントム侵入!! 駄目です、抑えきれません!!』


『聞こえたな、アテナッ!! そっちは任せる! お前以外に処理出来る人間は居ないっ!!』


 通信機から聞こえる声にアテナは眉を潜める。フェイスビルを背後に紅い影が宙を舞う。跳躍した上空からファントムの集団を見下ろし、二丁拳銃を連射する。降り注ぐ弾丸の雨は的確にファントムの頭を貫き、行動力を奪っていく。

 ビル群に降り立ったブリュンヒルデはマガジンを両手から零し、瞳だけを動かして周囲を見渡す。取り囲むファントムその数二十機以上――。しかし、アテナにとっては何の問題にもならない。

 一斉に繰り出されるアサルトライフルの銃弾を掻い潜り、再び跳躍する。ファントムのうち一機の上に飛び乗り、再びの跳躍。空中で腰のレールガンを起動し、四発速射する。左右二対の装備の為、それで八機が落とされる。更に落下しながらバーニアを吹かし、回転しながら蹴りを放つ。ファントムの頭が吹っ飛び、着地と同時に振り返りながらハンドガンを連射する。

 次々に倒れていくファントムたちの中に紛れ、シティを守ろうとして倒れたヴォータンやカナードの残骸が転がっている。それを見下ろし、アテナは唇を噛み締めた。


「まだ戦闘馴れしてない新人まで容赦なしか……。いい礼儀作法じゃない、ファントム……」


 ツインハンドガンの弾薬は既に尽きかけている。足元に転がったファントムが装備していたアサルトライフルを両手に携えマップを開く。既にシティには多数のファントムが進入している。アルティールが落ちるのは時間の問題だった。


『アテナ、聞こえるか!』


「聞こえているわ、ジル……。次はどこに行けばいいの?」


『シティ防衛にはノエルが周っている! それより今とんでもない事が判った!!』


「とんでもない事……?」


『やつら、ベガをアルティールにぶつけるつもりだっ!! ベガが加速し、前線を通過している! 巨大すぎて通常の武装では阻止出来ん!!』


 アルティールから降り注ぐ砲弾もミサイルもお構いなしに巨大なシティが迫ってくる。敵も味方も関係なく押しつぶし、アルティールを壊そうと突き進んでくるのだ。

 体当たりを受ければ間違いなくアルティールは崩壊するだろう。だがアルティールに残っている戦力ではベガを破壊する事が出来ない……。ファントムの進入を抑えるだけでも手一杯なのだ。そんな火力を向けている余裕はない。

 今この状況においてベガを止められる可能性があるのはアテナ・ニルギースただ一人である。それはアテナ本人が一番理解している事だ。直ぐに反応し、ブリュンヒルデを奔らせる。崩された外壁を飛び出し、砲弾の飛び交う戦場へと降り立った。


「私が止めるわ」


『やれるか……!?』


「私を誰だと思ってるの? カラーオブレッド……ブリュンヒルデの力を舐めないで――」


 周囲にたむろしていたファントムをアサルトライフルで一掃し、直進する。カナルを進み、迫る巨大なベガを臨み、両手の武器を放り出してアテナは瞳を閉じた。


「マキナだけに……全てを任せるわけには行かないもの。約束したから――! この街は――! マキナは――!! 私が、護るって!!!!」


 ブリュンヒルデの瞳が赤く輝き、周囲のカナルが紅に染まっていく。装甲の合間から炎が燃え盛り、ブリュンヒルデの胸が開く――。正式な手順で封印を解除し、オーバードライブを発動させる。

 炎の翼を広げるブリュンヒルデは腰を低く落とし、あろう事か真正面から突っ込んでくるベガを待ち構えていた。何をしようとしているのかは客観的に見れば明らかだ。しかし、余りにも馬鹿げている――。

 ベガがブリュンヒルデに直撃する。しかし、同時にその進行速度は明らかに低下していた。巨大を両腕で押さえ、ブリュンヒルデは炎の翼を瞬かせる。紅き機体が咆哮を上げ、ついにはベガの進行が停止したのである。


『受け止めた……!?』


「おぉおおおおおおおおおおおおっ!!」


 ブリュンヒルデが獣のような声をあげ、ベガを押し返していく。しかしそれを阻むようにベガのブースターが更に加速し、炎はブリュンヒルデさえ包み込んでしまう。

 ゆっくりと、しかし確実にベガに押し返されていた。それでもアテナは諦めてはいなかった。歯を食いしばり、炎の熱と重圧に耐えながら必死でベガを押さえ込む。これを行かせてしまってはマキナの還るべき場所がなくなってしまう――。絶対にそんな事はさせてはならない。護りたいという思いが力に変わるのだ。

 アテナはカラーオブレッド……。マキナにジークフリートは譲ったものの、その実力はカラーズの中でも頭一つ抜けている程だ。故にそれは必然でもある。ブリュンヒルデという怪物を飼いならすその鞭を、彼女はしっかりと握り締めていたのだから。


「アテナッ!!」


 上空より声が聞こえた。落ちてきたのは白き騎士、トリスタンに乗ったラグナである。ランスビームライフルを構えたトリスタンがアテナの状況を認識し、走り出す。カナルを回り込み、次々にベガのバーニアを破壊していく……。


「遅れてごめん! もう少し耐えてくれ!」


「こんなの何てことないわよ……。無駄口叩いてる暇があるなら……!」


「――ああ、わかってる!」


 ベガの周囲に何度も爆発が起こった。バーニアが破壊される度に徐々にベガの速度が衰えていく……。アテナは歯を食いしばり、一気にベガを押し返す。ブリュンヒルデの上げる咆哮がカナルを揺らし、まるでブリュンヒルデの追い風となるようにカナルの流れを逆転させていく。

 引き離されていく要塞……。ラグナが一周し、ブリュンヒルデの元に戻る。それを確認し、アテナはブリュンヒルデの胸にエーテルを収束させていく。


「下がってなさい!! 巻き込まないで壊す自信はないわっ!!」


「手を貸すよ。君一人ではいくらなんでも無茶だからね」


 トリスタンの瞳が輝き、胸部が変形して白く輝く光が溢れる。構えた槍の先端部にエーテルが収束し、ラグナは鋭くベガを見上げた。


「……行くよ、アテナ!」


「はあっ!!」


 二人が同時にエーテルを放出する。ブリュンヒルデの胸から放たれた紅き閃光とランスの先端から放たれた白き閃光が交じり合い、螺旋を描きベガの巨体に風穴を開ける。大爆発が空を照らし上げ、ベガがゆっくりと沈黙していく。


「これで少しは懲りたかしら……?」


「やりすぎたんじゃない?」


「……ていうか、ラグナその機体は……」


「それは今は兎も角――ファントムはまだまだ残ってるんだ。それに――ッ!? アテナ!! マキナが!!」


「え……?」


 下のカナルを見下ろすアテナ。その視線の先、機能停止したジークフリートの姿があった。そういわれて見れば先ほどから一切マキナからの通信が遮断されている。背筋に悪寒が走った。ジークフリートの首を掴み上げているのは銀色の機体――。確かに、強敵が混じっていてもおかしくはない。だが、あのマキナが敗北するだなんて。


「マキナッ!!」


 わき目も振らずにカナルを飛び降りる。上空から落下しながらオーバードライブ状態で蹴りを放つ。炸裂する炎の嵐にカナルが盛大に飛沫を上げ、炎の雨となって降り注ぐ。

 ジークフリートはカナルの上に横たわり、イシュタルは鎌を構えている。ブリュンヒルデはジークフリートを抱き起こすと、その手を強く握り締めた。


「マキナ! マキナッ!! しっかりして!! マキナッ!!!!」


 返事がない……。その事実が何よりも不安で仕方がなかった。ほの暗い絶望の色が心を埋め尽くしていく。悲しみは反転し、強烈な怒りへと変わる。紅い瞳を輝かせアテナは顔を上げる。


「……殺す……!」


 正面、鎌を振りかざしイシュタルが迫る。その振り下ろされた刃をブリュンヒルデは片腕で受け止めていた。掴んだ指先から炎が巻き上がり、爆発する――。吹き飛ばされたイシュタルを前にジークフリートを抱いたまま立ち上がり、ブリュンヒルデは炎を背負い睨みを利かせる。


「よくもマキナを……! こんなにぼろぼろになって……可愛そうに……っ」


「――――無理です。貴方では……勝てません」


 声が聞こえた。それはエミリアの声とは異なる、微かで消え入りそうな声色だった。しかしアテナの怒りは完全に全身を支配しており、そんな言葉は聞こえていない。

 低く唸りを上げながら瞳を細めるブリュンヒルデ。憎悪の炎が渦巻き、何もかもを焼き尽くそうとしていた。その時である――。怒り狂う獣の頬にジークフリートの手が伸びた。


「お、姉ちゃん……」


「――マキナ!? 大丈夫!?」


 二人はERSを通じて確かに触れ合っていた。ブリュンヒルデの頬に触れるジークフリートの指はマキナの指と同義である。アテナは光の中、マキナを抱きかかえていた。傷だらけのマキナはそっと笑顔を作り、アテナの手を握り締める。


「大丈夫だから……。そんなに、怒らないで……。皆が……焼けちゃうよ」


 振り返るアテナ。背後では味方も敵も関係なく怒りの炎が包み込んでいた。このままでは危うくアルティールさえ焼いてしまう所だったのである。冷静さを取り戻し、同時にオーバードライブが停止する。通常モードに切り替わったブリュンヒルデはオーバードライブの反動で一気に出力が低下し、それに伴いアテナも心を落ち着かせる。

 柔らかい指先が頬を撫でる時、何故この優しさを護る力がないのかと悔やんだ。心の底から想う。この少女を、心優しく罪から眼を逸らせず、常に全てを背負って剣を握るこの少女を……。どうか、護る力を与えて欲しい。常に傍にいたい。共にありたいと。

 何故自分たちは別々に生まれてしまったのだろう。全く同じ、ひとつとして生まれる事が出来ればこんなにも愛しく想う事ももどかしく想う事もなかったのに。だが、別々だからこそ想える事がある。マキナを強く抱きしめる。彼女を傷つけさせない力が欲しい。あらゆる苦痛から護る力が欲しい。この世界の平和なんて要らない――。ただ、マキナだけが笑顔で居てくれればそれで構わない。

 胸の奥、熱い炎が渦巻いていた。一度は出力を落としたブリュンヒルデの力が見る見る上がっていく。全身を包み込む炎は暖かく、その光はジークフリートの傷を癒していく。


「この……光は……?」


「……感じる……。お姉ちゃんの優しい気持ち……。強くて、猛々しくて……。傷つける事を厭わない迷いの無い優しさ……。厳しくて、鋭くて……。でも温もりを求めてる……」


「私も感じるわ……。貴方の優しい気持ち……。いつでも迷っている心……。傷ついて、ぼろぼろになって、それでも笑顔で居ようとする強さ……。重さを背負うという力……でも、安らぎを求めてる」


 手と手を重ね、指と指を絡めて行く。ブリュンヒルデの紅い炎が光の渦となって空に立ち上る。誰もがその景色に戦を忘れ空を見上げていた。


「何が……起きてるんだ……!?」


「ジル先生!! ブリュンヒルデとジークフリートの反応が……っ!!」


「これ、は……!? なんだ……これは!?」


 二つのエーテルの波動が限りなく一つになっていく。ジークフリートが立ち上がり、その背中を包み込むようにブリュンヒルデの紅い炎が燃え上がる。二機のFAの出力が限界まで引き上げられ、光が際限なく広がっていく。


「何、これ……? 何が起きてるんだろ……?」


『むっきゅうううっ!!』


「これは……何?」


 コックピットの中に光が満ちていく。コンソールにはニーベルングシステム発動を知らせるメッセージが流れた。そして――紅き炎は蒼き炎へと姿を変えていく。


「「 モード――“ファフニール”……!? 」」


 二人の声が重なった瞬間、ブリュンヒルデが蒼い炎に包まれながら跳躍した。続いてジークフリートも跳躍し、二機は空中で背中合わせに手と手を繋ぐ。

 ブリュンヒルデの形状が変化し、続いてジークフリートが変形する。二機は複雑に折り重なり、そのシルエットを重ねていく――。


「……目覚めたんだね。ファフニール……」


 カナルを見下ろすラグナが呟いた刹那、カナルの上にそれは舞い降りた。蒼き剣の翼、そして紅き炎の翼……。四つの翼を広げる蒼と紅が入り混じったFA――。

 それは、巨大で――。それは、美しく――。そしてそれは力強く、なにより優しい……。光の渦が機体を包み、その最中から機体は剣を手に取る。それは蒼き炎を纏った光の剣――聖なる剣。それは、ジークフリートがジークフリートである証――。

 巨大な剣を手に取り、それを両手で大地に着いてその機体は静かに佇んでいた。二機のFAが合体し、新たなる姿を現す。四つの瞳を輝かせ、生まれ変わったジークフリートが荘厳なる輝きを放つ。

 その名はモードファフニール――。手にするは聖剣バルムンク。それはジークフリートの本来の姿。欠けてしまった半身を取り戻し、在るべき形へと回帰した力。

 マキナとアテナ、二人の心は限りなく一つだった。重なった想いがお互いを癒し、支え、そして奮い立たせる――。際限なく力が溢れ出し、その優しい輝きは苦しみを産む事も無い。


「これが……お母さんが残したもの……」


「本当の……ジークフリート……」


 バルムンクを振り上げ、それを一閃する。エーテルの波動がカナルの上を突き抜け、ファントムだけが両断されていく。爆発する無数の光の中、ヴォータンやカナードには傷一つない。何が起きているのか誰にもわからなかった。勿論コックピットの二人にも。しかし、それでも――。

 蒼と紅の瞳を輝かせ、ジークフリートが剣を構える――。その様子を見下ろし、ラグナは少しだけ寂しげに微笑を作り、その景色に背中を向けた――。


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