表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/83

Fefnir(1)


「――――良かったのか? セブンスクラウンを裏切って」


「裏切ったわけじゃないよぉ、人聞き悪いなあもう……。あたしは、ただもう少しお姉様の傍にいたいだけ。判ってるんでしょ? オペレーションカラーズは、カラーズ六名だけで遂行出来る作戦だって。フェイスなんか、邪魔だって」


 ベガとの戦闘に備え慌しくざわめくアルティール。その慌しさの中、ノエルは血に塗れた刀の刃を倒れた死体の服装でテキトーに拭い、端正な音を響かせながら刃を鞘へと収めた。

 シティの一角、ノエルがセブンスクラウンへの報告を行う為に仲介となるSGと会っていた裏通りがあった。しかし今ではそこには仲介役のSGの死体が転がり、その死体の前にノエルが立っている。そんな光景を眺め、ラグナは壁に背を預けて腕を組んでいた。いや、厳密には今の彼はラグナではなくアニムスと呼ばれるもうひとつの人格だったのだが。

 別段、セブンスクラウンにこだわりがないのはアニムスも同じ事であった。あろう事かラグナは既にマキナに付き従う事を決定しているようだし、別人格であるアニムスにもこの状況は一人ではどうにも出来ない。そもそもオペレーションカラーズとは、文字通りカラーズによって遂行されるものなのである。故にノエルの言うとおり、とりあえずマキナさえ守る事が出来ればそれはそれで目的には合致しているのだ。

 刃を片手に振り返るノエル。そしてようやくいつの間にか人格がラグナからアニムスに切り替わっていた相棒に気づく。近づいてその頬をつねると、アニムスは不機嫌そうに舌打ちしその手を振り払った。


「あ、アニムスだ」


「どこで判断してんだよオイ……!」


「ラグナなら何をされているのかわからないままニコニコしながらこっち見てくるもん」


「はあ……? キメェな……。で? ベガはどうなってるんだ?」


「わかんない。もうファントムはあたしたちの手を離れたんだよ。せっかく生き残れる役目を与えてあげたのに……失敗作のネクストは本当に嫌になるよねぇ。ま、お姉様の株を上げてくれるのならばそれに越した事はないけど」


 鋭く鋭利なナイフのように少女は口元に手を当てて微笑んだ。慣れているアニムスでなかったとしたら、ぞくりと悪寒を感じた事だろう。それは何も彼女の顔がとても歪んでいるとか、そういうわけではない。少女はあくまで冷淡に美しいのだ。微笑みは純粋だからこそ鋭く意思を切り取っていく……。研ぎ澄まされた刃だからこそ危険を感じるのだ。


「お前、どうやらこっちの生活に随分と執着があるみたいだな」


「…………? 執着? なんで?」


「なんでって……おいおい、お前こっちの生活に執着があるからマキナ・ザ・スラッシュエッジに味方するんだろ?」


 何故かアニムスの言葉にノエルはきょとーんとしていた。暫くの間二人の間に沈黙が続き、ノエルは腕を組んで小首をかしげながら空を見上げた。


「……そっか。あたし、ここの生活が気に入ってたのかなぁ」


「はあ~?」


「よくわかんない。アルティールとかどうでもいいし。この世界の事もどうでもいいけど……。でもなんかヤなんだよね。ここに居たいって思うんだ」


「そりゃ、気に入ってるって事だろ」


「……ふうん? ね、アニムスは? ラグナはどうしてここに残ったのか判る?」


「知るかよ。あいつの考えている事は常に理解不能だ。いやまあ、理解したくはないんだがな……」


 普段のラグナの話を聞いてしまうとあまり賛同出来ない行動が余りにも多すぎる。一人で頷き納得するアニムスの前でノエルは不思議そうな顔をしながら自分の手をじっと見つめていた。


「ねえ、アニムス」


「あ?」


「…………人を斬るのって、こんなに気持ち悪かったっけ」


 殺す為に産み落とされたのがカラーズだと、ノエルは理解している。ネクストに与えられた使命はただ破壊し奪う事だ。その目的と純粋な本能に最も従順なカーネストに続き、自分はネクストとして非常に正常だとノエルは自負してきた。

 SGの仕事にも加担し、セブンスクラウンの尖兵として各所で暗躍してきた以上、人を斬る心地など呼吸を繰り返すにも等しい事のはずだった。だというのに、何故だろうか? 頭の奥で、脳の回路の中で、何かがざわざわと彼女の正常な思考を乱していた。

 人を守ると、街を守ると、仲間を守ると、星を守ると――。“まもる”と言ったあの蒼い髪の少女の背中が脳裏に過ぎるのだ。喧嘩はダメだと、彼女は言っていた。喧嘩しないでねと、お願いされたばかりだった。

 心の中で言い訳する。仕方なかったのだ。見張りのSGを殺さなければ、いつマキナが拉致されるかもわからない。マキナは剣を持たない生身の状態では戦闘能力はないに等しいのだから。守らねばならない……守らねば。


「おいどうした? 何急に黙り込んでんだ? もしもーし?」


「……なんだか変なカンジ。すごくイライラするよ」


「お前、どうかしちまったのか? 少し落ち着けよ。“笑顔が崩れてる”ぜ」


 片手で顔を覆い、ノエルは鋭い眼光でアニムスを射抜いた。しかし少年は驚くそぶりも怯える気配もない。ノエルは直ぐに自制心を取り戻し、普段通りの笑顔を浮かべた。


「ま、いいや。あたしはカラーオブブラック――。黒の座として、ネクストとして、やるべき事をやるだけ。だから今はお姉様を守る……ただそれだけだから――」


 それは矛盾に覆われた決意。気づいていてもアニムスは何も言わなかった。元よりそんな事はどうでもいいのだ。ノエルがどちらに着こうが別段かまわない。自分は自分で役割を果たす――ただそれだけなのだから。


「ジークフリート……アポロ。ねえ、お母さんはどうだったのかな? 何の為に戦ったのかな……」


 格納庫に眠るジークフリートを前に、アポロを頭の上に載せてマキナは静かに問いかけていた。勿論鋼の騎士は何も答えない。答えるはずはない。判っているのだ。答えなど誰かに求める物ではないのだと。だから静かに目を瞑り、そして心の中で母を思う。

 母は確かに居た。傍に居てくれた。悲しかった時優しく頭を撫でてくれた。その優しい記憶が残っている以上、今はまだ信じられる。そしてあの優しかった母がこの機体に乗って戦ったというのならば、そしてまたこれが運命だというのならば。

 アポロの頭を撫で、柔らかい感触を堪能する。一人じゃない。一人なんかじゃない。仲間がいて、守るべき世界がある。かつて友と交わした約束と、いつか叶えるべき理想の為に。約束された運命の戦争が今だというのなら、今は迷わず全てを斬り払おう。


「全てを守れる力が欲しい……。人々の闇を切払う剣になりたいよ……! もう何も、誰も苦しまなくていい世界にする為に……。今は力が欲しい。維持する為に、守る為に、戦う為に……力が必要だから」


「むっきゅ!」


「ジークフリートよ……。貴方が本当に伝説に謳われる大いなる剣ならば、ぼくの魂に答えて。この命も体もすべて貴方に捧げるから……だからぼくに力を貸して」


「むきゅ! むっきゅう!!」


「……うん、そうだね。一緒に行こう。アポロとぼくは、ずうっと一緒だよ。どんな時でも一緒に居る……。君が傍にいるから、大丈夫だね」


 アポロを頭から降ろし、胸と腕の間でぎゅうっと抱きしめる。アポロは苦しそうに耳をぴーんと立てていたが、マキナは優しく微笑みながらその場でくるくると回っていた。


「見ててねニア。きっと君と出来なかった事をぼくはやり遂げて見せるから。この世界の希望まで君の想い出を連れて行くよ……。だからぼくを守って欲しい。傍にいるよね……きっと、ずっと」


「……独り言、多いのね」


 びくりと背中を震わせ、おそるおそる振り返るマキナ。その視線の先、ばつの悪そうな表情を浮かべ腕を組んだアテナの姿があった。蒼と紅はジークフリートの前で対峙する。二人の視線が交錯し、マキナは照れくさそうに笑みを浮かべた。


「いつから聞いてたんですか……?」


「……アポロに話しかけはじめたあたりからね」


「それ最初からじゃないですか……」


「……マキナ、貴方は本当に強くなったわ。本当に……私も驚くくらいの速さで、信じられない高みにまで登りつめていく」


 あらゆる能力で人より劣り、心も弱く、常に泣きそうでおどおどしていた少女がこんなにも強くたくましくそして美しくなるなどと誰が想像しただろう。そっとマキナを見つめながらアテナは思い返していた。マキナの弱弱しかった姿も、成長しようと努力する姿も、力に苦悩し、世界に失望した姿も……すべてを見てきた。だから判るのだ。マキナは本当に強い。心の底からそう思う。

 蒼い髪を指先で撫でながらアテナは悲しげに目を細めた。今その背中にはどれだけの責任が負われているのだろう。女神の再来、騎士の継承者、剣に愛された少女……。本当はただの、普通の、ちょっと惚けていて、優しくて、寂しがりやな女の子だというのに。


「お姉ちゃん……?」


「……貴方を見ていると、どうしてか置いて行かれるような気がしてならないの。貴方もきっと、あの人みたいに私を置いていくんだって」


「そんなことしませんよう」


「そうじゃないのよ。そうじゃなくて……。貴方は強くなっていく。どこまでも強くなっていく。そして皆を守って、守りきれなくなっても守って、だからきっといつか誰かの為に死んでしまう……。それがとても悲しいの」


「…………」


 アテナは視線をそらし、マキナに背を向ける。そして両手の拳を強く握り締めた。


「出来る事なら……っ! 出来る事なら今すぐ貴方を攫ってこの街を出たい! 貴方に戦わせたくない……! 分の悪い戦いなのは目に見えているわっ! 消耗した戦力でファントムと戦い、その後にはセブンスクラウンが待ってる……。勝ち目なんて、ないのに……っ」


「アテナさん……」


「貴方は死なせない! 絶対死なせないからっ!! だからお願い、死なないで……。貴方まで死んでしまったら、私……どうしたらいいのかわからなくなるから……」


 震えるアテナ。その背中を抱きしめ、紅い髪に頬を寄せるマキナ。アポロがアテナの頭の上に乗り、アテナは泣き出しそうな顔でマキナの手に自分の手をそっと重ねた。


「大丈夫ですよ。アテナさんを一人ぼっちなんかにしませんから」


「…………ほんと?」


「絶対に死にません。誰かを残して死ぬのはやっぱり無責任だし、悲しいから……。ぼくは、約束は守ります。貴方を、悲しませない為なら……きっと死にません」


「マキナ……」


 正面から向かい合い。二人は手を重ねあう。そうして暫くの間じっと熱い視線を交わしていたのだが――。背後で咳払いの音が聞こえ、同時に振り返った。


「……盛り上がってる所悪いんだが、そろそろ出撃だ」


「アンセム先生っ!?」


「兄さん!? ちょっ!!」


 二人は同時に手を離し、二人の間に載っていたアポロがべしゃりと床に落下した。慌てふためく二人の様子に冷や汗を流し、アンセムは眼鏡を中指で押し上げる。


「お前ら……随分仲がいいみたいだな」


「いやぁ~、えへへぇ、姉妹なので~」


「べ、別に仲良くなんてないわよ! カラーズ同士だし、今は大変な時だからしょうがなく一緒に居るだけよ!!」


「へぅ……そ、そうだったんですか……ぐすっ」


「ええっ!? ち、違うわ!! え、いやその……ええっ!?」


「お前ら……面白いな……」


「面白くないわよ馬鹿っ!! もう、兄さんのせいでマキナが泣いちゃったじゃない!!」


「いや、主にお前の発言だと思うのだが――」


 泣きそうになってぷるぷるしているマキナに一生懸命言い訳するアテナ。そんな二人を見守り微笑むアンセム。戦が迫っているとは思えないほのぼのとした光景だった。しかしそれがまだ教えてくれるのだ。まだここには安らぎがあるのだと。だからこそ、守らねば成らないのだと――。




Fefnir(1)




「ベガ、急速接近中!! 先行部隊が戦闘に入ります!! 探知した敵ファントムの数……!? お、およそ四百!!」


 アルティールから次々にFAが出撃していく。カナルの上を突き進むヴォータンたちの正面、ファントムがぞくぞくと姿を現した。遠近感がなくなるほど巨大なベガという要塞を背に、強襲艇を囲むようにファントムは進軍してくる。

 やがて正面から突き進む二つの勢力が衝突し、先行部隊の交戦と同時に戦争が始まった。ベガとアルティールを背景に無数のFAが刃を交え、爆ぜ、一つ、また一つと光の海に消えていく。


「ベガ、なおも進軍中!! ダメです、防衛戦力が圧倒的に不足しています!! 防衛ラインを次々にファントムが突破! シティに入り込みます!!」


 カタパルトの上、ジークフリート、ブリュンヒルデ、斑鳩の三機が並んでいた。見下ろす戦場は既に乱戦状態になっており、最早アルティールに安全な場所はひとつとして残されていなかった。


「アテナさん、ノエルちゃんは防衛に! 一機でも多く、シティへの侵入を防いで下さい!!」


「お姉様、まさか単身特攻するつもりですか?」


「それが今の所一番効率的な運用だからね……。大丈夫、ジークフリートは負けないよ。二人にアルティールを任せるね。このままじゃ、先行部隊が全滅しちゃう」


 ジークフリートはカタパルトを作動し、一気に前線へと飛んでいく。それを見送り、アテナとノエルは追いかけようとしたが、カタパルトにまで登ってきたファントムを見て考えを改めた。


「確かにこれは手分けをしないと……!」


「マキナが帰る場所を守るわよ! あの子を追いかけるのはその後!!」


「了解っす!! おりゃりゃあ~~ッ!!」


 上空を飛翔しながらマキナは足元をすり抜けていくファントムを見下ろしていた。後方にはブリュンヒルデと斑鳩がいる。あの部隊は放っておいても問題ない――。今は、既に壊滅状態に陥っている前線を立て直さなければ。

 ファントムに取り囲まれているヴォータンの目の前に着光し、旋回しながら刃を揮って一瞬で三機を撃墜する。そのまま背後でヴォータンの無事を確認しつつ、ERSを限界まで稼動させる。周囲の味方はどこもぼろぼろであり、多数のファントムを搭載した強襲艇を阻止する事が出来ずにいるのだ。

 強襲艇は先端部分が鋭利になっており、シティの外壁を貫き、貫いた先端をパージすることで出入り口を作る能力が備わっている。市民は出来るだけ安全なシェルターに避難させたものの、安全な場所などもうどこにもない。強襲艇を一隻でも多く破壊しなければ、アルティールを守れない――。


「全員体制を立て直して!! 無理はしなくていいから、強襲艇を落とすの!! 落ち着いてやれば大丈夫……! 皆なら出来るよ!!」


 叫びながら剣を揮い、近づいてきたファントムを四機両断する。そのまま一気に駆け抜け、通り抜けようとしていた強襲艇をすれ違い様に一閃、両断する。破壊された強襲艇からは六機のファントムが姿を現し、また前線は不利な状況になってしまう。だがそうでもしなければアルティールは守れないのだ。

 ジークフリートは瞳を輝かせ、腰から提げたスカート状のユニットを展開し、一気に加速する。眼球だけを動かし周囲に存在する強襲艇の位置を覚えこむ。動きをビジョンで捉え、最短ルートで撃墜に向かう。

 戦場を駆け抜ける蒼い軌跡は近づくファントムをすべて薙ぎ払い、強襲艇を次々に撃墜していく。一瞬で七隻の強襲艇を撃墜したところで一度反転し停止する。マキナのジークフリートを援護するように槍を構えたヴォータンが並び、マキナは左右を見やって目を丸くした。


「手を貸すぜ、ザ・スラッシュエッジ!」


「貴方ばかりに負担をかけさせる訳にはいきませんから」


「みんな……ありがとう」


「アルティールから援護射撃が来ます! ブルー、下がってください!」


 ヴォータンに囲まれながらジークフリートが後退する。カナルに面したアルティールの戦闘プレートの上には重火器を装備したヴォータンがずらりと並び、一斉に砲撃を開始する。雨あられのように降り注ぐ砲弾とミサイルの雨は一気にカナルを焼き尽くし、ファントムも強襲艇も炎の中に飲まれていった。


「すごい……」


「アルティールのフェイスをあまり過小評価しないで下さい、マキナ。ここは我々で防衛します」


「あんたは別のところに行ってやってくれ! 新人たちも戦場に出てるし、例の騒動で機体がやられてるやつも多い!」


「……うん、わかった! ここはお願いするね。無理……しないでねっ」


 反転し、アルティールへと向かっていくマキナ。ジークフリートが後退するのを見送り、ヴォータン隊がずらりと並んで槍を構える。


「あんないいやつ、死なせるわけにはいかねえよな……!」


「ええ、当然ね。先輩だもの、少しは働かなくちゃ」


「行くぜっ!! 気合入れろよ……! 突撃ぃいいっ!!」


 ランスを構えたヴォータン隊が炎の中に突っ込んでいく。ファントムも強襲艇も貫く槍衾を援護するようにプレートからは断続的に砲撃が続いていた。

 混乱する戦場の中、マキナは目に付いたファントムはすべて撃墜しながらカナルの上を駆け抜けていく。管制室から送られてくるレーダーとマップを頼りに周囲を索敵し、振り返る。


「――押されてる……? どうしてここだけ……」


『ブルー!! エリアB周辺の部隊が壊滅状態です!! 敵側のエースです!!』


「もう向かってる!」


 アルティール外周を回り込み、Bエリアに向かう。そこでは無数のヴォータンが倒れ、その前に立つ銀色の機体の姿があった。巨大な鎌を揮い、ジークフリートを見つけるや否や踊るようにステップを刻み接近してくる。

 二機はすれ違う瞬間刃を奔らせた。甲高い金属音が鳴り響き、二機のFAが反転する。銀色の機体は肩に鎌を乗せ、単眼を淡く輝かせていた。


「また会ったわね、マキナ・ザ・スラッシュエッジ」


「エミリア・L・ヴァーミリオン……」


「うふふ、声だけでわかるのね。覚えていてくれてありがとう……ついでにここでわたくしに倒されてくれればもっと嬉しいのだけれど」


「ここは通しません。寄らば斬ります」


「残念……。でも、あんまりこの“イシュタル”を甘く見ない方が良くってよ……? 」


 くるりと鎌を回転させ、背中に広げた剣の翼を淡くエーテルの光で輝かせる。ジークフリートはロングソード一本を両手で構え、重量級の武装に対峙する覚悟を決めた。


「冥府の門を開いてあげましょう。貴方が黄泉路を迷わぬように」


「ぼくは死なない……! エミリアッ!! 貴方は此処で斬る!」


「貴方に出来るのかしら? 出来損ないのカラーオブブルーッ!!」


 二機が同時に動き出し、刃を交える。エーテルの火花が散り、燃え上がるカナルの上で二機は何度も刃を交えた。非常に重く、パワフルな大鎌をまるで身体の一部のように素早く振り回すイシュタル。その一撃をソードで払い、マキナは攻撃の隙をうかがっていた。

 大鎌は非常にリーチもある大振りな武器だ。故に切り込むチャンスは十分にあるはず……。しかし、イシュタルは機体そのものが非常にスピーディーな調整を施されており、繰り出される鎌の一撃は重く素早い。

 刃で踊るようにそれを受け流し、マキナは一瞬目を瞑り、瞬きにも等しいその刹那を超えて蒼の力を発動する。イシュタルが揮う鎌の軌跡を予測し、一気に間合いを詰めていく。繰り出される鎌の一撃を転倒するギリギリまで両足を開き、スピンして潜り抜ける。駆け抜ける一瞬、回転しながら脇腹をソードが切りつけた。


「……白兵戦闘では流石に一枚上手ね、ザ・スラッシュエッジ」


「胴体を両断したつもりだったんですが……頑丈ですね、その機体」


「カラーズ機にも劣らないわ。いくら貴方の刃が必殺の威力を持っていたとしても、同じ力を持つ者同士……一撃で早々にケリがつくとは思わないほうがよくってよ」


「なら、一撃とは言わず何度でも……。貴方を斬り捨てるまで刻むのみ――!」


 両手で剣を構え、ジークフリートが突撃する。しかし再びフラッシュビジョンを発動したマキナは咄嗟に反応し、横にブーストし攻撃を回避した。繰り出されたのは鎌ではない――。空を飛翔しているのは、イシュタルの背中についていた剣の翼である。

 イシュタルは鎌を肩に乗せ、剣を射出する。空に舞う剣の群れはエーテルの光を帯び、まるで意思を持っているかのように飛翔する。それらがイシュタルの合図で一斉にジークフリート目掛けて降り注ぎ、マキナは咄嗟に二刀を構えそれらを撃ち落す。


「遠隔操作……!?」


「ご明察――。“ニヌルタ”というのよ。便利でしょう? どんなに鎌が大降りでも――」


 イシュタルは鎌を両手で振り上げ、前進する。それと同時に四方八方からニヌルタが降り注ぎ、ジークフリートの動きを封じていく。

 振り下ろされた鎌の一撃はジークフリートの剣を圧し折ってしまった。吹き飛ばされるジークフリートを追撃するニヌルタに必死に対応するマキナ。ビジョンは連続で使用すればマキナに大きな負担をかける事になる。それにこの状況は――アンセムが言っていたケースに酷似している。

 独立した無数の刃に切り刻まれるジークフリート。そのすべての未来を予測する事は非常に困難なのだ。一度思考を切り替え、マキナはただ心を研ぎ澄ます。ジークフリートと心を重ね、ERSに全てを委ねる。

 降り注ぐ剣の雨を全て薙ぎ払い、ジークフリートは静かに刃をイシュタルへと向けた。イシュタルはカナルを巻き上げ鎌を揮い、背中にニヌルタを再び装着する。


「その機体……本当にカラーズ機と同等の力があるんですね」


「ええ。それにその、“不完全なジークフリート”では……。ふふ、ただのカラーズ機相手だって苦戦するでしょう?」


「不完全な……?」


「それはジークフリートなんかじゃないわ。ジークフリートは本来……いえ、ここで死ぬ貴方には関係のないことね」


「死にませんよ、ぼくは。死ねない理由がありますから」


「まだ理由にとらわれているのね……。ならばこそ、貴方はその理由に支配され、支配の下で命を絶たれる――!」


 再びニヌルタが射出され、イシュタルは鎌を振り上げて猛進する。マキナは両手に剣を二刀構え、それに応じるように前に出た。


「消え去りなさい!! 偽りのスラッシュエッジッ!!」


「そんなの関係ない!! 偽りだとしても――ッ!! それでも、ぼくはぼくだあああああっ!!!!」


 剣が瞬き、空に鳴り響く。二人の視線が交錯し、二つの機体が刃を交える。燃えるカナルの上、避けられない戦いが幕を開けた――。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おなじみのアンケート設置しました。
蒼海のアンケート
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ