Jihad(3)
「……今後の身の振り方を、考えねばならない時が来たようですねえ」
マクイーン学園長がしみじみした様子でそう呟き、職員室には沈黙が広がっていた。フェイスビルから見下ろすシティは無残に破壊され、あちこちでまだ黒煙が立ち上っている。人々が楽園と呼んだその姿は最早どこにもない。幸せと呼べた頃の面影を探そうとしても、ただ空しさが募るだけであった。
戦闘は一度中断となった。それもこれも、化け物染みた力を持つマキナ・ザ・スラッシュエッジの活躍があったからである。彼女は圧倒的武力でシティを制圧し、しかしお互いの話をきちんと聞くからと言って否定派も支持派もフェイスのビルの中へと呼び込む事にした。生徒や教員たちは今も各所で話し合い、オペレーションカラーズに対する意向を決定しようとしている。
どちらにせよ、この世界に大きな転機が訪れようとしているのは確実な事である。例えオペレーションカラーズに参加してもしなくても、もうこの町に人は住めなくなるだろう。人々が楽園と呼び、生徒たちが共に過ごしてきた星の海に浮かぶ塔は役目を終えようとしている。
マクイーンは決して有能だとはいえない男であった。冴えない外見、消極的な性格、生徒以下のFA操縦能力……。文字通り、コネクションと血のつながりだけでセブンスクラウンの傀儡としてこの町にやってきて、そしてここで学園長の座に着いた……。ただそれだけの男である。それは誰もがわかっていた事だし、だからマクイーンに何かを期待するような事はなかった。
しかし今、マクイーンはつくづく思うのだ。自分は最初からこの町の事なんてどうでもいいと考えていた。しかし齢五十を過ぎて何故かまだこの町の事が忘れられなかったのだ。無能故に楽しい思い出ばかりではなかった。それでも何とか必死にやってきた。そこには努力と苦しみがあった。そして生徒たちの笑顔があった。
「私は……どうしたらいいんでしょうかねぇ。クラーク先生……」
マクイーンの背後、アンセムは片手をポケットに入れたまま夕暮れに沈む街を見下ろしていた。茜色の空は時を止めたかのように夜の闇に暮れる事は永久にない。昼夜、天候を制御する天蓋のシステムが先の戦闘で破損してしまったのである。この町に時の流れが戻るのはまだまだ先の事であった。
「オペレーションカラーズに参加すれば……恐らく私は、コロニーのいいところに暮らせるのでしょう。頭ではそれが一番いいと判っているのですが……それでもやっぱり、学園長で居たいんですよねぇ」
「……そうですか」
「先ほどの騒動の時には、一番に机の下に避難した臆病者でも……それでもこの町が好きなんですよ。マキナ君がねぇ、あんなまだ少女なのに、一生懸命頑張ってるの見てたらねえ……。なんだか私、情けなくなっちゃいましてねぇ……」
「実際、先ほどの震えっぷりは中々に滑稽でしたよ」
冗談交じりに笑い、目を瞑るアンセム。マクイーンは背後で手を組んだままずんぐりむっくりの巨体を翻し、職員室を見回した。
「オペレーションカラーズが始まれば、アルティールはゼロカナル崩壊の余波にのまれて消えてしまう……。そして地球の全人類が宇宙に住めるほど、コロニー計画は進んでいない……。この街を、人々を、見捨てろというのでしょうね」
「宇宙に逃げられるのはごく一部の特権階級だけでしょう。金を持たない人間はこのままカナルの藻屑となるしかない」
「そんなのはやっぱり、ダメですよねえ……。生徒たちがかわいそうでかわいそうで……。皆、大事だからけんかするんですよねえ。譲れないから必死になって争って……今もみんなで話し合っている。だからクラーク先生、私は決めましたよ。私はアルティールに残ります。そして生徒たちが下す判断を見届けようと思います」
やはり不安そうに、しかし力強く頷くマクイーン。その様子は決して格好よくはなかった。それでもアンセムは頷き、その肩を叩いた。マクイーンの決意に揺らぎは無い。どんなに頼りなく無能でも、彼は心優しく本当に生徒の事を思う学園長なのだ。仕事は出来ないがその面でだけで言えば十二分に評価に値する男だ。アンセムは長い付き合いでそれを判っている。
「良いんですか? セブンスクラウンに従っていれば、今後も安泰ですよ」
「う……。でもねえ、やっぱりみんな幸せになれないんじゃねえ……。生徒たちがあんなに頑張ってるのに……私だけ安全地帯でぬくぬくしてはいられませんよ」
眼下、そこには壊れたフェイスの門を修理し、負傷者を手当てする生徒たちの姿があった。若さゆえに彼らはこの混乱に耐え切れず押しつぶされそうになった。しかしまた若さゆえに立ち上がり、再びお互いの手を取り合おうとしている。遺恨は消えないだろうし、話し合いの結果によってはまた争う事になるかもしれない。しかし全ての生徒が争う事を望んでいるわけではないのだ。
一生懸命に手当てをする生徒。給仕にいそしむ生徒。壊れた門を修理する生徒……。皆が皆戦っている。傷つけあい、苦しみの中でもがき、あえぎ、それでも希望を忘れないようにと戦っているのだ。銃を手に取り弾丸を向ける事だけが戦いではない。人はどこでも、どんな形でも、何かの為に戦えるのだ。そう教えてくれる子供たちがいるからこそ、マクイーンもまたここに残り、戦う道を選ぶ事が出来る。
「もしもこの世界に運命という仕組みがあるのなら……それに逆らってみるのも、いいかもしれませんしねぇ」
苦笑を浮かべ、頬をぽりぽりと掻くマクイーン。アンセムはにっこりと微笑み、そして夕暮れの中に伸びるいくつかの影を見下ろしていた。
誰もが手を取り合い、失意の中に沈みながらも明日を模索していた。終わってしまうこの世界――そしてまた新しい始まりが待っている。世界の変化を受け入れるのか、それともそれを拒絶するのか……。容易には答えの出せないその問いかけに人々は苦しみ、希望を見失い、路頭に迷う。
今日まで誰もがフェイスという組織に守られ、危険もないと高を括っていたシティの市民。絶望し、道端で膝を抱え、帰る家も無い。暴動と小競り合いはあちこちで収まる事もなく、人々の悲しみはとぐろを巻いて優しさを威嚇する。
それでも誰かが誰かに手を差し伸べ、それを手にした誰かがまた誰かを立たせるのだろう。母なる大地を失い、人は一度終焉を迎えた。その世界が終わっていく景色を見下ろし、人々はその時何を思っただろう? 失意、絶望、孤独……。それでも生きた。生きようとしたではないか。
故郷はなくとも思い出は心に残るだろう。大切な人を失ってしまったとしても、また立ち上がらせてくれる誰かの暖かい手がある。だから人は争い、憎しみあい、そして終わろうとしている世界の中でもまた何かを探して歩き出せるのだ。
夕暮れに沈む穏やかな闇の中、マキナはフェイスの共同墓地で風に強く吹かれ髪をなびかせていた。壊れていなかった愛する人の墓を前に少女は大人びた笑顔を浮かべる。蒼い髪が紅く染め上げれられ、まるで星を切り取ったかのように淡く輝いていた。その少女の背後、彼女を追いかけてきた少年が声をかける。
「こんな所に居たんだね、マキナ」
マキナが振り返り、ラグナの黒いロングコートが棚引いた。二人は暫くの間見つめあい、それからニアの墓の前に立ち尽くす。
「皆が君を探しているよ。今のこの町には君が必要なんだ」
「…………ねえ、ラグナ君。ぼくはこれで良かったのかな……?」
両手を背後で組み、マキナは夕焼けの空を見上げた。友は死んだ。ニアはもう戻らない。それは誤魔化しようの無い事実だ。
彼女は常に苦しんでいた。ノーマルとアナザーの差別……分かり合えない人間と人間。憎しみと悪意が渦巻き、嘲笑う声の中でもがいていた。それはマキナとて同じ事だった。
沢山の人が。沢山の思い出が。マキナの心の中で叫んでいるのだ。“どうか、この世界を救って”――!! この苦しみに満ちた世界を、助けて……。
しかし、その為にはどれだけの犠牲を伴うというのか。どちらも選べず、どっちつかずに迷っている。話し合いなどさせたところで人々は己の主張を曲げられない。願いが純真であればあるほど、それは譲れないのだから。
「ぼくのした事はただの時間稼ぎ……。何の解決にもなっていない。ぼくは……きっと、お母さんみたいにはなれないんだ」
己の手をじっと見つめ、握り締める。沢山の悲しみを乗り越えてきた。苦しんできた。沢山泣いて、沢山笑って、そしてやっとここに辿り着いた。今なら全てにありがとうと言える気がする。振り返り、ラグナへ視線を向けた。そして照れくさそうに柔らかくほにゃっと笑う。
「伝説のザ・スラッシュエッジになれたらよかったのにね……」
「――――君はもう、ザ・スラッシュエッジさ。君は事実戦いを収めた。そして今本当に正しい道を模索しようと努力している……。人はさ、皆苦しいんだ。苦しくて、誰かの所為にしたり投げ出したりしてしまう。でも君は全てを抱きしめてここまで進んできた。君は全てを愛せるんだ。憎しみも、優しさも……。だから君は世界を変える」
そっと、片手をマキナに差し出した。あの日、あの時、こうして確かに手を繋ぎあった。苦しかった時、こうして指を絡めた。しっかりと繋いだ手からはラグナの思いが伝わってくる。言葉に出来なくても――。たとえ今は力でしか示せなくても――。それでもいいのだと教えてくれる。
「人は星を忘れ、そしてこの煉獄に支配されて生きてきた。それでも抗い、努力を続ける人は本当に美しい。人間は興味深い物だよ。救済するに値する。だから君は救わなければならないんだ。義務ではなく。役目でもない。君が君である為に……この星を救わねばならない」
「…………無理だよ。ぼくには世界を救うなんて出来ない」
「出来るさ。その為に僕がいる。僕たちが居る……。君を守るさ。君が伝説で在ろうとするのならば、それを守る語り部は必要だからね」
「……ラグナ君は、相変わらず何言ってるのかよくわかんないね」
「そうかい?」
「うん。でも……ありがとう。ラグナ君のそういうトコ……結構、好きだよ」
照れくさそうに笑うマキナ。ラグナはにっこりと微笑をつくり、その手を離した。ぬくもりが消え、汗ばんだ掌に冷たさが戻ってくる。ここで立ち止まるわけには行かない。ニアのように強くなると決めたのだ。アテナを超える存在になると決めたのだ。そして伝説である母さえも背負うと決めたのならば。
「戻ろう、ラグナ君。今は戦わなきゃ……そうでしょう?」
「ノエルとアテナが物凄い勢いで探してたよ。早く戻らないとね」
「えー……。あの二人カラーズなんだからブラブラしてたら危ないのに……」
「だから僕が来たってわけさ。下に車を停めてあるから」
「うん、ありがと」
二人は坂道を下っていく。風の中振り返り、マキナは大切な人への想いを心の中で再び思い描いた。楽しかった日々。優しさと愛情に満ちていた日々。守らなくてはならないものは山ほどある。だから戦おう。その力の全てを以って。カラーオブブルー……マキナ・ザ・スラッシュエッジとして――。
Jihad(3)
「オペレーションカラーズには従います。でも、それに関して条件があります。“全コロニー、ムーンシティ施設を開放しての地球住民の受け入れ”です」
会議室の中、壇上に立ちマキナは力強くそう宣言した。そう、今最大の問題点となっているのはオペレーションカラーズ遂行時に行われるゼロカナルの崩壊、その余波による地球上のカナルが壊滅することなのである。それによって人々が死んでしまう事を避ける為には、宇宙へと人々を逃がすほか無い。
「この星の運命を変える作戦である事には変わりないし、事実それでこの世界を救えるかもしれない。だからといってその為に大勢の命を犠牲にするのは間違っています。だから我々アルティールは……あう、えと……ぼく個人としては……?」
おずおずと、左右の人差し指を突き合わせながらマキナは周囲を見渡した。気づけばまるで自分がアルティールの代表者であるかのような物言いになってしまっていたので、周囲の顔色をうかがったのである。教員たちはマキナの様子に何故か笑っているし、アテナとノエルはまるで当たり前と言わんばかりに平然としている。そんな中、生徒会のアルが立ち上がり手を上げた。
「すみません、ブルー。一言いいですか?」
「は、はい。アル君どうぞっ」
「既にこの会議に参加している各ギルド代表者と教員、生徒会関係者は貴方がアルティールの代表であるという認識の上でこの席についています。ですのでそこは我々アルティールは、であっています」
「え? そうなの……?」
「逆に訊ねるが、伝説のカラーオブブルーの再来であり騒動を鎮圧した君以外に一体誰がこの会議を公平に動かせるのかな?」
キリュウが補足するように語り、否定派も支持派も全員が同時に頷いた。マキナも気づかぬうちにそういう流れで既に場は固まっており、それを知らないのはマキナだけであった。
「まあ兎に角そんなわけだから、気にせず続けて。はいはい、続ける続ける」
「あ、はい! えと、それで……。我々アルティールは住民、そして全てのプレートシティの人類を宇宙に避難させるまでオペレーションカラーズには参加しないという意向なんですが……それはもう示してあるんですよね?」
「はい。およそ三時間前に既にセブンスクラウンに送信済みです。ついでに他のフェイスの動きもリサーチしておきました。ブルー、失礼します」
「へ? あ、うん……じゃあぼく、はじっこにいるね? 邪魔だし……」
「いえ……ここに居てください。締まらないんで……」
壇上に上がったアルが冷や汗を流しながらマキナのシャツをつまみ、逃げるマキナを拘留する。端末を操作してアルは大型のモニターに画像を映し出した。
「他フェイス二校、“ベガ”、“デネヴ”の動きは非常に対照的です。まずはデネヴから」
デネヴはオペレーションカラーズの発表の後、最も早く意見を提示した。それはオペレーションカラーズに対し、反対的な意見である。デネヴそのものが温厚的で保守性の高い体制であったことがその理由の一つとして上げられるが、結果としてデネヴはセブンスクラウンを否定したのである。
「ほぼ同時刻、ベガに動きあり。ベガではどうやらアルティールと同じように内乱が発生したようで、現在ベガは特定の武装勢力の制圧下にあると思われます」
「とくていの、ぶそうせいりょく?」
「ええ。これは非常に計画的なものであったらしく、オペレーションカラーズ発動と同時にベガのフェイス構成員のおよそ四割が一斉に蜂起。否定派二割、支持派二割はその反乱勢力に殲滅され、反乱勢力を制圧しようとしたカラーオブイエローが単身戦闘を継続していたようですが、現在では行方不明です」
「カーネストさんが……」
「尚、ベガ反乱軍の構成機体は我々がファントムと呼んでいた機体であることが判明しています。よって暫定ですがベガ反乱勢力をファントムと呼称。以後、ベガはファントムに制圧された物と考えてください」
会議室にどよめきが走った。ファントムの存在は一年前からちらほらと姿を見せていた為話には聞いているものの、それがいきなりベガを占拠したと言われても困り物である。一体何がおきているというのか……。判らない事が余りにも多すぎる。
「――ちょっと待って。それって……かなりまずいじゃない」
アテナが腕を組んだまま眉を潜める。そう、まずいどころの話ではない。そもそもこのままではオペレーションカラーズなど遂行出来るはずもないのだ。
オペレーションカラーズがいかなる作戦であったとしても、それはフェイス三校の力があっての事である。セブンスクラウンの抱える傭兵組織こそフェイスなのであって、そのフェイスを失えばセブンスクラウンは大打撃を受ける事になる。それは火を見るよりも明らかだ。
「ベガはオペレーションカラーズに対する回答は出していません。しかしファントム勢力に支配されている以上、予定通りのオペレーションカラーズ発動には程遠いでしょう」
「それじゃあ……オペレーションカラーズはどうなっちゃうんだろう……。ううん、兎に角今は宇宙に人を避難させることだけ考えよう。セブンスクラウンから回答はないの?」
「ええ、まだ。連絡があり次第お伝えしますが……個人的な意見を言わせてもらえば、恐らく全人類を宇宙に上げる事は不可能でしょう」
一年前、建造途中であった二つのコロニーが反ノーマル組織の手によって占拠され、そして結果破壊された事件があった。七星と呼ばれる組織との戦闘である。それによりメグレズとミザール、二つのコロニー計画が完全に凍結してしまったのだ。七つあるはずだったコロニーは五つに減り、揺り篭には最早人は納まらず溢れあける事であろう。
月も同じ事である。ムーンシティに住める人間の数などたかが知れているのだ。どうしようもない現実……それはマキナもわかっている事だった。それでも今はより多くの人を救い、納得出来る道を模索するしかない。
「それでもいいよ。それでも連絡を待とう? 何も話を聞かないわけにはいかないから。せめて気持ちくらいは伝えたいから……。もう皆が喧嘩するところは見たくないから……」
寂しげにマキナが呟くと、否定派も支持派もばつの悪そうな表情を浮かべた。それがおかしくてアテナは笑ってしまった。このとぼけたような少女一人が今や巨大な傭兵組織の一角を統べる存在となっているのだ。まるで冗談か悪い夢の類ではないか。
それでもアテナは確信していた。マキナこそ、この世界を変える存在なのだと。マキナだからこそ人々はその背中についていく……。このあどけなさを残した少女だからこそ信じられる。無垢な剣だからこそそれを穢したくはないのだ。
「えと、みなさん! ぼくは難しい事は良く判らないです。でも、皆が悲しいのだけはダメだと思う! だから、喧嘩しないでください! もし喧嘩したら――その時はぼくが相手をします」
背筋がぞくりとするような声色であった。誰もが苦笑いを浮かべている。目の前のほんわかした少女こそ、紛れもなくカラーオブブルーその人なのである。そうして静まり返る会議室の中、一人の生徒が飛び込んでくることで和やかな空気は一変した。
「会議中失礼しますっ!! あ、えと……ブルー!! 報告があります!!」
「ほえ? なんですか?」
「ベガが……!! ベガが、“動いて”います――――っ!!!!」
リングタワーコロニー……。それは三基建造され、この星の海に聳え立つ塔の名である。それぞれが独立したプレートシティであり、それを一つの塔に括りつけたような存在だ。そしてその中の一つが今、その形を変えようとしていた。
無数に起こる各所の爆発でベガはゆっくりと崩れていく。否――。それは元々リングタワーコロニーに備わっていた機能の一つなのである。カナルの上に落下し、着光する巨大なプレートシティ……。フェイスという巨大な傭兵組織を抱えた箱舟。軍事能力に長けた移動する要塞……。上部を切り離し、同時に居住区である下部は光の海に沈んでいった。
巨大な要塞へと姿を変えたベガから次々に戦闘艦が出撃していく。FAを積載し、行軍する軍団である。その先端にはエリュシオンとは対照的なカラーリングの機体が走っている。巨大な鎌を携えたファントム――。その映像を見つめ、会議室は完全に沈黙していた。マキナは目を真ん丸くしていたし、アテナは額に手を当てて目眩を覚える。そんな中、ノエルだけが楽しそうに笑顔を作りながら映像を指差して言った。
「あはは! 動いてる動いてる!」
「え、えぇええっ!? ベガって……ベガって動くの!? アル君これどういうこと!?」
「いや、ぼくらに訊かれても……!? しかもベガの進行方向的に考えて……ベガはアルティールに向かっています……」
「アルティールに向かってるって……。ここに、来るっていう事……?」
アテナの一言で再び会議室が沈黙する。同時に全員が立ち上がり、戦慄した。フェイスという戦闘能力に特化した巨大な軍隊がアルティールに迫っている――。その事実だけをとりあえず認識した結果である。
「この様子から見て、お話をしに来るってわけじゃなさそうね……」
「戦えって言うんですか……? 同じフェイス同士で……」
拳を握り締め、マキナは悔しそうに唇を噛み締めた。もうこんな事はあってはならない。しかし、彼らはやってはならないことをした。
居住区を切り離し、そこに暮らしていた人々を犠牲にしたのだ。そして今アルティールに向かって武力の手を伸ばしている。彼らファントムと呼ばれる存在が何を望んでいるのかはわからない。だが、やろうとしている事はわかる。
アルティールに向かって行軍している以上、お手柔らかに話し合いで解決しましょうという気は一切見られない。それでもマキナは迷っていた。どうすることが最良なのか――。そんな時である。
「――戦いましょう」
会議に参加していた一人の生徒がそう呟いた。
「敵がここに来るのなら、私たちはこの街を守らねばなりません。ここには私たちの想い出があり、沢山の命があります。それを守る事がフェイスの使命だと考えます」
「……そうだな。俺たちはこうしてどうにかやっていこうって決めたんだ。そこにかかってくるなら、守らなきゃな」
次々に生徒たちが声を上げる。その光景を見つめ、マキナは戸惑いながらもその一体感に喜びを感じていた。そう、戦えるのだ。まだ手を取り合って戦える。仲間同士で戦い疲弊していたとしても。この街を大きな脅威が襲おうとしていたとしても。まだ、誰もが心に光を宿している。生きていくために。ただ、生きていくために――。
「ぼく……。ぼくは……」
「お姉様の口で言って下さいよ! お姉様は、アルティールのリーダーなんですから!」
「そうね。貴方の言葉で聞かせて。貴方の言葉で私たちは戦うわ」
「でも……いいのかな……」
自分の手をじっと見つめる。そこには何も無い。だが繋いできた絆が確かにそこにはあるのだ。この場に居る全員の絆。この街を、この世界を守ろうとする人々の絆……。それを束ねるように握り締め、ゆっくりと。そっと慈しむようにマキナはそれを掲げる。
「いいの……? ぼくの言葉で……君たちを殺すかもしれない……。それでもいいのかな……」
「かまいませんよ、ブルー」
「ああ。君がリーダーだー。聞かせてくれよ、君の想いを」
アルとキリュウが頷く。生徒たちが頷く。教師たちが頷く。マキナはそれに続き、静かに力強く頷いた。高々と掲げた握りしめた拳を解き――。その滑らかな白い指先を振り下ろし、少女は意思を固めた。迷う事は最早許されない。そう生きていくと決めたのならば。
「アルティールのフェイスに告げます! 我々はこれよりファントムの襲撃に備え、戦闘配備につきます!! 迎撃目標はベガ!! 皆の命を……ぼくに下さい」
「「「 はっ!! 」」」
全員が同時に敬礼する。その眼差しの中心部、マキナは微笑を浮かべた。そして静かに息を吸い、声を上げる。
「総員戦闘配置っ!! 市街地防衛戦闘、用意――ッ!!!!」
まだ、戦える――。そう思えるのは仲間がいるから。まだ立ち上がって歩いていける……そう思えるのは、支えてくれる人がいるから。
二つのフェイスが交わろうとしていた。世界が終わるこの空の下、光の海にすべての想いが溶けていく。合間見えるまで時間は無い。死力を尽くした文字通りの死闘――。それは音を立て、直ぐそこまで歩み寄っていた……。