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闇色スクールデイズ(3)


「マキナ、頑張って!」


「はあはあ……。が、がんばるぅぅぅうううっ!」


 今日も一日、物凄い自主トレーニングの嵐でした。朝の走りこみから始まり、昼休みにはシミュレータの勉強。授業が終わって午後にはまたトレーニング。夜までシミュレータで訓練して、帰りは学園の周りを何週か走ってからは帰ります。

 一日中着ているジャージが最早身体の一部のように感じられるようになってきました。ニアはわたしの前を走りながら応援してくれます。ニアに追いつこうと一生懸命走り続けるのですが、未だに追いつけた事はありません。

 そう、ニアはとっても足が速いです。軽くジャンプするだけでわたしの三倍くらい跳躍します。ニアはもはやネコさんみたいなものなのです。頭の上にアポロを乗せたまま必死に歯を食いしばり走り続けます。

 わたしは足も遅いし運動神経もないにぶちんさんです。すぐ転ぶし転がるし、ジル先生の言う通りボール野郎なのです。でも、走り続けます。諦めない事にしました。だって諦めるより、諦めないで頑張るほうがずっと楽しいのです。

 ニアが一生懸命応援してくれます。どんな訓練にもニアは嫌な顔一つせず付き合ってくれました。一緒に眠い朝走ったり、一緒にお昼を食べながら勉強したり……。こうして夜の道を走るのだって、決して辛くはありません。

 ううん、確かに辛いです。でも、辛いだけじゃなくて。ニアが一緒だから頑張れる。ニアが一緒だから無意味なんかじゃない。ニアの頑張りに、ニアの気持ちに応えたい。

 誰かのせいだとか、しょうがなくとか、そういう理由で取り組めば全てはその意味を失ってしまうのです。でも、自分で望み、挑み、願い、叶えようとしたならば、その目的はきらきらと輝き出しました。

 ニアとこうして走っていると、汗だくで手足が痺れてもうだめだって思うくらいぐったりしています。でも、それでも最高に気持ちいいのです。ニアが汗だくで笑いかけてくれます。わたしはそれだけで大満足です。

 寮の前まで辿り着き、項垂れて肩で息をするわたしに対しニアはまだ全然元気が有り余ってますという感じでした。汗がぽたぽた零れ落ちる中顔を上げると、ニアがスポーツドリンクを差し出してくれます。一気にそれを煽り、夜空を見上げました。

 完全に管理された天気の空。絶対に外れる事のない天気予報……。作り物の世界。辛い事ばかりの世界。お母さんの居ない世界。でも、わたしはその中で頑張っていこうと思います。


「マキナ、今日も一日よく頑張ったね! だいぶ足も速くなってきたんじゃないかな?」


「ほ、ほんと……?」


「…………や、どうかな? 結構テキトーなこと言ったかも」


「ちょっとー!? なんでそういうこというのかなあっ!?」


「あはー。でも、前よりずっといい顔してるよ。かっこいいぞ、マキナ」


「そ、そうかな……? えへへ、ありがと」


 スポーツドリンクをカラッポにして顔を上げます。しばらくぼんやりしているとニアはわたしの手を取って歩き出しました。一緒に寮の部屋に戻り、一緒にただいまとおかえりを言って、それから一緒にお風呂に――。


「エ?」


「いや、一緒に入ろうかと思って」


「いやいや、何が? ごめん、全然意味わかんないんだけど……」


 一緒に脱衣所に入ってくるニアを押し返そうとしますが、ニアは笑いながら強引に入ってきます。二人とも半脱ぎの状態で狭い脱衣所の中で汗だくで押し合っているとなんか妙な絵になっている気がしてなりません……。


「友達なんだから一緒に入るのは当たり前だよ!!」


「友達だからってプライバシーは大事だと思う……」


「でも、ボク家族と毎日一緒にお風呂に入ってたし!!」


「家族と……え〜〜ッ!? 弟さんとも?」


「そだよ」


「えええええええええええええええっ!? へ、変だよそれはっ!! それはおかしいよニアッ!!」


 そもそも人前で裸になるとか本気で在り得ないです。人前に姿をさらす事さえそもそも在り得ないくらいです。常に日陰を歩きたいのです。なのになにが嬉しくて一緒にお風呂に入らねばならないのでしょう。

 地下にあった大浴場とか本気で意味が判らないです。広いお風呂は確かに楽しいけど、だからなんだっていうんでしょう。広いけど広い分人が一杯いるんですよ? だったら部屋のお風呂に入るのと大差ありませんむしろそのほうが健康的です。

 わたしが一生懸命拒んでいるのにニアは既にジャージを脱ぎ下着の状態になっていました。自分でも顔が青ざめているのを感じます。同時に紅くなっているような……。いやいや、何を考えているのか。


「なんで脱ぐんですかあああああっ!?」


「や、だって狭いし暑いし……」


「とか言いながらナチュラルに脱がさないで……! いやああああっ!?」


「女の子同士なんだからいいじゃんかよう」


「良くない良くない!! 駄目駄目駄目駄目!!」


「嫌よ嫌よも好きのうちって知ってるかにゃ?」


 そんなんしらぁあぁぁあああああああんっ!!

 とかそんなこんなで一緒にお風呂に入っているわたしが居ました。物凄く恥ずかしいのですが、ニアは全然平気な感じでした。狭いお風呂の中、アポロを間に挟んで向かい合っています。何これ……。


「いやー、狭いね!」


「当然だよ……。このお風呂は一人で使うことを前提にしているんです。二人で入ったら狭くなるのは火を見るよりも明らかです」


「なんかマキナ、いつもより口調が流暢だね……」


「別に……」


「そーんな照れるなって! お風呂は命の洗濯よ!」


「嫌な事ばかり思い出すよう……」


 そうして二人でしばらく静かにお風呂に浸かっていました。小さな窓の向こう、夜の街へ湯気が昇っていきます。


「マキナってさあ、美少女だよね」


「ごふっ!?」


「うーわびっくりしたあ!? なんでお湯噴いたの!?」


 それは、恥ずかしいので顔まで湯船に使っていたらニアが変な事を言い出すからです。


「マキナは可愛いよねぇ〜。ちっちゃくて、ぷにぷにしてて」


「それは遠まわしに太ってるっていってるのかな――」


「違う違う! 確かにおっぱいは大きいけど」


「着眼点がまるっきしおじさんだよ、ニア……」


 でも、わたしに言わせればニアのほうがずっと大人でかっこよくて……。ニアみたいになれたらきっと毎日が幸せに過ごせるんだろうな、と思います。

 どうしても根暗な性格は直せないし、人見知りはいつまで経ってもよくなる気配がありません。わたしはこのままずっと、うじうじしたマキナのままなんでしょうか。

 出来れば変わりたい。でも、直ぐに変わる事は出来ないから。だから今はそれでいい。ニアと一緒なら、変わっていけると思うから。

 じっとニアを見詰めていると、ニアが耳をぴこぴこさせながら目を瞑り、頬を緩めながら呟きました。


「……やっぱ、すぐ入ると熱いにゃす」


「もっきゅう」


 湯船に浮かんだアポロが何故か少しだけ勝ち誇ったような表情を浮かべていました。いや、アポロの表情なんて、わたしにはわからないんですけどね――。

 マキナ・レンブラント、自主トレ後の日記より――――。




闇色スクールデイズ(3)




「それではこれよりシミュレータによるFA仮想操縦訓練を行う!」


 シミュレーションルームの中にジルの張りのある声が響き渡った。生徒達の中に紛れて並ぶマキナとニアは通常の制服でもジャージでもない、特殊なパイロットスーツに身を包んでいた。

 首周りと手足の部分に特殊な装甲を装着したパイロットスーツは全身に密着するような構造をしており、体格がくっきりと外部からも見て取れる。故に初めてそれを着用した生徒達には照れくささのようなものが見え、勿論マキナもその例外ではなかった。

 胸元を腕で隠しながら蒼いパイロットスーツを下から上まで眺め、顔を赤らめる。ジルはそんな生徒達を見渡し、眉を潜めて一喝。


「子供が何を照れている! いいか!? 一端の傭兵になりたいのならば一般的な観念は捨て去れ! 戦場では冷静さを失った人間から順番に死神の餌食だ! 別に誰もお前らの裸なんぞ興味はない! 我々が欲するのは戦闘の結果のみだ!! 判ったらシャキっとしろ、シャキっと!!」


「「「 は、はいっ!! 」」」


 こうして生徒たちは各々シミュレータの中に入り込んで行く。既に何度も起動の為の訓練は行ってきた。基本的なシミュレータ装置の操縦は既に可能なはずである。二週間を費やした起動訓練、その成果を発揮しなければならない。

 ニアがフロントシートに立ち、メインパイロットを担う。マキナは後方、サブパイロットを請け負った。メインパイロットのニアがシミュレータ装置の中にぶら下がる特殊な操縦桿、“拡大感覚認識機能エンゲージリングシステム”に接続する。

 エンゲージリングシステム、通称ERSとは、FAを操るために必要な装置と機能の総称である。メインパイロットはFAの模造神経、模造筋肉にリンクした特殊な操縦桿を通じ、広めに取られたコックピットスペースの中で手足を動かしてFAを操縦する。

 その際に使用する操縦桿は手袋のような形状をしており、五本の指をそこに通す事で機体との接続を行う。故に両手足はERSの補佐をする為の装置が取り付けられ大型であり、肌に密着したスーツにより手足は素足、既に近い状態となる。

 ニアは壁に寄りかかるようなシートに腰掛け、両手足をERS操縦桿に接続する。首周りの演算装置が発動し、淡く光のラインを放つ。ニアが瞳を開き、シミュレータ装置が起動する。


「ERS接続完了……!」


「え……っと、AI起動! フォゾンドライヴ安定値……。各火器管制正常、コントロールはメインパイロットに……」


「了解! ニア・テッペルス&マキナ・レンブラント機起動! カナード五番機、仮想領域に展開! システムオールグリーン!!」


 次の瞬間、コックピットの中を覆っていた小さなモニターが一気に広がり、三百六十度全てを見渡す事が出来るようになった。二人はコックピットの中、まるで宙に浮かんでいるかのような不思議な感覚に対面していた。


『各自仮想領域にカナードを展開後、持ち場で待機だ! 五分で済ませろよ!! 二番機何をしている、起動遅いぞ! 八番機はエンゲージリングの接続に問題がある、やり直せ!』


 声が聞こえてくる中、マキナは深々と息をついていた。見開いた瞳の先、眩く広がる仮想領域の姿がある。頭上を見上げればそこには星空が広がり、人の気配のない仮想空間の都市は廃墟を思わせる。とても静かで、何もかもがどこまでも広がっていた。

 仮想空間でもわかる。ニアとマキナは今、確かにFAの中に存在していた。灰色の装甲を持つ軽量機、カナード――。軽量かつ安価で修理の容易なパーツを使い、脚部は二足歩行ツインスタンドではなく浮遊走行ホバリングタイプを採用している。その理由は、後々判明するのだが――。


「すごい……。街がこんなに小さく見える」


 マキナが感嘆の声を上げる。全長18メートルのカナードのコックピットからの視点はいつもより何倍も高い場所に存在する。高層ビルに移りこんだカナードの側面を見詰めるマキナの正面、ニアは空を見上げていた。


「マキナ……」


「な、なに?」


「マキナにも見せてあげたいよ……。空があんなに近い……。これが……エンゲージリングシステム……」


 空に片手を伸ばすニア。それに呼応するように、カナードも空を見上げて手を伸ばす。指先の感覚一つまでもが接続され、カナードは今やニアと一心同体である。ニアの瞳に映る景色はマキナのそれとは異なり、正にカナードの視線そのもの――。カナードの四つの瞳が空を望み、ニアは感動で息を呑んだ。

 バックシートに座るサブパイロットはあくまで操縦サポートに過ぎない。つまり、ERSには接続していないのだ。故にマキナにはニアの見ている景色がわからなかった。ニアが両手を広げて口元に笑顔を浮かべるのを背後から見詰め、マキナは苦笑を浮かべていた。まるで子供のようなニアの姿。しかし今は、あの鬼教官ジル・バーツの訓練中なのである。


『全機仮想領域に展開完了したな。五分で済ませろと言ったはずだ! 次から遅れたやつは懲罰とする! それと――五番機。ボール小娘のチームか』


「は、はいっ!?」


『……速かったな、レンブラント。展開速度は四十人中六番目だ。良くやったな』


「えっ?」


 突然褒め言葉が飛んで来たのでマキナは思わず目をぱちくりさせ、何も言う事が出来なかった。しかしジルは何事もなかったかのように指示を続ける。

 マキナが驚きながら照れていると、ニアが振り返って白い歯を見せて笑った。マキナは前を向き、世界を見据える。その瞳は強い意志に満ち溢れて居た。


『それではこれよりFAによる移動訓練を行う。訓練生用のカナードは二本足や多脚と違って移動は非常に単純だ。その分小回りは利かないから障害物への衝突に気をつけろ。全機前進! 目標座標を設定し、ポイントまで移動開始!』


 全てのカナードが一斉に瞳に光を宿す。マキナが慌てて端末を操作し、目標地点までの距離を算出し、ルートを計算する。マップから最短かつ危険の少ないルートを選択し、ニアに送るのがマキナの仕事である。

 慌てて指が震え、緊張で上手くルートが設定できない。しかし今日まで何度も練習に練習を重ねてきたのだ。今出来なければニアの応援を全て無駄にすることになってしまう。それだけはやってはならない。

 マキナは歯を食いしばり、一瞬目をきつく瞑った。見開いた瞳で呼吸も忘れ一息で端末を操作する。負けられない。諦めるわけにはいかない。


「目標地点1200、最短ルート表示完了……! フォゾンドライヴ20%開放! カナードの推進制御システム、そっちに渡すね!」


「I have control――! カナード五番機、発進っ!!」


 カナードの脚部、ホバリングユニットが光を放つ。背中のメインブースターからゆっくりと炎を放ちながらカナードが前進を開始する。

 ニアは両手足でバランスを取り、カナードが倒れてしまわないように姿勢制御を行う。マキナは背後でキーボードを叩きまくりそれをサポートした。ただ前に進み、ゆっくりと移動しているだけ。それだけでもニアとマキナにとっては大きな感動の伴うものだった。


「動いた……!?」


「すごい……! これがFA――!!」


「ニア、もう少し加速しても大丈夫だよ!」


「オッケー! 少し飛ばすよ!!」


 メインブースターが光を放ち、一気に加速する。時速50km程度でのろのろと進んでいた機体が一気に倍の速度まで加速し、障害物を次々にかわしながら市街地を突き進んで行く。

 普段は歩いている街が矢のように過ぎ去っていく。凄まじいスピードとGの中、しかし二人は楽しげに笑っていた。目をきらきら輝かせながら、今は兎に角前へ――。

 周囲の生徒たちのカナードをぐんぐん追い越して行く。五番機に追い越されたカナードたちはバランスを崩し、次々にスピンしたり転等したりしてビルがドミノ倒しになって行く。二人は一番最初に目標地点まで辿り着き、一回転しながらブレーキをかけて停止した。それはとても楽しかったのだが、背後では転等しまくった仲間のカナードが大変な事になっていた。


『おい五番機!! 何を遊んでいる!?』


「あ……」


「す、すいませんにゃ」


『速ければ何でもいいと思ったら大間違いだ!! こんな状態で授業をどうするつもりだ!? 立ち上がるのにさえ時間がかかるんだぞ、馬鹿どもが!!』


 怒られたニアとマキナはしょんぼりと肩を落とした。しかしそれから周囲を見渡し、直ぐに小さく溜息を漏らした。

 それは初めてFAに乗った快感だった。自分たちがどれだけちっぽけな存在だったのか、その圧倒的な力を前に実感せずにはいられない。大きく拡大された感覚は風を切る感触や街のにおいさえニアに伝えるだろう。そしてその全ては二人の今日までの努力の成果でもあるのだ。

 失敗しても努力し、そしてその成果を出すということ。そのシンプルだがとても充実したサイクルの中、マキナは空を見上げていた。アンセムは言った。“本気になった事があるのか”と。


「……わたしにもきっと、がんばれる事はあるよね……?」


『五番機! 他のカナードの救援に向かえ! この惨状では授業が進まん!! そしてお前らは減点懲罰だ、馬鹿者がっ!!』


「「 ごめんなさーい! 」」


 二人は同時に謝り、そして反転して動き出した。カナードは新しい世界へ二人を連れて行く。遠く速く、巨大な世界へ――。




 アルティールから遠く離れた大空、そこに浮かぶ巨大な都市があった。

 都市が浮かぶ空には虹色に輝く光の帯が流れている。それは地球上に幾重にも折り重なり、高度、方向、色を変えて様々な形を成している。

 “エーテルカナル”と呼ばれるその巨大な光の河は今、虹色に輝く日々色を変える地球の理由となっている。世界中に張り巡らされたそのエーテルの河はありとあらゆる場所に立体的に展開され、人々はその光の運河を利用して地球での新たな生活を営んできた。

 エーテルカナルにはそれぞれ流れがあり、それは一定であり決して変化する事はない。その流れを使い、エーテル動力炉をまわして街のエネルギーを賄い、時には物の運搬路としても使用される。地上まで一体どれだけのカナルが折り重なっているのかは誰にもわからない。しかし帯状の巨大な運河に覆われ、地球は今いくつもの積層によって成されているのは確かな事実である。

 FAが主要戦力足りえる理由――。それは、巨大な街がそれぞれ河の上に浮いている事にも由来する。エーテルには様々な性質があり、そのカナルと同じ性質のエーテルを常時回収、放出する事で浮力を得る事が出来るのである。海上都市と呼ばれる現在最も典型的かつ一般的なタイプとなった地球上の居住空間は大きな皿を河に浮かべたような外見をしており、理屈は文字通り、河に皿が浮かんでいるのと何も変わらない。

 河の流れは一定であり、都市はそれぞれ河を常に流れ続けている。一定周期で各地を巡り、人々は巨大な運河を流される生活を余儀なくされているのである。FAはその巨大な光の河、エーテルカナルの上を浮力を持って活動する事が出来る兵器なのである。

 全ての装甲にエーテルコーティングを施されたFAは、仮に転倒したとしてもゆっくりと河に沈むだけである。全体のフォルムと比べ、比較的巨大に作られた手足はカナルの上を滑り、バランスを取るためにそのような形へと進化してきた。

 FAには様々な脚部形式が存在する。河の上をフォゾンスラスターで滑るように移動するFAたちは大したエネルギーに消費も無く、流れに沿えば容易に音速を突破する。光の河の上を滑るその機体はカナルのエーテルを弾き、装甲を淡く発光させ美しく運河を舞うのである。

 運河の上を突き進むフェイスのエンブレムが施された戦艦もまた同じく運河を移動する為に作られた物である。船は移動手段としてだけではなく、FAの運搬手段としても広く利用されている。

 光の海はエネルギーの塊であり、沈めば融解し生物は生きては帰れない。河に落ちて沈む事は即ち死を意味している――。フェイスの強襲艇が一斉に左右のカタパルトデッキを開放する。猛スピードで直進するその先、カナルの上を流れるプレートシティがあった。

 強襲艇から次々にヴォータンたちが放たれ、着水し滑るようにして前進して行く。その隊列の最後に強襲艇から姿を現した真紅の機体、ブリュンヒルデが背後に大型のブースターユニットを装備し、運河を見据える。破壊目標となっているプレートシティからも次々に防衛戦力が出撃し、既に早くも先遣隊は交戦状態にあった。


『作戦目標は三十七番プレートシティ、独立自治区“ボルカ”です。ブリュンヒルデはヴォータン部隊に続き出撃。シティのメインエンジンを停止させた後、フロウディングユニットを破壊。目標都市を沈没させてください』


 聞こえてくる声の中、アテナは紅いパイロットスーツを身に纏いエンゲージリングシステムを起動する。正面では既に戦闘エリアが目前に迫り、ミサイルと遠距離砲の弾丸が近くに着水する。


『本艦はブリュンヒルデ射出後後退、作戦エリアより離脱を図ります』


「了解。アテナ・ニルギース、これよりブリュンヒルデで目標に強襲する……。ヴァリアブルブースター展開。カタパルトユニット固定完了。ERS展開……!!」


『カラーオブレッド、幸運を』


「I have control――ッ!!」


 ブリュンヒルデの瞳が輝き、電撃を迸らせるカタパルトから矢のように射出される。猛スピードでエーテルの河から水飛沫を巻き上げながら空中で翼を広げ、着水、両手両足を大地に着いた屈んだ前傾姿勢のままブースターから炎を巻き上げ、一気に音速まで加速する。

 ソニックブームが周囲の水を吹き飛ばし、波立たせる。水上を疾走する真紅の機体目掛け無数のミサイルが射出される中、アテナはブースターユニットを切り離す。切り離された翼に誘導されていくミサイルの爆炎を突きぬけ、二丁の拳銃を連射しながら一気に都市へ近づいていく。

 視界に入った安物のFAなど一瞬で屠ってしまう。その狙いは正確かつ恐ろしく速い。嵐のように水上を駆け抜け滑っていくその姿は非常に美しく、華麗ささえ感じてしまう。

 一瞬で防衛網を突破したブリュンヒルデは浮かんだ船の傍らをピッタリと移動しながら背部にマウントしていた大型のガトリング砲を掃射する。誰も追いつけない中、一人で都市の駆動部分を破壊しあっという間に停止させてしまった。


『くそ、早過ぎる!? なんだあの機体は……!!』


『紅い機体……! くそ、フェイスのカラーズか!?』


「だったらどうする――? 判った所でお前たちに出来ることなど何も無い」


 振り返り、追跡してきていた機体たち目掛けてガトリングを掃射する。ガトリングを遠距離から片腕で放ちながら右手に拳銃を構え、都市のフロウディングユニット目掛けて攻撃を続ける。次の瞬間プレートシティの地下部分が破壊され、電撃を帯び始めた。

 慌てて近づいてきた機体は安物のジャンクFAをなんとか組み合わせて動かしているような中途半端な代物だった。一応ご立派に都市のシンボルマークを肩にマスキングしているものの、アテナは冷めた視線でそれを見ていた。一気に加速し、追跡してきた先頭の機体のコックピットにガトリングの方針を叩き込む。一撃で機能停止したその機体の影から飛び出し、頭上から敵機を飛び越しながら二丁拳銃で銃弾を降り注がせる。それで四機が転倒し、五機目の両肩の上に落下したブリュンヒルデは拳銃を放り捨て、五機目の頭部を両手で掴んで引き抜いた。そうして再び跳躍し、カナルの上に着水する。背後で壊れかけた機体を二つ、腕を掴んで引き摺っていく。そうしてフロウディングユニット目掛けて投げ飛ばし、腰部に内蔵されたグレネードランチャーを発射して有爆させ、大爆発を巻き起こした。

 フォゾンドライブを有したFAは大破する事で大きな爆発を巻き起こす。二機のFAが爆発する衝撃を至近距離で受けたフロウディングユニットが大破し、プレートシティが沈んで行くのを確認してからアテナは反転。一気に戦域を離脱した。

 背後で河の中に街が沈んで行く。その街に住む数千人の人々はエーテルの流れに飲まれ、身体をエネルギーに焼かれて朽ち果てて行く。だがそれはこの地球の上では珍しくもなんともないのだ。誰もが生活区を奪い合い、運河の流れを支配するために争っている。背後から聞こえる悲鳴など、アテナには何の関係もない。


「アテナ・ニルギース、目標を破壊した。これより帰還する」


『おつかれさまでした、カラーオブレッド。迅速な任務完了、お見事です』


 賞賛の言葉もアテナには届いていなかった。こんな任務、正規部隊ならば数機でなんとかなったはずである。最近自身の身に降されるくだらない命令の方が余程堪える物がある。まるで時間の無駄としか思えない。

 アテナは周囲を移動するヴォータンの隊列の中、静かに河を逆流した。遠巻きに見える頭上、いくつか上の段の川ではまたどこかの誰かが戦争をしている。この世界に平和は訪れない。だからこそ、フェイスが存在するのだ。


「母なる大地、か」


 まるで侮蔑するようにそう呟きアテナは帰路を急いだ。背後、既に沈んでしまったプレートシティは激しいエーテルの渦の中燃え上がり、火花を散らしながら美しくその姿を消し去っていった――。

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