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Phantom(1)

「――宇宙うさぎ――いや、こいつの寿命が何年か、お前も知っているだろう」


 アンセムはタッパーから餅を取り出し、神妙な面持ちでゆっくりと口を開いた。脳裏を過ぎる事の真相にマキナは冷や汗を流す。

 そう、宇宙うさぎの寿命は三十年――。マキナはその事実を認識している。誰に聞かされたか? それは勿論、アポロの前の持ち主である母マリアからである。そしてアポロはマキナよりもずっと長い時を生きてきた。つまり――そういうことなのではないか。

 ようやく辿りついたアンセムの部屋の中、マキナは両膝から崩れ落ち、餅を抱いていた。正確には餅ではなく――餅のようになってしまったアポロを、である。うさぎはつい昨日までは元気が良かったというのに、打って変わってぐったりとしてしまっていた。


「寿命……? 寿命、なんですか……?」


「そうだ。アポロは三十年の寿命を迎えようとしている。肉体は原型を失い、エーテルに分解されるだろう」


「そんなっ!!」


 叫びながら立ち上がる。マキナの額に巻かれた包帯がはらりと揺れ、少女の蒼い瞳がアンセムを射抜いていた。男は動じる事も無く冷静にマキナを見つめ返している。二人の間に言葉はない。だが幾度にも繰り返されるやり取りがあった。アンセムはただ否定の意思だけを示していた。マキナはアポロをタッパーに押し戻し、踵を返す。


「マキナ? どこに行くの?」


「ジークフリートの所に行きます」


 その言葉を聞いて一番驚いていたのはアンセムであった。まるで予想外の答えを聞いたかのような表情である。腕を組んだまま目を丸くし、しかしすぐに表情をニュートラルに戻した。


「ジークフリートに連れて行ってどうするつもりだ」


「アポロはジークフリートの一部なんですよね……? だったらジークフリートにならアポロを助ける方法があるかもしれません」


「無かったらどうする」


「――何が何でも助けます。もう仲間が――大切な物が亡くなってしまうのはウンザリです!」


「あ――! マキナッ!! もう、兄さん!?」


 詰め寄ってくるアテナも眼中に無かった。アンセムは何かをずっと考え込んでいたのである。いやに冷静であった。アポロが居なくなれば困るのはマキナだけではない。あれがニーベルングシステムそのものである以上、アポロが居なくなればジークフリートは動かなくなってしまう。それで最も損失を被るのはマキナではなくフェイス全体なのである。

 まるで無反応なアンセムの足をアテナはハイヒールのブーツで思い切り踏みつけた。声にならない声を上げて飛び跳ねるアンセムのネクタイを引っ張り、アテナは鋭い眼光でアンセムに迫っていた。


「兄さん、責任を取ってください!!」


「せ、責任……?」


「あの子を追いかけるのよッ!! あんなこと言って……馬鹿なんじゃないの、このインテリメガネ!!」


 今まで聞いた事もなかったアテナの暴言に唖然とするアンセム。おろおろしたようすでアテナに従い歩き出す。紅い髪を揺らし、少女は眼下を見下ろした。するとマキナは――ふらふらした足取りで一生懸命に道を走っていた。すっかり忘れていたが、今のマキナは体調不良に加えて病み上がりなのである。素早く動けるはずも無い。


「兄さん!!」


「……判った」


 男は眼鏡を外してそれをコートの内ポケットに捻じ込むと同時にアテナを抱きかかえ、高層ビルから跳躍を果たした。突然の出来事に唖然とするアテナを抱え、アンセムは見る見る大地目掛けて落下していく。落下地点には一台の車が駐車していた。その上に深く減り込み、アンセムは着地を果たす。車から飛び降りるとアテナを降ろし、何事も無かったかのように上着の埃を叩いた。


「に、兄さん……?」


「急ぐぞ。実は、今少し厄介な状況に陥っている」


「え? 厄介……?」


「杞憂で済めば、それで良いんだがな。ところでアテナ、若い娘が無断外泊というのは感心しないぞ」


「そんなことどーでもいいでしょっ!!!!」


 子供のように喚き散らし、走り出すアテナ。それにおいていかれないようにとアンセムは仕方が無く人気の多い大通りを走り始めた。




「――――く……っ! 何が……何が起きた……?」


 意識を失っていたのは恐らくほんの数十秒程度の事だったのだろう。しかしそのたった数十秒の間で世界は激変してしまっていた。燃え盛る炎、崩れたコンテナ類、倒れたFA――。フェイスのFAハンガーは緊急事態という言葉では表現出来ない程の窮地に追い込まれていた。

 倒れていたジルがゆっくりと体を起こそうとするが、全身に激しい痛みが走りそれを中断する。激痛――。口をパクパクと開け閉めし、炎の熱に呻きながら女は呼吸を正した。冷静に状況を見極める事、それがもっとも重要な事なのである。

 まず、外傷はそう酷くない。後頭部を打ったせいで血が滴っているが、これも致命傷には程遠い。全身打撲――ともすれば骨折の可能性もあるだろう。直ぐ傍で燃える炎から逃れるためにはいつくばって移動する。周囲を見渡せば、炎の中に倒れている人影がちらほらと確認出来た。

 つい先ほどまでジルはここで新型の量産機が搬入されるのを眺めていたはずだった。しかし突然意識が吹っ飛び――気づけば床にキスするはめになっていた。冷静に思い返す。爆発が起きたのだ。確か搬入されたコンテナの内、いくつかが同時に爆破され――。


「とにかく救助を呼ぶしかないか……って、こ、壊れてる……」


 つい先ほどまでアンセムと通話していた通信端末は炎上していた。流石に火中のクリならぬ端末を拾う気にはならない。ハンガーの壁に備え付けられている端末から通信を試みるために立ち上がり、軋む体を引きずって何とか辿りつく。どうやら特に骨折などはないらしかった。遠巻きに作業を眺めていただけだったから良いが――恐らく作業に当たっていた人員はあの爆発で――。

 生徒たちが殺された事を考えると腸が煮えくり返りそうだった。犯人をとっつかまえてFAの武装で吹っ飛ばしてやらないと気がすまないくらいであったが、そこは教師――。今はこの緊急事態を学園に伝える事を優先すべきだと判断する。端末にたどり着きパネルを操作したジル――その表情が歪に崩れた。


「通信が……遮断されている、だと……?」


 それは絶対にありえない事であった。何故ならばここと学園は無線ネットワークで繋がっているのではないからだ。通信が遮断されているという事はここから上の階層である学園に通じる通信回線が物理的に遮断されているか、或いは学園側が通信にロックをかけている事になる。しかしそんなことはありえないのだ。格納庫が爆発した程度では物理的に通信を遮断する事も出来ない。FAの装甲よりも熱い壁に覆われているのだから。

 一体何が起きているのか。全く予想出来なかった事態にジルは困惑の色を隠せない。いや――判っている。この状況はつまり――。爆発したコンテナ。繋がらない通信。嫌気が差してくる。端末から手を離し、ジルは溜息を漏らした。


「つまり……これは――。計画的なテロって事か――!」


 ジルの振り返った視線の先、爆発しなかったコンテナが音を立ててゆっくりと動き出した。そこからは新型の量産機が姿を現すはずだった。いや、そもそも動くはずが無い。ライダーはいないはずなのだから。しかし機体は動き出し、そしてそれは搬入が予定されていたヘイムダルとケルベロスではなかった。


「銀色の――ファントム、だと……!?」


 姿を現したのは黒いカラーリングをベースに、金色の部分を銀色に塗り替えられたファントムたちの姿であった。ぞろぞろと姿を現す巨人の群れを前にジルはその場に膝を着いた。燃え盛る格納庫の中、脱出出来る場所は見当たらない。状況は最悪――その一言に尽きていた――。




Phantom(1)




「――エレベータがロックされてる!?」


 アテナは驚きの声を上げた。それもそのはず、そのエレベータはつい先ほどまで普通に動いていたはずなのである。何故ならばこの下のフロアにある格納庫に向かうエレベータは、つい先ほどマキナを乗せて降りていったはずなのだから。

 地下に消えた少女の姿を追いかける為にアンセムとアテナはエレベータに辿り着き、そしてそれを動かそうとしたのである。しかし二人が端末に操作しようとした瞬間、立体入力コンソールが消滅し、うんともすんとも言わなくなってしまったのである。


「何よこれ! どうなってるの!?」


「アテナ……まさか、壊したのか?」


「ちがっ!? 何でそうなるんですか!!」


「お前の力は普通じゃないからな、どれ……」


 アンセムがアテナを押しのけ前に出る。端末をあれこれ弄ってみるが、まるで動く気配がない。お手上げ状態とでも言わんばかりに肩をすくめるアンセム。アテナははやる気持ちを抑えきれず、その場で足踏みをはじめた。


「急いでるのにもうっ!! なんなのよ一体!?」


「……もしかしたら何か異常事態が起きているのかも知れんな」


「異常事態って……。兄さん、ここはフェイスよ?」


 そう、フェイスとはこの世界で最強の傭兵組織である。当然世界中の人間から恨みを買っているし、当たり前のようにフェイスを襲撃する輩は耐えなかった。しかしフェイス以前にそもそもアルティールが絶対的な要塞としての能力を持ち、セキュリティ、軍事力ともに世界最高峰なのである。襲撃者はあっさりと撃退され、それからアルティールを狙うなどという方法は馬鹿げた夢物語として誰も命を捨てるような真似はしなくなったのである。


「万が一は何事にも在り得る。ひとまず職員室に……アテナッ!!」


「えっ!?」


 突然アテナの視界が真っ暗に染まった。そしてアンセムが普段から愛用している香水の微かに甘い香りがふわりと広がった。つまりそう、アンセムに抱きしめられていたのである。混乱するアテナの背後、大きな音が聞こえた。耳を突き抜けていくような轟音――それは銃声だった。

 飛来した銃弾からかばう為にアテナを抱き寄せ、エレーベータ前のくぼみを利用してそこに滑り込んだのである。アンセムは直ぐに拳銃を抜き、身を乗り出して反撃する。何回かの銃撃の応酬があり、アテナはもう状況に全くついていけなくなっていた。


「兄さん、これは!?」


「襲撃があったようだな」


「襲撃って……誰が何の為に?」


「判らん。まあ検討はつかないわけでもないが――。アテナ、これはお前が持っていろ」


 そうしてアンセムがアテナの手に握り締めさせたのは拳銃だった。ずっしりと重苦しい感触――。冷たい死を生み出す塊を握り締め、アテナは不安げに顔を上げる。


「お前も銃くらいは持っているんだろう? それを使って援護してくれ。とりあえず、ここに収まっているのは得策じゃないからな」


「突破するつもりですか!?」


「まずは職員室――それがダメなら生徒会室へ向かうぞ。エレベータのロックはそこで解除出来るはずだ。行くぞ……!」


 アンセムは片手をコートの内側に伸ばし、その姿勢のまま弾かれるように駆け出した。体を屈めた前傾姿勢のまま素早く奔り、コートの内側から何かを取り出して投擲する。銀色の光がキラリと瞬き、次の瞬間襲撃者たちの腕に突き刺さっていた。血が飛び散り、襲撃者が怯む。投擲されたのは小さなナイフだった。

 襲撃者が怯んだのを確認し、アテナが自分の拳銃とアンセムの拳銃、二丁を両手に構えてそれを連射してアンセムを援護する。アサルトライフルを構えた集団に一気に駆け寄り、アンセムは長い足で蹴りを繰り出した。その一撃が顔面に減り込み、男が一人血を噴出しながら倒れる。突きつけられていたアサルトライフルを直接掴んで銃口を逸らし、格闘に持ち込んだアンセムは一瞬で四人の男を組み伏せてしまった。

 床の上に転がった襲撃者たちの両手両足をアサルトライフルで撃ち抜き、素早く所持物を奪い取る。追いついてきたアテナがその状況に目をぱちくりさせながらアンセムを見つめていた。


「兄さん……すごいですね」


「保護者として当然の事だ」


 何が当然なのかは全くわからなかったが、とりあえず今は気にしない事にした。時々忘れてしまうが、アンセムもライダーでありフェイスの卒業生なのである。それなりの格闘技術、操縦技術を持っていて当然なのだ。それにしても銃弾を目で見る前に回避したりナイフを的確に投げつけたりと、まるで取り乱す様子も無くけろりとしているのは異常であるように感じられたが……。


「とりあえず危険な状況だという事だけはわかった。先を急ぐぞ、アテナ」


「は、はい!」


 二人が通路で侵入者との戦闘を繰り広げている一方、生徒会室――。


「ああもう!! 間違いありませんよ会長! これは内側からの進入ですっ!!」


「成る程、やはりか……。ということは防壁もまるで意味を成さないな」


 生徒会の出入り口は椅子やらテーブルやらで巨大なバリケードが構築されていた。命からがら生徒会室に逃げ込んだ生徒たちは不安と恐怖が入り混じった複雑な表情を浮かべ、バリケードの傍で銃を持って待機していた。先ほどまで外の通路で一戦交えるハメになった為、生徒会室に逃げ込んだ生徒の中には怪我をしている者も多かった。医療品独特の匂いと血と硝煙の匂い……。普段の優雅な様子とは打って変わってそこはまさしく戦場だった。

 窓のシャッターは全て下ろされ、部屋の墨で座り込んでアルは端末を操作していた。キリュウはこの状況だというのに当たり前のように平然と扇をぱたぱたと煽いでいる。その悠長な様子にアルは眉間に皺をよせ、振り返りながら怒鳴った。


「会長何やってんですか!? 何でこの期に及んでそんな暢気なんですっ!?」


「わかっていないなアル君。こういう状況では、上に立つ人間はどっしり構えている方がいいんだよ。それは兎も角――内部からの進入という事は、やはり」


「ええ……。内側から連中の侵入を手助けしてる奴が居ます。てか、どっから進入してきたんですかねホント……」


「アルティールは巨大だからな。どこかに軍隊が隠れていたとしてもまるでわからんだろう」


「しかも、どうもこの異常事態だっていうのにまだ誰も気づいていないみたいですよ……。実際に襲撃を受けたフェイスビルに居た人間くらいでしょう、気づいてるのは」


「FAハンガーはどうだ? 一瞬だが火災警報が鳴っていたと思うのだが」


「判りません……。とりあえず、他の部屋と連絡が取れないか試して見ます。そっちに集中しますから、後ろから襲われるとかないようにしてくださいよ」


「と、いうことだそうだ。みんな、がんばれよ!」


 生徒会長の応援する声にウンザリした様子の生徒たち。あんたは何もしないのかよ――とは、誰も口にはしなかった。

 

「――ふえっ!? 熱……っ! え、何!? どうなってるの!?」


 一方、エレベータを降りたマキナは地獄絵図に対面を果たしていた。燃え盛る炎が格納庫内を覆い、黒い煙がもくもくと格納庫の中を覆い尽くしていた。マキナにしてみればごく普通にここまでエレベータで降りてきただけなのだから、まるで異世界に迷い込んでしまったかのような印象であった。

 換気装置やスプリンクラーは正常に作動しているので直に状況は沈静化するだろうが、まるでこうなった原因が理解出来なかった。兎に角煙に巻かれないように姿勢を低くしたままタッパーを抱きかかえて炎の中を行軍していく。


「アポロ、待っててね……! 直ぐにジークフリートに連れて行ってあげるからね……!」


『むきゅうーん……』


 力なくアポロが鳴き声を上げる。そこから意味は読み取れなかったが、マキナにだけは伝わるものがあった。アポロは今、苦しんでいる。そして悲しんでいるのだ。その悲しみの意味――理解は出来るがしたくなかった。認めなくなかったのである。“別れが迫っている”などと――。

 炎と黒煙の所為でなかなか思うように進む事が出来ない。倒れたFAやクレーンが通路を歪め、道も遮断されてしまっている。息苦しく、マキナの全身は嫌な汗でびっしょりと塗れていた。頭痛、吐き気がおさまらない上にこの熱気と煙である。こんな事なら酒なんて飲むんじゃなかった――そう後悔しても意味の無い事だ。

 時には崩れかけた通路を渡り、時にはFAの腕の上を通路代わりにして進む。そんな事をしている間にマキナはいくつもの死体を見てしまった。床の上に倒れている焼け焦げた死体……そんな中、まだ動いている人影があった。思わず声をあげ、マキナは駆け寄っていく。


「誰か生きてるんですかーっ!?」


「…………その声……まさか、マキナか……?」


「ジル先生!? 大丈夫ですか!?」


 通信端末の傍に倒れていたジルの傍に駆け寄る。スプリンクラーの雨と渦巻く炎の中、ジルはぐったりとした様子で微かに呼吸を繰り返している。

 兎に角連絡をつけようと端末に触れてみるが、反応はない。うんともすんとも言わない端末を叩いたりしているアテナの足元、ジルは首を横に振った。


「無駄だ、散々試したからな……。それより貴様、どうやってここに入ってきた……? 全ての扉がロックされているはずだが……」


「え? 普通にエレベータで……。それより先生、大丈夫ですか? 先生、死んじゃったりしないですよね……?」


「死ぬか、阿呆……。ただちょっと、この中歩き回って疲れただけだ……。それよりマキナ、シティはどうなってる……?」


「え? 街……別にどうもこうもなってなかったですけど……」


「格納庫に積み込まれた新型が全部ファントムだったんだ……。恐らく、計画的なテロだ……。ファントムはリフトを使ってシティに向かった。阻止しなければ……」


「無理しないで下さい! ぼくが何とかします!」


「何とかって……どうするつもりだ……!」


「兎に角ジークフリートまで行かなきゃ……。先生、肩を貸します! 早く立って!」


 ジルを助け起こし、マキナは炎に包まれた格納庫の中を急いだ。ジークフリートの眠っている隔壁で閉ざされた扉へと辿り着き、カラーオブブルーのIDカードを通す。扉が開き、ゆっくりと道が開けていく。その時であった。


「――扉を開けてくれて感謝致しますわ、ザ・スラッシュエッジ」


 マキナの後頭部には拳銃が突きつけられていた。固い感触が恐怖を誘い、マキナはごくりと生唾を飲み込んだ。声は――女の物だった。しかし聞き慣れた声ではない。振り返る事も出来ず、固まることしか出来なかった。


「この扉だけは全くの規格外――。貴方のIDカードか、かなり上の権限がないと開かないのです。タイミング良くやってきてくれてありがたいですわ」


「……誰? 誰なの?」


「あら、冷たいのね……。まあ無理もないことかしら。一年も眠っていた貴方ですものね――」


「お前、は……」


 マキナの肩を借りていたジルが振り返る。次の瞬間、マキナに向けられていた銃口がジルを捕らえ、引き金が引かれた。それを察知してジルを突き飛ばしたマキナであったが、銃弾は容赦なくジルの体を撃ち抜いて行く。


「先生ッ!! お前――ッ!?」


 叫ぶと同時に振り返るマキナ。その額に銃口を突きつけ――エミリア・L・ヴァーミリオンは微笑んでいた。金色の髪が紅い炎に照らされて鈍く輝いている。マキナは一瞬その人物が誰なのか判らなかった。しかし直ぐに思い出す。そう、確かに彼女とは出会っている。一年前に――。


「貴方は……。テスタメントの……」


「覚えていてくれたのね、嬉しいわ。マキナ・ザ・スラッシュエッジ……カラーオブブルー」


 反アナザーギルド、“契約の騎士団”――。三つの学校に存在する巨大ギルドのうち、アルティールを担当するギルドマスターであり、以前マキナを勧誘していた女である。しかし、彼女が何故――? マキナの頭の中をぐるぐると疑念だけが渦巻いている。記憶と現実が混乱し、どうにかなってしまいそうだった。


「再びの邂逅がこんな形になってしまったのはとても残念ですわ……。でも、いつかはこうなるはずだった運命……とも言える」


「どうして貴方が……!? まさか、この状況は貴方の仕組んだ事なんですか!?」


「半分正解、半分不正解というところねブルー。そして何よりこの状況をきちんと飲み込めていないのかしら? 貴方は質問できる立場じゃないの。理解出来る?」


 思わず歯軋りする。ジルの事も心配だし、アポロの状態も良くない。何よりマキナ自身が酷く疲れていた。こんな状態で万全のエミリアと戦って組み伏せる事が出来るのか……答えは否である。余りにも危険な賭けだ。何より彼女は何の躊躇も無く自分の教師であるジルを撃って見せたのだ。その正確な冷酷さがマキナの頭を冷やしていた。


「さあ、ジークフリートの所まで行くわよブルー。大人しく歩きなさい」


「…………」


 一体何が目的なのか? 何故こんな事になっているのか? 疑念は尽きない。だが兎に角、今はジークフリートに向かう事が先決だった。彼女の目的がそれだというのならば話は早い。どちらにせよジークフリートはマキナにしか動かす事が出来ない機体だし、ジークフリートにさえ乗り込んでしまえばアポロを助けられるかもしれないし、同時に彼女を撃退してジルを救って障壁をぶち破り地上に出る事も可能かもしれない。一発逆転の切り札はやはりジークフリートにあるのだ。

 マキナは大人しく従うフリをしながらゆっくりと歩き出した。そうして前進しながら周囲を眺める。ここの構造に明るいのはマキナの方であり、今まで立ち入る事も出来なかったエミリアは詳しいどころではないだろう。何とかしてこの状態から脱出する手立てを考えねばならない。ぼんやりとする思考の中、マキナは必死で考えていた。もう、誰も仲間を死なせたくなかった。ジルも、アポロも。そしてこれから地上で失われるであろう、無数の命も――。



〜ショートシナリオを書いてみよう企画第二弾〜


『マキナとアテナの姉妹みたいな関係みたいな、ほのぼのしたストーリーも読んでみたいです。でもいつもやってるからセンチメンタル・ブルー(2)の続き』



「――別にそれはカーネストが悪いってわけでもないんじゃないかしら」


 クリームを口の周りにぺたぺたとくっつけながら話をするマキナ。その一言一言に丁寧に相槌を打ち、アテナは話を聞いていた。最初はおずおずと話していたマキナではあったが次第に調子が上がってきたのか、アテナに向かってモヤモヤした気持ちを全て吐き出すように一気にまくし立てたのであった。

 結論から言えば、マキナの中には既に答えが出ていた。しかしそれが正しいのかどうか、それでよかったのかどうか、それが判らないのだ。どうすることが本当に良いのか……。思い悩む事は決して無駄ではないし、無意味でもない。アテナは腕を組み、過去を思い返していた。

 アテナとて、この職業――傭兵として戦う事に抵抗がないわけではなかった。正直に言えば今でも全てに納得出来ているとは言い難い。問題なのは納得出来ない現実を前にした時、それを如何に処理していくのか……そういう気持ちの問題なのだ。


「カーネストは確かにあんな性格だけど、カラーズとして逸脱しすぎている訳でもないわ。逸脱しすぎたカラーズは粛清対象になるんだし、彼がまだ生きている事が彼の正当性を証明しているわけ」


「はい……。わたしも、カーネストさんはそんなに嫌いでもないです。ただちょっと無神経ですけど……」


「無神経というかなんというか……。獣よね、あれは」


 呆れるように肩をすくめるアテナ。マキナはアイスを食べ終え、空になったグラスの中でスプーンをカラカラと回していた。


「それに、サイ君とカーネストさんは別に関係ない事ですよね……。兄弟だからって性格まで一緒じゃないのはずっと仲間としてやってきたわたしたちが一番わかってるんですから」


「……なら、話は早いじゃない」


 伝票を手に席を立つアテナ。マキナはあわててそれに続いた。会計を済ませ二人は夜中の町を歩き出す。ライトアップされたシティの中、アテナは黙々と歩いていた。


「アテナさん、もう帰っちゃうんですか?」


「答えが出ているのなら、早めに行動した方がいいわよ。サイを説得するなり、ニアをどうにかするなりしたらどう?」


「それはしますけど……。せっかくこうして会えたんだし、たまにはもうちょっと一緒にいましょうよ」


「そんな事言って本当はサイの所に行くのが嫌なんじゃないの?」


「……えへへ、それもちょっとあります。心の準備というか」


 腰に手を当てため息を漏らすアテナ。まあ、別にどうせ暇なのは変わらないのだ。部屋に戻ったところでやるべき事があるわけでもない。アテナはマキナと肩を並べて歩き出した。

 真夜中でも静まることを知らない絢爛としたショッピングモールの中を二人は歩いた。特に何か目的があったわけではない。ただそうして肩を並べて歩く事が楽しかったのだ。


「アテナさん、アテナさん! アレ見てください!!」


 突然マキナがアテナの手をぎゅっと握り締め、子供のようにはしゃぎだした。無邪気に目をキラキラさせるマキナの視線の先――そこには一軒のアクセサリショップが。しかしただのアクセサリショップではない。店の前に立ち、アテナは目を丸くした。


「アナザー用のショップ……? へえ、そんなのあるのね」


「わたし、アナザーの事もっと知りたいんです! でも一人で入るのなんかおっかないから一緒に行きましょうよう」


「何で私が……」


「いいからいいから!」


 手を引っ張って歩くマキナに押し負け結局扉を潜った。力は当然アテナの方が上なのだから、振りほどく事は直ぐにでも出来た。故にそれは二人にとっての暗黙の了解であり、つまりアテナはそんなに気乗りしないわけでもなかったのだ。

 店の中は普段は見慣れないグッズで溢れていた。別にノーマルが立ち入り禁止というわけでもないらしく、アナザーの客の方が多いものの、ノーマルの客の姿もちらほらうかがう事が出来た。


「うわー、アテナさんこれ! アナザー用の耳カバーだって!」


「……耳カバー。そういうファッションなのかしら」


 見れば確かに耳カバーには沢山の種類があった。形も様々で、色々な姿かたちのアナザーがいる事を思い知らされる。中でも猫っぽい形状のカバーを漁り、マキナは興味深そうにコクコクと頷いていた。


「そういえばあの耳って、やっぱり触覚とかあるんですかね?」


「どうなのかしら? アナザーの知り合いっていうと――カーネストくらいしかいないから」


 カーネストの耳を触っている様子をイメージしてみる。ちょっと余り想像したくない絵だった。思わず青ざめながらアテナは首を横に振る。浮かんでしまった妄想は暫く消えそうにもない。


「アナザーって色々大変なんですねぇ……。あっ!? アテナさんこれ!!」


 マキナがあわてて走り出し、手に取ったのは――アナザーの外部呼吸器官に似せて作られたメカニカルなデザインの所謂着け耳というグッズであった。これをつければあなたも直ぐにアナザー気分! アナザー耳シリーズ……と、棚には書いてあった。猫のような耳をいくつか物色し、マキナはニコニコしている。


「これをつければアナザー気分……。いいなあ〜。これ買っちゃおうかなあ」


「そんな下らないものにお金使わない方が良いわよ」


「えー可愛いですよう〜! 見てくださいこれ! 犬さんの耳ですよーう♪ わんわんっ♪」


 犬っぽい耳を装着し、マキナは上機嫌にその場で手を振ってみせる。その瞬間、アテナの脳裏に一つの単語が過ぎった。“犬マキナ”――。若干どこかで聞いた覚えがあるような気がしないでもない。

 犬マキナはアテナの前でくるりと回ってみせる。それが想像以上に可愛くてアテナの顔は見る見る赤くなっていた。そんなアテナの気も知らず、マキナは棚から猫の耳を取り出し、アテナの頭に装着した。


「やっぱりアテナさんは猫ですかね〜」


「……あのねえ」


「あ、犬がいいですか? この耳結構つけ心地いいですよ〜」


「どうせなら……その……」


「はい?」


「うさぎさんがいい……」


 両手をジーンズのポケットに突っ込んだまま小さな声で呟いた。マキナはにんまりと笑顔を作り、黒いうさぎの耳を棚から取り出した。そうして猫を外してうさぎをつける。アテナは顔を紅くしながらご満悦の様子だった。


「アテナさんって、うさぎが好きなんですね」


「うさぎは気高いのよ。うさぎは寂しいと死ぬとか言うけど、そんなのは嘘なの。うさぎっていうのは自立していて、媚びるように鳴き声を上げたりしないしたった一羽でもたくましく生きていけるのよ。それでいて可愛くてもこもこで、ふかふかしてて最高なの」


「そ、そうなんですか……」


 思いがけず熱く語られてしまったマキナは若干困惑しながら頷くことしか出来なかった。それから思い出したように手を叩き、笑顔を作る。


「そういえば犬ってうさぎを食べちゃいますよねー」


 その一言で場が沈黙した。アテナが余りにも悲しそうな顔をするものだから、マキナは笑顔を作ったまま冷や汗をだらだらと流した。暫くの間膠着状態が続き――マキナは徐にアテナの背後に回りこみ、頭に齧りついた。


「はむはむ……」


「………………」


「はむはむ……っ」


「……………………」


 更に気まずい時間が続き、二人はお互いにうさぎの耳と犬の耳を購入し店を出た。何ともいえない空気である。マキナは耳が気に入ったのか、暫くつけて歩いていたがアテナは恥ずかしかったのか袋に入れたまま取り出そうとはしなかった。


「それにしても似合ってるわね、それ」


「ほんとですか?」


「ええ。貴方ホント犬みたいだもの」


「わーい♪ 犬っていいですよねえ、雑食ですし」


「ええ……え? そこなの?」


 若干ズレた会話が続き――それからアテナは犬マキナをつれてあちこちを歩き回った。そんなことをしているだけであっという間に時間は過ぎていく。長いようで短い時間が終わり、二人はサイの住むマンションの近くで立ち止まった。


「それじゃあサイ君を説得してきます!」


「ええ、せいぜい頑張ってね。でもそれは外していった方が良いわよ」


 マキナの頭の上の耳を取り外し、マキナの手におさめる。照れくさそうに笑顔を浮かべ、マキナはぶんぶん手を振りながら走って行った。その後姿を見送り、アテナは暫く寂しげにその場に立ち尽くしていた――。

 あれから一年……。色々あって二人の関係は変わったのかもしれない。だが、マキナがマキナであることも、アテナがアテナであることもきっと変わらないだろう。人間とは一年程度で直ぐに変わってしまうほど短絡的ではないのだ。

 昨晩は遅くまで一緒に飲み明かした所為か、マキナは床の上に転がって未だにうんうん唸っていた。あきらかに二日酔いの症状である。眠ったままのマキナの頭の上に一年前購入した犬耳をつけてみる。髪の色が変わってもやはりマキナが犬っぽいのは変わらないのであった。


「犬マキナ、ね……。案外的を射ていたのかも」


 今ではカラーオブブルー……つまりフェイスの犬である。そんなオチでいいのだろうか? 下らない事を考えながらアテナはマキナに背を向けて歩き出す。とりあえず急務なのは――目を覚ました時間違いなく項垂れるであろう彼女の為に、二日酔いの薬を買ってくる事だろう。

 部屋を出てアテナは朝の空を見上げた。いつでも変わらない、しかしいつも違う景色がそこにある。紅い髪の少女はふっと笑みを作り、寮の廊下をゆっくりと歩き出したのであった……。


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