Black smile(3)
「――それにしてもさ、マリア・ザ・スラッシュエッジなんて人物は本当に実在したのかな」
アルティールの中を流れるモノレール。フェイス関係者のみが乗り込む事を許可されている車体の中、一人の少女がそんな事を口にした。それは世界の歴史、ひいてはこの世界の根本に対する挑戦であった。
かつてこの世界には一人の英雄が居た。彼女の名前はマリア・ザ・スラッシュエッジ――。蒼い髪の美しい女性だった。彼女は五十年以上の時を生きた。彼女は歳を取らなかった。彼女は無類の強さを持っていた。彼女は未来を知るかのように振る舞い、彼女の行いは全て的確に惨劇を回避した。
このような存在を全知全能だとか万能だとか呼ばずにしてなんと呼ぶのか? 少女はその存在に長らく疑念を抱いていた。“そんなやつ、本当に実在したのか?” 勿論、彼女が居なければ自分の存在もないとわかっている少女にとってその疑問は自己否定以外の何者でもないのだが。
「仮説A――。マリア・ザ・スラッシュエッジは一人ではなかった」
その意味は様々である。まず、人間としての彼女の寿命がおかしな事になっている点を解決する手段でもある。マリアは五十年以上生きたといわれているが、そもそもそれ以前からも生きていたと考えるのが自然だろう。世界の表舞台に彼女が姿を現した時、彼女は最初から成人した女性の姿をしていたのだから。
即ち歴史に現れる以前から彼女には彼女なりの歴史があったという事になる。当然の事だ。そしてその事を考慮すれば、マリアは最低でも七十年程は生きた事になる。しかしこのあたりの情報については不鮮明な部分が多く、断言出来る事は少ない。
マリアが実在したのか? という問いかけに対する仮説A――つまりマリアは一人ではなかったという仮説についてだが、解釈の方法はいくつかのパターンがある。まず、マリアという人間は途中で何度か世代交代を舌のではないか、という事。老化しない、二十代の姿を保ち続けたマリア。だがそんな事は普通に考えればありえない事だ。七十歳の老人と二十歳の成人とでは外見的に大きな差がある。まさか七十歳の人を指差して“あれは二十代の若者だ”と真顔で言う者はいないだろう。冗談としてならその例外だが。
つまりマリアは数名存在して、それが何世代かにわたってマリアという人間を演じてきたのではないか、ということ。彼女の外見や女性であるという記述について詳しい裏づけは無く、彼女は基本的に名前だけが一人歩きした存在だった。彼女の姿をこの目で見たぞ! という人の数は圧倒的に少ない。ほぼいないと言ってもいい。
あるいはマリアという概念を生み出したのはこの世界そのものだったのかもしれない。不特定多数の人間の意志、そしてオペレーションメテオストライク後の地上を失った人々にとって必要だった偶然の連鎖を意味づける為に生み出された架空の英雄――。過去の伝説などにはそんなものも存在するだろう。人々が望み、人々が偶然の連鎖――奇跡の抑止力を空想した架空の英雄……。だがそれでは説明出来ない事が余りにも多い。
「仮説B――。マリア・ザ・スラッシュエッジはこの世界の法則性にとらわれないイレギュラーだった」
つまり、文字通り全知全能の神にも匹敵する存在――。人の外見を象っているものの、それはもはや人ではない。いわばこの世界という舞台に投入されたデウス・エクス・マキナ――。必然性無く降臨した救世主。この世界を滅びから救う、世界の抑止力……。
どちらにせよ、説得力の無い話だ。だがマリアの伝説は確実に存在している。ブルーの功績と彼女の物言わぬ威圧だけが今もこの世界に残っているからだ。それは呪いにも似ている。マリアの真に恐ろしい部分はその力ではない。それがなんなのか、誰にも判らないという不気味さなのである。
しかしそういった事は少女にとってどうでもよかったし、この仮説を立てる行いにも特に深い意味はない。では――何故わざわざそんな事を言い出したのか。
「マリアは生きた証をこの世界に残したんだよ。故に彼女は幸せでした……ハッピーエンド! つまりはそういう事だよね? ラグナ」
少女の傍らには黒いコートで全身をすっぽりと覆ったラグナの姿があった。少年は壁に背を預け、腕を組んで黙り込んでいる。その様子はあまり上機嫌とは呼べない。マキナたちと共に居る間に見せている和やかな笑顔とは異なり、どこか偏屈そうな眉間の皺が印象的だ。
黒髪の少女は立ち上がり、ラグナの前をうろちょろする。それをうざったそうに払いのけ、ラグナは腰に手を当てて低く笑い声を上げた。
「うざってえぞ、ノエル……。それに今のオレはラグナなんて名前じゃねえ。いや、ラグナであることに変わりはないが……その呼び方は好きじゃない。判るだろ?」
その声色を聞いてノエルは一瞬きょとんとした後、納得したように頷いた。ラグナと呼ばれたラグナに限りなく近い、全く同じ外見を持つがどこかが違う少年――。少年は髪を押し上げ、額を出しながら眠たげに目を細めていた。
「そっか……。今はアニムスって事っしょ?」
「……ま、アニムスっていうのもまた意味の無い事だが……。記号は必要だろ? 人間はナマエに固執するんだ。確かに便利だよ、ナマエってのは。存在を定義する明確な記号があるのは、エトランゼと大きく違う点だな」
「そのエトランゼにも名前をつけるのが人間だよ。実際人間には名前がないと不便だもの」
「粗野な言語に頼っているのが悪い」
「そりゃあ……君たちはそう思うかもしんないけどさぁ〜。ところでラグナはどうしてるの?」
「寝てるよ……。クソッ、この身体なんだかよくわからねえが、いっつもギシギシしてやがる……。なんか全身縄で縛られたみたいな痕が残ってるしよ。普段のアイツは一体何やってやがんだ……? 自分の事ながら不気味だぜ……」
手首にしっかりと残った絞め痕を忌々しく見やり、ラグナ・レクイエム――否、アニムスは青ざめた表情で舌打ちした。それは恐らく彼にしか判らない不気味さだったのだろう。“自分の体が勝手に動き、どこで何をしているのかわからないという事”――。本来そんな心配をするのはごく限られた種類の人間だけである。
「ったく、マジでいい加減勘弁して欲しいぜ。あいつはSGの仕事もサボりやがるし、全くどうしようもねえ……。まぁ、生まれつきだから馴れてるけどよ」
「アニムスとラグナってさぁ、すごい器用だよねえ。いつ交換してんの? その――“人格”」
そう、ラグナ・レクイエムと呼ばれる少年とアニムス・レイヴと呼ばれる人間は同一の肉体の中に宿った二つの別離した人格――。二人の状態を指し示すのならば解離性同一性障害――もっと砕けば二重人格という言葉が当て嵌まる。そこには御幣があるが、彼がどのような状況にあるのかを理解する分にはまず問題ない。
一つの肉体の中に二つの精神――それが彼の置かれている状況を端的に説明した文章となる。つまりアニムスとラグナは同一存在であり――同時にお互いの事を感知できない、全く別の存在とも言えた。
「したくてしてるわけじゃねえだろ? ただ、役割に応じてるだけだ。オレは出来れば出て来たくねーんだが……。ここはどこだ? そういやすっかり忘れてたが――ノエル、お前、なんでここに居る?」
「…………ありゃー。じゃあもしかして、今日の任務もすっぽり抜け落ちてる系?」
「そんな系だが……任務? クソ、あの馬鹿途中でオレにチェンジしやがったのか!? ノエルと一緒に居るって事はそういう事だよな……で、何をすりゃいい? 手短に教えてくれ」
「あーうん、別にそんな難しい任務じゃないよ。ただ――これから例の人に会いに行くってだけ」
「例の人……? ああ……あの女か。なるほど、てめえがいるからまたアリオトにでも知らないうちに来ちまったのかと思ったが――。じゃあなんだ、つまりオレはタクシーってことか」
「そゆことでーす! 難しい任務の最中じゃなくてよかったね」
「ああ、全くだよ……って、オイ!? じゃあオレはあの女に会わなきゃならねえのか? クソッ、だから嫌なんだよ不必要なチェンジは……。ラグナの奴……」
額に手を当てて項垂れるアニムス。しかし気づいたからといってどうしようもない。こうなったら出来るだけ速やかにラグナに成りすます覚悟を決め、その準備をしなければならない。この段階でアニムスが顔を出すという事はあってはならないのだから。
「まあまあ、そこはあたしがサポートするからさぁ」
「お前ほど信用ならねえ奴もいねえだろが……まあいい、演技は得意だからな。人間に成りすますくらいどうということもない」
一呼吸ついて窓の外に目を向けるアニムス。その横顔は凛々しく、ラグナという少年も黙って澄ましていればかなりの男前である事が伺える。だが、実際そうではないのだから仕方が無い。そこはラグナとアニムス、二人の人格的な問題なのだから。
窓の向こうを眺めながらノエルは仮説Cについて考えを纏めていた。それはきっと彼女との邂逅を果たすことによって解決するだろう。少女は口元にニタリと笑顔を貼り付け、夕暮れのアルティールの町並みに目を細めた。
Black smile(3)
「うっぐぅぅぅ……っ! あ、あたま痛い……っ」
片手で頭を抑えながら目を覚ましたマキナはとりあえず台所に直行しそこで水を一気に飲み干した。少し気分が楽になったような気もするが、ただの気休めに過ぎない。端的に言えばそれは二日酔いという奴であった。青ざめた表情でふらふらしながらリビングに戻る。しかしそこには一緒に寝ていたはずのアテナの姿はどこにもなかった。
「帰っちゃったのかな……って、ラグナ君もいないし」
見ればそこにはラグナが縄抜けでもしたのだろうか。きちんと結び目が残ったままのロープがころりと転がっていた。一体どうやってあの状態から脱出したのか。全身の骨をバキバキに折らない限りそんな事は無理だと思うのだが……。
余り深く考えると脳の奥が溶けて鼻やら耳から出てきそうだった。ソファの上に寝転がり、マキナはうんうん一人で唸った。暫くすると廊下から通じる扉が開き、何故かあっさりした表情のアテナが姿を現した。しかしマキナは何も言えず、ただ元気そうなアテナに恨めしげに視線を送る事しか出来ない。
「あら……お嬢さん、もしかして二日酔い?」
「……うぐぅ」
「…………。ぐぅの音は出るのね」
果たしてそういう意味なのだろうか。何はともあれ、アテナは見ての通りの健康状態であった。体内のアルコールは完全に代謝されてしまっているし、肉体的にも精神的にも健康的な状態にあるのだ。むしろ昨日のごたごたでスッキリした様子のアテナの表情はすがすがしく、蒼と紅の間には天と地ほどの差があった。
「……? お嬢さん、つかぬ事を訊ねるけど」
「……?」
「お嬢さんって……なんていうか。そう、力とか、普通なの?」
マキナは一瞬その意味が理解出来なかった。暫く考えたが、とりあえず微かに頷く事にする。特に特別といわれるような事には覚えがなかったからだ。しかしアテナはそこで腕を組み、何かを考え出した。マキナはもう何も言えず、ごろりとしたまま青ざめるしかない。
アテナが考えていた事はシンプルだった。そう、ネクストアナザーの事について、である。ここで繰り返すと、ネクストアナザーとはアナザーを超えたアナザー、第三世代アナザーであると同時に全く新しい生命体(つまり第一世代や第二世代の交配によって生み出されたのではない、人工的な生命体であるという意味)である。
だが、ネクストについて判っていることは言ってしまえばそれだけである。その存在意義はカラーズを生み出す為だったとしても、一体何がどうやって生まれてきたのかはわからない。誰が何の為に――何の為にの一つはカラーズなのだろうが、それ以外にも目的がある気がしてならない――ネクストを生み出したのか。
繰り返す必要も無く、アテナにはその華奢な体には似合わない強い力がある。ずば抜けた身体能力がある。アルコールを一晩で大量に代謝出来るのも、超回復能力も全てはネクストとしての力だったといえば説明がつく。だが、何故その力がアテナにはあってマキナにはないのか……?
昨晩のシュトックハウゼンでのパーティー時、アテナはカーネストを組み伏せて酒を飲ませるという凶行に及んだ。しかしこれは男性であるカーネストよりもアテナの力が強かった事を意味している。言うまでも無く、人間の腕力に関して言えば女性は男性には劣るのだ。カーネストとアテナ、二人が同じ力を持っていたとしたならば、男女差においてカーネストはアテナに組み伏せられるという事はなくなるはず。
勿論力の全容がわかっていない以上、その詳細については憶測に過ぎない。だがアテナはあの時あっさりとカーネストを組み伏せてしまった……それが事実だ。つまりカーネストはアテナよりかなり腕力において劣っている。それは一つの可能性をアテナの中に示唆していた。
「……まさか」
「…………。どうか、したんですかぁ?」
「ネクストの持っている能力は……固体によって異なる……?」
考えてみれば当然の事だ。カラーズになるべくして生み出されたのがネクストだというのならば、その能力はそれぞれのカラーズに即したものでなければならない。そして同時にカラーズ機はカラーズに合わせて作られたのではなく、元々カラーズ機があり、それに合わせてカラーズというライダー集団が生み出されたという事。つまり大本にあるカラーズ機――冷静に考えてみると正体不明の力を持ったその禍々しい機体を制御する為に、ネクストは存在する事になる。
となれば、アテナの持っている身体能力やマキナの持つ刀剣の扱いに関する知識、技術などは全てそれぞれのカラーズになるべくして授けられている天命なのかもしれない。アテナは己の拳を強く握り締めた。しかし、だとしたら――この身体能力にも意味があるはず。ブリュンヒルデのカラーズである為に……。だが実際はどうか? ブリュンヒルデに怪力と回復力が必要かといわれるとどうしても答えはNOになる。確かにあるに越した事はないが――マキナの刀剣技術のように必須というわけでもない。
「……わからないわね」
一人で首を横に振るアテナ。マキナは相変わらずベッドの上で死んでいた。小さく溜息を漏らし、先ほど購入してきた薬をマキナに飲ませる。どうせそんな事だろうとは思っていたのだ。薬を飲んでマキナはうだるような声を上げた。自分につき合わせてしまったこと……少しだけアテナは後悔した。
「マキナ、直ぐ良くなるからね。頑張りなさい」
「うぐぅ〜……」
少女の髪を優しく撫で、アテナはにっこりと微笑んだ。そうして立ち上がり――そういえばふと忘れていた事がある。部屋から居なくなっていたラグナと、それからもう一つ。
「ねえ、アポロのご飯とかは……? あの子物凄くお腹すいてるんじゃないかしら」
「アポロはお腹がすいたら勝手に冷蔵庫開けてご飯食べるんですよう……」
「え、えぇ〜……? そ、そうなの……?」
「あ……。あれ? 言ってなかったでしたっけ? アポロはなんか、ニーベルングシステムってものらしいですよ」
「ニーベルング……システム?」
聞き覚えの無い言葉に小首をかしげるアテナ。何はともあれ今はアポロの事が心配だった。とりあえずアポロがいつも寝ているという寝室のベッドの枕元を見てみる。するとそこには枕の隣で丸くなっているアポロの後姿があった。
「いたいた……。うさちゃーん、お腹すいてないですかー」
子供をあやすようなデレデレとした声でアポロの体を持ち上げる。次の瞬間――! アテナは身の毛もよだつ感触に思わず悲鳴を上げてしまった。
「いやあああああああああああああっ!? な、なにこれええええええっ!?」
でろりん――。そんな効果音が聞こえてきそうだった。なんと、アポロの肉体は原型を失い丸くこねられた餅のような状態になっていたのだ。耳も尻尾も手足も顔もどこにもない。ただの球体である。そしてその球体はでろりと柔らかく溶け出し、ぷるぷるしたままアテナの手からでろりーんと床に向かって伸びていた。
「と……! と……っ!! 溶けてるぅううううううううううううううううっ!!!!」
思わず生暖かい餅を壁に投げつけてしまった。餅は壁にぺしゃりと張り付き、ぷるぷるしている。身の毛もよだつ謎の物体……。アテナは両手をぶら下げたままその影に怯え、首を横に振った。
『むきゅうーん……』
「う、うさちゃん……。どこから……喋ってるワケ……?」
『むきゅう……』
「じゃなくてっ!! マキナ! マキナったら!! 一大事よっ!!」
リビングに戻ったアテナはぐったりしているマキナの首根っこを掴んで引きずり寝室に辿りついた。そうして物凄い勢いでマキナをベッドの上に座らせた。マキナは白目を剥いて泡を吹いていた――勿論首が凄まじい腕力で締め付けられていたから――のだが、顔を張り手一発。正気を取り出したマキナは目を白黒させながらよだれを拭って立ち上がった。
「何事ですか!?」
「うさぎさんが! うさぎさんが溶けちゃってるのよ!!」
「溶けちゃってる……? うわあああああああっ!? あ、あぽろさん!? なんでお餅に……」
相変わらず壁にへばりついてもちもちしているアポロ。最早それが生き物だとは思えなかった。壁にへばりついた餅としか表現のしようがない。二人は戦慄した。これは本当に――アポロなのだろうか。
「アポロー!! ちょ……なんで!? 何でこんな事に!?」
「し、知らないわよ! 来たらもう溶けてたんだもん!」
「って言われてもこんな事今まで一度も……!? えぇえええ!? 病院ですか!? こういう時って病院ですか!?」
「病院って動物病院!? それとも普通の病院!?」
「えーと、どこだろう……。宇宙うさぎなんて生き物実在しないんだしなあ……。餅を持ってきたんだと思われるのが関の山だよね」
「え? 実在しない?」
「だからアポロはニーベルングシステムなんですよう」
「さっきからなんなの、そのニーベルングって」
「アポロの本当の名前で、だからアポロは餅っていうかもうなんか新たな生命っていうか……兎に角そういうことなんですよう」
「意味わかんないから!?」
二人は結局その場で慌てふためいた後――アポロについて唯一知っているかもしれない人間、つまりアンセムの元へと急ぐ事にした。どうやって輸送すればいのかわからなかったのでとりあえず台所にあったタッパーに餅を詰め込み、蓋を閉じる。中でぷるぷるしていたが、二人は勤めて気にしない事にした。
「急ぐわよ、マキナ!」
「はい! でもその前にちょっといいですか?」
「何?」
「ちょっとトイレ……うおぇっ! おぇぇぇぇえええ……」
「ちょ――ッ!? いやぁああああああああっ!!!!」
二人の悲鳴が寮の廊下に響き渡る。そんなアルティールの夕暮れ時であった……。
『かくして導きの時は訪れた……。マリアとの契約に従い、我々はここに発動しよう。“オペレーションカラーズ”を――』
『失われし楽園を取り戻し――』
『閉ざされし蒼の魂を呼び起こす――』
『今こそ“エリュシオン”を使う時だ。レーヴァテインの最終調整に入る。今神々の戦いを再現し、ここに星の未来を託そう』
『『『 全ては蒼き地球の為に 』』』
「オペレーションカラーズが開始された……。僕らの役割を果たす時が来たようだね」
暗闇の中、いくつ物影が光を灯した。轟音と共に開かれた扉から差し込む光――。そして全容が明らかになる。そこは巨大な倉庫であった。倉庫の中にはズラリと黒と金のカラーリングの機体が並んでいた。その機体の名はファントム――。そしてその先頭、そのファントムとは似て非なる機体が立っていた。その外見はファントムというよりは――そう。むしろ、ジークフリートやブリュンヒルデに酷似している。
そこに姿を現したファントム、その数およそ五百――。長い年月をかけて量産を続けられてきた禁断の機体。その先頭に立ち、青年は微かに口元に笑みを浮かべた。
夜月を切り取ったかのような影――。その名は“エリュシオン”。この瞬間、オペレーションカラーズが開始されようとしていた。それは即ち、この世界の終焉と再生を意味している――。
アンセムの住むマンションを奔るマキナとアテナ、二人の姿があった。そして同時刻、マキナの部屋に向かうノエルとアニムスの影……。二組四人のシルエットは同時にお互いの目的地に到着し、同時に呼び鈴を鳴らした。その音が鳴り響いたのと同時期、数百のファントムたちが一気に空へと舞い上がる。解き放たれるのだ。長年暗闇の中で生きた時代は終わりを告げた――。
「……アニムス、誰も居ないけど?」
「ラッキーじゃねえか」
「良くないよ。今日から――この部屋でお世話になるんだからさ」
少女はにこりと笑顔を浮かべた。その表情を眺め、しかしアニムスは胸がむかむかするような思いだった。子供の頃から見慣れているとは言え――この笑顔は未だに不気味だ。ノエルという少女の心の中にある深い闇を実感させられる。少女は黒い笑顔を浮かべ、ゆっくりと振り返った。夕焼けの光が赤く少女の髪を滾らせ、その笑顔はまるで夜を待つ獣のように狡猾だった――。