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Siegfried(3)

「……戦えるの……? 私……また、これに乗って――」


 戦場を行軍するシュトックハウゼンのハンガーに積み込まれたブリュンヒルデを前にアテナは立ち尽くしていた。己に課せられた使命を果たさねばならない。カラーオブレッドとして戦わねばならない。それは判りきっている事だ。

 しかし今のこの世界に戦う理由などあるのだろうか? カラーズとして肩肘張った青春を送り、かけがえのない物をいくつも犠牲にしてきた。力だけを追い求め、それが己の肯定に繋がるのだと信じていた。だが、現実は何度でも彼女を裏切る。ジークフリートに拒絶され、マキナにも突き放された。最後まで味方だと信じていたアンセムにも背を向けられ、今のアテナにはもう本当に何も残されていなかった。

 母親との絆も気にする必要は無くなってしまった。絆は消えてしまったのだ。誰を頼り、何の為に生きればいいのだろうか。この広すぎる光の世界は、小さなその身一つで渡るには余りにも辛すぎる。


「何の為に……。何の為に、戦っているの……」


 誰も応えてはくれない。ハンガーに足早に入ってきたザックスはグリーン専用のライダースーツを装着し、愛機ローエングリンの前に立つ。その傍ら、赤いライダースーツの少女は俯いていた。


「……。アテナ、今は戦うべき時だ。戦士ならば君も気持ちを切り替えたまえ」


「…………。ザックス……私……」


「戦えないでは済まされない。酷な事を言うようだが、それが現実だ。私たちが戦わねば何万という人の命が奴らに飲まれ光に消える……。役目は果たさねばならない。人類を守る剣として」


「人類を……守る……? 守って、それで……。戦ってそれで、どうなるっていうの……」


「――――。強制はしない。だが、燻るには惜しい力だ。本当に君が生きる理由を知りたいのなら――。そうだな、彼女のように羽ばたかねばならないだろう」


 格納庫内のモニターに映像が移りこんだ。つい先ほど、それはシュトックハウゼンの横を猛スピードで突き抜けていった。吹き抜けた蒼い風は格納庫内に居たアテナの心にさえ風を巻き起こす。美しく、荘厳なる蒼の騎士――。水面を舞うように突き進むその機体を見てアテナは目を見開いた。


「ジークフリート……!? どうして!? 誰が乗っているの!?」


「判っているだろう? たった一人しか居ない。あれを動かせるのは、あの子しかいない」


「マキナ・レンブラント……ッ!? でも、そんな! 動かなかったはずなのに!!」


「だが動いている。そして彼女は戦場に向かっている。実に勇敢な事だ。恐れを知らない。死なせるには惜しい――そうは思わないかね?」


 焚きつけるように笑うザックスの横顔にアテナは居ても立っても居られなかった。あわててブリュンヒルデに乗り込んでいくその後姿を見送り、男はそれに続いてローエングリンに乗り込んだ。


「全く――。奇妙な姉妹愛という事かな……。リンレイ君、出撃するぞ! ブリュンヒルデとローエングリン、肩を並べて仲良くな!!」


『上空のカナルをイエローが移動中です! 出撃後、合流してください! 艦長、ご武運を!!』


「うむ、後は任せるぞ! ローエングリン、出るッ!!」


 シュトックハウゼンから二機のカラーズが出撃したその頃、前線ではフェイスの生徒たちによる抵抗が続いていた。津波のように押し寄せるエトランゼにはどれだけ攻撃を加えても阻止出来る気がしない。それでも戦う少年少女たちにはそれぞれ戦うだけの理由があった。

 背後にあるのはただのリングタワーコロニーではない。彼らが今まで仲間と共に過ごしてきた学び舎であり、故郷でもあるのだ。この世界において場所に固執する事がどれだけ愚かしいだろうか。仲間に固執する事がどれだけ浅ましいだろうか。それでもヴォータンの中、カナードの中、戦う彼らの気持ちに忌憚などなかった。ただ守りたかったのだ。仲間たちと過ごした時間を――。

 傭兵として戦い血と罵声を浴びてきた。金に魂を売り渡し、生きるためにはどんな悪名でさえ背負う事を覚悟した。だがそんな彼らの隣にはいつでも仲間が居たのだ。フェイスという傭兵組織に入り、学園で友と出会い、青春の日々を過ごした。それがどんなに悲しい日々だったとしても、残酷な日常だったとしても、それは決して無価値などではない。彼らが望み、闘い、勝ち取った今だから。


「数が多すぎんだよ、くそったれ!! 弾薬が持たねえっ!!」


「編隊を崩さず連携して迎撃するわよ! 弾だったら後方に下がって他の部隊から受け取ってきなさい!!」


「右翼押されてます!! くそ、補給が追いつかないっ!! 増援はまだなのか!?」


「カラーズが来るまで歯ぁ食いしばれっ!! 化け物連中にアルティールをやらせてたまるかよっ!!」


「そうですよ……! あそこには後輩や、家族や、仲間や――! 思い出があるんですからっ!!」


 ライフルを連射するカナード隊の正面、エトランゼが迫っていた。緊張状態に耐え切れず弾薬が切れているにも関わらずがむしゃらにトリガーを引きまくるカナードをかばうようにヴォータンが前に出てライフルを連射する。戦闘不能になっていく新人のカナードを守り、先輩たちは前に進軍していく。


「新入りは下がってろ!! 死ぬぞ!」


「い、嫌です! 僕たちだってフェイスの一員です!!」


「出撃できる機体が少ないんですよね!? 複座カナードだって、砲台くらいにはなれます!!」


「……くそ、足手まといなんだよ! 後ろに下がって撃ってろ!! 味方に当てんなよ、馬鹿が!!」


「素直にお礼を言ったら?」


「うるせえ!! 盾持ってる奴もっと前に出ろ!! 後輩一人でも死なせたら先輩の面目丸つぶれだぞ!! 行け行け行けぇーッ!!!!」


 両手にフォゾンシールドを装備したヴォータンがずらりと横一線に並ぶ。高圧フォゾンシールドを装備していれば通常のFAでもエトランゼと接触した際に物理的に押し返す事が出来るのである。シールド装備ヴォータンの肩を借りる形で次々にバレルが向けられる。一斉砲撃でカナルに大爆発が起こり、それを立て続けに繰り返す。断続的に攻撃を繰り返す事で敵の侵攻を食い止めるのである。

 しかし如何せん数が多すぎるのだ。並のエトランゼなら彼らでも十分に対処出来ただろう。しかし状況は劣勢すぎる。粉塵を突き抜けて姿を現す無数の顎に誰もが戦慄した。“無理だ、守れない”――。“死ぬ”。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。絶望が戦場を支配した次の瞬間、彼らの頭上を何かが飛び越えていく。空を見上げ、誰もが息を呑んだ。蒼い翼がそこにはあった。

 隊列を飛び越え、空白の最前線に立ちふさがるたった一機のFA。何故だろう? それがとても頼もしく見える――。蒼い機体は細い背中を仲間に見せ、腰のフレアユニットから二対の剣を引き抜いた。刀身が蒼く輝き光を帯びる。ジークフリートのコックピットの中、マキナは蒼い瞳で敵を見据えていた。


「お、おい、あれ……?」


「…………蒼い……。蒼い……カラーズ……?」


 風の中、ジークフリートは静かに佇んでいた。目前にまで迫っている大軍を相手にまるで怖じる気配も無い。スカートのように広がった腰から下げられたフレアウィングを広げ、機体が瞳を輝かせる。頭部からは蒼い髪が萌え、光を帯びてジークフリートは剣を構えた。


「こちらジークフリート! 皆、よく頑張ったね……。後は任せて」


「任せてって……あんたいったい……?」


「ただの通りすがりの――。ただのライダーだよ」


 低い姿勢から一気に加速し、剣を振るう。しかしそれはまるで敵には届いていなかった。横一線に薙ぎ払い、バーニアを吹かして踊るように縦に回転する。次の瞬間、刃の届かぬ遥か彼方まで風が吹き抜けた。真横に一閃、蒼い光が奔り――数百のエトランゼが上半身を失って転倒する。次に縦に放たれた斬撃が大軍の中央を裂き、蒼い光の柱が立ち上る。

 ドライブを一気に加速させ、出力を搾り出す。ジークフリートの周囲に蒼い炎にも似た光が輝き、カナル全体が七色に輝き出す。やがて全てが蒼に染まり、ジークフリートは左右の手に構えた剣を同時にカナル目掛けて交差させた。次の瞬間カナルに線が引かれ、直後流れが停滞する。剣を手放し、片手を奥へと押しやりながら蒼いFAが目を輝かせる。目には見えぬ膨大なエーテルの流れが迸り、ゆっくりと押し出されるようにカナルが逆流を始めた。ジークフリートの目前から発生したカナルの波は一瞬で巨大な光の渦を描き、嵐となってエトランゼを飲み込んでいく。

 光の渦の中で無数の爆発が連鎖した。エトランゼの体内に眠る機関が光を上げて無数に空を照らし出す。風の中、蒼い機体は腕を引き、腰のフレアユニットを回転させて新しい剣を装填する。腰の周りに繋がっている八つの翼のようなユニットにそれぞれ剣が内蔵されており、その形を組み替える事で独特の機動と剣の格納をまかなっているのだ。

 闘いを見守っていたフェイス隊員たちは全員そろって口をあんぐりとあけたまま呆然としていた。正に絶句である。カナルに押し流されていったエトランゼたちは勢いを失い停止している。ジークフリートは新しい剣を取り出し、顔だけで振り返った。


「皆は来ないでね。危ないから」


「え……?」


「あのくらいなら多分――ぼく一人で事足りるから」


 ジークフリートが加速する。蒼い光を纏い、残像を描きながら。敵の群れの中に突っ込んで――あとはただただ虐殺だけがあった。

 尋常ならざる速度で舞い踊りながら剣の乱舞を繰り出す。目に着く所から片っ端叩き斬って行く。一秒に二匹、三匹、四匹――速度はどんどん上がっていく。時間がスローに感じられた。ジークフリートは限りなくマキナを自由にする。まるで空の中で一人ダンスを踊っているかのような気分だった。

 ただただ世界が蒼い。マキナはうっとりとした表情で恍惚を満喫する。もう、機体の性能に煩わされる事などない。これが正真正銘マキナ・ザ・スラッシュエッジの真の実力。限りなく研ぎ澄まされた感覚がジークフリートに染み渡り、ほぼ無限に展開されたER領域が彼女に森羅万象を伝える。カナルから伝わるエネルギーの弛緩一つ一つが手に取るように判る。コックピットの中に蒼い風が吹いていた。少女は髪を揺らし、瞳を開く。


「……こいつらを操ってるのがいる。一番奥……少し大きいエーテル――」


 遥か彼方に何かが居た。マキナは直ぐに動き出す。その行軍を邪魔するようにエトランゼたちが壁を作っていくが、それをマキナは剣の一振りで絶滅させる。


「――邪魔すんなァッ!! 退けぇえええええっ!!!!」


 滅茶苦茶に斬り捨てまくりながら前進する。もう何もジークフリートを止められなかった。何千何万の戦力が彼女に匹敵するというのだろうか。一騎当千天上天下、無双という言葉がまさに相応しい。彼女は今文字通り蒼のカラーズ――生きたる伝説だった。

 後方、一際巨大なエトランゼの姿があった。人型のシルエット――それはむしろFAに良く似ている。その姿は巨大で、かつデザインはあの化け物――レーヴァテインに良く似ていた。マキナの瞳が揺れ、口元に笑みが浮かぶ。それはレーヴァテインではない。だが――“似たものを斬り捨てられる”喜びに胸が打ち震える。獣のような声を上げ、ジークフリートが光を迸らせながら突撃する。それを迎撃するように人型のエトランゼはカナルから光を吸収し、巨大な閃光を放った。フォゾンビーム砲に匹敵する火力がカナルを焼き、一瞬でジークフリートに迫る。


「で?」


 が、次の瞬間振るわれた剣の一閃で消滅させられてしまう。時間が止まっていた。エトランゼに驚くという感情があるのかどうかはわからない。だがその空白はそれに限りなく似ていた。

 あわてたように次々にビームが放たれる。が、今度はあたりもしない。残像を残しながら高速移動を繰り返すジークフリートの軌道を読みきれないのだ。やがて面倒くさくなったようにマキナは目を閉じ、眉を潜めた。


「無駄――」


 無防備な状態で停止するジークフリートにビームが直撃――したように見えた。しかし次の瞬間ジークフリートは短く吼えながら蒼い光の柱を立ち上らせる。柱の結界にビームは弾かれ霧散した。無傷の機体が首を擡げ、蒼く輝く瞳を細めた。


「ごめんね。おまえに恨みはないけれど。似ているのが悪いんだ。だから――死ね」


 ふと、ジークフリートが姿を消した。次の瞬間にはエトランゼの胸を背後から剣が貫いていた。背後に回っていたジークフリートは全身から剣を上空に射出し、エトランゼの周囲を一周しながら落ちてくる剣を受け取り次々に突き刺していく。全身を剣で滅多刺しにされた敵が悶え、苦しむのを見てマキナは満足そうに唇を舐め、最後に両手を剣で作った傷口に突っ込み、左右に強引に引き裂いて終焉とした。

 無数のエーテルが液状になってジークフリートに降り注ぐ。指揮官を失い、エトランゼたちは一気にカナルの中へと逃れていった。マキナはジークフリートの中、静かに涙を流しながら震えていた。絶対的な力を手に入れた感動が彼女を打ち震わせていた。ジークフリートは返り血を浴びたまま、両手に剣を握り締めたまま、空を仰いで静かに目を閉じていた。


「………………。おい。いくらなんでもこりゃねえだろ。あれがあのへこたれ嬢ちゃんなのか? 五千って聞いてたが、誤報だったのか?」


 戦場に駆けつけた時には全てが終わっていた。揃い踏みしておきながら全く何もせずに停止するカラーズ三機。余りにも圧倒敵過ぎる力――。ザックスは無言で腕を組み、溜息を漏らす。アテナは――。


「…………あれが、蒼のジークフリート……」


 その美しい姿に何故か恐怖を覚える。何故あんなものが生まれてしまったのだろうか。化け物をも屠る化け物――。来訪者殺しの剣。伝説の英雄の剣。今は彼女の剣。ジークフリート――。それは、一体なんなのだろうか。

 絶望の戦場を一瞬で蒼に染め上げ、ジークフリートは佇んでいた。長く伸びた蒼く輝くエーテルの髪が棚引き、ただただ風の中で存在を誇示していた。




Siegfried(3)




 アルティールに帰還したマキナを待っていたのは凄まじい大歓声だった。無傷のジークフリートから姿を現したマキナは生徒たちから向けられる賞賛の声にただただ呆気に取られていた。別に誰かに褒められたかったわけではない。ただエトランゼがむかつくのでやっつけただけである。目をぱちくりさせるマキナの頭の上にうさぎに戻ったアポロがよじ登り、鼻をすぴすぴ鳴らした。


「うーん……。人がいっぱいだ」


「むきゅ」


「別にそんな事無いと思うけど……。自分がしたかったからしただけだし」


「むっきゅう」


「ジークフリートが? うーん、でも……。まあ別にいいんだけどね、なんでも」


 コックピットから飛び降り、マキナはあっけなく着地を果たした。エーテル覚醒の段階が進んだ為、身体能力も向上しているのである。高所から飛び降りたというのにまるで猫のように何事も無かったかのように立ち上がり、スーツの胸元を開け汗ばんだ身体に風を取り入れていた。

 ハンガーは既に仲間たちで溢れており、様々な声が飛び交っていた。駆け寄ってくる事はないが、それはハンガーで待機していたSGたちが規制線を引いているからである。このままシャワーでも浴びて寝てしまいたかったのだが――どうもそうはいかないようだった。


「マキナ・レンブラント。ジークフリートの無断出撃の件で貴方に話があります」


「ぼくはないけど」


「ご同行願います」


「……………。わかったよ、めんどくさいけど」


 SGに連衡される間も歓声は鳴り止まなかった。しかしマキナはどこか冷めた気持ちでそれを聞いていた。誰かに褒められるようなことではないのだ。闘いとは英雄的なものではない。ただただ無意味な事だ。褒められたところで嬉しくはない。

 連れて行かれたのはアルティールの管制室だった。管制官たちもマキナが入ってきた事で一瞬視線を集中させたが、ジルが咳払いをした事であわてて仕事に戻る。待っていたのはジルとラグナ――そしてアンセムであった。


「マキナ・レンブラント……」


「はい」


「…………こんの、馬鹿たれがーっ!!!!」


「ふぎゅっ!?」


 突然ジルの鉄拳がマキナの柔らかい頭骨に減り込んだ。そのあまりの破壊力にマキナの目の中に星が飛ぶ。頭を押さえながらぷるぷるし、涙目になるマキナを前にジルは本気で怒っている様子だった。


「ジ、ジルせんせい……?」


「馬鹿が!! なんて無茶をするんだ!! 死ぬつもりか!? いっぺん死ねッ!!」


「え、えぇ〜……? へ、へこたれる……」


「馬鹿が……。どれだけ心配したと思ってる……。貴様は私の生徒の中で一番の大馬鹿だ……」


 それからマキナの頭を優しく撫で、ジルは眉を潜めて泣いていた。それを見てマキナは少しだけ申し訳ない気持ちになり、照れくさそうに苦笑を浮かべた。


「全く、馬鹿しかいないのかここには……。アンセムにはよぉ〜〜〜〜く言って置いたが、貴様も後でお説教だ。それからトイレ掃除に校庭整備、ランチの手伝いにシミュレータ整備……! 懲罰フルコースしてやるから覚悟しておけ馬鹿たれ!」


 見ればアンセムの頬は赤く腫れ、眼鏡は片方レンズが割れていた。全く普段通りの様子なのでそうは見えないが、どうやら力いっぱいジルの拳が減り込んだ様子である。マキナはただ頭を叩かれるだけで済んだのだ、ましなほうだろう。冷や汗を浮かべながら背筋を震わせるマキナ……。そんなマキナの前にラグナが出てその肩を叩いた。


「おつかれ、マキナ。見せてもらったよ、君の選択を」


「……ラグナ君」


「正にザ・スラッシュエッジの名に相応しい伝説的な戦いだったね――と、褒めてあげたいのは山々なんだけど……」


「判ってる。無断使用だもんね。大事なジークフリートに何もなかったからいいけど、そういうわけにもいかないし」


「話が早くて助かるよ。上層部が君を待ってる」


「また査問かあ……。二度目だね」


 舌を出してかわいらしく笑うマキナ。その様子はどこか吹っ切れたように見える。ラグナはそんなマキナの様子に安堵し、肩を叩いて歩き出した。ラグナはSGの一員、マキナを連行する義務がある。

 背を向けて歩き出すマキナの背中をアンセムはじっと見つめていた。隣に立っていたジルが涙を拭いながらアンセムの足を思い切りヒールで踏みつけ、アンセムは青ざめた表情を浮かべる。


「おい、何も言わないのか?」


「…………〜〜! お前は……そろそろ、手加減というものを……覚えたら、どうだ」


「何か言ったかロリコン野郎」


「……何故そうなる?」


「馬鹿が……! マキナに何かあったら承知しないからな、大馬鹿が。馬鹿が!」


「……。馬鹿馬鹿言うなよ。もう十分、身に沁みているんだからな――」


 腫れた頬に手を当て、アンセムは苦笑を浮かべる。ジルはそんな男の横顔を見て少しだけ安心した様子だった。仏頂面は相変わらずだが――以前とは違う、少しだけ吹っ切れた笑顔がそこにあったから。


「マキナッ!!」


 廊下を行くマキナとラグナの正面、駆け寄ってくるアテナの姿があった。背後にはザックスとカーネストが遅れて続く。ここまで全力で走ってきたのか、呼吸を乱したアテナはじっとマキナを見つめていた。ラグナが気を利かせて道を譲り、マキナは真っ直ぐにアテナの前に立った。


「アテナさん……」


「マキナ……。貴方……貴方は……っ」


「すみません、話は後でゆっくり聞きます。ちゃんと怒られるし、ちゃんと反省もしますから。だから……ね?」


「――――」


 アテナは泣き出しそうな表情を浮かべ、それからぎゅっと強くマキナを抱きしめた。肩を震わせ、必死に嗚咽を殺して涙を流すアテナ。そんなか弱い背中に手を伸ばし、マキナも彼女の身体を抱き寄せた。二人はそうして暫く抱き合い――マキナはそっと身を離す。


「行きますね、もう」


「…………ばか……っ」


「今日はいっぱい馬鹿って言われちゃいました。でもまあ、しょうがないです。馬鹿ですから――」


 寂しげな笑顔を浮かべ、マキナは歩き出す。後方で待機していたザックスとカーネストが道を譲り、マキナを見つめた。少女は目を閉じ、歩き出す。三人のカラーズとすれ違い、その先へ――。


「……よかったのかい?」


「うん?」


「もう、戻れないかもしれないよ」


「ラグナ君……」


「ん?」


「ありがとね」


「…………。ああ、お安い御用だよ。可愛い女の子には親切にするのが僕の信条だから」


 二人は擬似会議室へと足を踏み入れた。重苦しい扉が閉じ、姿が見えなくなる。アテナはその後姿を見つめながら胸に手を当て泣き出しそうな表情を浮かべていた。ザックスが傍らに立ち、アテナの頭を撫でる。


「生きているのならば話し合う機会もあるさ。分かり合える――そうだろう? 努力を惜しまなければ、な」


「ザックス……」


「しかしあいつ、顔立ちが変わったな。前は甘ったるいだけのただのガキかと思ってたが……」


「ああ。今では立派な戦士の顔をしている」


 カーネストが肩を竦め、楽しそうに笑う。ザックスも腕を組んで嬉しそうだった。アテナは涙を拭い、顔を上げる。戦う意味――理由。様々なものがこれから必要になるだろう。だが何よりも先立つものは力なのだ。この世界の中で生き抜くために、信念を曲げぬ為に力が要る。プライドは意思を強固にし、彼女の行く道を守り続けるだろう。

 ブリュンヒルデは自分を囲う鳥籠だ。だが同時に彼女の翼でもある。大きな力が要る。マキナに負けない為に、自分が自分で在り続ける為に……。これは終わりではなく始まりなのだ。そしてここから歩き出す。自分自身で選び取った未来を、もう一度夢見る為に。



「さて! 勝利の祝いでもするかね?」


「え?」


「お、いいねえ〜。パーティーはいいぜ、美味いモンが食い放題だし、女は多いし酒は美味いしな。当然、おっさんのおごりだろ?」


「いや、私はシュトックハウゼン隊の経費まかなうだけで結構カツカツなんだが……」


「おいおい、俺らみたいなガキに支払いさせんのかよ? かっこ悪い大人だな、オイ」


「むむむ……そう言われては引き下がれんな……。ほら、行くぞアテナ君。まずは祝杯をあげようではないか」


「えっと……それは、私も参加で決定なの?」


「「 あたりまえだろ 」」


 二人が声をそろえて笑う。それがおかしくてアテナもつられて笑ってしまった。三人は歩き出した。アテナは振り返り、重い扉の向こうにマキナの存在を感じる。

 そうだ、もっと向き合わねばならない。自分とも彼女とも……そして、世界とも。アテナは静かに息を着き、歩き出した。その表情はカラーオブレッド――アテナ・ニルギースそのものであった――。


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