闇色スクールデイズ(2)
「…………」
体力作りの訓練が三日も続くとなんだかもう全身筋肉痛で痛いのか痛くないのか良く判らなくなってきました。
「はふぅ……」
一日の終わり、身体を癒してくれるのはやっぱりなんといってもお風呂です。学生寮の癖に結構ちゃんとしたお風呂がくっついてるのは本当にいい事だと思います。
初日にニアと一緒に買って来た日替わり温泉の素が今の所わたしの一日の楽しみであり、ご褒美でもあります。マキナ、今日もおつかれさまでした。ニアは熱いお風呂は苦手らしく、わたしが入って少し温くなったお風呂に入ると言っていつも先に入れてくれます。ちょっとラッキーです。
肩までしっかりとお湯に使っていると、アポロが水面に顔を出しました。ずっと潜っていたのか、顔が既に赤くなっています。うさぎなのに顔が赤くなっているというのも冷静に考えるとかなり謎ですが、昔からこうなので気にしたら負けです。
「アポロ、狭いんだからお風呂で泳いじゃ駄目でしょ?」
「むっきゅー……」
耳を水面にぱちゃぱちゃさせながらアポロは風呂釜の縁に上半身を乗り出し、幸せそうに柔らかくなっていました。アポロはいつも柔らかそうですが、お風呂に入ると更に柔らかくなります。
アポロの身体をぐにぐにとひっぱるのがお風呂に入る時のわたしの日課です。それにしても全身の筋肉が限界を超えて悲鳴を上げています。手足とかぷにぷにだからハードトレーニングに着いていけないのです。
「クラスで一番足が遅かったんだもんなあ……。にぶいにぶいっていっつも言われててさあ……」
「むっきゅ」
「……わたしも、ニアみたいに走れたらいいのにな……」
今日も学校でいっぱいジル先生に怒られてしまいました。最近一日平均四回はジル先生に怒鳴られている気がします。ジル先生の持っている鞭が飛んで来るのもそう遠い日の事ではない気がしてなりません。
濡れた前髪からお湯が滴り、それが湯船に吸い込まれていくのをじっと眺めていました。どうしたら上手くやれるのか。どうしたら怒られないように出来るのか。どうしたら、ニアに迷惑をかけないように出来るのか……。
怒られる度にニアは一緒に懲罰に付き合ってくれます。放課後のトイレ掃除、昼休みのカフェの手伝い、訓練用シミュレータの掃除……。どれもニアは全く嫌な顔一つせずに付き合ってくれます。
それがとても嬉しくもあり、とても不安でもあるのです。ニアはもしかして、わたしの事をめんどくさい子だと思っているのではないでしょうか。ニアはとてもいい人です。でも、あんなにもダメなわたしを見て何を考えているのか、それはわかったことではありません。
いやいや、でもニアに限ってそんな事はないだろうと自分に言い聞かせます。でも、変な話といえば変な話です。わたしが今まで見てきた同年代の子たちと言えば、わたしを見ればとろいとかドジとかにぶいとかあほとか馬鹿とかどうしようもないとか見ていると情けなくて涙が出てくるとかそんな風に言っていました。実は自分でもそのとおりだと思っています。
なのにわたしに優しくしてくれるニアは、つい数日前に出会ったばかりなのです。まだたったの一週間しか一緒に居ないニアの気持ち、それがわかると言い張る方が無理というものだと思うのです。
「わたし……ニアにとって邪魔になってないかな」
アポロの耳を人差し指で転がしながら目を細めました。最近はずっとその事ばかり考えています。ニアに嫌われたくないです。ニアとずっと友達で居たいです。そうわたしが言えばきっとニアは“大丈夫、ずっと友達だよ”と笑顔で応えてくれる事でしょう。でも――。
「どうしてニアは、会ったばかりのわたしに優しくしてくれるのかな……」
「マキナー、ちょっといいー?」
「ひゃあっ!?」
突然浴室の扉が開き、ニアがにこにこしながら顔を覗かせました。裸を見られるのが恥ずかしかったので慌ててアポロを抱きかかえ、湯船に深く沈みます。ニアはジャージ姿のまま、目を丸くしていました。
「あはー。ビックリしすぎじゃない?」
「びび、びっくりするよう! ノックくらいしようようっ!」
「あはは、ごめんにゃー。ねえ、明日は初めての週末休みだけど、どうする? どこか出かける?」
「え……? あ、そっか」
もう一週間経つんだ――。漸くそこに来てそれを思い出しました。明日からはニ連休、勿論フェイスに行って訓練する事も出来ます。フェイスの学生証があれば様々な訓練施設を二十四時間使用する事が出来るのです。
土日を使って何をするか、それはもちろん訓練に決まっています。本当は部屋の中でごろーりごろごろしていたいのですが……というかここに来るまではずっとそうしていたのですが……とにかくこれ以上ニアの足を引っ張るわけにはいきません。
「わたしは、シミュレータ訓練のおさらいしてくるよ……あと走りこみ」
「えー。土日まで訓練しなくてもよいではないか。マキナ、一緒に出かけようよ! まだ全然街の事わかんないしさ。今週は疲れてて全然出かけられなかったし」
「う、うん……でも……」
「いいからいいから! じゃ、明日はお出かけね! それじゃっ!」
ニアはわたしの言葉を聞かずに去っていってしまいました。ニア、強引に誘うのがちょっとまたイケメンすぎます……。うう、訓練しなきゃいけないのになあ……。
ふと、胸元を見るとアポロがぐったりとした様子で項垂れていました。見るとかなり強く胸に顔を押し当てたまま、ずっと呼吸停止していたようでした。慌ててアポロを引っ張り上げ、その耳を掴んで揺さぶります。
「あ、あぽろー!! 死なないでーっ!?」
そんなこんなで初めての休日が訪れようとしていました。でも、果たして明るい気持ちで素直に休日を楽しむ事が出来るのかどうか……自信はありません。
マキナ・レンブラント、休み前の日記より――――。
闇色スクールデイズ(2)
「ん〜〜っ!! 今日もいい天気だなぁっ!!」
青空を前に両手を伸ばして叫ぶニア。その傍ら、寝不足でグッタリしたマキナの姿があった。昨晩一緒に出かけようと誘われてからというもの、色々と余計な事を考えすぎて眠れなかったのである。
方やすっかり快眠でお目目ぱっちりのニアは元気良く風と光に目を細めていた。涎を垂らしながら死にそうな顔でぐったりしているマキナの手を握り締め、元気良く敬礼する。
「それでは、今日は何をして遊ぼうか?」
「……何をしてって……何をすればいいのかな?」
「あはー。それはなんでもいいじゃないか! カラオケとか、ボーリングとか、ゲーセンとか!! ファミレスのドリンクバーで七時間くらい居座るとかさ!!」
「……ごめん、ニア……。わたし、友達と一緒に遊んだ事ないから、何をすればいいのか何も判らないんだ――」
遠いところを眺めながら目を瞑るマキナ。その頭の上でアポロが小さく欠伸を浮かべていた。あまりにも煤けた背中になんとも言えずニアは苦笑を浮かべる。
「じゃあ、今日はボクに任せてよ! マキナのエスコート、頑張るからさっ」
にっこりと爽やかに笑うニア。少女に手を引かれ、マキナは目の下にクマを作ったまま着いていく。二人は手を繋いだまま寮から移動してショッピングモールへとやって来た。ニアはまず朝食代わりにモール内で売られていた白いもちのような食べ物を購入し、更に別の店でコーヒーも調達する。ニアはと一緒にその中々噛み切れない餅をかんだまま引っ張ったりして、お互いに噛み切れなくて笑ってしまう。餅+コーヒーという組み合わせはそれほど嫌いではないとニアは笑っていた。
実際にはそれは餅という名前ではなかったが、餅のようなものである。商品名は“もっちー”と看板に書いてあった。マキナは“それは餅なんじゃないのか”とツッコみたかったが、ニアがどんどん先に行ってしまうのでそれは断念した。
頭の上から移動し、マキナが肩からかけている鞄の中に納まったアポロは一生懸命にもっちーを噛み切ろうと頑張っていた。ニアはそれを見て“両方餅にしか見えないにゃー”と語り、マキナはそれに頷いた。
二人はもっちーを食べながらあっちこっちを歩き回った。ショッピングモール内には様々な店があり、ただ歩いているだけで飽きる事はなかった。街頭で収録されているラジオブースを通り抜け、様々な音楽を若者たちが好き勝手に流すストリートを抜ける。公園では沢山の風船を手にしたきぐるみが子供たちに配っていたそれを一つずつマキナとニアも受け取り、路上で楽器を演奏している売れ無そうなミュージシャンの演奏に二人だけで拍手をしてみたりした。
ただ一緒に歩くだけで沢山の感動があり、眠気や不安は一気に吹き飛んでしまった。マキナにとってそれは初めて友達と一緒に過ごす休日であり、沢山の喜びと楽しみがそこにはあった。お昼を回る頃には既にマキナもノリノリであり、二人でカラオケに入っていた。
二人で好きな歌手の話をしたり、巨大なパフェを食べたりして非常に盛り上がっていたその傍ら、アポロが一人でマイクを独占していた事に二人は気づいていなかった。
楽しい休日はあっという間に過ぎ去っていく。マキナは休日がこんなに楽しい事だとは思わなかった。全身筋肉痛でも、先が見えなくても、一人じゃないという事はとても幸せなのだと気づく。
休日はもっぱら家の中に引き篭もり、楽しみといえば母親の作る料理くらいであった。そんな過去を思い返せばこそ今の幸せを知る事が出来る。マイクを握り締め、マキナは笑っていた。辛い事も悲しい事も、今だけは全て忘れる事が出来たから――。
アルティール内部、フェイス直轄FA運用カタパルト前――。立ち並ぶ正式運用機、ヴォータンたちの隊列の中、風と光を浴びて雄雄しく聳えるブリュンヒルデの姿があった。
地上に尤も近い第一階層は生活の為のエリアではなく、その様相は非常に物々しく冷たい印象を受ける。ずらりと並んだ対空砲台、ミサイル発射台、FA運用の為の大型航空輸送機……。それらの景観に混じり、アテナ・ニルギースは風を受けながら腕を組んでいた。
周囲をメカニックたちが忙しく行き交う中、アテナは一人退屈そうに真紅の髪を風に靡かせる。見上げる視線の先には出撃前の最終チェックを受ける愛機、ブリュンヒルデの姿があった。彼女の瞳の先にはいつもブリュンヒルデがある。それは彼女のアイデンティティであり、生きる意味でもあった。
「――調子は悪くなさそうだな、アテナ」
少女が振り返る視線の先、黒いコートを身に纏ったアンセムの姿があった。アンセムが歩み寄ってくるのを見てアテナは少しだけはにかんだ笑顔を浮かべる。他人には拒絶の表情しか見せないアテナが見せる、僅かな少女らしい表情だった。
二人の影が近づき、アテナは足を止めた。アンセムは眼鏡の向こう、いつも通り無表情にアテナを見下ろしている。次々にヴォータンが搬入されていく景色を背景にアテナはアンセムに敬礼した。
「コンディションは常に万全です。自分の精神、体調くらいは管理出来て当然ですから」
「そうか。ブリュンヒルデも式典装備から通常運用形態に戻したな」
「……はい。正直、ブリュンヒルデをああいう事に使われるのは困ります。貴方からもキリュウに言ってもらえませんか――? “兄さん”」
アンセムは片手をポケットに突っ込み、肩を竦めた。キリュウ・オウセンは実力的にも背景的にも生徒会長に相応しい人材である。多少遊び心が過ぎる点もあるが、そこを見逃せば彼ほど学園を上手く回す人間もいないだろう。それこそ教師陣より遥かに上手くやっているのだ。注意する事などアンセムにも出来るはずはない。
彼を兄と呼び慕うアテナ……それには勿論理由があった。彼等は実の兄妹というわけではない。ただ、そのような関係として昔から付き合いがあったというだけの事である。
アテナはアンセムにそれ以上の気持ちを抱いているのだが、本人がそれに応える事はなかった。アンセムはこの広い世界の中、恐らく唯一心を開いている人物であり、たった一人の家族でもあった。
「彼の好きにさせればいい。それに多少のパフォーマンスは必要な事だ。カラーズの一員ならばな」
「――アルティールは生徒の質が悪すぎます。だから他のカラーズの席を“べガ”と“デネヴ”に奪われる……。“蒼”の空席も問題でしょう? いつ理事会で問題になるか」
「カラーズ六人中、アルティールが抱えるカラーズはお前だけだ。いわばお前はアルティールの権力の象徴であり、世界に対する証でもある」
「紅は好きです。でも、“カラーオブブルー”……“スラッシュエッジ”の二つ名の方が私は好みです」
少し拗ねた様子でそう語るアテナ。その頭に腕を伸ばし、黒革の手袋越しにアテナの頭を撫でるアンセム。アテナは照れくさそうに片目を瞑り、それから俯きながら微笑んでいた。
「蒼は空席だろう、永遠に……な」
「でも……」
「――アテナ、そろそろ出撃だよ!」
背後から聞こえた声にアテナはアンセムを突き飛ばす。よろけて倒れそうになるアンセムを脇目にまるで今まで離れていましたと言わんばかりに堂々と腕を組んで振り返った。その視線の先、長身の少女がアテナに手を振っていた。
「……判っているわ!」
せっかくアンセムが見送りに着てくれたというのに、野暮もいいところである――。怒りを表す事も出来ずアテナは不貞腐れた様子でそっぽを向いた。アンセムはずれた眼鏡を直しながらアテナと向き合い、
「気をつけろよ、アテナ」
そう頷いた。敬礼し、アテナは背を向けて去っていく。真紅の機体、ブリュンヒルデが主の到着を心待ちにしていた。
アンセムの正面、次々にヴォータンが出撃して行く。最後にカタパルトから出撃したブリュンヒルデが先行するヴォータンを追い抜き、先頭を突き進む姿を見送り、アンセムは背を向けた。
「あーっ、楽しかったあ……っ」
カラオケから出たマキナとニアは夕暮れの景色の中を一緒に歩いていた。四時間カラオケルームに閉じこもりっぱなしであったが、基本的に室内の方が落ち着くマキナはそれが一番楽しかったりするのである。
座ったままの状態で凝り固まった身体をほぐすように大きく伸びをするマキナ。ニアは傍らを歩きながらにっこりと微笑み、マキナの顔を覗きこんだ。
「よかった。マキナ、元気出たみたいだね」
「えっ?」
「マキナ、最近ずっと思いつめてたでしょ? だから、少しでも元気になってもらえたらいいなってさ」
「…………ニア」
足を止めて黙り込むマキナ。そのマキナの手を取り、ニアは歩き出した。二人は無言のままショッピングモールを出て頭上を行き交うモノレールの下、人工の夕日に照らされて寮への帰路を歩いていた。
勉強を少しでもしなければならない状況で、ニアが自分を誘ってくれた理由……。ニアは今日ずっと手を握り締めてくれていた。傍に居てくれた。いつもマキナの話を笑顔で聞いてくれた。ずっとずっと、気を遣ってくれていたのだ。
お陰でマキナは確かにリフレッシュし、思い悩んでいた事さえも忘れてしまった。しかし今日一日のニアの態度を思い返すとマキナはまた不安な気持ちに陥ってしまっていた。耐え切れず、訊ねてしまう。
「ニアは……どうしてそんなに優しいの?」
「え?」
「優しすぎるよ……。わたしなんかの為に、いつも無理して……」
「え? 無理なんてしてないよ」
「してるよ……! わたし、ニアにすごく一杯迷惑かけてるもんっ!! いつもいつも……っ!!」
ニアの手を振り解き、泣きそうな顔で一歩引き下がるマキナ。ニアは弾かれた掌をそっと握り締め、それから悲しそうな顔でマキナを見詰めた。
「わたし……ニアに優しくしてもらう資格なんかないのに……」
「……マキナ、それは違うよ」
「違わないもん! ニアはどうしてそんなに後先考えないで大丈夫とか頑張れとかなんとかなるとかって……っ! なんとかならないし大丈夫じゃないし、頑張ったって意味ないんだよっ!! だって……!」
だったら何故、母は死んでしまったのか。何故自分は一人ぼっちになってしまったのか。何故こんな、来たくもない学校に来てしまっているのか。
母の心臓病は昔からの事だった。母は時々倒れてしまった。そうなると母は入院する事になり、マキナは広い家の中で一人ぼっちだった。学校でいじめられても、母を心配させまいと明るく振舞った。母が元気になるようにと、毎日星に祈った。一人で何でも出来るようにと、なんにだって挑戦した。
頑張った。マキナは頑張ったのだ。友達だって作ろうと努力した。でも誰もマキナに近づこうとしなかった。傍に寄れば傷つくなら、友達になっても直ぐに遠ざかってしまうなら、そんなものは必要ないのだと自分に言い聞かせて来た。
頑張ったのだ。頑張った……それでも母は死んだ。いい子にしようと努力したのに。頑張ろうとしたのに。頑張っても頑張っても報われなかった。自分のようなちっぽけな存在がどんなに足掻いたところで世界は何も変わらないのだと思い知らされたのだ。
せめて誰にも迷惑をかけずに静かに生きて、それで死ねたらもうそれでいい……。ならどうしてこの街に来てしまったのだろう。アンセムに期待したから? 生きる目的を見つけたかったから? 母の言いつけだから――?
どれも正解であり、恐らくはどれも正解ではない。マキナは自分自身の定まらない気持ちに押しつぶされそうだった。拳を握り締めて項垂れるマキナを見詰め、ニアは申し訳無さそうに目を細めた。
「……ごめんね。ボク……余計な事しちゃったのかな」
「…………そういうわけじゃないけど」
気まずい空気が流れる中、ニアは顔を上げた。そうしてマキナの手を握り締める。マキナの瞳を覗き込む瞳は――マキナと何も変わらなかった。不安に包まれた、揺れる瞳。マキナの知るニアの、自信に満ちた目とそれは余りにも異なっていた。
「マキナは友達が居ないって言ってたよね。自分は駄目だって……。でも、それはボクだって一緒なんだよ」
「えっ?」
余りにも予想外の言葉に思わず素っ頓狂な声を上げる。そんなマキナにニアは照れくさそうに語った。
「ボクはほら、アナザーでしょ? なんか多分、普通の人と変わってるんだろうね……。やっぱりなんだか馴染めなくってさ。友達、いなかったし。それに……」
「それに?」
「ボクは、大家族の一番お姉さんなんだ。っていっても血が繋がってるわけじゃなくて――。両親はいないから、同じアナザーの子供たち同士で暮らしてたんだ」
アナザーはまだ歴史の浅い存在である。そして生まれた時からエーテル環境に適応し、人間よりも優れた特徴を持っている。そのアナザーという存在を忌み嫌う人も、それを妬む人も決して少なくはない。アナザーに対する差別意識は根深く、世界に当たり前のように浸透している。
「ボクは、家族を養えるお金が欲しい。フェイスのライダーになれば、いっぱい稼ぐ事が出来るって……。でも、ボク頭悪いからさ。入試はすごく大変だったし、上手くやれるかはわかんないよ。ボクも不安で……でも、マキナが居てくれたから救われたんだ?」
「え……?」
「マキナはボクを見ても全然嫌な顔しなかった。アナザーの事嫌いって聞いたら、そんな事ないって言ってくれた。嬉しかったんだ! アナザー以外の友達が出来るの……初めてだったから」
照れくさそうに語るニアを真っ直ぐに見詰め、マキナはただ黙り込んでいた。自分の抱えていた事情など、誰もが抱えているものに過ぎない。この世界の中、不幸を抱えて生きる人間など星の数ほど存在するのだ。
それでもニアは真っ直ぐに生きようとしている。大丈夫、頑張れ、なんとかなる――。マキナにだけあてた言葉ではない。家族から離れて孤独なこの街で生きる、自分に言い聞かせる言葉でもあったのだ。
「だから、友達って言ってくれるマキナの事を大事にしようって思った。友達だから、なんだって一緒にやろうって思った……。マキナの力になってあげたいんだよ。でも……ボク、余計な事しちゃったのかな? やっぱりアナザーだから……普通の人の気持ち、判んないのかな……」
「そ、そんな事ないよっ!!」
ニアの手を握り返し、マキナは叫んだ。真っ直ぐにニアを見詰めるその視線は決して脅えては居ないし、迷っても居ない。きらきらした、純粋な眼差しだった。力強い視線を前にニアが目を丸くする。マキナはより一層手を強く握り締めた。
「わたし、ニアに会えて良かったよ! ニアが居てくれたから、フェイスでやってこうって思ったんだもん! わたし……ニアがわたしの事嫌いになるんじゃないかって、迷惑ばっかりかけてるから……」
「さっきも言ったけど、全然そんな事ないよ? 仮に迷惑でも、ボクはほら、小さい子の面倒とかずっと見てたからさ。全然気にしないよ。それに、女の子に優しくするのは当たり前だよ」
「ニア……ごめん……」
「い、いいよぉ! ボクの方こそごめん……。ボク、何でもしてあげたいって思ってたけど、それがマキナのプレッシャーになってたんだね」
二人して手を握り合い、頭を下げた。夕焼けの中、二人は同時に顔を上げる。マキナは今までに無かったほど楽しげに微笑を浮かべた。ニアもそれに釣られ、にっこりと笑う。
「アナザーだろうがなんだろうが、ニアはニアだよ。わたし、ニアの事が大好きだよ」
「ボクも。君と一緒にいるよ。だってボクらは、パートナーなんだから」
「…………わ〜〜ん、ニア〜〜っ!!」
「マキナ〜〜〜〜ッ!!!!」
その場で二人はひしと抱きあった。通行人たちが二人を訝しげに眺めていたが、二人はそんな事気にも留めなかった。
本当の友達に出会い、そしてこうして一緒に努力する事が出来る。それはとても素晴らしい事なのだ。明日の事は判らないし、不安はもちろん消えはしないだろう。だがそれでも、一緒なら歩いていける。
「わたし、勉強する! いっぱい練習する! だからニア、手伝ってくれるかな……?」
「もちろんだよ! さあ、帰ったら復習しよう! 夜中の方が、シミュレータールームも空いてるだろうしね!」
「うんっ!!」
もう、なんだって出来る気がした。筋肉痛だとかそんな事はどうでもいい。今はこの気持ちを大事にしたい。心の中に確かに芽生えた微かな光――。その感情の意味は、まだわからなくとも。
とりあえず歩いていく。明日の事は明日考える。怒られながらへこたれながら生きて行く。大切な、友達と一緒に――。
〜ねっけつ! アルティール劇場〜
*展開速いです*
ニア「今回はとんとん拍子に進めて行くよっ!!」
マキナ「ほわあっ!? 急にどうしたの……」
ニア「ベロニカから学んだんだよ! ゆっくりやってると色々大変だってね!!」
マキナ「それ、ベロニカじゃなくてディアノイアの時点で学ばなきゃいけないことじゃないかな――」
ニア「それにしても久しぶりのロボットは緊張するにゃー」
マキナ「ロボットあんまり出てきてないけどね」
ニア「これからいやってほど出てくるんだからいいんだよ!! でも、結構懐かしいカンジしない?」
マキナ「あー。レーヴァテイン、キルシュヴァッサーを読んでる人は雰囲気的に懐かしい物があるかもね」
ニア「フォゾンとか、エーテルとか」
マキナ「生徒会とかね」
ニア「でも、やっぱりロボット小説はいいものだよね〜! もっと皆ロボット小説書けばいいのに」
マキナ「異様に人気ないよね、ロボット……」
ニア「まあ、ぶっちゃけ設定とか考えるのめんどくさいからね」
マキナ「言っちゃった――!」
ニア「メンドクサイ事この上ないよ〜。何やっても〇〇のパクリって声が必ず聞こえてくるしね」
マキナ「ぶっちゃけた――!」
ニア「パアアアアクリで何が悪いぃいいいいいいいいいい!!」
マキナ「そっちなんだ――!?」
ニア「まあそんなわけで、今後もアルティールをよろしくおねがいしますにゃ!」
マキナ「…………あのね、ニア?」
ニア「にゃす?」
マキナ「今までの劇場スペースは、キャラ崩壊と不真面目さがあまりにも酷すぎたから、読者の皆さんが困惑してたと思うの」
ニア「そう? みんなノリノリ――」
マキナ「だから、アルティールからは真面目にやろうと思うの。頑張って、いい子になろうと思うの!」
アポロ「むっきゅう! むきゅっきゅう!!」
マキナ「うるっせえんだようさぎの分際で割り込んでくるんじゃねえッ!! 餅がッ!!」
アポロ「むギッ!?」
マキナ「なんなんだよ宇宙うさぎって……意味わかんねえんだよ……」
ニア「……マキナさーん?」
マキナ「とにかく、真面目にがんばろうねっ」
ニア「…………ハイ」