Etranger(3)
「しかし、よく乗る気になってくれたものだな……」
「…………。説明を受けたのだろう。そうなれば、あの子は嫌でも乗らざるを得ない」
「復讐の為――か? レーヴァテインを倒す事……その為にまた戦うのか」
「ヴィレッタもかつてそうだった。彼女も一度は全てを失い、そしてアテナと共に歩む道を拒絶してレーヴァテインと戦う事を選択した。人の意思というものは、時に残酷なまでに魂を上のステージに引き上げる」
「…………欺瞞だろう。結局私たちは、子供たちを戦わせる為の言い訳を考えているだけだ。理由を考えている時点で私たちは終わってるんだよ」
アンセムとジルが見守る中、何度目か判らないジークフリートの起動実験が行われていた。コックピットに移りこんでいる人影は今回はアテナではない。つい数日前までベッドの上から離れようとしなかったあのマキナ・レンブラントが乗り込んでいるのである。
それも当然の事だったのかもしれない。既にセブンスクラウンは手段を選ぶつもりがないのである。マキナは全てを知った。あの日自分たちを襲った化け物の名前がレーヴァテインであるということ。そしてそれらはエトランゼと呼ばれ、地球からやってくるという事。それが世界中に出現し、人類は今正に絶滅の危機を迎えているという事。
その情報の八割はどうでもいいことであった。しかしマキナはエトランゼという存在の意味と、レーヴァテインが何者なのかを知った。もう後戻りは出来なかった。心の中に沸き続ける虚無感はそのまま殺意へと摩り替わっていく。少女には力が必要だった。あの化け物を屠るためには新しい力が要る。それは絶対に必要不可欠な要素。
FAに乗る事も、戦う事も、全ては最悪な記憶へと結びついている。心がそれを拒絶したとしても今のマキナにはそれ以外に生きていく道が残されていなかった。どんなに嫌だろうと乗るしかない……。それがマキナの本心かどうかはわからずとも。
「ジークフリートの出力が上がっているな……」
「馬鹿な……! アテナでも動かせなかったジークフリートを一発目からこれだけ出力を回すのか……。ジークフリートは何を基準にライダーを識別しているんだ……」
「恐らくは……その資質の有無、か」
「曖昧すぎる」
「だが明確な答えだ。シンプルな返答でしかない。ただ奴は待っている。それだけだ」
コックピットでマキナは肩で息をしながら俯いていた。全身がFAに乗るという行いを拒絶している。だが今はこれ以外にすがる物がないのだ。もう何も残っては居ない……。まるで全てが無かった事になってしまったかのようだ。それでも身体がFAを覚えている。この鉄の塊の中に居ると少しだけ気持ちが安らぐ。戦えるだけの力があるからだろうか。それとも、いつでも死ねるのだと約束してくれるからだろうか。
どちらにせよマキナの体力は既に限界だった。悶えながら苦しむマキナをモニターし、テストが中断される。ジークフリートは確かに反応を示した。それだけでもう十分すぎる成果があがったのだから。
コックピットを出たマキナは床の上にうつ伏せに倒れ、そのままピクリとも動かなかった。死んだのではないか――? 一瞬スタッフの間に困惑のどよめきが広がる。しかし数秒後、マキナは震えながら立ち上がった。助け起こそうとするスタッフに凄まじい剣幕で怒鳴り散らし、壁に肩をずるずると引きずりながら歩いていく。その姿を見下ろし、ジルは歯痒く眉を潜めた。
「それであの子がジークフリートを動かせたとして……それでいいのか? 本当に私たちのしている事は正しいのか……?」
「……それは誰にもわからない事だ。誰にも、な」
額に汗を浮かべ、ゆっくりと歩くマキナの正面に立つラグナの姿があった。少年は少女へと手を差し伸べる。マキナは少し戸惑い、その手を取らずにその場に停止した。
「久しぶりだね、マキナ」
「…………」
「君がまた戦う気になってくれたのは素直に嬉しいよ。でも、そんな無理をしてジークフリートに乗れば身体を壊すだけだ」
「ラグナ君はさ……」
スーツの胸元を開けながらマキナは顔を上げた。その表情からはどんな感情の色を汲み取ればいいのかが判らない。ただ、淡白に朱に染まった唇が開き、吐息と共に言葉が紡がれる。
「全部知ってたんでしょ……? レーヴァテインの事も……エトランゼの事も」
「どうしてそう思うんだい?」
「何となく……」
もしもあの頃エトランゼの存在を知っていたなら、自分はまた少し違う未来を選べたのだろうか。しかしそれは決してラグナの責任ではない。この世界には途方も無いほど巨大な陰謀と葛藤があり、人々は矛盾に満ちている。もう責任の所在だとかその勤め方だとか、そんな事を議論しているようなステージではないのだ。世界の真実を知り、そしてそれに抗うと決めたのならば、もうそこに逃げ場などない。あるのは単純な現実だけだ。
「確かに僕は知っていたよ。そして君をジークフリートに乗せる事こそ僕の役割の一つだった。でもここだけの話、僕はそうならなければいいとも思っていた。勿論そういうわけにはいかなかったんだろうけど、でも君がカラーズから遠ざかってくれればそれで僕は満足だったのかもしれない。自分の事なのに良く判らないけどね」
「…………」
「僕は……戦いは嫌いなんだ。人間はいつも戦ってるけど、その意味が良く判らない。君は今何の為に戦っているのかといえば、当てのない復讐心だけだ。身を滅ぼす衝動に全てを委ねて牙を研ぐのは獣と何も変わらない」
「止めてるつもり……?」
「少し違うかな。ただ、君の事を想っている事だけは確かだ。マキナ、君はこの一年で世界が変わったと想っているかもしれない。でも実際は何一つ変わっていないんだよ。僕や君を取り巻く環境や、この世界の全てがね。ただ君はそれを知らなかっただけだ。そして今それを知っただけに過ぎない」
「………………」
ラグナのいう事は正しい――マキナもそれはわかった。そう、知らずにいたから幸せだっただけなのだ。地球にあんな化け物が居るという事……。でも知らずに居られたのならばどれだけよかっただろう。あの頃は夢があり、仲間がいてきらきらと輝く青春の日々があった。全ては知った瞬間取り戻せない場所へと遠ざかっていく。だったら知らない方が良かったではないか。だったら失わない方が良かったではないか。誰だって痛いのは嫌に決まっている。苦しいのは嫌に決まっている。だったら知らずに幸せな方がいい。たとえどんなにその日々が愚かしくとも……。
「もう、いいよ……。今更そんな話したって無駄だよ。わたしは戦う……。あの化け物を皆殺しにするんだ。一匹だって残さず根絶やしにするの……そうしなきゃ気が済まない……」
「エトランゼの気持ちも考えず、斬り捨てるのかい?」
「相手の気持ちなんて考えてる暇ないよっ!!!!」
耐え切れなくなったかのようにマキナは叫んだ。薄ら寒い廊下に声が響き渡り、荒いマキナの呼吸がそれに続いた。
「だって殺さなきゃ駄目だもん! 全部壊してなかったことにしてやる……! 失うって事がどれだけ苦しいのか、あいつらにわからせてやるんだっ!! 考える脳みそがあるのか知らないけどさ……っ! 死は誰にだって等価だよ! わたしにもあいつらにも、君にだって!!」
「死は等価、か……。成る程、確かにその通りだ」
「もう、いい……? 人と話すの、凄く疲れるの……。イライラ、する……」
片手で額を押さえ、マキナはよろよろと歩き出した。その後姿を見送り、ラグナは何も言えずに居た。どんな言葉をかけたところできっと彼女は耳を貸さないだろう。それでもつい数日前と比べれば大分ましになったのだ。少なくとも会話は成立するようになったのだから。生きる気力が零だった少女を立たせたのが復讐心というのは、やはりどうにも似合わないものだったが。
Etranger(3)
「うーむ、いや〜。派手にやっちゃったなあ、ローエングリン……」
「当たり前です……。あんな数の敵に突っ込んで無事だったらそのほうがおかしいですよ。もう少し自重してください」
「う、うん……申し訳ないな、リンレイ君」
「ですがお陰で死者は出ませんでした。まあ、そう考えれば……ローエングリン中破のコストも大目に見ましょう。シュトックハウゼン隊の予算、物凄い事になってますけどね」
「そ、そこを何とかしてくれるのがリンレイ君だと私は信じているよ、うん。有能な部下を持って私は幸せだなあ」
「そう思うなら煙草の火、消してくれます? こっそりつけても判りますから」
「…………。うん、申し訳ない」
宇宙へ上がったシュトックハウゼン隊は補給と修理の為に最寄のリングタワーコロニーであったアルティールへと舵を取っていた。先日の対エトランゼ戦闘において単騎で三桁の敵に突撃するという無茶をやってのけたローエングリンはボロボロであり、ライダーであるザックスはピンピンしていたものの流石に一度きちんと腰をすえての補給は必須であった。
破壊されたローエングリンのハンガーの前でリンレイは無重力空間を漂いながら小型の端末を操作していた。上着を脱いだザックスは壊れてしまった愛機を腕を組みながら眺め、寂しそうに溜息を漏らしていた。そんな子供のような上司を見下ろし、リンレイは苦笑する。しかし直ぐにザックスがスカートの中をのぞいている事に気づき、端末を投擲した。
「――――エトランゼの目的は何だと思いますか?」
「一般的だと言われているのは、大規模なエーテル反応を持つものだな。つまりフォゾンドライブを搭載した戦艦、FA、或いはプレートシティなどなど」
フォゾンドライブとは、FAを動かす為に必須となるエーテル循環エンジンの事である。外部からエーテルを取り込み出力とし、カナル上で正常に稼動している限りは永久機関にも成り得る物だ。その技術は一切不明であり、一部のFA生産者のみが秘伝を知るといわれている。
宇宙空間などエーテル濃度の低い場所では行動に大きな制限を受けるFAだが、このフォゾンドライブに通常エンジンを併設する事でその問題を解決している。勿論出力はフォゾンドライブそのもののほうが圧倒的に上なのだが、フォゾンドライブ内のエーテルエネルギー循環およびその質量の記憶能力により通常のエンジンを駆動させ、一応の兵器としての稼動を可能にしているのである。
ドライブは人類の英知の結晶と呼んで差し支えない物だ。それがコロニーを、FAを、シティを、全てを支えている。故にエトランゼがそれを狙うという事は絶対的に危険な状況なのである。看過出来るような状況ではない。
「しかし、本当にそれだけなんでしょうか?」
「うん? というと?」
「彼らはエーテル生命体……つまりエネルギーによって構成されている物だと言われていますよね。体内にフォゾンドライブに酷似した永久機関を持ち、カナルを泳いで生きている……。以前、エトランゼを捕獲して解剖したレポートに目を通した事があったのですが、彼らの生体構造は100%がエーテルまたはその結晶体で構成されているそうです」
「ふむ。つまりエサを求めてFAへ群がっているという事ではないのかね」
「それだけで片付けられるのでしょうか。彼らは人間を集中的に襲っているような気がするんです。何かもっと他の理由で」
「興味深いな。ではレポートにまとめて学会にでも提出してみるかね?」
「からかわないで下さい……」
「だが事実だ。結局我々は学者ではなく戦士だから。戦士に知恵は要らぬとは言わないが、考えるのはやはり我々の役割ではない。勿論データを取って上には上げるが、それまでにとどめた方がいい。色々と考えすぎると余計な因果を招くぞ。頭空っぽの方が夢詰め込めるんだ」
「なんですか、それ……」
「兎に角、久しぶりのアルティール寄航なのだ。皆楽しみにしている事だろう。作業の引継ぎが終わったら君も羽を伸ばしてくるといい」
「はい、そうさせて頂きます。ところで艦長……。あの、鼻血出てますけど……」
投擲された端末はザックスの鼻に直撃していたのである。鼻血は無重力の空間をふわふわと漂い、ある意味不気味だった。ザックスはポケットから花柄のハンカチを取り出し、ぎゅっと鼻に詰めた。それを見てリンレイは何故か青ざめた表情を浮かべていた。何故ならばそれは――。
「――――私のハンカチじゃないですか?」
「うむ。さっきポケットから拝借したのだよ」
「…………艦長って、変態ですよね」
部下からのストレートな一言。しかしザックスの矜持は傷つかない。変態だろうがなんだろうが、自分に誇りを持っている人間は素晴らしいものなのだ。
「そもそも君の所為でこうなっているのだから仕方ないだろう」
「それを言えば最初にスカートの中身を凝視したのは艦長です」
「うむ! 無重力なのにスカート……何たる神秘。正にコスモ……」
「ちゃんと洗って返して下さいね、それ――」
冷たい風が吹きすさぶ墓地にマキナは一人で立っていた。頭の上には一年前と変わらず白いうさぎが鎮座しているが、少女の様子は様変わりしてしまっている。一年前に袖を通していた制服を着る事は受け付けられず、今はフェイスから支給された黒スーツを着用している。
誕生日は十二月十二日だと決めたあの日から考えれば、今はもう十六歳になってしまったマキナ。そしてもうすぐに十七歳の誕生日を迎える事になる。こうして一人、出歩きたくもない街に出て花を買い、それを片手にここまでやってきたのは単に現実を知る為であった。
フェイスの共同墓地にはニアの名が刻まれた十字架が並んでいる。それを見下ろし、マキナは蒼い髪を風になびかせていた。涙は出なかった。現実味がなかった。ニアの死に目にも会えなかったのだ。気づいたら死んでいましたといわれてハイそうですかと納得できるほど大人ではないし、それを否定して泣き喚く事が出来るほど現実を認識できていないわけでもない。そういう段階は既に超えてしまったのだ。だからこそ、今ここに立つ事が出来る。
心は冷え切って今は微かな熱さえ感じられなかった。もしもこの胸にもっと熱さがあったのならばきっとここで泣き崩れて友の死を悼む事も出来たのだろう。だがその気力さえも今のマキナには残っていないのだ。頭の上のうさぎが飛び降りて十字架の前に座る。まるでマキナの代わりに祈っているかのようだった。
「死ねば皆同じ土の中、か……。作り物の土に作り物の墓……。作り物の街を見下ろす丘で、死んだら忘れ去られていくだけ。むなしいよね、ニア……」
片手をポケットに突っ込み、丘の上から街を見下ろした。以前ここにこうしてやってきた時、あの時はここで立ち尽くすヴィレッタの気持ちがわからなかった。だが今はハッキリと感じられる。深い絶望と失意、そして己に対する激しい怒り……後悔の念。一年の時を経てマキナは彼女の心を知った。今ならば旅団から逃げようとしたヴィレッタの気持ちも、そこにあえて戻ってきた彼女の勇気もはっきりと感じられる。強い――ただただそう思った。
大切なものを失ったとき、人はこうして少しでも折り合いのつけられる場所から現実を変えていくのだろう。ヴィレッタはここに立ち尽くし一年を過ごした。ならば自分はどれだけかかるのだろう……ふとそんな事を考える。ニアの名が刻まれた墓を見ても何も感じられない今の自分は、きっとヴィレッタと比べて酷く弱弱しいのだろう。
「風――。冷たいよね……。ニア、寒いの苦手だったよね。まだ秋だったのに、夜は寒いって言ってた。暑いのだって苦手なのにさ……。どうせ人工管理なんだから、一年中春にすればいいのにってさ。二人でそんな話、したよね」
手に握り締めた花束をじっと見つめる。そうして風が一層強く吹きぬけた瞬間にそれを手放した。オレンジ色の明るい花が風に乗って飛んでいく。マキナは両手をポケットに突っ込みながらそれを見送っていた。何故か口元に笑みが浮かんでいた。心が安らいでいた。ここはいい。死に溶け合うような匂いがするから。心が安らぐ……。自分もいつかはここに並ぶ。その時が来るの待ち遠しかった。
だが、まだ死ねない。あのわけのわからない化け物を破壊し、この世界から奴らの肉片のひとかけらも残さず消し去るまでは。その為ならばこの身体がどんな事になっても構わない。辛いことにも耐えられる。歩き出せる……。憎しみが背中を押してくれる。
もしもニアが生きていたら今の自分を笑っただろう――そう思う。馬鹿なこと考えてるなって言ってくれただろう。でも、判っていても止まれないのだ。憎しみは腸をジリジリと焦がし続けているし、目の奥ではグツグツと何かが煮え立っている。指の先から心臓まで繋がった鎖が敵を殺せと締め付けてくるし、頭の中はその所為で常に空っぽだった。思考するという行為を忘れ、今はただ胸の奥のドロドロした物がマキナという肉を動かしているのに過ぎない――そんな感覚。
「ふ……っ。ふふふっ」
下らない事を考えているなあ――。思わず自虐的に笑ってしまった。振り返り、寂しげに墓標を見つめる。アポロはマキナに歩み寄り、その足を前足で引っかいた。アポロを抱き上げ、再び頭の上に載せる。アポロだけは全く何も変わらない。この白いうさぎは本当の意味であらゆる時においてマキナの味方だった。
「馬鹿馬鹿しくなっちゃったなあ。何の為に今まで戦ってきたんだろ……。ね、アポロ?」
「むきゅう……」
「別にさ、誰が悪いわけでもないって判ってるんだ。でも全然駄目なんだ。自分の所為だって思っちゃうんだ。そんな自分が嫌なんだ。でも駄目なんだ。止まらないんだ。人間って浅ましいよね。復讐とか、そんなことばかり考えてる」
「むっきゅう」
「……。ありがとね、アポロ。おまえはあったかいね」
「むっきゅ!」
「判ってるよ。いつもありがとう……。そうだ、おいしいものでも買っていこうか。何が食べたい?」
アポロを腕に抱き、マキナはにっこりと微笑んだ。誰にも心を開く事が出来ずとも、この白いうさぎだけは自分を否定しないと知っているから。幼い日よりずっと一緒だったのだ。一心同体だったと言ってもいい。小さい頃はアポロが何なのか良く判らずに怖がったり、喧嘩したりもしたけれど……今は全ていい思い出だ。
ぐにぐにとやたら伸び縮みするアポロをこねくり回し、マキナは無邪気に微笑んだ。その笑顔は一年前と変わらない。マキナが笑うとアポロも嬉しそうだった。二人は心を共有しているかのようだった。少女はうさぎを抱き寄せ、その柔らかい顔に頬擦りする。
「むっきゅー」
「うん……うん。そうだね……。頑張るからね……」
アポロを肩の上に載せ、マキナは振り返った。その視線の先、墓地に向かって歩いてくる人影があった。その数は全部で六つ……。マキナは何となく道を譲り、木陰に入る。やってきたのは全員アナザーの少年少女であった。外見的にも年齢的にもかなりばらつきがあり、どういうつながりなのかが一見良く判らない。
しかし彼らがしている事を見ればそのつながりは明白だった。掃除を始めたのはニアの墓である。そしてニアの墓だけでなく全ての墓の手入れを始めたのだった。ニアは孤児だった。大家族の一員だった。故郷を失った子供たちは身を寄せ合って生きていた。それを守る事をニアはライダーの理由としていた。だから見れば判る。アナザーの子供たちは幼い子から大人に近い子まで、誰もが真面目に墓の掃除をしていた。それも楽しそうに、である。
どんなに悲惨な歴史を繰り返しても子供たちの笑顔が曇ることは無かった。マキナはただ、静かにそれを見守っていた。やがてそれを仕切っていた一人の少年がマキナに気づき、おずおずと近づいてくる。
「あのう……? もしかして、マキナ・レンブラントさん、ですか?」
「…………」
少しだけ迷った。ここで名乗るべきなのかどうか……。自分はニアを守れなかったのだ。マキナという名前を背負って生きていくことさえも今は苦痛だった。暫く苦しげに唇をかみ締めていたマキナだったが、そこから心情を察したのか少年は笑顔を浮かべてマキナに駆け寄った。
「姉貴から話は聞いてます! 会えてよかった……! 姉貴が死んでから貴方を探してたんですけど、見つからなくて」
「わたしを……探して?」
「はい。姉貴のことでその――お礼を言いたくて」
マキナは目を見開き、絶句していた。少年は朗らかな笑顔を浮かべ、頭の上の耳を揺らす。ニアにもよくにた、猫の耳である。
「姉貴がいっつもメールで言ってました。貴方の事が好きなんだってよくわかりました。皆知ってるんですよ? マキナさんがお風呂姉貴と一緒に入るの嫌がった事とか、へこたれって呼ばれてた事とか。あ、失礼ですよね……すいません」
「………………。そう、なんだ」
「僕ら、こうしてたまに来ては墓の掃除してるんですよ。姉貴賑やかなの好きだったし、皆で来るときっと喜ぶだろうって。そうでなくてもチビ連中は行きたいって煩いんですけどね。遊園地かっての! 遊ぶ所じゃないんだって言ってんのに、あいつら姉ちゃんに会いたいって煩いんすよ」
「――ごめんね。皆のお姉ちゃん、守れなかった」
零すようなマキナの言葉を聞き、少年は目をぱちくりさせた。それからどっと笑い出し、そして首を横に振る。
「しょうがないです。誰も恨んでなんか居ませんよ。むしろ感謝してるくらいだから。あの姉貴が一人でこんな都会でやっていけるわけないってみんな言ってたんですよ。でも初日から楽しそうにマキナさんのことメールしてくるから、これなら安心だってさ。ライダーなんて危険な仕事だからいつ命を落とすかなんてわかりませんし、それが誰かの所為だってわけでもないんです。そういうの、判ってるつもりですから」
「…………」
「実は僕もライダーになろうと思ってるんですよ」
「えっ?」
「姉貴が駄目だったから、今度は僕がってね! 大家族を支えていくのは大変だから、何とかしなきゃって。姉貴に出来たんだから僕らにだって出来ますよ。僕らはたくましく生きていきます。生きる事を諦めたりなんかしない。だからマキナさんも――そんな顔をしないでください」
風が吹きぬけ、マキナの蒼い髪を揺らした。少年は白い歯を見せて無邪気に笑っていた。それはニアにも良く似ている。子供たちはみんなニアにそっくりだった。見た目の問題ではない。元気よく生きて、諦めず、無邪気に笑う――。ニアは死んでもその生き方は消えたりしない。誰かの心に残り、生き続ける……。そんな当たり前の事に気づかされ、マキナは愕然としていた。
「たまにでいいんで……また、きてやってください。姉貴、寂しがりやだから……。マキナさんがきたら、きっと喜ぶと思うんです」
「……うん」
「それじゃ、僕は続きがあるんで」
「あ……待ってっ!」
背後から少年を呼びとめ、マキナは駆け寄った。そしてあわてて自分の電話番号とメールアドレスを少年に渡し、それから少年の顔をぺたぺた触った。無表情のまま、マキナは頷いて言葉を続ける。
「困った事があったら何でも言って」
「え……?」
「いいから。そうしてほしいの。それしか出来ないから。せめて……お願い」
「あ、は、はい……。あ、ありがとうございます」
そうして目を潤ませるマキナは少年にしてみれば胸がどきどきしてしまうほどの美人だった。蒼い美しい髪を揺らし、にっこりと微笑む。吸い込まれそうな輝きを秘めた瞳が涙を溜め込んだまま安らかに細まり、笑みを作った。少年はどきまぎしながら一礼し、家族の輪に戻っていく。マキナはそれを見送り、静かに息を着いた。
「守れるね、また」
アポロは耳をぱたぱたと上下させ、マキナに擦り寄った。憎しみも後悔も決して消えないだろう。だが、守れる。まだ守れる。せめて守らせてほしかった。殺す為だけに生きるのは、あまりにも切なすぎるから。
「また……来るよ。今度は……君の代わりに絆を守るよ。だからもう少し……待ってくれるかな? ニア……」
涙は零さなかった。マキナはそうしてゆっくりと歩き出す。直ぐに走るのは無理かもしれない。でも少しずつ、ゆっくりと……前へ。不器用に、躓きながら。いつだってそうして、歩いてきたのだから…………。
〜ねっけつ! アルティール劇場〜
*…………*
マキナ「…………」
マキナ「しーん」
マキナ「ごろごろ」
マキナ「にゃーん」
マキナ「わんわん」
マキナ「はむはむ」
マキナ「…………。ううっ! うぅううう! このスペース一人で回せっていうのがもう無理ゲーだよう!!」
マキナ「ニアがいないと色々困るなあ……。新しい人が来るまでまだ時間あるみたいだし……。一人で何しろって言うのか……」
マキナ「…………。えっと、三部入って明らかに読者数が減った件について」
マキナ「…………。えーとえーと……」
マキナ「…………。うーん、と……。でも、鬱々としたり立ち直ったりしないと、なんかこの作者の小説じゃないって思うよね?」
マキナ「ずっとほのぼの路線がよかった?」
マキナ「えーと……。ご、ごめんなさい」
マキナ「……。一曲歌います。三部の歌」
三部の歌
作詞:マキナ 作曲:マキナ
三部三部 蒼海のアルティール第三部 (はーどっこいしょ)
気づけば読者数半分 何かの間違いだと思いたい(現実現実)
リリアのパクリとか言われるけど べつにパクリじゃない(はー作者同じ作者同じ)
毎日頑張ってます ヤンデレとかいわれても(はー包丁包丁)
三部三部 蒼海のアルティールもう三部(四十七話四十七話)
気づけば進み具合半分 八十部までに終わりたい(はー百話突破百話突破)
霹靂と同じとか言われるけど べつに同じでもいい(はーアーティフェクタアーティフェクタ)
毎日戦ってます アンケートとか三位でも(二位はリリア二位はリリア)
三部三部 蒼海のアルティールまだ三部(終わらない終わらない)
気づけば一年経ってる アテナさんもデレてた(マザコンマザコン)
ニアは死んじゃったけど 困るのはむしろあとがき(孤独プレイ孤独プレイ)
毎日欝ってます ベロニカほどじゃないけど(はーノブリス・オブ・リージュ)
マキナ「お粗末様でした」
マキナ「えーと」
マキナ「最近茄子にはまってます。おいしいですよね」
マキナ「えーと」
マキナ「おすしだいすき!!!!」
マキナ「…………。それではまた来週……」