ベスト・フレンド(3)
「レーヴァテイン……? それが、この隕石の名前なんですか……?」
「そう。かつてオペレーションメテオストライクで落下して来た二つの巨大隕石……。ジュデッカ、そしてレーヴァテイン。二つはただの隕石じゃなかった。二つの隕石の存在がこの大地にエーテルを齎した……そしてこの世界から大地を奪い去った」
かつて、まだ旅団が最強のギルドであった頃。長距離砲を装備したブリュンヒルデにヴィレッタが乗り込んでいた時代……。銀色の髪の青年、カリス・テラードは語った。この世界に起きた、とても不思議な物語を。
この世界の人類が何故これほどまでに高度な文明を手に入れたのか。そしてこの星に何が起きて、何故こんなことになってしまったのか……。誰もオペレーションメテオストライクの真実を知らない。ヴィレッタもその時はただ興味本位で聞いているだけだった。それが、自分に関わりのある事だとは考えずに。
「オペレーションメテオストライクで地球に落ちてきた隕石はただの隕石じゃなかったんだ。それは莫大な量のエーテルを内包していた。隕石の落下を契機に星はエーテルに飲み込まれた……。けど、おかしいと思わない?」
「おかしい?
「エーテルを齎す隕石を迎撃する為に、FAが既に実戦配備されていたんだ。順序が逆だろ? 本当ならばFAは隕石の落下後、エーテルの発見で作り出されるはずの兵器だ。それが何故かぽっと、そこにあらわれる……これは矛盾した歴史の事実なんだよ」
「……確かにそうですね」
「この世界にエーテル技術を齎したのはカラーオブブルー……マリア・ザ・スラッシュエッジじゃないかと言われているんだ。もしそうだったとしたら彼女は何故エーテル技術を持っていたんだろうね。そしてどうして彼女はオペレーションメテオストライクの存在を知り、それをこの星に伝えたのか……。判らない事だらけだけど、そこが面白いんだ。浪漫がある――君もそう思うだろう? ヴィレッタ」
「え? あ、はい」
ブリュンヒルデの足元でライダースーツのまま立っていたヴィレッタは少し顔を赤らめながら頷いた。正直に言えば、話はあまり聞いていなかった。赤いカラーズ専用のライダースーツは全身のスタイルがくっきりと浮き出てしまう物だ。別段それを恥ずかしいとは思わないのだが……カリスだけは別であった。カリスと居るとなんだか妙に緊張してしまうのだ。無邪気な少年のような笑顔を浮かべるカリスの傍でヴィレッタはもうずっとこうしてカチコチに固まっていた。長話の間緊張しっぱなしで、妙な汗が噴出し始めている。
「ヴィレッタ、また僕の話聞いてなかったでしょ?」
「はっ!? いえ、あのっ!」
「いいよ、確かに女の子にする話じゃなかったからね。浪漫だの、ミステリーだの……。何はともあれ、君が無事で嬉しいよ、ヴィレッタ」
「は、はい! ありがとうございます!」
ヴィレッタの頭を無造作にくしゃくしゃと撫で、カリスは背を向けて去っていく。ヴィレッタは顔を赤くしたまま、しかしにっこりと柔らかく微笑んだ。カリスは他のメンバーたちに話しかけられ、楽しそうに身振り手振り話していた。
あの頃は全てがあった。全てにおいて満たされていた。カラーズとして戦う事も、カリスと共に旅団で生きる事も、全てが充実していた。そのまま永遠にそんな幸せが続くのだと思っていた。そう信じて疑わなかった。
「ヴィレッタ……!」
「ん? どうした、アテナ」
「その……。ブリュンヒルデ、触ってもいい?」
その頃のアテナはまだ新入りであり、ヴィレッタの後輩に過ぎないただの少女だった。人付き合いが苦手な、上手に笑えない少女……。カラーズであるヴィレッタを慕い、よく一緒にブリュンヒルデのコックピットに座った。二人はまるで姉妹のようだった。アテナはヴィレッタに心を開いていたし、ヴィレッタを通じて仲間たちとも絆を結んでいた。
めきめきと頭角を現し、強くなっていくアテナの姿は今のマキナにもよく似ていた。何よりアテナは努力の天才と表現出来る程、兎に角頑張る少女だった。マキナのような天才肌とは一味違うが、どんな困難も努力で踏破してしまう才気の持ち主だったのだ。そんなアテナをヴィレッタは可愛がった。それこそ今のマキナとヴィレッタの関係のように。
辛いことも苦しいことも共に乗り越えた。だからこそ固く結ばれた絆があったのだ。いつしかそんなアテナが自分の力を追い越していくのを感じ、ヴィレッタはそれを楽しみにしていた。だが、そのアテナの才能が悲劇を巻き起こす事になろうとはその時のヴィレッタには想像も出来ない事であった。
「アテナを――実験に……?」
その話を聞いた時、ヴィレッタは真っ先に手を上げた。エーテル覚醒体という条件においてヴィレッタは確かに該当していた。何よりそれを認めるわけにはいかなかった。大切な後輩を……。可愛い妹分を……。カラーズへの闘いを控えている彼女を。そんな危険な実験に付き合わせる事は出来なかったのだ。
「私がやります。やらせてください……!」
実験内容は、試作FAとの模擬戦……それだけのはずだった。何も不都合な事なんてないはずだった。それなのに――。
「逃げろヴィレッタ!! ここは僕たちが抑える!! 君は戻って、アテナを――ッ!!」
「先輩……! で、でも……!!」
「いいから命令に従えヴィレッタ!! 君は――逃げるんだ!!!!」
「――――この日をどれだけ心待ちにしたか……! 逢いたかったぞ、レーヴァテイン――ッ!!」
燃え滾る巨人は炎を纏いながらヴィレッタを見つめていた。口を開き、雄叫びを上げ、そしてゆっくりと動き出す。一歩――また一歩。穏やかな歩みが徐々に猛々しい突進へと変わっていく。そしてヴィレッタの引いた引き金の一撃が闘いの始まりを告げるゴングとなった。
レールガンを連射しながらヴィレッタは前進する。ヴィレッタらしからぬ叫び声と憎しみに染まった形相のまま、ヴォータンは加速する。二機が交差するのは一瞬の出来事であった。レーヴァテインの繰り出した爪をかわし、紫のヴォータンは上昇する。上空からレールガンを連射し、脚部からミサイルを一斉に発射する。降り注ぐ炎と弾丸の嵐の中、レーヴァテインは片腕を空に掲げた。広げた掌から周囲にエーテルが拡散し、衝撃が迸る。その一撃でミサイルは全て爆発し、放たれた弾丸は蒸発してしまう。更にそれらを貫通し、ヴィレッタのヴォータンへ。衝撃を受けてレールガンが圧し折れる。紫のヴォータンが宙を舞い、しかしヴィレッタは全く諦めては居なかった。
落下しながらマウントしていた二丁拳銃を取り出す。上下逆様に落下しながらトリガーを引きまくった。銃弾の直撃を受けてもレーヴァテンは怯みもしない。しかし手を休める事もなくスピンしながら着地し、同時にミサイルを発射するヴィレッタ。胸部に内蔵したガトリングを発砲しつつつ、両手の拳銃を連射しながら突進する。それは文字通りの猛攻だった。
流れるような美しい一斉攻撃はライダーならば目を見張る実に見事な攻撃である。しかし、悲しい事にレーヴァテインの装甲には一切のダメージを与える事が出来なかった。ならばと至近距離まで駆け寄り、薙ぎ払うレーヴァテインの爪を掻い潜って頭部を蹴り飛ばす。しかしやはり全く怯む気配もなく、反撃で繰り出された蹴りでヴォータンは思い切り吹き飛ばされてしまった。
「ぐあっ!?」
「ヴィレッタ先輩っ!!」
たった一撃――。軽く吹き飛ばされただけで、最早ヴォータンは限界だった。腕を片方破壊され、更に左側面の装甲がごっそり削り取られている。コックピットまでその衝撃は伝わり、ヴィレッタは血塗れの姿でシートの上に横たわっていた。身体を震わせながら血をかみ締め、身体を起こす。ヴィレッタはまだ戦う事を諦めていなかった。
「先輩!! ニア、先輩が!!」
「何なのあれ……!? あれだけ攻撃されてノーダメって……一体、どういう……」
「先輩、もう止めて下さい! 良くわかんないけど、逃げなきゃ……! 逃げなきゃ駄目ですっ!!」
「逃げる……だと……? 二年だぞ……! 二年待ったんだ……ッ!! コイツを殺す為だけに生きながらえて来た……ッ!!!! 私はあの時、死んだも同然――!! この程度で……!」
倒れているヴォータンがゆっくりと身体を起こす。マキナはカナードを走らせ、そのヴィレッタの動きを止めた。腕を掴むカナードを見てヴィレッタは頭から血を流しながら眉間に皺を寄せた。
「邪魔をするな、マキナ……!! そんなことをしていないで、さっさと逃げろ……! こいつは、私の仇だ……!!」
「仇って……。そんな状態で何が出来るんですか!?」
「ヴォータンを、自爆させる……。フォゾンドライブが自壊すればエーテル爆発が起こる。それでヤツの足を止める……」
「自爆って……。何言ってるんですか、先輩……? そんなの駄目に決まってるじゃないですかっ!!」
「恐らくはそれでも倒せないだろう。だが、目晦ましにはなる……。その隙に逃げろ。少しでも遠くまで走るんだ……」
「せ、先輩……」
思わずマキナは息を呑んだ。ヴィレッタが本気でそういっている事がはっきりと判ったからである。ヴィレッタは決して弱くなどない。むしろ最強のライダーの一角とも言える存在だろう。そのヴィレッタが一瞬でやられてしまった。たった一撃でボロボロにされてしまった。ゆっくりと振り返る。レーヴァテインと呼ばれた化け物はじっとこちらを見つめていた。背筋にぞくりと、冷たい何かが走った。それが恐怖なのだと気づくまでにそれほど時間は必要なかった。
「お前のお陰で、少し……目が覚めた。そうだったな……。私は一人じゃないんだった。今は、お前たちがいる……。お前たちだけでも、ここから逃がさねばならない」
「先輩……? あれ、なんなんですか……?」
「レーヴァ……テイン……」
「レーヴァテイン……。隕石と同じ名前……。でも、あれは――だって、あんなの!! 化け物じゃないですかっ!!!!」
最早その場には戦慄しかなかった。あのヴィレッタが一瞬でやられてしまったのだ。相手は無傷……勝ち目と呼べる物を一切感じ取れない。まさに文字通りの絶望……。逃げ出さねば命はない。だが、このシティ全体が結界に覆われてしまっている。逃げ場もない。
ヴィレッタのいう、エーテル爆発を起こして周囲のカナルを乱し、同時にレーヴァテインの動きを止めるというのは決して悪い手ではない。むしろそれしかないとも言えた。最悪に限りなく近い正解……。マキナは瞳を揺らしながら立ち上がった。唇をかみ締め、懸命に恐怖と戦った。そっと剣を手に取り、それを構える。
「マキナ……!? よせっ!! 止めろ!!!!」
「だって……。だって、先輩が死ぬなんてそんなの……絶対に嫌です!! わたし――っ!! うわあああああああああああああっ!!!!」
「マキナッ!!!!」
蒼いカナードが走り出す。手にした二対の剣をレーヴァテイン目掛けて投げつける。投擲された剣はレーヴァテインの翳す片腕でまるで時が止まったかのようにピタリと空中に停止する。しかしマキナは駆け寄り、それを拾って至近距離からレーヴァテインに切りかかった。刃は連続で巨人の身体を二回切り裂く。しかしエーテルの火花が上がっただけで、装甲には傷一つついていなかった。
「な、なんで……このっ!! このおおおおっ!!!!」
連続で剣撃を繰り出す。文字通り剣の乱舞であった。マキナは全力でレーヴァテインを踊るように斬りまくる。滅多斬りにされているというのに、レーヴァテインはまったく防御の姿勢をとる様子さえ見られない。ただの棒立ち――。そんな相手だというのに、やはり傷一つ負わせる事が出来ない。
「なんで……!? なんで! なんでなんでなんで!! 何で斬れないのっ!? どうしてっ!!!!」
ふと、レーヴァテインが動いた。巨大な両腕でマキナの繰り出した剣を掴み、それを簡単に握りつぶしてしまう。怯んだマキナのカナードへと手を伸ばし、頭を鷲掴みにする。同時に右腕を掴み、ぎりぎりと締め上げた。
「あ、ぐ……っ!?」
ERSの擬似神経により、頭部にはマキナの感覚の多くが収束している。そこを握りつぶされる気味の悪い感触に思わず呼吸が停止する。右腕は一瞬で引きちぎられ、頭部も続いて握りつぶされた。頭の中がERSが切断され、頭の中が真っ白になるマキナ。そのカナードの胴体を掴み、巨人は大地へ二度叩きつけ、それからまるでボールか何かを投げるかのように思い切り放り投げた。機体は一直線に吹っ飛び、ドームの壁に激突する。
「マキナッ!!」
返事はなかった。マキナはコックピットの中で血塗れになっていた。意識はなく、身体は仰け反り、小刻みに痙攣している。呼吸が停止しており、非常に危険な状態だった。カナードのERS領域が消滅し、戦闘不能状態を意味する。ヴィレッタは震えながらただ汗を流していた。
「マキナ……? おい……。おいっ!!!!」
やはり、返事はない。ヴィレッタは何とか機体を起こし、マキナのカナードへと歩んでいく。そのすぐ背後にいつの間にかレーヴァテインの姿があった。気づいた時には既に遅い。伸ばされる腕にとらわれるのは確実――その瞬間だった。
側面から吹っ飛んできたのはニアのカナードだった。カナードの重み全てを収束させたドロップキックを側面からぶつけ、更に最大出力でバーニアを吹かす。組み付いたオレンジのカナードがゆっくりと動き出し、レーヴァテインを持ち上げて反対側の壁まで吹っ飛んでいく。
「うおおおおおおおおおおお――――っ!!」
「ニアッ!?」
「先輩、マキナをッ!! 早くッ!!!!」
壁にレーヴァテインを押し当て、拳を繰り出す。しかしそれはレーヴァテインによって受け止めらていた。直後、腕を切り離しワイヤーナックル状態に変化。腕から離れ、掴まれた腕を引っ張り戻す要領で機体本体をレーヴァテインへと突っ込ませる。頭突きであった。直後、頭部に空いている腕を捻じ込み、パイルバンカーのトリガーを四度連射する。五回目を射出しようとしたところでそれを阻まれ、オレンジのカナードはレーヴァテインから燃え上がる炎に呑まれて装甲を焼かれ、吹き飛ばされた。
たった一発の炎で装甲はどろどろと溶け出していた。大地に落ちるオレンジの塗料の混じった鉄はまるで血のようだった。幸い、戦闘に支障はない。ニアは立ち上がり、拳を構える。
「守るって決めたんだ……! マキナはやらせないっ!! やらせるかああああ――ッ!!!!」
臆する事無く前へ――。絶望的な状況、圧倒的な化け物を前にそれはとてつもない勇気を必要とする前進であった。雄叫びを上げるのは恐怖に打ち勝つ為に。本当は怖くて仕方がなかった。震えが止まらなかった。それでも拳を固く握り締め、前へ――。
「ぉぉぉおおおおっ!!」
連続で攻撃を繰り出す。レーヴァテインは時々ゆっくりと反撃を繰り出したが、ニアはそれを見切って回避していた。肉弾戦の距離に入ってしまえばスピード特化のニアのカナードの方が動きは良い。繰り出される腕の上に載り、旋回しながら蹴りを放つ。頭部にかかとを減り込ませ、炎が炸裂しそうになったら後方へ跳躍。腕を伸ばしてレーヴァテインを掴み、放り投げる。全く持って見事な善戦がそこにはあった。
レーヴァテインは絶対的な防御能力と攻撃力を持っているが、その動きは非常に緩慢だった。冷静に見れば避けきれない攻撃ではない。ただ少しかすっただけでも致命傷になるその爪をかわす事は文字通りの綱渡り、精神をすり減らす行為である。ニアはどんどん心理的に追い詰められていた。心臓の鼓動は既に張り裂けそうだった。怖くて怖くて仕方がない。だがもっと怖いのは――背後にいる大切な人を失ってしまう事だ。
「マキナ! しっかりしろ、マキナッ!!」
通信機越しに何度も呼びかけ続けるヴィレッタだったが、マキナは全く返事をする気配がない。ただ口をぱくぱくと開け閉めしながら血を流し、震えているだけだ。ERSに接続した状態で各神経に著しい衝撃を受けた時に起きるショック状態の典型であった。対処法はわかっている。ヴィレッタはヴォータンを隣に寄せ、コックピットを開いた。マキナのカナードへと飛び移り、外側からハッチを開く。中で血塗れになっているマキナを横にし、心臓マッサージと人工呼吸を開始した。マキナの胸を押すヴィレッタの腕の骨も既に滅茶苦茶に折れていたが、激しい痛みも今は関係なかった。
「死なせないぞ……絶対に……! お願いだから、死なないで……! 嫌だよもう、仲間が死ぬのは――っ!! 目を覚ませマキナ!! マキナ――ッ!!!!」
背後ではニアがたった一人で健闘を続けていた。しかし体力も衰え始め、動きにキレがなくなってくる。元々非常に無茶な動きをしていたのだ。カナードの全身は既にガタガタだった。ある時走り出そうとしたカナードの右足が動かず、ニアは激しく転倒した。状態をチェックすると――最初に溶けた装甲の一部が間接に入り込み、固まり始めていたのである。冷や汗を流しながら顔を上げたニアの眼前、レーヴァテインの足があった。
頭を垂れるカナードの頭部に蹴りを減り込ませ、レーヴァテインは吹っ飛んだカナードを走って追いかけた。低い獣のような唸り声を上げながら前傾姿勢で突撃する。その仕草は今までの緩慢な動作とは打って変わって俊敏――。壁にカナードが激突すると同時に追いつき、その身体を壁に押し付ける。そして壁に減り込んだカナードを執拗に殴り始めたのである。
装甲に拳が減り込む度にニアのバイタル反応が弱まっていくのにヴィレッタも気づいていた。何度も拳が叩きつけられオレンジのカナードは既に原型をとどめていなかった。四肢は既にあらぬ方向へとひん曲がり、頭部は裂けて赤いオイルが壁に飛び散っている。胸部のフォゾンドライブユニットは淡く光を放ち、まるで露出した心臓のようになっていた。それを強引に引き抜き、レーヴァテインは鋭い爪でドライブを握り潰す。
「ニア……! くそっ!! マキナ、君だけでも逃げるんだ!! 君だけでも、生かしてみせる……!! くそ! くそ!! くそぉおおっ!!!!」
懸命に蘇生措置を繰り返すヴィレッタであったが、マキナの反応はない。ただ身体を震えさせるマキナは開きっぱなしになっている右の蒼い瞳孔を小刻みに揺らしていた――。
「……マキナ」
「あれ? お母さん……? あれっ? ここ、アリオトの病院……?」
マキナは気づけばあの思い出の病室に居た。白い世界の中、ベッドの上で母は微笑んでいる。自分が何故そこにいるのか、何をやっていたのかも判らなかった。ただじっと、母を見つめていた。
蒼い髪は長く伸び、優しく風に揺れていた。蒼い瞳はマキナを映し、微かに潤んでいる。そこにはマキナがいた。二人のマキナ――。大人のマキナと、子供のマキナ。その事実にマキナは動揺していた。
「お母さん……? 貴方、本当にわたしのお母さんなの……?」
「ええ、そう……。マキナ、覚えてる……? わたしと一緒に過ごした時間の事……。貴方がやらねばならない事……」
「やらねば……ならない事?」
そっと、母はマキナの手を握り締めた。暖かく、大きな……しかし細くやつれた手だった。母のぬくもりを感じ、途端にマキナの両目からは涙が溢れていた。何故だろうか、とても悲しかったのだ。そして何より嬉しかった……。母の存在をこんなにも近くに感じる。
顔も覚えていなかった母が、こんなところで自分を見ていてくれた。そばにいてくれた……。ずっと守ってくれていたのだ。それがうれしくてうれしくて、涙が止まらなかった、泣き崩れ、母の胸の中に飛び込むマキナを母は優しく抱きしめていた。母はいたのだ。偽りなどではなかった。これは紛れもない、マキナの心の中にある思い出の姿――。忘れてしまっても思い出す事が出来る。だからこうしていつでも逢える……。
「戦いなさい、マキナ」
「たたかう……?」
「戦いなさい。戦い続けなさい。貴方の手で、斬り開きなさい。貴方の未来の為に……戦い続けなさい」
身体を離し、母は真っ直ぐにマキナを見つめていた。その表情は真剣そのものであり、どうじに悲しげでもあった。マキナの頭を撫でる、女性の優しい手……。くすぐったい幸福の中、マキナは確かに聞いた。
「――――この星を護り、この星を救いなさい。それが貴方に与えられた役目なのだから」
「星を……?」
「戦い続けなさい。そのために貴方には力がある。わたしが力を与え続ける……。さあ、立ち上がって、マキナ。立ち上がって剣を取りなさい。貴方の魂は剣と共にあるのだから――」
「――――ぅ……」
びくりと、マキナの身体が震えた。血を一気に吐き出し、噎せ返りながらも一気に身体を起こす。マキナの目は見開いていた。唇は震えている。突然の事にヴィレッタは追いやられ目を丸くしていた。
「マ、マキナ……!?」
「たたかう……。たたかう……。たたかう…………。“戦う”――――!」
マキナの全身が輝いていた。蒼く、淡く光を帯びている。その最中ヴィレッタはとんでもない物を見た。マキナの左目が――。そして、黒かったその髪が見る見る内に真っ青に染まっていくのである。風もないコックピットの中、マキナの髪は揺れていた。ヴィレッタは息を呑み、後退する。そんなヴィレッタへと視線を向け、マキナは無表情に言った。
「先輩……下がっててください」
「え……?」
「わたしが戦います。わたしが、倒します。戦います――それがわたしの役目だから」
「マキナ……うわっ!?」
何か衝撃のようなものが迸り、ヴィレッタはコックピットからはじき出されてしまった。直後カナードのハッチが閉じ、ヴィレッタはあわててヴォータンに戻った。蒼いカナードの瞳に灯が点り、全身から蒼いエーテルを巻き上げながら立ち上がる。最早立ち上がれるだけの余力は残っていないはずだった。しかし破損した箇所にエーテルが結晶化し、フォゾンの装甲となって失われた部位を補っていた。半分硝子細工のような機体で立ち上がり、カナードは空に手を掲げる。そこには光が収束し、蒼い結晶の剣が構築されていた。美しい装飾品のようなそれを握り締め、一息でマキナは走り出す。
「――レーヴァテインンンンンッ!! あぁああああ!! ああああああああああああああっ!!!!」
背後から突っ込んできた蒼いカナードの繰り出す一撃――。今までの剣とは異なるフォゾン結晶の剣で斬り付けられたレーヴァテインの装甲は確かに傷がついていた。傷口はじりじりと焼けているようであり、レーヴァテインはそれに驚いたのか一度後方へ跳躍し、間合いを取る。そんなレーヴァテインの影になっていて見えなかったニアのカナードは――見るも無残な状態になっていた。
「……………………」
マキナは言葉を失っていた。最早それは、カナードとは呼べない。FAの形をしていない……。心臓の鼓動が早まり、腹の奥辺りからドロドロと煮えたぎるどす黒い感情がわきあがってきた。
自分を護る為に戦ったニア。最愛の友達ニア……。ニアのことを考えると頭の中が真っ白になった。マキナは涙を流しながら笑い、背筋を震わせながら目を見開いた。
「――ろすっ!! 殺すっ!! 殺してやる……! うああああああああああああああああっ!!!!」
カナードが猛スピードで移動する。蒼いエーテルをまとったカナードの繰り出す剣の一撃はレーヴァテインに確実にダメージを蓄積させていた。何よりマキナの目にも留まらぬ息もつかせぬ凄まじい猛攻を前に、レーヴァテインは防御で手一杯である。
「死ね! 死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね死ねぇええええっ!!」
レーヴァテインの胸に剣を深々と突き立てる。同時に反撃の一撃がカナードの腕を落とし、頭を殺いだ。その瞬間には結晶による再構築を行い、マキナは痛みに瞳を揺らしながらも剣をもっと奥へ、もっと深く、もっと痛みを与えるようにと押し込んでいく。ぐりぐりと何度も剣を上下させ、左右にねじり、折れかけた剣を常時再構築しながら。
「お前が悪いんだ……! お前がニアを苛めるから……!! お前がヴィレッタ先輩を苛めるから……!!!! お母さんを殺すからっ!! お前は死ななきゃ駄目なんだ! 死ね! 死ねぇっ!!!! 死ねよぉおおおおおおおおおおっ!!!! うああああああああああっ! わあああああああああああああああっっ!!!!」
突き刺さる剣を掴み、引き抜こうとするレーヴァテインとそれを更に押し込もうとするカナード。文字通りの一進一退の力比べが成されていた。しかし突然、マキナのカナードの動きが止まってしまう。まるで充電の切れたおもちゃのように、その場にがくりと膝を着いた。直後マキナはコックピットの中で盛大に嘔吐し、激しい虚脱感に襲われていた。もう指一本も動かせる気がしない……。小さく呼吸をしながら少女は死に掛けていた。その隙を見計らい、レーヴァテインは剣を引き抜きそれを逆にカナードの胸に突き刺した。そして――――。
「う……」
マキナが目を覚ました時、周囲には何も残っていなかった。下半身を失い、胸に剣を突き刺したまま蒼いカナードはカナルの上を漂っていた。そこがどこなのか、マキナには検討もつかない。傷だらけのままレーダーや通信機を試してみるが、そもそも電源が入らなかった。
コックピットの中は酷く空気が薄く感じられた。機体は既にパイロット保護の役割を果たしていない。カナルのエーテルは機体の残骸を蝕み続け、今この瞬間もマキナは死に近づいていた。それを認識し、少女は静かに目を閉じた。もう身動き一つ取れない――。酷く、疲れ果てていたのだ。
どれだけの間そうして漂っただろうか。突然、通信機から声が聞こえた。ゆっくりと目を開いたマキナのカナードの前、同じく原型を保っていないニアのカナードの姿があった。バーニアだけでカナルを泳ぎ、ここまで辿りついたのである。蒼いカナードのハッチを空けたニアは暗いコックピットに降り立ち、マキナに飛びついた。
「マキナ! マキナ、しっかりしてっ!!」
「…………ニア……?」
「そうだよ、ニアだよ! よかった……。死んじゃったかと思った……本当に、良かった……っ」
「……ニア、無事だったんだ……」
「マキナのお陰で何とかね……。機体はもう駄目だけど、何とか予備の通常エンジンでここまで……。それよりマキナ、早くエーテル換気しないと! このままじゃ直ぐにエーテル中毒で死んじゃうよ!!」
「……からだ、動かない。ごめん……」
「機体の空調は……くそっ!! なんで一個も動かないんだよ! 通信機も……駄目か。マキナ、少し待ってて!」
ニアは外に飛び出し、まず自分とマキナの機体とを有線の通信で繋いだ。それからヘルメットを被り、作業を開始する。マキナの機体の予備エンジンを作動させ、換気を行わねばならない。燃え盛るカナルの上、アナザーであるニアでなければ数分と持たずに死んでしまっていた事だろう。故にそれはニアにしか出来ない仕事だった。
とはいえ、スーツはところどころ破けているしニア本人も傷だらけである。カナルのエーテルに身体を蝕まれながらニアは黙々と作業を続けた。急がねばマキナが死んでしまう――。それだけは絶対に避けなければならない。そんな事になれば、自分はきっと一生後悔するだろうから。
手が熱で焼け焦げても気にしなかった。予備エンジンを作動させ、コックピットの空調を復活させる。しかし新たな問題が発覚した。マキナの機体にはエネルギーが殆ど残っていなかったのである。理由は不明だったが、恐らくマキナが最後に見せたエーテルの力を関係があるのだろうと推理した。兎に角、時間がない。
ニアは振り返り、肩で息をしながら自分のカナードを見つめた。四肢がもげて最早使い物にならないカナード……。しかし、エネルギーだけは残っている。ニアは汗まみれになりながら自らの機体とニアの機体とを接続し、動力を分け与えた。コックピットに駆け戻り、マキナの様態を確認する。マキナは意識が混濁しており、既に起きているのか寝ているのかも判らない状態だった。換気は始まっているが、このままでは危険かもしれない。
「マキナ、マキナ! しっかりして!」
「う……?」
「このまま意識を失ったらたぶん死んじゃう! せめて換気が完了するまでは起きてなきゃ! ね、話しよう? ボクと話してれば、少しはハッキリするでしょ?」
「う……。うん……。ニア……あのね……」
「うん」
「おなか、すいたね……」
マキナのその一言と力ない笑顔にニアは一瞬固まった。それから笑顔を作ったままボロボロ涙を零した。マキナは本当にお腹がすいているわけではないのだと直ぐにわかった。マキナは――自分の為に、冗談を言っているのだ。こんな状況だというのに……元気付けようとしているのだ。それがたまらなく切なかった。ニアは堪えきれず、歯を食いしばって泣いた。マキナは血塗れの手でニアの頭をゆっくりと撫でた。指は動かず、手首だけで。ニアはそんなマキナの身体を強く抱きしめた。強く、強く……。己の生命力を分け与えるかのように。
「マキナ……! 馬鹿……! 自分の心配しなよ! 馬鹿!! ばかあっ!!」
「だってニア……泣いてるんだもん……。かわいそうだよ……。ないちゃ駄目だよ……」
「絶対助けるから……! 絶対助かるから……! だから待ってて! 絶対絶対、助けて見せるからっ!! 死なせない……死なせて堪るか……!!」
それからニアはあらゆる通信手段を試してみた。しかし救助を呼ぶ事も、現在位置を確認する事も出来なかった。カナルの流れは速く、見る見る二人は流されていく。この世界のどこかへと通じるカナル……。ニアの必死の努力は続いた。マキナの表情は見る見る青くなっていき、目の下には隈まで出来ていた。焦りながらも必死に全ての手段を試した。どうにもならず、通信機の修理を行った。それが完了し、何とか救難信号を発信出来たのは二時間後の話だった。
既に日は暮れて世界は闇に包まれ始めていた。肌寒く、ニアはマキナの身体に緊急用の毛布を被せた。自分の分もマキナに被せ、マキナの全身の傷を手当てした。医療パックではまったく足りず、二人分を費やした。その傍らでニアは血に塗れ、肩で息をしていた。やがてエネルギーを全て蒼いカナードに転送し、ニアは自らの機体を切り離し、カナルに沈ませた。ハッチを閉じ、二人は同じ毛布に包まった。マキナは口から血とよだれが混じった液体を垂らしながら何度も意識を失っては取り戻すという事を繰り返していた。明らかに危険な状態であり、一刻も早くなんとかしなければならない。しかしここには手段もなければニアには医療の知識も乏しい。
「マキナ、約束したでしょ……? 誕生日、プレゼント交換するんでしょ……?」
「うん……」
「ねえ、じゃあさ、ボクは日記帳にしようかな。紙媒体のやつ。売ってるところ探すの大変だよね」
「う……」
「マキナ、ちゃんと聞いてってば。ほら、しっかりして」
気絶しそうになるマキナの頬を叩き、ニアは唇をかみ締めた。そうでもしなければマキナが死んでしまう。ニアは涙を拭いながら笑顔を作り、ずっとマキナに話しかけ続けた。
「また料理つくろうよ。そしたら今度、ボクも覚えるからさ……。リンレイみたいに料理上手だったら、きっとモテモテだにゃ。マキナもさ、可愛いんだから……ね?」
「う……ん……」
「なんか髪も青くなっちゃって……正にカラーオブブルーっていうかさ。あ、ボクSGに志願しようかな……。そしたらカラーズになったマキナをずっと護れるよね」
「………………あ……ぁ……」
「マキナッ!!」
頬をはたく。マキナは震えながら薄く目を開き、ニアを見た。そしていつもと変わらない、ほにゃっとした柔らかい笑顔を浮かべた。
「ありがとう、ニア……。ありがと、ね」
「…………。何でお礼言うの……?」
「もう、いいよ……。このままじゃ、ニアまで死んじゃう……」
「良くないよッ!! 何勝手にあきらめてんだよ!! あきらめんなよっ!! 勝手に死ぬとか決めつけんなっ!!!!」
「……声、おっき……」
「馬鹿っ!! ここで死んだら絶対許さないからね! 絶交してやる!! 一生口利いてやんないんだからっ!!」
「それ……こまるよ……」
「だったら死ぬな、馬鹿……っ! 死なないでよマキナ……やだよ……! マキナが死ぬなんて絶対にやだよっ!!」
突然マキナの返事がなくなり、肩を強く揺さぶる。ニアは振り返り、換気口を見た。もう手段は選んでいられなかった。動力の形式を変更し、コックピットの下部からガスマスクのような装置を取り出した。そしてそれをマキナに装着する。
「ニア……?」
「いい? このコックピット全体を覆うはずの正常な空気を今マキナだけに全部送ったから」
「…………え? ニアは……?」
「ボクは、アナザーだから平気だよ」
「…………」
「ボクは嘘はつかない。これが二人とも助かる正解なんだ。マキナ、もう少しだから……。もう少しだけ、頑張って……」
「…………うん、がんばる。ニアが一緒だから……怖く、ないよ」
弱弱しいマキナの手をきつく握り締め、ニアは微笑んだ。マキナはもう意識を保つのが限界になり――いよいよ全てが頭の中で途切れてしまった。ニアはそんなマキナの全身を毛布で覆い、自分もそれをかばうように抱きしめ、小さなマキナの身体に寄り添った。
「絶対、助かるんだよ……。絶対、死なせないから……。マキナ……。マキナ――――」
「……あいつら、戻ってこなかったな。しょうがない、帰るか」
暗くなったギルドルームの中、サイは手にしていた紙袋からそっと小さな箱を取り出した。それはニアへの仲直りの品だった。そしてギルドのメンバーへのお礼の品々……。オルドには新しいゲーム機。ヴィレッタには新しいネクタイ。リンレイにはお茶の詰め合わせ。マキナにはアポロの首輪。そして――ニアにはオレンジ色に宝石が施されたネックレス。
「もうちょい、女らしくしたようがいいんだよ、ニアは」
直接渡すのは気恥ずかしかったのでそれぞれに当てたメッセージを書いた。そして電気を落とし――サイはギルドから去っていった。人工の星空は今日も綺麗だった。明日も変わらぬ幸福を……。そう、永遠に閉ざされた世界の法則を誇示するかのように――。
ベスト・フレンド(3)
「う……?」
目を覚ました時、わたしは思いました。ああ、また医務室だ――と。こうして医務室で目覚めるのは何度目でしょうか。全身が痛くて首も回せません。深々と溜息を漏らし、何があったのかを心の中で整理し始めました。
あの時、レーヴァテインとかいう化け物が全身からエーテルを炸裂させて……。街が崩れてカナルに落ちたのです。そこで意識が途切れて、ニアが助けに来てくれたのは覚えています。それで……。ここにいるってことは、多分救助されたのでしょう。
昼なのか夜なのかもわかりませんが、とりあえずとても時間が経っている事だけは確かでした。痛む身体を必死に押さえつけて起き上がります。誰も居ない部屋の中から抜け出し、薄暗い通路を歩きました。ニアの姿がどこにも見当たらなかったからです。起きたとき、多分ニアは傍に居てくれるのだろうと思っていたのに……だから、その姿を探してしまいました。
あちこちを歩き周り、今が夜中なのだとわたしは気づきました。朝までせめて寝て待っていようかとも思ったのですが、無事を皆に伝えたくて歩き始めました。校舎を出てギルドルームに向かいます。すると、そこでわたしは理解出来ない物を目の当たりにしました。
旅団のギルドルームは無くなっていました。その事実を認識するまでにかなりの時間が必要でした。ずっと、わたしはそこに立ち尽くしていました。扉は開かなかったので、部屋に帰る事にしました。夜の街をふらふらと歩いて寮に戻ります。そして自分の部屋に辿り着いて――やはり、目を疑いました。わたしの部屋は――なくなっていたのです。
「え?」
ただ、その一言しか口に出来ませんでした。結局どうしようもなくなってあちこちを歩きまわし、どうしようもなかったので病室に戻る事にしました。病室に戻る途中、廊下の奥から走ってくる人の姿がありました。闇の中で目を凝らすと、それはアテナさんでした。
「あ、アテナさん」
「――――ッ!! 馬鹿!! 何出歩いてるのよっ!?」
アテナさんは物凄い勢いで怒鳴りながら駆け寄ってきて、わたしの身体をぺたぺた触りました。それから泣き出しそうな表情でじっとわたしの顔を見つめます。なんだか良く判らず、しかしどうも悪い事をしてしまったようなのでわたしはとりあえず頭を下げました。
「あの……? 旅団のギルドルーム、移転したんですか?」
「…………」
「あと、わたしの部屋……空き部屋になってたんですけど……」
「マキナ」
アテナさんはわたしの両肩を強く掴み、首を横に振りました。
「落ち着いて聞いて……」
「え?」
「旅団はなくなったわ……。貴方の部屋も、もう住人がいないから、空になったの」
「え? え?」
「貴方は――丸一年、眠ったままだったのよ」
――――全く、理解が出来ず。ただ、口を開けっ放しのままで。そんなわけないでしょ、冗談だよって言いたいのに。硝子に映りこんだわたしの蒼い髪は凄く伸びていて。身体ががくがく震えていました。乾いた笑みを浮かべながら、アテナさんにすがりつきます。
「え……? どう、いう……?」
「一年前、貴方は酷いエーテル中毒になって倒れたの。そして一年間意識不明のまま、植物人間だった」
「旅団は……?」
「マスターのヴィレッタ・ヘンドリクスが行方不明よ……。貴方も居なくなって、ニアも……」
「ニアも……なんですか?」
アテナさんは何も言いません。わたしはアテナさんの胸倉に掴みかかりました。
「ニアがなんですか……?」
「…………お嬢さん」
「ニアがどうしたって聞いてるんですッ!!!!」
「…………死んだわ」
途端、全身から力が抜けました。震えながら後退し、首を横に振ります。アテナさんはうそつきでした。アテナさんはうそつきでした。アテナさんはうそつきでした。
だってニアは言いました。嘘はつかないって確かに言ったんです。わたしは約束したんです。ニアといっぱい約束したんです。死なないって、二人で助かるって……。
「あの子の方が傷は深かったのよ……。お嬢さん、貴方に全ての治療措置を施して、道具も使い果たして……。自分の治療が、出来なかったの……」
「……うそだよ」
「聞いて……。あの子を見つけた時、もう血塗れで手の施しようがなかった。死んでたのよ、あの子は……」
「うそだよ」
「高濃度のエーテルの中、あの子はずっと耐えてたの……。コックピット全体を換気していては貴方は助からなかった。だから彼女はエーテルの中に自分だけをさらして、貴方を助けたの」
「うそだ……。うそだうそだ、嘘だあああああああああっ!!!!」
叫びながらアテナさんに掴みかかりました。そして壁に押し倒すのに、何故か彼女は全く反撃も防御もしようとしませんでした。ただ、泣き出しそうな目で強くわたしを睨むだけです。それがどうしようもなく事実を告げていました。視線から逃れるように身を離し、床の上に転がって頭を抱えました。
「うそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだ…………」
「現実よ……」
「うそだっ!! そんな事あるわけがない!! アテナさんなんかきらい! きらいきらい!! 大嫌い!!!!」
「聞きなさいっ!!!!」
胸倉を掴み上げられ、わたしはただアテナさんの赤い目を見ていました。アテナさんは泣きながらわたしをじっと睨みます。
ニアは……。ニアは……死なないって言ったのに。どうして? なんで? アナザーだから平気だって言ったくせに! 大丈夫だって言ったくせに!!!!
何故ニアは死ななければならなかったの? わたしの所為……? わたしを助けるために、ニアは死んだの……? どうして? なんで?
「わたしが……よわいから……っ」
ニアは笑ってた。笑いかけてくれていたのに。どうして……失ってしまうの?
「わたしが、ニアを……ころし……た……」
アテナさんが手を離し、わたしは床の上に落ちました。頭を抱え、丸くなり、わけのわからない悲鳴を上げながら泣きました。アテナさんはただ、ずっとそんなわたしを見下ろしていました。
『じゃ、ボクがマキナの友達第一号って事だにゃ〜』
思い返せば脳裏を過ぎる、沢山の思い出……。
『ボクも。君と一緒にいるよ。だってボクらは、パートナーなんだから』
わたしの人生を変えてくれたニア……。優しく笑いかけてくれた最初の友達……。
『ボクは……自分でも良く判らないんだ。どうしてフェイスなんかに入ったのか……。もしかしたら、復讐の為だったのかもしれない』
迷ったり、躓いたり……。わき道に反れたりしながらも、一生懸命に進んできた……。
『よーし! こうなったら、皆で頑張って旅団を盛り上げていこうーっ!! 目指せ! 最強ギルド!!』
ニアが、居てくれたから……。
『ボクがボクでいられるのは君のお陰だよ。だから君と共に行く……。戦いを終わらせるんだ。そして話し合いのテーブルに着かせる。あの化け物だって、次は落として見せるさ』
ニアが、支えてくれたから……。
『…………うん。マキナはそれでいいよ。マキナがまた迷ったり辛い時には傍に居てあげる! ずっと一緒に居てあげる……。だからマキナもボクを支えて欲しい』
ニアが、いつでも一緒だったから……。
『ボクは嘘はつかない。これが二人とも助かる正解なんだ。マキナ、もう少しだから……。もう少しだけ、頑張って……』
「うそつき……」
どうして、そんな風に嘘をついてしまうの?
「うそつきぃぃ……っ」
どうして、わたしを守るために死んでしまうの?
「うあ……うわああああっ!!」
どうして――――わたしは、生きているの――――?
蒼海のアルティール
「――生きているのなら立ちなさい! 立って、そして歩きなさい……!」
わたしの事を冷たく突き放したその人は、誰よりも悲しそうな顔でわたしを見ていた。
わたしの直ぐ傍でいつもわたしを見守ってくれていた人は居なくなり――。
そしてわたしは、全てを失った…………。
〜ねっけつ! アルティール劇場〜
*ようやく折り返し*
マキナ「というわけで、蒼海のアルティールもようやく折り返しで御座います」
ニア「死にました〜」
マキナ「はい〜」
ニア「アルティールは全80話くらいを予定しているんだけど、ここまで長かったね〜」
マキナ「うん、ながかったね〜。とりあえず、例の番外編企画をこれからちょろっと追加したり、今までの総まとめみたいなのをやりたいと思ってます」
ニア「アンケート投票の方はそろそろ一端締め切りです! 三部が軌道に乗ってきたらまたやる予定ですが、今のうちにダッシュ投票だ!」
マキナ「さて、三部はどんな感じになっていくのでしょうか」
ニア「それは……まだあんまり考えてない」
マキナ「えぇえええ!?」
ニア「まあ、そんなこともあるにゃす。今日まで応援してくれた皆にお礼を言ってニアはここを去りたいと思います」
マキナ「え? こ、ここからも撤収しちゃうの?」
ニア「死んだキャラが普通にここにいるのなんか変じゃない?」
マキナ「う、うぅ……。本編で死んでも別にここにいるからいいかなとか思ってたわたしが甘かったよう……」
ニア「なんぞ……。というわけで、次回からは多分別のキャラがパーソナリティになると思いますのでよろしくお願いします」
マキナ「わーん! にーああああああっ!!!!」