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ベスト・フレンド(2)


「いた! ヴィレッタ先輩っ!!」


 ハンガーに駆けつけると、そこにはヴォータンに乗り込もうとしているヴィレッタ先輩の姿がありました。しかし目視出来てもその距離は予想以上に遠く、追いつけたとは言えません。先輩はわたしたちを見つめながら、ゆっくりとヴォータンを動かし始めます。


「仕方がねえ……。ニア、先に行くぞ!」


「にゃす! 二人は後から来て!」


「は、え?」


 オルド君とニアがお互いに頷きあい、一気に加速します。あの二人、滅茶苦茶足が速かったんだ……。今まで狭かったりエレベータだったりしたからあんまり意味がなかったけど、ハンガーは直進通路。思い切り走り抜ける事が出来るのでしょう。でもアナザーであるニアと同じ足の速さって、オルド君って物凄い体力馬鹿……?


「ぬぬぬ……! おいつけないぃぃ!」


「しょうがないですよ。私たちはゆっくり行きましょう」


 前方、既にリフトが動き出しているヴォータンの姿がありました。流石にもう間に合わないだろうなあとかそんな事を考えていたその時――。オルド君が通路の手すりに壁を当て、腰を落として両手を組みます。ニアは申し合わせたようにそこに右足を引っ掛け、オルド君をカタパルトにしてニアは空に舞い上がりました。一息で遠く離れたヴォータンのバックパックにしがみ付いたその様子はまるでサーカスか何かのようです。というか息ぴったり……。


「ヴィレッタ先輩、捕まえましたよ!!」


『ニア、どこにくっついてるんだ!? 動き出したら死ぬぞ!?』


「そうです! だから殺したくなかったら動かないでください!」


『無茶を言うな……』


 そう話している間にもリフトが動き、ニアたちの姿が地下のカタパルトへ下がっていきます。というか本当にカタパルトまで行ったら無重力だし、エアロックもないんだからニアはまずいのでは……。


「今カタパルトの遠隔操作を行っていますが……間に合わないでしょうね」


「ど、どうするの!?」


「ニア! これを!!」


 リンレイは小さな機械を取り出し、それを放り投げました。ニアはそれを受け取り、直ぐに作業にかかります。手馴れた様子で設置を終えるとリフトから飛び降り、ニアがハンガーに戻ってきたところでリフトのシャッターは閉じてしまいました。


「ギリギリじゃねえかオイ……。ニア、戻ってこられるか?」


 通路はハンガーの中央、中空を通るような位置にあります。機体の足元などは作業員が重機を動かしたりしているのでごちゃごちゃしていて危険だからだそうです。基本的には通路から左右に伸びる搭乗用通路で機体に乗り込むだけなので、下に下りたら上にどうやって戻るのか、わたしたちは知りません。しかしニアは別になんという事もないという感じで、そのままその場で垂直跳び――それをオルド君が身を乗り出して腕を掴み、引っ張り上げました。なんという力技……。


「そういえばリンレイ、さっき何をニアに渡したの?」


「発信機です。ヴィレッタ先輩のヴォータンの識別反応は出ていますが、彼女がオフにしてしまえば――見えなくなってしまいますからね」


 言っている傍からリンレイの持つ端末にシグナルロストの文字が浮かび上がりました。直後、リンレイは操作を切り替えて発信機の方を表示します。するとしっかりとヴィレッタ先輩の機体の反応が感知されていました。


「な、なるほど……。これなら追いかけられるね」


「小型艇に機体を積み込んで向かいましょう。念のため装備は万全で行くべきです」


「了解、出撃準備だな」


「ほらマキナ、着替えるよ」


「あ、うん……。ねえ、みんな?」


 ふと、皆に問いかけます。三人は同時に振り返ってわたしを見ました。


「わたしもしかして、今何もしてなくなかった……?」


 文字通りの役立たずというか、ただ一生懸命走ってただけというか……。なんかこう、体力的にも技能的にも特にこれといって目立つところがないというか……。何となく落ち込んだ気分で肩を落としているわたしの両肩、そして頭を叩き、三人は同時に言いました。


「「「 マキナだからしょうがない 」」」


 …………。いい加減泣きそうです。

 そのまま通路を走って更衣室に入り、ライダースーツに着替えます。あわてて着替えたのでなんか肩から上が出てしまったままでしたが、機体の中で直せばいいやと飛び出しました。

 機体に乗り込むと、直ぐに輸送が開始されます。リフトで下の階層に降り、カタパルトで発進準備を行っている小型艇に積み込むのです。そんなことをしている間にわたしはあわててスーツをきちんと着ようともがいていました。このスーツ何回着てもちゃんと着れないです。


『ヴィレッタ先輩は思ったよりかなり早い速度でカナルを移動中ですね。急いだ方がいいかもしれません』


「ここからカナルを通じて移動するって……どこに行くつもりなんだろう?」


『少なくとも近場ではなさそうですね。カナル上でならばFAはエネルギー切れになることもありませんし、恐らくは無事にたどり着くでしょうが……』


「うん、早く追いかけよう!」


 降りていくリフトの中、両手のグローブ部分にきゅっと奥まで指を通します。普段は無能だけど、FA操縦くらいは上手にやらなきゃ。先輩が何をしようとしているのかは判らないけど、完全武装のヴォータンで出撃するなんて普通じゃありません。

 わたしたちを乗せた小型艇は知らない場所へと旅立とうとしていました。修理されたカナードの中、わたしは静かに息をつき、先輩の目的地について考えをめぐらせていました……。


「あ、日記……」


 そういえば、ギルドで日記を書きながら話をしていたのでギルドに日記を置いてきてしまいました。まあ、別に戻って取りに行けばいいか――そう考えてわたしは顔を上げました。今考えるべきことは、別の所にあるのですから。




ベスト・フレンド(2)



「ただい…………。…………?」


 自宅へと戻り、部屋に入ったアンセムが見たのは机に突っ伏して眠っているアテナの姿であった。もう夕方だというのに、未だに寝巻きのままのアテナにアンセムは目を瞑り、腕を組んだ。あの几帳面なアテナが随分とだらしない事である。

 既に夕方だというのに、アテナはいつまで寝ているつもりなのだろうか――? そんな事を考える。居眠りするアテナの前には端末が置かれており、アンセムはその画面を覗き込んで目を細めた。そこにはかつての旅団の事を調べようとした形跡が残っていたのである。

 男はそっと端末の電源を落とした。仕事続きでろくに帰ってきてやる事も出来なかった大切な家族……それが首を突っ込んではいけない事に興味を持ってしまっている。上着をハンガーにかけてネクタイを緩めながらアンセムは眼鏡をはずした。そうと思わずも漏れてしまう溜息に疲れを実感する。冷蔵庫まで移動し、ミネラルウォーターをグラスに注ぐ。揺れる水を見ていると何故か過去を思い出す……。一気に飲み干し、目を閉じた。

 アンセムはそう、周囲からはそう見えなくともアテナのことを大切に思っている。大切な、たった一人の妹だと思っている。自分のしている仕事が人から恨まれる類の物であり、そして人には言えない類の物である以上、その仕事の内容を妹に伝えたくないのは当然の事であった。

 非道な行いを強いられたとしても、妹だけはそんなことに巻き込みたくない……それがアンセムの願いだった。距離を置くのも言葉少ないのも全てはアテナの事を思うからこそである。しかし、本当にそうなのだろうか――。ふとそんな事を考えてしまう。

 確かにアテナを大切に思っているのは事実だ。だがきっとそれだけではないのだろう。あの日、ブルーの手によって預けられた小さな女の子……。何度も見た事があった。いつもブルーの手を握り締め、泣きそうな顔をしていた。いや、実際に泣いていた事の方が多かったかもしれない。きっと自分を嫌っていたのだろう……そう思う。何故ならば自分の所にブルーがアテナを連れてくるという事は、即ちブルーがどこかへ行ってしまうのを意味していたのだから。

 アンセムがアテナを預かって家に連れ帰っても、アテナはいつも一人でアンセムに近づこうともしなかった。そんなアテナと何度も何度も時を共有した。最初はちょっとした会話から。時には一緒に食事をして。時にはアテナの為にプレゼントを贈った。そんな日々が続き、いつの間にかアテナが笑顔を見せるようになり……思ったのだ。ああ、自分はこの子を守らねばならないのだと。ブルーが出来なかった事を……代わりにしてあげなければならないのだと。

 眠るアテナに歩み寄り、上着をそっと肩にかけた。赤く輝く髪にそっと触れてみる。指先を撫でる優しく滑らかなその髪の感触は楽しかった。ずっと、一人ぼっちにさせてしまった。だがもう直ぐ……もう直ぐ、全てが始まる。そして全てが終わるのだ。そうなれば、アテナも――。

 これまでの十数年と比べれば安い物だ。テーブルの上に腰掛け、ワイシャツの胸ポケットから一枚の写真を取り出した。えらく古ぼけた、写真――。そもそも写真というものが時代遅れのこの世界で、アンセムが大事に持ち歩いてきたお守り……。そこには数人の男女の姿が映っている。

 中央に、蒼い髪の女性の姿が。そしてその女性の正面、彼女に両肩を抱かれて照れくさそうに顔を赤らめている少年が一人……。そこには、旗があった。雄雄しく揺れる旗があった。それこそ正に旅団のシンボル――。後のフェイスの校章である。


「――マリア先生」


 懐かしい過去に思いを馳せる。あの頃はまだ、自分も一人の学生に過ぎなかった。そこで出会った蒼い髪の美しい女性……。ザ・スラッシュエッジと呼ばれた最強のカラーズ。にっこりと、太陽のような笑顔を浮かべて。生徒である、小さなアンセムの肩を抱き。そこに確かに実在していた。噂でも虚実でもない、本当の事実。アンセムだけは覚えている。世界中の誰もが彼女の存在を忘れ去ってしまっても……。

 優しくいつでも笑っていたマリア。大切な事を沢山教えてくれた先生。彼女のようになりたくて、フェイスの教員になった自分……。あの頃思い描いていた夢の姿とは大分違ってしまっている。それでも、ここにいる。

 写真に写りこんだその笑顔――。彼女に良く似ていた。アテナはずっと前から気づいていただろう。この写真に写りこんだ女性の顔が――マキナ・レンブラントに酷似している事に。

 アテナの髪を撫で、アンセムは静かに目を閉じた。どうかあと僅か、嘘をつき続ける自分を許して欲しい。そして全てが終わったならば――君に話そう。心の中で考える。君の母親は、君を裏切ってなど居なかった。そう、声を大にしていえる日が来るまで――。




『前方にFA反応多数……! これは……!? ファントムです!!』


 ヴィレッタを追いかけて移動を続けていた小型艇の中、マキナたちが聞いたのはそんなリンレイの戸惑いに満ちた声であった。それもそのはずである。何故こんな所にファントムが――? いや、そもそも一体どこから現れたというのだろうか。

 何はともあれそんな事を考えている場合ではない。ファントムは危険な集団……それに相手は遠隔操作のFAである。特に遠慮する必要もない。邪魔をするというのならば、排除するだけだ。


『各機出撃! ファントム隊を撃破してください!』


「あはは、結構簡単に言うね」


『三人の実力をファントムの戦闘能力と比較しての発言ですから』


「まあ――なんなら一人でもいいよ。あれくらいなら、すぐにケリが着くから」


 マキナはコックピットの中でERSを起動する。機体の全身に神経が浸透していくのを感じながら手早く起動を行った。固定ハンガーごと外側にせり出し、向きが変更される。正面に向かって伸びる簡易カタパルトの上に両足を広げ、マキナは低い姿勢から正面を見据える。ファントムが落下してきているのは頭上のカナルから――。つまり上に輸送機か何かがいるようなのだが……。


『射出準備完了。マキナ機、発進どうぞ』


「正面を斬り開くよ! I have control――! マキナ・レンブラント、行きますっ!!」


 カタパルトから射出された蒼いカナードが舞うように着地と同時にスピンし、カナルの上を疾走していく。正面からはアサルトライフルを装備した突撃仕様のファントムが迫っている。

 蒼い右目が薄く輝き、カナードの周囲に展開されたER領域が一気に拡大されて行く。本来マキナが持つ領域の五倍近くの範囲が展開され、マキナは落ち着いた様子で操縦を開始する。まずは軽く左右にステップを踏みながら……。一気に加速し、カナルを巻き上げながら突進する。

 猛スピードで前進しながらもマキナの目には全てが見えていた。コンマ数秒後、ファントムがどんな動きをするのか――それが手にとるように感じられる。どの箇所が動き、どこに銃口が向いていてどこから攻撃が来るのか――。読めているビジョンにあわせて光の上を疾走する。まるで先の決まっていた未来が遅れてやってくるかのように、カナードに弾丸は一発たりともかする事はなかった。そして直後、間合いをつめたマキナが低い姿勢から回転し、ファントムの一機を足払いすると同時にもう一回転して胴体を両断する。左右から放たれるアサルトライフルの弾丸は既に読めていた。左右に足を広げ、バーニアを吹かす。爆発するかのような勢いで噴出したカナルの流水が弾丸を蒸発させていく中、蒼いカナードは宙を待っていた。上空からファントムに斬りかかり、上から真っ二つ。振り返ってブレードを三機目のファントムへ投擲し、胴体に突き刺さったそれを駆け寄って引き抜くと同時に爆発が起こった。

 一瞬で三機のファントムを無傷で撃退したマキナに遅れ、ニアのオレンジのカナードが追いついてくる。後方ではオルドが小型艇の上に陣取り、大型のカノン砲を構えていた。上のカナル目掛けて滅茶苦茶にミサイルと砲弾を撃ち込みまくり、そのお陰かファントムがそれ以上降り注いでくる事はなかった。


「ったく、なんだったんだありゃ? なんでファントムがこんな所に居る……?」


『判りませんね……。目的地の方向からこちらに向かって移動していたようです。一つ上のカナルですが……』


「まあ、なんかマキナが瞬殺しちゃったけど……」


『あれ弱いよう〜』


「いやいやいや…………。そんな事より見えてきたよ、目的地」


『はい。あれが――。現在は廃棄されているFA実験用プレートシティ、“タルタロス”です』


 タルタロス――。そこは数年前までは試作FAの実験場として利用されていたシティである。その性質から、シティと呼ぶよりはアリーナに近い形状をしており、大勢の人を住ませる事ではなく、FAが自由に動き回れるエリアを確保する事を大前提としている。

 以前は頻繁にFAの実験が行われていたものの、現在では廃棄され立ち入る人の姿などありはしない。そんな寂れた場所に何故ヴィレッタが向かっているのか……四人はそれがわからないままだった。しかし移動中にタルタロスについて調べていたリンレイはある事実に気づいたのである。


『タルタロスは以前、旧旅団が壊滅した都市でもあります』


「え……!?」


『詳細は不明ですが……ヴィレッタ先輩はその時のミッション唯一の生き残りだそうですね。それが何か関係しているのでしょうか』


 旅団の壊滅と今回のヴィレッタの行動……。関係がないとは思えなかった。しかし、この場所に一体何があるというのだろうか? 誰もがそんな疑念を抱いていたその時である。リンレイが傍受したヴィレッタの通信が、確かに聞こえてきたのである。


『…………は、あの作戦は…………!? 全て……の……』


「……? ヴィレッタ先輩、もしかして誰かと喋ってる?」


『独り言にしちゃあ熱くなりすぎだろ』


 それもそうである。何はともあれ今は先を急ぐのが先決であった。そうしてタルタロスに近づいていると、通信の声はどんどん大きくなっていく。


『馬鹿な……。本気でレーヴァテインを……思っているのか。旅団は…………の……アテナでは……』


「先輩、誰と喋ってるんだろ」


『レーダーがもう一機、FAの反応を感知しました。これは――ファントムタイプのようですが、今までのとは違う仕様のようですね』


「専用機って事?」


「マキナ!」


「うん。先に行くよ、リンレイ!」


 ニアとマキナが同時に加速する。そして一気にタルタロスに近づき、跳躍してその外壁を突破した。更に内側へと続く扉があり、タルタロスは結局はドーム状の構造になっていた。しかし壁に穴が空いている場所を見つけ、二人はそこから侵入する事にした。中はアルティールのアリーナの三倍はありそうな巨大な空洞で、その薄暗闇の中にはヴィレッタのヴォータンの姿があった。


「ヴィレッタ先輩!」


『マキナ……それにニアもか!? どうしてここに……!?』


「そんな事より、何がどうしちゃったんですか? ここに一体なにが……?」


 マキナたちの正面、ヴィレッタの前にはもう一機FAの姿があった。黒いシルエットに金色の装飾――。ファントムと呼ばれるタイプのFAに酷似している。しかしその姿は全体的なディテールが異なっており、ファントムの上位機、あるいはカスタム機である事が単純に見て取る事が出来た。そしてそれは正解でもある。

 威圧感のあるその細いシルエットの機体を警戒し、剣を構えるマキナ。ヴィレッタは冷や汗を流しながら正面を見据えていた。最悪の――。想像し得る最悪の状況である。全てが思うとおりになってしまった。ヴィレッタのではない。彼の――である。


『わざわざ出向いてくれてありがとう、マキナ・レンブラント。君のそういうところは昔のヴィレッタによく似ているね』


「ほえ……? 先輩の知り合いなんですか……?」


『知り合いといえば、まあそうだろうね。ヴィレッタ、紹介してくれないか? 君の後輩だろう?』


「……くっ」


「マキナ、そんな事より……。あの機体、ファントムだよ。どうしてそれがヴィレッタ先輩と一緒に……? ていうかあれ、無人機じゃないよ」


『ご明察、と言っておこうかな。さて、それじゃあ長話はこれくらいにしておこう。僕も待ち合わせに間に合わなくなってしまう……』


「――待てっ!! 待ってください!」


 呼び止めるヴィレッタであったが、黒い機体は何も言わずに浮かび上がっていく。そして上空で変形し、戦闘機のような形態になってから一気に急上昇。マキナたちが入ってきた穴から空へと飛び出していってしまった。

 追いかけようとするニアとマキナであったが、それは達成される事はなかった。三機のFAが立つドームの中に、突然灯りが点ったのである。今はもう動いていないはずのタルタロスに火がくべられ、都市全体が脈動するかのように息を吹き返していく……。マキナたちは周囲をぐるりと見渡しながらその異様な光景に警戒心を強めていた。


「ヴィレッタ先輩、これは……!?」


「…………ッ! あの時と、同じか……!」


「あの時って……えっ?」


 エマージェンシーコールが鳴り響く。ドーム全体を覆うように巨大なフォゾンフィールドが展開されるのを外側からオルドとリンレイは目視していた。目ではっきりと見える程、莫大な量のエーテルが渦巻いているのが確認できる。リンレイがその数値を測定し、冷や汗を流した。まるでカナルが真上に向かって流れているかのような、そんな印象――。

 外と中とが分断された直後、ドームの天蓋が開いていく。頭上からはカナルの光が降り注ぎ、虹色の世界が広がっていた。戸惑うマキナたちとは対照的にヴィレッタは冷静に武装を構える。そして振り返りながら言った。


「こうなってしまっては仕方がない……! 事情を説明している暇はない! 二人とも武器を構えろ! 戦闘準備だ!」


「戦闘準備って……何と戦うっていうんですか!?」


「……戦わせはしないさ。君たちは……死なせない」


「え――っ?」


 直後の事である。立ち上るカナルの滝の中から無数の光の腕が伸び始めたのである。それはまるで壁に草原を作るかのように絶え間なく生え続け、カナルの結界は幻想的な様相へと様変わりしている。不気味なその光の中、大地がゆっくりと開いていく。床が四方に割れ、下部から何かが轟音と共に引き上げられてくるのがはっきりと感じ取れた。


「な、なに……!?」


「マキナ、ニア! 戦おうとは思わなくていい……! 何とか逃げ道を探す。二人は絶対に生きて帰す……だから頼む、死なないでくれ……っ」


 心苦しそうな声と共にヴィレッタがレールガンを構えた。それに倣い、剣と拳を構える。下部から競りあがってくるのは巨大なエレベータだった。リフトの上には巨大な鉄の塊が載せられている。そう、鉄の塊――としか表現の仕様がない。無数の岩が融合したかのような奇妙な物体だった。その岩肌は淡く発光しており、エーテルの線が脈動するかのように内側を流れているのが見て取れた。そしてそれを見た瞬間、マキナは右目にズキリと走る激しい痛みを感じていた。岩の鼓動に合わせ、痛みはどんどん増していく。


「う……うぅっ!」


「マ、マキナ?」


「いた……っ! 痛い……っ!! 何、これ……また、血が……っ」


 マキナの右目からはまた血が溢れはじめていた。それと同時に岩の中で流れている莫大な量のエーテルの存在に気づく。物質を透過しているかのように、マキナはその存在を感知した。


「中に、なにか……居る――?」


 直後、岩石の全体に亀裂が走る。そしてそれは一瞬で砕け散り――中からは一機の巨大なFAが姿を現したのである。それはFAにしか見えなかった。しかしFAとは全く異なる存在でもある。

 光で構成された体を束縛するように鋼の装甲が施されている。そう、まるでそれは人間が鎧を着ているかのような印象……。鎧の合間から時々煮えたぎるエーテルがあふれ出し、火を噴いている。まるで太陽――。


「何、あれ……!? 先輩、どういう事なんですか!? 答えて下さい! 先輩っ!!」


「…………。あれは……。あれは……私にも、判らない……」


「そんな……」


「ただ、あれが……私から全てを奪い去った物だという事だけは判る……」


 ヴィレッタはレールガンを片手に顔を上げる。その表情には憎しみが渦巻いていた。紫色の瞳が輝き、ヴォータンの出力が上がっていく。


「やっと逢えたな……! “霹靂の魔剣”――ッ!!」


 謎のFAが口を開き、空に吼える。それだけで大地が軋み、ドームが崩れていく。マキナは痛みの中、確かにそれと対峙していた。夜の獣――。炎渦巻くその巨人は、マキナの蒼い瞳の中で確かに存在を誇示していた――。


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