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センチメンタル・ブルー(2)

「マキナ」


 声に振り返ると、そこにはラグナ君の姿がありました。ラグナ君はわたしの隣に立つと、黙って一緒に空を見上げます。夕焼け空の下、わたしは校庭にあるベンチの傍に立っていました。サイ君がギルドを辞めると言い出し、ニアが走り去ってしまった時、わたしはどうしたらいいのか判らなくなってしまったのです。

 本当は二人を追いかけるべきだったのかもしれません。でも、そうするべきだと考えるわたしが居る一方で彼女たちの選択を邪魔してはならないのだと冷静に考える自分が居たのです。自分の事だけでも精一杯なのに、本当にわたしに誰かを守ることなど出来るのでしょうか。

 考えれば考えるほど、わからなくなっていくのです。これでいいんだって今まで言い聞かせて戦ってきたつもりでした。全部割り切ったつもりでした。でも――本当にわたしは前に進んでいるのでしょうか? あの頃、フェイスに入ったばかりのわたしは人殺しなんて嫌だと。向いていないと。そういってフェイスから去ろうとしていました。あの時のわたしと今のわたし……成長しているといえるのでしょうか。


「……。あまり、一人で考えすぎない方がいいよ。一人で考えたところで、ただただ思いつめた所で、結果は何も変わらない」


「ラグナ君……。それは、わかってるよ。理解はしてるつもり。でも……」


「……納得は出来ない?」


 隣に立つラグナ君がわたしの顔を見ているのが判りました。でも何となく気恥ずかしくて眼を合わせる事が出来なかったのです。それは別に、ラグナ君がきれーな男の子だからとか、そういうことではありません。どうにもならないってわかっている、無駄だって知ってるのにここで一人で考え込んで……。まるで子供が駄々をこねているような行いに他なりません。そんな自分を他人に見られている事が、嫌で嫌で仕方が無かったのです。だから、ここまで飛び出してきたのですから。

 なのに彼はそんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、何も言わずにただわたしを見つめていました。気まずくなり、ベンチに腰掛けます。すると彼も一緒についてきました。すこしむっとしてラグナ君を恨めしげに睨みます。彼はそれでも微笑んでいました。


「そんなに自分が嫌いかい?」


「…………。そんなこと」


「“自分は嫌いだ”と言う事が、他人に弱さを吐露して押し付けている気がするから――。だから何も言わないんでしょ?」


「――――」


 まるでずばりと心の中を射抜かれたようでした。驚いてラグナ君へと視線を向けると彼は人工の夕焼け空を見上げながら気持ちよさそうに風を受けていました。そういえば今日は暖かくて、気持ちのいいお天気でした。作り物だって判っているけど……でも、ラグナ君は嬉しそうでした。


「君はいつもそうやって、自分の中に弱い気持ちを押し込めているのかな」


「……そんな事ないよ。いつも皆に助けられて、皆のお陰でここまでやってこられたんだもん。いつもくじけそうだった。でも、ニアや皆が居てくれたから今日まで耐えられた」


 じっと、掌を見つめます。そこに見えるのは沢山の日々の思い出……。フェイスに入ってもうすぐ六ヶ月……。このエンブレムを背負って生きていくと決めて、闘いの中で生きていくと決めて、そうして今日までやってきたのです。迷ったりへこたれたりしながらも、何度も倒れても助け起こしてくれる人たちのお陰でやってきたのです。そう、恐らくは。だからなのでしょう。

 この今わたしが立っている居場所こそ、皆の願いの形なのです。世界が望んでいるマキナ・レンブラントという人間の役割がこの足元に集っているのです。飛び降りる事も、それを崩す事も、全ては世界を否定――即ち皆の優しい気持ちを否定する事に他ならないのです。

 ラグナ君は言っていました。わたしにカラーズは向いていないと……。全く、それには賛成するしかありません。でも、それでも――。皆が期待しているのです。マキナ・レンブラントなんて、もしかしたら誰も必要としていないのかもしれないのです。皆が望んで、皆が褒めてくれているのはわたしじゃない。“ザ・スラッシュエッジ”という、わたしの持つ資質なのかもしれない……。

 今のわたしを否定出来ないのに、それなのにまだうだうだ悩んだり悔やんだり……。女々しくて本当に嫌になります。どうしてこんなにもわたしは駄目なんでしょうか。この世界を救う、救世主みたいな力があればよかったのに。何でも出来る、神様みたいな力があればよかったのに。どうしてわたしにはそれがないんでしょうか。どうしてわたしが守れるのは、わたしだけなんでしょうか……。たまらなく悔しくなって、辛くて心が押しつぶされそうになるのです。


「僕は、君の気持ちが判る訳じゃない。僕は君じゃないからね。だから、君の考えている事を推理するしかない。パズルみたいなものだよ。回答のない問題でもある。君が教えてくれない限り、僕は永遠に暗中模索さ」


「……?」


「手、繋いでみない?」


「ほえ?」


 あまりにも唐突な申し出でわたしは目を真ん丸くしてへんてこな声を上げてしまいました。ラグナ君が細くて白い、綺麗な指を差し出します。わたしはじっとそれを見た後、自分の手をそっとそこに重ねて見ました。

 わたしの手を握り締め、指を絡めるラグナ君。ぎゅうっと、強く握り締めた誰かの手……。ああ、自分はここにいるんだと気づくのです。誰かに手を握り締められるという事は、わたしが誰かを握り締める事でもあります。誰かに見られているという事は、わたしも誰かを見ているという事になるのかもしれません。

 わたしたちの自意識は結局は他人に依存しているのです。だから、自分の事さえ自分ひとりでは判らなくなってしまう……。だから、誰かと触れ合ったり。言葉を交わしたり。そうして少しずつ、削り取っていくのかもしれません。描き出すのかもしれません。自分自身という不確かで寂しいビジョン――。それを確かめさせてくれるのは、自分以外の誰かなのです。


「――落ち着いた?」


「えっ?」


「君は一人じゃない。理由はシンプルだ。“人間は一人では生きられない”のだから。君がここに居る事は、誰かが願った事であり――そして君が望んだ事に他ならない。でも自分というカンバスの上、何度でもそれを描き直していく事が出来る。描いていく事が出来る。そこに終わりはないし、決められた答えも無い。だから人はいつでも触れ合って探していくんだ。本当に正しいことなんて誰にもわからない。それでも――」


 強く結んだ手。ラグナ君の手はとっても冷たくて。でもひんやりしていて心地良いのです。にっこりと微笑み、ラグナ君はわたしの手を両手で包み込みました。


「一人じゃ見つからない自分の気持ちなら、誰かが気づかせてくれる。君にも、そうしてあげる力があるんだ。それは人が誰でも持っている価値なんだ。だから君にも出来ることはまだまだあるはずだよ」


「……ラグナ君。でも、わたし……」


「それもまた他人の言葉の一つに過ぎない。大切なのはね、マキナ。この世界の情報を、己の意思で取捨選択するという事だ。この世界は計算式で出来ているわけじゃない。明確な答えはたった一つじゃない。誰かにとっての答えがあれば、それとは異なる答えもある。だから、考えていくべきなんだ。突きつけられたのは事実に過ぎない。たかが事実なら、君にとっての真実を見つけ出せばいい」


「…………うぅ。正直、良くわかんないけど……。ラグナ君、励ましてくれてるのかな?」


「そのつもりだね」


「あ、ありがと……。少し、元気になったよ」


「うん。それはよかった」


「あの、それで……。手…………もういいかな……」


 さっきからず〜〜っと手を握られていたのでなんだか良く判りませんがむしょ〜に恥ずかしい気持ちになっていたのです。それをようやく察してくれたのか、ラグナ君は手を離して苦笑を浮かべました。まだ手にはつないでいた感触が残っていて、わたしはそれを名残惜しむかのようにかすかに手を握り締めました。


「さてと。それじゃあ僕もそろそろ本題に移っていいかな?」


「へ? 本題?」


「そ。僕がここまで君を探しに来た理由だよ」


 励ます為だけに来てくれたんじゃないんですか? と、ツッコみはしませんでした。なんだかそれは負けた気がするし、何より恥ずかしかったのです。そう、用事のついで。ついで……それくらいに考えておいたほうが、わたしとしてもなんというかあれがこう……。


「一緒に来てくれるかい? 君に見せたい物があるんだ」


「見せたい――物?」


 ラグナ君に連れられ、わたしは下層に存在するFAハンガーへと繋がるエレベータに乗り込みました。やがて当然ながらフェイスのFAハンガーに到着します。ここには最近は毎日のように訪れているのですが……ここがどうしたというのでしょうか。

 小首をかしげているわたしの前を進むラグナ君は、普段あまり人が寄り付かない場所へと歩き始めました。この先には確か――もうずっと誰も使ってないハンガーがあって、鍵がかかっているから誰も入れないんだと聞いた事がありました。そのいわゆる開かずの扉の前に立ち、ラグナ君が取り出したのはソードガーディアンのエンブレムが施されたIDカードです。それを扉に認証させると、開かずと言われていた扉がゆっくりと左右上下に開き始めたのです。

 三枚の隔壁によって閉ざされていた扉が静かに開き、真っ暗闇の中へとラグナ君はひょいひょい進んで行ってしまいます。わたしもおっかなびっくり暗い中を進みました。やがてやたらと反響する靴音でその空間の広さを認識し、暗闇の中に聞こえる換気扇の音と周囲を僅かに照らし出す非常灯の存在でこのハンガーはまだ生きているのだという事を知ります。


「これが君に見せたかった物だよ」


「これっていうと……? 真っ暗で何も見えな――!?」


 闇の中、突然照明が周囲に光を拡散させて行きました。闇を切り裂くまぶしさの中、眼を細めながらわたしは正面を見つめたのです。そこには一機のFAが眠っていました。

 真っ青な装甲。白いライン。美しくも勇壮なシルエット――。部屋の壁には無数の剣が格納されており、それに囲まれるようにして眠っていたのです。あの真紅の機体、ブリュンヒルデにも良く似たFA――。一目見ただけで全身に衝撃が走り、そしてわたしは理解しました。


「これが――――。蒼の……ジークフリート?」


「そう。ここでずっと、新しい主が来るのを待っていたんだ。ザ・スラッシュエッジを継承する人間をね」


 ラグナ君はジークフリートを見つめながらどこか寂しげな様子でした。一方私わたしはただただジークフリートの美しさに圧倒され、息を呑むばかりでした。蒼く美しい剣――ジークフリート。それがとてつもない力を持ったFAであることは、もう一目見ただけでわかったのです。何故でしょうか? わたしはこの期待を――“知っている”ような、そんな気がしてならなかったのです。


「ジークフリート……。でも、どうしてわたしにこれを?」


「勿論、君に預ける為さ。最強を誇るジークフリートだ、君の剣として見劣りする事はない。カナードじゃ、正直もう限界を感じているだろう?」


「……それは、確かに」


 カナードでは、わたしの反応速度にもうついてこられなくなりつつあるのです。ついこの間の闘いでそれを強く実感しました。わたしが思うのよりコンマ数秒遅れて動き出すカナード……。そのラグタイムにとてもやきもきしていたのです。

 でも、だからってどうしてわたしに行き成りジークフリートなのでしょうか? 正直、湧き出た気持ちは喜びよりもそれに勝る疑念でした。ラグナ君を見つめると、彼は上着のポケットから新しいIDカードを取り出したのです。そこにはAクラスへと昇進したわたしの名前が記されていました。


「学園会議で決まったんだ。学園は君の実力を認め、Aクラスの傭兵を名乗る事を許可したんだ。同時に君が望むのならば、ザ・スラッシュエッジの座を委ねるとも言っている。つまり君は、カラーオブブルーになるんだ」


「わたしが……カラーオブ、ブルー?」


 ラグナ君の掌の上、新しいIDカードは光を弾いて輝いていました。そっと手を伸ばし触れる指先の冷たさはラグナ君の手とは程遠いものでした。脳裏を掠める様々な迷い。わたしは――。

 マキナ・レンブラント、憂鬱な日の日記より――――。




センチメンタル・ブルー(2)




「――断った? どうして?」


 夜の街の中、相対するマキナとアテナの姿があった。アテナはジーンズにタンクトップのシャツというラフな格好で、髪はポニーテールに括っている。対するマキナもやはりラフな格好であり、二人はこうして並んでいるとただの友達同士――。歳相応の少女にしか見えなかった。

 闘いが当然の世界の中、年齢も性別も無関係に人はFAのような巨大な力を操り、まだ十代だというのに戦地へ赴き当たり前のように大人同然の振る舞いを求められる。そんな時、ふと忘れそうになってしまう事もあるだろう。彼女たちとてそうなのだから。だが、彼女たちはただの子供なのだ。蓋を開けてしまえば、ただの少女に他ならない。

 休暇中のアテナがこうしてわざわざマキナの呼び出しに応じて顔を出したのにはそれなりの理由があった。電話越しのマキナの声は切羽詰っていたように感じられたし、何より今は一人で居る事が苦痛だったのである。暗い部屋の中、一人でいるのは辛かった。だから他人ならば誰でも良かったのかもしれない。アテナはただ、一人でいたくなかっただけだった。それは確かに事実である。

 しかし、この目の前の少女のことを気にかけていなかったわけではない。アテナはマキナの為にここまで来た、等とそんな事を言うつもりはない。何事も全ては己の為……。言い聞かせているような物である。そしてそれ以上、深くは考えなかった。

 モノレールのステーション前の噴水には既に遅い時間だというのに人の行き来が耐えなかった。元々昼も夜も人が作ったものに過ぎず、この世界においてはあまり重要な意味を成すものではない。故に二十四時間営業している店が殆どであるし、フェイスも二十四時間施設が開放されている。

 アテナは片手をジーンズのポケットに突っ込み、なんともいえない表情を浮かべていた。もうすっかり秋だというのに、今日はかなり暖かい。温度調整に失敗しているのかもしれない。ぼんやりとそんなことを考えつつ、マキナへと視線を向けた。


「カラーズになりたかったんじゃないの、貴方」


 マキナは歯切れ悪く返事をして、そのまま黙り込んでしまった。アテナはマキナがカラーズになるなどという話は聞いていない。恐らく、学園会議で決まった情報が他へ漏れないまま直接マキナへと通達されたのであろうと推測した。アテナもまたカラーズではあるが、別に新しいカラーズが決定されたからといってそれを通達しなければいけない義務があるわけでもない。この学園のことは学園が決める事……。アテナは自分はただの兵士でしかないことを理解していた。だがそれにしても、この唐突な話は到底納得の行く物ではない。

 たかだか半年程度のキャリアしかないマキナが行き成りカラーズになる――。それは確かにカラーズにしてみれば別段珍しい話でもない。アテナとて、十六歳の時にレッドの座に着いたのである。マキナは確かにそれより若いが、十代前半にはナナルゥという前例がある。

 実力的に見ても、マキナは着実に成長を続けており、既にカナードなどに乗っているような器ではなくなっている。マキナに大きな力を与えたならばそれはどんな結果を導き出す事になるのか……アテナでさえそれは判らない。だが、周囲への連絡もないまま長年空白の座にあった蒼を決定するという行為に引っかかるものを感じているのも事実である。何より余りにも急ぎすぎている――そんな印象を受けた。だが何よりも――。


「判らないわね。貴方の夢だったんでしょう? 何故断ったの?」


「…………」


「黙ってたんじゃ判らないわよ」


「ごめんなさい……」


「……べ、別に怒ってるわけじゃなくて。ヴィレッタに連絡先を聞いてまでって事は、私に用事があるんでしょう?」


「はい……。あの……」


「待って。どこかお店に入りましょう。女の子がこんな所でこんな時間にウロウロしてたら物騒だわ」


「え? あ、そうですよね。すいません、気が利かなくて……」


「――――はあ。あのね、物騒なのは私じゃなくて、貴方の方よ。華奢なんだから、もう少し気をつけなさい」


 きょとんとしているマキナの手を取り、アテナは夜の街を歩き出した。ずんずんという効果音が似合いそうな、大股で早足な引率である。アテナは照れた表情を隠すように一度として振り返る事をしなかった。

 二人がやってきたのは、何とも意外にもかわいらしい雰囲気のレストランだった。店員は全員可愛い制服を着た女の子であり、お店の中にはいかにもピンクな雰囲気が漂っている。勿論いやらしい意味ではない。

 アテナが来店するのを見て店員たちは慣れた様子で挨拶をしていた。それがまたマキナとしては驚きである。あの冷たい印象を受けるアテナが、こんな可愛いお店に頻繁に出入りしていたなんて――。


「……ここなら女の子多いし、お店の治安もバッチリ。個室だから、喋ってても周りには聞こえないわ」


「へぇ〜! 詳しいんですね〜」


「…………。悪い!?」


「へう!? 悪いとは言ってませんよ! むしろ可愛いと思います!!」


「…………」


 物凄い勢いで睨みつけてくるアテナにマキナは冷や汗をダラダラと流しながら個室の中に入っていった。個室によって内装は異なり、二人が入ったのは落ち着いた雰囲気のモノトーンな彩の部屋であった。まるでアテナは自分の指定席とも言わんばかりにそこでくつろぎ、メニューを開きながら水を口にした。


「何でもおごってあげるから遠慮しないで注文しなさい」


「え? そ、そんなの悪いですよ」


「悪いけど貴方に心配されなきゃいけないような手持ちじゃないの。そんなに言うなら見てみる? ここのメニューなんか上から下まで全部並べても痛くも痒くもないわよ」


「そ、そうですよね……。えと、じゃあ……? えと、どれがいいんでしょうかねぇ?」


「…………」


 結局アテナがマキナの分まで注文を済ませ、ようやく本題に入る事が出来た。アテナは水を一口飲み、マキナを見つめる。その視線は鋭く威圧的だったが、その中には確かにマキナを案じる優しさがあった。


「わたし……このままでいいのかなって、迷ってるんです」


「このままでいいのか?」


「はい。あの……。カラーズには、成りたいんです。夢でしたから。そうすればアテナさんの隣に並べるんじゃないかって、そう思ってたから……。でも、ある人に言われたんです。わたしにカラーズは向いてないって」


「でしょうね」


「へう……。そ、それでそのう……。実際にカラーズのアテナさんなら、こういうときどうするかなって……」


「ヴィレッタがいるじゃない。彼女の方が、キャリアは私より上よ」


「はい。でも――ヴィレッタ先輩、優しいから。きっとわたしが辛くなるような事は言ってくれないと思って……」


「へぇ〜……? それは、私が優しくないって言いたいのね……?」


「ひゃううっ!? ちがっ! そうじゃないですようっ!! アテナさんは、その……。わたしの事、甘やかしたりなんかしないし……。ホントのこと、ちゃんと言ってくれるって思ったから……」


 恥ずかしそうに肩を縮こまらせ、前髪を弄りながらマキナは上目遣いにアテナを見た。その仕草がアテナの胸に突き刺さる。心臓の動悸が早まるのを抑えるようにアテナは水を一気に飲み干しグラスを空にした。


「期待に応えられなくて残念だけど、私に言える事なんて何もないわよ」


「…………あのぅ?」


「何かしら」


「アテナさんって、カラーオブブルーの……娘さん、なんですよね?」


 その言葉を聴いた瞬間、アテナは手にしていたグラスを思い切り握りつぶしていた。一撃で硬いグラスが粉砕され、破片があちこちに散らばった。当然、アテナの手にも破片は突き刺さり、ぽたぽたと紅いシミが白いテーブルに広がっていた。


「アテナさん!? えっ!? ち、血がっ!!」


「どこで聞いたの」


「え――?」


「答えなさい――ッ!! どこでその話を聞いたのッ!?」


 血塗れの手でマキナの胸倉へとテーブル越しに掴みかかり、思い手繰り上げるアテナ。目の前で見えるアテナの瞳は背筋が凍りつくほど鋭く敵意に満ちている。そして何より――冷たささえ感じるほどその瞳は真っ赤で透き通っていた。


「アテナ、さん……苦し――っ」


「…………っ」


 手を離し、アテナは額に手を当てながら深々と溜息を漏らした。そうしてようやく気づいたと言った様子で傷だらけの掌を見つめた。ぼんやりとしているアテナのその手にマキナの両手が添えられる。少女はアテナの傷を気にし、瞳を揺らしながら流れる血をじっと見つめていた。


「別にたいした事ないわよ……。はあ……。急に変な事言うから……」


「ご、ごめんなさいっ! 痛いですよね……。すいませんっ」


「だから、別にいいってば。自分でやった事よ」


「で、でも悪いのはわたしですし……。デリカシーの無い事言っちゃって……その……す、すいません! 失礼しますっ!!」


 直後、マキナは血だらけのアテナの手をぺろぺろと一生懸命舐め始めたのである。何が起きたのか一瞬理解が追いつかず、アテナは間抜け面のまま暫く棒立ちになっていた。五分ほど経過してからようやくアテナ・ニルギースとして機能を再開する。あわてて手を引っ込めると、マキナの唾液で手がべとべとになっていた。


「ちょ――ッ!? 何してんのよ馬鹿っ!!」


「で、でも消毒しないと〜〜っ!?」


「平気だっていってるでしょ、もうっ!!」


 その時、注文していたドリンクを持ってきたウェイトレスが個室へと顔を出し、そこでグラスが割れている事実に気づいた。グラスを片付けるウェイトレスに申し訳なさそうにお礼を言うアテナであったが、テーブルには当然血痕が残っている。お怪我はありませんか――? そう問いかけるウェイトレスにアテナは首を横に振った。

 マキナはその時とんでもない事実に気づいたのである。アテナの傷だらけだった掌――。そこにはもう、傷など一つも残っていなかったのである。もしかして反対側の手だったのだろうかと確認してみたのだが、傷は一つも残っていない。呆然としているマキナの前にカラフルな色合いのドリンクが差し出され、同時にストロベリーのパフェが置かれる。が、そんな事にマキナは全く興味がなかった。

 ウェイトレスが立ち去った後、アテナはマキナの視線に気づいて冷や汗を流す。それから両手を広げて見せ、少しだけ寂しげに笑った。


「だから言ったでしょ? 平気だって。そもそもグラス圧壊させる手っていうのも変な話でしょ」


「え、え……? え――と、えっ? どうなってるん、ですか……?」


「生まれつきこういう体質なのよ。外部のエーテルを取り込んで自己修復するの。僅かなエーテルでも莫大な回復が可能なのよ。そして身体能力はノーマルよりもアナザー寄り……昔から、ね」


「アテナさん……」


「どうしてこんな身体になったのか、それは私も知りたい所なのよ。なのに母親あのひとは何も言わなかった。何も言わないで居なくなった。正直、恨んでるわ。だから、その話はあまりしたくないの」


「そう、だったんですか……。余計に、すいません……」


「――別にいいわよ。私もいい加減、あの人の事で頭に血を昇らせてられないわよね」


 呆れるように微笑み、アテナはドリンクを口にした。その横顔はとても疲れているようにマキナの目には映った。寂しげで、辛そうで……それでも彼女は戦っている。それがとても羨ましく、憧れて、しかし同時に哀れだった。


「本当にごめんなさい。わたし、何も知らなくて……」


「だから、もういいってば。それより、早く食べたら? ここのパフェ、凄くおいしいんだから」


「へっ? あ、はい、いただきます」


 スプーンを一口。そうしてマキナは驚いて顔を上げた。まろやかで、しかしストロベリーの甘い酸味が口の中に広がるアイスクリーム……。目をキラキラさせて続けて三口。そうして口元にクリームをくっつけたままマキナは声を上げた。


「おいひいでふっ!!」


「良かったわね」


「はいっ!! あ――。アテナさんも、食べます……?」


 おずおずとパフェを差し出すマキナ。アテナは首を横に振り、苦笑を浮かべた。マキナは遠慮なくパフェをほおばり、幸せそうな表情を浮かべていた。そんな笑顔を見つめ、アテナも微かに笑顔を浮かべた。


「落ち着いたら、ちゃんと聞かせてね。貴方が今、何に思い悩んでいるのか」


「……聞いてくれるんですか!?」


「まあ、暇だし」


「ありがとうございますっ! 大好きです、アテナさんっ♪」


「ばっ! 馬鹿言ってないで食べなさい! それにクリームとかいろいろついてるし……なんで綺麗に食べられないのよ、子供じゃないんだからもう……」


 そんなやり取りが暫く続くのであった。そしてマキナが半分以上パフェを消化したところでようやく本題へと入るのである。マキナはゆっくりと、一つ一つの出来事を確かめるかのように、アテナへと自分の気持ちを語りだしたのであった。

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