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センチメンタル・ブルー(1)

「…………ほけー」


「マキナ、大丈夫……?」


「うん?」


「最近なんか……。こう、以前にもまして……。なんかこう……ね?」


「ほえ〜?」


「あ、うん……。いや、いいんだよ……。それがマキナらしさだもんね……うん」


 何故か自分を納得させるように何度も頷くニアの隣に座り、わたしは頬杖をついて窓の向こうを眺めていました。

 蒼穹旅団も参加した七星殲滅作戦は一段落着き、世界はまた少しずつ落ち着きを取り戻し始めていました。しかしまだ世界各地には七星の残党が居るし、それに七星の壊滅と移民を希望するアナザーを殺戮した事はこの世界にとって大きな影響を及ぼすに至る出来事だったのです。

 あの一件以来、アナザーとノーマルの間には絶対に埋まる事の無い溝が出来てしまったように思えます。それに加担したのは……いえ、恐らくはそうしてしまった主な原因はわたしたちがミザールを破壊したからなのです。

 ミザールでの戦いが長引けば、間違いなくベネトナシュは地球圏を離脱していたでしょう。加速も十分につけば、FAごときで追いつけるはずもなかったのです。命懸けで明らかに不利な戦場に突っ込んできた彼らの真意、それはきっと後ろにいる家族とか、仲間とか、そういう者を守るためだったのでしょう。

 神風に乗ってわたしたちと戦ったあの人も、本当は自分が死んでしまう事にうすうす気づいていたのではないでしょうか。それでも時間を稼げば多くのアナザーを救えると、そう信じていたのではないでしょうか。実際あのミザールの戦いが終わる瞬間まで、誰もベネトナシュの離脱には気づかなかったのです。わたしたちがもっとゆっくり戦っていれば……ベネトナシュの悲劇はなかったかもしれない。そう考えると、胸が張り裂けそうでした。

 誰が悪いわけでもないっていうのは判っているし、ヴィレッタ先輩やラグナ君は割り切った方がいいって言うけど、それでもわたしはどうしてかそうすることが出来ないままでした。あの時わたしは……どうして、ブースターを破壊してしまったのでしょうか。

 神風を倒したのもブースターを壊したのも全ては早く戦いを終わらせて少しでも多く人の死を減らしたかったから。なのに、その結果わたしはベネトナシュの悲劇を起こしてしまったのです。七つあるはずだったコロニーのうち二つが企画凍結され、アナザーが死んだ……。世界はそれだけの事実を見つめるけれど、それで本当に正しいのでしょうか? そこで散っていった、あの人たちの願いや気持ちは……。きっと歴史に記されない所に沢山の真実があるのではないでしょうか。

 わたしは自分の我侭で戦っています。その理由と手段と結果、三つがそれぞれ矛盾しているのも理解しているつもりでした。それでも戦って戦って、その先にはちゃんと思い描いた物があるんだと考えていたのです。でも――。

 神風のライダーは言っていました。“その先に続く未来を信じている”、と。でもわたしはそれにこう切り替えしたのです。“それは、目をそむけているだけだ”、と――。それは誰に向けた台詞だったのでしょうか。あの人に……? それとも、わたしに――?

 考えれば考えるほど気持ちが重くなり、何もする気が起きないのです。とても憂鬱な日々が続いていました。こうしている今この瞬間も世界中でアナザーとノーマルの戦いが続いています。わたしたちはただの兵士で、傭兵で、戦士で、だから大局をどうにかする力なんてないんだってわかってるし、守れるのは両手に収まるものだけだって事もしっているし、だからそのためには沢山の返り血を浴びて生きていくことを確かに理解して選び取ったはずでした。なのにどうしてこんなにもつらくて、こんなにも悲しいのでしょうか。


「……話なんか、しなきゃよかったのに」


 呟いた言葉は誰にも届きません。でもあの時、神風のライダーは必死に戦っていました。子供を殺したくないと。子供を守りたいと。その両方が矛盾しつつも純粋な愛であり、その結果彼は子供を相手にするという油断を前に敗れたのかもしれません。

 そもそも、タンホイザーの力が無ければわたしは神風に勝利する事は出来なかったでしょう。ニアがいてくれなかったら……ラグナ君がいてくれなかったら。わたしはきっと勝てなかった。でも勝って、それでどうなったの? “勝つ”って、なに? “負ける”って、なに……?

 旅団に来ても何故だか少し気持ちが憂鬱で、毎日当たり前のように以前と同じスケジュールをこなしているのに、何故か全てが違って思えたのです。本物の殺戮者の戦場へ出たわたしは、そこになじみきれない自分に腹を立て、その世界を当たり前としている世界そのものに失望していたのかもしれません。

 力を手に入れれば守れるものも増えるって思ってた。でも守れるものって本当に少なくて、奪ってばかりいる。百の物を壊して手に入れる一の光に何の価値があるのでしょうか。わたしは……それを割り切れない偽善者なのでしょうか。

 もう何も判りませんでした。旅団の窓辺に座り、ただぼんやりする日々が続いています。こんなんじゃ駄目だって判っているのに、まるでわたしの中で色々なわたしが互いの足を引っ張り合うかのように、何も出来ないのです。右目の眼帯にそっと触れ、指先で撫でてみます。戦う為の力――でも、それは本当にわたしの望む力なのでしょうか。


「ねえ、ニア……」


「んっ? なに?」


「わたし……これでよかったのかな」


 俯いたまま問いかける言葉。二人きりのギルドルームは少しだけ広く感じられました。ニアはわたしを見つめ、それから首を横に振るのです。そう、それはきっと誰にも判らない事だから。


「ボクも、これでよかったのかなって思ってる。でも……立ち止まっている暇はないんだ。だから進むよ。もう後戻りは出来ないから」


「……。ニアは、強いね……」


「マキナ……」


「なんなんだろ、わたし。滅茶苦茶に剣振り回してさ、戦場でいっぱいいっぱい人を殺してさ……。何でも出来る気がしてたのかな。自分の手を汚す事なんて怖くなかったはずなのに……。戦うって決めたのに……。情けなくて嫌になるよ」


「それは……それは、違うよ!」


 否定してくれるのはニアの優しさだったのでしょう。でも、わたしは今誰かに優しくされたくありませんでした。優しくされたらまた、鈍感な自分に戻ってしまう気がして怖かったのです。立ち上がり、肩を落としたまま部屋を後にしようと歩き出しました。するとギルドルームの扉が開き……見知らぬ人がそこには立っていました。


「お〜、小せぇなあこのギルド! もちょっとデカくてもいいんじゃね〜の?」


 そこに立っていたのは黄色いコートを着た金髪のアナザーさんでした。かなり、ねこさんっぽい姿をしています。目とかキラキラしているし、耳とかニアよりあからさまっていうか……。背が高くてスラっとしてて、女の子みたいな綺麗な顔をしていました。アナザーさんは部屋の中を見回した後、わたしへと視線を向けます。そうして歩み寄ってくると、唐突に頭をむんずと鷲づかみにしたのです。


「ちっこいな〜オイ! ちゃんとメシ食ってるか? んっ?」


「は、はうあうあ!?」


「そうかそうか、だったらいいんだ。ま、とりあえずこれやるよ。高かったんだぜ? 男にゃ花なんかわかんねーけどよ。花屋のおばはんに見繕って貰ったんだ」


 そうして突然、花束を渡されました。とってもいい香りがして、少しだけ気持ちが楽になったような気がします。それにしてもいきなりなんなんでしょうかこの人は……? 初対面のはずなのですが、とってもフレンドリーというか、ずうずうしいというか……。勝手にキッチンのクッキー食べてるし……。勝手に冷蔵庫開けて牛乳飲んでるし……。だ、誰?


「お? あーあー、そういや自己紹介がまだだったな。俺の名前はカーネスト・ヴァルヴァイゼ……。お嬢さんがマキナ・レンブラント?」


「え? あ、はい。そうですけど……?」


「ハッハ! おい、思ってたよりだい〜ぶちっこいなあオイ! 俺はまた、ヴィレッタみたいなデカいのが乗ってるのかと思ってたが……。なるほどねぇ、あのアテナが可愛がるだけのことはあるぜ」


 豪快に笑いながらわたしの頭を撫で繰り回すなんか全身黄色い人。どうやらわたしたちのことを知っているようですが、なんか冷静に考えてみると旅団回りって凄い人ばっかりだから特に珍しくもないんでしょうか。

 この人もちょっと乱暴だけど……髪の毛めちゃめちゃになっちゃったし……でもそんなの嫌な人って感じじゃない雰囲気です。気さくなおにーさんっていうか……。笑顔とか子供っぽくて、ちょっと可愛いかんじです。なんかイケメン多くないですか、旅団関係者?


「あのー……? ヴァルヴァイゼって、もしかして?」


 おずおずとニアが挙手します。そこでようやく気づきました。ヴァルヴァイゼ――。そういえばこのギルドにはそんなファミリーネームの人が一人いました。そう、サイ君です。


「そういう事だな。サイのヤツが珍しくギルドに所属してるっていうから、その様子見もかねてきてやったんだよ。ま、メインディッシュはこっちのちび子だけどな! ハッハァ! よーしよし、高い高い〜!」


「にゃーっ!? 振り回さないでくださいよう〜!!」


 抱きかかえられ、その場でクルクルとターンするカーネストさん。ひとしきり楽しそうに回転したのち、わたしを両腕でしっかりと抱きかかえて笑いました。な、なんなんでしょうこの人。ちょっと変です……。まあ変な人しかいない気もするけどう……。


「全く、流石にあの女に良く似てやがるぜ」


「ほえ?」


「いやいや、こっちの話だ。いや〜それにしても可愛いなお前。胸のデケェ女は嫌いじゃないぜ?」


「な、なななっ!?」


「ハーイそこまでです。ここそういうお店じゃないんで……」


 ニアがわたしたちの間に入り、わたしをカーネストさんの腕から奪い返します。それはいいんですが、何故そのまま抱っこしてるんでしょうか。滅茶苦茶恥ずかしいんですけど……ていうかニア、たくましい……。


「アナザーのお嬢ちゃん。女ってのは男に構われてナンボだろ? ちっとくらいいいじゃねーの、減るもんでもねぇしよ」


「そういう問題じゃないですから! 全く、サイと比べてどうしてこう変な方向に積極的なんだか……」


「ありゃあ中々不出来な弟だ。お兄ちゃんとしては心配な理由がわかるだろ? それは兎も角、お前は胸ちっちゃ――はうぐっ!?」


 わたしを両腕に抱えたまま繰り出したニアの鋭い蹴りがカーネストさんの顔面に直撃していました。顔を赤らめながらもマジギレしているニアさんは至近距離で見ると怖かったわけですが、それよりもっと怖いのは顔面を蹴っ飛ばされても何故か嬉しそうに哂っているハイテンションなカーネストさんでした。な、なんで嬉しそうなの……?


「好戦的な女は好きだぜ! ハッハァ!!」


 だ、そうです――。


「にしても――。サイの奴は今日はこねえのか? ヴィレッタにも久々に会っておきたかったんだがな」


「ヴィレッタ先輩と知り合いなんですか?」


「古い知り合い、だな……。ま、あっちはそうは思っちゃ居ないんだろうが、俺は一度会った女は覚えてるからな。特に美味そうなのは忘れられねえだろ」


「うまそう……」


 なんだか……なんなんでしょう、この人。ようやくニアに降ろして貰ったのですが、二人して若干引き気味です。そんな奇妙な状態で居ると、ギルドの扉が開いてオルド君とヴィレッタ先輩が同時に入ってきました。そして先輩は入ってくるなり青ざめた表情でカーネストさんを指差し、


「な――ッ!? どうしてお前がここに居る!?」


 と、叫びました。それに反応し、カーネストさんが切り返します。


「マキナとサイとお前に会いに来たんだろが。元彼女だろ? それくらい気づけよ」


「「「 も、もとかのじょ!? 」」」


 のけぞったのはわたしとニアとオルド君でした。非常に奇妙な状況が成立しようとしていました。笑っているカーネストさんに駆け寄り、ヴィレッタ先輩は全身全霊でそれを否定していました。


「ち、違う! 変な言い方をするな!! ただ、ミッションで頻繁に組まされていただけだっ!!」


「「「 そうなんですか? 」」」


「ああ、そうとも言うな」


「というかそうとしか言わないっ!! お、お前はわざわざ私をからかいに来たのか!?」


「会いに来たって最初に言ってんだろ。人の話を聞けよカラーオブレッド」


「今の私はただのヴィレッタ・ヘンドリクスだ……! 全く、真顔でサラっとホントっぽいウソをつかないでくれ……!」


「ミッションでよく組まされていたって、ヴィレッタ先輩と?」


 わたしのその一言で先輩は状況を把握したようでした。そうして真顔で姿勢を正し、冷や汗を流しながら眉を潜めます。


「……そこを黙っているのはフェアじゃないだろう、カーネスト」


「ハッ! 別に俺個人の用件で来てるんだ、休暇の使い方くらい好きにさせろよ」


「えと、どういう事なんですか?」


「ああ、ちゃんとした自己紹介がまだだったな――。俺の名前はカーネスト・ヴァルヴァイゼ……」


 カーネストさんは改めてわたしたちに振り返り、紳士的な態度を装って微笑みます。ずっとそうしていればいいのに……そう考えていた直後でした。


「肩書きは“カラーオブイエロー”……。並びに反アナザーギルド、“契約の騎士団ナイツオブテスタメント”メインギルドマスター、だ。よろしく、マキナ・ザ・スラッシュエッジ――」


 その時、以前交戦した際に聞いた声が脳裏によみがえりました。そう、確かにこんな声でした。でも、そんな事ってあるんでしょうか。イエローが……イエローが、ヴァルヴァイゼだなんて。ギルドルームの空気は一変し、緊迫していました。何よりショックを受けていたのはニアで……。わたしはその時、どうする事も出来ずにただ黙っていました。

 マキナ・レンブラント、発覚の日の日記より――――。




センチメンタル・ブルー(1)




『――今回の戦、負った手傷はあまりに多いな』


『全く、やってくれたものだな。弱小組織ごときに言いように振り回されるとは……』


『徹底した尽滅こそ抑止力でしょう? もう二度と馬鹿な事を考える人間が現れないようにしなければなりません』


『じゃがのう……。やれやれ、全く面倒な事になった。このままではフェイスの沽券にも関わる』


『アナザーが全滅すれば、戦争が少なくなってしまいますからねぇ。適度に生まれて適度に死んで……。いいじゃないですか、たまに騒乱を起こしてくれるくらいで。フェイスの損失も、コロニー計画の頓挫も、フェイス存続を考えれば軽視せざるを得ないと思いますが?』


『だが、最近のアナザーは力をつけすぎているな。まるで誰かが意図しているかのようだ』


『考えすぎではないでしょうか?』


『そういえば例の新型FA――。開発したのはどこだか割れているのか?』


『恐らくは如月重工でしょう。尤も、企業側を責めるのは論外ですよ。彼らは仕事をしているにすぎませんから。否定されてもはいそうですかとしかいえませんよ、私たちは』


『樂羅もどこぞのカナルにまぎれてしまったしな。まあ、あれは捨て置くくらいで丁度いいだろう。また適度にアナザーを養い、反乱してもらうのが理想的だ』


『リングタワーコロニーおよびムーンシティのアナザーがフェイスに対する反感を強めているようです。暴動に発展するかもしれません』


『何、いざとなれば連中を全て殺すなり投獄するなりすれば済む問題だ。捨て置け』


『では、本来の議題に移るとしよう。ファントムのその後と、それからマキナ・レンブラントの処遇に関する議論を開始する――』


 アナザーの反乱。そしてその後に続くフェイスへの不審……。月と地球の間に広がる溝。頓挫したコロニー計画。様々な問題が渦巻く地球の中、人々は何を選び、何を望むのか……。


「任務ご苦労だったな、アテナ」


 アルティールのFAハンガー、そこに運び込まれてくるブリュンヒルデのコックピットにアテナは立っていた。開けっ放しにされたハッチの上に立ち、ハンガーの中を見渡している。そんな彼女が大地に降り立つと同時に声をかけたのはアンセムである。アテナは敬礼し、それから疲れた様子で首を横に振った。


「酷い戦いだったわ」


 アテナたちカラーズはあの暴動が一応の決着を見せてからも各地の火消しに飛び回っていたのである。暴動を起こそうとするアナザー組織や人々相手に脅しをかけ、場合によっては殲滅する……。あれから既に一週間たつというのに世界の殺気立った空気は未だに変わる事は無い。この星全体が悪意に染まっているかのような錯覚にアテナは心底うんざりしていた。

 疲れた様子のアテナはアンセムの前で顔を挙げ、それから寂しげにブリュンヒルデを振り返った。絶対暴力の象徴であるカラーズ機……。本来は美しく気高いものであるはずのものでさえ、人の悪意は悪魔に変えてしまう。アテナは結んでいた紅い髪を解き、溜息を漏らした。今はなんでもいい、とにかく休みたかった。


「これでまた、世界のバランスは欠如していく……。この星の秩序はいつから暴力に成り代わったのかしら」


「……。余計な事は考えない方がいい。ただ、自分を追い詰めるだけだ」


「わかってます。でも、時々嫌になるわ。この首輪ブリュンヒルデも、手綱カラーズも……」


「少し、疲れているようだな。早めに休むといい。仕事は暫く、オフにしておく」


 背を向け、アンセムはさっさとその場を後にする。その背中を見送りながらアテナは瞳を揺らしていた。かけてほしかったのはそんな言葉ではない。でも――。強くある事を願い。その為に力を欲し。そして人殺しになる事を選び。戦い。争い。疲れ。そして都合よく甘えたいなどと、少女らしい気持ちなどと……あまりにも馬鹿げている。

 気を引き締め、前を向く。頭をたれる暇などないのだ。あとはただ、突き進むのみ。理想などとうに朽ち果て消えてしまった。あるのはこの汚れた現実だけ。だがその中で生きていく。自分が自分で在る為に――。




「カラーオブイエロー……って……。そんな、この人が……?」


 蒼穹旅団のギルドルームの中、重苦しい空気が流れていた。しかしそんな空気はなんのその、カーネストは余裕の笑みを浮かべている。マキナはその事実が中々受け入れられなかった。殺戮狂、アナザー殺しのカラーオブイエロー……。噂で聞いていたのと実物は全く違った印象だった。そして何より、彼はその彼が殺しているアナザーそのものだったのである。

 その事実は、余りにも重過ぎた。沈黙の中、声を上げたのはニアだった。ニアは拳を握り締め、動揺した様子で震える声を搾り出す。


「どう、して……? どうして、アナザーなのに……」


「あ? そりゃ訊かれすぎて飽き飽きしてる質問だな。アナザーがアナザーを殺して何か悪い事でもあるのか?」


「悪い事って……そんな」


「人間は人間を殺す! ノーマルだってノーマルを殺すだろ? アナザーだってアナザーを殺しもするさ。ノーマルがアナザーを殺すのも。アナザーがノーマルを殺すのも。おんなじ種族同士で殺しあうのも! 全て真理だ! 全ておかしな事なんてない! 人間は闘争と死を求めている……。誰だって同じだ」


 その言い方は大げさかつ全てをひっくるめて決め付けるようなものであった。しかし、その中には確かに主観的ではない、客観的な事実がまぎれている。そう、ノーマルだってノーマルを殺す。アナザーだってアナザーを殺す。おかしいことは何も無い。皆戦って殺しあう。まるでそれを望むかのように……。世界の状況を一言で纏め上げたようなその言葉にマキナは衝撃を受けた。喉がカラカラになり、瞳が熱かった。カーネストを見ていると、自分の存在がブレてしまうような気がしたのだ。


「それが理由で……アナザーを殺してきたっていうの? ボクのお姉ちゃんも! ボクの故郷も!!」


「悪いがどこの事だかさっぱりわからん。潰した街の事も、殺したヤツの事も全く覚えちゃいねえ。興味の対象外だからな」


「――ッ!!」


「ニア!」


 飛び掛ろうとするニアを羽交い絞めにして抑えたのはマキナだった。ここでこの人を殴ったところでどうにもならない。なにより、憎しみを露にしたニアを見ていたくなかったのだろう。マキナは震えながらニアを懸命に止めていた。


「――俺がアナザーばっかり殺す理由、知りたいか?」


「え……?」


「ノーマルが劣等種族だからだ。アナザーのライダーってのはな、つえーんだよ。みんなつえーの。身体能力においてアナザーはノーマルを遥かに凌駕している。見ての通り、俺もアナザーだ。ノーマル相手に殺し合いをしても面白くねえんだよ。だからアナザーを狙うんだ。別にアナザーが嫌いなわけじゃねえ。むしろ大好きさ」


「そんな……そんな理由で……!?」


「闘いに理由を求める方が場違いだ! 闘いとは本能なんだよ、お嬢ちゃん!! 人を殺すのに理由を考えてる間はフェイスとして二流なんだよ!!」


「カーネスト!」


 声を上げたのはヴィレッタであった。ヴィレッタは鋭い眼差しでカーネストを射抜いている。オルドも抑えてはいるが、ニアとマキナの前でのその言い草は耐えられるものではない。拳を振るわせる少年の姿を見つめ、カーネストは目を細めてコートを翻した。


「ハッ! 全く、仲良しゴッコを悪いとはいわねえが、現実から目を逸らすのはイケナイ事だぜ? お前たちだって同じことだ。なあ、マキナ?」


「え――?」


「敵を倒した時――お前だって嬉しいだろ?」


 両手を広げ、マキナに歩み寄るカーネスト。そしてあやすように優しい声色で語り始める。マキナは瞳を見開き、口を半開きのままその言葉を聴いていた。


「敵を倒した時。よし、やった! 倒した! 思うだろ? 思わないはずがないんだよ。強く成った時……やった、強くなった! これでもっと戦える! 違うか? 特にお前はそうだろ? お前は戦いに快楽を求めるタイプだ。俺と同じ……な」


「適当な事を言うな! マキナはお前なんかとは違う!!」


「ハ! そうかい? なあお穣ちゃん、何かおかしいと思わないか? 自分はもっとやれるって思うだろ? 戦に対する後悔とは即ち闘争への欲求だ。お前は迷ってる……。今の自分でいいのかってな。本能が囁いてるんだろ? もう一人の自分が納得していない証拠だ。お前はお前を誤魔化しているんだよ」


 マキナはカーネストの話を心の中で否定しつつもそれを口にする事が出来ずに居た。両手の拳を強く握り締める。何故だか冷や汗が止まらなかった。闘いへの渇望……? それは確かに自分の中にもあるのかもしれない。よく、わからなくなっていく。何もかもが曖昧だった。

 その時だった。背後で扉が開き、次の瞬間カーネストに駆け寄った人影が拳を思い切りカーネストへと減り込ませていた。カーネストの身体が揺れ、しかし倒れる事は無い。のけぞった身体を元の位置に戻し、笑いながら目を細めた。


「よお、ブラザー。相変わらずご挨拶じゃねえか」


兄貴ネス……!」


 カーネストを睨みつけていたのはサイであった。サイの登場と行動に誰もが驚いていた。ニアも先ほどまでカーネストに飛び掛るつもりだったが、サイがかなり気持ちよく殴ってくれたので何となく気も静まっていた。


「何しに来たんだよ」


「可愛い弟と有望株、それから古い友人に会いにな」


「帰ってくれ……。俺のやり方には口を出さないって約束のはずだ!」


「別に親父殿の命令で来たわけじゃねえから、そうカリカリすんなって。プライベートだよ、プライベート」


 こうして並んでいる所を見ると、確かに二人は兄弟であった。しかしたった一点だけ決定的に異なる部位がある。それは金色の髪でもなく。似通った顔立ちでもなく。“アナザー”と“ノーマル”という、絶対的に超えることの無い種族の壁である。

 サイの眼はエーテル覚醒者のような色はしていないし、何より外部呼吸器官も存在しない。二人はノーマルとアナザーという非常に奇妙な兄弟関係であった。そんな事がありえるのだろうか? 誰もがその疑問を描いていた。


「さ、て、と……。目的は済ませたし、さっさと撤収するかね。また会う日を楽しみにしてるぜ、お穣ちゃん。それからサイも……こんな所になじんでるなんてらしくないぜ? お前にゃカラーオブイエローを継いでもらわにゃならねーんだからよ」


「ネス!!」


「おっと! はは、じゃあなブラザー! 旅団の皆様もお元気で……っと!」


 カーネストは素早い身のこなしで一瞬で出口までたどり着くとヒラヒラと手を振り去っていってしまった。残されたのは重苦しい空気と――知りたくなかった事実が一つ。


「サイ……本当なの? イエローの、弟だって話……」


 ニアの問いかけにサイはヘッドバンドをずり下げ、背を向けたまま黙り込んでいた。誰もサイに声をかける事が出来ない。オルドもマキナも、サイの正体に気づいていたヴィレッタさえも。

 ただ、ニアだけが悲しげにサイをじっと見つめていた。サイはしばらくした後に顔を挙げ、それから溜息混じりに振り返った。


「あ〜あ。だから言うの嫌だったんだけどなあ……。結構ここが気に入ってたんだよね、俺。でもま……潮時か」


「サイ君……?」


「俺、ギルド辞めるよ〜」


 当たり前のようにあっけらかんと宣言するサイ。サイはそのまま誰の言葉も拒絶するかのように、畳み掛けるように話を続けた。


「元々俺は旅団がつぶれるっていうんで入れられた人数合わせのメンバーだろ? もう旅団は軌道に乗ってるし、俺だけCクラスで皆の足を引っ張ってるんだしさ〜。場違いな面子はそろそろ要らないっしょ?」


「サイ君、そんな……」


「まあ、そういうわけだから。今日までそれなりにお世話様デシタ、ってな」


「サ、サイ君! 待ってっ!!」


 マキナの伸ばした手はサイには届かなかった。サイはそのままゆっくりとギルドルームを後にし、自動ドアが静かに閉じられた。ヴィレッタは腕を組み、眼を閉じて黙り込んでいる。オルドは状況に納得がいっていないのか、舌打ちして椅子の上にどっかりと座り込んだ。そしてニアは――。


「ニア、いいの!? サイ君、いっちゃうよ!? ギルドやめちゃうって!」


「…………」


「ニアッ!!」


「わ、判ってるよ! でも……だって……! ボクだってどうしたらいいかわかんないよ、そんなのっ!!!!」


「ニア……」


 ニアは頭を抱え、苦しそうに震えていた。近づくマキナを片手で制し、首を横に振る。


「ごめん……。少し、ほっといて……」


「あ……」


 ニアはそのまま走り去ってしまった。残されたマキナは伸ばしかけた手をおずおずと引っ込め、その無力さに歯軋りした。ギルドルームの中、残されていたのはやはり沈黙。そして、悲しい空気だけであった――。


〜ねっけつ! アルティール劇場〜


*そろそろ二部も終わりか……*


挿絵(By みてみん)


マキナ「アンケートコメント44――ッ!!」


ニア「ユニークすぎでしょ、44……」


マキナ「でもでも、最近なんかちょっと人気出てきたかも!? 主人公、してるかもっ!?」


ニア「そういえば最近微妙に読者数増えてきた?」


マキナ「うんうんっ! それもこれも皆わたしのお陰! わたしのお陰なのでありますよっ♪」


ニア「(最近リリアに似てきたこいつ)」


マキナ「というわけで、次あたりで番外編第二弾行っちゃう予定ですよーっ」


ニア「いつも読んでくれてありがとうございます。特に更新待ち伏せして必死に読んでくれてる方々」


マキナ「番外編は四弾くらいで一度終わりにする予定なので、リクエストはお早めにーっ!!」


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