オーバー・ドライブ(3)
沢山の光が。沢山の声が。戦場の中で溢れていました。涙が溢れてくるのは何故でしょう? この空の中で散っていく命の火を感じ取れるからでしょうか。ナナルゥの歌声で伸びたわたしの瞳の先、沢山のものが壊れていくのがはっきりと判りました。燃え落ちていく沢山の意思の中、わたしたちは戦争をしているのです。
神風が堕ち、わたしたちの頭上に見えるのは動き出した巨大なコロニーの姿です。コロニーへと続く道には果てしなく強固にそびえる艦隊の姿がありました。カナードは既にボロボロでした。それでもわたしの心に恐怖はなかったのです。
蒼に彩られた右目で見る世界は美しく、拡大されたERS領域はわたしに無造作に情報を流し込み続けています。左右に手を伸ばせばそれが彼方まで届くような気がしました。わたしの“領域”――。それは右目のエーテル覚醒によって急激に広がりつつあったのです。
『休んでいる暇はなさそうだね。コロニーがまだ初期加速を行っている間がチャンスだ。行くよマキナ、ついてこられるかい?』
「はいっ!!」
槍を携えた白い騎士が空を駆けて行きます。わたしはそれを追いかけて闇の中を泳ぎはじめました。目指すのは敵防衛ラインの中枢――。近づく事さえ難しかった光の雨も、ミサイルの弾幕も、今は怖くありません。
思い切り飛翔して、心のままに全てを委ねる事――。頭の中を駆け巡っていた激情は気づけば冷め切っていました。何故でしょうか――。わたしは、“あれを止める方法を知っている”気がしたのです。そう、それは不可能ではないのだとわたしの中の何かが叫んでいました。
誰かの存在を傍に感じました。それはナナルゥではなく――もっと傍で。限りなく零に近い距離で。わたしの指先に指先を重ね、わたしの唇に唇を重ね、シルエットに浸透していくような感覚――。わたしの瞳が“彼女”の瞳になる。吐き出す呼吸も、静かに聞こえる戦場の唄も、すべては今わたしの物でありそして彼女の物でもあるのです。思い切り加速して、びゅーんと空に飛んでいきます。頭の中はふわふわしているのに、どこか心地よくて。全てがクリアに見えたのです。雑念を全て消し去った先にある蒼い空白――。わたしはその中に飛び込んでいくのです。
カナードが蒼い光を放ちながらミサイルの雨をかいくぐり、ビームの隙間を縫って飛んでいきます。自分でも驚くくらい、全ての攻撃が見えていたのです。いえ、これは――。そう、“少し先の未来が見える”かのような感覚でした。
直感的に見えるのです。軌跡を描きながら飛来する全ての悪意を無垢な蒼で切り裂いていくのです。カナードはわたしの手足の限界を超え、今は魂の赴くままにわたしを空へと導いていく。隣を突き進むラグナ君はわたしと同じく、全ての攻撃を回避しながらコロニーに直進していました。
「――ヴィレッタ先輩!!」
先輩の姿を認識し、わたしたちは先を急ぎます。立ちふさがった九十九五機を一息に斬り抜け、その先にあった母艦の側面に刃を突き立てたまま突き抜けます。一気に突破した戦線の背後爆発が巻き起こり、先輩がこちらへ視線を向けました。
『マキナか!?』
「遅れてすいません!」
『ど、どうやってあそこを突破してきたんだ……いや、今はそんなことは……。ブースターは既に四基破壊した! 残り三基だ!!』
『だったら――』
「一人一基で事足りる――! 右から回り込みます!」
『おい、マキナ!? うかつに近づくと――ッ!?』
先輩の声はわたしには届きません。今は何でも一人で出来る気がしました。脳裏にフラッシュバックする無数の映像がわたしに叫んでいるのです。この戦場の切り抜け方を――。
光の渦巻く闇の中へと翔けて行きます。沢山の人の恐怖、焦り、戸惑い……。感情が色のように見え、わたしには認識出来ていました。わたしへと向けられている悪意の渦……。銀色の剣はそれを切り裂いてわたしを理想へと導いていきます。
そう、この戦いは無意味な物などではないのでしょう。神風のあの人が一生懸命な思いを抱えて戦っていたように。この戦場にいる誰もが胸に強い思いを抱いているのです。勝者と敗者という絶対的な二分によって隔てられてしまう彼らの命を少しでも多く救う為には――。一刻も早く、この戦争を終わらせるしかないのです。
コロニーの外壁ギリギリを飛びながらクイックブーストを繰り返し、弾幕を回避します。コロニーの裏側まで回りこんでしまえば、ブースターを破壊するのは簡単でした。炎の渦を放出している龍の口のような噴出口に剣を思い切り投擲するのです。突き刺さった剣が生み出す傷口から炎が溢れ、規則正しく溢れていた炎はあらぬ方向へと飛散します。残っているのは左右の腰にナイフが二対――。
左右のブレードパックから射出されるナイフをキャッチしながら上昇し、壊れかけたブースターへとナイフを投擲します。同じポイントに二本、正確に投擲すれば分厚い装甲にも亀裂が生じます。その一点目掛けて一気に下降し、カナードの踵を減り込ませるのです。装甲を貫き、バーニアの爆発で片足が根元から爆発します。激しい衝撃の中、それでも止まるわけには行きませんでした。
この世界にとって正しい事、それぞれの主張……。でもやっぱり駄目なものは駄目なのだと思うのです。だから立ち止まらないと決めたのです。上昇しながら他のブースターの様子を確認します。ラグナ君とヴィレッタ先輩は弾幕に苦戦し、前に出られないのか足踏みしているようでした。
しかし、わたしにはもう武器がありませんでした。背後から飛んでくるミサイルを回避しながらその中の一つを手に取り、その場でスピンしながら投げ返します。ミサイルの直撃を受けて大穴が開いた天土へと接近し、その傷口に両腕を突っ込んで出力を最大にまで引き絞ります。内側から強引に船体を二分し、その後部側――エンジンや弾薬庫を積んでいる部分を両手で担いで飛びました。重たい船体を思い切りコロニーブースター目掛けて放り込んだ時、大爆発が起こりました。炎と衝撃はカナードの全身を軋ませ、片腕が吹っ飛んで行きます。それでも炎を突き抜けて前へ――!
『マキナ、これ使ってッ!!』
遠く、ニアが飛んでくるのが見えました。ワイヤーアームで受け取ったのはラグナ君の操るトリスタンの槍でした。それをわたし目掛けて思い切り投げつけるのです。空中でそれを受け取り、出力を最大に調整し、光の槍を携えてコロニーの壁へと突っ込んでいきます。もう外側から回り込んでいる余力が無かったのです。だから――。
「内側から――!! 貫けぇええええええええッ!!!!」
コロニーの外壁を巨大な光の槍で一気に射抜き、内部構造を全てぶち抜きながら反対側へ――。飛び出すと同時に最後のブースターを内側から貫いたのです。瞬間、爆発が巻き起こり――衝撃でわたしは吹き飛ばされていました。滅茶苦茶に回転しながら吹っ飛んでくその視界で確かに見たのです。全てのブースターが破壊され、更に爆発で進行方向が乱れたミザールの姿を。それを見ていた時正面からミザールの残骸が飛来し、メインカメラに直撃したのです。衝撃の中、わたしはカナードが真っ暗になるのを感じていました。
マキナ・レンブラント、戦争の日の日記より――――。
オーバー・ドライブ(3)
「もーっ!! 一人一基で事足りるとか言っといて一人で全部やるって何事!?」
「へぅ……。ご、ごめん」
「ほんと、無茶しないでよ……っ!! マキナのバカ……」
宇宙艇の中、回収されたカナードの残骸が横たわっていた。完全に大破と呼んで差し支えない状況であり、最早原型を保っていない。マキナはコックピットの中で頭を激しく打ち、そのままコンソールをぶち破るほどであった。それから何箇所か身体を打ったようだったが、ライダースーツの衝撃吸収能力で大きな傷はなかった。ただ、戦闘中に眼帯をはずす為に放り投げてしまったヘルメットのお陰でおでこからコンソールにダイブした傷だけは残り、額には血のにじむ包帯を巻いていた。
カナードの破壊状況があまりに酷く、メンバーは全員青ざめた表情を浮かべていたのだが、マキナのぴんしゃんした様子に一斉に安堵し、息を漏らしていた。マキナがブースターを全て破壊したお陰でミザール攻防戦はフェイスの勝利で決着した。とはいえ今でも戦闘は続いており、大局が傾いたというだけであったが。
残す所は残党狩りだけであり、他のフェイス勢力だけでも勝利はゆるぎない。それを確信し、旅団は一度前線から後退したのである。最前線で道を切り開いていたメンバーの機体は一つの例外もなくボロボロであり、エースの操る神風を倒しバーニアを破壊したのだから、その功績は十分すぎるほどであった。しかしマキナは血のにじむ額に手を当て、一人だけ納得の行かない表情を浮かべていた。
「……。ヴィレッタ先輩、今前線はどうなってるんですか?」
「ああ。七星は今もミザール宙域に留まって抗戦を続けているよ」
「どうして撤退してくれないのかな……。もう戦ったって意味なんかないのに……」
血のついた指先を舐めてマキナは立ち上がった。体中がズキズキと痛んだが、それだけである。立つも歩くも不自由はない。鼻頭を伝っていた血を拭いながら目を伏せる。もう、勝ち目のない戦がそこにあるというのに、なぜ彼は撤退しないのか……。
その答えはシンプルであった。マキナはヴィレッタから彼らの立場を聞かされ、瞳を揺らした。彼らのコロニーへの移住は全面的に却下されたのである。誰一人、コロニー人々も、リングタワーコロニーの人々も、そして月の人々も……。七星が、アナザーがコロニーに住まう事を良しとはしなかったのである。
ここからはヴィレッタの推測も入るが、大まかには間違いではない。彼らがコロニーという一つの自立した世界に移民を願ったのは、コロニーブースターを使用して地球圏から離れる為だったのではないか……。コロニーは元来、オペレーションメテオストライクにあわせて製造されていたものである。その設計コンセプトには当然、地球圏からの脱出も含まれていた。
仮に彼らがコロニーを一つでも手に入れる事が出来たなら。きちんと準備を進め、この星から立ち去る事が出来たなら……。それはあるいは一つの纏まった平和への道だったのかもしれない。ノーマルはただ彼らが居なくなるのを黙認すればよかっただけなのである。それだけで闘争の理由は消える――そのはずだったのかもしれない。酷くシンプルな理想郷であった。やがて地球のことを忘れた子供たちはノーマルとアナザーの格差のことも忘れ、そこにはアナザーの新しい歴史が芽吹くかもしれなかったのだ。
ユーゼルは言っていた。いずれそうすることが正しかったのだと思える日が来ると。彼は何もノーマルとアナザーの確執の為に戦っていたわけではなかったのだ。それはマキナもうすうす感じていた。あの人は悪い人ではなかったのだ。ただ、どうにかして争いを止めたかったと言うだけのこと。
「……七星はフェイスによる完全殲滅が既に決定している。彼らの交渉は、最初から誰にも届きはしなかったんだ」
「そんな……」
まるでこの星で生きることを否定されたかのように感じた事だろう。この星から居なくなる事さえも否定されてしまったのだろう。だから死ぬまで戦うしかないのだ。この場に踏みとどまり、憎しみを弾丸に込めて一人でも多くの敵を道連れに死んでやろうと思うしかないのだ。そう、殺すしかないではないか。誰も分かり合えないではないか。
「それじゃあ、何の為に戦ったのか……判らないじゃないですか」
「…………だが、それがフェイスという物だ。この世界は権力と金で動いている。マキナ……彼らはやってはいけないことをしてしまった。喧嘩を売ってはいけない物に売ってしまったんだ。最初から判っていた事だ。彼らは誰一人、助からない」
頼みの綱であったミザールを失い、七星は戦力のほぼ全てをこの戦場で費やしてしまった。彼らにはもう逃げ場もない。帰る場所もない。残されているのは死に方を選ぶ自由だけである。戦って死ぬか、黙って死ぬか……。その二択だけなのである。
マキナの手は震えていた。自分がした事は、なんだったのだろうか。地球を守った……? それとも彼らの希望を打ち砕いたのだろうか? 何かを選ぶという事は何かを選ばないという事でもある。何かの為に戦えば、そこで相対する物は奪われる側へと成り代わってしまう。この世界には一つの明確なラインが存在する。そのどちらを選んだとしても、どちらかは選べないのが真理なのだ。
コロニーを止めなければ、地球にいる大勢の人々が殺されたかもしれない。だが、コロニーを止めても――やはり人は大勢殺されるのだ。どちらへ行っても所詮は人殺し……。守るという言葉さえおこがましく思えてしまう。
「わたしたちは、もう戦場から離脱する事になった。機体も限界だからな。十分な戦果も上げた。立派な凱旋だ」
「でも……」
「マキナ……」
俯くマキナの両肩を叩き、ヴィレッタは何も言わずにじっとマキナを見下ろしていた。その瞳は悲しげであり、しかし戦であるが故に全てを割り切った目であった。カラーズと呼ばれる存在であったヴィレッタは。それ以前にフェイスのライダーの一人であるヴィレッタは。マキナの苦悩が痛いほど良く判った。マキナは瞳を揺らしながらヴィレッタを見上げている。その身体を力いっぱい両腕で抱きしめ、何も言わずに目を閉じた。
「ヴィレッタ先輩……」
「君はよくやったよ。よくやったんだ。少なくとも君は味方を守った。味方を守って、敵と戦ったんだ。ただ、それだけだ……。それだけでいい」
「でも……! でもぉっ!!」
「いいんだ。誰かが悪いわけじゃない。でもその悔しい気持ちは忘れずに覚えておいてやってほしい。君が殺して、君が奪って、君が守った戦いの一つ一つが……きっと君を強くする。だから今は――泣いてもいいんだよ」
優しいヴィレッタの声を聞いた瞬間、マキナがずっと我慢していた、あえて麻痺させていた悲しみが心の奥底からあふれ出した。いや、きっとそれは悲しかったのではない。悔しかったのだ。悔しくて悔しくて、堪え切れなかった涙……。悲しみや苦痛なら堪えられるだろう。だが、悔しさだけは堪えられない――。
大粒の涙を零しながらマキナは歯を食いしばって泣いた。その場に膝を着き、ヴィレッタの背中に爪を立てながら大声で泣いた。ヴィレッタはただマキナを抱きしめ、その頭を撫でていた。マキナが涙を流しながら戦場を去っていく背後、七星の駆る九十九は次々とフェイスによって粛清されていく。あれだけずらりと並んでいた戦力も今はまばら、指揮系統も滅茶苦茶になり、部隊の仲間がどこにいるのかさえもわからない。後方で最後まで踏ん張る天土の中の一つ、かつてユーゼルが指揮を執っていた艦も既に全ての武装を撃ち尽くし、あとは身体を張って味方を守ることしか出来ない棺と成り果てていた。
艦橋には既にたった一人の女性しか残っていなかった。ティリアと呼ばれたユーゼルの副官は一人、レーダー上から次々に消えていく仲間の信号を見つめていた。涙を零しながらもそこから目を逸らすことはしなかった。誰かが覚えていてあげなければならないのだ。悲しい記憶も、消えていった命の事も。誰かとの約束も……。
「ユーゼル……。貴方が死んだとは、思っていません……。悪運の強い貴方のことです。きっと、生き延びて……。いつかまた、私たちを導いてくれますよね……?」
『ティリア導師! ここは撤退を!!』
『ユーゼル隊が貴方を死なせては、勇士に顔向け出来ません!!』
通信機から聞こえてくる声に涙を拭い、ティリアは真っ直ぐに前を見た。そう、泣いている場合ではないのだ。最後の最後まで戦い、たった一人でもいい。誰かを生き残らせる。ユーゼルが育て、ユーゼルを愛して戦った彼らの為にも……。ここで全てを投げ出すわけには行かない。
「ユーゼル隊各機へ! 天土は殆ど脱出が済んでいる物ばかりです! 壁にして構いません! 脱出艇が一隻でも多く! 一隻でも遠くへ逃げられるように! どうか、最後まで諦めないでください!!」
『承知の事です! 導師も早く脱出を!!』
「私も直ぐに後を追います。今は皆、自分が生き延びる事を考えなさい!」
『導師っ!!!!』
「これは命令です! さあ、一人でも多くの仲間を守って……! 貴方たちにしか出来ない事を、ここで……っ!!」
『…………ッ! 無念です……ッ!!』
「その悔しさを忘れずに……生き延びなさい。貴方たちは仲間を守り、敵を討ち、そして逃げ延びるのです。今はただ、それだけでいいのですから……」
ユーゼルの部下であった腕利きのライダーたちが九十九を操り去っていく。レーダーでそれを確認し、ティリアは船の動力を落とした。最早出来ることは何も残っていない。星空の中、屑れていく沢山の命の中で、ティリアは静かに目を閉じた……。
「後のことは任せましたよ……。ユーゼルが考えた二段構えの作戦……きっと、守って……」
「観測班より連絡ありっ!! コロニー“ベネトナシュ”が!! ベネトナシュにもブースターが装備されていますッ!!!!」
アルティールの作戦司令室、巨大な部屋のモニターに送られてきたベネトナシュの映像には確かにブースターが装備されていた。しかもその数は十四機――。ミザールに装備されていたものの倍以上である。司令部にどよめきが走った。中には怒鳴り声を上げている者もいる。ベガ、デネヴ、そして月でも似たり通ったりの状況が成立していた。誰も予想していなかった第二のコロニー起動にただただ混乱だけが広がっていく。その中、腕を組んでモニターを見守るアンセムの姿があった。傍らに立つジルは身を乗り出し、冷や汗を流しながら瞳を揺らしていた。
「馬鹿な……ッ!? どうして気づかなかったんだ!?」
「ミザールに集中している戦力が全てだという思い込み……。それにミザールは既に動き出していた。あれを阻止しなければならない我々にとって最大の目くらましだったのだろうな」
「……コロニー一基無駄にして陽動作戦だと……ッ」
「恐らくは地上の樂羅も月への攻撃部隊も全ては陽動だ。あれだけ大規模かつ世界中で発生した戦闘……陽動とは誰も思うまい」
そして何よりフェイスはそれらの攻撃を防ぐ為にカラーズという最大の戦力を殆ど費やしてしまっているのである。地上に残っているイエローとレッドは当然間に合わない。グリーン、ブラックは月の防衛に回っている。ホワイトは単体では破壊能力に劣る――。カラーズが誰も間に合わない。間に合っても落としきれない。だからこその目くらまし。そしてフェイスの戦力を殺ぐ為の一斉同時拠点攻撃――。全てが計算ずくの事だったのである。
「完全に裏をかかれたか……。恐らく樂羅から宇宙に打ち上げられていた艦隊の一部は防衛ではなく移民の為にアナザーたちを乗せていたのだろうな。増援を送る目的にしか見えなかったが、とっくに移民の準備は終わっていたわけだ」
「…………。誰が考えた作戦か知らないが、やってくれる……! 既に加速を開始したコロニーは最早止めようがない……! 我々の……負けか……」
「いや――」
アンセムは眉を潜めてモニターを見つめていた。その表情は険しい。そう、残っているのは反ノーマル組織のライダーたちなどではなく、あとは恐らく非戦闘員と必要最低限にも満たない防衛戦力のみ……。七星という反アナザー勢力は楽園に自分たちの仲間をたどり着かせる為だけに全員死んでいく覚悟だったのである。そこには想像も及ばないような恐ろしい決意があった。全くの一枚岩――。だが、それでもまだ――足りない。
「――――追撃するって……!? 追撃するって、どういう事なんですかっ!?」
叫んだのはマキナだった。戦域から離れ始めた宇宙艇の中、マキナは泣きながら次々に出撃していくカナードとヴォータンを見送っていた。最後の出撃命令が下り、それはマキナたちの耳にも入ったのである。最後の出撃命令――それは地球圏からの脱出を図るベネトナシュの破壊であった。
ベネトナシュは未完成だが、ミザールよりも工事が進んでいた。人が住む最低限の機能は整っている。移民に向いているのはミザールではなくベネトナシュだったのである。マキナたちもこの事には気づいていなかった。だからこそ、マキナはもうこれ以上追撃するような事はしたくなかったのだ。
「残っているのは七星じゃなくてただ移民を希望するだけの一般人なんでしょう!? 非戦闘員が乗ったコロニーを落とすっていうんですかッ!?」
誰もが黙り込んでいた。そんな中、ラグナとナナルゥが踵を返す。そして振り返りながらラグナは目を細め、強い口調で言った。
「――それでも戦うのがフェイスなんだ。君にはその責任の重さがわかっていないようだけれど」
「ラグナ、君……?」
「マキナ……。ナナは行かなきゃ。だって、ナナルゥはカラーオブホワイトだから……」
「どう、して……」
「――マキナ。カラーズになるということはね、そういう事なんだ」
地上ではブリュンヒルデとヴァルベリヒが宇宙へと打ち上げられていた。月からは特殊カタパルトで打ち出されたブラックとグリーンが現場に急行している。そしてカラーズへと下された緊急招集、そしてベネトナシュ破壊任務は誰一人断る事の出来ない物であった。納得する、しないという問題ではない。“カラーズ”という絶対権力を肩書きにしている以上、彼らはフェイスに逆らえない。逆らう資格などないのだ。
「君は、カラーズに並びたいと言ってたね。でも――意地悪で言うんじゃない。君はカラーズに向いていないよ」
「…………向いて、ない?」
「カラーズはプライベートとミッションを混同させたりしない。心を殺し、任務に従うだけだ。カラーズはアイドルじゃないし、象徴でもない。実戦的な、非常に合理的な力でなければならないんだ」
マキナは何も言い返せなかった。ただただ黙り込み、その場に膝を着く。そんなマキナを見つめ、ラグナは悲しげに微笑む。
「……君たちの手は煩わせないよ。本当の殺戮は――カラーズの役目だから」
「……マキナ、ごめんな……? ちゃんと、傷治してな……!」
ナナルゥは最後までマキナを気にしていた。二人が走り去っていき、タンホイザーとトリスタンが宇宙空間へと出撃していく。マキナはただ黙って頭を抱えていた。震えながら、泣きながら。
遠くの空で動き出したコロニーにフェイスの戦力が迫っていた。降り注ぐビームの矢はコロニーに突き刺さっていく。楽園を守ろうと戦う七星の戦士たちが見る見るうちに光へと飲み込まれ、散っていく。沢山の悲鳴が木霊していた。それは文字通りの大量殺戮だった――。
「やだよ……! 殺さないでよ……! 殺す必要なんかないのに……どうして殺すのっ!?」
ベネトナシュが燃えていく。誰も生き残れない命のない闇の中、戦いが終わっていく。誰一人逃げる暇などなかった。満足に衣食住も揃わず、ゴミ捨て場のような町で暮らしてきたアナザーたち。七星が作ってくれる未来を信じてベネトナシュに希望を託したアナザーたち。子供、老人、大人、女も男も関係なかった。コロニーの中で彼らは抱き合いながら祈っていた。その祈りは神へは届かなかった。神はこの世界にはいないのだと、その時ようやく彼らは知るのだ。
街が燃えていく。命が滅んでいく。何もかもが台無しになっていく。七星の戦士たちの雄叫びと怨嗟の声が戦場に響き渡っていた。フェイスの軍勢は無慈悲にただ引き金を引いていく。それがフェイスそのものだといわんばかりに。そのほかに道などないのだと突きつけんばかりに。
「もう――!! 殺さないでぇぇぇえええええええええええっ!!!!」
悲鳴は誰にも届かない。そしてその日、七星の反乱は鎮圧された。数え切れない、多くの犠牲と共に――。