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シャドウ・ハーツ(2)


「――ボク、マキナにずっと黙っていた事があるんだ」


 それは、静かな夜の事でした。ニアとわたしは暗い部屋の中、お互いに背中を向けてベッドに横たわっていました。彼女は今この瞬間まで何一つ口を利いてくれず、ずっとベッドに横たわっていたのです。

 わたしは、ニアにかける言葉を持ちませんでした。旅団の皆は言いました。覚悟が足りない。何のために戦うのか。何を守るのか――。わたしは――それに答えられませんでした。

 いつも、ひとりでした。誰も居ない世界でした。苦しみも喜びも全ては遠く、そしてわたしはその無音の世界の中で呼吸をし続けるだけの生き物だったのです。わたしには、守りたいものなんてない。夢も、戦う理由もなかった。

 でも、アルティールにやってきて……ここで沢山の人との出会いを経験し、変わったのです。わたしは、友達を手に入れました。夢を知りました。憧れ、望み、そこに手を伸ばす努力を知りました。でも、わたしは……いざ大切な物を選べと言われた時、それを選べなかったのです。

 アテナさんは、どんな気持ちで紅き猟犬の名を背負っているのでしょうか。あの紅い機体に架せられた無数の罰、そして罪を刻み続ける両手……。生きる為に望んで殺戮を行う機械の巨人。その操り手。死を紡ぐ者……。

 あこがれる場所は遥か彼方にあり、そしてそこまでの階段は血にまみれています。しっかりと歩まねば、血はぬめりわたしの足を滑らせ奈落へと誘うのでしょう。カラーズとは、遥か遥か、遠い場所の物語なのです。

 そしてわたしの傍にずっと居たニア。傍でわたしに人の温かさを教えてくれたニア。奈落へ落ちれば夢は消え、しかし落ちねばニアを裏切る事になってしまう。大切なものは一つしか選べず、そしてわたしは決断を下せない……。

 ずっと考えていました。でも、答えは見つからないのです。全てが嫌になり、思考を閉ざしてしまいたくなりました。自閉してしまえば、心は傷つく事も悩む事もない……それをわたしは知っていたから。でも――。

 ニアは、ゆっくりと語り始めました。わたしは閉じていたまぶたを開き、そっと耳を立てます。彼女の声は冷静で、しかしどこか悲しげでした。


「ボク……家族を養う為に、お金が欲しくてライダーになりたかった。それは本当なんだ。でも……理由は一つじゃない。ボクの家族は、トゥートリアに住んでいた。家族って言っても、血は繋がってなかった……。今の家族は、故郷から逃げ出したアナザーの集まりだから」


 ニアは、元々トゥートリアで生まれ、そしてそこで生きていました。トゥートリアの暮らしは決して楽ではなかったそうです。大多数であるノーマルから隠れ、ひっそりと生きるような生活……。彼らは常にノーマルの脅威に怯えていました。

 そんな街に、FAが配備されるのは自然な流れでした。トゥートリアは自衛の為の戦力を拡大し、アナザーとして優れた能力を戦いの為に働かせました。彼らは優秀なライダーであり、同時に故郷を守る騎士でもあったのです。


「ボクの両親は、ボクが子供の頃にノーマルに殺された。でもボクは一人じゃなかった。ボクにはお姉ちゃんが居たから……。お姉ちゃんは、ボクを守ると言って、ライダーになった。トゥートリアには資金もなくて、ろくな機体も配備出来なかった。数も少なかった。他のシティからの襲撃をなんとかやりすごし、皆疲れていた。それでもボクらは、小さな世界で生きていたんだ」


 ニアのお姉さん――ネリー・テッペルスは優秀なライダーでした。旧式の量産機で他のシティからの襲撃から街を守っていたのです。彼女はシティにとっての英雄であり、ニアにとっては誇りでした。姉妹はとても仲が良く、ニアはいつもお姉さんにべったりだったそうです。


「お姉ちゃんの活躍で、トゥートリアは徐々に力をつけていった。そして――お姉ちゃんは街の為に個人である仕事を始めた。出稼ぎ、だったんだね。お姉ちゃんは――そう、ライダーとして各地のシティを襲撃する傭兵をして街を支えていたんだ」


 ネリー・テッペルスは見る見る内に腕を上げ、トゥートリアには豊かさが増して行きました。人々はネリーを見習い次々に傭兵を各地に派遣するようになり、トゥートリアは気づけばいつしか傭兵を輩出するシティとして知られるようになったのです。そんな時、悲劇が起こりました。

 トゥートリアに現れたのは、一人のライダーでした。それは次々にトゥートリアの護衛機を破壊し、一瞬でシティを壊滅状態にまで陥らせたのです。ネリー・テッペルスはその怪物に挑みました。その悪魔の名は――。


「カラーオブイエロー……。“笑う閃光”と呼ばれた、フェイスのカラーズ……」


 ニアが見たのは燃え盛る街、そしてそこを一人で守るネリー・テッペルスの姿でした。当時のニアには何も判らなかった戦い……。全てを破壊したそのカラーズと立ち向かい、ネリーは最後まで街を守ろうとしたのです。

 二つのFAの戦いを跡目にニアたちは逃げ出しました。その時街から逃れた何人かのアナザーは今のニアの家族となり、そしてたった一人の本当の家族はカラーオブイエローの手によって屠られ――トゥートリアは事実上の滅亡を迎えたのでした。


「ボクは……自分でも良く判らないんだ。どうしてフェイスなんかに入ったのか……。もしかしたら、復讐の為だったのかもしれない」


「……復讐?」


「カラーオブイエローを見つけ出し、殺す事……。それはボクの目標だった。でも何より、トゥートリア殲滅戦を生き延びたボクがフェイスに所属し、ノーマルを殺す事は、フェイスという存在に対する矛盾……つまり嫌がらせのつもりだったのかもしれない。そんな事しても、意味なんかないのに……」


「…………」


 そうしてニアは少しの間黙り込みました。沈黙の最中、わたしは考えていました。自分が戦う理由、ニアが戦う理由、誰もがフェイスに思う心、全ての人に過去があり、そして彼らはその犠牲の上に成り立っている。わたしも、例外ではありません。

 だから、そうした死と滅びを知り、絶望をかみ締めそれでも前に進もうとしているからこそ皆は強いのだと知りました。改めて思うのです。わたしは結局、この世界の事を何も判ってはいなかったのだと……。


「お姉ちゃんは……。もう動けなかったのに、ズタズタにされて死んだ……。最後まで諦めないで、カラーズに立ち向かったんだ……。なのに、あいつはお姉ちゃんを殺した……。殺す必要なんかなかったのに」


「ニア……」


「でも、判らないんだ……。カラーズの全てが悪いんじゃないのも、ノーマルの全てが悪いんじゃないのも判ってる……。でもボクは……ボクは、どうすればそれを信じられるんだろう? 憎しみは消えないんだ……。思い出すと、何かを滅茶苦茶にしてやりたい気持ちで一杯になる。この件についてボクは、冷静で居られる自信が全くないんだ。だから……マキナ、この試験……キミはボクと一緒に居ない方がいい」


「え――」


 思わず身体を起こしました。ニアは背中を丸めて震えていました。それは――どういう意味なのか。沈黙が降り注ぐ中、ニアは続けました。


「……ボクと、パートナーを解消してほしい」


「…………そんな……どうして」


「ボクは、キミの足を引っ張りたくないんだ……」


「そんなっ!! 足なんか引っ張ってないよ!! むしろ、いつもわたしの方がニアに迷惑かけてきて……」


「そういう事じゃないんだッ!!!!」


 初めて聞くニアの普通じゃない声に思わず背中が震えました。彼女はいつも笑っていて、決して悲しみや苦しみを前に出すような女の子じゃなかったから……。だから、きっと彼女は全てを納得しているのだと、勝手にわたしはそう考えていたのです。でも、ニアだってただの人間だったのです。当たり前の事……。ニアの大きな声が、静寂と同時にわたしの中の何かを壊していく。


「ボクは……。ボクは、戦うキミの姿を見て、何をするか判らない……。ボクは、そんなの見たくない……。ボクは……怖いんだ」


「ニア……」


「……ごめん……」


「じゃ、じゃあ……試験、受けるのやめる……」


 わたしの声は少し震えていました。ニアは無言でそれを聞いています。背中を向けている彼女の顔が見えなくて、わたしは巨大な不安に押しつぶされそうでした。呼吸が上手く出来ず、何度も口をぱくぱくしながら言葉を選びます。


「ニアの故郷だもん、辞める……。友達、だもん……辞めるよ。だからニア、そんな落ち込んだりしなくていいんだよ……」


「友達だから――キミの足を引っ張りたくないんだ」


「――――っ」


「キミには夢がある。キミの夢をボクは応援したい……でも駄目なんだ。怖いんだ。怖くて逃げ出したいんだ。目を逸らしたいんだ……。キミが強くなって、カラーズになって、そしたら……キミもアナザーを殺す事になる」


「殺さない!」


「殺すんだ! ボクらはっ!! 殺さずには居られない……だから、怖いんだ。判ってるんだ。判ってるけど……駄目なんだよ……っ」


「…………。そんな……。納得出来ないよ」


 ニアは応えません。それが全ての答えでした。わたしは拳を握り締め、立ち上がりました。わたしは生まれて初めて頭の中がごちゃごちゃになるくらい、色々な事をいっぺんに感じました。滅茶苦茶な感情……。ニアに何もいえない歯痒さ。自分の甘さ……。失望というほの暗く甘い闇の中に落ちていくような錯覚。わたしは立ち上がり、ニアを見下ろしていました。

 彼女は振り返る事もしません。わたしは唇をかみ締め、泣いていました。悲しいわけでも悔しいわけでも怖いわけでもないのです。だったらこの涙は、何の色をしているのでしょうか。


「ニアの……わからずや」


「…………」


「ニアの……ばか……っ」


 あろうことかそんな事を口走り、わたしは部屋を飛び出していました。パジャマのままで部屋を飛び出し、寮を走ります。エレベータの中に飛び込み、わたしは俯いていました。どうしようもないぐちゃぐちゃした気持ち……。こんな気持ち、知らなかった。きっとここにこなければ知ることもなかった。額に手を当て震えていました。自分の気持ち――。こんなもの、閉ざされてしまえばいいのにと、本気で願っていました。

 マキナ・レンブラント、けんかの日の日記より――――。




シャドウ・ハーツ(2)




 マキナとニアが殆ど口を利かなくなって、それから一週間が経過しようとしていた。二人は確かに共同生活を行ってはいたが、そこには絶対的なすれ違いがあった。日常は当たり前にすぎていくし、二人の生活は何も変わらなかった。しかし、二人の間に言葉は失われてしまったのだ。


「――カナードを、一人で?」


「はい。やらせて下さい」


 職員室の中、コーヒーを飲んでいたジルの前にマキナは立っていた。休み時間、マキナはジルにその話をする為にやってきたのだ。次のクラスアップ試験――マキナはそれを辞退してはいなかった。

 通常、新入りであるCクラスの傭兵というのは基本的には二人乗りの複座カナードを運用する。その理由は言わずもがな、安全面、操縦難易度の面によるものが大きい。マキナもその例外ではなく、ERSに慣れていない新入生にとって一人でのFA操縦はこの段階では早すぎる。故に試験に臨む場合、使用機体は複座カナードと決まっていた。

 しかしマキナはそれを否としたのである。ジルはコーヒーを口にしながら目を細めていた。マキナの表情は以前とは大きく異なっている。この学園にやってきたばかりの頃、この少女には戸惑いと不安と恐怖しかなかった。しかし今、マキナの瞳には強さと気高ささえ感じることが出来る。

 成長――。それをその一言で済ませて良いのだろうか。マキナのその瞳はどこか脆く、壊れやすささえ感じてしまう。硝子の剣――そんな言葉を脳裏に浮かべ、詩的な表現にジルは自らに苦笑を浮かべた。


「理由を聞かせてもらおうか、レンブラント」


「一人でやりたいからです」


「その理由を訊いている」


「話せません」


「……。教官であるこの私にも話せないのか?」


「はい」


 マキナは全く怯える事も怯む事もなく、ハッキリと答えた。テコでも動かないという状況があるのならば、恐らくはこういう事を言うのだろう。ジルは深々とため息をつき、それから開いていた隣の席に座るようマキナに促した。


「本来ならば許可は到底出来ない。だが、貴様にはエキシビジョンでの活躍をはじめ、FA操縦におけるいくつかの特筆すべき優秀さが備わっている。それを考慮し、特別に単座のカナードを許可する事は私も吝かではない」


「じゃあ……?」


「だが、単座のカナードの操縦は複座よりも複雑だ。いざ戦場に出た時、その不慣れさは命取りになる可能性もある」


「わかってます」


「…………。はあ、やれやれだ。まあ、貴様みたいなのが毎年一人くらいはいるものだ。アテナやヴィレッタみたいなのがな」


 カラーズに就任するライダーは殆どが足早にクラスアップを果たし、見る見るうちに腕を上げて一人前になってしまう。ジルは確かに今、その歴代のカラーズたちと同じものをマキナに感じていた。しかし――不安は解消されたわけではない。


「何故貴様が急に単座に拘るのか、その理由は私には判らん。だが、生半可な覚悟でない事は判っている。この試験に何を見ているのかは判らんが……一つ、覚えておけ。戦場では考え事をしている時間も迷っている時間もない。脳裏に迷いが浮かんだヤツから死んでいく。迷うなよ――レンブラント」


 ジルの言葉にマキナは応えなかった。事務的な処理、手続きはジルが代行する事になり、マキナは職員室を出た。少女は自らの掌をじっと見つめ、それを握りつぶすかのように強くきゅっと握り締めた。

 戦う理由も意味も、何もかも答えは出ていなかった。だが時間は刻一刻とすぎていくし、迷っている暇などない。ニアは言った。足を引っ張りたくない、と。マキナはニアに悪い事をしたと、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だが――今はそれとは少し違う気持ちに満たされていた。

 ニアに対する怒りのようなものさえ感じている。マキナはニアが当たり前のようにずっと傍に居てくれるのだと信じていたし、親友だと信じて疑わなかった。だが、彼女は戦いを放棄した。それどころか試験をやめるというマキナの声にも耳を貸さず、そのくせフェイスの生徒として毎日過ごしている。矛盾した行動――。自分に対する裏切りにも似た感情。マキナは深くため息を漏らした。

 心の中からニアの笑顔を勉めて追い払うようになったのは数日前の事だ。その時からマキナの表情から笑顔は消えたが、同時に決意にも似た物は彼女に与えられた。冷たく鋭い刃物のようなその感情を胸に、マキナは顔を上げ歩き始めた――。

 力が無ければ、何も守れないので。判っていた事だ。力を手にした時、権力を手にした時、初めてそれらは脅威と暗黒を振り払う刃となる。ニアを救うには、自分が強くなるしかない。ニアの為に世界を変えるのならば――カラーズになるしかない。

 マキナ・ザ・スラッシュエッジと呼ばれる事を嫌っていた少女は、いつしかその名を欲するようになっていた。振り返っている余裕などなかった。ただ、握り締める力の重さに振り払われぬようにと、歯を食いしばるだけでやっとだったのだから。


「それで、結局お前はどうするわけ?」


 昼休みのカフェ。テーブルをはさんで向き合い、無邪気に笑う二人の姿はもうどこにもなかった。まるで全ては夢か幻であったかのように、たった一週間で全てが消えうせてしまった。

 ニアはあからさまに暗い顔でテーブルに着いていた。正面に座っているのはマキナではなくサイである。サイはもぐもぐといつもどおりに昼食をほおばっていた。しかし、ニアの箸は進まない。


「マキナのやつ、一人で試験に挑むってさ〜。今単座の操縦法をみっちり勉強してる。ジル先生に放課後教わってるみたいだぜ」


「……知ってるよ」


「あいつは答えを出した。いや、答えを出す為に頑張ってるんだろうな。それはそれで、一つの道だろ? あいつは選んだんだ。お前はマキナのその気持ちに対して、どんな答えを出す?」


「……判んないよ。ボクだってどうにかしたいけど……」


「けど?」


「怖いんだよ……っ! 急に怖くなって、怖くて仕方がないんだ……っ! ボク、マキナの事が大好きなのに……。嫌いになるかもしれないって、嫌われるかもしれないって……」


 ニアは頭を抱え、泣き出しそうな顔をしていた。マキナにとってはじめての友達がニアであったように、ニアにとってマキナはそういう存在だったのだ。二人の絆はとても深く、それだけにとても脆い。

 初めてあの小さな部屋の中で出会った時、二人は同じ不安を胸に抱えていた。不安を隠せず、おろおろするマキナ。そしてニアは――不安を押し殺す為に笑顔を作っていた。

 言葉を交わし、手を繋ぎ、二人はお互いを伝えようと懸命だった。言葉も思いも通じないかもしれない、そう思うのが当たり前の二人だった。生まれも故郷も過去も違う二人……孤独を生きてきた二人。だからこそお互いを必要としていた。だからこそ、ともだちだった。

 マキナの事が大好きだった。好きで、大好きで、守りたくて……。ノーマルが怖くなくなった。マキナは自分の為に怒ってくれる。自分の事のように、自分の為に悔しがってくれる。気持ちを分かち合ってくれる……。マキナはいつも、本当の気持ちを隠していたニアの心に光を与えていた。

 強くなっていくマキナを見る事で、ニアもまた救われていたのだ。二人が過ごしてきたたった半年程度の時間の中で、しかし確かに結ばれていた物があった。お互いが笑顔を浮かべ、心を開く事が出来た世界……。互いが握り締めていたお互いの心の扉の鍵、それは今掌から零れ落ちてしまったのだろうか。


「マキナがトゥートリアを攻撃する所を見たくないんだろ?」


「……そうだよ。嫌なんだ。怖いんだ……」


「でも、それは逃げてるだけだぜ?」


「逃げて何が悪いのっ!? ボクは強くないんだ! マキナみたいに、苦しみを受け入れて生きていくことなんて出来ないっ!!!! マキナみたいに天才じゃないんだよ、ボクはっ!!」


 ニアの声にサイはただ押し黙っていた。ニアは震える手でテーブルを掴み、ぎゅっと握り締めていた。カタカタと、テーブルの上のティーカップが音を立てる。サイはなだめるように、ゆっくりとニアに声をかけた。


「マキナは、お前を助けようとしてるんだ。あいつはあいつなりに、アナザーのことを考えてる……。わかるだろ、そんくらい?」


「…………」


「マキナは、お前を信じてるんだ。お前の為にあいつは泣くんだぞ? どうすればいいのかって、泣いたんだ。悩んで苦しんで、お前の為に泣いたやつに、お前は何をしたんだ? ただ拒絶して――。触れ合う事を恐れただけじゃん」


「…………嫌いになりたくないんだ。初めての友達なんだ」


「だったら戦うのを辞めさせればいい。お前があいつの“ゆめ”をもぎとってしまえば、むしろすっきりと生きられるはずだ」


「そんなの出来ないよッ!! マキナは天才なんだよ!? ボクなんかよりよっぽど才能がある! 将来はきっとカラーズに……ッ! カラーズに、なっちゃうんだぁ……」


 あの日、姉を引き裂いた巨大な影を思い出す。忘れたはずだった。もう大丈夫なはずだった。マキナと一緒なら、この苦しい世界で生きていける――そう思ったはずだった。なのに悪夢はあっさりと心を砕いていく。ズタズタに引き裂かれた姉の五体が、マキナへと摩り替わっていく。マキナを殺すマキナの姿――二律背反する恐怖と願い、ニアもまたマキナと同じ苦悩に苛まれていた。


「……ボク、どうしたらいいのかもうわかんないよ……。マキナはもう、ボクを許してくれない……」


「…………はあ〜。お前らさぁ〜、ホント、馬鹿だろ?」


 これ見よがしにため息をつき、サイは肩をすくめた。目にいっぱいの涙を溜め込み、ニアは落ち込んだ様子で顔を上げる。そんなニアの頭を撫で、サイは余裕の笑みを浮かべた。


「立ち止まるから答えが見えなくなるんだ。答えなんてのは、誰にもわかんねーんだよ。だから走れ。走り続ければいつかどこかに辿り着く――。その時するもんだろ、後悔ってのは」


「サイは……答えを探してるの?」


「おう」


 サイは笑い、それからくしゃくしゃとニアの頭を撫で回した。少しだけ気持ちが落ち着いたのか、ニアは鼻水をすすりながら紅茶を口にする。暖かく、少しだけ苦い風味が口の中に広がっていく。


「結局お前が怖がってるのは――マキナがいなくなっちまうことだろ〜?」


「そうなのかなー」


「そうなんだよ。なのにお前は自分からマキナを遠ざけてる。馬鹿げてると思うだろ?」


「……ちょっと思う。でも、しょうがないよ。怖いんだ」


「マキナがすげーやつだから、置いてかれるのが怖いんだろ」


「そうだよ。だってマキナはどんどん凄くなるんだ……。きっとマキナはボクの事なんて直ぐにいらなくなっちゃうよ……」


「置いていかれるのが怖くて、クラスアップ試験を受けたわけだ」


「そうだよ。悪い?」


「悪いとはいってないだろ〜。なんでそうすぐけんか腰になるんだよ、お前はさ〜」


 二人はそうしてしばらく黙り込んでいた。そしてサイは目を閉じ、それから徐に立ち上がる。


「しょうがねえなぁ……。ほら、行くぞ!」


「え? ど、どこにさ?」


「い・い・と・こ・ろ♪」


 ニアの手を取り、サイは走り出す。ニアは不安を湛えた――しかし驚きに満ちた瞳でサイに続いて走り出す。その背中を、じっと見つめながら……。




 シミュレータ空間の中、マキナは目を閉じていた。戦闘の様子を見ていたジルは手にしていた紙コップを落とし、床に黒い染みが広がっていく。ジルは我が目を疑った。そこには信じられない光景があった。

 無数のヴォータンの残骸を背に立つ蒼いカナードのグラフィック……。大地に突き刺さる無数の剣。その担い手は空を見上げ、孤独な町の中で静かに息を感じていた。


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