ファニー・ミュージック(2)
「おーい、まーきにゃ〜!! こっちこっちぃ〜!」
空を見上げると、そこには眩い青空――を、模した映像がありました。そしてまた眩い太陽――の、映像がじりじりと体中に光を降り注がせています。
海――それはずいぶんと昔にこの世界から消えてしまった大切な物。海――それは昔から決まっている夏の定番スポット。海――それはホテルエンビレオの地下に再現された、巨大な人工施設。
わたしたちがエンビレオにチェックインしたのは既に夕方――月時間で言う十七時くらい――だったのですが、まだまだ夜だろうが真夜中だろうがこの街は眠らずに観光客を楽しませ続けています。
コロニーやアルティール同様、夜になれば照明を意図的に暗くして夜を演出するこの町も、リゾート施設なんかはその限りに当てはまらないようです。エンビレオの地下にある巨大な人工海水浴場の中はいい天気で、すかっとするような日差しに包まれています。
白い砂浜も、寄せては返す波も、透き通り宝石のように煌くエメラルドブルーの海も、全ては人工物……偽者に過ぎません。でもわたしたちは生まれてから一度として本物の海を見たことなんかないので、それだけでも十分満足なのです。むしろプールでもいいっていうか。
沢山の人々が行き交う中、わたしは売店で売っていた麦藁帽子を被って砂浜を歩いていました。兎に角ものすごく巨大なので、うっかりすると迷子にさえなってしまいそうです。
さてこの海水浴場、エンビレオの地下にあるのですが、別にエンビレオのみの施設ではありません。ムーンシティの全体のうち、地表に出ているのはおよそ30%にすぎず、残りの70%は月の内部に埋まっている地下構造なのです。
エンビレオの地下に広がるこの巨大海水浴場は、エンビレオ以外のホテルにもつながるエレベータが各地に存在しています。ムーンシティは大雑把に言うと地上、地下一階、地下二階の三層構造になっており、つまりここはエンビレオの地下でもあり、他のホテルの地下でもある、いわば共通の海水浴場なのです。
そんな事を知ったのはホテルのパンフレットからなのですが、兎に角色々と一人で準備をしていたら着替えが遅れてしまい、一人で走っていました。皆気持ちが逸っているのか、どんどん着替えて先に行ってしまうので心細かったです。更衣室もなんか無駄に広いし、ちょっとした場所で迷子になれる自信があります。
「ニア〜! すごいねえ、海だよお! 本物はやっぱり違うねえ!」
勿論本物じゃないのですがそういう気分の問題です。
「整理券の場所がここだから、ここのパラソルと設備一式使っていいみたいだよ」
「うん、そうだね。それで――なんでオルド君とサイ君はここまできてゲームしてるの?」
視線を下に向けると、パラソルの日陰の所で携帯ゲーム機を弄っている二人の姿がありました。サイ君は欠伸をしながら首を横に振り、答えます。
「お前が来るのを待ってたんじゃん? そして、俺は出来れば日陰から出たくね〜わけよ〜。オルドの場合は、それだけじゃなさそうだけどな〜」
見ればオルド君のほっぺたには何故かビンタの痕みたいなものが残っていました。いわゆる手形です。傍らでリンレイが不機嫌そうに腕を組んでいるのに何か関係があるのでしょうか。
ああそうそう、そういえばすっかり忘れていたのですが、この二人はどうやら付き合っているというか、なんかそういう関係のようです。とはいえ本人から直接聞いたのではなく、ニアの推測なのですが……。
「そういえばマキナ、その完全武装はなに?」
「うん? レンタルしてきたのー」
「いや、レンタルしてきたって……それでどうするの?」
わたしがレンタルしたのは水着だけではありません。巨大な浮き輪を装備し、更に右手にはバケツとスコップ。あとぷかぷか浮かぶ黄色いアヒルさんです。まさに海を楽しむための完全武装でした。
「もしかしてマキナ……泳げないの?」
「…………。泳げないか泳げるかっていうと、どっちかっていうと泳げないっていうか、まあなんていうか、泳げないと言っても過言ではないというか」
「つまり、泳げないんでしょ?」
「…………水怖いよう」
沈黙が場を支配しました。そもそもわたしは今まで一度も海には入った事がないのです。友達が居なかったので学校行事で海に行く事があっても、砂浜でお城を作っているような子供だったのです。
皆がいるから思い切って浮き輪にチャレンジしてみたけど、本命はこのスコップです。スコップ一筋十五年、今年も砂浜に見事な芸術品を降臨させてやるのです。
その話を聞いてニアとリンレイは何故だか泣き出しそうな顔をしていました。それからわたしを抱き寄せ、頭をなでなで……。あ、あれ? 何故か同情されてる……?
「そうでしたか……。マキナは水泳が苦手だったんですね」
「水泳っていうか、主に友達づきあいだけど……」
「僭越ながら、私たちがマキナの初海水浴をサポートしますよ。ねえ、ニア?」
「もちのロン! 大丈夫大丈夫! マキナは最近毎朝走りこみしてるし、四月に比べたら格段に体力増してるよ! 後は慣れるのみ!」
「二人ともありがとう……。でも、砂浜でお城作るの楽しいよう?」
あれ、またなんか哀れむような目で……。そ、そんな目でわたしを見ないでください……。
「そういえばヴィレッタ先輩とアテナさんは?」
「アテナさんをビーチに連れてくるのに苦戦していたようですね。アテナさん、海に行きたくない様子でしたから」
「あ、来たにゃす」
ヴィレッタ先輩は少し申し訳なさそうに手を振りながら歩いてきます。その傍らにはちゃんとアテナさんの姿もありました。
そして二人が合流し、ようやく全員が到着する形となります。わたしたちが挨拶とかしている最中、アテナさんは不機嫌そうに腰に手を当てていました。
「ていうか……で、でかっ」
ニアの発言の意味が最初良く判らず、わたしたちは全員小首を傾げました。ニアの発言の意味を何故かアテナさんも理解していたようで、二人はため息を漏らします。
「何がでっかいの?」
「いや――胸だけど……」
「むね……」
何となく気まずい空気になり、沈黙が降り注ぎます。わたしは全員一回り眺めてみる事にしました。ニアとアテナさんは……いや、でもニアと比べればアテナさんは普通だと思うんです。いや、よくわかんないですけど!
「むむむ……。アナザーなのに胸がないとはこれ如何に……?」
「はあ……。ヴィレッタと並ぶと嫌気が差してくるわね」
「わ、私のせいなのか!? ご、ごめん……」
「ま、まあ兎に角全員揃った事ですし、早速遊びましょうか!」
リンレイが強制的に話題を中断させ、一応その場はお開きになりました。しかしニアはいつまでも胸を両手でぺたぺたしていました……。
「……あのう、アテナさん?」
「何かしら」
「お、おっぱいは、両手に収まるくらいがちょうどいいそうですよぅ……」
「………………。貴方、本当に一回死んだら?」
励ましたつもりが、わけのわからないことを口走ってしまいました――。これも、夏の魔力でしょうか……。
マキナ・レンブラント、旅行初日の日記より…………。
ファニー・ミュージック(2)
「とりあえず、海に入る事からはじめようか!」
そう語るニアの傍ら、ぷるぷる震えながら浮き輪を装備したマキナが海を眺めていた。綺麗な水だが、今のマキナにとっては恐怖の対象でしかない。
マキナは生まれてから今まで一度もプールやビーチでまともに遊んだ事がなかった。プールサイドではいつも膝を抱えてぼーっとしていたし、ビーチでは砂遊びをしていたのだ。泳げるはずもない。
ぷるぷるしながら顔を上げるマキナに対し、リンレイとニアは笑顔でその両腕を左右から掴み海に入っていく。命の危機に瀕した犬か猫が暴れるような状態でマキナは泣き叫んでいたが、結局ニアとリンレイに連れられ叫びは海に消えていった。
「……。あの子たち、本当に落ち着きって物が欠如してるわね」
「まあ、そこがマキナたちのいい所なんだよ。明るくて、騒がしくて……。でも、毎日が楽しいんだ」
マキナが波に流されて浮き輪が転覆し、マキナの両足だけが海面でじたばたしているのを眺めながらヴィレッタは砂浜で微笑んでいた。アテナは腰に手を当て、思わず冷や汗を流す。あの状況を見て何故ヴィレッタは微笑みなのか……。
そもそも、何故あんなに浅いところで浮き輪が転覆してしまうのか。マキナは波が来る度にころころと転がって砂浜に泣きながら打ち上げられていた。リンレイとニアはそんなマキナの浮き輪を掴んでまた海へと向かい、マキナはまた砂浜に打ち上げられる……。
「ボールみたいね、あのお嬢さん……」
「そういえば、以前自分の事を“わたしはボールなんです”と言っていた事があったな」
「はあ〜!? もう、本当に意味不明ね……」
マキナは波打ち際をころころころころ、何度も行き来している。既に号泣状態であり、“あ〜っ!”とか“う〜っ!”とかわけのわからない事を叫びながら何とか転覆するまいと頑張っていた。
「アテナは泳がないのか?」
「言ったでしょ? 人の多い所は好きじゃないの。ごみごみしてて……。私の事は気にしなくていいわよ。本でも読んでるから」
サングラスをずらし、太陽を恨めしげに見上げながらアテナはため息を漏らした。本当ならばこんなはずではなかったのに……。気合を入れて選んだ水着も、このビーチの予約も、全てはアンセムと一緒に来る為のはずだった。
別に海が嫌いなわけではない。ただ馴れ合いは苦手だし、人込みが嫌いなのは事実だった。マキナがぴいぴい泣いているのを遠目に苦笑しているアテナを見てヴィレッタは髪を結びながら声をかける。
「……マキナの事が心配か?」
「…………。何でそうなるのかしら」
「いや、そんな風に見えたからな。出来の悪い妹を見ている姉、といった感じか」
「悪いけどその推測は的外れよ。まあ、確かにあの子があそこでおぼれ死んだりしたら私の連休の後味は最悪になるだろうから、心配してはいるわよ。そういう意味じゃ、ね」
「そうか。よし、私はちょっと沖の方まで行って来るとするかな! 行けるとこまで行くぞぉー!」
張り切って準備運動をしているヴィレッタの横顔は子供のように無邪気にキラキラと輝いていた。何故ここまできて全力水泳なのかはわからなかったが、まあ本人が楽しいならそれでいいだろう。アテナはそう考えて何もいわないことにした。
「アテナも競争しないか? 一番奥まで!」
「……。何キロあると思ってんのよ、奥って……。一人でやってくれば? ついでに溺れれば?」
「…………」
「そんな捨てられた子犬みたいな目で見ないでよ!! 私が悪い事したみたいじゃない!? もういいからさっさと行きなさいよ、もうっ!!」
「だって……。せっかく仲直りしたんだし……」
「仲直りしてないからっ!! まだ遺恨残ったままだから!! 勝手に終わらせた気にならないでくれる!?」
「うぅ……。そんなに怒らないでくれ……。わ、私だって頑張ってるのに……」
「全くどうしようもない元カラーズね……。あ――。そうだ、アレなら別に付き合ってあげてもいいわよ?」
アテナが意地悪な笑顔を浮かべるその視線の先、マキナがレンタルしてきたゴムボートがあった。アテナはピンクのゴムボートの紐をヴィレッタの胴体に縛りつけ、自分は本を片手にその上に乗り込んだ。
「どうぞ、沖でもどこでも行ってくださいね、先輩」
ヴィレッタが泣きながらゴムボートを引っ張って海に入っていく一方……。
「あーっ! あぁーっ!! しぬーっ! しんじゃうううっ!!」
「マキナ、落ち着いてください! どうして波に流されてしまうんですか!?」
「な〜んかこの絵、結構前に見た気がするにゃ……」
波に流されて波打ち際に上がり、死に掛けた魚のようにマキナはぴくぴくしていた。砂まみれになりながら陸に上がり、浮き輪を装着したまま膝を抱えて涙を流す……。
「ひっく、えぐ……っ! うぇぇぇえん……っ! 怖いよぅぅぅ! ニアとリンレイが怖いよぅぅぅっ!!」
「そ、そんなにマジ泣きしなくてもいいじゃん……」
「子供泣きですね……」
「ふえええん! えーんえーん!」
泣きじゃくるマキナを見下ろし、二人は顔を見合わせた。それから仕方がなくパラソルまで戻り、そこでバケツとスコップを回収してくる。
泣いているマキナの目の前にそれを起き、ニアとリンレイも砂浜に座り込んだ。二人が無言で砂を弄り始めると、マキナもそれに気づいて泣きながら砂遊びを始めた……。
「ほら、元気を出してくださいマキナ。一緒にお山を作りましょうね〜」
「マキナの大好きなスコップだよ〜! はい、どうぞ〜」
「ひっく……。もう海なんか絶対入らないもん……っ」
二人は顔を見合わせ、苦笑を浮かべた。どうやら海の中でマキナが遊べるようになるのは、当分先の話のようである……。
「うーん……! できたぁ〜!」
砂まみれになったマキナが1メートル近い高さの精密な城を作り上げた頃。海は茜色に染まり、照明は夕暮れを演出し始めていた。
無我夢中で彫刻にいそしんでいた所為でマキナ周囲の時間は一気に流れ、夕食の準備や部屋に戻って休む観光客たちのおかげでビーチは空き始めていた。
涼やかな風がマキナの頬を撫でる。海からは何のにおいもしない。ただ、漣の音だけが海を模した音を奏でているだけだ。
マキナは潮風のにおいを知らない。海に生き物が居る、そんな世界を知らない。少女は何となくそんな世界を想像してみる。その場に腰を下ろし、空を見上げた。
いつだったか子供の頃、この世界の楽園はどこか遠い場所にあり、そしてそれは遥か彼方の地球にあるのだと信じていた時期があった。そこには沢山の命があり、沢山の生き物が生き、自然のサイクルの中で人の命がかき消される事もなく、ただ穏やかに時が流れていくのだろう。
苛められ、誰とも接する事が出来ないまま、ただ時間を費やした。そんな時遠い場所に夢と希望を預けたのも、それはもうないのだと理解してしまうのも、子供としては仕方のない事だったのかもしれない。沈む夕焼けはとても綺麗なのに、マキナの髪がべたつく事はなかった。
目を向ければ、リンレイはパラソルの下でオルドと話をしていた。ニアはサイと一緒に波打ち際で走り回っている。ヴィレッタはぐったりした様子でボートの上に仰向けに横たわり、そんなヴィレッタをアテナはうちわで扇いでいた。
仲間たちが一緒に居るというのに自分は一体何故こうして城を何時間もかけて作りこんでしまったのか、マキナは一瞬自分に呆れてしまう。でも、誰かと一緒だからといって自分を変える事は出来ない。
城に手を当て、ざらりとした感触を楽しむ。思い思いに時を過ごし、しかし決してばらばらではない。心の中でつながっている絆を感じることが出来るという事……。それはきっと、ちょっとした贅沢なのだ。マキナはそう考えていた。
「このお城、ゆーが作ったのか?」
ふと、背後からの声に振り返る。マキナの後ろにはいつの間にか見知らぬ少女が立っていた。少女はマキナが作った城を指先で突付き、面白そうに笑っている。
「はう……? えっと、うん。わたしが作ったの」
「へぇ〜! すごいぞ〜! 一人でこんなの作れちゃうなんて、もしかしたら美術的な才能があったりするんじゃない?」
「そ、そうかな……? えへへ」
照れながら笑うマキナ。しかし、少女を見て考える。誰だろう? まったく見ず知らずの少女だった。髪色は鮮やかなピンク。体系はとても小柄でマキナより頭一つ小さい程である。そして頭には――ツインテールに結んだ髪と一緒にゆれる、二つの長い耳。
少女はアナザーだった。マキナもフェイスに所属している以上、アナザーを見かけることはそう珍しくはない。勿論その数は少ないのだが、ニアというアナザーが身近に居るおかげで驚きは少ない。それが少女もわかるのか、人懐っこく白い歯を見せて笑うのであった。
「ゆー、アナザーに慣れてるぞ」
「うん? 友達がアナザーでね、一緒に暮らしてるから。貴方のお耳……うさぎみたいだね?」
「だってうさ耳だもん、当然だぞ。ぴょんこ、ぴょんこ」
「え?」
「ぴょんこ、ぴょんこ、ぴょんぴょこぴょん♪」
うさぎの少女はマキナの周りを跳ね始めた。おしりをきゅっと突き出し、頭の上に手を当てて。ぴょんこ、ぴょんこと口にしながら。
マキナは困った様子で周囲を回る少女を眺めていたが、やがて何を思ったか自分も少女にならって回り始めたのである。ぴょんこ、ぴょんこ。
「ぴょんこ、ぴょんこ!」
「ぴょんぴょこぴょん♪」
「ひょんこ、ぴょんこ!」
「ぴょんぴょこぴょん♪」
二人は何故かそれだけで分かり合った様子だった。少女はうさみみをぴょこぴょこ上下させ、それからにっこりと微笑む。その瞳は透き通るような桃色で、マキナは思わず見とれてしまう。
アナザーの目や髪というのはノーマルとは異なりやたらと鮮明な色合いの事が多い。ニアも透き通るような目をしているし、光るような髪色である。少女は腰に両手を当て、マキナを見上げて頷いた。
「ナナは、ナナルゥっていうんだぞ。ゆーのお名前は?」
「マキナ・レンブラントだよ。えーと、ナナルゥちゃん?」
「ナナでいいぞ、マキナ。それにしてもこのお城すごいよ〜。アーティスティックだぞ〜」
「そ、そかな……。なんだか普段全く人に褒められないから、急に褒められると凄く照れるなあ……」
「ゆー、だめだめっ子?」
「うんー、だめだめだよぅー」
「そんな時は、歌を歌うんだよ。歌はいいよ〜。歌はリリンが生み出した文化の極みだぞ〜。もしくはヤックデカルチャー」
何を言っているのかわからず、マキナは目をぱちくりさせる。ナナルゥはその場で海を眺め、目を閉じて歌い始めた。それはとても突然の出来事だった。
ナナルゥの鼻歌に混じり、潮は満ちては引いていく。マキナは茜色の光に照らされながらその光景を眺めていた。鼻歌は決して大きな音量ではなく。しかしマキナはそれを確かに感じていた。
「いい歌だね」
「そりゃそうだぞ。ナナが作曲したんだもん」
「え? ナナちゃんって作曲するの?」
「ミュージシャンだからな♪ ぴょんぴょこ、ぴょ〜ん♪」
再び頭の上に手を当てて跳ねるナナルゥ。マキナはそれをまねしてその場でぴょこぴょこしていた。暫くすると二人に向かって歩いてくる影があった。それを見てマキナはまた驚くのである。
「ナナルゥ、そろそろホテルに戻るよ」
「え!? 貴方、確かあの時の……!?」
ナナルゥを迎えにやってきたのは一ヶ月前、マキナが入院していた時に突然やってきて姿を消してしまった少年だった。少年は紅い空の下、優しく微笑みナナルゥを手招きする。少女はスキップするような動きで少年の所に駆け寄り、それから振り返ってマキナを指差した。
「友達出来たぞ、ゆー」
「そうかい? 良かったね、ナナルゥ」
「あ、あのう……?」
「うん。久しぶりだね、マキナ。でも今日のところは帰るとするよ。夕飯に間に合わなくなるからね」
「そっか。じゃあしょうがないな、ゆー。マキナ、またうさぎさんごっこしようなー! 帰るぞ、ラグナ!」
マキナが呼び止める暇もなく二人はそのまま去っていってしまう。マキナはぽかーんと口をあけたまま遠ざかる二人の後姿を見送っていた。
「まきにゃー! そろそろホテルに帰るってさー! おーい!」
背後からニアの声が聞こえ、マキナは振り返った。そうしてマキナは自らの傍らにある砂の城に目を向ける。少女は夕日に照らされる中、自らが作った砂の城を蹴り壊した。そうして砂浜に平らに均してから額の汗を拭う。
もったいないとは思わなかった。残していけば、壊れてしまうものだから。壊れたらまた作ればいい……。マキナは充実した様子で集まっている旅団メンバーの所へと歩き出した。
壊れた砂の城は最早その芸術的な威光をどこにも残してはいない。夕日が沈む景色の中、影は重なっていく。マキナは笑いながら、ホテルに歩き出すのであった。