蒼を継ぐ者(3)
「旅団の復活、おめでとう」
ベッドの上で目を覚まし、そして再び意識を失ったわたしが見たのは見ず知らずの一人の男の子でした。
ウェイブした金髪、にこやかな笑顔……。まるで女の子見たいな顔で笑うその人を見て思わず目をぱちくりさせます。気づけば窓からは朝日が差し込み、既に夜を越えていた事をわたしに知らせます。
綺麗な人でした。どこか、アンセムさんにも似ているような気がしました。それにしても一体どこのどちらさんなのか、全くわからずに目をぱちくり。男の子は小さく微笑み、それから読んでいた本を閉じ――。そこでようやくわたしは気づいたのです。彼が読んでいた本、それは――。
「わ、わたしの日記!? よ、読んじゃ駄目ですよう! なんで普通に読んじゃってるんですか!?」
「あぁ、そうか……。そうだね、これはそういうものだったのか。悪気はなかったけど、ごめん」
そう言って彼は日記帳をわたしに返して、それから両手をズボンのポケットに突っ込んで微笑みます。
「君、ユニークだね」
「へ……?」
「非常に文化的だよ。興味がわいてきたな」
それがわたしの日記を読んだ結果だという事に気づき、見る見るうちに顔が真っ赤になるのが自分でもはっきりとわかりました。なんなんでしょうか、この人は……。日記をぎゅっと胸に抱き、視線を逸らします。なんだかきらきらしたその目を見ていると気恥ずかしい気持ちになってくるのです。まあそりゃ、こんな場所でこんな格好ですし……。寝癖とかもほらあれで……。
前髪の先端を指先で弄っていると、彼はわたしの事をほったらかしに窓辺に立ち、風に揺れる白い清潔感のあるカーテンの合間に立ち、街を眺めていました。フェイスの医務室は校舎の中にあり、開かれた窓は空中から街を見下ろしているような錯覚に陥らせます。医務室にまさか自分が医務室のご厄介になる日がこようとは予想だにしなかったわけですが。
彼は振り返り、ずっとにこにこしていました。ひたすらにこにこしていました。なんとなく恥ずかしいので俯きます。彼はわたしの傍を通り抜け、出口の扉に手をかけました。
「それじゃあ僕はそろそろ。無事で良かったね、マキナ」
「え? はい、ありがとうございます……?」
彼が部屋から去っていき、取り残されたわたしは一人でぽかーんとしていました。まるで嵐が通り過ぎていったかのようです。一体誰だったのでしょうか、あのにこにこした人は……。
そういえば、びっくりして聞き逃したけど何か凄い事を言っていたような気もします。果たしてそれがなんだったのかはいまいち思い出せないのですが……。一人で頭を抱え、少しの間考えます。すると直ぐに扉が開き、ニアが顔を覗かせました。わたしが目覚めている事を知ると、彼女はあわてて部屋の中に駆け込んできました。
「マキナ! 大丈夫!? 痛いとことかない!?」
「ニ、ニア……平気だよ。どこも痛くないよ。ちょっと寝すぎて頭がぼーっとしてるけど」
「ぼーっとしてるのはいつものことにゃす」
あのー、なんだか最近皆さらっとわたしに対して酷い事を言っていないでしょうか……。
「でも本当に良かったよ……。マキナが急に倒れた時はボク、本当にどうしたらいいのか……」
思わずぎょっとしてしまいました。あのニアが目尻に涙を溜め込んで肩を震わせていたのです。何か声をかけねばならないとひとりでわたわたしているわたしの前でニアは涙を拭い、ひとりでに立ち直ってしまいました。
「本当によかった……! うんうん、いつものマキナだ!」
「……うぅ、顔をぺたぺたしないでよ〜」
ニアはわたしの顔を両手でぺたぺたして、それからぎゅうっと強く抱きしめてきました。なんだかよくわからないけど、ニアはあったかくて柔らかくて、いいにおいがします。何となく幸せな気分を満喫していると、ニアの鞄からひょっこりとアポロが顔を覗かせました。
「あれ、アポロ……? そっか、ニアが世話してくれたの?」
「世話って程の事もしてないけどね〜。こいつ、一人で冷蔵庫開けて一人でご飯食べるし、トイレもきちんと自分で片付けるし……。勝手に風呂入るし……知能高すぎてなんか逆に怖いにゃす……」
「アポロはね、と〜ってもおりこうさんなんだよ。お母さんが言ってた。宇宙うさぎって、凄く頭がいいんだって」
「むきゅ」
誇らしげにアポロが胸を張ります。それから両耳をぱたぱたさせながらわたしの膝の上に飛び乗り、わたしはアポロの頭を撫でました。ふかふかでふにふにで、ニア同様触っていると幸せな気分になります。
「そういえば、誰か知らない人が見舞いに来てたみたいだけど」
「あ、うん。全然知らない人だったよ。びっくりしたあ」
「実はここだと判ってたんだけどさ、全然知らない人が出てくるもんだからもしかして間違えてるのかと思って一度通り過ぎちゃったんだよねえ。関係者以外は立ち入り禁止のはずなんだけど……まあ、特になんともないならいっか」
確かにあの人の事は気になりましたが、もしかしたら部屋を間違えただけかもしれませんしなんともいえません。特に何かされたわけでは――日記は読まれたけど――ないので、特に探す必要性も気にする事もないと思います。
気になる事といえば、彼のことよりももっと他にいろいろとあるのです。どうしてわたしはここに入院しているのか……。何よりあの戦いはどうなってしまったのか。
途中からなんだかよく覚えていないのですが、結局最後には負けてしまったような気がするのです。その事をニアに訊ねると、複雑そうな表情を浮かべて首を横に振りました。
「実は、ボクにも良く判らないんだ……。結論だけ言えば、エキシビジョンは“無効試合”になったんだけどね」
「無効……? え?」
「マキナが気を失っちゃった後にもいろいろあったんだよ。その説明もしなきゃいけないけど……。とりあえず、目が覚めたなら退院しよう。マキナは気づいてないかもしれないけど、キミはもう三日もここで寝てたんだから」
「み、三日!?」
今日何度目かのおめめぱちくりです。三日……。道理で頭がぼーっとするわけです。いえ、まあ、普段からぼーっとしてるといえばしてないこともないのですが。
ニアに手伝ってもらい、ベッドから起き上がります。服装はいつの間にかライダースーツからパジャマに着替えていました。仕方が無いのでニアから渡された私服にお着替えして病室を出ます。
「とりあえずは、何から説明しようかな――」
廊下を歩きながらニアはそう呟いて、三日前に何が起きたのか、それをゆっくりと語り始めました。
マキナ・レンブラント、退院の日の日記より――――。
蒼を継ぐ者(3)
「マキナッ!?」
もう一機のカナードの中、リンレイが叫び声を上げた。マキナのカナードはまさに今この瞬間、ブリュンヒルデの牙にかかろうとしていたのである。
至近距離からコックピット目掛けて拳銃を撃ち込めば、まずパイロットは即死するだろう。何故アテナがそんな事をしたのか――? その理由は定かではない。
彼女は確かに言っていた。“マキナを殺す”と。しかしそれは所詮冗談の域を出ない、現実味を帯びない言葉だった。アテナ・ニルギースならやりかねない……。だがしかし、実際にはやらないだろう。誰もがそう思うような、そんな事である。
観客席がどよめきで彩られている理由はいくつかあった。理由の一つは勿論この状況だが、それ以前にマキナの驚異的なカナードの操縦は彼らの度肝を抜いていたし、誰も本心では期待していなかった紅き猟犬と蒼の後継者の迫真の戦いに目を奪われていたのもあるだろう。兎に角彼らの中にあるのは困惑――つまりはどよめきであった。
勿論、オルドとリンレイも戦っていなかったわけではない。むしろ生徒会長であるキリュウの操る銀色のヴォータンに打ちのめされ、勝敗は決していた。オルドが機体を反転させるが、既に限界を迎えていて動かない。遠い位置からヴォータンが走り出すが、キリュウもまた舌打ちをした。あまりにも遠すぎるのだ。
ニアは叫んだ。しかしその声は誰にも届かなかった。アンセムが身を乗り出し、立ち上がる。実況は停止していた。何もかもが、停止していた。誰にもそれは止められなかった。誰にもその異常事態を予測出来なかったように。だが、たった一人だけこの状況を予見していた人物がいた。
遥か彼方、どこからとも無く弾丸が放たれた。それは一直線にブリュンヒルデの拳銃に迫り、それを彼方に弾き飛ばした。アテナは無意識に攻撃に反応し、機体を反転させる。敵は背後――。拡大した認識領域は目標を既に捕らえていた。
出入り口から飛び出してきたのは紫色のカラーリングを施されたヴォータンであった。その特徴は完全に遠距離戦に特化した性能にある。左右の腕はアンバランスな形状をしており、右腕は巨大なロングレンジライフルを構えていた。前方に向かって飛翔しながらヴォータンは連続でライフルを発射する。
上空から降り注ぐ流星群――。ブリュンヒルデはそれをかわすしかなかった、ヴォータンは空中でロングレンジライフルをくるりと回転させながらブリュンヒルデの目の前に着地した。ブリュンヒルデは得意の得物を片方失っている。咄嗟に繰り出した銃口は脇腹に叩きつけられたロングレンジライフルの衝撃でヴォータンを捕らえるには及ばなかった。
まるで巨大なバットでブリュンヒルデを殴り飛ばすように、ロングレンジライフルを叩き込むヴォータン。更に身体を反転させ――長い長い銃口をブリュンヒルデの太股に押し当てる。放たれた弾丸は爆ぜ、同時にブリュンヒルデの左足は根元からぼっきりと折れてしまっていた。
「――この動き!? ヴィレッタ!?」
不意を衝かれた事もあり、アテナは反撃の手段を失っていた。見事に攻撃の直撃を受け、今は頭部に銃口を突きつけられている。紫のヴォータンは隻眼の瞳を輝かせ、静かに佇んでいた。
「……そこまでだよ、アテナ。マキナは――“仲間”は殺させない」
「今更出てきてそんなセリフ……?」
「…………そうだな。そうだ。私も出てくるつもりはなかった……。でも、身体が勝手に動いてたんだ。情けない事に……やっぱり私は、仲間が大事みたいだ……」
コックピットの中、懺悔するようにヴィレッタが呟く。ヴィレッタは泣いていた。泣きながら、笑いながら、まっすぐにアテナを見下ろしている。アテナは黙り込み、そしてブリュンヒルデはもう動かなかった。
パニックと沈黙と騒乱の中、ヴィレッタは銃を降ろした。振り返る先、倒れたままの蒼いカナードの姿がある。自分のためにここまでやってくれた大切な後輩……。そう、ヴィレッタは仲間をもう二度と失いたくなかったのだ。
自らの力不足ゆえに仲間を失い、そして失意のどん底に突き落とされた。だからもう何も守らないと決めたのだ。なのに身体は勝手に動いていた。何も考えていなかった。その時頭の中に在った事は――ただ、自分のやりたい事だけだった。
とてもシンプルで、しかし悲しい結論。判りきっていた答えを今更突きつけられるかのように、ヴィレッタはただただ納得して肩を落とす事しか出来なかった。見ているだけで最後まで出るつもりなどはなかった。だが――マキナが暴走を始め、それを見ていられなかった。アテナを助けに入るつもりだったが、結局はマキナを助ける形になってしまったが。
試合はヴィレッタの乱入で一時中断となった。ヴィレッタの参戦は予想されていた事ではあったが、マキナとアテナ、二人が同時に動かなくなり、気を失ってしまった事をフェイス側が重く見た結果であった。
特にマキナの戦闘は見るものに様々な衝撃を与えた。本来ならばお祭り騒ぎでもして持て囃すべき戦いだったのだろう。だがその鬼気迫る様相は、観客の心に冷めた恐怖にもにた感情を植えつけたのである。
蒼いカナードと紅いブリュンヒルデが戦場から退場すると、残りの試合は見る価値もない状態だった。何せ既にオルドのカナードは戦闘不能なのである。ヴィレッタは戦闘継続を拒否し、さっさと退場。結局エキシビジョンはぐだぐだになり――結論だけ言えば在校生側の勝利ではあったが、中断という表現が適切だった。
気を失ったマキナはそのまま入院。アテナはそれから数時間後に目を覚まし、勝手にどこかへ姿を消してしまった。目覚めないマキナの事を心配し、様々な検査を施したものの、マキナが意識を失っている理由は判らずじまいだった。
結論だけ言えばマキナは三日後に目を覚ましたのだが、それもまた何故なのかはわかっていなかった。何よりあの時マキナとそのカナードに何が起きたのか、それは目下調査中である。
「そっか……。それじゃあ、皆に迷惑かけちゃったんだね、わたし……」
ニアの説明を受け、マキナは沈んだ様子で呟いた。廊下を肩を並べて歩く二人……。ニアは苦笑し、マキナの頭を撫でた。
「ボクは、マキナが無事ならそれでいいよ。迷惑とか、そんな風には思ってないし。でも、あの時何があったのか覚えてないの?」
「うん……。凄く怖くて……なんか、夢みたいなものを見た気がするけど……」
「夢?」
「うん。でも、それもよく覚えてないんだ……」
「そっか……」
あの時何が起きたのか、それを一番知りたいのはマキナ本人であった。恐ろしく……。静かで、そして寂しいイメージ。脳裏に焼きついているのは感情の残滓だけで、具体的なものは何も残ってはいなかった。はっきりとしない感覚はむずかゆく、自分の事ながらやきもきしてしまう。
確かに今までも、シミュレータを使ってカナードを操っている間はまるで別人のように全ての感情が無くなり、冷静に操縦を処理するような一面はあった。しかしまるで自分の意識がなくなってしまうような事は今まで一度もなかったのだ。マキナは自分の手をじっと見つめた。握ったり開いたりを繰り返すその手は――まるで自分のものではないかのようだった。
「……うん。大丈夫だよ、そのうちきっと思い出すって! 念のため、これから暫くはちゃんと医務室に通って検査するようにってさ」
「い、いいよう……。別にどこも痛くないし……」
「一緒に行ってあげるから、そんな顔しないの。ほらほら、笑顔笑顔!」
「うー……。お医者さんって苦手なんだよう」
そんな事を話しながら二人が向かったのは“元”旅団のギルドルームであった。そこでマキナは目を丸くした。そう、そこは確かに元旅団のギルドルームである。それは間違いない。しかし――旅団のギルドルームは元通りになっていたのだ。
「あ、あれ? 旅団のギルドルームが……」
「いいからいいから! 入って入って!」
「え? ニ、ニア?」
逆らう事も出来ないまま、マキナはギルドルームの中へと押し込まれてしまった。そこには元通りになったギルドルームと――サイとヴィレッタ、仲間たちの姿があった。
「よお〜! 元気になったみたいじゃん、マキナ」
「サイ君……それにヴィレッタ先輩……?」
「……マキナには迷惑をかけたな。すまなかった」
ヴィレッタはまずマキナに近寄り、それから頭を下げた。ゆっくりとヴィレッタはこうなった経緯を語った。全ては生徒会長、キリュウ・オウセンの計らいであった。
エキシビジョンマッチは結局中断となってしまったが、旅団の復活条件はマキナたち新入生側の勝利である。しかし元々キリュウは旅団を復活するつもりで話を進めており、ギルドルームもこっそりと元通りに直してあったのである。
マキナが勝利しようが敗北しようが、キリュウは旅団を復活させるつもりだった……。勝敗のどちらにも該当しない結末であったとしても、やる事は最初から決まっていたのである。
「マキナが旅団の為にしてくれた事は、キリュウから聞いているよ……。本当にありがとう」
「い、いえそんな! せ、生徒会長さんも人が悪いですね……。最初から、こういうつもりだったなんて……」
照れくさそうに笑うマキナはしかしとても嬉しそうだった。そんな無邪気な笑顔を見つめ、ヴィレッタは目を閉じた。
「――――だが私は、このギルドに戻る資格はないのかもしれないな」
ヴィレッタの一言にマキナの笑顔は消えてしまった。そう、ヴィレッタはマスターの立場にありながらギルドを捨て、そしてマキナの声にも応えようとしなかったのだ。最後の最後まで逃げに逃げて、それで都合よく登場したところで全てがチャラになるなど、そんなおいしい話があるはずもない。
「このギルドを守ったのはわたしではなく、マキナたちみんなだ。わたしはもう、ここには居ない方がいいのかもしれない」
「そ、そんな! それじゃあ何のためにわたし……っ! そんな事言わないでください……! わたし、ヴィレッタ先輩が居なくなったら……」
「ああ。だから、このギルドにわたしは残るつもりだ」
「そうですよ! 先輩が居なくなったら……え?」
「ああ。だから、残らせて欲しいんだ。調子がいいのは判ってる……。でも、ここにいたいんだ。駄目……かな?」
頬を人差し指でかきながらヴィレッタは苦笑を浮かべた。途端、マキナとニアは華が開くかのようにぱあっと微笑み、それからヴィレッタに同時に飛びついた。
「おかえりなさい、先輩っ!!」
「……い、いいのか? 私みたいな、どうしようもないのが先輩で……」
「ヴィレッタ先輩がいいんです! ヴィレッタ先輩じゃなきゃ、やですよう……」
二人を左右の腕でそれぞれ抱き寄せ、ヴィレッタは微笑んだ。三人は暫くの間そうして抱き合っていたが、サイが咳払いをしたことによってそそくさと離れていった。
それでもマキナとニアの笑顔は消えず、二人はニヤニヤしたまま見詰め合っていた。ヴィレッタは照れくさそうに微笑み、それから窓の向こうを眺めた。
「正直に言うと、今でもまだ迷ってるんだ……。でも、何もしなかったらきっと何もないんだよな……。前に進むことも、戻る事も……。だから、とりあえずここに居てみようって思ったんだ。いつか、自分の気持ちがハッキリする日まで……」
「それでもいいよ! ね、マキナ?」
「うんっ! 先輩の事は、これからちょっとずつ判っていきます。だからいいんです。今は何も話せなくても……わたし、待ってますから。先輩が全部話せる時まで、待ってますから」
「……ありがとう。君たちは、わたしにはもったいないくらい……優しい後輩だよ」
また三人が抱き合おうとした瞬間、サイが再び咳払いをした。邪魔をしたサイに三人の視線が移ると、彼はようやくため息混じりに語り始めた。
「つーかさ、旅団復活はいいんだけど……あと一人入隊しないと、どっちみちつぶれるんじゃねえの?」
「「「 あ 」」」
間抜けな声が三重奏を奏でた。サイはため息を漏らしながら駄目だこりゃという様子で額に手を当てる。マキナとニア、そしてヴィレッタはそこまで考えていなかったのか青ざめた表情であわて始めた。
「どど、どうしよう!? あと一人って、そんなの直ぐにはなんとかならないよう〜!」
「にゃー!! 復活しても意味ないにゃす!!」
「ご、ごめん……私の所為だ……」
「――――その心配には及びませんよ」
その時、颯爽と声が聞こえた。旅団メンバーが全員同時に入り口に視線を向けると、そこにはオルドとリンレイの姿があった。
二人はマキナたちの元まで歩み寄ると、一枚の書類を手渡した。それを三人同時に覗き込み、中身を吟味する。それは――オルドとリンレイの入隊志望書であった。
「事情は会長から伺いました。そういう事ならもっと早く言ってくれれば、力を貸したのですが……。マキナ、どうして黙ってたんです?」
「へう……。それは、そのう……」
「まあ兎に角、そういう事ですので。今後ともよろしくお願いしますね」
ぺこりとお辞儀するリンレイ。それから数秒後、間をおいてマキナたちは抱き合って声を上げた。最早何がなんだかわからないほどハイテンションになってしまっていたのである。
リンレイまで巻き込んで女子四人で抱き合って大騒ぎしている傍ら、オルドはメルヘンな内装にうんざりしながらサイの隣に腰掛けていた。サイが笑いを堪えながらマンガを読んでいる傍ら、オルドは心底嫌々と言った様子でテーブルを指で叩いた。
「……いっとくが、俺が入りたかったわけじゃねえぞ。リンレイがどうしてもってうるせえから、名前だけ貸したんだ」
「わかってるわかってる。わかってますよ、オルド君」
「本当にわかってんのかテメエ……?」
「とりあえずオルドはリンレイに頭が上がらないって事は判ったじゃん」
サイの呟きにオルドは黙り込んだ。その沈黙は――肯定の意味を持っている。男子二人が眺める傍ら、戸惑うリンレイを巻き込んで女子四人は手を繋いでくるくるとその場で回っていた。
明るい笑い声が響くギルドルーム。蒼穹旅団はその日完全なる復活を果たしたのである。きっちりと、所属隊員は六名となった。もう、ギルドがつぶれてしまう事もない。とりあえずは――だが。
こうしてマキナたちの長い長い一ヶ月が終わりを告げたのである。テーブルの上、サイの膝の上でアポロが耳をぴょこぴょこと上下させていた。くるくると手を繋いで回るマキナの笑顔は、今までで一番きらきらと輝いていたのであった――。