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蒼を継ぐ者(2)

 ヴィレッタ先輩は何故、姿を消したのでしょうか? その理由は恐らく、一言で説明出来る程容易ではなかったのだと思います。

 彼女には彼女しか知らない真実があり、そして彼女はわたしたちの知らない過去を背負っています。彼女でない以上――そう、わたしたちには彼女の気持ちを知る術は無いのです。

 わたしはアルティールに来るまで、他人の気持ちという物を考えた事がありませんでした。それは一人だったから。自分に対して絶対的な愛情を持ってくれている母親と、その愛情を受けるだけの自分と、閉鎖された二つだけの世界でわたしは生きていました。それ以外の事なんて眼中になくて。だからそこには不幸せな物は何もなかったのです。

 それはいつから閉塞され、収束し、そして拒絶の壁と成ったのでしょうか。わたしも幼い頃は誰かの気持ちを知りたいと願い、共感したいと、手を取りたいと願っていたはずです。少なくともそうでなければわたしは他人に対して恐怖など抱く事はなかったのでしょう。

 怖い――。それは、知ろうとした結果に他なりませんでした。知るという事は、知らない事を認めるという事でもあります。全ての事には肯定する事で否定してしまう何かが存在していると思うのです。わたしが他人を知りたいと願う事は、心の中に恐怖を生み出す切欠になったのではないでしょうか。

 きっとそれは誰でも同じなのです。知ろうと思い、触れたいと願い、そして心の中でその形を決めているということ……。人は、拒絶されたり抱擁されたりを繰り返し、心の中に自分と他人の存在のビジョンを作りだし、その幻影を信じて生きています。わたしはそのビジョンを作る事をしようとしませんでした。

 わたしにはわたしが一番わけのわからない他人でした。自分以外に見つめるべきモノも無く、全てから目を逸らし、心地よく麻痺した認識の世界の中、怯える事もなくのうのうと生きてきたのです。この世界が今、どんな事になっているかも知らずに。

 もしもわたしがヴィレッタ先輩のように誰かと本気で向き合って、一生懸命理解しようとして、そしてそれらを失ってしまったとしたら……。心に深い深い傷を負い、それでも世界と向き合って生きていけたでしょうか。わたしは頷ける自信がありませんでした。

 確かにわたしはお母さんを失いました。最愛の人を失いました。でもまだ、わたしはそれを理解してはいなかったのです。ただ、当たり前にあるはずのものがないという喪失感を覚え、胸の中に開いた違和感を悲しみと履き違えていただけなのです。だからわたしは、母が居なくなっても呆然と生きていけたのです。

 わたしは彼女の事を何も知りませんでした。彼女がどんな気持ちで生きていたのか。どんな人間だったのか。どんな……罪を抱えていたのかも。

 親という生まれた時から存在する味方に甘え、疑う事も知らず、幸福な領域の中で恐怖を忘れて生きていたわたしに、ヴィレッタ先輩を非難出来るのでしょうか? ぬくぬくと生きてきたわたしが、誰かに思いを伝えようとしてもそれは無意味なのです。そうしてわたしはやっと誰かと交わる難しさと喜びを知り、そして傷つけ傷ついていく意味に触れるのです。

 アンセムさんに導かれ、ニアと出会い、この三ヶ月間で沢山の初めてを感じ、想い、わたしは始めて一生懸命何かに打ち込もうという気持ちを知りました。そしてその胸の中で熱く滾るようなその気持ちがどれだけ自分を支えてくれるのか。一人で生きていくとはどういう事なのか。当たり前のように世界の中に放り出され、わたしは知ったのです。

 友達を守りたい。仲間を守りたい。当たり前の気持ちだと、そう思うのです。ですがやっぱりわたしはわたしでしかなくて。だから何をしても、それは自分の意思に過ぎないのです。

 誰かの為だとか理由を盾に、己の醜さを肯定し前に突き進もうとしている……そんな自分の事さえも、三ヶ月前までは知らなかったのです。わたしはきっと何も知らなかった。自分の事も、この世界の事も……。

 だからこそ応えたかったのです。そしてその意味を知りたかったのです。彼女がわたしにそう告げたように、わたしもまた己の意味を探す旅にでて見たくなったのです。それは、とてもとても長い、気が遠くなるような旅路の幕開けでした。

 ブリュンヒルデを駆るアテナさんと戦った事。ニアと共にこの場所で頑張った事。沢山の人の歓声や、知らなければいけなかった事。知りたくなかった事。でもその全てを総じてわたしは笑えたらいいと思います。そうしたらきっと、全ての思い出は幸福へと変わっていくでしょう。

 己の両手を血に染めて笑う、そんな矛盾した天使が居てもいいのかも知れません。誰かに許しを請い、手を合わせ祈る悪魔が居てもいいのかも知れません。全てはここから始まり、ここに帰結しました。そう、わたしは――。


 きっと、この日胸に抱いた気持ちを一生忘れないでしょう。


 マキナ・レンブラント、      の日記より――――。




 蒼を継ぐ者(2)




 蒼いカナードが手にしていたロングソードが宙を舞い、煌く刃に真紅の機体がきらきらと映し出された――。

 白兵戦闘に持ち込もうと接近し、ソードで切りかかったマキナの一撃は非常に的確かつ鋭く放たれた。並のライダーならば見切る事が出来ず、反応する前に首が飛んでいたであろう速攻である。その集中力と気持ちを切り替えるスイッチの的確さは賞賛。しかし――。

 アテナは全てを見通していた。真紅の瞳に光の線がいくつも走っていく。情報化され、視覚化されたエンゲージリングの領域は彼女の目に絶えず情報を送り続けている。例えマキナが風のように音も無く襲い掛かってきたとしても、それは全て予想出来た事である。

 ニアが何かを叫び、マキナは後退した。操縦桿を引くマキナの額から汗が弾け、コックピット内を舞う。ブリュンヒルデは手にした拳銃の銃身でソードの一撃を防ぎ、同時に反対側の腕でソードに向かって発砲。至近距離からの衝撃に剣を握る力は圧倒され、剣はいとも容易く主の掌から飛び出していった。

 ブリュンヒルデが拳銃を両手に構えたまま前進。逃げるマキナを追いかけるように、気迫を漲らせながら襲ってくる。マキナとニアは同じ感情を心の中に描いていた。その存在と退治する全てが胸に抱く淡くどろりと溶けるような感情――。“失意”にも似た“絶望”。

 バトルフィールド内、障害物として設置されたいくつもの美しいモニュメントの合間を潜り抜け、ブリュンヒルデは走ってくる。全ての考えが甘かったのだとマキナは実感していた。作戦は一発目から失敗してしまったのである。

 そう、長期戦になればなるほど実力の差は浮き彫りになり、勝利の二文字は遠のいていく。マキナたちに出来る事といえば、開始直後の同時攻撃による不意打ち――。速攻と言う名の賭けである。だがしかしそれはあっさりと失敗してしまった。勿論、勝算はあるつもりだった。

 マキナの最も優れた能力は反応速度と素早い刀剣の扱い、そして何よりも音も無く迫るような身のこなしであった。開戦直後、オルドチームは肩部に装備したミサイルランチャーを一斉発射し、弾幕を構成した。煙幕の裏側から忍び寄り、マキナは攻撃を仕掛けたのである。しかし、ERの力を使いこなせば完全な不意打ちは限りなく完璧に近い状態で封殺される。

 新入生側の動きはその経験を察すればこそ褒められたものであり、戦場ではそれは通用しない言い訳である。ERの効果に戸惑い、初動が遅れたのも致命的だった。何よりも――。


『――――このブリュンヒルデの得意とする間合いを読み違えたのはどうしようもないわね』


 それは仕方のない事であったとも言える。ブリュンヒルデの公式戦を見た事がある人間はそう多くはないだろう。何より今のブリュンヒルデは一年前ヴィレッタが扱っていたそれとは全く異なるチューンナップを施されているのである。

 故に観客たちもそれに圧倒されていた。得物は銃なのだ。当然、射撃戦闘がメインだと考える。実際ヴィレッタはブリュンヒルデを遠距離戦闘主体の機体としてチューンしていたのだ。同じように考えるのも無理のないことだ。

 だがしかし、ブリュンヒルデの主は遠距離からの射撃戦など望まない。両手に構える二丁の拳銃は決して間合いを取る為に在るのではなく。至近距離での格闘戦闘を前提とした、剣にも似た性質を持つ武装だった。


「退がれ、へこたれっ!」


 後方でガトリングガンを構えたカナードが後退する蒼いカナードを援護するように発砲する。あせりと緊張のあまり正確に照準が合わさらないままに発射された無数の弾丸は大地を何度か削り、ようやく目標へと迫っていく。次の瞬間、上空から落下してきた銀色のヴォータンが巨大な鉄扇を展開し、ブリュンヒルデの壁となった。

 次の瞬間には影を縫うようにモニュメントの傍らをすべるように駆け抜け、ブリュンヒルデが蒼の機体に迫っていた。ニアが予備のブレードのロックを解除し、マキナは咄嗟に剣を構える。拳銃で殴りかかってきたその一撃を両手で構えた剣で弾き、二機はそれから三度繰り返して武器を交えた。しかし全ての結果に置いてカナードは打ち負ける。性能には絶対的な差が存在するのだ。


「ぅ――ッ!?」


 ERSにより拡大された感覚はマキナの周囲から莫大な量の情報を彼女の身体に流し込み続けている。それを処理出来るようになるまでには長い訓練と才能が必要となる。複座で情報を二分するのもまたその為なのである。

 だが、全ての情報を瞬時に判断できず二分されてしまう事はマキナに絶対的なハンデを課していた。呼吸もままならないほど真剣に操縦に取り込み、彼女はもう戦闘開始から今この瞬間まで一度も瞬きをしていなかった。荒々しく途切れ途切れに繰り返す呼吸は獣の声のようですらある。

 マキナ・レンブラントの周囲に展開しているエンゲージリングの認識領域は――なんと、たったの“5メートル”。マキナはその非常に不安定な領域の中、何とかブリュンヒルデの動きについていこうと必死だった。至近距離での戦闘を繰り出してきたアテナの選択が首の皮一枚で彼女を生きながらえさせる結果となっていたのだ。

 しかし、たったの5メートルしか認識領域を展開出来ないマキナの圧倒的劣勢は変わらない。勿論この状況を予想していなかったわけではない。リングの展開領域はどれほどなのか、乗ってみなければわからないのが当然なのだから。

 自らの目の前でうめき声を上げるマキナの背中を見つめ、ニアの瞳は震えていた。アテナの領域は25メートル――マキナの五倍である。その数値を見れば誰でも思うだろう。“無理”だと。“差がありすぎる”と。

 マキナが5メートルしか領域を展開出来ない理由はいくつか考えられる。才能の欠如、実機初操縦による不慣れ、ブリュンヒルデを相手にした恐怖……。ERSは搭乗者の精神状態に大きくその能力を左右される。原因はニアにも判らない。手の施しようは、なかった。


『意外とついてくるわね。でも――無駄よ』


 マキナが右足を前に踏み込み、両手で構えた剣を袈裟に振り下ろす。しかしそれは読まれていた――いや、アテナが僅かに身を引いた事で誘発させられたのである。二対の銃でその一撃を防ぎ、一度弾く。震える刀身を左右の銃口で挟み込み、同時に引き金を引いた。全く同じポイントに正確に同時に打ち込まれた弾丸は鋭いソードの刃を砕き、マキナはその時初めて呼吸を忘れていた事に気づいた。

 放たれた蹴りが蒼いカナードを吹き飛ばす。両手から剣を失ったマキナは空中で制動し、着地をしようと試みる。しかし精神状態が安定しないせいか、大地の伸ばした指先は届かない。すべるようにして転倒し、カナードは数百メートル一気に吹き飛ばされた。揺れまくるコックピットの中、マキナが顔を上げた瞬間には既に目前に追撃が迫っていた。真紅の膝がカナードのメインカメラを直撃し、その衝撃と映像、情報にマキナは自分が蹴り飛ばされたような錯覚を覚えた。

 視界がチカチカと瞬く。情報が脳を焼き蝕んでいるような錯覚――。胃の中の物が逆流しそうだった。シミュレータでの戦闘とは何もかもが違いすぎる。何もかもが別格――。“カラーズ”。それは、フェイス最強の証……。


『結局一分持たなかったわね、お嬢さん』


 その言葉にマキナは愕然とした。“一分持たなかった”――? まだ? “たったの一分も経過していない”――? こぼれているのが汗なのか、涙なのかもわからなかった。ブリュンヒルデはカナードの頭部を片手で鷲掴みにし、持ち上げる。ブリュンヒルデとカナードの体躯はそれほど変わらない。だがブリュンヒルデの出力は圧倒的だった。

 もがき、腕から開放されようと暴れるカナードの肩の関節に銃口を捻じ込み、マズルフラッシュ――。通常の弾薬とは異なる、零距離発砲専用特殊弾丸……。ブリュンヒルデが構える二対の拳銃、そこには二つの銃口が存在する。紅く瞬いた閃光の直後、カナードの左腕は根元からぼっきりと折れて大地に転がっていた。真紅の爪は頭部に食い込み、マキナは腕を失った錯覚で声にならない悲鳴を上げた。口を開けたまま掠れたような音だけを出すその姿はとても弱弱しく情けなく、世界中で恐らくこの瞬間、“敗者”の二文字が誰よりも似合っていた。

 まるで煉獄の悪魔が目の前に居るような恐怖に駆られていた。マキナの背後、叫ぶニアの声ももう届かない。ぎらぎらと光る闇の中の瞳、それだけを見つめ続ける。マキナの瞳の中、あるはずのない映像が見えていた。目の前にはアテナの姿があった。アテナの表情は読み取れない。伸びた腕は奇妙なまでに細長く、そして大きな指が頭に絡みつく。視界が奪われていく――。


『……お別れね』


 アテナの声が耳元で囁くように聞こえた。ブリュンヒルデの銃口が左目に押し当てられ、マキナは震えながらその目を閉じたのだった。




「――ママは? ママはどこにいったの?」


 白い部屋の中、一人の幼い少女が立っていた。少女は一人ぼっちだった。他には何もない。部屋の中には明るい音楽が流れていた。所々音飛びする音楽にあわせ、世界にはノイズが混じっていた。

 マキナはなんとなくそれが夢のようなものなのだと理解した。女の子は真っ赤な髪に真っ赤な瞳で、真っ白な部屋の中それだけが異質な存在であるかのように浮いていた。


「ママは? いつかえってくるの? つぎは、いつあえるの?」


 少女は黒いうさぎのぬいぐるみを抱きかかえていた。ボタンで出来た片目が取れかけていた。少女はそれを引っ張り、うさぎの眼球を千切ってしまった。音はなかったし、血も流れなかった。女の子は座り込み、膝を抱えた。


「ひとりはさびしいよ、ママ……。どうしてそばにいてくれないの……? ママ……。ママ……」


 突然、世界が暗闇に反転した。闇の中に浮かんでいたのは真紅の機体だった。ブリュンヒルデはその両腕を伸ばし、小さな少女の背中を抱くように迫る。女の子はゆっくりと顔を上げた。マキナはその瞳を覗き込んでいた。きらきらと光るその瞳に映りこんだ自分の姿に息を呑む。


「ママをかえしてよ……」


 少女は泣き出しそうな表情で呟いた。


「ママを、かえしてよう……」


 ブリュンヒルデの腕が伸びる。それがマキナの頭を握りつぶす。トマトを握りつぶすように、簡単に――。夢の中、マキナは死んでいた。頭から上を失い――少女の肢体はまるでアリーナの彫像のようだった。




「――――――ッ!!!!」


 一度は消えたカナードの瞳の炎が再び燃え上がる。会場は静まり返っていた。蒼いカナードは片腕で自らへと向けられていた銃を握り締め――そして、剣さえも弾き返す鋼鉄の銃身をくしゃりと握り潰したのである。

 刹那、アテナの身体は硬直した。その一瞬を捕らえ、蹴りが放たれる。正面に向かって繰り出されたそれはブリュンヒルデの腹に食い込み、がっちりと固定されたホールドをいとも容易く解除させる。傷ついた頭部はねじれ、首は歪んでいた。コックピットの中、マキナは自らの白い首筋に爪を立てる。カナードもまたそれを真似するように首筋に手を当てた。


「……マキナ?」


 背後から聞こえたニアの声はやけにクリアだった。まるでさっきまで全ての音から開放され、世界の中でたった一人になってしまったような気分だったというのに。いや、実際には今もそうなのかもしれない。観客の割れんばかりの声援も、戦闘の騒音も何も聞こえてこない。在るのはかすかな音だけだった。脳裏に響くニアの声。マキナは振り返らなかった。

 心臓の鼓動の音と吐き出す吐息の音だけがやけにリアルだった。蒸し暑く、まるでサウナにでも入れられているような心境だった。全身が汗ばんでいる。何故かとても――。ひどく、興奮していた。

 少女が顔を上げると同時に蒼いカナードも顔を上げた。腰にマウントされていたナイフを手に取り、片腕で走り出す。猛然と、一直線に……。低い姿勢、獣のように大地を駆けずり回る。ねじれた首のカナードはまるで哂っているかのようだった。

 ブリュンヒルデが迎撃の態勢を整える。両手に構えた拳銃を連射する。しかしマキナはそれを知っていた。少女の眼球は右へ左へと何も見ていないはずなのに高速で移動していた。ニアは自分の両手が止まっている事に気づく。機体のコントロールは今、完全にマキナに奪われてしまっていた。

 ニアには最早どうする事も出来なかった。マキナは5メートルしかなかった感覚を研ぎ澄まし、周囲に広げていく。飛んでくる銃弾一つ一つの動きも数秒後の情景がクリアに想像出来た。それは未来を知るという事。アクロバティックに、しかし全く無駄もなく。マキナは銃弾の雨を交わしていく。

 銃弾を避けるようにブリュンヒルデの周囲を走り回る蒼いシルエットは低く跳躍し、モニュメントの一つでもある巨大な支柱に飛びついた。そこにナイフを突き立て、爪先と顎、ナイフを使ってよじ登っていく。支柱を盾に銃弾をかわすシルエットが様子を覗くように顔を見せた瞬間、アテナの中で何かがスパークした。

 ブリュンヒルデの腰ユニットが変形し、大型のツインレールガンが展開される。同時に両手を伸ばし、拳銃を構えた。ブースターは移動し、肩に内臓されていた機関銃が露になる。手加減をする気は一切失せていた。一斉に放たれる六門からの掃射攻撃。支柱は一瞬で砕け散り、巨大な質量が宙を舞った。白い残骸の合間を駆け、カナードが接近してくる。ナイフだけを握り締め、まるでそれが自分の存在全てだといわんばかりに猛進する。残骸の雨の中、ブリュンヒルデはレールガンを足元に目掛けて発射した。特殊合金でカモフラージュされたアリーナの大地が吹き飛ばされ、残骸が次々にカナードに減り込んで行く。マキナはコックピットの中、舌で唇を舐めていた。腰にマウントされていたナイフをブリュンヒルデの頭部目掛けて射出する。アテナはそれを拳銃で弾く。マキナは大地を転がるようにして前進し、真下からナイフを繰り出していた。首筋にそれが突き刺さったと思われた瞬間、ブリュンヒルデは片方の拳銃を破棄。膝でカナードを蹴り、その首を掴んで頭部に銃口を叩き込む。減り込んだその銃身からは連続で弾丸が射出され、四発が貫通した後、爆発と共にカナードの頭部は消失した。

 それでも腕は伸びてくる。ブリュンヒルデと組み合う形になった首のないカナード、その全身に異変が起ころうとしていた。装甲の表面、フォゾン加工が施された部分がバチバチと音を立ててスパークしていたのである。やがて光は剥離するようにして広がり、カナードは蒼い炎にも似た光を纏い始めたのである。

 ブリュンヒルデの腕を掴んだカナードの指先が滅茶苦茶に変形しながら減り込んでいく。マキナが微笑んだ。次の瞬間、アテナは眉を潜め、片腕でカナードを大地に叩きつける。そうしてその胴体を片足で踏み押さえ、足元に目掛けて紅の鬼神は銃の引き金を引いた――。




「――えっ?」


 白いベッドの上、マキナは目を覚ました。天井を見つめたまま、視線を動かす事が出来ない。ゆっくりと息を吐き、そうしてやっと自分がまだ生きている事を認識した。

 全身が汗ばんでいて気持ちが悪かった。吐き出す息もどこか熱っぽく、記憶がひどく混乱していた。ふと視線をずらして横に向けると、そこには椅子に座ったままベッドの上に身を乗り出し、マキナの手を握り締めるニアの姿があった。


「……おかしいな。わたし、エキシビジョンマッチで……。そうだ、ヴィレッタ先輩は……」


 ニアの手を握り返す。そうしてゆっくりと目を閉じた。なんだか酷く疲れていた。何もかも忘れて眠ってしまいたかった。ゆっくりと、息を吐く。ニアが傍に居る……。だからそこは、自分の知らない世界ではない。大丈夫だと言い聞かせた。ここは、自分が知っている世界なのだと――。

 マキナが眠るフェイスの救護室の向こうに見える巨大なアリーナは夜の闇に包み込まれていた。昼間はあれほどの喧騒があったというのに、今はまるで全てが夢であったかのように静まり帰っている。

 アリーナの誰も居なくなった観客席の中、一人立ち尽くすアンセムの姿があった。いや、厳密にはもう一人……。彼の先客であり、彼が探しにきた人物の姿がそこにはあった。

 観客席の一つに座り、黙って荒れたアリーナの中を見つめるアテナ・ニルギースの横顔……。そこからは何の感情も読み取れなかった。アテナは膝の上で組んだ手の指に力を込めた。アテナは何故か、一人で泣いていた。肩を震わせるその後姿に、アンセムは語りかける言葉を何一つ持ち合わせては居なかった――。


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