蒼を継ぐ者(1)
「これが、君たちが当日使用する複座カナード二機だ」
アルティールの下層にはフェイス所有の巨大なハンガーが存在し、数百機のFAが保管されています。その隅っこの所に、わたしたちが当日使用するカナードが二機並んでいました。わたしとニアが乗り込むカナードと、オルド君とリンレイさんが乗り込むカナード。エキシビジョンマッチ開催前日、わたしたちは生徒会長さんとアル君に連れられてハンガーまで機体の下見に来ていました。カナードはシミュレータで何度も見ているけど、やっぱり実物は違います。
ぴっかぴかの装甲はきらきら輝いていて、まさに新品そのものです。全長およそ20メートルの巨人――。最新汎用機のヴォータンと比べると見劣りするけれど、シンプルでかっこいいデザイン。見ているだけで惚れ惚れしてしまうような、そんな実物がそこにはありました。
流石のオルド君も実機には興奮を隠せないのか、腕を組んでじっくりと眺めながら何度も頷いています。リンレイさんは口元に手を当て微笑み、ニアは鉄柵につかまり通路から身を乗り出してカナードの顔を覗き込んでいました。
「感謝してくださいよ? エキシビジョンに古い機体なんて出せないですからね。生徒会で手配して、新品を用意したんですから」
「にゃにゃ〜! アル君、太っ腹だにゃー!」
「別に僕の一存じゃないですよ。生徒会長がそうしろっていうんで仕方なくです」
「会長さんよぉ、それは兎も角……なんでマキナチームのカナードはこんな色なんだ?」
オルド君が親指で指差すその先、わたしたちのカナードがありました。その色は目がさめるような蒼――。真っ青なカナードがそこには在りました。青空を切り取ったみたいな綺麗な色……。わたしが惚れ惚れしてしまったのもその色の所為でした。
「マキナ君はカラーオブレッドと対になるように盛り立ててあるからな。機体は当然、カラーオブブルーをイメージしたものにするべきだろう」
「こいつが蒼の後継者ねえ……。まあ、なんでそういう事になってんのか、一緒にトレーニングしたから判らねえでもないが」
そう、オルド君とリンレイさんはわたしが――“剣しかつかえない”事を知っているのです。ツインスタンドのみしか操縦できないこともご存知で、そのへんのわたしの融通の効かなさを彼らはもうそれは重々承知なのでした。
「君たちの要望に応えた装備、チューン、パーツを使用している特別機だ。カナードの中ではなかなかの仕上がりになっているだろうな」
言われてみると、同じカナードでも二機の細部は異なっているようでした。オルド君が得意とするのはホバリングタイプの脚部による独特の中距離戦闘で、装備は高火力の物がメインなのでアームパーツは大きめです。逆にわたしたちのカナードは全体的に細身のシルエットで、剣を装着出来るようにと肩の部分に専用のブレードホルダーが追加されているようです。
こうしてじっと見つめてみると、はじめてみるはずなのにどこか懐かしいような気持ちになります。蒼い蒼い、とっても蒼いカナード……。気づけば早く乗ってみたくてウズウズしている自分がいました。
ここにきたばかりの頃はFAなんて乗りたくもなかったのに、何故でしょうか。たった三ヶ月の間にそれだけ気持ちが変化したのでしょうか。FAは人殺しの道具……。でも、やっぱりそうは見えません。あの日、ブリュンヒルデを見た衝撃はわたしの中でまだ鮮明に色づいています。世界の賞賛と美しさを全て切り取って掲げたようなその機体の魅力……。実機を見て改めて思うのです。ああ、やっぱりわたしは、FAを綺麗だと感じているのだと。
「どうやら気に入ってもらえたようだな?」
「……あ、はい。なんだか、何から何までありがとうございます。会長さんが力を貸してくれなかったらわたし、きっとステージに上がる事も無かったと思うから」
「なぁに、礼には及ばんよ。こちらも手加減をするつもりはないのだからな」
扇子を振るい、会長はウィンクしながら微笑みます。そう、この人はきっと手加減をしないでしょう。それはきっと――アテナさんも同じはずです。
最強と謳われるあの人が。あの日、憧れて見上げただけだったあの人が。手を伸ばせば届く場所に居るという感触……。同じ場所に立つことが出来るという事。胸が躍ります。不思議でした。あの人の事、そんなに好きじゃないのに。わたし……戦いを楽しんでいるのでしょうか。
ヴィレッタ先輩はまだ戻ってきません。勝率は、やっぱり低いままでしょう。彼女が当日やってくるかどうか、それは判りません。でも――それでもいいと、この一ヶ月で思い始めていました。
あの人が戦わないのなら、わたしが勝ってあの人の居場所を取り返してあげればいい。あの人が戻ってこられるように、わたしが守ってあげればいい。何かを背負う戦いは、不思議とわたしの心を静めてくれます。でも心の中で何かが燃えるようで、背筋をぞくぞく何かが駆け抜けていくのです。そんな焦燥感にも似た快感を覚えるわたしは、本当は悪い子なのかもしれません。
「詳細はこのデータディスクに入っている。後で確認してくれ。明日の日程は既に伝えてある通りだ」
「にしても、もう一人参戦する予定の助っ人ってのはいつになったら顔を出すんだ? 結局あの訓練期間中一度も顔をあわせなかったが」
「それについては当日結果が出る事になる。まあこれも一種のサプライズだ」
「サプライズねえ……。ま、いいさ。このカナード、そのまま貰っちまってかまわねえんだろ? 代金としちゃあ、ピエロも安いもんだ」
そういえば結局二人には真実を話すことが出来ないままでした。でも、それでもいいかなと思うのです。やることは変わりません。やらなきゃいけないのです。言い訳も、理由も今は必要ない。終わった時の結果だけが全てなのですから。
「マキナ」
ニアが肩を叩きます。わたしはそれに頷き返しました。わたしとニアならきっと出来る。出来ないことなんて何もない――今はそう信じる事だけが、前に進む力でした。
マキナ・レンブラント、決戦前夜の日記より――――。
蒼を継ぐ者(1)
エキシビジョンマッチ当日、フェイスのアリーナは超満員の観客達で溢れ返っていた。それは生徒たちやシティの住民だけではなく、各地からフェイスの実情を調べにやってきた組織の者やマスコミ、フェイス他校の関係者などが一同に会した結果である。
それだけこの一戦が注目されているという裏づけでもあり、同時にフェイスの威光を示す絶対に失敗出来ない大舞台である事も示している。マキナやニアが思っているよりもずっとこのイベントは大規模な物であり、町中の空中モニターには会場の映像が流され続けていた。
「――――せっかく来たのに、見て行かないんスか?」
アリーナへと続く道の中、人込みから外れた場所に立つヴィレッタの姿があった。そのヴィレッタに声をかけたのはサイである。つい先ほど、会場に向かおうとしていた所ヴィレッタの姿を見つけ、道から外れたのである。
人の流れを背景に二人は見詰めあった。ヴィレッタはため息を漏らし、それから巨大なアリーナを見上げる。サイはその隣に立ち、頭の後ろの手を組んで片目を瞑った。
「あの二人、先輩の為にって一ヶ月猛特訓してたんスよ? 今でも先輩を待ってるんじゃないスか?」
「……判ってるさ。判ってるからここまで来た。だが……」
「今更何をためらうんスか? ギルドがなくなるのを黙って見過ごした後悔? それとも、この一ヶ月あの二人を無視した後悔? それとも一年前、自分が何も話さなかった後悔ッスか? どれにしたって結局後悔だ。あんた、このまま逃げてたら後悔が積み重なるだけッスよ」
空に次々と花火が上がり、その眩い光の下で影を作りながらヴィレッタは顔を上げた。サイは相変わらず感情の読めない薄笑いを浮かべ、静かに佇んでいる。何もかもを見透かすようなその視線と言葉にヴィレッタは眉を潜めた。
「……君は、どこまで知っている?」
「さあ、どうかね〜」
「あの二人も、知っているのか……?」
ヴィレッタの質問にサイは首を横に振る。それから両手をズボンのポケットに突っ込み、空を見上げた。作り物の空。青く澄み渡った空……。全ては間もなく始まってしまうだろう。ヴィレッタは何故自分がここにやってきたのか、その理由を考えていた。アテナの言葉が気になっているのか。それとも、二人の成長が気になっているのか……。
いや、本当はわかっているのだ。このままではいけないのだと。そんなことはもうずっと判っていたのだ。ただそこから目を逸らし続けていただけに過ぎない。どうすればいいのか、その答えもも判っている。ただ、問いかける事を恐れていただけで。
「サイクロニス・ヴァルヴァイゼ……。私も、元カラーズだ。君の名前には聞き覚えがあった。まさかとは思っていたが……」
「俺の事はいいんスよ。今はあんたの話をしてるんだ。あんたはカラーズを降りた……。それはアテナにブリュンヒルデを託す為でもあったんだろ? でもあんたは勘違いしてる。一年前の“アレ”は、あんただけの問題じゃない」
「“人類全ての問題”か……? 何度も聞き慣れた言葉だ」
「でもそれが事実でもある。そうやってウジウジしてる分にゃあ、あんたはラクかも知れねーよ。でもさぁ、あのへこたれ娘やねこみみ娘は今実際にがんばってるわけじゃん。先輩としてそれはどうかと思うね。それに何より――あんた自身がどうしたいんだ?」
目を瞑り、ヴィレッタは考える。自分自身が何をしたいのか――。自分が思い描いていた未来はこうではなかったはずだ。ただ、うまくいかないと。ただどうにもならないと。考えることを諦めていた。
なりたかった自分は既に遠く、どうしようもない駄目な自分だけがここに居る。まるで全ては追憶の向こうに消え去ってしまったかのように……。今は何もない。ただ、何もないのだ。
「このまま死ぬまでずっとそうやって後悔してるのも、まああんたの選択ならそれはそれでアリかもしんねーけどさ。死ぬのも嫌で、消えるのも嫌で、でも生きていたくないなんてそんなのは我侭が過ぎるぜ」
「…………そうだな。そうに違いない。君の言う通りだ。私は……裁かれたいのかもしれない」
「だったら自分の目で確かめてみたらどうなんスか? あそこで――。あんたの事を待ってる人の為に、今出来る事を」
思い出に心を寄せる。まだ全てが輝いていたあの頃……。まだ、ギルドルームに賑やかさがあったあの頃……。カリス・テラードという男がまだ生きていた頃。
少女が思い返すのはいつも彼が語っていた事だった。“やってみなければわからないだろう?” いつも彼はそう口にし、何にでも挑戦ようとした。
あまり、腕のいいライダーではなかったかもしれない。ドジも多く、どちらかといえば落ちこぼれの類だった。しかしそれでもやる時はやるし、仲間の為なら命を懸けた。気づけば彼以外にマスターは在り得ないと思うようになっていた。自分が紅の座に着いた時も、マスターの役割を引き受けることはしなかった。
彼は多くの人に愛されていた。メンバーに。友に……。彼はよく笑っていた。太陽のように笑っていた。彼が自分の手を取り、教えてくれた沢山の事……。その全てを忘れる事が出来ずに今でも胸の中に仕舞い込んでいる。
マキナを見た時、ヴィレッタは彼に近い物を彼女から感じていた。そして同時にマキナをアテナとも重ねていたのだ。少女はかつてのアテナに……そしてそのやわらかい微笑みは彼を思い出させた。だから力を貸した。彼女の為に何かをすれば、この罪も癒されるのではないかと思ったのである。だが……。
罪は癒されることはない。いつか誰かがそれを裁くことによってのみ、罪は赦されるのである。ヴィレッタは自らの断罪者にアテナを願った。紅く燃え滾るその憎しみの矛先で己の胸を貫かれる事を祈ったのだ。だが……。今も死ぬ事は出来ないまま、のうのうと生き延びている。
死ねば全てを失ってしまう。何もかも失ったと思っていた自分の中に、まだ思い出という宝石が残っていたことに気づいたとき、ヴィレッタの時計は針を止めた。前に進むことも戻ることも恐ろしくなり、ただただその場に停滞する時間が続いた。
アテナと交わした約束も、カリスが自分に向けた笑顔も、それらの思い出を重ねて守ろうとした一人の少女の事も……。思い出を振り切れれば全てを終わらせられる。そう思ったのに。
『どうして……何も教えてくれないんですか!? ヴィレッタ! 何故私に何も語ろうとしないの!?』
アテナが病室で泣きながら叫んだ言葉を今も覚えている。
『――逃げろ、ヴィレッタ……! 君は生き延びるんだ……! そしていつか、この事を――!』
彼の命が燃え尽きる時、その悲しみを今も覚えている。
何故、大切な物ばかりが増えていくのだろうか。何故人はその重みを背負って歩いていくのだろうか。初夏の風が吹きぬけ、ヴィレッタの髪を揺らした。
「ほら、行きましょーよ。ボーっと突っ立ってないで」
「……いいんだろうか。私が……そんな」
「いいも悪いも、あんたを待ってるんだ。二人に顔を見せるのが嫌なら、兎に角会場に入って見届けるくらいはしろよ。あんた、二人の先輩なんだろ?」
「先輩、か……」
顔を挙げ、ヴィレッタは悲しげに目を細めた。そうして歩き出したサイに続き、ヴィレッタもまたゆっくりと歩み出す。戦いの待つ、アリーナへ向かって……。
「……ねえマキナ。ヴィレッタ先輩、来ると思う……?」
薄暗いコックピットの中、ライダースーツに着替えたマキナとニアの姿があった。立ち上げの準備を進めているマキナの後方、ニアが不安げに顔を上げる。マキナは振り返らず、手を止めて答えた。
「わからない」
それが彼女の本音だった。勿論わかるはずもないのだ。マキナはヴィレッタではない以上、他人の気持ちなどわかるはずもない。これまでも経緯を考えればヴィレッタがやってくる可能性の方が圧倒的に低いとも言えるだろう。
だが、マキナは作業を再開する。勝率も、ヴィレッタが来る確率も、全ては神頼みにも等しい数値である。だが、マキナは疑うことを止めた。
「疑うのはさ……。すごく、簡単だと思うんだ。疑うことより信じる事の方が、きっとずっと難しいんだよ」
「……マキナ」
「だから、信じる事にしたんだ。疑い始めたらきっとキリがないよ。わたし、信じるんだ。先輩の事も……ニアの事も。ニアが一緒だからわたしは負けない。先輩を待っているからわたしは負けない。わたしは誰かの為に戦える。そういう自分を、今は信じてる――」
ERSを起動し、操縦桿に両手両足を接続する。深々と息を吐き、それからゆっくりと目を閉じた。薄暗い世界の中、希望は僅かしかない。だが、今はその不安と緊張感さえも心地よい。
自分はもしかしたら歪んでいるのかもしれない――。マキナはふと、そんな考えに至った。戦いを望み、それに胸を躍らせている自分。ニアとヴィレッタの為にと、その理由を盾に戦いを肯定する自分。
その浅ましさや醜さ、矛盾した善意と悪意を冷静に見つめているからこそ、こんなにも心が静かなのかもしれない。高揚は無く、しかし恐怖も無い。あるのはただ客観的な視点、そして……。
「……戦うんだね、実機で。上手に出来るかな」
操縦桿を通して感じられる物はシミュレータとは全く異なる。あれがただの玩具に過ぎなかった事をマキナは理解した。不安げに目を細める少女の背後、ニアが身を乗り出してマキナの顔を覗き込む。
「大丈夫だよ! ボクとマキナなら、きっとやれる!」
「……うん」
「頑張ろう、一緒に。マキナ一人にやらせたりなんかしないよ。君の背中は、ボクが守る――!」
マキナの頬に自分の頬を寄せ、ニアは目を閉じた。二人はそうして暫くの間身を寄せ、それから時間がやってきた事を合図に身を話した。起動準備を一気に進め、二人は前を見る。
ヴィレッタはまだやってこない。だがそれでもいい。やる事は変わらない。意味なんて必要ない。今ここに居る事実が真実。全ての執着は、結末にのみ帰結する――。
ゆっくりと顔を上げるマキナ。正面のゲートが開き、ゆっくりと闇の中に光が差し込んでくる。深々と吐く息は重く、まるで海中深くで泡を吐いているかのようだった。マキナは静かに拳を握り締める。その瞳は力強く、光を射抜いていた。
『さぁ〜! 皆さんお待たせ致しました! フェイスアルティール校主催、毎年恒例夏のエキシビジョンマッチの開催で御座います! 実況はわたくし! 初めましての方はこんにちは! お久しぶりの方は御機嫌よう! アリーナ、コロシアム、闘技場のバトルと言えばこのわたくし! マイクが担当させて頂きます!!』
アリーナ内に実況の声が響き渡り、観客たちの歓声が沸きあがった。二十万人の観客が一斉に騒ぎ出し、開かれた天蓋の上を数機のFAが飛行していく。アリーナ周辺は武装した式典用ヴォータンにより厳重な警備が敷かれ、生徒たちにより自主的な会場整理が行われていた。
最早アリーナでの戦いはどんなものであろうともアルティールを上げた一大イベント。他のコロニーや月からも続々と観客が集まってくるのである。交じり合い、溶け合い、最早音としか認識出来なくなったその数え切れない声の嵐の中、蒼いカナードが開かれたゲートより入場した。マキナとニアはコックピットの中から周囲を眺め、呆然とした様子で目を丸くしていた。
「何やってんだ、へこたれ……。後がつかえてんだからさっさと入場しろ」
「でもオルド君、お客さんがものすごいことになってるんだけど……」
「知るか。全部カボチャだと思え。兎に角入場しろ。俺たちまで遅れるだろうが」
「ご、ごめん……」
尻込みしながらマキナはカナードを前進させる。それに続きゲートを潜り、オルドチームのカナードが入場。それに伴い歓声はより一層高まっていく。
『ご覧下さいこの歓声! 今回の戦いの目玉でもある彼女、蒼の後継者と噂されるマキナ・レンブラントの入場に観客たちのテンションも一気に鰻上りです! 解説のアンセムさん、いよいよ始まったという感じですねえ!』
『マキナは三ヶ月前に入隊したばかりの新人ですが、非常に優秀な成績でシミュレータ試験を突破しています』
『はい! そのバトルスタイルからかつてのカラーオブブルー、ザ・スラッシュエッジの正式な後継者として蒼のカラーズになるのではないかという専らの噂ですが!?』
『それはないと思いますが、今回の戦いでどこまで出来るのかどうか、個人的には楽しみな所です』
『そ、そうですか! おっと、続けて在校生チームの入場です!!』
ゆっくりと入場ゲードが開き、真紅の期待が姿を現した。ブリュンヒルデ――。アテナ・ニルギースが狩る真紅の機体。続けて銀色のカラーリングが施されたヴォータンが姿を現す。歓声はマキナたちよりも更に大きく、アテナの人気ぶりを示していた。
『出ましたね〜!! アテナ・ニルギース、相変わらずの人気です!! 今回はエキシビジョンマッチにカラーズが参戦するという前代未聞の事態で、エキシビジョンにも関わらず観客席は超満員! 既にカラーズファンが殺到しているとの事です!!』
『本来ならばこんな所で試合をするような人間ではないですからね。アテナの実力を考えれば当然の事です』
『その紅き猟犬に対し蒼の後継者はどんな攻略法で来るのでしょうか?』
『まず勝ち目はゼロでしょう』
『ぜ、ぜろですか……。そ、それは兎も角――おや? 公式発表ではもう一人、新入生側にハンディキャップとして在校生が参戦すると聞いていましたが、姿が見当たりませんね』
場内を見渡してもヴィレッタの姿は見つからなかった。マキナは小さくため息を漏らし、しかしすぐに気持ちを切り替える。ヴィレッタはただ遅れているだけかもしれない。今は疑う時ではなく、信じる時だ。自分にそう言い聞かせた。
『結局、ヴィレッタは来なかったわね……お嬢さん』
「アテナさん……」
正面、モニターの向こうにブリュンヒルデを捕らえる。真紅の機体はゆっくりと前進し、定位置で停止した。傍らには巨大な鉄扇を装備した銀色のヴォータンが並ぶ。それに習う様にして蒼のカナード、そして灰色のカナードがラインに並んだ。
四つのFAが正面から退治する。すぐ傍でブリュンヒルデを捕らえ、マキナは目を細めた。ごくりと音を立てて飲み込んだ生唾も、震える肩も全ては意図しての事ではない。正面から見据えるブリュンヒルデには圧倒的な存在感があった。それこそ、その機体が前に立てば背景全てが真っ白になってしまう程に。
目の前に存在する強烈な存在にマキナの心は不思議と静まっていった。自らの鼓動だけが静かに響いてくる。深呼吸をして、ゆっくりと気持ちを切り替えて。
『悪いけど手加減をする積りは無いわ。せめて一分は持たせなさい――? 貴方の存在の意味、確かめさせてもらうわ』
「……わたし、負けません」
『強がりね』
「ばれてます、よね?」
返答はなかった。四つの機体がゆっくりと距離を置いていく。エキシビジョンマッチ開始のゴングが今、鳴り響こうとしていた。
〜ねっけつ! アルティール劇場〜
*主人公なのかヒロインなのか*
ニア「マキナってさぁ、眼鏡似合うよねー」
マキナ「ほえ? そ、そうかな?」
ニア「うん。てか、その伊達眼鏡はどこから入手したの……?」
マキナ「百円ショップとかで売ってるよ?」
ニア「そうなんだ……」
マキナ「わたしってほら、頭が良くないでしょ? だからぁ、眼鏡かけたらちょっとおりこうに見えるかな〜って思って〜」
ニア「…………逆に馬鹿っぽく見えるにゃす」
マキナ「がーん!? な、なんでぇ〜!?」
ニア「いや、なんか……ああもう、かわいいなあ!!」
マキナ「ねえねえ、わたしってちゃんと主人公してるかな?」
ニア「……………………」
マキナ「え? なにその沈黙」
ニア「主人公……なのかにゃあ〜……」
マキナ「えー……。がんばってるよう……。毎日がんばってるよう……」
ニア「いや、それはわかるけど主人公かっていうとちょっと……。今までの主人公が強烈すぎて……」
マキナ「でもでも、ベロニカよりは主人公してるよね?」
ニア「いや〜〜〜〜それもどうかなあ〜〜〜〜」
マキナ「へぅ」
ニア「でもさ、主人公っぽくないほうがいいにゃ」
マキナ「なんで……?」
ニア「だって、歴代主人公はみんなキチガイだから」
マキナ「――――――」
ニア「信じるか信じないかは、貴方次第です!」
マキナ「主人公っぽく……なれるかなあ……」