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君、死に給う事なかれ(3)


「相手がカラーズじゃあ、真面目にやった所で損をするだけに決まってる。わざわざ勝ち目のねえ戦いにマジで挑むほど、俺は酔狂じゃねーの」


 そう呟き、彼はため息を漏らしました。夜中のシミュレーションルーム、貸切のこの時間わたしたちは来るべきエキシビジョンに向けての特訓を行っていました。

 相変わらずヴィレッタ先輩は姿を表す気配も無く、一週間があっという間に過ぎました。結局今のわたしたちに出来る事と言えば、ヴィレッタ先輩抜きでのコンビネーションと操縦訓練しかありません。

 わたしとニアが乗り込むカナードの他にもう一機、前回の模擬戦闘試験で二位の成績を収めたカナードチームが参戦することになっているのは言うまでもありません。つまり、わたしとニア、そしてパートナーとなるカナードのチームも一緒に訓練をしていたのです。

 二位通過のカナードチームはわたしたちとは別に試験を受けた人たちで、メインパイロットが目の前で欠伸をしながら眉間に皺を寄せているオルド・ストラス君かっこ十六歳。一週間一緒に居てみたわたしとニアの感想は“めんどくさがり”で一致。


「オルド、そういう事を言わないの。せっかく皆さんがやる気になっているんですから。やれるだけのことはやったほうがいいよ」


 そんなめんどくさがりなキリク君の面倒を見ている女の子、サブパイロットのリンレイ・F・アルカルさんかっこ十六歳。物静かで優しい女の子です。不真面目なオルド君とは対照的に彼女はとっても真面目な女の子です。

 オルド君とリンレイさん、この二人がわたしたちと一緒にエキシビジョンに挑むメンバーなのです。既に三時間ぶっ通しの訓練を終え、わたしたちはくたくたでした。シミュレーションルームの隅っこにある椅子の上に座り込み、皆ぐったりしています。いつも朗らかなリンレイさんも今日はちょっとお疲れの様子です。


「皆さん、今日もお疲れ様でした。お茶でも淹れましょうか」


「にゃー……。リンレイ、いつも元気だねぇ」


「元気……でもないですが、がんばった後のお茶はまた格別ですから」


 にっこりと微笑み、リンレイさんはお茶の用意をしてくるといってシミュレーションルームを後にします。一体どこでお茶を入れているのか気になりますが、いつもかなり本格的なお茶が出てくるのでけっこう楽しみだったりします。

 残された三人でだらだらして待つことにします。オルド君は首にかけたタオルをぶら下げたままあさっての方向を向いていました。オルド君は二位通過したくらいなのでかなりの実力者なのですが、いまいち真面目にやろうという気持ちがないというか、いわゆる不良さんというか、つまり結構先行きは不安なのでした。

 そのオルド君をうま〜くコントロールしているのがリンレイさんの凄いところで、毎回訓練をサボろうとするオルド君をナチュラルに連れてくるリンレイさんのお力がなければ訓練さえもままならない状況なのです。


「……何見てんだよ、へこたれ」


「はぅっ!?」


「あのな、いちいちビビんなくたって捕って食いやしねえから、そんな泣きそうな顔すんなよ……。俺が悪いことしてるみてえだろが」


 申し訳なさそうにそう呟くオルド君。見た目はおっかないし口も悪いのですが、性格はそんなに悪くないようです。ニアもそれが判っているのか、サイ君ほど彼には突っかかって行きません。というかニア、寝てます……?

 暫くするとリンレイさんがお茶を淹れて来てくれて、夜のティータイムとなります。いつもの訓練後の流れです。ちなみにリンレイさんが淹れてくれるお茶は全然甘くないお茶で、なんかスッキリしたお味のお茶です。初めて飲んだ時はびっくりしましたが、今は結構お気に入りだったりします。


「あのう、リンレイさん?」


「リンレイ、でいいですよ。どうかしましたか、マキナ?」


「えーと……。いつもお茶ありがとうございます」


 何か他にいう事があったと思ったのですが、会話が長続きしません。旅団の人相手だったら結構最近はすらすらしゃべれるのですが、なんかこう、他の人にはまだ人見知りしてしまいます。そうやって照れながらしゃべるわたしに対し、リンレイは同じくぺこりと頭を下げ、


「いえいえ、こちらこそお粗末さまです」


 と、笑ってくれます。リンレイ、とってもいい子です……。そしてニアは完全に爆睡しています。一人にしないでぇ〜……。

 リンレイさんはとっても落ち着きがあって優しくてきれいで、髪の毛とかさらさらでいっつもにこにこなのでそんなに苦手ではないのですが、オルド君は……ちょっと苦手です。


「だから、いちいち俺を見てビビってんじゃねえよ」


「はぅ……」


「こら、オルド?」


「へいへい、わーってるよ……! 兎に角、今日の訓練は終了だ。俺は帰るぜ」


 そう言って立ち上がり、オルド君が去っていきます。わたし、このチームでうまくやってけるんでしょうか……? ヴィレッタ先輩は相変わらず姿を見せないし、ERSは使いこなせないままだし、蒼の後継者とかわけわかんない見出しで紹介されちゃっててなんかものすごい盛り上がりになっちゃってるし、なんかもう明日が来なければいいのになあとか少し思ってしまったり……。


「マキナ、大丈夫ですか?」


「はう。大丈夫です……」


「あまり根詰めない方が良いですよ。勝利に拘るのも良いですが、エキシビジョンですからね。先輩の胸を借りるつもりで頑張りましょう?」


 その笑顔が苦しいのです。そう、わたしは結局今日まで、なぜエキシビジョンマッチがタッグになったのか、その理由を二人に話していなかったのです。言ってしまえば彼女たちはわたしのワガママに巻き込まれてしまった被害者であり……そのうち言い出そうと思ってはいたのですが、なかなか言い出せずに一週間。わたし、本当にうまくやれるんでしょうか……。


「ニア、寝てしまいましたね。部屋まで運ぶの手伝いましょうか?」


「だ、大丈夫です!!」


「そうですか……? では私もこれで失礼します。マキナ、お休みなさい」


「お休みなさい!!」


 リンレイさんがいい人ならばいい人だけなんだか悪いことをしているような気分になってしまったりしなかったり……。うう、これでいいのかなあ。

 のこり三週間、期間内に何とかコンビネーションを完成させて、カラーズ一人と生徒会長を打倒しなければなりません。それこそサイ君の言うとおり、勝率は何パーセントなんだろう、って感じで――。それでもやるしかないのです。追い詰められていないというほうが、うそになるでしょう――。

 マキナ・レンブラント、特訓中の日記より――――。




君、死に給う事なかれ(3)




「それで、どうするつもりなんだ?」


「……どうする、とは?」


「決まっているだろう! あのへこたれ娘とニルギースを戦わせるんだ、何かお前にも考えがあるんだろう!?」


 ジル・バーツの声が響いたのはシティの端にある小さな居酒屋であった。繰り返すが、居酒屋である。お洒落なバーなどでは決してない。むしろ戦士たちの酒場……そんな雰囲気であった。

 ワイルドな私服姿のジルはともかく、そこまでわざわざ付き合わされたアンセムは普段通り高級なスーツでビシっと決めているのだ。言うまでも無く浮きに浮いている。その様相は宛ら、異国に迷い込んだ旅人……あるいは仲間を求めて初めて酒場に入った勇者といった所か。

 豪快にジョッキでビールを飲み干すジルの傍ら、アンセムは申し訳程度にワインを嗜んでいた。彼がこんな場末の酒場的な場所にやってきたのは勿論ジルに誘われたからである。忙しいので拒否しようとしたのだが、ジルに拳銃を突きつけられ、そのままここまでつれてこられてしまったのだ。

 しかし彼は特にそれを嫌がっているわけでもない。アンセムとジルは既に長い付き合いになる。ジルが強引な女であることをアンセムは認識しているし、ジルもそれで押し通せるとアンセムを認識していた。つまり――それは一般人からは納得できない暗喩での同意なのである。

 話を戻す。何故彼と彼女がこうしてこの店に入ったのか、その理由はジルがアンセムを誘ったからだ。では何故ジルはアンセムを誘ったのか? それは例のエキシビジョンマッチが二週間後に迫っていたからである。


「ニルギースは絶対に手加減なんぞしない娘だ。その戦闘力は私やお前と比べてもほぼ同格……。いや、機体性能で言えばあちらのほうが上だな。それをエキシビジョンに持ってくることが既に問題だ。新入生を殺すつもりなのか?」


「それを私に言われても困るが」


「お前はマキナ・レンブラントとアテナ・ニルギース、両方の保護者だろうが! それにお前は生徒会を監視し、行き過ぎた特権行使を防ぐ教師側からの監察官でもある! 何の意味もなく生徒会に出入りしているとでも言うのか?」


「違う。そもそも私は滅多に生徒会室になど入らないからな」


「なお悪いだろうっ!?」


 木製のカウンターを力いっぱいたたきまくるジル。強面の店長が冷や冷やした様子で二人を遠巻きから眺めていた。ジルは以前、カウンターテーブルを叩いて壊したこともある。店長が心配するのも無理はなかった。


「保護者として生娘を二人も預かっている以上、お前はその監督義務があるはずだ。それとも何だ? 生娘二人にパパ〜とか呼ばれて悦に浸っているような危険性癖なのか、お前は。ロリコンか?」


「ロリコンは悪い事ではない。愛の形は千差万別だ」


「…………まさか、本当に……?」


「私がそうだと言っているわけではない。ただ、そうした差別的考えが人の心を苦しめる事もあるという事だ」


 ワイングラスを傾け、真面目な表情で語るアンセム。ジルはビールを飲みながら少しだけ想像を張り巡らせて見た。アンセムが真ん中に立ち、左右にマキナとアテナが立つ。二人はアンセムの腕を取り、引っ付いていた。それでニヤニヤするアンセム……。非常に不気味である。


「いや、お前がニヤニヤしている時点で既に不気味すぎる」


「ん?」


「こっちの話だ! それよりいい加減真面目に答えてもらおうか。この二週間、公表からずっとお前にこの件で話をしようとしてきたが、いつもの如くのらりくらりとかわされてしまってきたからな……。今日はどこにも逃がさんぞ。眠れないと思え!」


「……成る程。君は余程今回のエキシビジョン、気に入らないと見えるな」


「当然だろう!? 笑い事で済むとでも思っているのか? 生徒の今後に関わる重要な一戦になる。レンブラントにとっても、ニルギースにとってもだ」


 ジルの表情と口調は至って真面目だった。彼女の心境を察し、アンセムは静かに目を細めた。

 マキナとアテナの戦い、それは様々な背景を持つ。ジルは知らない、マキナは旅団とヴィレッタの為に戦おうとしているという事実も、またその背景の一つである。だが――。


「いずれにせよ、それが早かったか遅かったかというだけの話だ」


「……何?」


「マキナは大成する器だ。いずれはカラーズの座にさえ辿り着くかも知れん。アテナはそんなマキナを放ってはおかないだろう。戦いは運命だ」


 マキナ・レンブラントという一人の少女がいる――。その少女の周囲には様々な運命が渦巻き、その渦に引き寄せられてアテナは彼女を無視出来ない……。確かにその考えは間違いではないだろう。アンセムがそう語る以上、それはきっと嘘でも幻でもない。

 気弱な少女。内気な少女。しかし彼女の本質は誰もが息を呑むほどに冷たく、そして限りなく闇に近い蒼に執りつかれている。生まれた時から彼女はそうなるべくしてそう在ったのだ。その運命はもう、アンセムにもどうしようもないのだ。


「君も、マキナに期待しているからこそ、二人を戦わせたくないのだろう? “まだ早すぎる”……それも事実だ」


 アンセムの一言。ジルはジョッキを置いて茹でたソーセージを口に放り込んだ。そう、まだ早すぎる……。マキナはきっと高いところにまで飛んでいく翼を持っている。だからこそ、それをこんなところで傷だらけにしてしまいたくはないのだ。

 マキナが触れる全てを優しく包む光なら、アテナは触れる全てを焼き尽くす光という言葉が的確である。誰かに優しくしたいという気持ちを原動力に生きているマキナと、その反対、誰かを否定したいという気持ちを原動力に生きるアテナ……。二人は実力的な問題のほかにも性格的に戦わせてはならないような、そんな予感を齎すのだ。そしてその悪夢にも似た予感が外れたことは、彼女の人生の中で一度たりともなかった。


「……対外的な意識を破壊と拒絶に向け、自己の安定を維持しているアテナ。外部に対する慈しみの意識とその応酬を、自己の意義としているマキナ。二人はどこまでも対照的だ。交わることは、本来ならば絶対に在り得ない」


「判っているなら何故戦わせる……? 下手をすればマキナだけではなく、アテナも駄目になるぞ……?」


 マキナもアテナも、二人とも心が安定していない。非常に壊れやすいバランスの上に成立している人格なのである。二人はどこまでも対照的であり、同時に同一の痛みを抱えている。触れ合えば必ず反発し、傷つけあう。そういうものなのだ。


「だからお前は二人と一緒に暮らさず、別々に住まわせている……。極力接触しないように、二人には必要最低限の情報しか与えず……。それも、“先生”の遺言か?」


「……ジル」


「お前はいつもそうやってはぐらかすばかりだ……! その余裕、命取りになるぞ。あの時のようにな」


 立ち上がったジルは一息でビールを飲み干し去っていく。アンセムは深くため息を漏らし、それから眼鏡をはずしてそれをそっと掌で包み込むように握り締めた。

 勿論、アンセムとて危険は承知なのだ。だが急がねばならない。マキナとアテナ、二人の運命を早く交わらせねばならない。たとえそれで、二人にどんな危険が降りかかろうとも……。成すべき事を成さねばならない。


「“見返りを求めない”――か」


 ジルに続く形でアンセムも席を立った。そこでようやく気づく。ジルは代金の支払いをしていかなかった。手元に残った伝票を手に取り、アンセムは二度目のため息を漏らした。




「――――!? アテナ……? どうして、ここに……?」


 真昼の太陽の下、アテナ・ニルギースは黒いミニスカートを翻しながら颯爽と振り返った。燃えるような真紅の紙が風に靡き、ヴィレッタの心の中の眠っていた記憶を呼び覚ます。

 フェイス共同墓地の墓標の中、丘の上で向かい合うヴィレッタとアテナの姿があった。二人の間を風が吹き抜けていく。ヴィレッタの脳裏を過ぎる思いは――全てが疑問の一言だった。

 あの日、二人の道が分かたれた瞬間からアテナは決して過去を振り返る事をしなかった。振り返った所でそこにあるのはただ辛く悲しい後悔だけだと知っているから。最早取り戻せないのならばそれせも否定して、ただ明日出来る自分へと進んでいく。そうする他に彼女には道が見えなかったのだ。

 ヴィレッタが過去に後悔することを選び、アテナが前へと進むことを選び、そして二人はこの場所で交わることは無かった。今と過去、その二つが交差するこの場所に二人がこうして向かい合っている事……。それはとても奇妙な状況だった。

 

「旅団の墓参りよ。他に何かこの場所に用事でもあると思う?」


「い、いや……。その通りだが……」


 アテナは片手を腰に当て、ヴィレッタから視線をはずして墓標を見下ろしていた。“カリス・テラード”――。かつて旅団を率いた男の名前。それを見下ろし、アテナはぎゅっと拳を握り締めた。ギルドマスターカリス……。彼こそ、普通ならば絶対に他人とつるむことの無かったであろうヴィレッタとアテナ、二人をギルドに引き込んだ張本人であった。

 当時のヴィレッタは外部に対する恐怖から拒絶を。アテナは自己の肯定の為に拒絶を……。二人は似たもの同士だった。否定しなければ生きられない悲しい生き物。だからこそ惹かれ合った。


「私、貴方の事恨んでるわ」


 ぽつりと呟くアテナの一言。浅く鋭く、肉を切るような痛みを覚える。ヴィレッタはただ黙し、目を閉じた。


「一年前のあの日、何が起きたのか……。気にしていないと言えば嘘になるわ。ううん、きっとこの件に関しては、私も私が判らない。だから全てが嘘であり、同時に真実でもある。貴方にとってそうであるように、私も同じ事だわ」


「…………私を責めに来たのか」


「他に用も無いわ。改めて問いかけてみたくなったのよ。“何故”? “あの日、何があったの”――? 貴方が答えないと知っていても、ね」


 ヴィレッタは目を開き、アテナの横顔を見つめた。一年前とは何もかもが違う。二人は決定的にねじれた線の先にある点である。もう、あの頃には戻れない。


「――ヴィレッタ。あの子……マキナ・レンブラントが何をしようとしているのか、貴方も知っているでしょう?」


 答えられなかった。だが、答えは判り切っている。町中にその話は広がっているのだ。ヴィレッタとて目にしないわけがない。勿論知っている事だ。マキナが自分の為に何をしようとしているのか……。


「あのお嬢さん、事もあろうに私に挑むそうよ。パートナーはキリュウ……。キリュウの実力は知っているわよね。カラーズに執着がないだけで、彼の腕は一流よ」


「……マキナに勝ち目はない。だからエキシビジョンはそれで終わりだ。意味なんて、ない」


「――そうかしら」


 アテナは振り返り、赤い瞳でヴィレッタを見つめる。二人は見詰め合う。アテナは目を細め、口元を歪めるように小さく微笑んだ。


「私、あの子を殺すわ」


「――――えっ?」


「聞こえなかった? あのお嬢さん……マキナ・レンブラント。あの子を殺すわ」


「な、何を言ってるんだ……? 正気か……!?」


「別に何もおかしなことなんかじゃないわ。FAは人殺しの道具、ライダーは人殺し……それを生業にして生きている。私も貴方も、数え切れない命を貪って来たわ。人は必要以上に殺し、必要以上に求め、必要以上に悦ぶモノなの。彼女を殺し、貴方の悲劇を求め、私は哂う事にした――ただそれだけの事よ」


「アテナッ!! 冗談にしても、言って良い事と悪い事がある!!」


 ヴィレッタの怒声が静かな墓地の響き渡り、二人の向かい合う構図は再会から対立へと意味を変えた。眉を潜めるヴィレッタを見つめ、アテナは目を細めた。


「貴方にそんな事を言う資格なんてないでしょう? 仲間を見捨て、私と向き合う事を拒絶した――。いいえ、それで正しいのよ、きっと。私も貴方も、誰かを否定する事でしか生きていけない生き物なのよ」


「違う……!」


「貴方が何を言ったところで意味なんてないのよ、ヴィレッタ。貴方は逃げてここにいる。逃げている限り、人は耳を貸さないわ。意味を持たない言葉はただの音よ。どちらにせよ、貴方には何も出来ない。“公開処刑”を楽しみにしていると良いわ。貴方を思って貴方の為に戦う後輩が、私に引き裂かれる瞬間を、ね」


 拳を握り締めるヴィレッタ。アテナの言葉は全てが的を射ている。何一つ、微塵も反論は出来ない。アテナは自分を恨んでいる。もしかしたら本当に――マキナを殺すかもしれない。

 アテナが脇を通り抜け、去っていく。ヴィレッタは恐怖で振り返ることが出来なかった。アテナならやる。きっとやる。言葉にした以上。彼女は実行に移すだろう。

 去っていく。振り返って引き止めなければならない。頭ではわかっている。しかしそれは、それは――。その場に膝を着き、ヴィレッタは俯いた。アテナもまた振り返らなかった。振り返らずとも、判っていた。


「――臆病者」


 呟いた言葉はアテナ自身が驚く程寂しげだった。静寂だけが残る丘に、ヴィレッタは一人で取り残されていた。彼女の心、その在り処を示すように……。


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