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君、死に給う事なかれ(1)


 生徒会さんの助力もあり、わたしたちはヴィレッタ先輩の居そうな場所を転々とする事になりました。

 先輩の自宅にも行ってみたし、旧旅団のギルドルームにも行って見ました。そして最後に向かった場所は、シティのはずれにある墓地でした。

 人工芝の丘の上、いくつもの十字架が立ち並んでいます。そこはフェイスが管理する専用の集合墓地で、沢山の傭兵たちの墓標が並んでいます。

 ヴィレッタ先輩はその墓標の中、夕焼け空に照らされて背中を向けていました。わたしたちは三人で先輩の所まで駆け寄り、声をかけます。


「先輩っ!」


 振り返った先輩はやはり驚いているようでした。それからすぐに申し訳無さそうに視線を反らします。ニアとサイ君を背後に、わたしは前に出ました。


「マキナ……。どうしてここに?」


「キリュウさんに聞いたんです。その……。旅団の人たちのお墓があるって」


 ヴィレッタ先輩の目の前には、一つの墓標がありました。十字架には“カリス・テラード”という名前が刻まれています。カリスさんの事も、少しだけ聞く事が出来ました。カリスさんは、旅団のギルドマスターだった人で――。ヴィレッタ先輩と一緒に出撃して、帰ってこなかったとか。

 先輩はわたしたちを見つめます。風が吹きぬけ、先輩のコートの裾が揺れました。目を瞑り、それからヴィレッタ先輩は頭を下げていいました。


「……すまなかった」


「……先輩、謝るだけじゃわかんないですよ……」


「すまない……」


 先輩は何も語ろうとはせず、ただそう繰り返すだけでした。振り返るとニアとサイはなんともいえない表情を浮かべています。勿論、先輩を責めるようなつもりは全くないのです。しかし――。


「私と一緒に居ても、お前たちに明るい未来はないんだ。ギルドなら、他のところを当たった方がいい。旅団はもう、解体されたはずだ……」


「……確かに旅団は解体されました。でもわたし、それでヴィレッタ先輩ともお別れなんて嫌なんです!」


「ボクたちは先輩のお陰でこうして無事に試験にも合格出来たし、まだまだ学びたい事が沢山あるんです。それに……先輩はもう、仲間じゃないですか」


「仲間……」


 先輩はそう呟き、それから墓標に目を向けます。見渡す限り広がるシティの街並みと喧騒は、全て遠い世界の出来事のようでした。今はただ、先輩と先輩の前にある墓標だけが世界の中心になってしまったかのように……。全てが静寂に満ち満ちていて、そして少しだけ寂しい風が吹きぬけていきます。


「先輩にかつて何があったのか、俺たち聞いちゃったんスよ。だからもう、隠すこともないんじゃないスか?」


「……だったら尚更戻るわけには行かない」


「なんでですか!?」


「怖いんだっ!! 私は……もう誰とも一緒に居たくない……! 私にとってFAを操る事は存在の全てだった。だが……私が守りたかったものは……。私が救いたかったものは……! 愛した全ては消えてしまった!」


 先輩は叫び、泣き出しそうな表情で墓標の前に膝を着きました。その悲痛な背中に、どんな声をかけることが出来たのでしょうか。わたしは彼女にかける言葉を持たず……そしてそれはニアとサイ君も同じでした。

 誰も何もいえないのです。先輩の心に巣くっている物は、そんな簡単に消し去れるようなものではないのでしょう。きっとヴィレッタ先輩は、とても強い人だったのです。でも今は――そう、今は。心の中の暗闇の所為で、恐怖に取り付かれてしまっているだけなのだと。


「残されるのはただ緩やかな失意と絶望の日々だけだ……。穏やかに死んでいく……。ただ、それだけだ……!」


「先輩……」


「私だって、お前たちと一緒にやり直したかった!! でも駄目なんだ……! 怖いんだよ!! もう、いいんだ……。旅団が無くなって、逆に諦められる……。私は……もう、いいんだ」


「先輩っ!!」


 一度も振り返らず、先輩は走り去ってしまいました。それを追い掛ける事も出来ず、そしてきっと追いついたところでどんな言葉をかければいいのかわたしはわからなかったでしょう。

 結局ヴィレッタ先輩は戻ってこないまま、わたしたちはただ墓地を後にしました。暗くなってきたシティを歩きながら、思い出したようにサイ君がぽつりと呟きます。


「――でもさぁ、ライダーが死んだら、きっと死体なんて回収することさえ難しいんだろうな。きっとあの十字架の下――埋まってる方が珍しいんだぜ」


 そう、ライダーの戦場はエーテルカナルの上――。光の運河の中、朽ちて消えて解けてしまうのがライダーの最期としては無難なのでしょう。先輩一人だけしか生き残れなかった負け戦ならばきっと、仲間達の死体さえ取り戻す事は出来なかった事でしょう。


「したらよ、先輩は一人で誰もいない十字架の上で生きてるんだよなぁ。それって時間の無駄だよな」


「――サイ! そんな言い方!」


「でも事実だろ? 祈っても誰も居ないんだ。死んだ人間はどこにもいない……。だから、あの先輩にはもっと別の方法があるんじゃないかって、俺はそう思うけどねえ」


 そうして足を止め、サイ君はそのままレコードショップに姿を消してしまいました。ニアは少し怒った様子でしたが、でもわたしは彼のいう事が正しいのだと思いました。

 多分本当はニアも判っているんです。死んだ人間の墓標の前にかじりついて、過去の事ばかりを思って泣いていたって絶対に幸せになんかなれないんです。わたしだってそう……皆同じなんです。人は一人きりでは生きられなくて、そして大切な物を失って行く。それがどんなに死んでしまいたくなるくらい胸を鋭く貫こうとも、その事実を背負って明日を生きて行くしかないのです。そうしてがむしゃらになって、傷だらけでも進んだ明日にはきっと良い事があるはずだから。

 少なくともわたしはここに来ていい事だらけです。ニアに出会い、ヴィレッタ先輩に出会いました。それはとても素敵な事なのです。明日を生きようとしなければ絶対に得られなかった物なのです。ヴィレッタ先輩にそれを伝えたいのに、わたしは上手に喋る事が出来ませんでした。馬鹿なマキナの頭では、先輩を説得できるような上手な言葉は見つからなかったのです。


「……胸が苦しいね、アポロ。ずきずきするんだ。とっても熱いんだよ、心が」


 鞄からアポロを引っ張り出し、ぎゅうっと抱きしめます。今の自分に出来る事……。先輩の為に、出来る事……。考えてもその答えは簡単には見つかりません。


「なーんかさぁ……。ちょっと、切ないよね」


「うん……」


「ヴィレッタ先輩は一人ぼっちで、一年間ずっと辛かったんだろうなって考えると、なんかこう、上手くいえないけど……」


「そうだね……。ヴィレッタ先輩には、いっぱいいっぱい助けてもらったもん。今度はわたし、ヴィレッタ先輩を助けてあげたい」


「難しいのかもしれないよ。ボクらは結局の所部外者だからね。先輩を変える事が出来るのは、やっぱり先輩と親しい人なんだろうし……」


「だから考えようよ。ギルドはなくなっちゃったけど、でもお陰で時間は沢山あるんだから。いい方法が見つかるまで、考えればいいよ。そうして少しでもいい方向に転がっていけるなら、それだけでもういいんだと思うんだ……」


 マキナの腕の中、うさぎが小さく鳴き声をあげる。ニアは意を決したように頷き、そして背後からマキナの背中を強く叩いた。


「手伝うよ、マキナ! なんでもやってみよう! 大丈夫、きっとなんとかなるって!」


「ニアがそういうと、なんか本当に出来る気がしてくるから不思議だよね」


「出来る出来る、やれるやれるなんでそこで諦めるんだ頑張れ頑張れもっと頑張れ積極的にポジティブに頑張れ!!」


 なんですか、それ――。


「とにかく寮に戻ったら作戦会議だにゃ! うおおおおお! やるにゃあああっ!!」


「うんっ!!」


 誰かの為に何かをしてあげたいっていう気持ち、それが胸の中にあればきっと少しずつ悪い今を変えていけるんだと思うのです。

 ニアがわたしにそうしてくれたように、わたしもまた誰かを守り救える存在になりたい。そう願う事は、身の丈にあわない生意気な考えなのでしょうか? でも、それでもいいんです。

 そうしていつか過去を振り返った時、その時の自分を馬鹿馬鹿しいって思ったとしても……。その時一生懸命にやっていれば、きっとそれは無意味なんかじゃないと思うから。

 寮へと続く道を一緒に走り出しました。まだわたし、何も諦めてなんかいませんから――!

 マキナ・レンブラント、先輩復活計画の日の日記より――――。




君、死に給う事なかれ(1)




「私、マキナ・レンブラントに会いました」


 そんな言葉と同時にアテナは顔を上げた。アンセムが運転する車の助手席に座り、アテナは視線を彼へと向けずに流れて行く夜景を瞳に映し続ける。

 静かな夜だった。アテナとアンセムは食事を終え、共に帰宅している所である。アンセムとアテナが帰る家は同じ、マンションの一室、アンセムの部屋である。二人はもう随分と前からそこで一緒に暮らしており、それは最早日常の一部として溶け込んでいる。

 しかし、アンセムは忙しく部屋に戻ってこない日も多い。アテナはその部屋を自分とアンセムの家だと認識してはいたものの、一人の夜を過ごすことは多かった。今日アンセムが食事に誘ってきたのは、普段ほったらかしの妹分への詫びの気持ちもあったのだろう。

 そんな楽しい食事と邂逅の夜、しかしアテナの顔色は優れなかった。アンセムはミラーでそれをちらりと確認し、少女の言葉を待つ事にした。


「……まるで生き写しでしたね」


「そうだな」


「兄さんは、彼女をどうするつもりなんですか?」


「というと?」


「惚けないで下さい……。何の必要もないのなら、彼女をアルティールに呼び出す事も無かった筈です」


「それが彼女との約束だった。私はただ約束を守っただけだ」


「……本当に、ただそれだけなんですか? 兄さんは彼女を、代役にしようとしているのでは……」


「――――アテナ」


 アンセムの声にアテナが黙り込んだ。唇を尖らせ、いじけたような様子でそっぽを向く。その様子は普段彼女が周囲に放っている拒絶の表情とは一線を画す物であった。アンセムは普段と全く変わらない表情で続けた。


「彼女の代役は誰にも務まらないさ。蒼の席は永遠に空席だ」


「…………兄さんが望むなら、私だって」


「余計な事は考えなくて良い。お前はお前の人生を生きろ。それだけで充分だ」


 シートの上、膝を抱えるアテナの姿があった。アンセムは一度もアテナを見ようとはしない。ずっと傍に居るはずなのに、その距離感は果てしなく遠く、触れられるはずのその姿はまるで幻影のように少女の瞳に映されていた。

 そう、誰も自分に触れようとはしてくれない。だから自分からそれらを拒絶する。ふれあいと温もりに飢えている自分が嫌いだから。他人を拒絶し、孤高を演じる自分に酔いたいのだ。文字通り、アルコールが如く――。

 目を瞑り、もうそれ以上何も言おうとはしなかった。アンセムはきっと何も言わないだろう。この気持ちを知っても知らずも、彼は手を伸ばす事をしないだろう。大丈夫、判っている。知っている上で、自分はここにいるのだから……。




「ヴィレッタ先輩をその気にさせるには、やっぱり旅団を復活させるしかないと思うんです」


 マキナの提案にニアとサイは概ね賛成であった。概ね――つまり、ほぼ賛成だが一部賛成しかねる部分があるという事である。しかし二人は一先ずマキナの話を最後まで聞く事にした。

 ヴィレッタ・ヘンドリクスという少女が旅団に拘っていたのは、旅団そのものというよりもかつて自分が守れなかった旅団の人々に拘ってという事である。彼女は誰もいないあの部屋の中にだけ自分の居場所を求めていたのである。

 それは全くの無意味であり、既に失われてしまった命が戻る事は無く、そして彼らを救えなかった責任が彼女にあるとも限らない。それは既に三人の総意であった。過去を振り返ってばかりいても、明日は見えてこない。そんな当たり前の事でも、しかし何も見ようとしない人間の前ではとても難しい事なのである。

 ヴィレッタは今、考える事を自ら放棄している。マキナはその気持ちがよく判った。それは傷つく事を恐れる人間として当然の感情なのだ。痛みがまだ胸の中でじくじくと痛んでいるからこそ、それを解き放つ事が出来ない。もう嫌だと全てを投げ出したくなる。


「結局先輩は、ただ立ち止まってしまっているだけなんだと思うんです。誰かが手を引いてあげれば、車輪は勝手に回りだします。少しだけの力があれば、彼女は自分の力で歩き出せると思うんです」


 何故敬語――? というのは二人共気になったのだが、どうもマキナは真面目な話をするときにはつい敬語になってしまう癖があるらしく、それも仕方の無い事である。話の腰を折る必要もない。割合。


「わたしも、ニアが手を引いてくれたからこうして学校に通う気にもなったし、他人と関わっていく気になれたんです。ヴィレッタ先輩もそうです。わたしを引っ張ってくれました。だから、ヴィレッタ先輩を助けてあげたいんです」


「そりゃあ判ったけどよぉ、旅団が復活した所で先輩も復活するとは限んねーだろ?」


 サイが手をひらひらと振りながら問い掛ける言葉、それもまた真理である。旅団の復活――。確かに安直な考えである。ヴィレッタが固執しているのは旅団そのものというよりそこで失ってしまった仲間、そして過去なのだ。旅団が新たに復活したところで、それはギルドが復活しただけにすぎない。その疑問はニアの中にもあった。だが、マキナは揺るがずに話を続ける。


「先輩は元カラーズ……。紅の席に収まっていた程の人です。その気になればもう、それはもう、なんかもう、とってもすごいはずなんです!」


「そうだにゃ」


「だろうなー」


「でも先輩はカラーズを辞めちゃいました。それは何故でしょう? はい、サイ君!」


「はい先生! 現在のカラーオブレッド、つまりアテナ・ニルギースに敗北したからです」


「その通りです! サイ君はとってもおりこうですね〜!」


 これは一体どういう事なのかわからないが、マキナが先生役になっているらしいということだけニアは理解した。サイはその流れに乗って生徒役という事になっているらしい。マキナは鞄の中から伊達眼鏡を取り出し、さり気無く装着した。もしかしたら先生役がやりたかったのかもしれない……何となくニアはそう思った。


「アテナ・ニルギースさんは、ヴィレッタ先輩にとっては唯一の元旅団メンバーの生き残りなんです。彼女と仲良く出来れば、少なくとも過去を一緒に乗り越える事は出来るんじゃないかと思うんです」


「……マキナの言う通りかも。それで一緒にって上手く行くかどうかはわかんにゃいけど、少なくともただ悪いだけの思い出じゃなくなるよね」


「そうなのです! それに先輩も、アテナさんが頑張ってるっていうのを見せて、それで〜」


「先生、ちょっといいッスか?」


 マキナの言葉を遮り、サイが手を上げる。サイはそのまま立ち上がってマキナの眼鏡を奪い、装着した。ションボリした様子でマキナは席に着いた。


「あ〜、おほん……! ちなみに諸君らは、何故あの二人の仲が悪いのかご存知かね?」


「そのキャラは何なのにゃ……」


「先生、わかりません!」


「マキナ君はへこたれ娘だな〜。しょうがない、廊下に立ってなさい」


「はうぅ……」


 マキナが立ち上がり、しょんぼりした様子で立ち尽くす。ニアがあきれた様子で沈黙する中、サイは指を弾き話を再開した。


「話は一年前に遡る……。それは、旅団解体直後、カラーズにアテナが挑む事になった頃の話だ」


 当時、旅団最後の作戦に参加したヴィレッタは重傷を負っており、当時彼女の愛機であったブリュンヒルデもまた中破の状態にあった。当然ヴィレッタは即座にフェイスの病院に入院させられ、それから暫くの間生死の境を彷徨ったのである。

 しかし、カラーズに挑む側であるアテナは機体の最終調整の為旅団最後の作戦には参加しておらず、ヴォータンも彼女自身も万全の状態にあった。当然アテナはヴィレッタのところに駆けつけた。当時の二人はそれこそ姉妹というほどに仲が良かったのである。


「ほへー、そうだったんですか……」


「うむ。だが、ここでアテナ・ニルギースは予想だにしない言葉を耳にするわけだ」


 病室に何度も見舞いに行っていたアテナであったが、予定していたアリーナでのカラーオブレッド決定戦は既に刻一刻と近づいていた。アテナは焦り、しかしその事はもう全く頭に無かったのである。

 そうして漸くヴィレッタが目を覚まし、アテナはそこで衝撃の事実を耳にしたのである。ヴィレッタは仲間を見捨て、一人だけ生き残ったというのだ。勿論アテナは信じなかった。ヴィレッタは当時からサブマスターの立場にあり、仲間達を常に思いやっていたからだ。

 しかしヴィレッタはアテナにそれ以上何も語ろうとはしなかった。アテナは真相を知りたがったが、その当時のヴィレッタはまるで死人のようだった。口を開く事は無く、そして戦いの日は迫っていた。

 アテナは当然、カラーオブレッド決定戦の延期を願い出た。しかしカラーズ決定戦はアルティールだけの問題ではないのだ。デネヴ、ベガ、全てのフェイスの注目するその一線を延期する事など出来るはずもなかった。

 カラーオブレッドを辞退しようとするアテナに対し、ヴィレッタは決定戦には何とか間に合わせると告げたという。アテナはそれを信じ、最高のチューンナップで決戦の日に挑んだ。ヴィレッタが負傷している事は判っていたし、ブリュンヒルデが全快で無い事も知っていた。だが、カラーオブレッドの負傷は世間に伝えられる事は無く、そしてそれをしてしまう事はアルティールの沽券にも関わる事だった。

 決定戦は強行されなければならなかった。それだけは避けられなかったのである。だからアテナはせめてヴィレッタに応える為、全力でそれに挑む事を決めていたのである。だが――。


「ヴィレッタは、殆ど本気で戦わなかったそうだ。そして途中で棄権――。あっさりとアテナはカラーオブレッドになってしまったのだ」


「でも先生、それはだって……」


「うむ。ヴィレッタは当時負傷したまま、ブリュンヒルデもまた万全ではなかった。途中で辛くなって棄権したとしても、それは仕方の無い事……そうも考えられるな」


「――でも、アテナ・ニルギースはそうは思わなかったんだね?」


 ニアが口を挟む。そうしてサイは眼鏡をはずし、マキナに返した。席に着いた三人の中、改めてサイは話を続けた。


「アテナ・ニルギースは、滅茶苦茶プライドの高い女らしい。自分の事を馬鹿にされたと思ったのかもしれねぇなー。それに、ヴィレッタは何とか間に合わせる、全力でやろうって約束をしたんだ。仲間の死の真相を語らず、自分に手加減したヴィレッタをアテナは許せなかったのかもしれねぇな」


「……アテナ・ニルギースが、先輩の事を想っていれば居るほど、その反動で憎しみが深くなると……」


「そんな……」


 三人の上に重い空気が圧し掛かった。マキナはアポロを鞄から引っ張り出し、その耳を齧りながら考えた。アテナにヴィレッタを励ましてもらおうにも、そう出来る状況ではない。いや、むしろそう出来ないからこそ、ヴィレッタは行き詰っているのかも知れない。

 考えてみる。心を開け放ち、信じているニアが自分を対等に扱ってくれなかったら……。それはきっと、とても悔しくて悲しい事だと思う。信じているからこそ、友達だと思うからこそ、その絆だけは絶対に穢してはならない。そういうものもあると思うのだ。

 アテナの怒りを理解出来ないわけではない。ヴィレッタは何故、何も語ろうとしないのか? やはり問題はヴィレッタにあると思う。彼女は手放してしまった物を取り戻そうとしない限り、状況は決して好転したりはしないだろう。


「ていうかサイ、よくそんなの知ってたね? ボクも結構調べたつもりだったんだけど、全然わかんなかったよ」


「ん? ああ、まあちょっとねぇ〜」


 サイはそれ以上何も答えようとはせず茶を濁した。マキナは暫く考え込んだ後、突然立ち上がる。その様子にサイとニアは目を丸くしていた。


「――――だったらさ、戦えばいいんだよ!」


「「 は? 」」


「アテナ・ニルギースと、戦えばいい! そうでしょ!? 出来なかったならもう一度やろうよ!! 過去を払拭するには、それと向き合うしかないよ!」


 マキナの提案に二人は顔を見合わせる。確かに安直な考えではあるが、その通りでもある。出来なかったならやりなおせばいい……。勿論そう簡単に済む事でもないとは思う。だが、少しでも、僅かでも取り戻せるものがあるのならば、やるだけの価値は皆無ではないだろう。


「いんじゃね? まあ問題は……」


「アテナ・ニルギース……。説得できるかどうか、だよね」


 ニアが腕を組んで溜息を漏らす。しかしマキナは眼鏡を装着し、人差し指を立てながら笑った。


「それなら大丈夫。わたしにいい考えがあるんだ!」


 ほにゃっと柔らかく笑うマキナ。その様子はどうにも頼りなかったのだが――。二人は彼女の提案に従う事にした。向かう場所は生徒会室――。キリュウ・オウセンの元だった。


〜ねっけつ! アルティール劇場〜


*マキナ観察日記*


「マキナってさあ、いっつも日記書いてるよねえ」


「ふえ?」


 それはある日の夜の出来事……。ボクことニア・テッペルスはルームメイトのマキナ・レンブラントと一緒に薄暗い部屋の中に居ました。

 既に部屋の電気は落とされており、ボクはパジャマ姿でベッドの上をごろごろしているのですが、マキナはいつもボクがごろごろしている間一生懸命日記を書いているのです。

 デスクライトの下、マキナが顔半分だけ明かりに照らされて振り返ります。そう、マキナと日記帳は一心同体と言っても差し支えないほどです。立ち上がり、マキナの背後に立つと彼女は机に突っ伏すようにしてそれを覆い隠しました。


「な、なんだよう〜……。みるなよう〜……」


「そんなテレなくてもいいじゃにゃいか。いっつも書いてるんだし、親友のニアさんに見せてみんしゃい!」


「やだよう! 恥ずかしいもん、絶対いやっ!!」


 こうなるとマキナは頑固です。ていうか結構頑固です。マキナはこう、ものすごく恥ずかしがりやなのはわかっているわけですが、たとえば一緒にお風呂に入ろうとしても、


「恥ずかしいからだめーっ!!」


 というし、着替えているところに入ろうとする、


「着替えてるから入っちゃだめーっ!!」


 と、ものすごい勢いで追い出されます。別に同姓なんだしいいと思うのですが、そんなに恥ずかし事でしょうか?

 寮には大きな温泉があるのですが、そこもマキナと一緒に入った事がありません。一人ではたまに行くのですが、マキナは入ろうとしないのです。曰く、


「いっぱい人がいるんだもん、恥ずかしいよう……」


 いったい何が恥ずかしいのかと。キミは顔もスタイルもいいじゃないかと。あんまり目立たないだけで、実はものすごいキューティクル少女なのではないかと。

 それに比べ、ボクは胸も小さいしむしろ恥ずべきなのはボクであり、マキナは自身を持つべきなのではないかと思うわけですよ。だいぶ話それた。


「マキナが書いてる日記帳って、紙媒体なんだ」


「うん、そうだよ。好きなんだ、紙」


 最近の日記帳といえば、ノートパソコンにテキストファイルで記帳したりするもんです。日記専用の、小さくてものすごく小型のPCとかもあるからそういうのを使えばいいのに、マキナはあくまでも紙媒体にこだわっているようです。

 授業とかも紙なんか使いませんよ。みんなパソコンですよ。今時の人はもしかすると、ペンとか使ったことない人もいるんじゃないでしょうか。


「ふーん? 紙なんて滅んだ文明かと思ってたよ」


「むう……っ! そんなことないもん! 紙はいいものなの! 紙はあったかみがあるのーっ!」


「にゃはは……わかったわかった。で、中身は?」


「ニアは意地悪だから絶対見せません」


 唇をとんがらせマキナはそうつぶやきます。であったばかりのころ、マキナはボクに対してもいつもおびえたような態度をとっていました。でも最近は少しずつワガママな気持ちを表に出してくれるようになってきたと思うのです。ボクはそれをうれしく思います。

 何より、ふてくされたりへこたれたりしているマキナはとってもぷりち〜なのです。思わずいじめたくなるのも無理のないことでしょう。そうに違いない。


「ま、いいや。ボクは先に寝るよ〜? 明日も早いし……。いい加減、メンバー入れないと旅団つぶれちゃうしね」


「期限までもう四日だもんね……。はあ、大丈夫かなあ」


「まあなんとかなるんじゃない? 案ずるより安い干物っていうでしょ」


「言わないと思う……」


 何はともあれベッドに再びごろごろ。マキナは暇さえあれば日記をいじっています。その中身が気になるのも無理はないでしょう。

 それにしても、その茶色の古びたハードカバーの日記帳はかなり年季が入っている感じです。マキナにとってはもしかしたら大事なものなのかもしれません。たとえばそう……お母さんの遺品、とか。

 そんなことを考えながらごろごろしているといつの間にか寝てしまっていました。これは自慢ですが、ボクはまじでどこでも寝れます。床だろうが立ったままだろうが寝床には困りませんにゃ。

 ごろーりごろごろしていると、誰かが体を揺さぶっているのに気づきました。まあもちろん部屋にいるのはボクかマキナだけで、ほかに誰かいたら危険なんだけど。


「ニア……。ニア、寝ちゃった……?」


 眠いのでシカトです。しばらくするとマキナは寝ているボクの体をごろごろ転がしてベッドの隅っこに追いやりました。そうして自分の枕を隣のベッドから持ってくると、ボクの腕を抱きしめながら隣で眠り始めました。

 そのふかふかの胸の感触のせいで目が覚めてしまいます。マキナはたまに勝手にベッドにもぐりこんできます。まあ大体、一ヶ月の三分の一くらい……。たまにでもないです。朝起きるといたりします。


「むっきゅう」


「……アポロ〜、マキナはどうして人のベッドにもぐりこむのかにゃ」


「むきゅう」


 アポロは広々としたマキナのベッドの上で丸くなって寝ていました。薄情者め……。

 すぐ目の前にあるマキナの頭をなで、ボクも寝ることにしました。まあ、別にマキナがいたところでベッドが少し狭いくらいしか困ることはないわけで。


「……おかあ、さん……」


「…………」


 さすがにお母さんという歳ではないのですが、まあしょうがないでしょう。そんなこともあるわけで。だから気にせず目を閉じます。明日もやることは山積みです。一日一日を大切に――また明日がんばろうね、マキナ。




 その後、これはまったくの余談ですが――。


「はむはむ……」


 最近、マキナが寝ぼけて耳を噛んで来ます……。甘噛みです……。


「はむはむ……。メロン味……」


「く、くすぐったいぃぃぃ……」


 ベッドが狭い以外にも困ること、出来たようです――。

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