だいきらい!(2)
「成る程ねえ〜……。つまり、あと一人入隊させないと明日には潰れるわけだ!」
わたしたちの説明を聞いてサイ君はそう明るく笑い飛ばしていました。しかしわたしたちはもうどん底な気分です。せっかく入ってくれたサイくんの為にも是非なんとかしたいのですが、世の中そう上手く行かないものです。
四人であれこれ考えてみたのですが、結局名案は浮かびませんでした。四人同時に溜息を漏らします。場所は再びガーデンスペース、カフェテリアのテーブルへと戻りました。
皆で紅茶を飲みながら考えます。ちなみにサイ君は炭酸飲料しか飲まない人らしいので、一人でコーラを飲んでいました。な、なんか男の子が普通に一緒にいるのって慣れません……。
「なあなあ、ちょっといい?」
サイ君が挙手をしてわたしたちを見回しました。先輩に視線を向けたサイ君はストローの包み紙をくしゃくしゃにした物にコーラを数滴垂らしながら言います。
「ギルドとして旅団が成立してたって事は、元々旅団には五人以上のメンバーが居たって事ッスよね?」
「あ、ああ。サイの言う通り、旅団には元々七人のメンバーが居た」
「んでも、今は居ないと。つー事は、メンバーが卒業してしまったのか、或いは抜けてしまったのか……。過去にそういう事があったって事ッスよねー」
サイ君がコーラを垂らした包み紙がにょろろーんと伸びました。ちらりとヴィレッタ先輩の方へ目を向けると……先輩はなんともいえない、煮え切らないような表情を浮かべていました。苦虫を噛み殺したような、そんな感じです。
確かにそうなのです。サイ君に言われるまですっかり忘れていましたが、ギルドが発足するためには五人のメンバーが必要なのです。旅団が成立している以上、五人以上のメンバーがかつては存在した事になります。
これは後に知った事なのですが、フェイスには厳密には卒業と言う概念は存在せず、Aクラスになるとそのまま実戦に投入される職業傭兵になるんだとか。つまり、フェイスの傭兵として所属し続ける限り、ギルドにも席を置く事が出来るんだとか。
フェイスからの卒業というのは、普通はあまりない事なんだそうです。FA操縦などの技術を身につけて、それぞれが企業や軍隊に所属するのか、或いは戦場から身を引くのか……。フェイスを卒業するというのはそういう事です。でもフェイスの傭兵であるという事が一つのブランドである以上、普通はフェイスをやめたりはしないんだとか。
「つまり、何も問題がなきゃ、ふつ〜はギルド辞めたりしなんじゃないッスか?」
サイ君の問い掛けにヴィレッタ先輩はただ沈黙しているだけでした。過去に何があったのかは知りませんが、確かにギルドがつぶれそうになるというのは只事ではないのでしょう。先輩は申し訳無さそうに目を瞑り、首を横に振りました。
「その話に関しては……その、色々あってな……。あまり言いたくないんだ。その……仲間である以上、言うのが筋なんだとは思うんだが」
「別に俺は気にしないッスけど。ただ、辞めちゃった人たちに戻ってきてもらうとかそういうのもアリなんじゃねーのと思っただけで」
テーブルの上でにょろにょろしている包み紙を見て笑いながらサイ君が言いました。ヴィレッタ先輩は顔を挙げ、それから複雑そうな表情で唇を指で撫でます。
「戻ってきてもらう、か……。確かに一番確実な方法ではあるが……」
旅団でかつて何があったのかは判りません。結局先輩はその過去の事を話すことはありませんでした。あと一人、何とかして誰でもいいので確保しなければならないのですが、既に放課後というレベルの時間ではなくなり多くの生徒が下校してしまった為、その日は一度解散となりました。
ヴィレッタ先輩は少し一人で考えたいからとどこかへ去り、サイ君はゲームセンターによっていくからといってフラリと姿を消してしまいました。サイ君の自由人っぷりはハンパではないです。
結局ニアと二人で寮に戻る事になり、わたしたちはいつもどおりの夜を過ごして居ました。二人とも夕飯は主に寮の一階にある学生食堂で済ませています。ヴィレッタ先輩は寮生ではなく、シティに自宅があるんだとか。自分のお金で買ったそうなので、流石はフェイスの傭兵です。
「でもさあ、そのヴィレッタ先輩はなんで一人であのギルドにいたんだろね」
食堂の中、ニアがスパゲティをフォークの先でくるくる絡めながらそう呟きます。今日の日替わり定食はミートソースのスパゲティです。わたしもニアもテーブルにはそれを並べていました。
「実はさあ、ボク、旅団についてちょっと調べたんだよ。あんまりにも人が入らないし、上級生に至っては聞くだけで嫌って感じだったじゃない? 変だと思わない? こんなに一生懸命勧誘してるのにさあ」
「…………。そういわれてみると変かも。生徒ってすごいいっぱい居るもんね」
「そりゃまあ、ギルドは大小含めてかなりの数があるから、わかんなくもないけどさ〜……。今日の先輩の様子を見てたら気になっちゃって。悪いと思ったけど、ね」
ニアは食堂のおばちゃんとかに話を訊いたそうです。おばちゃんはもうこの寮が出来た時からずっと食堂のおばちゃんらしいので、物凄い事情通なのです。
口コミでニアが聞いた話に寄ると、元々旅団には腕の良いライダーたちが揃う、少数精鋭の特殊なギルドだったんだそうです。人数は少なく、けれどもその実力は一流だったんだとか。小規模なギルドなのに、大型のギルドルームを与えられていたくらいだそうです。
しかし、そのギルドはある日解散に追いやられる事になってしまった。メンバーが一人になってしまったのは今に始まった事ではなく、なんと一年も前の事なんだとか。それからもギルドを今日まで継続出来たのは、元々旅団が残した功績が大きかったからなのでしょうか。
「その旅団解散の原因になった事件っていうのも、噂に過ぎないんだけどね。でもなんか、カラーズが関係してるとか」
「カラーズ……?」
“カラーズ”――。正式名称は“カラーズ・オブ・フェイス”という、一種の称号。実はフェイスには三つの学校があり、地球に三つ存在するリングタワーコロニーに一つずつ、フェイスの校舎があるんだそうです。
つまり、アルティール、ベガ、デネヴの三つ……。最初にフェイスが発足したのはアルティールであり、次にベガが。最後にデネヴに設立されたんだそうです。
リングタワーコロニーは三つともほぼ同じ形状をしており、完全に独立した一つの都市として機能しています。リングタワーコロニーがその権力を維持している理由の一つに、それぞれフェイスという巨大な武装組織を所持している事が上げられるでしょう。フェイス――。それは誰もが敵に回したくない、この世界最強の傭兵組織の名前です。
カラーズとは、その三つのフェイスの中で最強と呼ばれるライダーたちに与えられる称号であり、蒼、紅、黄、翠、黒、白と六つの称号が存在します。そもそもカラーズとは何の為に存在しているのか……?
「フェイスの中で最強と呼ばれるライダー……。つまり、三つ存在するフェイスの中で最も優れた上から六人に与えられる称号なんだよ。六色のカラーリングの専用超高性能機を所持していて、フェイズが全面的にバックアップしているいわば“看板商品”だね」
様々な戦場においてフェイスのカラーズは畏怖の対象とされている。六人の絶対強者――。カラーズを倒せるのはカラーズしかいないと、そういわれている程だとか。
単騎で戦場をかき回し、金を支払ったクライアントを何が何でも勝利に導く怪物――。カラーズとは無敵の証。フェイス最強の称号。そして同時に、フェイス同士の権力争いの象徴でもあるのです。
「カラーズになれるのは、現在のカラーズを決闘で倒した人間だけなんだ。三つのフェイスは、自分の学校が何人のカラーズを抱えられるかで権力争いをしてる。最も、カラーズの席に一度着いた人間を一般のライダーが倒すなんて事は先ず在り得ないんだけどね」
カラーズたちは定期的に他のカラーズを争い、その強弱を争っている。そうすることでどのカラーズが最強なのか、つまりどの学園が最強なのかを決定しているのである。カラーズに挑む権利は誰もが持っているが、基本的にカラーズ戦はカラーズ同士の戦いなんだそうです。
「そのカラーズがどう関係してるの……?」
「……。カラーオブレッド、アテナ・ニルギース……。マキナも入学式の時見たでしょ? あの真紅の機体」
その事ならばわたしもはっきりと覚えています。真っ赤な機体――すごく綺麗で、かっこよかった。今でも思い出すと背筋に電流が流れるようです。アテナ・ニルギース……。雑誌とかにも良く出ているので、顔も知っていました。
「アテナはカラーズとしてはまだ日が浅いんだ。一年前、元々のブリュンヒルデの持ち主を倒してカラーズの席を奪い取った……。当時は大騒ぎだったんだよ? なにせアテナ・ニルギースは、通常装備のヴォータンでブリュンヒルデを下したんだからね」
それは、機体性能でも腕前でも勝る相手に立ち向かい、下したという事でした。わたしは知りませんでしたが、当時世間は大騒ぎになったんだそうです。若干十六歳の少女が新たな紅の座に着いた事件……。でも、それと旅団にどんな関係があるのでしょうか?」
「アテナ・ニルギースは元々旅団に所属していたんだってさ。そのアテナが旅団を辞めてカラーオブレッドになったのが一年前。旅団からヴィレッタ先輩以外が居なくなったのも一年前だよ。何か関係あると思わない?」
「それじゃあ、アテナさんが何か知ってるんでしょうか……?」
「……わかんない。あんまり他人の過去を調べるのもどうかと思ってそこで辞めてる。調べて何か勧誘に役立つ情報があればいいかと思ったんだけど、流石に紅い人は戻ってこないだろうしねえ」
お手上げと言わんばかりにニアが肩を竦めます。スパゲティをじっと見詰め、わたしは考えていました。アテナ・ニルギース……。とってもかっこよくて、憧れてしまうような人です。その人が、ヴィレッタ先輩に関わっている。
ヴィレッタ先輩はどうして何も話してくれないのでしょうか。明日になれば、先輩も話してくれるんでしょうか? 色々と考える事があって、気づけばスパゲティはすっかり冷めてしまっていました。
「……ヴィレッタ先輩も旅団も、これで終わりだなんて嫌だにゃ」
ニアがそんな事を言うのでわたしも頷きました。そう、折角同じギルドの一員になれたのに……もう終わりだなんてそんなのは嫌でした。
できれば旅団のままでいたい。でも期限は目前にまで迫っていました。たった一日でわたしたちに何が出来るのか……。今夜は眠れない夜になりそうです。
マキナ・レンブラント、旅団解体前夜の日記より――――。
だいきらい!(2)
早朝、ヴィレッタは旅団のギルドルームの前に一人立ちつくしていた。生徒たちはまだその数も少なく、人気もない静かな時間……。小さく溜息を漏らし、差し押さえの札がついた出入り口を見詰めた。
彼女が旅団に所属したのは三年前――。まだ、Cクラスの新入りだった時の話である。まだ技術的にも未熟だったヴィレッタではあったが、彼女もまた旅団に入る事で沢山の経験を得る事が出来た。
それは、マキナがこの旅団に入り、ヴィレッタと共に自分の戦い方を見つけて行くのと良く似ていた。自分はどういう人間なのか、それさえも判らなかった少女時代、自分を形作ってくれた物である。
記憶と思い出の中、しかし現実は目の前にある小さなギルドルームに収束する。ヴィレッタは寂しい気持ちでそれを見詰めていた。立ち尽くすヴィレッタの背後、足音が聞こえた。振り返るとそこにはアンセムの姿があった。
「……先生」
「――こうして会うのは久しぶりだな、ヘンドリクス」
二人は肩を並べ、ギルドルームを見詰めた。アンセムは目を瞑り、それから溜息を漏らす。ヴィレッタは拳を握り締め、ただ背中を縮こまらせていた。
「旅団は……今日で終わりみたいです。多分、キリュウが今日まで何とか手を回して持たせてくれていたんでしょう。元々、このギルドはあってないようなものでしたから」
「だが、今日まで続いてきた」
「でも私は何もしようとはしなかった……。キリュウの好意に甘えるばかりで、丸々一年もこうしていましたから。マキナやニアがここにやってくるまで……」
「……思い出しただろう。自分が始めて旅団に来た時の事を」
ヴィレッタは紛れもなく天才だった。しかし、彼女を受け入れる人々は少なかった。天才ゆえに他人と折り合いがつけられず、孤独な人生を歩んできた。誰かと共にある事を受け入れられず、それを恐れてきた。
だが、かつて旅団を率いた男は言った。どんな人間でも一人では生きていけないのだと。そして彼は手を差し伸べた。ヴィレッタが十五歳だった時、彼女にその手はとても大きく見えたのだ。
胸を高鳴らせながら潜った扉も、その中で迎えてくれた仲間達の事も忘れる事など出来るはずもない。誰もが一流の実力者だった。天才と呼ばれたヴィレッタでさえ、かすんで見えるほどに。旅団率いた男は、最も蒼の座に近い男と呼ばれていた。
「この一年、お前はろくに任務にも参加せず、このギルドルームに篭ってきた。思い出だけを糧に生きてきた。だが、マキナを見て思い出したのだろう? 自分が何をすべきで、どんな気持ちでここに居たのか」
「でも、どうしようもないんです……。私は……FAに乗る資格なんてないんだ。先生だってわかっているんでしょう!? あの時私が、先輩を助けられたら……ッ!!」
拳を握り締めるヴィレッタの傍ら、アンセムは何も言わずに背を向けた。それに心底安心している自分と、それを蔑んでいる自分……。ヴィレッタは複雑な心境のまま、きつく目を瞑った。
今はただ、足音が遠ざかっていく事を祈るしかない。誰にも見られたくなどなかった。誰とも関わりたくなどなかった。もう二度と見たくなかったのだ。もう誰も、悲しむ所など――。
「でも……」
瞼に浮かぶのはマキナの姿だった。自分と良く似た少女。天才と呼ばれるに値するだけの才能をそこに見出す事が出来る。そして彼女は、正しく導かれなければきっと歪んでしまうだろう。
だからそれを正してあげなければならないのだ。かつて自分を彼がそうしてくれたように。なのにそう出来ない自分はなんなのだろうか。生きる意味さえ見出せない。何もかもが恐ろしく。そして何より自分に失望するしかなかった。
「――結局、ヴィレッタ先輩は来なかったな」
チューインガムで風船を作り、茜色の空の下サイが呟いた。横一列に並んだマキナ、ニア、サイの目の前で蒼穹旅団のギルドルームの片付けが行われていた。
三人は勧誘をしようとここまでやってきた。しかし肝心のギルドマスター、ヴィレッタが現れなかったのである。勿論三人でヴィレッタを探したのだが、その姿は校内のどこにも見当たらなかったのだ。
ニアが黙って肩を落とし、マキナは泣き出しそうな顔で次々に運び出されていく家財を眺めていた。ヴィレッタが紅茶を淹れてくれたティーカップも、一緒に試験の為に訓練したシミュレータも、何もかもがなくなっていく。
サイの風船ガムがパチンと弾け、まるで全てが台無しになってしまったかのようだった。ニアが黙って俯く中、マキナは意を決したように前に出た。そうして家財を片付ける業者の人々に呼びかける。
「あのっ! もうちょっとだけ、待ってくれませんか!?」
「そういわれてもねえ……」
「で、でも……っ! ヴィレッタ先輩は必ず来るんです! まだ、夜まで猶予があって……っ!! だからっ!!」
「マキナ……」
「御願します! 先輩を、もう少しだけ待ってあげてください! 御願しますっ! 御願しますっ!!」
必死に頭を下げるマキナだったが、業者の人間もそれが仕事である。時間までに片付けを終えなければ生徒会に文句を言われてしまうのだ。作業の手を止める事は出来なかった。しかしそれでもマキナはついてまわり、一生懸命に頼み込んでいた。その姿にニアは寂しげに目を細める。
「レンブラントの奴、一生懸命じゃん」
「……どうして先輩、来なかったんだろう」
「さぁ? 嫌になったとかじゃね? ま、しょうがないかもなあ〜……。しっかし入った翌日潰れるとか、マジでうける」
「……なんかごめんね、サイ。こんな事になっちゃって」
「あ? 全然気にしてねーからいいよ。これも面白い経験じゃね? 普通ありえねーって。それに――」
白い歯を見せて笑い、サイはニアの肩を抱いてマキナを指差した。
「あいつホントおもしれーじゃん?」
「…………はあ。サイがお気楽な奴で良かったよ」
「だろ? おーい、レンブラ……めんどくせ。マキナ! いい加減諦めろってー。マスターがいないんじゃ、勧誘したって申請出来ないんだぜ〜?」
「でも……」
マキナが振り返り、二人を見詰める。背後で箪笥が運び出され、マキナはそれにぶつかって転んでしまった。涙目になりながら戻ってきたマキナは肩を落とし、ニアとサイの傍らで目を瞑った。
「そんなへこたれんなよ、マキナ。別にギルドがなくなったっていーじゃん。お前らだって入ってまだ日が浅いんだろ? ギルドなんて、いくらでもあんだろ」
「……それはそうだけど……。でも、だって……。ヴィレッタ先輩は……」
「マスターだからって、色々あんじゃね? そういうの全部さぁ、押し付けられるのも可愛そうだろ。嫌な事から逃げるのは悪い事じゃねえって」
「サイ! マキナの気持ちも考えてよ!!」
「マキナの気持ちねえ……」
サイは腕を組み、茜色の空を見上げた。それに釣られて二人も空を見上げる。マキナは思っていた。ヴィレッタは確かにいい先輩だった。だがしかし、自分たちはヴィレッタの何を知っていたというのだろうか。
そもそも彼女は本当に旅団を存続させたいと願っていたのだろうか? もし本気で旅団を維持するつもりならば、こんな事態には陥ってなかったのではないか? 思い出すのは旅団に入った日の事。彼女は入隊希望の二人に対し、“募集はしていない”と言っていた。それが、恐らくは彼女の本心だったのだ。
「……先輩は、わたしたちと一緒に居たの……迷惑だったのかな?」
「そ、そんな事ないって……。ヴィレッタ先輩はそんな人じゃないよ……」
「つっても、付き合いの浅い俺たちに先輩の気持ちは判んないだろ? 迷惑とか、そんな人じゃないとかさ。そういう事言ってる時点で、先輩に壁を作ってるのと一緒だろ」
頭の後ろで手を組み、ガムをかんでいるサイに視線が集中する。マキナは目を真ん丸くし、ニアも少し驚いた様子だった。
「先輩とちゃんと話をしなかったのも、ギルドについて考えなかったのも、そんなのは先輩一人の責任じゃねーだろ? マキナの気持ちを考えるとか、そんなのもただ自分を守ってるだけじゃん」
「サイ君……」
「つーか、マジでそう思ってんなら今すぐ探しに行こうぜ。じっとしてたって退屈なだけだろ? 状況は絶対に進展しねーんだ。思うならまず動けば?」
言い方はつっけんどんではあったが、まさにそのとおりだと思えた。そうだ、ここで業者の足止めなんてしていても意味がないのだ。ヴィレッタが戻ってくると本気で思っているのならば、やるべき事は決まっているはず。
それでもここから両足が動かないのは、ヴィレッタを疑う気持ちがあったからだろう。最後の最後の日に姿を現さない――。まさか――? その気持ちがマキナにもニアにもあったのだ。
「……そうだね。サイ君の言う通りだよ」
「うん。先輩は戻ってくるよ! だからあと一人、なんとか見つけるにゃす!」
そう意気込む二人にサイは無邪気に微笑んだ。そうして三人が同時に動き出そうと振り返った時であった。夕日を背に紅い制服を纏った少女の姿がそこにはあった。しかしそれは待ち人ではなく――真紅の長髪を揺らす、アテナ・ニルギースであった。
突然アテナが現れた事に立ち止まる三人。そんな三人を無視して通り過ぎ、ギルドルームの前でアテナは立ち尽くしていた。風が吹きぬけ、美しく燃え立つ髪を梳いて行く。少女はゆっくりと振り返り、威圧的な――しかし可憐な紅い瞳でマキナを見詰めていた。
「――――っ。貴方……?」
「え……?」
アテナはマキナに歩み寄り、突然一気に顔を近づけた。そうしてマキナの頬に触れ、眉を潜める。マキナには何が起きているのかさっぱり理解出来なかったが、アテナの心中は穏やかではなかった。身を放し、真紅の少女は眉を潜める。
「…………似すぎている」
「え? えっ?」
「貴方、名前は?」
「えっ?」
「二度同じ事を言わせないで。時間の無駄だから」
「あ、え? あ、う……っ」
「自己紹介も出来ないの? 馬鹿なのね、貴方。とても愚かしいわ。時間を浪費させないで。貴方と違って私は忙しいの」
「あ、うぅ……」
目尻に涙を浮かべ、たじろぐマキナ。見かねたニアが間に入ると、アテナは不快そうに眉間に皺を寄せた。
「あの、マキナに何か用ですか?」
「…………マキナ。貴方が、マキナ・レンブラント?」
「えぅ……? どうして、わたしの名前……」
「そう……。そうなのね。貴方が……。でも、そう……。おかしな話だわ。似ているもの……とても」
一人で腕を組み、品定めするような視線でマキナを見ながら独り言を呟くアテナ。そうした後目を瞑り、溜息を漏らす。片手を腰に当て、アテナは鋭い眼差しで問い掛けた。
「今は貴方に構っている場合じゃないの。ヴィレッタはどこ?」
「ヴィレッタ先輩は……そのう……」
「そう。また逃げたのね、彼女」
「また……?」
ニアが小首を傾げる。その様子に全ての事情を察し、アテナはギルドルームの壁に背を預け、片目を閉じた。自然と三人はアテナに続き、移動する。
「あのぅ……? ヴィレッタ先輩の、知り合いなんですよね?」
「……ええ。彼女はいつも逃げていたわ。旅団が壊滅した時だって、一人で逃げ帰ってきたもの」
「えっ?」
「知らないなら教えてあげる。どうして彼女が旅団に拘り、そして今逃げているのか……」
そうしてアテナは語り始めた。全ては一年前に時を遡る。
当時の旅団のマスターはヴィレッタではなかった。旅団はまさに最盛期とも言える時期であり、様々なAクラスの傭兵が集う、屈強な部隊となっていた。
アテナもその一員であり、共に依頼をこなす日々が続いていた。飛び級で即座にAクラスに昇格したアテナは一年前には既に最前線に投入されていたのである。
「当時の旅団は無敵だったわ。ヴィレッタもあの頃はそれこそ無敵ってくらいに強かった。でもある日、旅団は一夜にして全滅したのよ」
それは最初から確かに奇妙な依頼であった。旅団メンバー六名が参加するその作戦の内容は、とある廃棄されたプレートシティの調査であった。たかだか廃墟の調査の為に、Aクラスの傭兵を六人も必要とする事が既にきな臭かったのである。だが、受けた依頼は断らない――それが旅団のポリシーだった。勿論、多少の問題が起こるであろうことは予測していた。だがその程度の問題など物ともしないのが旅団でもあった。
彼らは当たり前のように出撃を行った。アテナは当時、カラーズに挑むために調整に入っており、出撃する事が出来ない状況にあった。そして――。
「私は見送ったわ。彼らが出撃するのを……。そして戻って来たのはヴィレッタ一人だった。六人見送って帰って来たのは一人だけ……。ヴィレッタは仲間を見捨てて逃げてきたのよ」
「そんな……? 嘘……」
「嘘じゃないわ。ヴィレッタはそういう人間なのよ。いざとなったら直ぐに逃げる……。旅団に固執している癖に、結局自分じゃどうにもしたくないんだわ。だから貴方達を置いて逃げ出した」
「……そりゃ、まあ確かに信用しろっていう方が無理だよなあ」
サイが苦笑しながら頷いた。ニアが黙り込み、マキナは拳を強く握り締めた。そうして一歩前に出ると、自らの胸に手を当てる。
「ヴィレッタ先輩は……確かに変な人です。見た目怖いのに弱虫だし、内気だし……。でも、そんな卑怯な事をする人じゃないと信じてます」
「――――信じてる? ヴィレッタの事、何も知らなかったくせによくそんな事が言えるわね。だったら教えてあげる。ヴィレッタは――元々カラーズの一員だったのよ」
衝撃の事実に驚きを隠せない。マキナが言葉を失っていると、アテナはそのまま話を続けた。
「ヴィレッタこそ、元カラーズの“紅”……。私の先代のカラーオブレッドよ」
「そ、そうだったんだ……」
「それだけの力を持ちながら仲間を見捨てて逃げ帰る……。私とも本気で戦おうとしない。だから紅の座も奪われる……。旅団も解体されて、良い様だわ」
「そ、そんな言い方……」
「そうやって他人を盲信していれば自分は傷つかないわよね。でもそれはただ逃げているだけよ、マキナ・レンブラント。他人の心の中に自分の居場所を押し付けているだけ。安らぎたいと願って誰かに負ぶさっているだけ。そういう甘えた考え方――反吐が出るわ」
ぴしゃりと言い放たれ、何も言い返す事が出来ないマキナ。その傍らを通り過ぎ、アテナは立ち止まる。
「これ以上ヴィレッタに関わらない方が良いわよ。死にたくなかったら、ね」
そのまま去っていくアテナを追い掛ける事も、言い返す事もマキナには出来なかった。アテナの目を見たら、そんな事は出来そうにもなかった。彼女は伊達や酔狂であんな事を言っているのではない。本当に自分一人の力で生きているという、揺ぎ無い確信のようなものをその瞳からは汲み取る事が出来たから。
誰も、何も言う事が出来なかった。そのままただ時間だけが過ぎていき――そして、ヴィレッタがその日、三人の前に姿を現す事はなかった。




