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だいきらい!(1)

 今日、お母さんの夢を見ました――。

 夢の中のわたしは、泣いていました。両目から溢れて零れる涙を一生懸命に拭いながら、一人で部屋の隅っこで泣いていたので。なんというか、昔からわたしは泣き虫で泣き虫で、とっても駄目な子でした。

 その日もわたしはクラスメイトたちと馴染めず、少し酷い事を言われてへこたれていたのだと思います。多分、わたしが泣かない日の方が全体的に少なかったですし。別にそれは珍しくもなんとも無い事でした。それに――。


「こら、マキナ。泣いていてもしょうがないよ。ほら、顔を上げて」


 わたしが泣いていると、必ずお母さんが慰めてくれるので全然気にしたりしませんでした。お母さんは……病気がちで、あんまり家の外には出られない人でした。いつも家の中に居たあの人が一体どうやって生活費を手にしていたのか今となると不思議ですが、兎に角お母さんがいる家がわたしにとって唯一心を許せる居場所だったのです。

 涙を指先で拭い、お母さんは笑います。お母さんの笑顔はあったかくて優しくて、いつもいいにおいがしていました。わたしの頭をくしゃくしゃに撫でて、お母さんはにっこりと笑います。


「もう、しょうがない子だね、マキナは……。大丈夫だよ。一杯泣いて、気持ちがすっきりしたでしょう? さあ、立って。おやつを作ってあげるから」


「うん……」


 ぎゅっと小さな手でお母さんの手を握り締める小さなわたし。それを部屋の隅に立ってわたしは眺めていました。お母さんは……昔と変わりません。

 小さなマキナと、大きなお母さん。二人は小さなテーブルを囲み、一緒に笑っていました。わたしはにこにこしていて、お母さんもにこにこしていました。幸せな景色がそこにはありました。

 そう、わたしはお母さんさえ居てくれれば別にそれだけで良かったのです。他の世界なんていらない。家の中だけでいい。それ以上なんか望まない。何もいらなかった。なのに――。


「……マキナ、いい? わたしの言う事を、ちゃんと聞いて」


 病院のベッドの上、お母さんはわたしの手を握り締めながらやつれた顔で笑っていました。わたしは――どんな顔をしていたのか。鮮明に思い出せるお母さんと交わした約束の瞬間、わたしはそれを傍観します。


「不幸だと、自分の殻に閉じこもってはいけない……。憎しみや悲しみではなく、優しさと愛情を道しるべに生きるのよ……。あなたはとっても優しい子。だからきっと、お母さんの言う事が判るわよね……?」


 わたしは肩を震わせていました。病院の小さな部屋の中、わたしに出来る事なんて何もなかったのです。お母さんが死んだという事を知らされたのは、翌日学校で授業を受けていた時の事でした。

 どうしてお母さんは死んでしまったのか……。今でも夢に見ます。思い出すだけで悲しくて心がこなごなになってしまいそうです。そんな時ふと思うのです。ああ、自分はとても不安定なバランスの上に成立している、儚い自意識に過ぎないんだ、と――。

 お母さんの言っていた事、正直今でも考えています。憎しみや悲しみではなく、優しさと愛情で生きて行く事……。そんな事がわたしにも出来るのでしょうか……?


「――確かに、彼女らしい言葉だ」


 わたしの話を聞いたアンセム先生はそう呟き、少しだけ懐かしそうに窓の向こうに広がる景色に目を向けました。例の模擬戦闘試験から数日、わたしは先生と一緒に夜のシティの中、なんだか高級そうなレストランに居ました。

 先生曰く、模擬戦闘試験合格のお祝いなんだとか。多忙な先生ですが、漸く時間が取れたとの事で、先生がここに連れてきてくれたのです。何故か先生はわたしにピッタリのサイズの蒼白い綺麗なドレスを持っていて、今日はちょっとお洒落なマキナなのでした。

 薄暗い、大人な雰囲気の照明の中ジャズミュージックが流れています。ステージの上ではおじさんたちが楽器を演奏していて、出される料理の味は……正直よくわかんなかったです。緊張しすぎてそれどころではないのです。

 正直、先生のような大人の人と……男の人とこうして二人きりで喋る機会なんてなかったですし、そもそもお父さんが居ないので、男の人は怖いって言うか、慣れてないというか……。ナイフを握る手がじっとりと汗をかいています。


「あ、あのう……?」


「ん?」


「アンセム先生は、お母さんとどういう関係だったんでしょうか……?」


 それはずっと前から気になっていた事でした。先生は手を止め、ワイングラスを傾けます。それから少しだけ深く椅子に腰掛け、人差し指で白いテーブルクロスを軽く叩きながら目を瞑ります。どこか遠く、わたしの知らない景色に思いを馳せているのだと思いました。


「一言でそれを語るのは難しいな。彼女は……そうだな。私にとっては、人生の先生であり……。かつては共に、FAを駆り戦場を駆け抜けた戦友でも在る。今は――君という存在を介し、同じ一人の少女の親とも言えるだろうな。尤も、私は君に親らしい事などしてはやれないがね」


 そう語る先生の表情はどこか寂しげでした。確かに、わたしもこの人を父親と思うのは難しいと思います。先生はまだ若いし、こんなでっかい娘さんがいるような歳でもないですし。

 それに先生は、どこかわたしに対して遠慮がちというか……わたしに対して壁を作っているような気がしました。もしかしたら、仕方が無くわたしの面倒を見てくれているのかもしれません。いえ、それはきっと、わたしも同じ事なのでしょうが――。


「……先生には本当に感謝してます。先生がフェイスに入れてくれなかったら、わたし……多分あの家の中でずっと絶望していたんだと思います」


「嫌だったんじゃないのか?」


「うぅ……。もう少し頑張ってみようって決めたんです。先生、言いましたよね? 本気になった事があるのか、って……。わたし、ここに来て初めて一生懸命何かをやりたいって思えたんです。その気持ちを大事にしたいんです」


 あれ――? なんだろう? どうしてわたし、こんな事話してるんだろう。この人の事がわたしは苦手なはずなのに。なんだか……緊張してるけど、すごく自然に口が動く。それは不思議な感覚でした。


「――そうか。だったら良い」


「はい……」


 二人同時に手を動かし始めます。でも、わたしは頭の中で先生にどんな話をしようか、どんな話を訊こうか、そんな事ばかり考えていました。先生は……苦手です。大きな男の人は、苦手です。喋った事が、ないから。

 でも、不思議な事にわたしはこの人と話すのがとても楽しかったのです。無口で無愛想で、全然話なんかしてても楽しそうじゃなくて。でも、この人と話をしていると、なんだかとても暖かくて満たされたような気持ちになるのです。

 ニアや先輩と一緒にいるのとはまた少し違って……。なんでしょう? それは多分、お母さんと一緒に居た時に似ていました。頭では認められなくても、この人の事を父親という枠に収めようとわたしの心が努力していたのかもしれません。


「君を、フェイスに入れた理由だが」


「え?」


「君のお母さんの遺言だ。すべては君のお母さんの遺志に過ぎない。そうでなければ――私も君をフェイスになど入れたくはなかった」


 それは複雑な言葉でした。お母さんがそうしろといったという事実……。何となく、そんな気はしていました。先生はお母さんの言葉をそのまま実行に移しただけに過ぎないのです。

 もしもお母さんがわたしをフェイスに入れるようにと言わなかったなら、わたしはこの人とは何の関係もなく、赤の他人として一生交わる事のない縁を進んでいたのかもしれません。そう考えると寂しく、少しだけ不安です。


「――あの、本当にありがとうございます。生活費とか、学費とか……全部面倒見てもらって……」


「礼には及ばない。君が使っているのは、君の資産だからな」


「へ?」


「君の母親が所有する莫大な資産、それを私が預かって切り崩しているに過ぎない。君は知らなくても無理は無いが、君の母親は世界有数の大富豪でもあったからな」


 全くの初耳過ぎてぽかーんとしてしまいます。なんででしょう? そんなにお金持ちって生活は送っていなかったし、むしろ質素な生活を送っていた気がします。小さい家で、小さい部屋で、小さいベッドで一緒に眠り。小さいお風呂に一緒に入って……。特別な事なんかない、ごくごく平凡な生活でした。

 もしかしたら先生はわたしに気遣いをさせないようにと嘘をついていたのかもしれません。でもこの人にそんな優しい嘘がつけるのかどうか、それがまた疑問でもあります。

 そういえばわたしはお母さんの事を何も知らなかったのかも知れません。わたしを慰めてくれるお母さん。抱きしめてくれるお母さん。笑ってくれるお母さん……。いいところばかり、自分が必要とする事ばかりを求め、そして見てきました。本当に、甘えきっていたのだと痛感します。


「君のそのドレスも、お母さんから預かった物だ」


「えっ? そうなんですか?」


「君のお母さんが若い頃に着ていた服だよ。流石に良く似合っている」


 先生のようなものすごいイケメンさんにそんな事を言われると流石に照れてしまいます。実は女の子の可愛い洋服なんて着た事が無かったので、ニアとヴィレッタ先輩に着せてもらったのはナイショです……。

 一人でてれてれしていると、先生は上着を片手に立ち上がりました。そうして眼鏡を中指で押し上げ、わたしを見下ろします。


「支払いは済ませておく。申し訳ないが私はこれから用事がある……。先に行くぞ」


「え? あ、あの……」


「帰りはタクシーを待たせておく。寮の場所はいわずとも判るだろうから心配するな」


「せ、先生っ!」


 背を向けてさっさと帰ろうとする先生を背後から呼び止めます。顔だけで振り返り、先生はわたしを見ていました。つい立ち上がってしまい、言葉を失い……。わたしは兎に角、その場で頭を下げました。先生はそんなわたしの様子を見届けると、そのままレストランから去っていきました。

 その時何を言おうとしていたのか、わたしは覚えていません。頭の中は真っ白でした。でも多分、こう思うのです。もっと、あの人に――話を聞いてもらいたかったんだ、って。

 胸の中に少しだけ寂しさが蘇ります。お母さん、わたしはそれでも頑張って生きています。明日の事はまだわからないけど、それでも――。

 マキナ・レンブラント、試験合格祝いの日より――――。




だいきらい!(1)




「んにゃあああああああッ!! どーするんですか、先輩ッ!? 明後日にはこのギルド、つぶれちゃうんですよっ!?」


 ギルドルームの中にニアの叫びが響き渡った。模擬戦闘試験終了数日後――。試験の終了はつまり一ヶ月の終了を意味する。蒼穹旅団が人数不足でギルドとして成立しなくなるまで、残り二日を切っていた。

 三人の懸命な勧誘活動の甲斐も空しく、未だにメンバーは一人も増えていなかった。椅子を吹っ飛ばして立ち上がるニアの正面、ヴィレッタはサイフォンからコーヒーを注いでいる所であった。


「……やれる事はやったと思うんだ、私は」


「まだ何もやってないじゃないですか先輩はあああっ!! コーヒーなんか淹れてる場合じゃないにゃあっ!!」


「だって、新メンバー勧誘とか怖いし……。私が勧誘すると、皆逃げちゃうんだ……」


 ズーンという効果音が聞こえてきそうなほど、明らかにヴィレッタは肩を落す。それを見詰めニアは深々と溜息を漏らした。


「マキナからも何か言ってやってよも〜……。マキナ? おーい、まーきなー?」


「…………」


 マキナは窓辺にある小さなテーブルの傍らに立ち、ぼんやりとした様子で遠くを眺めていた。心ここに在らずとでも言うべきか。マキナがぼんやりとした子なのは今に始まった事ではないが、話も聞こえないほどというのは珍しい。

 ヴィレッタが小首を傾げ、ニアがスキップ気味に走ってマキナの直ぐ隣に立った。そうして手をマキナの目の前でぶんぶん翳す。


「おーい、マキナさーん? はろはろ〜」


「――――わあっ!? ニア、何してるの!?」


「何してるのはこっちのセリフだよ……。どしたの? 考え事なんて珍しいじゃん」


「あ、うん……。ちょっと、昨日の事で……」


 その言葉に反応し、マグカップ片手にヴィレッタが立ち上がる。二人の傍まで歩み寄ると、興味津々といった様子で身を乗り出した。


「つまり、先生と何かあったのか?」


「えっ?」


「にゃにゃにゃあああっ!? まま、まさか……!? 大人の階段登っちゃったのかにゃ!?」


「君はまるでシンデレラさって事なのか?」


「え? 大人の階段って、なんですか?」


 きょとんとした様子のマキナを見てニアとヴィレッタは顔を見合わせた。それから同時に背を向け、マキナを残して部屋の隅に移動する。


「どう思いますかにゃ、ヴィレッタ先生……?」


「ふふん、この少女漫画愛読歴十二年の私の見識では……。ニア君、彼女は恋をしていると見えるぞ!」


「禁断の恋ですかにゃ!」


「そうだっ!! 教師と生徒……。それは決して結ばれてはならない禁断の恋……! あぁ、マキナ君! 君はどうしてマキナ君なんだ!?」


 ヴィレッタが仰々しくその場でターンし、片手を胸に、片手をニアへと差し出した。ニアは両手を胸の前で組み、同じく仰々しく首を横に振る。


「アンセム先生……っ! わたし、先生と一緒なら地獄の業火に焼かれても構いません!」


「マキナ! ホーミータイ!」


「アンセム先生……ッ!!」


「ちょ、ちょっと何やってるんですかあっ!? 先輩まで何そんなノリノリなんですか! やーめーてーくーだーさーいーっ!!」


 二人の間に入り、マキナが強引に二人の寸劇を引き離す。ヴィレッタは少し悪乗りしすぎたかと苦笑し、ニアは耳をぴこぴこと上下させた。


「先生とはそんなんじゃないですっ!! なんなんですか二人とも!? 駄目ですよう、そういうのは!! 怒りますよう!?」


「「 はーい 」」


 二人が同時に声を上げる。マキナは顔を真っ赤にしたまま暫くその場で地団駄踏んでいた。それが可愛らしくてニアもヴィレッタも思わず笑ってしまう。


「むー……。ていうか先輩? 勧誘しに行かなくていいんですか?」


「あ! そういう話だった!! もー、マキナが変な事言い出すからにゃ」


「え、わたしのせいなんだ……」


「しかし、実際どうすれば良いのか判らないな。打つ手なしとは正にこのことだ」


 三人同時に腕を組み、うーんと唸り声を上げて考えた。そうして三人とも固まっていると突然扉をノックする音が聞こえてきた。三人同時に扉に視線を向ける。


「「「 まさか、入隊希望者!? 」」」


 そして声を揃え、揃った動作で扉を開いて身を乗り出した。するとそこに立っていたのは小柄な眼鏡の少年であった。制服の色はイエロー……。つまり、Bクラスの生徒である事が窺えた。同時に胸元には薔薇を模した刺繍が施されており、ヴィレッタは目を丸くする。


「……アルじゃないか。どうかしたのか?」


「どうかしたのかじゃないですよ……。貴方達こそどうかしたんですか、そんな雁首揃えて……」


 少年は疑わしい物でも見るかのようにじっと三人を眺めた。三人は同時に身を引き、アルと呼ばれた少年がギルドルームに押し入ってくる。

 小柄な少年、彼の名前はアルウォーク・プリウス。生徒会に所属するBクラスの生徒であり、同じく生徒会に席を置いているヴィレッタとは馴染みの顔である。

 そんな説明を受け、マキナもニアも目を丸くしていた。この学園で言うところの生徒会というのは教官に匹敵する権限を持ち、特例的なルールの中で生きている存在である。ヴィレッタが生徒会の一員と言う事も初耳であり、そのアルと呼ばれた少年が生徒会というのも驚きだった。そして何より――、


「そのアル君が、なんでこんな辺鄙なギルドに来たの?」


「はあ……。貴方達、本当に何も判っていないんですね……。ヴィレッタ先輩、このギルド、蒼穹旅団は明後日解体になるんですよ? 当然、ご存知ですよね?」


「あ、ああ」


「ギルドを解体するのも生徒会の重大なお仕事です。一つ無駄なギルドが無くなれば、一つ有意義なギルドを増やす事が出来るんですからね。ギルドルームだって無限じゃないんです、その辺り生徒会に所属する人間としてしっかりわきまえてもらわないと」


「ご、ごめん……」


 自分より頭二つ分以上小さなアルウォークに説教される先輩を背後から眺め、マキナとニアはとても寂しい気持ちになった。うだつの上がらない先輩だとは思っていたが、まさかここまでとは――。


「兎に角そういうわけですので、これからこのギルドルームの方は生徒会で片付けさせて頂きます」


「「「 えっ? 」」」


「何三人とも声を揃えているんですか……。当然でしょう? 次のギルドの発足許可証をそろそろ交付しなければなりませんし、それにこのギルドルームの中にある機材も差し押さえないと」


「えっ!? 差し押さえられちゃうんですか!?」


「そりゃそうでしょう。こんなわけのわからない弱小ギルドでも、一応毎月運営費が支給されているんですから。それが廃部に成る程無駄遣いされていた以上、部屋の中にある物を売りさばいてお金に還元しなければ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!! 中には私が一生懸命集めたアンティークの小物とか家具とか、少女マンガとかティーカップとか色々あって!!」


「ああ、いいですね。高価そうです。それでは皆さんは外に出ていてくださいね」


「アル!? あるぅうううううう!!」


 呼び止める間も無く、扉が閉まった。締め出されてしまった三人の間をひゅるりと風が吹きぬけ、ヴィレッタはその場にがくりと膝を着いた。なにやら乾いた笑いを浮かべながら空を見上げ、魂が抜け落ちたかのようにただただ涙を流し続けていた。そんな先輩を見るに絶えず後輩二人が左右から肩を抱く。


「先輩、元気出すにゃ――」


「そ、そうですよう! あと二日でメンバーが二人勧誘できればいいんですから!」


「……ぐすん……。そう、上手く行くかなあ……」


「だ、大丈夫にゃ! だって一日一人入れれば間に合うんだし!!」


「そ、そうですよ! 楽勝ですよ……。主にニアが頑張りますから!!」


「ボクなの!?」


 そんな会話が暫く続き、三人は仕方が無く校内のカフェに移動した。三人同時に紅茶を飲み、それから深々と溜息を漏らした。

 放課後、生徒たちは各々思い思いにガーデンエリアを利用していた。ビルが校舎であるフェイスのワンフロアをまるまる使用した巨大庭園であり、生徒達にとっては人気の休憩場所である。

 誰もが楽しげに会話交わす中、その三人の背中は明らかに煤けて見えた。特にヴィレッタは深刻で、手を組んでテーブルにうつ伏せになったままなにやらぶつぶつと独り言を繰り返していた。


「それにつけてもどうしようか? マキナが作ってくれたチラシも部室の中だしなあ」


「……今まで二週間くらい勧誘してて一人も駄目だったのに、残り二日なんて絶対無理だよう」


「こ、こらマキナ!? 先輩の前でそういう事言うと……!」


 ヴィレッタは完全にテーブルの上で死んでいた。ただしくしくと涙を流す音だけが聞こえてくる……。

 三人は完全に途方に暮れて居た。三人とも交友関係に関してはめっきり駄目であり、たまたま何故かこの三人では上手く行っている物の、他に仲の良い友達も居ない。正に絶体絶命であった。そんな時――。


「――あれ? よっ、一位合格チームさん」


 背後から聞こえた声に振り返ると、そこには一人の少年が立っていた。蒼い制服を着用している様子からクラスはC、ショートカットの茶髪の少年の姿がそこにはあった。しかし、二人とも同時に目をぱちくりさせた。それも無理はない事である。何故なら――。


「えと、どちらさまですか……?」


 二人は彼の事を全く知らなかったからである。マキナのその質問に対し、少年は白い歯を見せて小さく笑った。


「あ、ヒデーの。あのさ、一緒に授業受けてるヤツらの顔とか、興味ないカンジなわけ?」


「あ、そ、そうだったんだ……。ご、ごめん……」


「ま、そっちが一方的に有名になっただけなんだけどネ。ねえねえ、そこ座っていい?」


 見れば少年は片手にハンバーガーとコーラを載せたトレイを持っていた。そこ――というのは、三人の間の席の事である。誰も返事をしていないのに少年はそこに腰を下ろし、それからコーラを飲んで笑った。

 マキナは少年の顔をじっと見詰めた。やはり見覚えは無い。垂れ目にそばかす、額にはオレンジのバンダナを巻いていた。同年代の男の子と一緒にテーブルに座っているという奇妙な状況……。何故こうなったのか判らず、マキナは一人で小首を傾げていた。


「あ、そうそう。俺はサイっつーの。サイクロニス・ヴァルヴァイゼってのがフルネーム。でもどっちもめっちゃ長いし、なんか気取ってるカンジで嫌なんだよね。だからサイって呼んでくれるとありがたいネ」


「サイ、君?」


「あははっ! うける! 君とかいわねーだろ、普通」


「えーと、そのサイはボクたちになんか用なの?」


「用なんかねえよ? でもさ、今一躍時の人じゃん、お前ら。試験の結果見たぜ? 最高得点の八十三点だったんだろ、お前ら。八十点超えする生徒って、歴代八人目らしいぜ?」


 マキナが少し照れくさそうに俯いた。少なくともサイの口ぶりや様子は自分たちに対して悪意的な物ではないように思える。この間からんで来た男子生徒と同い年のはずなのに、何故こうも違うものなのかとマキナは一人でそんな事を考えていた。


「みそっかすのくせにスゲーじゃん。俺さ、ちょっとお前の事見直したんだぜ? あー……? レンブラント?」


「あ、ありがとう……?」


「ウチのクラスの三馬鹿? あいつら超悔しそうな顔してんの。ホントあれは爆笑モンだったね。一人泣き出しちゃうしさ〜! あいつらちょっと目立ちすぎっつーか、俺より目立ってるのが気に入らないっつーか? ぶっちゃけさ、評判悪かったんだよね。だからみんなスカっとしたって言ってたぜ」


「そ、そうなんだ……。でもちょっと可愛そうな事しちゃったかな……?」


「だははははっ!? 可愛そうとか、お前ホント面白いな! その発想がマジ天然パワーっつーかさ。腹イテー!」


 一人で腹を抱えて笑っているサイのテンションについて行けず、マキナは仕方なく苦笑を浮かべていた。そんな二人の様子を眺めていたニアが突然立ち上がる。


「ねえサイ、うちのギルドに入らない?」


「え!? そんないきなり――」


「あ? いいよ別に」


「ええっ!? いいのぉっ!?」


 テーブルに頬杖を付き、サイはへらへらと笑った。口元をハンバーガーのソースで汚しながらウィンクする。


「別に暇だし? あー、でもお堅いギルドはパスだぜ? 俺なんつーかさ、フリーダムなの希望なんだよね」


「それならピッタリだよ! フリーダムすぎてつぶれかかってるくらいだからっ!」


「何、つぶれかかってんの!? ははっ!! そんなトコに誘うって、お前らホント変なやつらだな〜!」


「ちょ、ちょっとニア!! こっち来て!!」


 マキナがニアの腕を取り立ち上がる。同時にヴィレッタも引き摺り、マキナは少し離れた草むらで眉を潜めた。


「どんな人かもわかんないのにギルドに入れちゃって平気なの?」


「え? んー、頭悪そうだけど別に嫌な奴じゃないんじゃない?」


「……だけど、私は反対だな……。どうせなら女子がいいよ……。男子はその……は、はずかしいだろ?」


「にゃにゃあああっ!! 二人ともそんな事言ってるから全然進展しないんだよっ!! 男子だろうが女子だろうが、嫌な奴だろうが良い奴だろうが兎に角入れなきゃつぶれるんだよ!? 四の五の言ってる場合じゃないの! わかった!?」


 ニアの一喝で二人は同時にしょんぼりしてしまう。そうして三人が立ち上がり降り返ると何故かそこにはサイの姿があった。


「何、男子禁制のギルドだったわけ?」


「い、いや……そういうわけではないんだ。ただその……男子って、怖いっていうか……」


「あーあーあーあーあーっ!! 何でもないですよねー、先輩!?」


「う、うん……。なんでもないです……」


「でも、サイ君は本当にいいの? その、全然何も説明してないんだけど……」


「んー? 別にいいんじゃね? 退屈だったら止めりゃいーじゃん? そんなに難しく考えんなよ、みそっかす」


 ペロリと唇のソースを舐めてサイは笑った。その人懐っこい笑顔にマキナは眉を潜め、それから苦笑を浮かべた。確かにその通りである。とりあえず目的が一時的にだろうが達成出来ればそれでいいとも言えるだろう。

 こうしてサイクロニス・ヴァルヴァイゼの入隊が決定した。その書類を生徒会に提出しに行くと、アルは少し不快そうな表情で一応受理してくれた。

 四人で肩を並べ、生徒会室から引き返す。とりあえず残りあと一人、なんとかしなければならない。三人の女子が悩んでいると、傍らで能天気そうに男子が呟いた。


「そういやさー、他のメンバーってどこにいんの?」


 その質問に三人は同時に足を止めた。サイクロニス・ヴァルヴァイゼ――。彼は結局、何も判らないままそこにいたのであった――。


〜ねっけつ! アルティール劇場〜


*そして廃部へ……*


ニア「縁起でもないよ!?」


マキナ「というわけで、今回は前回紹介していなかったキャラさんとかを紹介したいと思いまーす」


ニア「これからどんどん増えてくからね。何回かにわけてやってく算段だね」


マキナ「はーい」


ニア「というわけで、どうぞー」



ヴィレッタ・ヘンドリクス


年齢:18 性別:女 身長:175 ランク:A 所属:アルティール(生徒会、旅団)


銀色の髪と金色の目のお姉さん。長身にグラマラスな体型、威圧的な視線と無愛想な表情から非常にとっつき難く感じるが、その実とても繊細な乙女である。

無愛想になってしまうのは緊張している時だけであり、心を開いている相手にはとても優しい――というか実は誰にでも優しい。男に対して免疫無し(キリュウとアルを除く)。

遠距離狙撃の名手であり、またの名を“ファントム”。非常に優秀なライダーであり、かつては学園の中でも最強を争ったほどだが、過去の事件が切欠で落ちぶれている。

カラーオブレッドであるアテナ・ニルギースとは複雑な関係であり、同じ生徒会に所属する生徒でありながら非常に折り合いが悪い。というより一方的にアテナに嫌われている。

少女趣味で非常に家庭的な能力の持ち主。本当はライダーなんかではなく、普通にお嫁さんかなんかになりたかったらしい。しかし、寄ってくる男はどちらかというとM傾向にあり、アブノーマルで嫌らしい。

蒼のカラーズ、“ザ・スラッシュエッジ”とはとある縁があり、その存在に憧れている。また嘗ては彼女自身もカラーズに深い関わりを持っていたが……。



キリュウ・オウセン


年齢:19 性別:男 身長:180 ランク:A 所属:アルティール(生徒会)


黒髪の美少年。アルティール生徒会長であり、この学園を仕切る裏の最高権力者である。

生徒から圧倒的な支持を受けるその性格は遊び心に満ちており、真面目に何かをやれば偉業を残せるのだろうが、それをくだらない方向性に浪費している。

常に謎の扇子を持ち歩き、自分ではあまり動こうとしない。しかし彼自身も凄腕のライダーであり、真面目にやれば本当にすごい男である。

生徒会メンバーとは長い付き合いであり、特にアテナの事は妹のように思っている。しかしそれは一方的な愛情で、アテナには嫌われているらしい。

物凄い美形なのでファンクラブがあり、公式グッズを発売して儲けている。カラーズ級の実力者だが、カラーズの肩書きに興味はない。

趣味は日本舞踊で、私服は和装である。



アルウォーク・プリウス


年齢:14 性別:男 身長:150 ランク:B 所属:アルティール(生徒会)


小柄な眼鏡の少年。アルティール生徒会書記。

アルティールの入学に年齢制限は存在せず、入試にさえ合格すれば何歳でも入学する事が出来る。13歳の時に入学し、現在一年在学している天才。

生徒会メンバーであることを誇りに思っており、紅の称号を持つアテナを尊敬している。逆に言うとアテナ以外は見下している傾向にあり、かなり生意気な態度が目立つ。

しかし、外見が可愛らしい事からあまり彼の行動に反感を覚える人はいない。ライダー科ではなく後方支援系の学科に所属している為、FA操縦は出来ない。

身長が低い事がコンプレックスになっており、「これからのびる」とか「160くらいはある」と言い張っている。勿論誰も信じていないが、微笑ましく見守っていく方向のようだ。

かつて入学するよりも前、アテナとは一度会った事があり……。



ジル・バーツ


年齢:24 性別:女 身長:168 ランク:A 所属:アルティール


主に新入生に対して教育を施す教官。スタイルの良い美女だが、常に鞭を持ち歩くなどおっかない面が目立つ。

その実かなりの生徒思いの優しい先生であり、特に出来の悪い生徒ほど可愛いらしくマキナの成長を楽しみにし、ハラハラしながら見守っている。

アンセムとは昔同じ部隊に所属していたライダーであり、マキナの母親とも面識がある。持っている鞭は生徒を叩く為ではなく、自分は怖いのだとアピールするためである。自分が生徒に甘くしそうになるのを戒める意味も持っている。

所謂鬼教官だが、結婚願望がありそろそろいい男を見つけないとヤバいと焦っている。勿論それが生徒に露呈する事は無いが……。



サイクロニス・ヴァルヴァイゼ


年齢:16 性別:男 身長:170 ランク:C 所属:アルティール(旅団)


短髪のお洒落な少年。そばかすとまつげの長いたれ目が特徴的。

よくバンダナを頭に巻いているが、頭につけているものは日によって変化する。様々な帽子やバンダナ、カチューシャなどを持っており、気分でよく変わる。

唯我独尊な性格をしており、楽しいかどうかを己の行動基準としている。失敗や衝突を恐れない真っ直ぐな性格で、駄目だったらその時はその時、という考え。

成績は実はニアに続く程優秀だが、彼は殆ど全くといって良いほど練習をしておらず、授業もあまり真面目には聞いていない。本気を出せば実力はさらに上を行くと思われる。

頭は悪いが屈託が無く、非常に明るい性格の為マキナやニアも彼とは友達になってもいいと考えている。ちなみにギルドルームには毎日顔は出さず、結構サボりがち。

高速戦闘タイプのFAを好み、射撃による突撃戦が得意。趣味はスケボーと通信販売。



マキナ「今日はこんなところかな?」


ニア「やっと男子出てきたね……」


マキナ「ね……」


ニア「それに、レギュラーの男キャラとしては今までとはちょっと違う性格かもね」


マキナ「そうだねえ。新しいねえ」


ニア「そんなわけで、また次回!」


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