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 ウズ嬢とラビアタが待つはずのガゼボに、なぜかマリーベールがいる。ラビアタはまあいいが、なぜ彼女がここにいるのか。


「わあ! 女のひと、だよね? ヅカのひとみたい、かっこいい〜」

「彼女は剣技や乗馬も得意としていて、俺も負けていられないと思っているんだ」


 聖女がマリーベール嬢を褒めることばに、つい賛同してしまう。マリーベール嬢が「はは、恥ずかしいな」と笑う様に聖女とふたり、見とれてしまう。

 しかしヅカとはなんだろう。わからないが、そう。彼女はかっこいいのだ。


 はじめて彼女を意識したのは、学園に入学したその年。自由選択だった弓術の講義の最中だった。

 学園に入学するほとんどの生徒が、日頃から護衛を連れ歩くような身分のため、自ら弓術を身につける者は少ない。習ったとしても、護身用の短剣がせいぜい。

 そんなわけで、幾人か集まった受講者の多くが興味本位の未経験者。クリムゾンも独学でかじった程度で大した差はなかった。


 しかし、素人目にも彼女が抜きん出ていることはすぐにわかった。

 自前の弓に矢をつがえる姿。ぴんと伸びた背筋、力強く弓を引きしぼる腕。なにより、的を射抜くその眼差しが美しかった。


 その日、自分は恋を知った。

 そして幼少より親同士が決めていた婚約を白紙に戻したい、と告げてから思わぬ騒動になったのだが、それは今はいい。


「なぜ、あなたがここに」


 落ち着かない気持ちのままに視線をさまよわせるけれど、ウズ嬢と待っているはずだった友人ラビアタの姿はない。

 どうしようもないやつだが、場を持たせるくらいのことはできる。せっかくの出番だというのに、どこへ行ったのか。


「ラビアタさまでしたら、町の娘さんとお約束していたのを思い出したとかで、行ってしまわれました」


 静かに告げるウズ嬢の額に青筋が立って見えるのは、きっと見間違いだろう。そうであってほしい。


「待ち人が来るまでウズがひとりになってしまうというのでね。ちょうど時間の空いていたわたしに声がかかったわけさ」

「それは……お手数をおかけした」


 ウズ嬢の視線に肝を冷やしつつ、マリーベール嬢への対応に別のドキドキを味わう。おかしなことは言っていないよな?


「いや、わたしもあなたと話してみたいと思っていたんだ」

「俺と……?」


 涼やかな笑顔を向けられて、思考が止まる。

 話してみたかったとは、どういうことだろうか。まさか、弓術の講義の折に彼女を見つめすぎてバレていた⁉︎ いやしかし、同じ講義をとっていたのは昨年の話だ。


 こういった場面で、どのような返答がふさわしいのだろう。今こそラビアタが居れば……いや、あいつをマリーベール嬢に近づけたくない。

 葛藤しているうちに、ウズ嬢とマリーベール嬢が王子をガゼボの椅子へと促している。マリーベール嬢はなにをやっても様になる。


「モモカ、座ろうか」


 見惚れてばかりもいられない、と聖女の手を取りガゼボに足を踏み入れた。背中にウズ嬢の視線が刺さっているような気がするが、それよりも困る問題が目の前にある。


 聖女をどこに案内すべきなのか、だ。


 二脚あるベンチのひとつにはすでに王子が座っている。

 もう一脚に四人で座れるくらいには、ベンチは広い。王族とそのほかに分かれるのが一番正しい。


 だが、王子はベンチの奥に腰掛けているのだ。広いベンチの中央に陣取ってくれれば悩むこともなかったのだが、気遣いのできる王子がわざわざ開けてくれた空間を無視するわけにもいかないが、かと言って王子のとなりに聖女を座らせるわけにもいかないし、ウズ嬢やマリーベール嬢に押し付けるわけにも……。


「クリムゾン、ここに」


 一瞬のうちに駆け巡った悩みは、王子がご自身の横を示したことで消し飛んだ。

 そこに座れと。


「しかし……」

「あ、誰も座らないならあたしが」

「失礼いたします」


 王子と聖女を隣り合って座らせ国に不利益をもたらすくらいならば、不敬など恐れることはない。

 王子のいるベンチを目指そうとした聖女を制し、すかさず腰を下ろす。聖女の顔に不満が浮かぶ前にハンカチを取り出し、自分の横にセットした。


「モモカ、どうぞ」

「わあ! すごい、漫画みたい!」


 聖女が何を喜んでいるのかわからないが、機嫌が良くなったようで助かった。ラビアタの真似もたまには役に立つらしい。


「……では、私たちはこちらに」


 ほっとひと息つきかけたところで、ウズ嬢の声に固まった。

 いつもどおりの静かな声音であるのに、どうしてか背筋を凍らせる冷ややかさがこもっている。いや、聖女はウズ嬢とマリーベール嬢を見て「ふたり並ぶとほんとに王子さまとお姫さまみたーい」とはしゃいだ声をあげているし、本物の王子は至って普段どおりというかむしろなんとなく機嫌が良さそうだ。


 つまり、この恐ろしいまでの冷気を向けられているのはただひとり。


「ウズ嬢、その……」

「はい、クリムゾンさま?」


 こわごわ呼んでみるが、語尾のあがった返事に臆して後が続かない。というか返事が早すぎる。たぶん、いま「俺は座る場所を間違えただろうか」と聞けば命はない。

 こういう直感は大事にしろと、父にも再三言われている。


「あーっと、その、なんだ。モモカの各地訪問にはウズ嬢も付いていくのか?」


 本来であればウズ嬢とラビアタを交えて、聖女か誰に好意を寄せているか聞き出す場だったはずなのだが。事情を知るラビアタはいないし、王子にマリーベール嬢と交えてはいけないひとたちもいる場で出せる話題がとっさに出てこなかった。


「ええ。ということは、クリムゾンさまも?」


 ウズ嬢の返事に冷ややかさはない。話題選びは間違っていなかったらしい。窮地をひとつ乗り越えたのだ!


「ああ。護衛騎士は当然同行するが、モモカも歳の近い者がいたほうが気を張らずに済むだろうとのことでな」


 その間の講義に関しては、聖女の身辺警護をすることで代替してもらうことになっている。ウズ嬢もおそらく同様だろう。

 少なくともその期間まで持たせれば、王子と聖女が接近することも無くなるのだ。


「ふむ。クリムゾンが護衛騎士見習いの立場でついて行くのか。ならば、私も同行しよう」

「えっ?」


 王子と聖女が接近してしまう!


「でしたら、わたしも連れて行ってはいただけないでしょうか」

「ええっ⁉︎」


 なぜマリーベール嬢まで!

 呑気に「わー! みんなでお出かけするの? 楽しみ〜」と喜ぶ聖女の声を聞きながら、呆然とするほかなかった。

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