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「あー、あれが聖女サマ? んー、素朴なタイプだね!」


 遠慮のないラビアタの声は、静かな庭園によく響く。そのくちを塞ぐよりもはやく、王子と聖女がこちらに気がついてしまったらしい。


「あー! クリムゾン! また会えたねー!」


 振り向いた聖女を目にして、ぴょんぴょんと跳ねながら腕をおおきく振っている。

 聖女が絡めた腕が外れた途端、王子がわずかに身を引くのが見えてそこに希望を抱いた。


「ガッチリ彼女の心を掴めば、まだ救いはありそうだね?」


 ラビアタがささやく声に答える間も無く、聖女が目の前に駆けてきた。ドレスの裾を跳ねあげて走る彼女に、置いて行かれた王子がほんのわずかに表情をくもらせる。


「わあ! きれいなひと! クリムゾンのお友だち? あたしはモモカだよ」

「ふふ、きみはとっても愛らしいね。僕のことはラビアタって呼んでくれるかな、お姫さま?」


 背後からの視線に目もくれず、近寄ってきた聖女の手を取りラビアタが笑った。ついでのように彼女の手の甲に唇を落としている。


「ひゃあ!」

「おや、モモカはこういう挨拶に慣れてない?」


 顔を赤く染めた聖女にくすくすと笑いながら、ラビアタは小首を傾げて彼女を見上げた。

 いわく「斜め上からが僕を一番魅力的に魅せる角度」らしい。そんなものを探す時間があるなら、剣技のひとつも磨いたほうが有意義だと思うが。


 現に、聖女はラビアタの手から逃れるようにそろりと後退している。


「あんまりぐいぐい来すぎる重たいひとは苦手かな〜……」

「わお、フラれちゃった!」


 すくいあげていた手に逃げられて、けれどラビアタは悲しむどころか楽しげに声をあげる。

 ふざけた友人の言動に、思わずラビアタのえり首をつかんで引き寄せた。


「お前はまた、どういうつもりだ!」

「いやー、僕が肩代わりできるならしてあげようと思ったんだけど、ダメみたい。残念!」


 小声で苦言を呈すも、返ってきた答えに苛立ちはかき消える。

 おどけて言ってみせているが、ラビアタなりにクリムゾンのことを思いやってのことだったのだ。ラビアタはクリムゾンが想いを寄せている相手を知っている。そのために時間をかけて親の決めた婚約者に穏便に振られたことも承知している。

 持つべきものは友ーーー


「ああん! 美人系イケメンとクール系イケメンのツーショット! 目の保養〜」

「ふふ。素直な子は好きだなあ。ほら、もっと近くで見てもいいんだよ?」


 ……前言撤回。

 身悶えする聖女に身を寄せてほほえむ軟派な男など、知らん。ええい! 腕を離せ、頬を寄せるな!


「……! ……‼︎」


 聖女と王子の手前、怒鳴り声をあげるわけにもいかない。苛立ちを抑えつつラビアタの足を踏んでやろうとするも、互いの距離が近すぎてうまくいかない。


「クリムゾン、ラビアタ。お前たち、なぜここに?」


 静かな攻防を止めたのは、王子のひと声だ。

 うっとうしいラビアタを引き剥がすのに意識をやり過ぎて、王子の存在を忘れるところだった。

 腕をつかむ力が緩んだ隙にラビアタを押しやって、王子に向き直る。


「は。ハイドランジア家のウズ嬢が聖女さまにお会いすると聞き、同行して参りました」

「お前はまたそのように堅苦しい物言いを……」

 

 わずかに顔をしかめた王子は学園においてことばを交わすたび「私のほうが下級生なのだから、あまりかしこまる必要はない」と言ってくる。が、下級生であろうと王族だ。気安く振る舞う加減が難しい。

 それ以前に、ここは学園ですらない。


「それにしても、お前たちは聖女と顔見知りであったか」

「は。昨日、偶然にもお会いしまして。名前を呼ばせていただく仲になりました」


 王子の気を聖女から引き離すためにも、彼女に気があるような言動をしなくてはならない。

 必死に考え、当たり障りのない事実だが、隠された気持ちがあるような返答をするも、冷や汗が止まらない。裏のある会話は苦手なのだ。


「ほう? お前が、昨日会ったばかりの聖女とな……?」


 片眉をあげた王子の心中がわからない。

 もしやほかに思い人がいるとご存知なのか、と冷や汗が吹き出るも、思い人のことはウズ嬢とラビアタと母上にしか告げていないはず。嘘のつけない父上にもまだ伝えていないのだから、ばれるはずがない。


「えへへー。そうなんだ。クリムゾンとは昨日会ってね。友だちになったんだよ!」


 止まらない冷や汗に目が泳ぎそうになったところで、聖女が腕に飛びついてきた。

 相変わらずの無作法だが、今は助かった。王子の視線が聖女に向いてくれた。正しくは、聖女がクリムゾンの腕に抱きついている状況を見ているようだが。


「王子さまとクリムゾンも友だちなの?」


 王子に対しても変わらぬ態度を貫く聖女に、さっきまでとは違う汗がにじむ。

 不敬だと切って捨てるような王族ではないが、もうすこし何とかならないものだろうか。

 後ろでラビアタがひきつった小声で「わーお」とつぶやくのが聞こえる。叶うなら、共に傍観して顔をしかめたいところだ。


「友……「友などと、おこがましいことです。王子殿下とは年齢が近く、学園でお会いするため顔を覚えていただいておりますが」


 聖女の問いに王子が戸惑うのを見かねてすかさず説明をすると、なぜか王子の眉間にしわが寄った。

 視線の先にいるのは俺だ。まさか、聖女と会話を望まれていたのだろうか。それはまずい!


「学園って、学校があるの? えー、あたしも行きたーい」


 聖女がくいついた話題に、しめたとばかりに飛びつく。ここからどうにか、王子が聖女に興味をなくすように仕向けねば!


「学園は俺たち華族が通うところだから。女生徒は行儀作法や刺繍などの講義があるんだったか、な? ウズ嬢が教えてくれているはず……」


 しまった、女生徒の必修講義について詳細を知らない。親しみやすさを考慮しながら尻すぼみになったことばに、ラビアタがにやにやと笑っている。


「それ僕の真似のつもり? ひどい出来だね」


 耳を寄せてささやき、くくっと笑う男の腹に肘を入れておく。演技がうまくないことくらい自分でわかっているが、改めて指摘されると腹が立つ。

 王子も怪訝な聖女は気にしていないようなのだけが幸いだ。


「だったら、あたしも学園に通えばいいじゃん! そしたらウズちゃんに来てもらわなくてもいーし、クリムゾンたちとももっと仲良くなれるもん。ね?」


 ラビアタに気を取られていて、手を合わせて笑う聖女の発言を聞きもらした。


「……クリムゾンさま?」

「あ……ウズ嬢……」


 振り向き、そこにいたウズ嬢の笑顔を見て、たぶんかなりまずい事態になっていると悟ったところで、すべては遅きに失していた。

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