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 学園を出てウズ嬢の手配していた馬車に乗り込む。クリムゾンとラビアタが隣り合って座り、向かい側にはウズ嬢とウズ嬢に付けられた王城勤務の女性騎士が座る。


「凛々しい女性もまた、麗しいものだね! 君の武勇伝を聞かせてほしいな」


 ラビアタは馬車が走り出すのも待てない様子で女性騎士に声をかけたが「職務中ですので、ご容赦を」とすげなく断られた。真面目なのは良いことだ。

 ついでにクリムゾンとウズ嬢ににらまれて、以降はおとなしく市井での流行についてなど、取り留めもなくしゃべっている。


 一体どこでそんな情報を集めてくるのか、と呆れてしまう。

 聞くとも無しに聞いていると、じき城にたどり着いた。馬車の外では慌てた様子の侍女が出迎えてくれた。


「ああっ、ハイドランジアさま! お待ちしておりました!」

「聖女さまが、なにか?」


 ウズ嬢の乗る馬車から現れたクリムゾンとラビアタに目を丸くしていた侍女は、冷静なウズ嬢のことばでハッと表情を改めた。


「はい。あの、城の華園をご覧になりたいと行ってしまわれて。どうにかお引き止めをとお声をかけたのですが……」

「そう、あなたたちでは華園には入れないものね。良く知らせてくれました」


 申し訳なさそうに頭を下げる侍女は、十華より下位に位置する百華の生まれなのだろう。引き止めようと奮闘してくれただけよくやったと言わざるを得ない。

 ねぎらうウズの横をすり抜けたのは、ラビアタだ。日ごろはだらけているくせに、こういう時だけは止める暇もない。


「そんな悲しげな顔をしないでよ。君が悲しそうだと僕まで悲しくなってしまうもの。ね、聖女さまなら僕らがなんとかするから、どうかもう悲しまないで」


 「ね?」と首をかしげるラビアタに、侍女が顔を赤くした。それはそうだろう。城勤めする程度には育ちの良い娘の周りに、初対面の異性のあごに手をかける者などいないのだから。


「近い」

「離れてくださいませ」


 ラビアタの襟首をつかんで引き離すのと同時に、ウズ嬢が侍女とラビアタのあいだに立ちふさがり不埒ものを遠ざけた。

 ウズ嬢の背後にかばわれた侍女は、安心したように息を吐いている。


「もー、君らほんと堅いよね。ちょっとしたスキンシップでしょう? 気持ちをほぐそうと思っただけなのにぃ」

「やり過ぎです」

「お前のは度を越している」


 ふたりがかりで行動を咎めれば、さすがのラビアタもおとなしくなった。くちを尖らせて納得はしていない風だが。


「そんなことより、急ぎましょう。華園の花を手折られでもしたら大変です」

「えー? 華園の入り口にも見張りくらいいるでしょ。だいじょーぶだよー」

「「…………」」


 へらへら笑うラビアタの発言に、ウズ嬢とふたり黙って視線を合わせた。肯定ができない。

 並みの令嬢が相手ならば、見張りの騎士で事足りる。だが、あの聖女では……。


「ウズ嬢、先に行く! 騎士どの、ウズ嬢を頼んだ!」

「えっ、ちょっと! 何で僕を引っ張るのかな⁉︎」

「お願いいたします、クリムゾンさま。私も急ぎます!」


 ウズ嬢を女性騎士に任せて、大またで急ぐ。ラビアタの腕をつかんで廊下を曲がれば、ウズ嬢と侍女の姿は見えなくなった。ドレスにかかとの高い靴では急げまい、という思いを汲んでくれてありがたい。


「ねえねえ、そんなにまずいの? 聖女さまって、見張りもなぎ倒しちゃうくらい強いの?」


 急ぎ足で歩きながら腕をつかんでいても、ラビアタは易々とついてくる。何なら少しくらいよろけていれば良いものを、と思いつつも重々しくうなずいた。


「ああ、強いな。部屋付きの侍女だけでなく、ウズ嬢の制止も聞かない。おそらく、騎士と言えど持って数分……」


 言いながら、思い出すのは昨日体感した聖女の押しの強さだ。同じ言語を使っているはずなのにことばは通じず、姿形は変わらないのに常識が大いに異なっているらしい。

 そのうえ、聖女には謎の自信がある。こちらがいくら諌めても、思うがままに振る舞うあたりはいっそ王族のようですらある。常識を持たない王族の何と恐ろしいことか。

 

 つい昨日の聖女の振る舞いを思い出して頭の痛い思いをしていると、その横顔をどう勘違いしたのかラビアタがごくりと唾を飲み込んだ。


「聖女さまって、大の男をのしちゃうくらいに筋骨隆々なの……?」

「会えば、わかる」


 脚の鈍るラビアタを半ば引きずるようにして、辿り着いた華園の入り口では、ふたりの騎士が立っている。

 クリムゾンとラビアタに気がついた彼らは、安堵の表情で迎えてくれた。


「ああっ、クリムゾンさま良いところに! 聖女さまが、なかに」

「聞いている。お戻りになるよう、声をかけて来よう」


 道を開けてくれた騎士の間を通り抜けようとするも、騎士のことばはそれで終わりではなかった。


「それが、その、騒ぎに気づかれたスーベニール王子が聖女さまの後を追って行ってしまい……」

「なんだと⁉︎」


 聖女と王子が出会ってしまった。

 告げられた最悪の事実に、血の気が引いた。だが、すぐに気を取り直して華園に踏み込む。

 絶望するのは打ち倒された自軍をこの目で見たときだ。伝聞を聞いて立ち尽くす暇などない。


「わわ、ちょっと! もうすこしゆっくり歩いてよ、転んじゃうよ!」

「国の存亡がかかっているんだ。そんな悠長なことは言ってられん!」


 ラビアタの文句を切り捨てますます速度をあげたが、手入れの行き届いた生け垣を曲がったところで、目にした光景に立ち尽くした。


 バラ、カトレヤ、アジサイその他、十華の家名を現す花が咲き乱れる華園の中央。百華の王にふさわしく堂々と花弁を広げた牡丹(ピオニー)のその前に。


 ひと組の男女の姿があった。

 男のほう、あのオレンジがかった金髪は見間違いようもない。いずれクリムゾンが騎士として仕える主となる、スーベニール王子だ。

 そして女のほうは、後ろ姿で判断がつくほどの付き合いはないが、ここまで届く遠慮のない笑い声をあげる女性と言えば、聖女のほかにはいないだろう。


 牡丹の花の前に立つ王子の腕に、聖女が腕を絡めている。

 王子のほうも距離を取るでもなく、ふたりは寄り添いあって仲睦まじいように見えた。


 ーーー終わった……。


 思い描く最悪の光景が現実のものとなり、絶望するほかなかった。

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