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 聖女を部屋までエスコートしただけでぐったりしてしまった。それだけでなく、翌日まで続く疲れに鍛練が足りないのだ、と学園の裏手を目指していた。


 舞台役者たちが劇ごとに変わる役割を見事に演じきってみせるのは、日ごろの練習の賜物だと聞く。ならば、クリムゾンもさらに鍛えれば聖女を誘惑することも今より容易になるに違いない。

 そう考えて、修練場を目指していたのだが、物陰から現れたウズ嬢に有無を言わさず連れられて、ティーサロンにやってきていた。


「なぜお前がいる」


 昨日の話の続きだろう、とおとなしく連行され、ウズ嬢が足を止めた席で紅茶を傾ける友人を見つけて眉をひそめる。

 そこには級友にして悪友と言える、ラビアタ・カトレヤが優雅に座っていた。華やかな見た目で女性を誘惑して歩く、不覚にも昨日、手本にしてしまった男だ。


「わお。クリムゾンったら冷たい言い草! ウズ嬢と堅物の君がふたりでお茶するなんて、なんか面白そうな気配がするんだもん。僕も仲間に入れてよ」


 黙っていれば妖艶なラビアタは、喋りだすと途端に軽薄さが前面に押し出される。それを付き合いやすいと勘違いして絡めとられ、あっと言う間に一時的な肉体関係をもってしまう婦女子がいったい幾人いただろうか。

 いまも、邪気などかけらもありません、という顔で笑う男は軽そうな物言いをしているが、この男が興味を持ったならばその対象は生半可な覚悟では逃げられない。


 そして現状で、ラビアタが興味を抱いているのはクリムゾンとウズ嬢の抱える問題なのだ。

 彼に諦めさせるためのことばを探し、どうしてくれようと考えている間にウズ嬢はさっさと椅子に腰を下ろしてしまった。


「クリムゾンさまの演技は穴だらけですもの。こうなったら貫くほかありませんから、お手本があったほうがよろしいかと思いまして」


 「興味を失くしてくれれば、それはそれで良かったのですけど」とつぶやくウズ嬢は、クリムゾンが席につくが早いか、正面からひたと見据えてくる。


「その前に、ひとつ教えていただきたいのですけれど。どうしてクリムゾンさまはこの方をお手本に選ばれましたの? ほかにいくらも真っ当な殿方がおいででしょうに」


 真顔で問いかけてくるウズ嬢に、がっくりと肩を落とす。「あれ? なんか僕の悪口言ってる? もしかして僕のこと真っ当じゃないとか言ってる?」と聞こえるのは風の音だ。そうに違いない。


「……面目ない。誘惑せよ、と言われて頭に浮かんだのが、こいつだったんだ」


 クリムゾンとしても、くちに出してから「あ、これは間違いだ」と思ったのだ。けれど、そのときにはすでに聖女が目を輝かせていて引くに引けなくなっていた。


「結果として、たまたまどういうわけか魔が差したのか聖女さまが蓼をお好みになる部類の方であったようですから、良かったようなものの」

「あ、なにそれ。ひどい言いようだね」


 ウズ嬢の容赦ない物言いにラビアタがくちを尖らせるが、擁護できない。


「ひどいのはお前だろう。出会う女性、出会う女性にひざまずき軽薄な愛を囁いては不埒な真似をして」

「失礼だな、僕はいつだって誠実に愛を囁いているのに!」


 真面目な顔をしてふざけたことを言う友人に、頭を抱えたくなった。本当に、どうしてこんなやつを参考にしようと思ってしまったのか。

 改めてがっくりうなだれるクリムゾンの横で、ウズ嬢は澄ました顔で紅茶をくちにする。


「ラビアタさまはひとりでしりとりでもなさっていて」


 茶菓子に手を伸ばすついでのようにさらりと言ったウズ嬢に、ラビアタはわざとらしく悲し気な表情を作ってみせた。


「わあ、ウズちゃんたら辛辣! でもそれがまた様になってて素敵だよ。君がくれるなら、罵りことばだって僕にはご褒美さ」


 さっきの悲し気な顔はどこへ行ったのか、片目をつむり笑って見せるラビアタを目にしてクリムゾンは真剣な顔でウズ嬢に相談する。


「……今からでも聖女への対応の変更は有効だろうか」

「諦めてくださいませ。聖女さまは『クリムゾンさん、クールな見た目なのにやさしく笑って親しみやすいところがギャップ萌え~』とおっしゃっていました」

「ふはっ、クリムゾンが? 女の子から親しみやすいって言われたの? くふふふっ! なにそれ、僕も聖女さまに会いに行きたくなってきたー」


 心底楽しそうに笑うラビアタに、湧き上がる苛立ちを抑える気も起きず声を荒らげる。と言っても、場所を考慮して控えめに。


「お前は!昨日の召喚の儀には十華族が立ちあうとあったにも関わらず欠席しておいて、のうのうと!俺はお前の欠席理由を問われて肝を冷やしたというのに!」

「持つべきものは友だねえ、愛してるよクリムゾン。その調子で、僕といっしょに聖女さまに会いに行こうよ」

「いやだ。断る。ウズ嬢とて、お前のような軽薄なものを聖女に近づけたくは―――」


 こんな軟派な男を聖女に会わせては、早晩手を出されてしまうに決まっている。国王もカトレヤには頼めないとおっしゃっていた。

 そんなクリムゾンの胸中を裏切るかのように、ウズ嬢がすました顔でうなずく。


「おいでください。おふたりがお傍にいれば、聖女さまも教師の話を聞いてくださるかもしれませんもの。このままでは私、クリムゾンさまを招待しているお茶会の準備が整わず延期せざるを得なくなるかもしれませんから」


 その言い分はもっともだった。昨日聖女を部屋にエスコートするあいだにどれほど頭痛がしたか。何よりウズ嬢に頼んでいるお茶会が流れてしまえば、この胸を焦がすあの令嬢との接点が得られなくなってしまう。迅速に、聖女の件を片付けてしまわねば。

 友人の腕をつかんで立ち上がる。


「ラビアタ、行くぞ。即刻、聖女を完璧なレディに仕上げてもらおう」

「君のその極端なところ僕、好きだよ。でも、愛しの君とお茶会なんて悠長なこと言ってないで直接、会いに行って愛してる、って言っちゃえばいいのに」


 へらへらと笑うラビアタの発言は、品性ある十華の一員とはとても思えない。


「なりません!」

「そんな真似ができるか!」

「「破廉恥な!」」


 思わず声をおおきくしてしまうのは当然だ。ウズ嬢とクリムゾンに声を併せて非難されたラビアタは、つまらなそうにくちを尖らせる。そんな仕草も似あうのだから、これでクリムゾンやウズと同じ十七歳なのだというのは何かの間違いではないだろうか。


「……君ら、けっこうお似合いだよね」

「私にも殿方を選ぶ権利がございます」


 つん、と顎をそらして返すウズの発言に、深く同意した。


「俺にはすでに好いた相手がいる」

「ほんと、お似合い」


 肩をすくめたラビアタは、カップを傾けて優雅に紅茶を飲む。

 気安い会話でひとしきり盛り上がったクリムゾンたちは、これから聖女に会わねばならないというウズ嬢といっしょに城へ上がることにした。

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