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 聖女よ、ウズ嬢がここまで感情を露わにするとは、何をしたのだ……。

 問うまでもなく、ウズ嬢は腹に溜まったあれやこれやを吐き出し始めた。


「召喚の儀でさぞやお疲れだろうと甘いものを用意してみれば、給仕も待たず手づかみで大皿から召し上がられて」


 手づかみは良くない、大皿に盛られているなら分けられるのを待つのが常識だ。だがそれは聖女の常識がこちらと異なっている可能性もある。

 胸のなかだけで聖女を擁護する。この場合の反論は、相手をヒートアップさせるだけとわかっているからだ。


「ええ、もちろん、初日ですもの。早々に我が国の常識を身につけていただかねばと見守っていましたら『おいしいお菓子を作ってくれたひとに会いに行く』などと食べかけのお皿をそのままに席を立たれて」


 ウズ嬢も、そのあたりは考慮していたらしい。なるほど、彼女の語り口は感情に呑まれたものではなかった。やはりウズ嬢は冷静な判断ができる、付き合いやすい友人だ。

 そんなウズ嬢が、やや声の調子を強くするのもわかる程度には、聖女の行動は不可解だ。


 感謝の気持ちは大切だ。大切だが、まずは自分の皿に取った分を食べ終えてこそ、作った者の心に報いることができるのではないだろうか。それに、礼は侍女を通して伝えればいいのでは……。


「お止めする間もなく駆け出して、飛び込んだ厨房では『あれ、イケメンがいない?』ですわよ⁉︎」

「……ん? 礼を言いに行ったのでは……?」


 思わず、声をあげてしまった。あまりにも聖女の発言が予想外であったせいで。

 だが、幸いなことにウズ嬢は激昂することなく、渋い顔でゆるりと首を横に振った。


「厨房を見回した聖女さまはおっしゃいました。『あたしのためだけにおいしいお菓子を作ってくれるイケメンシェフがいるのかと思ったのに。ふつうのおじさんばっかりじゃん。がっかり!』と」

「…………そう、か」


 落ち着きのあるウズ嬢の声で再現された聖女のことばは、平坦さも相まってなんとも落ち着かない気持ちにさせられる。

 王城の料理人がなぜ聖女のためだけに用意されたと考えたのか。そしてなぜふつうの成人男性だとわかり落胆したのか。料理人は確かな腕さえあれば良いのではないか。


 不可解だ。不可解としか言いようがない。

 すでに頭を抱えたい気持ちになっているのに、ウズ嬢は「それだけではありません」と無情にも告げる。


「厨房からお部屋に戻られる際にも『昨日の儀式のときに集まってたひとたちはどこ? ちらっとしか見てないけど、かっこいいひと何人かいたよねえ。会いたいなあ』などとおっしゃり、あちらへふらふらこちらへふらふら……」


 段々と冷ややかさを増すウズ嬢の声に、血の気が引いた。彼女の感情の高まりに反するように、聖女のことばを再現する声が淡々と冷えていくのが恐ろしい。

 これがウズ嬢の怒り方か……と心に刻みながら、聖女の言動を振り返って頭痛をこらえる。


「話を聞く限り、聖女は国をどうこうしようというつもりは無さそうだな。その点は安心したが……」

「くちを開けば若く見目の良い異性をお求めになるかたのことなど、私には理解できません。それよりも!」


 きっ、と表情を改めたウズ嬢に見据えられる。情けなくも震えるのはこらえたが、ウズ嬢の瞳は逃がさないとばかりにクリムゾンを捉えていた。


「クリムゾンさまの先ほどの態度について、詳しく聞かせてくださいますよね?」

「うっ……」


 ウズ嬢のことばで、先ほどの自身の振る舞いへの羞恥と、国王の無茶な命令に対する戸惑いとがせめぎ合う。

 思い返したくもないが、すでに聖女に対して名乗ってしまった身だ。どうしてか聖女もクリムゾンを気に入ったようであるし、今さら引けない。

 かと言って、王の言うままに下命を遂行できるとも思えない。単独でかかるには、聖女が不可解すぎる。


「ウズ嬢。巻き込まれてくれないか」


 王はスーベニール王子と聖女に内密にするよう、言っていた。ならばそれ以外の協力者を募って行動したほうが成功率はあがる。

 そう判断したクリムゾンが意を決して伝えると、ウズ嬢は目を伏せてしばし沈黙し、ぷいとよそを向いた。


「お断りします」

「‼︎」


 簡素な断りのことばにがん、と頭を打たれたような心地になる。

 ウズ嬢は、固まったクリムゾンを冷ややかな横目で見つめていたが、やがてふぅとため息をついた。


「と言いたいところですけれど」


 そうつぶやいたウズ嬢は、まっすぐ向き合い姿勢を正す。


「クリムゾンさまには私の大切な親友と接点を作る、と約束してしまいましたもの。真意を聞かせていただきます」


 静かにそう言ったウズ嬢の姿に、窮地に駆けつけた援軍の頼もしさを見た。たぶん、言えば怒らせるので伝えないが。


「聖女とスーベニール王子には内密に願いたいのだが。実は、王より聖女を誘惑するよう下命をいただいたのだ」

「は?」


 ウズ嬢の反応は、まさに王の私室で言いたかったそれだった。王に向かって言えなかったそれを再現してくれたウズ嬢に、なにやらうれしいような気持ちになってくる。

 彼女ならばこの無謀な下命の片棒を担いでくれると、詳細を伝えようとしたとき。

 カツン、と高い靴音が聞こえてくちを閉じた。


「あ! こんなとこにいたー!」

「聖女さま……」


 す、っと身を引いたウズ嬢には目もくれず、聖女がクリムゾンの間合いに飛び込んでくる。そのまま腕を抱えられ、咄嗟に振り払いそうになったのをぐっと我慢した。


「ふふふ、どう? クリムゾンの髪色に合わせて着替えてきたの!」


 そう言って、くるりと回って見せた聖女が身に着けているのは、ところどころに赤いリボンのついたドレスだ。腹部はひどく細く締め付けてあり、スカート部分は異様に膨らんでいて身動きが取りづらそう、というのがクリムゾンの抱いた感想だったが。

 それを素直に伝えれば不興を買うことぐらい、武張ったクリムゾンでも知っている。父上が身をもって教えてくれた。


 かわりに、軟派な友人を必死で思い起こす。

 たしか、声をかけてきた顔見知り程度の女性にあいつは―――。


「とても似合ってるよ。俺のために着替えてきてくれたなんて、うれしいな」


 心にもないことばだが、どうにか微笑みを崩さずに唱えられた。

 あいつのように女性の腰をやすやすと抱くことはできなかったが、頬を染めた聖女を見るに、おそらく成功だろう。


「……聖女さま、そろそろ行儀作法の教師が参りますので」

「ええー! 勉強ならさっきしたばっかじゃん。明日にしようよー」


 ウズ嬢が声をかけると、聖女はクリムゾンの腕に飛びついて頬をむくれさせる。

 あんまりにも幼いその行為にウズ嬢の額に青筋を見て、慌てて聖女の手を取って歩くよう促した。


「よかったら、あなたの部屋までエスコートさせてほしいな。お姫さま?」

「クリムゾンのお願いなら、仕方ないなあ。行ったげるね!」


 聖女越しに見えるウズ嬢の視線の冷ややかさに汗をかきながら、これは笑顔を絶やさない訓練だ、と自分に言い聞かせるのだった。

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