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 気が重い。

 王の私室を辞し、心のなかでは鬱々としながらも外見上はいつものように颯爽と見えるように王城の廊下を歩いていた。

 目指すのは聖女に与えられた部屋である。


「……何が善は急げ、だ」


 王に対してこぼせなかった不満が、遅れてくちを突く。

 断ることができずに退室する際に、王が言ったのだ「そうと決まればさっそく聖女の元へ向かうがいい。善は急げというからな」と。


 おかげで、億劫な気持ちを引きずりながら城のはずれにある賓客塔を目指すはめになった。


「しかし聖女がこの時間にどこにいるかなど知らないのだが……」


 王は、昨日の召喚後は世話係に任せてしまったと言っていた。召喚の場ではちら、と聖女の姿を遠目に見ただけでろくに覚えていないから、世話係を探すほうが早いだろう。

 できれば通りすがる誰かに聞きたいところだが、歩いてきたのがクリムゾンだと知ると城勤めの者たちは皆顔を伏せ、端に寄って黙り込んでしまう。こういうとき、国で十指に入る家の名がわずらわしい。


 同じ階級にある十華の家の誰かとすれ違えばいいが、国の有力貴族がそうそう城をうろつくこともない。とくに、賓客塔に用のある者などいないだろう。

 クリムゾンとて、王に呼ばれたのでなければ今ごろは学園で机に向かっていたはずだ。


「ハイドランジア家の姫君を世話係につけた、と言っていたな」


 ますますひと気の少なくなった賓客塔の廊下を歩きながら、年頃の娘と言えばだれがいただろうか、と頭に数人の娘の姿を思い浮かべる。

 ハイドランジア家の者は皆、落ち着きのある華やかさを持つ姫君ばかりだったはず。あの王が警戒する聖女が手に負えるだろうか。


「ねえ!そろそろ休憩しましょ。あたし外に出たいな。お城のひとはみんな堅苦しくて息が詰まるし、ずっとお部屋のなかじゃ窮屈だもん!」


 扉越しにも聞こえる大きな声がしたかと思うと、前触れもなく目の前の扉がばんっと開かれた。

 思わず立ち止まり、鼻の先をかすめた扉に驚き目を丸くする。


「あら? お兄さん、だれ? とってもかっこいいひと!」


 大きく開かれた扉から飛び跳ねるように出て来たのは、小柄な少女。ドレスの裾がひらめくのも構わずクリムゾンに駆け寄ってくる。


「聖女さま、お待ちください! まあ、クリムゾンさま」

「ああ、ウズ嬢。あなただったか」


 少女の後を追って早足に出て来たのは、青紫の髪をゆるくまとめた女性、ウズ・ハイドランジアだった。顔見知りの登場に、つい気が緩む。彼女は学園の同学年なので、異性のなかでも比較的仲が良い部類の知人だ。


「クリムゾンさん? きれいな赤い髪……王子さま?」

「いえ……」


 なぜ赤髪が王子になるのか、理解不能だ。けれど否定しようとしたとき、脳裏を王のことばが過った。「聖女を誘惑せよ」その命を思い出し咄嗟に廊下に膝をつく。


「王子だなんて、もったいないことば。ですが、あなただけの王子になれるならうれしい、な……」


 聖女の手を取り、彼女の顔を見上げる。

 頭に思い描くのは軟派な友人の姿。彼ならば聖女の腰を抱いて耳元にささやくぐらいのことはしてのけるだろうが、さすがに初対面に近い女性にそれができるクリムゾンではない。


 うまく笑えている自信はなかった。せいぜい、常に引き結んでいる唇の端がわずかに上向いているくらいか。だが、これが今の精いっぱいだ。


 とち狂ったセリフを吐いてから、すでに三秒ほどの間が経っている。

 ほんの三秒。けれど永遠にも等しい拷問のような時間だ。


 何か、もういっそ嘲笑でも構わないから何か反応をしてほしい。

 そう願ったとき、見上げていた聖女の顔が目に見えて赤く染まった。

 頬から目元、耳まで染めた彼女は、やけに大きな瞳を潤ませてクリムゾンの手を両手で握りしめてくる。


「やっと攻略キャラらしいひとに会えた! そう、そうだよ! やっぱりこういう甘いセリフをくれないと気分があがらないよね!」

「攻略、キャラ?」


 鼻がぶつかりそうなほどの急接近となぞのことばに、あっけに取られて聖女のするに任せてまばたきを繰り返す。

 そんなクリムゾンを見つめながら、聖女は深く頷いた。


「そう! 聖女召喚なんて驚いたけど、ここ何かの乙女ゲーの世界なんでしょ? だったら王子さまとか素敵な騎士さまがあたしのところに来るはず、と思ってたのに部屋にいるのは女のひとばっかりだし」


 未婚の女性の周りに女人を配置するのはいたって普通のことでは……、と思いながらも黙って聖女のことばの続きを待った。


「仕方ないから探しに行こうとしたら、ようやくあなたが来てくれて。安心した! ねえ、クリムゾンって、それ名前? それとも名字? あたしは花咲(はなさき)百華(ももか)。モモカって呼んでくれればいいよ」

「あ……俺は、クリムゾン・ローズ。ローズは家名なので」

「じゃあクリムゾンって呼ぶね。よろしく、クリムゾン!」


 にこにこと名を呼び捨てるモモカに呆然としながらも、どうにか「ああ、わかった。モモカ」と答えた。記憶のなかの軟派な友人は相手の名をささやきながら微笑んでいたが、そんな器用な真似はできそうにない。


 それどころか、頭のなかではモモカの発言がぐるぐる回っていた。

 身の回りに女ばかりだから探しに行こうと思っていた、と言った。誰を? 男を。それも、王子や騎士といった重要な役職にある者たちを、聖女自ら探しに行こうとしていたと、彼女はそう言った。


 背中を冷たい汗が伝う。

 王はスーベニール王子を聖女から守るためクリムゾンを仕向けたが、聖女は王子だけでなくこの国の中枢を狙っているのではないか。

 まさか、聖女はその身に宿る豊穣の力を以てして、国の重要人物たちを意のままに操るつもりなのか。


 事は、自分ひとりの手には負えないかもしれない。


 国を救うために召喚した聖女によって国が滅ぶ可能性に気が付き、青ざめた顔ですがる先を探す。そして、冷静な顔でそばにたたずむ級友、ウズ・ハイドランジアを見つめるのだった。

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