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 聖女の各地訪問を翌日に控えて、俺はいつになく高ぶる心臓と戦っていた。


「もー、クリムゾン。そんなに何度もいじったら、整ってる髪も乱れるよ」

「だ、だが。本日の任務は決して失敗するわけには……!」


 馬車に揺られながらつい前髪に触れれば、対面に座ったラビアタから呆れたような声が飛んでくる。これを言われるのは何度目だろうか。だめだ、緊張で思考が定まらない!


「あのねぇ」


 武者震いする俺とは対照的に、ラビアタは馬車の窓枠に肘をついて非常にくつろいでいる。肘をついた手で前髪をはらう仕草が大変腹立たしい。


「きみが今から向かうのは騎士の任務でもなければましてや戦場でもないんだよ。ウズ嬢の家だよ? ウズ嬢の家で、ティーパーティ」

「わ、わかっている! わかってはいるが!」


 これから開かれるだろうティーパーティの光景を思い浮かべただけで、緊張が加速する。

 落ち着け、落ち着け、平常心だ。装備(ふくそう)は仕立てたばかり、万全だ。作戦も練ってきた。背後を任せられる仲間(ラビアタ)もいる。

 

「マリーベール嬢はどんな衣装で来るかなあ」

「どっ⁉︎」

「あ、もう着くね」


 仲間だと思っていた相手からの突然の攻撃に、なすすべもなく意識が混乱した。

 だが馬車は止まらない。いや、止まろうとしている。

 どこに? もちろん、ウズ嬢の家の前にだ。


「ほら、降りるよ。待たせてしまっては、麗しい花がしおれてしまうからね」

「ちょ、まっ!」


 動悸をしずめようと深呼吸をする俺の背をラビアタがぐいぐいと押してくる。心の準備ができていないまま押し出された馬車のタラップで、俺は幻覚を見た。

 

 短く整えられた白髪をきらめかせた麗人が、涼やかな緑の瞳を細めて俺に手を差し伸べている。

 うすく笑みを乗せた表情は控えめながらも、いたずらっぽく光る瞳が俺の胸を射抜く。


「わお、麗しい騎士さまのエスコートつきだなんて、豪華だねえ?」


 面白そうにつぶやいたラビアタが俺の手を勝手に掴んで、差し出されたマリーベール嬢の手の平に乗せた。途端、少々強引に引かれた腕につられるように身体が階段を踏みそこなって馬車の外に飛びだす形になる。けれどすかさず背中に回された手がしっかりとこの身を支えてくれ、危なげなく地上に降りた。

 降りた先は、マリーベール嬢の腕のなかだ。


「すまない! 少しふざけすぎた。怪我はなかっただろうか?」

「あ、ああ。問題ない。俺は令嬢ではないからな」


 慌てたようにのぞき込んでくるマリーベール嬢とはさして身長差がないものだから、顔が近い。

 だからそんなほっとしたように頬を緩ませないでくれ。いつもは凛々しいマリーベール嬢の顔が見せるいつになくやわらかい表情のせいで俺の心臓が爆発してしまう。

 かと言って、顔を離すために胸を反らそうとしようものなら背中に彼女の手のひらが触れてその熱が伝わるものだから身動きが取れず、呼吸もままならない。ええい、ここは敵地か! 味方はいないのか!

 

 そうだ、初手が大切なのだ。優勢に持ち込むには初手を見誤ることなく攻めねば……。


「ま、マリーベール嬢! その、その騎士服、よく似合っている!」


 意を決して彼女の衣裳を誉めることばをくちにすれば、マリーベール嬢がきょとんと眼を丸くした。

 あちゃー、とつぶやく声はラビアタだろう。

 すっと近寄ってきたウズ嬢の視線が冷たいのはなぜだ。俺はまたなにかやらかしたのか。


「クリムゾンさま、ご自身を見下ろしてくださいませ」


 ウズ嬢に言われるがまま自分の身体を見下ろせば、そこにあるのはかっちりとした騎士服。マリーベール嬢と揃いの騎士服だ。


「あっ、いや、その! 本当に似合っていると思ったんだ! マリーベール嬢の凛々しさを引き立てる素晴らしい衣装だと!」


 慌てて弁明するも、ウズ嬢とラビアタから向けられる視線は冷ややかだ。なぜ気づかない、明日からの聖女同行に際して許された騎士服なのだから、俺も彼女も同じものを着ていて当然であるのに!


「ははっ、ありがとう。あなたもとても似合っているよ、クリムゾン殿」


 唯一の救いは、マリーベール嬢が朗らかに笑ってくれたことか。

 ウズ嬢は「凛々しいは女性を喜ばせる誉め言葉だったかしら」と不満げであるしラビアタからは「剣の腕のほかに磨くべきものがあるようだねえ」と言われるが、そんなものは些事だ。


 俺にはいま、やるべきことがある。

 マリーベール嬢の前に片膝をつき、彼女の手を取りその顔を見上げる。驚いた顔も麗しい。


「マリーベール嬢! 弓を引き絞るあなたの横顔に俺の心は射抜かれた。どうか、俺と婚約してもらえないだろうか!」


 渾身の気持ちを込めて思いのたけをぶつける。見開かれたマリーベール嬢の目に浮かぶのが、嫌悪でないことに勇気をもらい続けた。


「俺が婚約を解消したばかりの身であることは承知している。だが、これは決して一時の気持ちではないのだ。あなたと初めて同じ講義を受けた一年前から、ずっと!」

「お待ちくださいませ」


 言い募る俺の眼前に付きつけられらのは一本の扇子。切っ先を向けるようにそれを構えた人物の腕をたどれば、こちらを見下ろすウズ嬢と目があった。


「私は、マリーベールと友人になりたいからと頼まれてこのお茶会を開いたのです。そこをわかってらして?」

「ああ、わかっている」

「でしたら」

「わかっている!」


 続けようとしたウズ嬢をさえぎって、声をあげる。振りほどかれずにいるマリーベール嬢の手を見つめて、すがるように声をしぼり出す。


「俺の行動が性急すぎることも、当主を通さず思いを告げる不条理さもわかっている。だが、それでも俺は今告げねばならないと思ったんだ」


 手のなかにある彼女の指をぎゅっと握り、そこに確かにあることを再確認した。

 彼女のひとみに侮蔑の色が浮かんでいるのではないか。怯える心を叱咤して、震えそうになる身体をねじ伏せて顔をあげた。

 

「あなたのことが好きなんだ」

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