Mine
Mine……1、私のもの。2、鉱山。3、地雷。
「Give it a best shot! Have fun、authors」
ライブ配信の視聴者と、ショーに参加している小説家たちへのスピーチを終えた雅は、カメラの前から立ち上がりながら緑色の布を脱ぎ、巨大なモニターの真正面に据えてある、ロッキングチェアのもとへと戻って深々と腰を落ち着けた。
一般に配信されているのと同じ、先ほど与えた八人の小説家たちの執筆名と、個々人の様子が映し出されている九分割された大型モニターを眺める。彼ら彼女らが配信映像を見ることはできない。ただし、刑罰を与えるシーンは別だ。
本当に良いものを創作してもらうためにも、連中には適度なストレスを感じてもらわなければならない。甘えや馴れ合いから生まれるものは怠惰と傲慢だ。快適な部屋で、高級な椅子に座り、紅茶を片手に余裕を持ってのんびりと書かれたような、そんな筆者の建前だけを繕った腑抜けた作品など読む気にならない。
命の懸かった極限状態でこそ、筆者の魂が込められた、脳がひりつくような至高の一品が生まれるというものだろう。のんべんだらりとした生活を送る人間が排出するのはゴミとクソだけだ。
「どのくらい伸びた」と鱒丘に問う。
「ミンチの場面でいっとき百万を突破いたしましたが、現在は全体で二十万台まで落ち込み、今も緩やかに減りつづけております」
八人全員ではなく、各人を仔細に観察できるよう、任意の個人だけを映すカメラへのリンクも用意してある。部屋に仕掛けてある複数のカメラへの視点切り替えも、視聴者側から自由に操作可能だ。
「個人では?」
「三枝ゆ」
「与えた執筆名で教えてくれ」
「畏まりました。紅朱音、皇奇迷乱、トテチテの順に、女性三名で全体の九割を占めております」
概ね予想通りではある。他人が小説を書いているだけの映像など、見ているほうからすれば退屈極まりない。それでもまだ約二十万人というアクセスがあるのは、おおかたアジア人女性をただただ観察するだけで満足できるという、特異な性癖を持つ人間が観ているからだろう。
どうせ刑罰の執行シーンになれば、性別など関係なく数字は伸びる。残虐なものを好む人間は意外に多い。抑圧された社会で生きる現代人は皆、溜まった日頃の鬱憤の捌け口をどこかしらに求める。人間の三大欲求に従って。
なかには、血を見ると性的に興奮したり、満足感を覚えたりする、へマトフィリアと呼ばれる血液嗜好症の人間がいる。人によって身体の部位だったり行為だったりする対象が、その一定数の人々にとっては血液だったというだけのことだ。
知性を獲得し、いくら綺麗な服で着飾っても、個人で程度の差こそあれ、人間の動物としての本性は変わらない。欲に突き動かされて前へと進む。それこそ、死ぬまで。
「ルールを破ったものが現れました」
鱒丘の声で時計を見やる。ショーの開始を宣言してから、まだ八分ほどしか経っていない。雅が「違反者を映せ」と命じると、大型モニターが中央で分割され、左右の画面にそれぞれ男性の顔が大写しとなった。つづけて「何をやった」と問う。
「一方は、警察へメールで通報しようとしております」
「ルールの動画は観せたのか?」
「各々が入室した時点で、漏れなく全員の部屋に流しております」
「もう一人は何をした?」
「警察ではありませんが、同様のことをしようとしております」
雅は握った左手を口元に当て、親指で顎の辺りをさすりながら、「他言無用という言葉が難しかったのか」と独り言のように呟いた。
「動画には『他の者に教えてはならない』という、平易な表現での説明も入っております」
「では、またか? また見縊られているということか?」
鱒丘からの返事はない。構わず「連中が使っている端末の画面を出せるか?」と問う。鱒丘が「少々お待ちくださいませ」と言い終わらないうちに、モニターに彼らのスマホの画面が映し出された。モニター右側にはメール通報用の入力フォームが出ており、送信ボタンの部分が明滅するように、色の濃淡が交互に入れ替わっている。
次にモニターの左側に映っている文章へと雅が視線を移す。
『助けるて! 事件事件にっmまき巻き込まれtたtたした! Tタキタガワしパン出版で監禁。。。半人拝めh班犯人丘おかめm。っj住所はmzk枕坂待ちfまcい待ち町』
暗号のように見えるが、動揺してうまく打てなかっただけだろう。「宛て先はどこだ」と問うと、「警視庁に勤務する、この男の従兄弟でございます」と鱒丘が答えた。
雅は大袈裟に溜め息をつき、「二人を極刑の鋸挽きにしろ。右を腰斬式、左を西洋式でやれ」と鱒丘に命じ、「刑罰執行の警告音は違反者以外の部屋に流せ」と付け加えた。
「畏まりました」と鱒丘が素早くラップトップのキーを叩く。モニター内の画像が男性二人の顔面のアップから、彼らの全身を右側の真横から捉える引きの画へと変わった。
座っている白いオフィスチェアから射出された拘束具により、すでに二人の自由は奪われている。にも関わらず、そこから抜け出せないことを知らない連中は、もぞもぞと暴れて無駄な努力をつづけている。蟻地獄に落ちた蟻と変わらない。
がっかりだ。AIで無作為に選出された連中といえど、あまりにも思考が短絡的でお粗末にすぎやしないか。なぜ想像力を働かせない。どうしてもっと慎重に行動しないのだ。それでよく創作者などといえたものだ、と雅は冷ややかな視線をモニターへ送る。
願望に対しては『ひょっとすると』という希望的観測を抱くくせに、都合の悪いこととなると『そんなまさか』と己とは無関係かのように切り離す。根拠がないのはどちらも同じであるのに。
雅は「私のマイクをオンにし、合図をした後でモニターの二人にだけ繋げ。連中の声はいらない」と鱒丘に言い、「その後の合図で、視聴者と他の小説家に私の声を繋げ。刑の宣言を終えたら、私の声をフェードアウトさせ、二人の声が他の連中に聴こえるよう繋ぎ替えろ」と指示を出した。
鱒丘からキューがあり、それを見た雅が「おやおや、何ということでしょう!」とモニターへ向かって話しはじめた。
「誠に残念なことではありますが、ここでルールの違反者が出てしまいました」
機械音声の周波数は、大多数の人間の神経を逆撫でするような、不快な不協和音に聴こえるよう設定してある。例えば、黒板を爪で引っ掻く音や、金属同士やナイロンの布地同士が擦れ合うような音などの、人間が本能的に苦手とする類のものだ。
「ショーが始まってまだ十分と経ってはいないというのに。実に嘆かわしい!」と、言い終わった雅が鱒丘に合図を出す。
愚かな連中だというのが本音だが、早々にショーから三下が退場してくれるのは、ある意味では好都合だったと言えるかもしれない。こんな不注意な輩になど、至高の一品が書けようはずがないのだ。むしろショーを盛り上げるには、客寄せのグロ動画となってくれたほうが役に立つだろう。
鱒丘からの合図を確認した雅は、「やぁ、ご機嫌いかがかな?」とモニターを見ながら声を掛けた。画面は二人の上半身のアップを正面から捉えた映像となり、どちらも鬼のような険しい形相をして、何やら喚いているらしい姿が映し出されている。
構わず「先ほども申し上げました通り、ルールを破ってしまわれた貴方には、違反内容とその程度に応じた刑罰を受けていただきます!」と雅が言い、「だららららららら」とドラムロールを口で真似し、「極刑ですッ! 張り切ってどうぞ!」と右手を挙げて指を鳴らすような仕草をした。
雅は頷く鱒丘を見て、「それでは準備が整ったようですので、今回の不届き千万な違反者を皆様にご紹介いたします!」と、これから演説でも始めるかのような勢いで言い放ち、「お近くのモニターにご注目くださいませ!」とつづけた。画面右に和泉、左に櫻庭という、数分前に雅が与えたばかりの執筆名が現れる。
このショーをただのスプラッタショーにする気はない。それでは面白くないではないか。彼ら彼女らには、想像力を駆使して物語を紡いでもらいつつ、互いに知略と計略を巡らせ、死力を尽くして知的に競い合って欲しいのだ。
「先ほど申し上げましたように、彼らには違反内容と程度に応じた罰を受けていただくこととなります。そして今回、彼らが破ってしまったルールは」雅は聴き手を焦らすように間を空けてから、「極刑に値します!」と嬉しそうに声を張り上げた。