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GAME  作者: 混沌加速装置
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ときには空からお魚が降る

 まだ確信は持てない。それでも様々な状況を想定し、できうる限りの対策を講じておくべきだと考えながら、三枝さえぐさ優香(ゆうか)はキーボードの上で両手を忙しなく動かしつづけていた。実際、事実は小説よりも奇なり、という体験はこれまでに何度かある。自分に限って言えば、それは周期的に起きていることだ。


『わたしってなんてDG(ドジ)なんだろう。地下鉄に乗るつもりがモノレールって、むしろ天才かも? でもおかげで遅刻は決定的だー! また生徒指導のツルベマンジュウにGAMI×2(ガミガミ)言われそうで落ちるぅ。高校入ってから何度目だっけ? ま、いっか! ところで、どっかそのへんに高身長でグッドルッキングなイケメン男子でもいれば最高なのに!』


 覚えているうちで最も古いのはアレだ。というか、アレこそが最初の体験だったようにも思う。小学校四年の夏休み前の下校途中、前日の夜に観たテレビ番組の話をしていて、「お魚ってさ、空も飛べるんだよ」と隣を歩く友人に言った直後、空から魚が降ってきたのだ。


『なーんて思ってたら、銀髪のマジイケメンに遭遇! レイヤーの人? 学ランでもブレザーでもないから、高校生じゃないよね? てか、ちょーCOOL! いやマジなんなん? この奇跡って遅刻のおかげ⁉︎ 遅刻のカミサマありがとう! マジ愛してる! LOVE YA!』


 中学生になって当時の話をクラスでしたとき、一緒に同じ体験をした友人が「えー、そんなことあったっけ?」と変な目で見返してきたのを見て、優香は酷く馬鹿にされたような気分になったのを覚えている。


 親しかった人間に裏切られる、という生きたまま心臓を抜き取られたような感覚を味わったのも、そのときが初めてのことだ。


『でもでもやっぱ、わたしから声は掛けらんないよね? だって軽い女だと思われたらムカツクし。ここはイケメン君に声を掛けてもらわないと、でしょ? まずは作戦を考えないと。うーん、電車の揺れに合わせて、目の前でよろけてみようかな? そうすれば、彼がわたしに興味あるか、それでそれで紳士的な人かそうじゃないかもわかっちゃうじゃん! わたしって、WOW! なんて天才なの!』


 忘れるはずがない。空から魚が降ってきたのだ。しかも、偶然にも魚が空を飛ぶという話をしているときに、だ。普通だったらありえない。魚が降ってくることも、その出来事を忘れてしまうことも。


『よし! イケメン君に接近するぞー! 電車がタイミングよく揺れてくれればいいけど。ここからだいたい5メートルあるから、えーっと、5歩、歩けばいいのかな? せーのっ、いち、に、さん、って、ぜんぜん足りないしー! もー、なんでよー』


 変人扱いされたくなかったのだろう、とキーボードを叩きながら優香は思う。友人は、元友人は、普通の人生を歩みたかったのだ。きっと。普通に生きて、普通に恋愛して、普通に就職して、普通に結婚して、普通に年をとる。


 そんな普通の人生で魚は空から降ってこない。降ってはならない。だから元友人は、空から魚が降ってきた事実をないことにした。私を変人扱いすることで普通の人生を守ったのだ。


『あー、でももう引き返せないし、もうなるようになれっ! そうしたら……! わたしってやっぱりドジなんだね。悲しい。クスン。電車が揺れてもいないのに、平らなところでつまずいてイケメンのお腹に頭突き! で、床に尻もち! めっちゃ痛い! そんでイケメン「ぐえっ!」とか言ってるし、もー、マジちょー笑った! じゃなかった。もー、マジちょー恥ずい!』


 ダツ目トビウオ科の魚、いわゆるトビウオと呼ばれる魚は、空を飛ぶ。正確には水上を滑空する。空を飛ぶ魚は存在する。そんな知りたての情報を、ただ友人に自慢したかっただけなのに、上空から落下してきた怪魚のせいで友情が壊れた。


『クソ魚ッ!』


 違った。打ち込んだ文字を消す。


 普通はイヤだ。波風の立たない人生なんてつまらない。が、それも順風ならばの話だ。逆風は困る。といっても、とりわけ美人でも可愛い顔でもない自分は、すでにそれだけでも十分に人生ハードモードではあるのだけれど、と優香は顔をしかめる。来月で二十四になるが、まだリアルで恋愛をしたことはない。


『そしたらイケメン君、わたしを見下ろして「おいおい、ヘヴンからエンジェル、堕ちてきてんじゃん」だって! それで「で、アンタ、なに天使?」とかキメ顔で言いながら手を伸ばしてくれたんだ。もー、何コイツー! 変なヤツだけど、なんか気になる。瞳も青いし、カラコン? ハーフ? てか、紳士!』


 最近の『事実は小説よりも奇なり』体験は何だったろう。そもそも、男性の手すら握ったこともない人間の、好奇心で書きはじめたラブコメ小説が、常に投稿サイトの上位にランクインしてること自体が『奇なり』ではないか、とも優香は思う。


『だからわたし、「天使じゃない……です。ヒトだよ」って答えたら、「なんだよ、脅かすなよな」とか言われて、ちょー意味わかんないんですけど? それに手も引っ込められたし! 何コイツ⁉︎ マジイラっとくるんですけど⁉︎』


 思い出した。今年の二月か三月頃、病院で同姓同名の人に会ったのだ。『サエグサユウカ』など凡庸な名前だし、ネットでエゴサーチをかけたときにも、漢字は違えど数人がヒットした。ポイントはそこではない。優香が驚いたのは、それが男性だったからである。


『わたしが思わず「感じ悪っ」って言ったら、イケメン君「あ? あぁ、悪りぃ。アンタが、天界で見た天使に似てたもんで。つい。でも、天使違い……つか天使でもなかったわ」とか言うし! もう天使ネタはいいって。天界って何? もしかして、厨二病系男子?』


 立ち上がった男性を見て、ユウ()やユウ()と言ったのを、自分が聞き間違えたのかと思った。だが、繰り返し名前を呼ばれ、そうではないとわかった。世のなかには男性のサエグサユウカも存在する。奇妙だが事実だ。


 顔色の悪い、不健康そうな、四十代くらいの痩せた男だった。まあ、病院の待合室にいたのだから、どこかしら悪かったのだろう。たまたま相手の体調が悪いときに会ったがために、そういった印象を抱いてしまっただけだ。サエグサユウカなる男がどんな人物かと言っているのではない。


『もういい! ってなって、自分ひとりで立った。それでわたしムカついてたから「天使じゃなくて、すいませんでしたねっ!」って嫌味っぽく言ってやったの! そしたらイケメン「あぁ、悪りぃってのは、興味なくてって意味だから」だってさ! カッチーン!』


 キーボードを打つ手を止め、腰掛けている白いオフィスチェアに背をもたせ掛け、「ウバティー、ストレート、ノンカフェイン」と優香が呟く。しばらくすると、キーボードがのった台の右隣の空間に空洞ができ、湯気の立った液体を満たしたティーカップが現れた。


 書籍化の相談ということで来てはみたものの、禿げた老人にこの白色で統一された、無駄にハイテクな仕掛けだらけの部屋へ通されてから、かれこれ二十分は経つだろうか。声に反応してキーボードや紅茶が現れるところから察するに、おそらくスマートスピーカーなどと同様、この部屋自体にAIアシスタント機能でも組み込まれているに違いない。


 腕を伸ばしてティーカップを受け皿ごと手に取り、顔へ近づけて香りを嗅ぐ。花を思わせる特徴的なメントール香が鼻腔に抜ける。クオリティーシーズンに収穫された高品質なウバの茶葉の特徴だ。火傷しないよう注意しつつ、ティーカップを口へと運ぶ。鋭い渋味が舌を刺激して喉の奥へと流れ落ちていく。


 ティーカップを台の上へと戻し、背後のドアを振り返る。ノブや把手とっての類は見当たらない。さっき何度か「開けろ!」と叫んでもみたが、反応はなかった。どう好意的に捉えても軟禁状態というやつだ。


 優香はキーボードの上に両手をのせ、モニターに映る最後に書いた段落を流し読みし、再び指を動かしはじめた。状況はすでに異常だ。それをわかった上で、本能が書けと命令している。書くことが状況を打破する鍵だ、と。


『そこまで言う、ふつう? ウチら初対面で、わたしは年下で、しかも転んでケガしてるかもしれない、カヨワキ乙女だってーのに! ホント信じらんない! わたしだって言われっぱなしじゃないんだから! それでわたし「わ、わたしだって、アンタみたいなイケメンになんて興味ないんだからっ!」って言っちゃって、ヤバッてなったけど、時すでに遅しー。はー、何言ってんのよ、わたしのBAKA(ビーエーケーエー)!』


 先ほど流れたルールだとか大事なことだとか言っていた、ふざけた動画をこの状況に加味して考えれば、導き出される答えは自ずと限られてくる。また周期が巡ってきたのだ。小説よりも奇なりな出来事の起こる周期が。

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