負け犬の遠吠え
『え? てか、わたし、あれ? 学校……そうだ! 電車! 電車に乗ってたのに、なんでベッドに寝てるの? え、え? てか、あれって夢だったとか? ウソでしょ? Really? よく覚えてないけど、なんかちょーリアルだったっつ〜か〜。ぢゃなくて、ヤッバ! 今何時⁉︎ って、は? ここ、わたしの部屋じゃないし! ここどこだし⁉︎
「あ、やっと起きた」
なんか聞いたことある声だなって思って声のしたほう見たら、ブルーアイのイケメンがわたしを見下ろしてて……えーっと、あれ? だれだっけ? てか、前もこんなことなかった? デジャビュってやつ?
「あの、あの……あなたは?」
やべ! ついぶりっ子発動しちった! だってなんか恥ずかしかったんだもん!
「ナニソレ? ナンパ?」
どういうこと? ナンパって、わたしが? わたしがこのイケメンをナンパしてることになってんの⁉︎ なんで? だれなのか聞いただけじゃん!
「え、あの……ちが、くて……わたし、学校」
「は? マジイミフ。なに言ってんだよアンタ、きっも」
はぁぁぁぁ⁉︎ キモイ? だれが? わたしが⁉︎ 学校中のメガネ男子どもの全視線を一身に集めるわたしがキモイ⁉︎ このイライラ感は覚えてる! このムカつくイケメンのこと、わたし絶対に知ってる!
「そんな……! ヒドイよ……」
しおらしくしてコイツの罪悪感を刺激作戦! そんでちょっと涙流せば、どんな男だってコロッと優しくなるんだから! 男ども、マジチョロス!
「はぁ……泣くなよ。メンドクセー。これだから人間は」
って、ぜんぜん効果な……あーー‼︎ 思い出した! このイケメン、夢で会った厨二病系美男子じゃん! って、でも、それっておかしくない? なんで夢の登場人物がリアルワールドに? もしかして、これもまだ夢とか?
「アンタ……夢の、わたしの夢の、に出てきた……」
「あぁ⁉︎ バカか、テメェわ。夢んなかのヤツが現実に出てくるわけねぇだろ」
バカって言われた! イケメンだったらなに言っても許されるわけ?
「わた、わたし……バカ、じゃないもん」
「ハッ! 人間ふぜいが、いきがってんじゃねーよ」
もー、なんなのKIT? なんでこんなにケンカ腰なわけ? 好きの裏返し? わたしに秒で惚れたってこと?
「さっきから人間、人間って。アンタだって人間じゃない」
「いっしょにすんぢゃねぇ!」
なんかガチギレしてるし……うわー、引くわー。これはオレは貴族だ! とか言いだすパターンっぽいなー。もー、早くどっか行ってくんないかなー。マジメンドー。
「いいか、よく聞け、人間。我が名はダンジェロ・アルバイン・モナクスール、天使見習いだ」
あー、マジヤバイヤツキタコレ……』
画面右下に表示されている、たった今書き上げたエピソードの総文字数を確認する。およそ四千五百文字。隠しルールにあった一日の更新ノルマの約半分か、と優香は軽く「ふっ」と息を吐きだした。
ディスプレイ右上の時刻を見る。午後十一時を十分ほど過ぎている。さらにその上のデジタルカウンターには『21:49:44』とあったが、下二桁は常に変動をつづけており、優香が見ているうちにすぐ三十番台にまで減ってしまった。
ぼうっとしている場合じゃない、と優香はディスプレイへと視線を戻し、複数のタブを開いた。重複投稿が可能なのだから、有名無名に関わらずすべての小説投稿サイトへ登録し、作品を一人でも多くの人間の目に触れさせるべきだ。
お近づきのしるしとしておかめ面に名付けられた、『紅 朱音』というセクシー女優にでもいそうな執筆名で、稼働している三十七サイトへ片っ端から登録していく。書き上げたエピソードをそれら全サイトへコピペ。その上で内容の数ヶ所を適当にスクショしておく。
インターフェイスの違いに依存する各サイトごとの文章体裁を整え、全文に目を通してから公開ボタンをクリックする。
複数のSNSを開いて『紅 朱音』のアカウントを作り、制限がかからないよう適度に時間をおき、小説アカウントをランダムにフォローしていく。
各小説サイトのソーシャルボタンから作品をシェアし、一度に五サイト分の宣伝が三十分間隔で流れるよう、すべて予約投稿に設定していく。フォロワーがゼロなのだから、最初はこれぐらいやっていい。宣伝の間隔は徐々に伸ばす。
さっそくいくつかの小説アカウントからフォローが返ってきている。多くの反応があったツイートを開く。
たった今このサイトで
小説家デビューしてみたよ☆
天界から派遣された紅朱音です!
わたしが人生で初めて書いた
ラブコメ小説「LOVE堕ち☆あまこい天使たん⁉︎」
みんな読んで読んで読みまくって
感想とかレビューとか投げ銭とかいろいろお願いします☆
すぐ読めるから
みんな寝る前に読んで拡散おねがーい!
おかめ面はポイントがどうとか言っていたが、その獲得方法や、それが判定にどう関わってくるのかは一切説明していない。ヤツが示したのは達成すべき目標、そこへ到達するために守るべきルール、それに反した場合の罰則の三つだけだ。
が、何か違和感を覚える。
杜撰と言えばいいのだろうか。抜けがある、というよりも、わざと抜け道を用意しているような印象を受ける。検索してヒットするような『隠しルール』も怪しい。こちらは命を賭して真剣な勝負に挑んでいるというのに、どこか遊びが設けてあるような感覚はなんなのだ。ひょっとして、ショーを盛り上げるための演出というやつだろうか。
突然、大量の小銭が金属のトレイに落ちるような音が鳴り、「皆さん! ここでもう一つ、お知らせがございます!」という二時間ほど前に聴いたのと同じ、苛立たしい機械の音声が部屋に響いた。
「たった今、最初のポイントを獲得した方が現れました!」
自分と同じように仕組みに気づいた参加者がいるらしい、などと優香が考えていると視界の端で何かが動き、赤く表示された残り時間の左隣の広いスペースに、これまた赤色で大きく『10』というデジタル数字が現れた。
もしや、ポイントを獲得したのは私なのだろうか。では、この結果を生んだ原因は何だ。作品を投稿した小説サイトを順に更新していき、いずれかのサイトに何らかの動きがないかを調べる。
「ポイントは獲得すればするほど、あなたの立場を優位にさせます」
優位という言葉にだけ反応し、あとは聴き流す。あった。一つのサイトに感想が一件ついている。開くと『文章がゴミ。読むに耐えない』という率直な意見が書かれていた。
そういえば、本当に初めて書いた小説に寄せられた感想も似たようなものだった、と優香は思い出す。『おまえが文章だと勘違いして書いているものは、決して小説と呼べるような崇高なものではない』とか何とか。
そんなの、知ったこっちゃない。どんな内容で、どんな書き方であっても、結局は読まれたもん勝ちだ。たとえそれが正論であっても、読まれてない作者が口にしてしまったら、それは負け犬の遠吠えでしかない。
「いいですか、小説家の皆さん! ショーはとっくに始まっているんですよ? 世界中に配信されているんですから、もっと頑張って盛り上げていただかないと!」
仮に、世界中への配信を始めたのが、ショーの開始と同時であったのならば、すでに二時間以上も経っているのだから、そろそろ警察に動きがあってもいい頃合いではないだろうか。
ここは絶海の孤島でも、深い渓谷に囲まれた山の頂でもなく、人口二百万を超える大都会のど真ん中なのだ。難攻不落の砦でもあるまいし、遠隔操作の無人兵器でも突入させれば解決ではないのか。ただの出版社を攻めあぐねているとは思えない。警察には何とかという特殊部隊がいるのではなかったか。連中は税金では働かないのか?
ともかく、救助を望めないのであれば、取るべき行動は一つしかない。もっと感想を投げてもらえるよう、SNSを通じて読者に呼びかけることだ。内容いかんで獲得ポイントが変わるのかも調べたい。
何にせよ、自分が他の参加者に抜きんでて優位に立ったのは間違いない。ポイントを獲得したこともそうだが、それだけではない。重要なのは、その方法を知ったことにある。
おかめ面は誰がどうやってポイントを獲得したのかは言わなかった。それはつまり、他の参加者が有利になるような情報を与えなかった、ということになる。ヤツはショーなどと言っていたが間違いない。これは生き残りを賭けたデスゲームだ。