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神にだって良心はある

 父たる絶対造物主の前で、神は膝を着いて顔を伏していた。


「輪廻に歪みが生じ、お前の世界の魂が別の世界に紛れ込んだ」


 頭上から降る声には明らかな叱責が含まれている。神はゆっくりと顔を上げて、謝罪の言葉を口にした。

 ファランディーヌの転生は、神々にすら予想し得ないイレギュラーだった。

 あまりの悲しみによって魂に不具合が生じ、輪廻から外れてしまったのだ。あちらの世界の神が気付いた時には遅く、既にゲームは発売され、少なくない影響を及ぼし始めていた。

 別の世界の魂が紛れ込むこと自体が絶対に起きてはならなかったのに、悲劇に共鳴した者たちが気分を沈みこませるという事態にまで陥っている。

 己の世界がもたらした異常事態に神は頭を下げるしかない。魂の管理は唯一の仕事なのだ。命を終えて帰ってきた魂を休ませ、次の生へと向かわせなければならなかったのに。


「俺は魂すら奪うことができる。しかしかの魂を地球から奪い、お前の世界へと帰還させれば、同じ魂が二つ存在することになる。故にそうするわけにはいかないのは解るな」

「はい、父上。時間軸の歪んだ二つの世界ゆえ、そうしたことが起こりうる。同じ魂を同じ世界に放り込むなど、異世界への転生以上の歪みです」

「歪みは正さなければならぬ。よって、歴史を変えてファランディーヌの迎えた悲劇を取り除く。それ以外に方法はあるまい」


 造物主が重々しく告げ、神もまた神妙に頷いた。

 現世に生きる魂を強制的に「奪う」のは最終手段だ。あまりにも世界に及ぼす影響が大きすぎるため、今のところ創世以来実行されたことはない。

 造物主の力をもってしても時は巻き戻せず、彼の子らは魂の管理だけを仕事とする。神々は魂に何かしらを「与える」ことができるが、「奪う」ことができるのは造物主のみ。

 この父こそが全ての世界がそう成り立つように造り上げた。そうでなければ傲慢な神々の所業によって、いくらでも世界に災いを呼び込むことができるからだ。


「出来うる限りの力で持って責任を取ります。して、どのようにすればよろしいのか、お知恵をお借りすることはできますでしょうか」


 己の世界の時間軸においては今はまだ何も起きていない。ただしファランディーヌ本人と周囲の人々が生まれてくることは、既に決定付けられてしまっている。

 どうすればいいのか見当もつかない。神は困り果てて目を伏せたが、造物主は淡々と言葉を紡いでいく。


「こうしよう。あちらの世界に良き魂がある。その魂を半分拝借し、お前の世界に転生させるのだ」

「魂の半分を奪う? そのようなことが可能なのですか」

「俺の力があればな。その魂はあちらの世界でファランディーヌの生まれ変わりとも対面し、ゲームとやらを遊んだ上で騎士になりたいとまで考えているようだ。これ以上の適任はいまい」


 それは確かな名案だった。

 魂の本質は変わらない。騎士になりたいと願うのなら、転生しても騎士になろうとすることだろう。神は魔力と前世の記憶を与え、どうなるのかを見守るだけでいい。


「しかし、別の世界の魂が我が世界に転生するとなると、それ自体が非常事態となります。よろしいのですか?」

「だから半分なのだ。歴史が変わり、ファランディーヌの生まれ変わりが消えた時に、件の魂を地球に暮らすもう半分に還してやればいい。さすれば互いの世界への影響は最小限で済むはずだ」


 神は小さく息を飲んだ。

 そうなればこの世界で生きた魂は消える。地球に戻って再び一つの魂となり、ここでの記憶など無いまま平穏な日常を過ごすことになる。

 それはあまりにも酷いのではないか。神のミスによって生じた世界の狂いを正した者に対して、あまりにも酷で傲慢な所業だ。


「……承知いたしました。さすがは我が父、名案にございます」


 それでも、神は造物主に対して反論する術を持たない。

 唯一絶対の存在に逆らえば何が起こるかわからず、手に負えない事態に陥ればそれこそが最大の悲劇だ。

 だから、神はこの時一つの覚悟を固めていた。


 我が世界へとやってくる魂に、自分は死んだという偽りの記憶を「与える」。

 ゲームの世界であると信じ込ませるために、女王の作ったキャラクターと同じ見た目と名前、そして育つ環境を「与える」。

 膨大な魔力を「与える」。

 そして歴史が変わり地球上のファランディーヌの生まれ変わりが消滅した暁には、全ての真実を「与える」。


 その時にどう思うのかは彼女次第だ。輪廻に歪みが生じるほどに強く、この世界で生きていたいと思ってくれるのかどうかは。




 そして時は流れる。


 帰還した魂を管理する場へと、諸悪の根源たる者達も還ってきた。

 そう、アレクシオスとナサニエルだ。

 多数の人に死をもたらす程に落ちぶれてしまった魂を消滅させるのも、神にとっての仕事の一つ。彼らの魂も当然のごとく消しておいたのだが、やはり断末魔に怨嗟を撒き散らしていた。これだから落ちた魂は面倒なのだ。


 そうして仕事をこなす傍ら、異世界から連れてきた彼女についても観察する。過酷な環境下においても、かの魂——ネージュは、へこたれることもなく成長していった。

 相変わらずお節介焼きでお人好しな魂だった。彼女は神ですら予想し得なかった出会いを経て、ようやく魔力にも馴染み、血の滲むような努力の末に騎士となる。

 ゲームの世界だと思いこませたのは造物主の目を誤魔化すため。真実を明かす気がないと父に信じてもらうことが、ネージュを守るためには必要だったのだ。

 彼女は限られた情報の中でも期待以上の働きを見せてくれた。時々転生したファランディーヌの魂とリンクして困惑していたが、いい意味で気にしない胆力も持ち合わせていた。必死になって立ち回り、周囲の人々を救うために尽力してくれた。


 その姿を見て神は思う。

 やはりこの魂を消さないために父を謀った自身の判断は、間違いなどではなかったのだと。


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