幸なき誰かの願い ②
私は依頼を受けることにした。
理由の一つは彼らが生きた証しを残すため。あの戦いを乙女ゲームにするのは少々不謹慎かと思ったけれど、記憶を取り戻すきっかけとなった依頼に運命を感じたのだ。
運命というものは時に受け入れてみるのも悪くない。何か思わぬ出会いを生むことだってあるかもしれないし。
理由はもう一つあるのだけど……ちょっと独りよがりで恥ずかしいから、ここでは語らないでおこうかしら。
従って、今の私は都内のアニメショップへとやってきている。
何せ乙女ゲームというものがあることを初めて知ったのだ。一度くらい遊んでみなければ、良い作品など作れないに決まっている。
依頼してくれたメーカーさんの作品は……あった。たくさんあるけどどれにしよう。
何も考えずに一番近くにあったゲームに手を伸ばした私は、同時に伸びてきた手が上から重なるという出来事に驚くことになった。
「ご、ごめんなさい! 決して触るつもりじゃ」
頼んでもいないのに弁明を始めたのは、控えめながらも小綺麗な大学生らしき女の子だった。
「……乙女ゲーム、好きなの?」
つい声をかけてしまったのは、何故だったのだろうか。
女の子は嬉しそうに顔を輝かせると、手に取ろうとしていたゲームを胸の前に掲げて力強く頷いた。
「ええ、それはもう。とくにこのメーカーさんのは最高ですよね!」
「ごめんなさい、私は遊んだことがなくて。一度やってみようと思って、ここに来たの」
「そうでしたか! このゲームは面白いですよ、最初の一本にもおススメです」
そう言って手にしていたゲームをなんのためらいもなく差し出してくる。
この子、買おうとしていたのかもしれないのにいいのかしら。私はそう思ったけれど、彼女はずっとにこにこしていて、他のソフトも手に取って見せる。
「ハードは何を持っていますか? もしこっちも持っているならいろいろと勧めたいものが」
「……ごめんなさいね。はーどって何かしら」
私がそう言うと、彼女はびっくり仰天と言わんばかりの顔をした。それでもすぐにきゅっと微笑むと、「これは俄然燃えてきたぞお……!」と呟いて握りこぶしを作ったみたいだった。
そしてその日、私は色々と彼女に教えてもらって、いくつかのゲームソフトとハードを買って家に帰った。勧めてもらったゲームはどれも面白くて、私は久し振りに誰かに感謝したものだ。
それからは忙しい日々を過ごした。仕事に没頭している間だけ、私は虚から解放される。
プロットを提出したら余りにも死亡エンドだらけの内容に難色を示されてしまったけれど、結局は会議を通ることになった。この熱量なら悲劇だとしても受け入れられると、ディレクターさんが押し上げてくれたのだ。
私が主人公みたいなタイトルになってしまったのは、クリエイターさんたちのアイデアによるもので、ちょっと恥ずかしかったけど受け入れた。確かに彼らは私に仕えたがために死んでいったのだから、あながち間違いでもないと思ったこともある。
シェリー。彼女の真面目で誠実なところは大好きだったけど、そのせいで恋も知らずに死んでしまった綺麗な子。
主人公はシェリーにしよう。そして、攻略キャラは彼女に想いを寄せていた三人に。
全てのルートをクリアしたら解放される真相ルートも作りたいわ。
カーティスには一番苦労をかけてしまったわね。このルートをもっとも史実に沿う形にして、正しくかつての戦いを伝えよう。
ああでも、シナリオの長さは考慮しないといけないから、エスターの件は彼のルートに入れて……ふう。どのルートでも矛盾が起きないようにするのって、大変ね。
そうだわ、シェリーに友達も作ってあげたい。私では彼女の友達にはなり得なかったもの。いつも女性一人で戦って、親のコネと言われて苦しんでいたから、せめてゲームの中だけでも共に戦う女の子がいたらいい。
同じ階級がいいわよね。丁度欠員になっていた、第三騎士団の副団長に任命しましょう。
名前は私の好きなものから名付けようかしら。恋愛小説に、甘いもの……どっちも微妙すぎるわ。
うーん、雪……雪という意味で、ネージュっていう名はどうかしら。姓は……そうよ、あのカフェ。シェリーとよく行ったカフェ・ド・レニエから貰うことにしましょう。
ネージュ・レニエ。覚えやすくて可愛い、良い名前だわ。
そして三年をかけて発売を迎えた日、私は再びアニメショップを訪れる。
キョロキョロと店内を見渡し——あった。「女王陛下の祝福」だ。
本当に発売したのだ。イラストまでもが彼らの特徴をよく捉えた素敵なもので、私は涙腺が緩むのを感じた。
しばらく売り場の見える棚の陰に佇んでいると、後からやってきた女子大生らしき女の子がゲームを手にとってレジへと歩き出す。その幸せそうな笑顔には覚えがあって、私はあっと声を上げそうになった。
初めて乙女ゲームを買いに来た時にこの店で出会った、親切な女子大生。私は前世からの瞬間記憶力を受け継いでいるのだけど、それ以上に彼女の嬉しそうな笑顔は印象的だった。
女王陛下の祝福をプレイして、彼女は何を思うだろう。ハッピーエンドだと思っていたのに騙されたと怒るのかな。心の片隅に残るようなゲームになっていたらいいと思う。
そして、もし許されるのならば。
願わくば、彼らを救いたいという思いを胸に、かの世界へと飛んでいってくれないだろうか。
私が二度とあの世界に生まれ変わりたくないと願って、この地球へと生まれ落ちたように。
彼女もまた強い想いとゲームをプレイした記憶を抱いて、騎士として転生してはくれないだろうか。
なんて独り善がりで愚かな願い。奇跡が起きても無理だと思えるほどにか細くて、途方もない程に不確かな可能性。
私は縋る。
彼らに生きていてほしいと思うから。
二度と会えなかったとしても、こうして生まれ変わっても、彼らを忘れることなどできはしないのだから……。




