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死亡フラグは序盤からやってくる ④

 酒場の喧騒はどこへいっても変わらないらしい。日本でも、異世界でも。

 ここはブラッドリー城下のビアホール。宴会に興じる客たちの中に、重大なる使命を帯びた二人がいる。ネージュは運ばれてきたワインとウインナーを前方へと押しやると、自らもジョッキに手をかけた。


「お疲れ様でした、サム! まずは販売目標の達成を祝って、乾杯しましょう!」

「ああ。我々の奮闘を記念して、乾杯!」


 周囲の賑やかさに負けじと明るい声を張り上げ、ジョッキの縁をぶつけ合う。いくつかの泡が舞って、木の机に細かな染みを作った。

 冷えたビールを喉へと流し込むと、移動の疲れが癒されていくのを感じた。ネージュはジョッキの半分程を飲み干して、目の前に座る男に視線を向ける。

 今はサムという偽名を名乗る男——カーティスは、物慣れた様子でビールジョッキを傾けていた。

 この方の目的は、一体何なのだろうか。

 いくらブラッドリー領に詳しいからと言って、騎士の頂点たる騎士団長閣下がいの一番に動くなんておかしすぎる。幹部たちも最初はこぞって反対していたのだが、それでも彼は言ったのだ。友を止めるのは友人である己の役目なのだと。

 そう言われればハンネスは反論できない。他の幹部たちも。進言できるのはバルトロメイくらいだが、彼もまた感じ入ってしまったのか、特に何も言わなかった。

 カーティスの申し出は正当な理由あってのことと思えるが、切れ者の騎士団長がネージュに疑惑を抱いていない保証はどこにもない。

 エスターから特に不審な点はなかったとの報告は受けているだろう。それでも彼の並々ならぬ力を持ってすれば、急に無茶な立候補をした副団長を訝しんでもおかしくないのだ。

 カーティスはジョッキを卓上に置くと、部下に向かって極上の笑みを浮かべて見せた。


「熱い視線だね、シンシア。追加注文かな」


 そう、ネージュもまたシンシアという行商の娘に扮している。

 サムはその仲間。シンシアの父親が運営するキャラバンから、二人で出張販売に出ているという設定だ。

 そうまでして城下に潜入したのは領民の様子を窺うため。民を巻き込んでの謀反なのか、そうではないのか。それがわかるだけでも今後の対応が随分と違ってくる。


「そうなの。プレッツェルが食べたいなぁ」

「よし、頼んでやろう。何でも好きなものを食べていいよ」

「わーい! サム大好き!」


 無邪気な女のふりをしてはしゃぐ。敬愛する騎士団長にこんな気安い態度を取るなど、おこがましくて叫び出したいような気分になるが、任務なので仕方がない。

 彼は彼で違和感なく平民に扮しているのだから、本当に器用な人だ。なんでもそつなくこなしてしまうから、今度の任務に自分は必要だったのかとさえ思えてくる。

 カーティスが手を上げてウエイトレスを呼び止めた。ギンガムチェックのワンピースを着た女性は微笑んで籠からプレッツェルを取り出し、紙に包んで手渡してくれる。

 追加注文でパン類を頼むときは、周囲に話を聞きたい者がいる時の合図だ。


「ねえサム、今日のお客さんの男性二人組、覚えてる?」

「ああ、覚えてるよ」

「ワインを二本買っていったでしょ。奥さんへのお土産って言ってたけど、喜んでくれるといいわね」


 カーティスの視線がさりげなく周囲を見渡す。斜め横にワインボトルを二本空けた男性二人組を見つけたらしく、彼の口元が弧を描いた。


「そうだね。良い品だったから、きっと気にいるよ。ああ、ビールは足りているかな? シンシア」

「足りてなーい! 頼んで、サム」


 ——本当にすみません閣下。この懲罰ものの態度の謝罪は、あとで絶対にしますから。


 カーティスは特に気を悪くした様子もなく、朗らかな笑顔でビールを追加した。そうして届いたビールは、予想通り最大サイズという大盤振る舞いだった。


「えー、こんなに飲めない! サム、飲んでよ」

「困ったな、俺はワインを頼んでしまったんだ」


 一人称を変えていても、白々しさを感じさせない演技だ。ネージュは彼に比べて自分が棒読みになっていないかひやひやした。


「もー、しょうがないなあ。ねえおじさんたち、これ、多いからあげる!」


 ネージュは立ち上がって、斜め隣の卓にジョッキを置いた。二人組の男たちは驚いた様子だったが、女の登場に機嫌を良くしてくれたようだ。


「なんだよねーちゃん、随分気前がいいねえ」

「そっちの男前と分けて飲みなよ。もったいないぜ」


 人の良い笑みを浮かべる男性陣に、今度はカーティスが話しかける。


「俺は二杯目からはワインなんだ。良かったら飲んでくれると助かるよ」

「そうかい? だったら頂くとするか!」


 男の一人がジョッキを手にとって、お互いのグラスに半分ずつ注いだ。それぞれ飲み物を手にした四人が機嫌よく顔を見合わせた段階で、ネージュは明るい声でジョッキを掲げる。


「この素晴らしい夜に……かんぱ〜い!」


 木とガラスがぶつかり合って鈍い音を立てる。突如として始まった酒宴はしかし違和感を呼び覚ますことはなく、騎士二人は男達の卓に潜り込むことに成功したのだった。




「しっかしよお、なんか王城の方で政変が起こったらしいよなあ?」

「ああ、我らが領主様が反旗を翻したってあれな」


 そうして幾ばくかの時間が過ぎた頃。欲しかった話題を自ら提供してくれた男達に、ネージュは内心口の端を吊り上げた。

 彼らは地元で勤勉に働く男たちなのだが、少々珍しいのはそれぞれが商店の主だということだ。

 つまり情報には断然早い。この領地で此度の謀反がどう受け取られているのか、話を聞くのには絶好の相手だ。


「それ知ってる。よくわかんないけど、結構な大事件なんだよね?」


 ネージュは政治に明るくない女を演じる。男の一人がそうだと頷いて、ビールの入ったワイングラスを傾けた。


「驚きだよなあ。女王陛下と領主様は姪と叔父だろ? 身内相手にそこまで冷酷になれるたあ、俺たちのイメージとはだいぶ違ってたよな」

「イメージって、どんな?」

「いい領主様だよ。朗らかで気さくで、城下に降りちゃあ俺たちの話を聞いてくださる。ブラッドリー領が栄えてるのは、全部領主様のおかげさ」


 その話を引き取って、もう一人の男も思案顔をする。


「本当、領民思いの優しい方なんだよ。女王陛下だって賢君と誉れ高いってのに、仲良くできんもんかなあ」


 彼らは領主の人柄を疑ってはいないのだ。

 その事実はネージュに新鮮な驚きをもたらしていた。ゲームでは酒場への潜入はなく、ただ城に行って帰ってくるというものだったので、領民の話を聞くのは前世でも今世でも初めてだ。

 マクシミリアンは復讐に取り憑かれた悪鬼であり、終盤以外に人間味を見せることはなかった。従って彼がどんな領主だったのか、考えてみたこともなかったのだ。


「そうか、ブラッドリー公は立派な統治者なんだね。こんなに領民に慕われているとは」


 カーティスが穏やかな笑みで相打ちを打つ。何気ない受け答えのようでいて、領民一般の認識を聞き出す方向へ持って行ったのは流石だ。


「そうさ、皆が領主様には感謝してるんだ。今回の謀反がどうなろうが、死んでほしくはないねえ」

「暮らし向きは良くなったし、今の領主様のままがいいな。うちのもファンだし。会ったことないだろうけど、あんたに負けず劣らずの美形なんだよ」

「そうなのかい? それは光栄だね」


 カーティスは一切の動揺を示すことはなく、綺麗な笑みでワインを飲み干して見せた。

 もしかするとこの方の心臓は鉄で出来ているのかもしれない。


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